池澤ショーエンバウム直美こと池澤直美氏との訴訟

2017年3月13日 (月)

☆春の訴訟祭り・第三弾!☆-天野コグ・ベラ夫婦の「被告ら準備書面(9)」全文を一挙公開-

・声優の池澤春菜氏の母親池澤ョーエンバウム直美こと池澤直美氏からの訴訟


と題するサイトに全文を貼り付けて公開いたしました。
 


「被告ら準備書面(9)☆NEW☆」をご覧ください。
  


https://litigationwithnaomiikezawa.jimdo.com/被告ら準備書面-9-new/

 


なお、プライバシーに配慮して、一部黒塗り(●)や伏せ字(×)にしました。

2017年3月 6日 (月)

うお座の「う」は、ウソつきの「ウ」!-春の訴訟祭り第二弾☆被告ら備書面(9)」の公開☆-

春の訴訟祭り第二弾!

 

本日は平成28年5月6日付けで私たち夫婦が提出した「被告ら準備書面(9)」を何回かに分けて公開するので、ご高覧いただきたい。

 

*****

 

平成25年(ワ)第×××××号損害賠償請求事件

 

原 告  池澤直美

 

被 告  天野コグ,天野ベラ

 

 

 

被告ら準備書面(9)

 

 

 

平成28年 5月 6日

 

東京地方裁判所民事第49部合C係 御 中

 

 

 

 

 

     被告ら訴訟代理人

 

弁護士  山下幸夫

 

 

 

 

 

 被告らは,原告の平成28年1月29日付原告準備書面(5)(以下「原告準備書面(5)」という。)に対して,次のとおり認否・反論する(なお,見出しの通し番号の付け方に一貫性がないが,そのまま認否・反論する)。

 

 

 

第1 はじめに

 

 原告は,被告らが本人訴訟であった時期には主張していなかった被告らの本 件各記事についての事実関係について縷々主張し,そのほとんど全てについて,真実ではないし,真実相当性も認められないと主張しているが,いずれも争う。

 

2 被告らが訴訟代理人に委任して口頭弁論が再開された後になって,本件各記事の事実関係について取り沙汰し,原告にとって都合の悪い内容の全てを否認するようになったものであり,こうした原告の訴訟態度は,民事訴訟における当事者の信義誠実義務に反するものと言わなければならない。

 

3 とりわけ,2006年から公私に亘り被告ベラが一貫して主張してきているところの,原告との電話において,原告が被告ベラの父を偲ぶ会で「私が話をしてあげましょうか」と被告ベラに持ちかけ,「当日は必ず参加します」と宣言した事実,訴外公子氏が原告に手紙を書き,被告ベラの父を偲ぶ会の翌朝その手紙を被告ベラが投函した事実,被告ベラが訴外公子氏の急死を関係者に葉書(乙40)で知らせたのが年明けであった事実などの事実関係について,原告準備書面(5)を提出するまで原告は等閑視してきていた。

 

4 被告ベラが,平成17年(2005年)から公開し,原告自身も平成18年(2006年)11月23日からその存在について知るようになった(甲49・15頁)と陳述する「天野ベラのホームページ」における各記事についての事実関係についても,平成21年の別件訴訟の際など,否認する機会が何度も与えられていたにもかかわらず,原告準備書面(5)を提出するまで,一切否認したことがなかった。

 

  しかるに,被告ベラが公開してから9年以上経過した後になって,突然,事実関係を否認するようになったものである。

 

5 実際には,被告ベラは,原告自身から様々な事実関係を直接聞かされており,それに基づいて事実関係を主張していたところ,原告自身が被告ベラに語った都合の悪い内容や被告ベラに知られた都合の悪い言動の全てを事実無根であるとして,被告ベラが公開してから9年以上経過した後になって否認し始めたものである。

 

6 原告は,原告のブログ「ナオミライクな日々」における平成2年(2011年)10月22日付の「一位じゃなきゃダメなんです。」と題する記事(乙99の369)において,「この3年間のブログはまるで,私という人間を自分で知るための辞書のようにも思えます。」と述べられているところであり,原告のブログには,原告自身を知るための様々な事実が記載されていることを,原告自身も認めているのである。

 

  被告らは,被告ベラが,直接に原告から聞いた事実や,原告が自らのブログ記事で自ら明らかにしている事実を前提として,その記事に対する論評をしてきたものであり,以下に述べるように,その前提事実は真実か,真実と信ずるについて相当な理由がある。

 

 

 

第2 同「1 原告の両親,家族について」について

 

 (1)について

 

(1) 認 否

 

 同第1段落について

 

  認める。

 

 同第2段落について

 

  不知ないし争う。

 

 同第3段落について

 

  否認ないし争う。

 

(2) 被告らの反論

 

  被告らは,原告自身が書いた以下のブログ記事から読み取れる事実を前提事実として,原告が両親の介護をしていないとの論評をしたものであり,その前提事実は真実か,真実と信ずるにつき相当な理由がある。

 

 フジサンケイビジネスアイの原告のブログ「Shall We Afresh?」における平成19年(2007年)3月22日の記事において,旅行中の妹に代わって原告が実家に行き,期間限定で実母の面倒を看た時の内容が記載されていた事実,ほんの短い期間であっても原告が母親に向かって「声を荒げた」と述べており(甲12の14,乙126・別紙2の1甲12の14),原告が実母と一緒に過ごす時間を好んでいなかったと認められる。

 

 原告のブログにおける「パソコンから離れて」と題する記事(乙4の66。その後,全文削除されている。)において,大切な人が心臓発作を起こして今日が山場と言われた原告が,病室を訪れた時のいきさつについて「全てのアポは昨夜のうちにキャンセルしたり,事情を話して他の方々に変わっていただきました。たまっている仕事はあっても病人の枕元でパソコンを叩くわけにはいきません。」,「観念して,手を離すことの許される時間があれば,持って行った本をひたすら読んでいました。」「病人に目を配りながらの落ち着かない読書でしたが」などと述べ,原告が「今日が山場と言われた病人」と述べられた実母よりも,キャンセルした仕事や読書を重視していることが読み取れる(乙120・7頁)。

 

ウ 原告が東京に滞在している時に,できる限り毎週末に実母を訪問していたとすれば,原告は他の記事を書かずに,訪問したグループホームでの出来事や内部の事情について,毎週のように必ず記事を書き,訪問した様子が写真とともにブログに詳細に述べられて掲載され,公開されていたと思われる。

 

  しかるに,実母が住むグループホームを原告が訪問した事実が述べられている記事は,①平成21年(2009年)9月12日付の「優しく不思議な共同生活の場」と題する記事(乙99の232),②平成21年3月10日付の「哀しみ,そして,ありがたさ」と題する記事(乙4の71・その後,一部修正し削除されている。),③同年4月5日付の「桜センチメンタルジャーニー」と題する記事(乙99の299)の僅か3件である。

 

 原告は,長女でありながら,両親どちらの死に目にも遭わなかったことが認められる。

 

  原告のブログ「ナオミライクな日々」における「ルフトハンザつれづれ~ミュンヘン空港にて」と題する記事(乙99の316・乙112の3・資料第224号)において,原告は,「父は,私たちが香港の空港に止まった頃に息を引き取りました。53歳でした。孫に会える日を楽しみにしていた父は,危篤に陥りながらも,私がギリシャから送った娘の写真を手放さなかったといいます。」と述べている。

 

  ギリシャ在住で実父の看病も出来ず死をも看取れなかった事実を原告が実際に後悔していたとすれば,少なくとも実母の死は看取ろうと考えて,努めて東京を離れずに,近くで過ごし,出来る限り訪問し,看病をし,最期を看取るべきであったと考えられるが,実際には,原告はそのような行動はとっていないことが認められる。

 

  原告のブログ「ナオミライクな日々」における「訃報」と題する記事(乙99の107・2009年10月9日付)において,原告は,「そんな美しい秋の日の夜,10月8日午後7時,母が亡くなりました。83歳でした。」と述べている。また,同ブログにおける「満月にいざなわれて~どうぞ皆様,良いお年を!」と題する記事(乙99の134・2009年12月31日付)において,原告は,「長い間,身につけてきた腕時計が2009年10月8日,午後7時になろうとする直前で止まりました。私が祈るような思いで,横浜・横須賀道路をひた走っている時でした。そして,後になってわかったのですが,止まった時計が指し示していたのは,母が逝った時でした。」と述べている。同ブログにおける「ゴチャゴチャの机の上からの思い」と題する記事(乙99の317・2011年7月21日付)において,原告は,「母が逝ってしまった時にも,近くの区民プールの水の中で泣いていました。」と述べている。最近の陳述書において,原告は,「所用で下北沢におり」(甲63・2頁)と述べている。

 

  このように,母親が死亡した時に原告がいた場所について,少なくとも「車中」(乙99の134)と「区民プールの水中」(乙99の317)の2つの説明がされており,判然としない。

 

  原告の陳述書における「私がホームから受けた電話は『すでに亡くなった』という知らせでした。その時,私は所用で下北沢におり,連絡を受けてすぐに横須賀に駆けつけました」(甲63・2頁8行乃至9行目)との陳述は,亡くなったと知ってから横須賀に駆け付けているにもかかわらず,「私が祈るような思いで,横浜・横須賀道路をひた走っている時でした。そして,後になってわかったのですが,止まった時計が指し示していたのは,母が逝った時でした。」(乙99の134)とブログ記事に述べられていた事実とは自己矛盾しており,信用することができない。

 

 実際,原告は,原告の母親が亡くなる直前まで台湾旅行を楽しんでいたことをブログ記事で明らかにしている(乙99の106,同129,同211,100の23乃至同24)。

 

  すなわち,原告のブログ「料理冒険家『池澤ショーエンバウム直美』のグローバルキッチン」における「台湾の朝ごはんは・・最高にヘルシーな豆乳で @ TAIWAN」と題する記事(乙100の24・2009-10-05 08:41:34)において,原告は,「先週1週間は台湾で過ごし,月餅とザボンで中秋節の月を祝い,十六夜は日本でとばかりに,翌朝の昨日(引用者注:2009年10月4日),飛行機で日本に戻ってまいりました。」と述べている。同ブログにおける「ロングフライト後の定番とは・・・@JAPAN」(乙100の23・2009年10月8日09:36)と題する記事に原告が「海外旅行から帰って来た時,皆さんは何が食べたいと思いますか? 『お茶漬けが食べたい』『お寿司が食べたい』『おまんじゅうが食べたい』 友人にこの質問をすると,答えはバラバラ・・・ 韓国やベトナムなんて国は,案外としっかりお野菜を摂る事が出来ますが, 国によっては帰国後に身体が『野菜が食べたいよ~』と訴える時があります」と原告の母親が亡くなる日の朝であっても原告はブログを書いていた事実(甲12の14,乙126・別紙2の1・甲12の14)が認められる。

 

  このように,原告は,意図的に海外で過ごす時間を多く取るようにして,実母の看病や介護ひいては死を看取る行為を自ら避けようとしていたことが認められるのである。

 

 (2)について

 

(1) 認 否

 

ア 同第1段落について

 

   原告を非難しているとの点は否認し,その余は概ね認める

 

 同第2段落について

 

   不知ないし争う。

 

 同第3段落について

 

   否認ないし争う。

 

(2) 被告らの反論

 

  被告らは,原告の夫の病状,渡米・来日した経緯について,原告自身が書いた以下のブログ記事から読み取れる事実を前提事実として論評をしたものであり,その前提事実は真実か,真実と信ずるにつき相当な理由がある。

 

 原告の夫は,原告に従順であり,おつかい(乙112の1・資料第63号,乙100の125,乙99の85,乙100の18)においても,栗剥きにおいても(乙100の130),地下室への蟄居後の出版物に載せるための写真に使った冷えきった食事についても(乙99の25),来客に出したディナーの残り物をあたためるだけの食事についても(乙99の313),ひとりで開ける缶詰の食事についても(乙100の68),何につけ常に原告に言われるがまま従順に従ってきていた事実が原告のブログ記事に多数述べられており,そこから,原告が主導権を握ってきたことが認められる。

 

  そうであるならば,原告の夫が米国への移送を強く希望したとは考えられない。

 

  なお,原告は原告の夫が国際基督教大学に依頼されて夏休みの間にGLSという講義をする予定であったと述べているが(甲63・3頁),そのような事実は原告のブログには一切公開されていない。

 

  仮に,実際にそうした予定があったとすれば,原告の夫は,なおさら日本にとどまり体調の回復を待ったと考えられるであり,教授職を長く続けて来たプロフェッショナルな原告の夫の方から,日本において予定されている講義を前にして米国への移送を強く希望するとは考えられない。

 

 原告は,「原告の夫は手術をせずに済み,回復も早かった。」(原告準備書面(5)2頁14行目以下)と主張しているが,腸閉塞が死に至る重篤な病であり,発症当時の原告の夫の年齢が当時73歳直前(乙104の65・1939年8月15日生れ)であった事実からすれば,退院後も当分の間静養が不可欠であり,体調管理とその日の体調に配慮したうえでの世話や食事づくりが必要であり,その役割を担うべき立場にあったの原告であったことは当然である。

 

  原告は,「原告の夫が,原告に対し,様々な手続き等をしてほしいと依頼した」(同2頁16行目以下)とも主張しているが,様々な手続き等については原告のブログにおいては全く述べられていない。重病で入院していた70歳を過ぎた夫の看病以上にとり急ぎ優先すべき手続が日本にあったとは考えにくいのであり,それを理由に原告が日本に帰国したとは考えられない。

 

 原告の「月の下で花と木に囲まれて,ビールが飲めれば,,,,,」と題するブログ記事において,夫が「人間ドックに入るとなれば,通訳代わりにずっと付き添わねばなりません。」(乙99の93・2011年8月4日付)と述べられており,原告の後夫を東京で入院させると,原告が通訳代わりにずっと付き添わねばならなくなることを恐れた原告が,原告の夫に強く移送を勧めたと考えるのは合理的である。

 

 原告の「インディアナ点描3つのビックリ付き。」と題するブログ記事において,「インフルエンザの予防接種の進め(勧めの誤記と認められる。)です。夫はすぐさま申込み,簡単に個人情報を書き込み,あっと言う間にファーマシーの片隅でこんな具合。しかもメディケアという保険制度と年齢のおかげで無料です。」(乙99の339)と述べている。すなわち,原告の夫がメディケアという保険制度の対象者であり,米国の薬局において,無料で予防接種を受けられること,健康保険USAComにおいて「メディケアとは,高齢者と障害者のための医療保険で,国が運営するプログラムです。65歳になると,メディケア加入資格を得られます。<メディケア受給資格者>65才以上で,アメリカ居住5年以上の人(アメリカ市民権または永住権保持者)メディケアには下記の4つのパートがあります。パートA:入院費用をカバーします。パートAは,ソーシャルセキュリティー受給資格者(10年以上の納税者)か,政府機関で働き,規定のメディケアTAXを支った人などには無料です。」(乙104の235)と述べられていることからすれば,原告の夫が日本で入院すると高額の費用が発生するため,原告が強く勧めて米国に移送したと考えるのが合理的である。

 

 原告は,義理の娘であるセシリア氏に,重病で入院し退院して僅か4日目の夫の世話を任せて(乙100の40),築地での会食や花火大会の鑑賞などの目的で日本に帰国したと認められる。

 

  すなわち,原告は,自らの「If there is no other option~ほかに選択肢がなければ」と題するブログ記事で,「会いたい人たちもいます。」と述べている(乙99の108)。

 

  原告が食関係の打ち合わせと称して築地の鮨店で会食し「料理長は,まるで映画に出てくるようなきりりとしたいい男。職人さん風の厳しい表情が,ちょっとゆるむとまたいい男。男前の料理長が,こんなことを始めました。」と述べて,板長の実名と顔写真を2枚掲載して公開している(乙5の10・「江戸時代のお鮨」〔その後,一部削除し修正されている。〕)。

 

  その翌日も「さてさて『江戸時代』の男前の料理長,Mさんがカウンターの向こう側で,真剣な顔で始めたこととは?興味津々,つい身を乗り出して,,,そんなギャラリーにも,Mさんが丁寧に説明をしながらお仕事を続けます。やっぱり食べたい,M料理長の蟹です。来年はぜひ!」と述べられて,M料理長の顔写真を掲載している(乙5の11・「やっぱりブルークラブよりは日本の蟹が,,,」〔その後,一部削除し修正されている。〕)。

 

  さらに,原告が2年振りに開催された東京湾花火祭を鑑賞するために原告の次女である訴外WMのマンションで開かれた持ち寄りパーティにも参加していることが認められる(乙99の243・「幸せ瞬間首飾り~花火大会の夜」)。

 

 原告が夫を移送するにあたり,「家族ネットワーク」と称して原告の娘らや原告の次女の夫の母親に同行すべきかと相談し,全員から「行くべき」と告げられない限り重病の夫の移送に同行する気もなかったことと認められる(乙99の95)。

 

 被告らは,以上の前提事実から,移送のため渡米したのは,原告の夫の希望ではなく,原告の考えであり,帰国したのは,原告の都合によるものと論評したものであり,その前提事実は真実か,真実と信ずるにつき相当な理由がある。

 

 同「(3) 成城の家について」について

 

(1) 認 否

 

 同第1段落について

 

  被告ベラが夫に成城の家の建築費用を拠出させたと述べたことは認め,その余は否認する。

 

 同第2段落について

 

() 同第1文について

 

  不知ないし争う。

 

() 同第2文について

 

  認める。

 

() 同第3文について

 

  否認ないし争う。

 

 同第3段落について

 

  否認ないし争う。

 

(2) 被告らの反論

 

 原告が被告ベラに対して,「成城の家がなくなってしまったものですから」(甲31)と原告自身が知らせて来たことは事実である。

 

  また,被告らは登記簿謄本を取得し,原告と夫の持分が2分の1ずつである事実を知っており,「家屋は現存しており,土地についても30分の8は貴殿の名義となっております。」と,原告に対してメールで知らせたことがある(甲34・3頁)。

 

  また,原告のブログ「ナオミライクな日々」における「私のスピリチュアルスポット」と題する記事(乙99の78)において,原告は,「オックスフォード大学で教えていた夫が,かの地を気に入って,庭が小川につながった家を買ったのは,私と結婚する前のことでした。彼はここを終の棲家とするつもりだったのでしょう。」,「私たちはこの家にいつか住む夢をあきらめて,家具ごと売りに出すことに決めました。一枚一枚集めた絵,ひとつひとつ吟味した家具や絨毯やランプ。夫には多くの未練があったことと思います。全てを他人の手に委ねる決意をした時に,ひとつだけ,どうしても残しておきたくない物がありました。そして,私は,その物を大事に毛布にくるんで,抱きながら飛行機に乗ったのです。それがブッダ様でした。そして,今の私たちのこの家は,初めからブッダ様の居場所を決めて設計されました。」などと,原告自らがその取得の経緯をブログにおいて公開しており,終の棲家とするつもりでイギリスに家を買っていた原告の夫が「日本に家を持つことを希望していた」とは認められない。

 

  被告らは,これらを前提事実として論評をしているものであり,その前提事実は真実か,真実と信ずるにつき相当な理由がある。

 

 被告ベラが,「金目当て」の打算婚と記載した事実はない。ただ,「夫の肩書目当ての打算婚」(甲8の11〔2012年8月13日〕・記事オ)と述べたことはある。

 

  被告ベラが,そのように述べたのは,原告が原告の夫について「世界の名教授」,「世界的権威」であるとか(甲8の11,甲10の11,乙104の63),「国境なき知性」などと述べていること(甲10の8,乙99の236),原告が,原告の夫の肩書によって海外出張先に同行している事実を述べていること(乙4の51,乙99の267,乙100の10),原告が夫との生活を共同生活と述べており,原告のブログにおいて共同生活における不満がしばしば述べられていること(甲3の15,乙99の2,同27,同29),原告が夫との共同生活において超手抜き,手抜き,インスタント料理を頻繁につくり(乙99の25,同27,同129,同313,同314,乙100の17,同29,同77,同84,同86,同88,同89,同114乃至128,乙112の1・資料第63号),来客に出したディナーの残り物をあたためて出しており,原告の夫が「どうせ今晩もまた残り物でしょう?」と(乙99の313),原告が東京に帰国している時に「おそらく家ではたぶん缶詰を開けて食べているのでございましょう」(乙100の68)などと述べていることをそれぞれ前提事実として,「肩書目当ての打算婚」と論評しているものであり,その前提事実は真実か,真実と信ずるにつき相当な理由がある。

 

 同「4 孫の保育について」について

 

(1) 認 否

 

 同第1段落について

 

  概ね認める。

 

 同第2段落について

 

() 同第1文について

 

  不知ないし争う。

 

() 同第2文について

 

  概ね認める。

 

 同第3段落について

 

  否認ないし争う。なお,「受け付けた」は「植え付けた」の誤記と思われる。

 

(2) 被告らの反論

 

ア 原告の「『オバアチャン』になれた一日」と題する記事(乙99の113。その後,全文削除されている。)において,「肝心な時に居ないことが多くて,ちっとも助けにならないばかりか,孫もなかなかなついてくれない私」と述べられている。

 

イ また,原告の「あと一日! 頑張れザウルス,頑張れザウルスママとパパ」と題する記事(乙99の305)において,「食欲全開,好奇心全開,元気いっぱいのザウルス君(当時11ヶ月〔引用者注:原告の孫息子〕)のママ(引用者注:原告の次女である訴外WM)から,『ザウルス ダウン 熱 下痢 嘔吐』という一昔前の電報のようなメールが届いたのが13日,月曜日の夜のことでした。4月から保育園生活をスタートさせたばかり,日一日と母子ともに新しい生活に慣れ始めた矢先のことでした。続いて,深夜,『熱が39.2度まで上がってきたけど,なんとか寝てる。起こして救急に行くべきか迷っています。』そして翌火曜日早朝,『熱一晩下がらず。やっぱり私(引用者注:原告の次女)がお休みとって病院に連れて行きます。』」と述べられて,原告の次女である訴外WMが,会社を休みたくなかったため,原告に息子を看に来てほしいと黙示的に助けを求めるSOSのメールを送信したが原告が対応しなかったため,結局,訴外WMが休みをとったことが認められる。

 

ウ さらに,原告の次女の息子(原告の孫息子)が平成21年4月に孫が発熱した時,原告に何本ものSOSメールを送信して黙示的に面倒を看に来てほしいと伝えたが,「ママ来て」とは明確に伝えなかったことに藉口して原告が駆け付けなかった事実について,「飛んで行ったらいらぬ気を使わせてしまうでしょう。ふだんから面倒を見ているならともかく,小さな孫だって私の顔を見て,緊張したり,興奮したりしてしまうかもしれません。」と原告にとって都合の良い解釈が述べられている(乙99の305)。

 

エ 平成22年7月に原告の次女の息子(原告の孫息子)が発熱した時,「その後に何通かのメールが行き交い,結局わかったことは,孫息子が昨夜39度の熱を出したこと,保育園には連れていけないため,千葉からKさん(もう一人の祖母)が早朝の電車で急ぎ助っ人にやってきたこと」(乙99の113)と述べて,原告の次女が,原告に助けを求めず,原告の次女の夫の母親である義母のKさんに助けを求めていたことが認められる。

 

オ 以上の前提事実から,原告が肝心な時に面倒を見ていないと論評したものであり,その前提事実は真実であるか,真実であると信ずるにつき相当な理由がある。

 

 同「5 次女の夫のご実家とのおつきあい」について

 

(1) 認 否

 

 同第1段落について

 

  概ね認める。

 

 同第2段落について

 

  否認ないし争う。

 

 同第3段落について

 

  否認ないし争う。

 

(2) 被告らの反論

 

ア 原告が正月に合宿と称してKさん宅に宿泊し「『こちら母=ワタシ』は,『あちら母=娘のお義母さん』に甘えてまる投げです。」「『あちら母』の指揮のもと,かいがいしく働く娘部隊のそばで,役立たずな『こちら母』はただウロウロ。そして時折つまみ食い。続くは『あちら母』手作りの,それはそれはおいしい日本的おせち料理の数々。いいですねえ,,,,,何をかくそう,ワタシ,イタリア料理より好きです。一人で鉢を抱え込んで食べたいぐらい。」(乙100の101)と述べ,原告自らが次女の夫の実家に丸投げしていると述べている。

 

イ もらい物についても,原告は,「みんなKさんが編んでくれたものです。(不器用な私は編み物なんてとてもできません。)」(乙99の285)と述べている(乙120・24頁)。その他にもKさんからのもらい物について述べられている(乙126・別紙1の10甲11の6)。

 

ウ 原告のブログ「料理冒険家『池澤ショーエンバウム直美』のグローバルキッチン」における「女子力でますます素敵な寿司パーティー@TOKYO」と題する記事(乙100の39)において,原告が,原告の次女の義母に「適当に果物をお願いと言ったら,まあ,なんとこんな豪勢な結果となりました。」,「三越デパートの包装紙の大きな箱で,スイカ,メロン,梨,ブドウ,マスカット,巨峰,トウモロコシと枝豆が,寿司パーティの前日に届き」と報告している(乙120・25頁)。

 

エ 原告の次女である訴外WMのブログ「私,ワーキングマザーですが何か?」における「ザウママ実家のお正月☆」と題する記事(乙103の5)において,原告の手作り料理について,「かなりアブノーマルなメニューです」,「こんなかんじでザウママ実家のお正月はちと変わってます」「ザウママ家はいかれぽんち」と述べている。そして,そのコメント欄において,「私がいかれぽんちなのは実家のせいでした~,私の母,和食いまいち」,「私もしょうゆ味の和食,食べたくなることよ~!でも母の和食はイマイチ」,「うちはお雑煮さえもなかったしね。」などと述べている。

 

 被告らは,これらを前提事実として論評をしたものであり,その前提事実は真実であるか,真実と信ずるにつき相当な理由がある。

 

 同「6 前の夫との婚姻生活のこと」について

 

(1) 同「(1) 成城の家や車」について

 

 認 否

 

()  同第1段落について

 

   否認する。

 

()  同第2段落について

 

 不知ないし争う。

 

()  同第3段落について

 

    否認ないし争う。

 

 被告らの反論

 

  原告は,「被告等は,…建てる家の趣味や車の趣味を押しつけた旨記載している。」(原告準備書面(5)4頁),「前夫に趣味を押しつけた」(同4頁10行目)と主張しているが,事実に反している。

 

  被告ベラは,「世田谷の一軒家もベンツもZ(引用者注:池澤夏樹のこと)が好んで選んだものではあるまい」と述べたに過ぎず(甲9の2,甲12の4),原告はこれを曲解している。

 

(2) 同「(2) 食事作り」について

 

 認 否

 

() 同第1段落について

 

 否認する。 

 

() 同第2段落について

 

  不知ないし争う。

 

() 同第3段落について

 

  否認ないし争う。

 

 被告らの反論

 

  被告らが,「原告が料理を前夫に任せていた」と述べた事実はない,被告らは,原告や原告の次女が書いた()以下のブログ記事から読み取れる事実を前提事実として,「家事や夫の世話などひとりで家にいてしなければならない面倒くさいことが嫌い」(甲8の13),「家事を疎かにしている」(甲8の9),「家事が嫌いで遊びが好きな母」(甲8の14),「家事が中途半ぱ」(甲8の19),「毎日三度三度料理をし続けることは無理なのである」(甲8の21),「普通の和食がつくれない」(甲9の5,同9),「料理も面倒くさい。お弁当づくりも面倒くさい。だから,遠足のお弁当と夕食は,当時の夫であった池澤夏樹氏がつくっていたことが,次女のブログに書かれていた。」(甲9の12),「実は料理をするのが好きではない」(甲10の5)との論評をしたものであり,その前提事実は真実か,真実と信ずるにつき相当な理由がある。

 

() 原告の次女である訴外WMのブログ「私,ワーキングマザーですが何か?」における「ザウママ実家のお正月☆」と題する記事(乙103の5)において,原告の手作り料理について,「かなりアブノーマルなメニューです」,「こんなかんじでザウママ実家のお正月はちと変わってます」,「ザウママ家はいかれぽんち」と述べ,そのコメント欄で,「私がいかれぽんちなのは実家のせいでした~,私の母,和食いまいち」,「私もしょうゆ味の和食,食べたくなることよ~!でも母の和食はイマイチ」,「うちはお雑煮さえもなかったしね。」などと述べている。

 

() 「料理冒険家『池澤ショーエンバウム直美』のグローバルキッチン」における「拡大家族の祝宴 @ JAPAN」と題する記事(乙100の101)において,原告は,「『こちら母=ワタシ』は,『あちら母=娘のお義母さん(引用者注:原告の次女である訴外WMの夫の実母である訴外K氏のこと)』に甘えてまる投げです。『あちら母』の指揮のもと,かいがいしく働く娘部隊のそばで,役立たずな『こちら母』はただウロウロ。そして時折つまみ食い。続くは『あちら母』手作りの,それはそれはおいしい日本的おせち料理の数々。美しい仕上がりのお煮しめ。ホクホクとした里芋,味の染みた干し椎茸,こんにゃく,蓮根,鶏肉に花型人参。いいですねえ,,,,,何をかくそう,ワタシ,イタリア料理より好きです。一人で鉢を抱え込んで食べたいぐらい。牛肉と栗の煮込みです。とろけるように柔らかいお肉と,栗の甘さが最高のコンビネーションです。前日に長い時間をかけて煮込んでくれた『あちら母』,ありがとうございます。こちらは蛸のサラダ。と言ったって,私が作るようなオリーブオイルの地中海風とは大違い。蛸とキュウリとクラゲに,実にいい具合に醤油ベースのドレッシングがからまっています。まだまだありますが,ここはいったんお開きにして,,,,,次はいよいよ,『えっ!』と驚くお雑煮が登場いたします。」と述べている。

 

()  同ブログにおける「ハバを利かす贅沢雑煮 @ JAPAN」と題する記事(乙100の43)において,原告は,「お雑煮やっぱりいるかしら?」と,娘に相談したら,『いらない!あちらのお母さん(引用者注:原告の次女の夫の実母のこと)が毎年おいしいお雑煮を作るから,みんなでそれをいただけばいいよ。ママ(引用者注:原告のこと),どうせあんまり得意じゃないでしょ。』と軽く一蹴されました(笑)。」と述べられている。

 

()  同ブログの「初めてのおせち作り★楽しかった-!」と題する記事(乙103の6)において,「実は手作りのお節,食べたことさえありませ~ん」と述べられている。

 

() 同ブログの「やばい!まだお正月ですが何か?」と題する記事(乙103の23)において,「こんな和食,私の実家では出ないわ」と述べられている。

 

() 同ブログの「ティロピタキアで秋空ピクニック!?」と題する記事(乙103の26)において,代々木公園にピクニックに行った際のエピソードとして,「これが旦那の実家の味よ,うらやましいわ~おいしいわ~」,「ソーセージ,から揚げ,エビフライ こういうの,うらやましかったわ~」「小学生の時のお弁当には,ギリシャ料理が詰め込まれてました」「えぇ,ザウママ実家は相変わらずちょっとヘン」「そういえばザウママ実家のお正月もちょっとヘンだって評判(?)だったわ」などと述べられている。

 

()  原告の次女である訴外WMのブログ「私,ワーキングマザーですが何か?」における「初めての遠足で思い出しちゃった・・・」と題する記事(その後,全文削除されている。http://ameblo.jp/pink-boots/entry-11245734534.html#main)において,「小学校のときのお弁当,パパが作ってくれてね~ 」「帰ってパパに謝ったら,大笑いしてまたディナー作ってくれたなぁ  しかもお弁当とまったく同じメニューだったから,涙が出た」(「初めての遠足で思い出しちゃった・・・」と題する記事)と述べられて,原告の次女である訴外WMのお弁当のみならず夕食をも父親である原告の前の夫である訴外池澤夏樹が作っていたことが認められる。

 

()  原告のブログ「ナオミライクな日々」における平成22年(2010年)12月30日付け「山あり 谷あり」と題する記事(乙4の14)において,原告は,「『行きつけ』という場所があるとしたら,祖師ヶ谷大蔵の『宿場・祖師谷店』(乙112の10・資料第462号)です。『行きつけ』になってから,かれこれ20年近く立つかもしれません。これをお読みの皆様の中にも,『ああ,行った,行った』とか,『池澤に連れて行かれた。』という方々もかなりいらっしゃることと思います。」と述べて,原告がICUに勤務を開始した平成元年(1989年)ころ,つまり,前夫である池澤夏樹が沖縄に移住し別居する1993年(平成5年)以前から「一つ隣の駅」にある大衆居酒屋「宿場・祖師谷店」の常連客であったと述べており(乙120・204頁),原告が夜の食事を作らず仕事帰りに飲酒をして帰宅していたと認められる。

 

() 原告が原告の現在の夫と2人で食事をする時の料理において,手抜き,超手抜き,インスタント料理や残り物を提供していることが認められる(乙99の25,同27,同129,同313,同314,乙100の17,同29,同77,同84,同86,同88,同89,同114乃至128,乙112の1・資料第63号)。

 

()  原告が原告の後夫との食生活について,「『一日三回規則的に!』が理想的な食べ方だとしたら,私たちの食生活はひどいものです。『しっかり食べましょう』という朝もコーヒーだけです。食べると太ると単純に信じ込んでいる頑固なパートナーは昼も食べません。」(乙99の68)と述べられているが,事実に反する。

 

原告のブログ記事において,後夫が海外旅行中には常に原告と外食で昼食を摂っている事実が述べられており,日本でお寿司さんを家に呼んで開いたパーティの時や船上パーティでのランチ,出版記念パーティでのランチ,海外でのパーティにおいて原告の夫が昼食を摂っている事実(乙100の2,同14,同15,同29,同33,同39,同102,同103,111)があり,「雪の国からやって来た友とのランチ」と題する記事(乙112の1・資料第45号)においても「僕はそろそろ君たちの邪魔をしないようにひきあげるからね。」と,書斎に向かった夫を見送ったあとで またまた大盛り上がりの元ガールズトーク時間が過ぎていくのでした。」と述べられて,原告が,来客時だけは「昼も食べません」(乙99の68)と述べられていながら,夫の分もついでのように料理をして食事を用意した写真とともに原告の後夫が食べた事実が掲載されている事実,さらにお昼を食べないことにされている原告の後夫が「お昼にバスティーユに行くのはどう?どうせ今晩もまた残り物でしょう?」と述べられて(乙99の313),原告をランチに誘っている事実もある。したがって,原告が料理をするのが面倒くさいという理由で昼食をつくらないことをもって原告の後夫が食べないと都合よく公開しているだけであり,実際には原告の後夫は昼食を食べることを欲していると考えられるから,原告は料理が好きなのではなく,出された料理を食べるのが好きなのである。この事実については,原告のブログ「料理冒険家『池澤ショーエンバウム直美』のグローバルキッチン」における「それでも賑やか朝ごはん」と題する記事(乙100の61)において,「このメンバー,しょっちゅう一緒にあちこちへ行ってますけれどそのたびに思います。夕食も楽しいけれど,一緒に食べる朝食は格別だなあ,って。だってお夕食なら,別にお泊りしなくたって外のレストランでも食べられますものねえ。沖縄もハワイも河口湖も箱根も小田原も御殿場も,,,たくさんの朝ごはんを一緒にしてきました。」と述べて,原告の夫との朝食はコーヒーだけの原告が,旅行先や原告の次女の夫の両親宅に宿泊した際には朝食を食べていることが述べられている事実から明らかであり,原告が,自分でつくらなければならない朝食は原告の後夫が淹れてくれる珈琲で済ませて食べないが,海外旅行中の滞在先や原告の次女の夫の実家や宿泊先のホテルや旅館で提供された朝食は喜んで食べている事実があり,料理をつくるのは嫌いであると判断することが十分可能である。

 

2017年3月 2日 (木)

うお座の「う」は、ウソツキの「ウ」!-春の訴訟祭り第一弾☆民事訴訟を悪用した狡知に長けたイジメには、必ず別訴を提起して、事実無根と主張せよ!☆-

心までかじかみ、しばれるような、厳しい2月は去った。

 

3月は訴訟の季節だ。

 

いきなり膨大な訴状を送りつけて不意打ち訴訟を提起し、訴訟活動の名を借りて、具体的根拠も合理的理由もなく、一方的な冤罪着せ、捏造、虚偽事実、過去の歴史的真実の改竄、現実の悪意による意図的な嫌がらせ等など…


ありとあらゆる悪意を網羅させ、①虚偽事実を満載させた準備書面、②ウソで固めた陳述書、③捏造した書証(証拠)、④架空かつ複数の冤罪を追加した訴状、自作自演のコメント投稿による二次被害の捏造等などを、訴訟記録として次々と裁判所に提出し、超高額の損害賠償金を請求する原告および原告の訴訟代理人弁護士らのやり方に仰天し、唖然とさせられる日々が続いている。

 

ここぞとばかりに溜め込んだ醜悪な負の言葉を訴訟記録にぶつけ、被告とした私たち夫婦つまり対立する当事者らに読むことを強要し、精神的打撃を加えることも、不意打ちで民事訴訟を提起した目的のひとつだろう。

 

被告とした相手方当時者らに甚大な応訴負担を余儀なくさせるのみならず、執拗かつきわめて悪質な、比類なき真赤な嘘の機関銃攻撃で、とことん精神的・身体的・経済的苦痛を与える攻撃目的だ。

 

訴訟が始まれば、さらにウソに次ぐウソの攻撃をもって追い詰め、気が遠くなるほどまでに夥しいウソの大群によって詰まり、ウソの洪水で流れなくなった狭いトイレの中に蟄居させられるように、あまりにも苦しく辛い、拷問に等しい状況が果てしなく続く。

 

感情のおもむくままに記載された『気分次第のウソ』に直面させられ、来る日も来る日も、徹夜でパソコンの前に座り、根拠とともに、論理的に「虚偽の事実である」、「真実ではない」と、一日のほとんどの時間をウソへの反論に費やし、パソコンを打ち続ける日々の繰り返しである。

 

夥しいウソへの反論作業は、心底こみあげてくる激しい怒りを伴い、過労死が頭をよぎるほどまでに過酷で、疲弊し消耗し尽くす。

 

通常は一生に一度なるかならないかの疾患と驚かれながら、入院を要する病である重度の虚血性腸炎で、私は3度も入退院を繰り返している。

 

『応訴』に追われているからこそ、『セカンドブレイン』と呼ばれる『腸』がねじれるほどの激痛に襲われるのであり、両親譲りで至って生真面目な私が、ウソを書かれたまま、脳を働かせてはならない、ストレスになるから考えるな等と言われたところで、それは「もう一度違うご両親から産まれ直していらっしゃい」と言われるに等しい、無理な相談である。

 

かくして『民事訴訟を悪用した残虐な苛め』というのが、今回の訴訟に対する私たち夫婦における『応訴』の定義である。

 

本人訴訟で過去にいくつかの訴訟を体験して来た私だが、ここまで堂々とウソを羅列させた訴訟記録には、かつてお目にかかったことがない。

 

これは、狡知に長けた弁護士を用心棒として雇い入れ、民事訴訟を提起させて、自分の身代わりに法廷で闘わせないことには実行できないのであるから、正に『民事訴訟を攻撃目的で悪用した苛め』と言えよう。


そもそも、私の主人(本当に配偶者であり実際に結婚当初から同居しています。したがって、妄りに戸籍や住民票を無断で取得入手し公開する違法行為を禁じます)であるコグちゃんの「kogchan blog」は、開設した当初からコメント欄を公開している。


したがって、権利侵害であると判断したのであれば、その旨をコメント欄から連絡すれば済むことであろう。

 

訴訟活動に藉口して、虚偽の事実を公開され、ありもしない架空の被害を捏造され、訴状、準備書面、陳述書、書証等訴訟記録に記載され、一方的に冤罪を着せられたまま、何年が経っても、裁判所は、溜め込まれ山と積まれた各記事の表現が名誉毀損であるかどうかを判断するのに膨大な時間と労力を要し、各表現の判断だけで精一杯・手一杯だろうが、裁判所は、虚偽の事実かどうかおよび架空の被害かどうか、捏造された証拠かどうかについても事実認定し、判断すべきだ。

 

私たち夫婦が提起した反訴も、裁判所から取り下げを勧められて、泣く泣く取り下げた経緯もある。


なぜなら、現に池澤直美氏を原告とし、私たち夫婦が被告とされた名誉毀損訴訟は昨年結審していながら、判決が出されるまでに10か月間を要しており、未だに判決が出されていないからだ。


私たち夫婦が、①一度もかけていない無言電話、②一通も出していない英文で書かれた3通の嫌がらせの手紙、③言ってもいない発言、④書いてもいない文章、⑤送信してもいない元日本人とのハンドルネームでのコメント投稿等など、訴訟活動における原告からの気が遠くなる程までに膨大な真赤な嘘の連発攻撃については、本来同じ訴訟の中で、判断されるべきであろう。

 

訴訟活動に仮託した桁外れのウソの個人攻撃による苛めなど決してあってはならないし断じて許せるものではない。


私たち夫婦は、訴訟活動において着せられた冤罪や、訴訟活動において主張され陳述された虚偽事実、あからさまな侮辱、プライバシー権の侵害等などについて、池澤直美氏に対して別訴を提起し、事実無根であり名誉毀損である等として訴訟提起を余儀なくされることとなった。


そこで、「春の訴訟祭り」と題して、順不同で、私たち夫婦が不意打ちで提起された普通ではない訴訟と,それに対する私たち夫婦の反訴代わりの別訴について、時間がないながらも、少しずつ公開していきたい。

 


まずは、最も短くて読みやすいとの考えから私の陳述書(24)を選んでみた。

 


ご高覧いただければ有り難い。

 


ちなみに、私たち夫婦は、27通の陳述書を提出して原告のウソに反論したが、まだまだ反論し足りない。

 


死ぬまで反論しても終わらないだろう。

 


私はそう思っている。


*****

 

陳 述 書(24)

 

平成28年 5月12日

 

東京地方裁判所民事第49部合C係 御 中

 

 

  被告本人  天野ベラ 

 

原告(以下,本訴原告池澤直美を「原告」と述べる。)は,直近においても,重大な虚偽事実を主張しているので,それらについて以下に指摘する。

原告は,被告らに対して,「何も知らないにも拘わらず,一方的に…と記載して」などと同じ表現を執拗に繰り返して攻撃しているが,原告こそ,原告自らが記載し,公開したブログ記事に述べられている内容について,何も知らないか,忘れているか,意図的であるかは判然としないが,原告自身が述べた内容でありながら,被告らが述べたとして攻撃材料にしている事実が多々あり,許し難い。

原告の主張は合理的理由と具体的根拠に欠けるとともに,精査・確認作業を懈怠して,誤った自説を固持して譲らず,強硬に押しつけているに過ぎない。

畢竟,今回の指摘に限らず,原告の主張は,そのほとんど総てが,原告にとって都合の悪い出来事や言動をやみくもに否認するだけの非科学的・非論理的な感情論であり,判断にあたっては,この点について十分に配慮されるべきである。

なお,原告の主張並びに原告のブログ記事を引用した部分の字体をゴシックで表記した。

 

第1 原告が重大な虚偽事実を主張していること

1.「デスクトップ2chなど知らない」(甲13の3)との虚偽主張

(1) 原告は(甲13の3〔「訴状別紙3の1」の原告反論データ〕)においてエについて,原告は被告等が情報源とする『デスクトップ2ch』など知らないし,と主張するが,重大な虚偽であり,大きく事実に反する。

(2) 原告自ら「デスクトップ2ch」を,本訴における証拠として提出した事実がある。甲第54号証の全10頁のヘッダー左には,総て「デスクトップ2ch」と表示されており,フッター左にも「desktop2ch.tv」と表示されている(甲54)事実があるので,確認されるべきである。

このように,原告は,自らが証拠として提出した書証すら「知らない」と虚偽の主張をして憚らない事実が認められる。

(3) したがって,「『デスクトップ2ch』など知らないし(甲13の3〔「訴状別紙3の1」の原告反論データ〕)との原告の主張は虚偽であるとともに,これに限らず,原告の主張は,原告にとって都合の悪い一切の物事をやみくもに否認しているに過ぎない。原告の主張は,そのほとんどが一方的な感情論にとどまり,具体的根拠と合理的理由に欠けるとともに,精査・確認作業は絶無に等しい。

 

2.「山の上」との記載についての虚偽陳述乃至主張(甲63,・甲9の10〔「訴状別紙1の1の8」の原告反論データ〕)

(1) 原告は,原告の実母が最期の時期を過ごしたグループホームについて,「ここは決してベラさんが言うような『山の上』などではありませんでした。」と陳述書の冒頭(甲63・1頁24乃至25行目)において述べ,被告ベラ(本件被告天野ベラ。以下「被告ベラ」と述べる。)が虚偽の事実をブログに書いていると,名指しして,「決して」とまで強く断じているが,重大な虚偽の陳述であり,大きく事実に反する。

さらに,原告は,甲9の10〔「訴状別紙1の1の8」の原告反論データにおいても,その後横須賀市衣笠公園に続く坂の途中にある施設にうつり同所で最期を迎えたが,そこは『山の上』ではなかったしJR衣笠駅から徒歩数分の便利な場所にあった。とあくまで『山の上』との表現に固執して被告ベラを執拗に糾弾するが,重大な虚偽の主張であり,大きく事実に反する。

(2) 実際には,原告のブログ「ナオミライクな日々」における「哀しみ,そして,ありがたさ」と題する記事(乙4の71。その後,一部削除し修正されている。以下,同じ。)において,下記のとおり,原告自身が「山の上のグループホーム」と述べている。

美容院と同様,今日はどうしてもしなければいけないことのために長い時間を使いました。9人で暮す山の上のグループホームのドアをそっと開けて中に入ると,車椅子に乗ったその人の後姿が見えました。この間会った時からまた一回り小さくなってしまったようです。(乙4の71)と述べられている事実がある。

しかも,甲9の10〔「訴状別紙1の1の8」の原告反論データの文中において,被告ベラは,「『9人で暮す山の上のグループホームのドアをそっと開けて中に入ると,車椅子に乗ったその人の後姿が見えました。と書いているように,」と述べており,原告のブログ(乙4の71)を正確に引用して,同記事(甲9の10)にその旨を表示している事実もある。

(3) すなわち原告は,自らがブログに述べた内容についてすら認識しておらず,原告自身が書いていながら,決してベラさんが言うような」と,わざわざ被告ベラを名指しして,「決して」との強い否定語とともに,「山の上などではありませんでした」と一方的に断定して,陳述し,裁判所に証拠として提出していることが認められる。

したがって,原告の主張は,精査・確認を一切怠り,何ら具体的根拠も合理的理由もないまま,いきおい被告ベラが誤った内容を述べていると名指ししたうえで決してベラさんが言うような山の上などではありませんでした」と一方的かつ強く断定し,そこは『山の上』ではなかったし,と執拗に攻撃しているものであり,強硬に虚偽の事実を押し付けて圧力を加える原告の陳述と主張が,被告ベラに対して重大な精神的苦痛と身体的負担とを与えている事実は明らかである。

 

3.孫の保育」についての記載についての虚偽主張(原告準備書面(5))

(1) 原告は,「被告らは,このような育児方針や保育の実態について何も知らないにも拘わらず,一方的に『原告は肝心な時に孫の面倒を見ない』などと記載し,あたかも原告が自分勝手で自己中心的な人間かのような印象を読者に受け付けた。このような被告らの記述に,真実性や真実相当性が認められる余地はない」(原告準備書面(5)・3頁16行目)と述べて,被告ら(本件被告天野コグ並びに被告天野ベラのこと。以下,「被告ら」と述べる)が虚偽の事実をブログに記載していると激しく非難するが,重大な虚偽の主張であり,大きく事実に反する。

(2) 実際には,原告のブログ「ナオミライクな日々」における2010年7月2日付け「『オバアチャン』になれた一日」(乙99の113。その後,全文削除されている。以下,同じ。)において,肝心な時に居ないことが多くて,ちっとも助けにならないばかりか,孫もなかなかなついてくれない私」と原告自身が述べている。

すなわち,肝心な時に居ない,ちっとも助けにならない,孫もなついてくれないと,孫の保育について,原告自身が無い無い尽しで公開した事実がある。

にもかかわらず,原告は,自らが書いたブログ記事(乙99の113)についてすら正確に認識しておらず,一方的に被告らが虚偽の事実を述べていると断定して攻撃しているものである。

(3) したがって,原告がその主張において,精査・確認を怠っていることが認められるとともに,原告が,非論理的な感情論から虚偽の事実を強く押し付けることによって圧力を加えて,被告ベラに対して重大な精神的苦痛と身体的負担とを与えている事実は明らかである。

 

4.「M氏」こと音楽院・訴外「M氏」についての虚偽主張(甲63)

(1) 原告は,「ベラさんは2012年10月25日付けブログで,携帯を忘れた人は『直美氏にとって特別の,あのM氏ではなかったのだろうか。』などと邪推しています。」(甲63・35頁16乃至17行目)と主張して,被告ベラを名指しして,邪推をしていると一方的に断定して,非難しているが,重大な虚偽の陳述であり,大きく事実に反する。

(2) 原告のブログ「ナオミライクな日々」における「時が流れる中で,ああ,みんな生きているんだ!」と題する記事(乙99の268)において,お客様がお帰りになる頃,こちらは大雨になりました。お一方,携帯電話をお忘れになって,雨の中,スカートの裾も足もびしょ濡れのまま駅まで走りました。陶然とするほどに美味しい日本酒や,ギリシャのワインをご一緒に飲み興じていましたので,車を運転することはできなかったのです。と述べられていた事実を前提事実として,被告ベラ原告のブログ(乙99の268)を正確に引用し,同記事(甲10の18)上に表示したうえで,下記の論評を述べた事実がある。

お客様のうちおひとりの方が,直美氏の家に携帯電話を忘れて来てしまわれたそうで,『雨の中,スカートの裾も足もびしょ濡れのまま駅まで走りました』と書かれていた。たった一度,駅まで走ったからといって,びしょ濡れになったからといって,そのことをブログに書けば,ついうっかり悪気もなく,携帯電話を忘れてしまったお客様は,直美氏のブログを読んでどう思われるだろう。」甲10の18)

すなわち,「お客様がお帰りになる頃,こちらは大雨になりました。お一方,携帯電話をお忘れになって,雨の中,スカートの裾も足もびしょ濡れのまま駅まで走りました。(乙99の268)と述べられているだけの「原告宅に携帯電話を忘れたお客様」について,被告ベラが,「M氏」と特定することも,「邪推」をすることもできない事実は,明らかである。

(3) したがって,甲10の18の記事において,被告ベラは「お客様」としか述べていない。さらに被告ベラが「M氏」と述べた事実も一切ない。

にもかかわらず,原告は,「ベラさんは」と名指ししたうえで,何ら具体的根拠もなく合理的理由もなしに精査や確認を怠り,「邪推しています」と一方的に被告ベラが邪推をしていると決めつけて陳述し,証拠として裁判所に提出したものである。

しかるに,原告は,甲7の16(原告のブログ記事20100708フクロウ族の活躍」・乙4の15〔716のアップロード後に全文削除されている。〕)において,被告ベラ最初にこのブログ記事を読んだ時,私はてっきりこの友人は同性であるとばかり思っていた。そのため,隣の駅ならば近いのだから,すぐにタクシーで行ってあげればいいものをと思いながら読んでいたのだが,隣の駅の友人というのは,直美氏にとって特別な存在の,あのM氏ではなかったのだろうか。」との論評において,被告ベラがM氏と述べた一部分のみを切り取り,それを採り上げて,甲10の18の記事と結び合わせて悪用することによって,被告ベラが「邪推」をしていると述べているものであり,原告による巧妙な虚偽事実の陳述は,断じて許されない。

 

5.「こうしたことが,9年以上前から,毎日のように繰り返され」との虚偽主張(原告準備書面(4))

(1) 原告は,「(2)掲載されている記事が膨大な量に上ること」として,「こうしたことが,9年以上前から,毎日のように繰り返され,被告らがインターネット上に掲載している原告に対する誹謗中傷記事は,膨大な量となった。」(原告準備書面(4)(頁4))と主張するが,重大な虚偽の主張であり,大きく事実に反する。

(2) 実際には「天野ベラのホームページ」の記事は,2006年(平成18年)11月20日(甲12の1)から2007年(平成19年)4月7日(甲12の18)までであり,原告が主張する天野ベラのブログは平成24年1月からであり,実際には5年間もの空白期間が存在している

(3) したがって,「9年以上前から,毎日のように繰り返され,被告らがインターネット上に掲載している原告に対する誹謗中傷記事は,膨大な量となった。との原告の主張が,損害を甚大に見せかける目的で成された印象操作であり,具体的根拠と合理的理由もなく,精査・確認を懈怠したまま,強硬に押し付けて,圧力を加えてくる感情論であり,極めて悪質な虚偽の主張である事実は明らかである。

 

.ICUに不正入社したとの記載が「真実ではない」との虚偽主張(甲8の8〔「訴状別紙1の1の7」の原告反論データ〕,甲10の23〔「訴状別紙1の1の9」の原告反論データ〕,甲11の3〔「訴状別紙1の1の10」の原告反論データ〕)

(1) 原告は「原告がコネを使って(ICUに)入社したという事実を摘示するものである。そして,これは真実ではない。原告が(ICUに)裏口入社したという事実を摘示ものである。そしてこれは真実ではない。」(甲8の8,甲10の23,甲11の3)などと具体的根拠も合理的理由も提出せず,強硬な否認を執拗に繰り返しているが,重大な虚偽の主張であり,大きく事実に反する。

(2) キャリアカウンセラーである原告が,オフィスパースペクティブ主催の講義「キャリアカフェ」における「第12回 プラティエス㈱社長 池澤ショーエンバウム直美さん 『プロアクティブな《きっかけ》作りがキャリアを変える」と題する講義録(乙104の11)において述べた事実すなわち原告自身が講義において述べた事実を前提事実とする論評であり,いずれも真実である。

原告がICUに中途採用されるまでの経緯を読めば(講義録・乙73,乙104の11),他の受験者らと等しく,正規の中途採用試験手続を経て,原告が正式に中途採用されたなどと到底いえるものではない事実は明らかである。

何よりも,原告は当時39歳でありながら25歳までとの募集年齢を大幅に無視して,特別扱いを受けて,中途採用試験を受験したことが認められるものであり,第一に受験する資格がない。第二に年齢を詐称して受験に臨んだことが認められるから,即刻不採用とされねばならないことは明らかである。

さらに,同講義録(乙73,乙104の11)からは,面接後原告の「不採用」が決定し,原告にも通知されたことまでが認められる。それでもなお原告の性格からすれば,不採用通知に納得がいかず,承服できなかったと思われ,友人乃至原告の友人の夫であるICU教授を通じて,ICUの副学長にはたらきかけさせて「原告不採用」との決定を覆させ,何の罪もない25歳までの若い人材の足を引っ張って,原告が代わりに中途採用されたのか或いは追加で中途採用されたかについては判然としないが,ダーティかつ理不尽極まりないICUへの中途入社方法の実態があからさまに述べられていることが認められる。

(3) 前述したとおりの原告のICUへの中途入社が不正であることは一目瞭然であり,論を待つまでもない。したがって,被告ベラがこれについて不正中途採用と論評することは,何ら不合理ではない。

原告の「原告の中途入社方法は何ら不正ではない」との主張が認められるとすれば,内部に友人乃至知り合いがいさえすれば,募集要項として提示されている応募資格(年齢制限)をも無視して,誰であれ採用試験を受けることが可能ということになり,さらに,その後の面接で不採用と正式に決定されたところで,内部に友人乃至知り合いがいて,その内部の友人乃至知り合いが強い権力を持っていさえすれば,決定などいかようにも覆せるのだから,多くの権力者を友人・知人に持ち,甘言を弄して擦り寄り,上手に甘えてさえいれば,応募資格を有していなくとも,面接で退けられて,不採用が決定されようとも,強力なコネさえあれば誰でも仕事にありつくことが可能という結論になり,休みなく仕事を続けることも可能になるという秩序を破壊する採用のあり方が法的保護を受け是認されてまかり通ることとなり,言語道断であるとともに,理不尽かつ不合理なこと極まりない。

しかも,同講義において,キャリアカウンセラーを天職として起業したと述べる原告自身が,前述のとおり,「友人・知人のコネさえあれば,応募資格(年齢制限),不採用決定にかかわらず,入社は可能である」と堂々と大衆を前にして呼びかけ広く伝播させているもので,その内容において,原告の職業意識の低さ並びに規範意識と良心の欠如がいかんなく公開されており,講義録(乙104の11)に述べられている中途採用までの経緯を一般の人が普通の読み方をすれば,特別扱いと裏ワザによる強引極まりない不正中途入社としか読み取れない事実は明らかである。

さらに,不正に加担した教授について,講義録には,「ICUの教授をしている旧友」・「友人の教授(乙104の11,乙73)と述べられて,原告の旧友であり友人と述べられているが,原告のブログ「つれづれなるまゝに,JALを思ひて その2」と題する記事(乙99の109)において,「政権が変わったのを潮時に,10年近く在職していた職場を去った時,いちはやく声をかけてくれたのが,JAL時代の親友のご主人の大学教授でした。それが私の大学での仕事のきっかけとなったのです。」と述べられて,JAL時代の親友のご主人の大学教授」(乙99の109)となっており,ICUの教授が原告の親友の夫君なのか原告自身の旧友或いは友人なのかは,判然としない。

しかも,同講義録(乙104の11,乙73)には,「けれどもギリシャの政権が社会主義に転じたのを潮時に,10年間働いた職場から転職をすることに決意しましたアメリカの大手化学会社,アモコが英語で営業が出来る人を探していて,そこに転職することになりました。アモコではポリマーというプラスティックの原料の営業をしましたが,そこで知ったことは,『好きなもの,わかっているもの』しか上手に売ることが出来ないという現実でした。たとえば,多少品質は劣っていても大好きなギリシャの製品でしたら一生懸命に説明し買ってもらうことができました。アモコの製品は品質的には世界最高のものでしたが,いかんせんよく理解できない難しいもので,惚れることもできませんでした。これではいけないと,思い切って退職しました。ジャパンタイムズの広告などで仕事を探す3ヶ月近い失業生活でしたそんな時に,たまたまICUの教授をしている旧友から電話がかかり,大学で人を探していることを聞き,試験を受けてみることになりましたと述べられて,原告が10年近く在籍した在日ギリシャ大使館を退社した後にアモコという外資系化学品会社の営業をしていたが,肌が合わず早期退職した事実,退職後3ケ月近く失業していた事実が述べられており,「10年近く在職していた職場を去った時,いちはやく声をかけてくれたのが,JAL時代の親友のご主人の大学教授でした。それが私の大学での仕事のきっかけとなったのです。(乙99の109)と述べられた記事と自己矛盾している事実が認められる。

就中,39歳の原告が,25歳までの応募者らに交じって,応募資格もないのにICUの中途採用試験を受けさせてもらい,面接後に「不採用」との決定が下されたにもかかわらず,決定を覆させて,強引に中途入社をさせてもらうまでの経緯を語った同議事録(乙104の11,乙73)が,ICUの名誉を著しく毀損している事実は誰の目にも明らかである。

 

以 上

2016年12月28日 (水)

渥美陽子弁護士が「法律事務所ヒロナカ」を退所されるそうです。

高畑裕太氏事件でFAX文書をマスコミに公開し、その姿を大々的にTV放映されたことにより一躍世間に勇名を馳せた渥美陽子弁護士が、「法律事務所ヒロナカ」を退所されるそうです。

 


渥美陽子弁護士が池澤直美氏の訴訟代理人を辞任したとのFAX文書が、本日拙宅に送信されました。

 

Photo


コグちゃん(私の主人)が「法律事務所ヒロナカ」に「うちの事件を外れられるのですか?」と電話で問い合わせました。

 


すると「法律事務所ヒロナカ」から、新しい事務所に移るとの回答を得ました。

 


新しい事務所がどこかについての回答は、ありませんでした。

 


「法律事務所ヒロナカ」のホームページ「弁護士紹介」における渥美陽子弁護士の「経歴」において「2014年法律事務所ヒロナカ入所」と表示されています。

 


したがって僅か2年での退所ということになります。

 

http://www.office-hironaka.jp/profile/index.html#anc_atsumi

 


ちなみに「天野ベラのブログ」において渥美陽子弁護士について言及した記事は2件あります。

 


下記をご高覧ください。

 


2016
11 3 ()


「法律事務所ヒロナカ」が高畑裕太氏事件の示談成立後に公開したFAX文書がもたらした被害女性への深刻かつ重大な2次被害-事実関係が確認できていない状況で、一方的に独自の見解を公開し、事件後産婦人科にまで行ったとの被害女性を追いつめ、精神的苦痛を深めさせた「法律事務所ヒロナカ」の弱者叩きは許されない-


http://beraamano.cocolog-nifty.com/blog/2016/11/post-063e.html

 


2016
911 ()


やっぱり高畑祐太氏も委任していた!-2世弁護士も所属する、被疑者や依頼人に超過保護な「法律事務所ヒロナカ」は、「正義」と呼べるのか?!-


http://beraamano.cocolog-nifty.com/blog/2016/09/post-c9e4.html

 

2016年11月26日 (土)

一般社団法人日本秘書協会前理事長であられた故・石川愛氏に一切の責任を押し付ける、「法律事務所ヒロナカ」の弘中絵里弁護士が担当する、女子会的訴訟行為-その①-

平成25年11月7日付けで提出された池澤直美氏の陳述書(甲49・4頁7行目)には、

「『天野ベラのブログ』が理由であることをはっきりと告げて縁を切ってしまった人たちは次の通りです。

 

①吉川裕子さん(元ユニクック、グローバルキッチンメンバー)



②鈴木松子さん(大学講師、『グランマからの手紙挿絵担当』、グローバルキッチンメンバー)



③川嶋久美子さん(ベラさんから、いかがわしい商売をしていると名指しで言われた人、グローバルキッチンメンバー)



④松山章博さん(プラティア音楽院 院長)



⑤上原澄江さん(時計の仕事、いかさまと書かれた人)



⑥川上ひめ子さん(元ICU同僚、仕事のパートナーのひとり)



⑦真木まき子さん(美術展プロデューサー、グローバルキッチンメンバー)」

 



(引用者注:①~⑦の数字は私が付けました。)

 



と記載されて、1人の男性と6人の女性の実名が、肩書などとともに明記されており、公開法廷において陳述されました。

 



①~の人物は、全員が、池澤直美氏と長年に亘り公私共に特に親しい唇歯輔車の関係性にある方々ばかりです。

 


④の松山章博氏だけは面識があります。

 


なぜなら、池澤直美氏の長女である池澤春菜氏がまだ10代だった当時、成城大学のミスコンテストに出場するとのことで池澤直美氏から呼ばれた私が成城大学まで出向いた際、やはり池澤直美氏から呼ばれて会場にいらしていた松山章博氏を池澤直美氏によって紹介されたからです。

 


したがって、私は、④の松山章博氏以外の~③、⑤~の女性たち全員と面識がありません。

 


③の川嶋久美子氏とやらがいかがわしいご商売をしていらっしゃるのかどうかについては存知ませんので、「いかがわしい商売をしている」と名指しで記載した事実も公開した事実もありません。

 


⑤の上原澄江さんとやらにつきましては、池澤直美氏の2件のブログを検索しましても一度たりとも登場しておりませんから、実在する人物かどうかについてすら不明です。したがって、時計のお仕事をしていらっしゃるのかどうかも存知ませんので、「いかさま」と記載した事実も公開した事実もありません。

 


そもそも「
天野ベラのブログが理由であることをはっきりと告げて」、長年の友人である池澤直美氏とのご縁を切るということは、果たしてあり得るものでしょうか。

 


池澤直美氏を擁護するのが長年の友人というものではないでしょうか。

 


まして、池澤直美氏の2件のブログにおいて知る限り、①以外(⑤は不明)ほぼ全員が60代のご高齢者です。

 


そんなご高齢の方々が、残り少ない限られた人生において、わざわざ、
私のブログの名前をはっきりと告げて私のブログを理由に、長年の友人である池澤直美氏との縁を切り、池澤直美氏が主宰している会費制女子会「グローバルキッチン」に参加しなくなるとは考えられません。

 


見ず知らずの、無名の、専業主婦である私の「
天野ベラのブログ」との名称をはっきりと告げて、しかも「それが理由である」とまで告げて、長年の友人との縁を切ってしまうことが、出来るのでしょうか?

 


「天野ベラのブログが理由である」と名称をはっきりと告げる必要が、一体どこにあったのでしょうか?

 


率直に申し上げて、あまりにくだらないとしか言いようがありません。

 


縁を切りたいと思えば、黙って、離れて行けば、それで済むことです。

 


わざわざ「天野ベラのブログを理由に、あなたと縁を切ります」とは言わないでしょう。

 


ちなみに真木まき子氏は、平成24年2月をもって「実母に対する介護」を理由に、真木まき子氏が取締役であられた有限会社you and creamの活動を休止されたとうかがっております。

 


したがって真木まき子氏は、池澤直美氏と絶縁したのではく、単に疎遠になっていただけと考えられます。

 


そこで「天野ベラ(私)のブログが理由であることをはっきりと告げて、池澤直美氏と縁を切ってしまった人の一人とされている⑦真木まき子氏について、虚偽事実の適示であると裁判所に主張しました。

 


すると池澤直美氏の訴訟代理人である弘中絵里弁護士は、平成28年9月23日付け準備書面(1)において、

 


「訴外真木は訴外石川愛に対して,ブログのことを知り合いから知らされた,池澤直美とは付合わないほうがいい,グローバルキッチンにも行かないほうがいいと忠告した(池澤直美は,訴外真木の訴外石川愛に対する忠告内容を,訴外石川愛から聞いた)。それと同時に,訴外真木自身はグローバルキッチンに参加しなくなり,池澤直美氏に対し,メールや電話もしてこなくなった。 このような経緯から,池澤直美は,天野らのブログが原因となって,訴外真木は池澤直美との交流を絶ったものと理解した。」

 


と反論しました。

 


つまり

 


1.真木まき子氏は、ブログのことを知り合いから知らされた。

 


2.真木まき子氏は、故・石川愛氏に、生前、「池澤直美と付合わないほうがいい」、「池澤直美が主宰しているグローバルキッチンにも行かないほうがいい」と忠告した。

 


3.故・石川愛氏は、生前、真木まき子氏からの忠告内容2.を、池澤直美氏に伝達した。

 


4.真木まき子氏は、池澤直美氏に対してメールや電話もしてこなくなった。

 


5.池澤直美氏は、天野らのブログが原因となって、真木まき子氏が交流を断ったと理解した。

 


このような理屈をもって、真木まき子氏を「天野ベラのブログが理由であることをはっきりと告げて、縁を切ってしまった人たち」の一人として陳述し、証拠として提出することがまかり通ってしまうのでしょうか。

 


池澤直美氏ならびに弘中絵里弁護士の主張には、1.「ブログのことを知り合いから知らされた」と述べられているだけで、「天野ベラのブログ」と明記されてはいません。

 


「知り合いから知らされた」とのことですが、真偽の程も定かではありません。前記のとおり「ブログのこと」が私のブログかどうかについても判然としません。

 


「天野ベラのブログが理由であることをはっきりと告げて」どころか、「天野ベラのブログ」ともひと言も述べられておりません。

 


メールや電話もしてこなくなったからと言って、縁を切ってしまったとは限りません。

 


真木まき子氏は実のお母上様の介護に精一杯で、活動を休止されるほどお忙しく、時間が捻出できなかっただけだったのではないでしょうか。

 


しかも最終的には、「天野らのブログが原因となって,訴外真木は池澤直美との交流を絶ったものと理解した」と主張しており、いつの間にか、「天野ベラのブログ」ではなく、「天野らのブログ」と複数形に変遷し、主人と私のブログが原因となって、交流を断ったものと「理解した」に変遷しています。

 


これでは「
天野ベラのブログが理由であることをはっきりと告げて縁を切ってしまった(甲49・4頁7行目)とは言えないのではないでしょうか?

 


私が最も疑問視しているのは、一般社団法人日本秘書協会において、1996年~2006年の10年間、さらに2010年~2013年の3年間の合計13年間もの長きに亘り理事長職を務めあげられた程の名誉ある御方であられた故・石川愛氏が、70歳を過ぎられて、女子会におけるくだらない噂話よろしく、忠告を受けた内容つまり2.の内容を右から左に、そっくりそのまま忠告の対象者たる当の池澤直美氏自身に直接告げることが出来るものでしょうか?ということです。

 


池澤直美氏ならびに弘中絵里弁護士の主張において、故・石川愛氏が、2.の内容を池澤直美氏に伝えたとされる行為は、故・石川愛氏に忠告した、古くからの友人である真木まき子氏に対する裏切りに近い背信行為です。

 


何よりも

 


「池澤直美と付合わないほうがいい」

 


「池澤直美が主宰しているグローバルキッチンにも行かないほうがいい」との

 


忠告内容はあまりに直接的で配慮は微塵もありません。

 


もし2.の忠告内容を故・石川愛氏がそのまま伝えたとすれば、誰であれ気分を害することは火を見るより明らかであり、池澤直美氏が最も敬愛し、尊敬し、姉と慕い仰ぐ存在である故・石川愛氏の言葉としてはあまりにも無神経で、そぐわない言動であり行為であるとしか思えません。

 


しかも2.の忠告内容を、故・石川愛氏が、池澤直美氏に伝えたとすれば、その行為は、真木まき子氏への報復感情を惹起させるものにほかならず、たとえ報復感情に至らなかったとしても、故・石川愛氏にとって古くからの友人である真木まき子氏に対する悪感情を池澤直美氏に生じさせることは必至ですから、極めて危険かつ悪質な行為と思われるからです。

 


したがって故・石川愛氏による3.の行為が事実であったとすれば、それは、池澤直美氏と真木まき子氏との友人関係を分断させ、仲違いさせるに十分足る陰湿な行為であった事実は明確です。

 


しかしながら昼間から酒を煽り、くだらない馬鹿話で盛り上がって騒ぐような、幼稚で、チープで、お粗末な、品の悪い女子会の中心人物によく見られがちな性悪女の如き3.のような分別のない告げ口行為を、70歳を過ぎたご高齢で、お育ちもお家柄もおよろしく、地位も名誉もお金もおありで、思慮分別も教養もおありの、13年間も一般社団法人日本秘書協会の理事長という要職にあらせられた、故・石川愛氏が、本当に、実際に、行動にうつされたのでしょうか?

 


どう考えても私には信じられません。

 


しかしながら石川愛氏は既にお亡くなりになられました。

 


したがって「死人に口なし」ですから真実は藪の中です。

 


賢明な閲読者におかれましては如何お思いになられますでしょうか?

 


一般社団法人日本秘書協会の役員の方々による品格のある追悼文を拝読しても、故・石川愛氏が傑出したリーダーであられるとともに、細やかな心配りと深い思いやりのある御方であられたことが十分に伝わります。

 


決して池澤直美氏ならびに弘中絵里弁護士が準備書面において主張しているような女子会の延長の如きくだらない言動をなさる御方ではないでしょう。

 


私はそう思っています。

 


*****

 

石川前理事長追悼

http://hishokyokai.or.jp/pdf/jsa/tsuito.pdf#search='%E6%97%A5%E6%9C%AC%E7%A7%98%E6%9B%B8%E5%8D%94%E4%BC%9A+%E3%81%8A%E6%82%94%E3%82%84%E3%81%BF'

2016年1月11日 (月)

「訴状」の公開

天野コグちゃん(天野ベラの主人。私たちは夫婦です)

がブログを更新して「訴状」を公開いたしました。

 



「被告として訴訟を提起されても訴状を堂々と公開しましょう!」


http://kogchan.asablo.jp/blog/2016/01/11/7987920

 


ご高覧ください。

2015年11月 1日 (日)

ボルトのような10月-「抗弁」という名の執筆に明け暮れて-

世界陸上を観ていた。

 

https://ja.wikipedia.org/wiki/2015%E5%B9%B4%E4%B8%96%E7%95%8C%E9%99%B8%E4%B8%8A%E7%AB%B6%E6%8A%80%E9%81%B8%E6%89%8B%E6%A8%A9%E5%A4%A7%E4%BC%9A

 


あれは、つい最近のことではなかったか……

 


壁面の紙は、ほとんど新品のまま、


めくられ、破られて、捨てられる。

 


膨大な訴状に対する抗弁の補強と

精査確認作業に鋭意専心している。

 


最速の月が駆け抜け

 


季節は過ぎ去っても

 


闘いに終わりはない。

 


そうだ。

 


この闘いに終わりはないのである。

2015年9月11日 (金)

訴訟合戦の元凶となる恫喝訴訟

私たち夫婦への恫喝訴訟は金員奪取目的、しかも100万や200万といった常識的な金員請求ではない。

 


コメント欄を公開している主人のブログのコメント欄に、削除依頼や抗議を書き込むこともなかった。

 


原告となった池澤直美氏は、私ども夫婦の住所・電話番号・私のメールアドレスを知っている。

 


訴訟は最終手段と知り得ており、慎重にすべきと語っていながら、

http://blog.livedoor.jp/kabarai/archives/51174809.html

0001


0002


0003



穏当な削除依頼や事前の「通知書」もなく、いきなり弘中淳一郎弁護士を筆頭に「法律事務所ヒロナカ」の弁護士らすなわち弘中絵里弁護士以下4名の印鑑が押された分厚い訴状が拙宅に叩きつけられた。

 

Photo


これは最早「訴状」ではなく「果たし状」と呼ぶべきであり、ここまで仁義を欠いた訴訟を「恫喝訴訟」「嫌がらせ訴訟」と呼ぶことに私はいささかの躊躇もない。



そのため、恫喝訴訟の話題が見つかれば必ず閲読している。

 
すると、「訴訟合戦」の様相を呈している記事を発見した。

 



記録を閲覧しておらず、訴状も見ていない門外漢の私に言えることは、ただひとつ。

 


このような訴訟合戦の元凶は、当時国会議員であり社会的強者の立場にある某氏が、社会的弱者であり名もない一市民である某氏に対して提起した恫喝訴訟にあるということだ。

 


私たち夫婦に対する恫喝訴訟は、著名人であり強者の立場にある池澤直美氏が「罵詈雑言でもかまいません」と私を挑発したうえ、さらに私の泣き所である亡き母の遺言をちらつかせて、何度聞いても秘匿し隠蔽して教えないまま、訴訟提起後に弁護士を利用して法廷で開示させようとして、「法律事務所ヒロナカ」に委任しておいて、半年間に亘りさらに記事を溜めに貯め込み(後半分としての約3000万円)、沈黙したまま請求金額を膨張させておいて、いきなり約6000万円(前半分としての3000万円と後半分としての3000万円)の損害賠償請求事件として提訴したものである。

 


したがって、本件恫喝訴訟は、被告として応訴を余儀なくされた私たち夫婦への攻撃目的並びに金員奪取目的で、膨大かつ過度の不当な負担を強いている。

 


原告が、被告らの記事を溜めに貯め込んで約200にも及ぶ記事(前半分としての3000万円)を訴状別紙として提出したことにより、私たち夫婦の訴訟代理人になられた山下幸夫弁護士に対しても、膨大な抗弁作成のため過度の負担を与えることとなった。

 


さらに、原告は、山下幸夫弁護士の抗弁作成と抗弁作成に協力する私たち夫婦に過度の負担を強いるのみならず、裁判所に対しても、膨大な判断を強いることで、裁判資源(裁判所の施設、裁判長、裁判官、裁判所書記官、裁判所のその他職員など)を無益に浪費させ使役させることとなり、これは日本国の司法に対する業務妨害と考えられる域に達している。

 


今思えば、原告が訴状に、「なお、『天野ベラのブログ』等に平成24年12月以降に掲載された記事についても、請求を追加する予定である。」と書いているにもかかわらず、当時裁判長であった本多知成氏が「(後半分は)別訴で」と命じる発言をした背景に、約200もの記事(前半分)を扱うだけでも多大な負担なのに、このうえ後半分まで判断させられてはたまらないとの意思があったとしても不思議はない。

 


しかし、被告である私たち夫婦にとっては、後半分を別訴にされたことで、被告らの記事の前提事実となっている原告・池澤ショーエンバウム直美名での2件のブログ記事、原告の長女であり声優の訴外池澤春菜氏のブログ記事、ツイッター発言、原告の次女である訴外渡邊摩耶氏のブログ、原告のオフィシャルサイト・池澤ショーエンバウム直美の「Shall We Platies?」に関する証拠等、膨大な書証を2部印刷し、書証の番号を振り直し、証拠説明書を作り直すという気の遠くなるような作業を又しても強いられるのであるからたまったものではない。

 


このように、池澤直美氏がいきなり提起した本件恫喝訴訟は、多くの人々を巻き込んで大騒ぎを展開し、時間、お金、労力、健康等、ありとあらゆる面で無用かつ過度の膨大な負担を強いる迷惑極まりない不当訴訟である。

 


これらの理由から、恫喝訴訟は不適法であり、だからこそ恫喝訴訟は、訴訟合戦の途を辿る。

 


なぜなら、事前の交渉なき訴訟の提起に正当な事由はなく、信義を欠いており、道義上是認し得ないからだ。

 


無理を通されてひっこみのつかなくなった道理を泣き寝入りさせる理由はない。

 


到底納得がいかない、承服出来るものではない、そんないくつもの存念は、それならばこちらもとばかりの飛び火訴訟となって増え続けるであろう。

 


私はそう思っている。

2015年9月10日 (木)

弘中絵里弁護士は欠席でした。

9月9日は計画審理の弁論準備期日でした。


審理も残り少なくなり、台風も上陸するという大雨の中を登庁される山下幸夫弁護士に申し訳なく感じたこともあって、当事者である私たち夫婦も急遽初出席しました。


早く到着したため、当事者リストの名前に丸をつけて待合室で待機しており、部屋に通されると、前回まで出席していた弘中絵里弁護士の姿はなく、他一名の男性弁護士が、独りポツンと座っておられました。

2015年9月 5日 (土)

山下幸夫弁護士が、約5か月前に提出した準備書面

山下幸夫弁護士が、約5か月前に提出した準備書面を、ご高覧ください。

 


http://litigationwithnaomiikezawa.jimdo.com/山下幸夫弁護士作成の書面/

 


本件は「計画審理」中とのことです。

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