池澤ショーエンバウム直美こと池澤直美氏との訴訟

2017年4月22日 (土)

☆春の訴訟祭り第十一弾!☆-名誉毀損部分一覧表(乙第127号証の3~5)の公開!-

本日は、私たち夫婦が提出した乙第127号証の3~5を公開いたします。


いきなり名誉毀損で訴えられないように、言論活動の参考となさってください。

 

https://litigationwithnaomiikezawa.jimdo.com/1273/


https://litigationwithnaomiikezawa.jimdo.com/1274/


https://litigationwithnaomiikezawa.jimdo.com/1275/


これは、原告が作成した名誉毀損部分一覧表(訴状別紙1の1の3ないし5〔「天野ベラのブログ」2012年3月~6月〕)において、被告らが意見ないし論評の前提事実として引用した原告のブログ記事等が全て削除されて切り取られていることから、その記事部分を復活させた一覧表を公開するものです。


訴状別紙において削除されている記事部分を、ゴシック書体で復活させました。



黄色の蛍光ペン部分は名誉感情侵害部分とされて記事から切り取られています。



また、被告らが山下幸夫弁護士に委任してから原告が準備書面(4)を提出し、「原告の主張・反論」欄において、訴状段階での原告の主張から変更を加えた部分従前は事実摘示であるとしていた主張を論評と改めた点)については下線が付されていますが、判決書において下線は消去されています。



なお、プライバシーに配慮して、一部伏せ字にしました。

 

https://litigationwithnaomiikezawa.jimdo.com/

2017年4月16日 (日)

☆春の訴訟祭り第十弾!☆-名誉毀損部分一覧表(乙第127号証の2)の公開!-

本日は、私たち夫婦が提出した乙第127号証のを公開いたします。



言論活動のご参考になさってください。


https://litigationwithnaomiikezawa.jimdo.com/1272/

 


これは、原告が作成した名誉毀損部分一覧表(訴状別紙1の1の2〔「天野ベラのブログ」2012年2月〕)において、私が意見ないし論評の前提事実として引用した原告のブログ記事等が全て削除されていることから、その記事部分を復活させた一覧表の公開です。

 

訴状別紙において削除されている記事部分をゴシック書体で復活させました。

 

黄色の蛍光ペン部分は名誉感情侵害部分とされています。

 

また、私たち夫婦が山下幸夫弁護士に委任してから原告が準備書面(4)を提出し、「原告の主張・反論」欄において、訴状段階での原告の主張から変更を加えた部分従前は,事実摘示であるとしていた主張を論評と改めた点)については、下線が付されています。



しかしながら、判決書において下線は消去されています。

なお、プライバシーに配慮して、一部伏せ字にしました。

 


https://litigationwithnaomiikezawa.jimdo.com/

2017年4月15日 (土)

☆春の訴訟祭り第九弾!☆-名誉毀損部分一覧表(乙第127号証の1)の公開!-

本日は、私たち夫婦が提出した乙第127号証の1を公開いたしますので、言論活動のご参考になさってください。


https://litigationwithnaomiikezawa.jimdo.com/名誉毀損記事-1271/

 


これは、原告が作成した名誉毀損部分一覧表(訴状別紙1の1の1〔「天野ベラのブログ」2012年1月〕)において、被告らが意見ないし論評の前提事実として引用した原告のブログ記事等が全て削除されていることから、その記事部分を復活させた一覧表の公開です。


訴状別紙において削除されている記事部分をゴシック書体で復活させています。


また、被告らが山下幸夫弁護士を訴訟代理人に委任してから原告が準備書面(4)を提出し、「原稿(原告の誤記と認められる。)の主張・反論」欄において、訴状段階での原告の主張から変更を加えた部分従前は,事実摘示であるとしていた主張を論評と改めた点)については、下線が付されています。

 


しかしながら、判決書において下線は消去されています。


なお、プライバシーに配慮して、一部伏せ字にしました。

 


https://litigationwithnaomiikezawa.jimdo.com/

 

2017年4月 9日 (日)

☆春の訴訟祭り第八弾!☆-「陳述書(15)・「私の父を『偲ぶ会』でのいきさつが真実であること等」の公開-

本日は、平成28年2月22日に提出した「陳述書(15)」を公開いたします。


なお、プライバシーに配慮して、一部伏せ字にしてあります。

*****

 

陳 述 書(15)

平成28年2月22日


東京地方裁判所民事第49部合C係 御 中

 


被告本人  天野ベラ

 


.「すごかった」直美氏の言動(乙3の5)


  
私が実際に見聞きし体験した直美氏の言動ひいては生き様について陳述していく前に,まず2006年9月20日に直美氏が記載して一般に公開されたフジサンケイビジネスアイの直美氏のブログ「Shall We Afresh?」における「元いた場所に立ってごらんよ!」と題する記事(乙3の5)について述べます。


 これは,直美氏が大学生だった当時,パンナム機内専用の備品として配布された毛布を持ち帰った時のことについて述べられ公開されたものです。



 「
何年か前の『同窓会』で自分では全く忘れ去っていたことを仲間の一人から聞きました。秦ちゃん(私の旧姓)ってすごかったよね。パンナムの機内で配られた毛布をやたら気に入って,欲しくて欲しくてスチュワードに食い下がったよね。『私,この毛布がすごく好きなんです。だって,柔らかくて素敵な色で…..(等々,様々な理由を述べたらしいのです)。どうか1枚私にください。』とか言ってさ。最初は『この毛布は売り物ではありません。』と頑として突っぱねていたスチュワードが,結局は秦ちゃんの熱意に負けて『しょうがない,いいでしょう。1つお持ちなさい。』って言ってくれたよね。」私はいったいその毛布をかかえて常夏の南の島々を旅してまわったというのでしょうか。そこらへんの記憶が全く薄れているのですが,どうも門外不出,いえ機外不出の毛布を分捕ってしまったことは本当のようです。」(乙3の5)



 この記事
は,乗客に一時的に貸与されたパンナム機内の毛布を,欲しくて欲しくてたまらなかった直美氏が,首尾よく持ち帰るまでの流れが述べられています。その時の言動について直美氏は「全く忘れ去っていたこと」「そこらへんの記憶が全く薄れているのですが」と述べています。このパンナム機内専用毛布の場合,直美氏が手に入れるまでの一部始終を実際に近くで見ていて,直美氏に「すごかったよね」と確認した方は,直美氏にとって好ましい友人の男性でした。だからこそ直美氏は「どうも門外不出,いえ機外不出の毛布を分捕ってしまったことは本当のようです」と認めています。



 ところが,同じ話をもし私がしたとすれば,一体どうなることでしょう。「事実無根です」「お金があったのですから毛布くらいいくらでも買えます」「架空のお話です」「妄想です」等と否認されているに違いありません。仮に直美氏が毛布を手にして持ち帰った写真を探し出して来て,動かぬ証拠として裁判所に提出したとしましょう。それでも直美氏は「私が拒んでも押し付けてくるのです」「内心では困惑しながら毛布をいただいていたことを気づいていらっしゃらないようでした」「そもそも,他の乗客の方々が回りにたくさんいらっしゃる飛行機の中で,どうして私だけが『どうか1枚私にください』などと一体どうすれば言えるものでしょうか」と述べ,「趣味でもない,材質の悪い,機内用の毛布を,原告が分捕ることなどありえない」「真実性は認められない」と弘中絵里弁護士ともども居直られて,頑として譲らず,私が「ウソつき」にされてしまうことでしょう。



 しかしながら,「すごかったよね」と後々まで語り継がれ思わず目を瞠るような,常人であれば決して実行できない「すごかった」としか言いようのない言動を直接近くにいて見聞きし,実際に体験した者は,多大な衝撃を与えられます。その結果,驚きとともに網膜に強く焼き付いて離れず,脳にも心にも深く刻まれて記憶に留まり,薄れたり忘れることなどありません。正確に言えば,薄めよう,忘れてしまいたいと思っても決して忘れられるものではないということであり,直美氏の言動は,そのどれもが,直美氏より10歳近く年少の当時独身であった私にとって,あの時は「すごかったよね」と,後々まで念を押したくなるような凄まじい発言や,驚くべき行動であったことを,まず第一に申し上げておきます。

 

.直美氏の長女がファンの男性を名誉毀損罪とストーカー規制法違反で通報し,逮捕・起訴された事件について(乙112の9・資料第408号)



 2009年7月10日
,直美氏の長女であり私の親族でもある池澤春菜氏(以下,春菜氏と書きます)がファンの男性を訴え,当該男性が名誉毀損の罪とストーカー規制法違反で警視庁町田警察署に逮捕され,同30日に起訴された事件(乙112の9・資料第408号)がありました。



 ネットによれば,当該男性は春菜氏のことを「気分で物事を言うほら吹き」,「春菜はうそつきで世間知らずなところがある。俺の気を引くためにそういう所を見せたがる」,「春菜の嘘つき癖は病的。俺宛に手紙を出しているのに出してないと言い張る」(乙112の9・資料第409号)などと投稿していたそうです。直美氏の長女である春菜氏が当該男性を名誉毀損で刑事告訴し,直美氏の次女である渡邉摩耶氏(以下,摩耶氏と書きます)は摩耶氏専用の匿名掲示板を設置され,そこに批判を投稿した人たちの開示請求をして名誉毀損で民事提訴しました。母親である直美氏は,平成18年から東京の拙宅近隣住民らを当時直美氏が勤務していた神聖な学びの場であり社会人講座の開催場所である学校法人恵泉女学園「恵泉銀座センター」に集めては警視庁やら××警察に足を運んで私たち夫婦を告発し,平成24年2月には私たち夫婦を成城署に告発し,さらに平成25年4月には私たち夫婦を名誉毀損で本件民事訴訟を提起しました。



 このようにして,直美氏母子3名は,いかなる批判であろうと過剰な拒否反応を示し,直ちに「攻撃の開始」(訴状25頁)「誹謗中傷」ととらえるだけで,相手と話し合おうとするどころか,批判された相手には倍以上の仕返しをして,逮捕をさせるか金銭面で償わせるかをしなければ気持ちが済まないようです。ですが,直美氏と娘らは,自分たちについて書かれている言論の内容と,一度でも真摯に向き合い,立ち止まって深く考えてみたことがあるのでしょうか。春菜氏のファンになり後に犯人となった男性が春菜氏について「気分で物事を言うほら吹き」「うそつき」「嘘つき癖は病的」などと何の根拠もなく書きこんだところで,一体何になるでしょう。好意を持ってファンになったからこそ「ほら」を吹くのを止めてほしい,「うそ」をつかないでほしい,「嘘をつく悪癖が病的になっている」と感じたから何とかして止めさせたい,そう感じる気持ちが混入していないとは言い切れないのではないでしょうか。さらに,当該男性が春菜氏について表現した「気分で物事を言うほら吹き」「うそつき」「嘘つき癖は病的」との言論は,私が直美氏に対して抱いている思いとまったく同じであるということです。



 実際の直美氏の言動や社会的活動など直美氏の生き様について述べるにあたり,「ホラ吹き」「ウソつき」「×××」等などこれらに類する表現を使用しないことには,適切な表現は他に見つかりません。直美氏は,その時々の気分やその場その場で置かれている状況や立場に応じて,何年も経過してから都合の良い虚偽の事実を話しては伝え,書いては一般に公開し,陳述書の形にして裁判所に提出までしています。こうした直美氏の生き様を実際に見聞きした者や身近で接した者たちが「よくこんなことが書けるものだ」と感じ,「これは酷い」と義憤に駆られて,「ホラ吹き」「ウソつき」「×××」等と批判したとしても,それは当然の成り行きであり,特に直美氏自らが一般に向けて公開した先行する2件のブログ記事,直美氏自身のプロフィール,直美氏の通名と顔写真が表示されて広告され宣伝された商品,直美氏が代表となって開催した社会的活動についての批判は甘受し反省し謝罪しなければなりません。ところが最近の直美氏は,単なる「ウソつき」にとどまらず,直美氏とその娘らにとって都合の悪い言論が存在すると知れば,批判された内容についてはさておき,手紙であれ,電子メールであれ,コメントであれ,直ちに過剰な拒否反応を示し「攻撃の開始」「誹謗中傷」と受けとめて,無視したまま,真実を書いた者や批判した者を激しく逆恨みするだけで,話し合いもせず,弁護士を雇い入れておいて,いきなり不意討ちで訴訟を提起させ,恫喝させて,多額の金銭を請求させることによって,真実を無きものとし,批判の言論を委縮させようとします。そして,今後二度と直美氏とその関係者に対する真実と批判を一切書かせないようにさせて遠ざけようとまでする論外の行為に走る「邪悪さ」をも備えるようになりました。



   2006年10月,私は一般に公開されていた有限会社ユニクックにおける「ボン・サンス」の「池澤ショーエンバウム直美のインターナショナル・セレブレッスン講座」(乙2の3)を閲読しました。そして直美氏のプロフィールに「ウソ」が書かれて公開されていたから「削除」を要求しました。「カウンターのすすめ」(乙3の1)における「皿洗い」との職種はもとより「ほんの短い期間」,「週に一度」,上司や同僚とのまことしやかな会話の内容など「ウソ」が書かれて公開されていました。また直美氏の祖母について「横須賀で運送会社を立ち上げた女社長」と一般に公開している記事「徳を積むということ」(乙112の3・資料第287号)には,直美氏の祖母が「運送会社を立ち上げていた」「○○組」「太った常務さんに全部取られちゃった」などと記載していますが,これも,直美氏が亡母と私に対して,ホテルニューオータニの薄暗いバー「カプリ」において語った内容とはまったく異なる「ウソ」の内容を記載して一般に公開したものです。



  一般に公開された「インターナショナル・セレブレッスン講座」「カウンターのすすめ」「徳を積むということ」はほんの一例です。直美氏は,私生活について,拙宅を訪問された時,亡母と私を外に呼び出して外食をした時,「琥珀」でアルバイトをしていた時,直美氏と私,もしくは直美氏と私たち母娘がどのような情景の中で,いかなる会話をしたかについて具体的に述べたことがおありでしょうか。直美氏は,私が,ブログ,電子メール,準備書面,陳述書に書いた直美氏との出来事において,そこで交わした会話や直美氏の言動について,そのほとんど総てを証拠もなく否認し,ある時は内心では困惑していたなどと,何年も経過してから,弁護士と相談を重ねた後に陳述しています。



 しかしながら,ご一緒に出かけて同じ場所で過ごせば,双方に会話が成立していた事実は明らかです。ですから,ここでこんな出来事がありました,私は公子氏とベラ氏にこのように話しましたなどと具体的に述べることが可能であると思います。過去に直美氏とお会いしてきた場所であるニューオータニのバー「カプリ」や成城学園大学のミスコンテスト等,私が提出してきた場所については否認せず,その場所において直美氏自身が実際に話された内容やその場所で実行された直美氏自身の行動については総て事実無根であり私の捏造だとおっしゃるのであれば,亡母や私とお会いした時の会話やその場の情景を直美氏から具体的に述べていただきたいと思います。



 さらに,陳述書(甲49,甲63)に直美氏自身が述べている直美氏の姿は,裁判所向けに優等生の神妙かつ沈鬱な内容で構成されていますが,実際の直美氏は,直美氏自身の2件のブログ,直美氏の娘である春菜氏と摩耶氏がブログやツイッターから暴露した記事,特に「実体験から」と題した「天野ベラのホームページ」の記事(甲12の1乃至18)において顕著であり,そこに描かれた直美氏の姿こそ素の直美氏であり真実の直美氏です。



 これからも直美氏は上手に「ホラ」を吹き,「ウソ」をつき,「××××××」の記録を更新させ続けるのでしょう。しかしながら「ウソ」の言論や不適切な内容の言論を一般公開し続ける限り,私のように直美氏の「真実」を知る者,私の主人のように直美氏のブログ,TV番組での紹介,雑誌,社会的活動における「ウソ」「不正」「不適切な寄付金の管理」「杜撰な調理法」「癒着」「公約違反」等を許さず,「危険運転」や「奇行」「愚行」など非常識なことを止めさせたいと考える厳しい者から「批判」され,「訂正」や「削除」時には「反省」や「謝罪」を求められることは当然の成り行きであると思います。世の中は,直美氏から上手におだてられて思い通りに動く老人や「結局一番楽をしているのは私」(乙99の25)と称して憚らない直美氏の振る指揮棒どおりに歌っては踊らされる友人ばかりではないからです。



 そして「批判」の言論のみならず,直美氏自身から取沙汰された私の亡母の遺言(乙43乃至44)についての私からの質問や,直美氏自身がブログに記載して一般に公開したアメリカの友人からの寄付金(乙94の1乃至2)についての主人からの質問等については,当然直美氏の自己責任であり,ご自分で考えて答えねばならないことです



 ところが,直美氏は,「法律事務所ヒロナカ」を経由して,弘中絵里弁護士らに「不意討ち訴訟」を提起させ,準備書面(1)や陳述書(甲72),別紙データでの反論を利用して回答しています。批判であれ,質問であれ,直美氏にとって都合の悪い言論,回答に窮する言論に遭遇すれば,何でも弁護士を利用し,訴訟を提起させて,証拠もなく,恫喝と断言の2本立ての暴力的な言語によって,強引に口を封じさせて黙らせようとするのです。このやり方は不当極まりないものです。直美氏が「ホラ」「ウソ」「××」(含む虚栄)「無責任」を慎まない限り,最後の最期まで永久に悪循環が続くことを予告しておきます。

 

3.私の父を「偲ぶ会」でのいきさつが真実であること



 私の記憶が正しいことについては「本人が忘れているぐらいの些細なことまでしっかりと留めておける記憶力」(甲49・18頁12乃至13行目)と述べられて,対立する当事者である直美氏自身によって立証されています。一方の直美氏は「お世辞にも論理的とは言えない私」(乙104の170)と自ら述べており,
記憶で蘇らせることのできる情報はたぶん1%もないかもしれないのですから。(乙99の5)と自認している事実を忘れないでください。

亡父を偲ぶ会でのいきさつは,繰り返し,一貫して,直美氏本人にも,裁判所にも述べ続けて来たとおりです。直美氏から拙宅に電話があり,偲ぶ会とはどういう形式でするのかとの問い合わせがあった事実,「私が話をしてあげましょうか」と直美氏からもちかけられた事実,「当日は必ず参加します」と伝えられ電話が切られた事実があります。その後,偲ぶ会が開催されるまでの間,拙宅(東京の家である「アマノビル」の現住所)に背の低いバスケットに入った白い花が直美氏から届きました。黒いマジックで「直美」と手書きで書かれた横書きのメッセージカードが透明のカードピックで留められていました。供花は,亡父の友人知人だけでなく亡母と私の友人知人など直美氏以外の全員の方が,偲ぶ会の会場に直接お送りくださっていましたが,直美氏だけは拙宅に届いたのでよく覚えています。また,「当日は必ず参加します」と宣言した直美氏のために,私はその供花を当日会場に運んで飾らなければならなかったからです。


 偲ぶ会の当日はタクシーを拾って拙宅前の私道まで乗り入れ,そこで亡母と愛犬を乗せてからペットホテルにうかがいました。そちらに愛犬コロちゃんをお預かりいただいてから,偲ぶ会の会場へと向かいました。亡母は私がタクシーに乗り込んで直美氏の白い花を膝の上に置いたのを見ると,「あら,コロちゃん置き忘れたのかと思ったわ」と言ったので二人で微笑みました。会場に入ると既に多くの花輪と美しい供花がひしめき合って飾られ並んでいました。最前列には,当時六本木のIBM本社に勤務していた私が頻繁に利用していた「日比谷花壇・全日空ホテル店」から××××氏と縦書きの毛筆で記載された札名の正式なアレンジメントの供花が置いてありました。私は直美氏の供花をその隣に置きました。なお偲ぶ会に読経・焼香はなく,代わりに「献花」としました。(乙112の9・資料第410号)。



 直美氏は「参列している元親戚らに池澤夏樹との離婚の経緯等を尋ねられるのも辛かったため」(訴状24頁)「針のむしろ」(甲63・11頁)などとまことしやかな主張をしていますが,直美氏が「偲ぶ会」への参加を「針のむしろ」と考えていなかった事実は明らかです。なぜなら,まず参列者についてですが,これまで何度も書いてきたように,池澤夏樹と直美氏が離婚に至る前の6年間にも及ぶ長い別居生活が始まった当時から,亡母と私は血縁関係にある池澤夏樹を敵と見做してまで直美氏に同情し直美氏を擁護して直美氏の娘らも含めて物心両面で「出来るだけのことをしてあげましょうね」との亡母の思いを酌んで精一杯支援する側に回ってきたと言い切れます。そのため,それまで親しくしてきた亡母の親族とは疎遠になっていき,亡母は毎年年末に参宮橋で開かれていた母方の親族会にも参加しなくなっていました。ですから,亡父を偲ぶ会について亡母の親族にお知らせすることもなく,井上博夫妻がいらしてくださっただけだったからです。直美氏は2016年1月24日付けの陳述書において初めて「公子さんからご連絡を受けたので公子さんを思って参列はさせていただきましたが」(甲63・11頁)と述べています。ですが,亡母は偲ぶ会の手配やご連絡について私に一任していました。当時私は厳しい会社で秘書をしており手続に慣れてもおりました。しかも直接お声をおかけしてお手伝いをお願いしなかったにもかかわらず,心ある賢明なIBMの親友が私の情況を忖度して拙宅まで駆け付けてくれて,葬儀会場その他について勤務先にFAXを送るなど,関係者へのご連絡を,黙々と手伝ってくれました。



 そもそも,私の亡父を偲ぶ会に参列してくださるとすれば,亡母と血縁関係にあり,生前の父とも親族会で何度か顔を合わせてきた池澤夏樹が参列するのが普通でありながら,直美氏が参列したこと自体,天野一家が直美氏を支援してきた真実を立証しています。池澤夏樹と私は親族でありながら一度も面識を持つこともなく,池澤夏樹と何度も面識のある亡父そして池澤夏樹の親族であり池澤夏樹本人とはもちろんのこと,その実父である福永武彦と従兄妹関係にあり幼少時から親しんできた貴重な歴史がありながら,そんな亡母の訃報すら池澤夏樹に伝えられなかった現実に,直美氏は一度でも思いを馳せてみたことがおありでしょうか。直美氏は,私のブログが原因で,友が離反した,グローバルキッチンの参加者が減って痛手となったなどと訴状や陳述書でことさらに騒ぎ立てて損害賠償請求の材料にしていますが,つくづくくだらないと軽蔑せずにいられません。



 直美氏の境遇に同情し,直美氏の立場を尊重したことによって,亡母が失った人間関係の重みと,直美氏は一度でも比べてみたことがおありでしょうか。



 直美氏は,亡父を偲ぶ会に,私の母方の親族である池澤夏樹の親族がたくさん集まると思っていなかったからこそ「私が話してあげましょうか」ともちかけてきたのでしょう。逆に池澤夏樹の親族が参列していたとしても,直美氏は平気で公子氏の妻としての献身的な長い介護ぶりや,私の仕事と看病の両立が大変だったことなどを上手に盛り込んでお話しをされたと思われます。平成28年1月に直美氏は,「そもそも私はベラさんのお父様のことあまりよく存じ上げませんので,何か話をしろと言われたとしても,お話できることは何もありません」(甲63・11頁)と述べていますが,これは主客転倒の陳述です。平成21年5月の前回の訴訟において「他の弔問予定客らと比べて遥かに原告(私)の亡父と親しい関係にはなかった。にも関わらず『ご挨拶させて』との電話が事前にあったため原告は承諾した」(甲28・前回訴訟「訴状」9頁)と私が記載したとおり,亡父のお見舞いにも訪れず,亡父についてよく知らないにも関わらず,「私が話してあげましょうか」と持ちかけてきたことを指摘したのは私です。拙宅に直美氏からかかって来た電話に出たのが私だったことから,直美氏は「お仕事と看病で大変だったものね」と述べて,私が仕事の傍ら昼休みと終業後に六本木から築地の聖路加国際病院に通って亡父を見舞い続けていたことについて話されるような口ぶりでしたが,実際には亡母について話されたと思います。電話を切る直前に直美氏は「当日は必ず参加します」と明確に述べられて実際にお見えになりました。私が手紙(甲17)で伝え,ブログに記載し,裁判所に提出してきた直美氏との具体的かつ一貫した会話の中で,「針のむしろ」「公子さんからご連絡を受けたので,公子さんを思って参列はさせていただきました」(甲63・11頁・17乃至19行目)との直美氏の姿はどこにもありません。


 さらに私はアラビア石油時代の青山葬儀所における小林中氏の大規模なご葬儀の係に始まり,数多くのご葬儀をお手伝いさせていただきましたが,その際には見たこともなかった「持参せず」との文字が直美氏の参列者カードに書かれているのを葬儀が終わった後で見ました。それでお香典代わりに供花を拙宅に届けてくださったことがわかりました。葬儀には,大人であれば通常1~2万円か最低でも5千円は持参するのが通常です。それが供花であれば3千円程度で送ることが可能です。直美氏には東京の自宅近くに「タカハシさん」という友人のお花屋さんがいらっしゃいますので,サービスもしてくださるでしょう。「お香典をお渡しし」(甲63・11頁)との「ウソ」を直美氏はことさらに陳述していますが,持参された事実はありません。



 会場内を見渡しても,贈られた花輪に表示された貴社名とご尊名からも,亡父のために会場でご弔辞を述べてくださったご来賓のお顔ぶれからも,ご参列客のほとんどが社交家で顔の広かった亡父の友人・知人の方々であり,井上夫妻以外に直美氏の元親族が参列していなかったことを,直美氏は当然気づいていらしたと思われます。ご弔辞を述べていただく予定に入れさせていただいていた亡父の主治医であられた当時聖路加国際病院内科医長でいらした××××医師がご多忙を極められる中をお越しになってくださったそうで,「もしもお見えになられたらぜひお言葉を賜りたい」と司会者と担当者の方に申し渡しておいたことから,お話ししていただくことができました。最後に話していただく予定にしていながら時間の都合で割愛された直美氏には,式次第で弔辞の後に続く献花に先駆けてその他のご来賓の方として「国際基督教大学広報課長 池澤直美様」と司会者から紅一点でご紹介されました。

  直美氏は中央の通路に出て,後方に一礼された後,前に進み出て,一般のご参列客に先駆けて献花をなさっています。直美氏は,
「ご焼香をさせていただき」(甲63・11頁19行目)と陳述していますが,偲ぶ会では「ご焼香」の代わりに「献花」としました。直美氏のお名前のみならず所属先と役職名まで葬儀会場で司会者が紹介したことも直美氏は「事実無根」とおっしゃいますか。


  腹の虫が収まらなかったのでしょうか。その後の直美氏の姿は,夫と父親の死に直面した悲しみ一色で淀んだ私たち母娘のうつろな目を一瞬にして括目させ,「すごかったよね」(乙3の5)と後々まで語り継げるほど激しいものでした。エレベーターの前に立つ亡母と私を凍りつかせた直美氏の最後の顔は私の網膜に焼き付いて離れません。直美氏が立ち去った後,母たちをエレベーターに乗せてから大勢のお客様方を粗餐の整った二階に誘導しつつ階段を上がっていく時,かけがえのない父の死という受け入れ難い,嚥下困難な塊のような大いなる悲しみの中に,何かの小骨が喉に突き刺さって取れない状況にも似た如何ともしがたい不快感までが伴って,果てしなく私を苦しめました。この時から,少しでも早くこの重苦しい塊を除去して,心身ともに楽になりたいと煩い続けてここまできました。

重苦しい不快感は当然の如く亡母も感じていました。自分のこと以上に他人に気を遣い,遜って最大限の配慮を尽くせずにいられない亡母は,父の死と連日の疲労とで憔悴しきっていました。偲ぶ会が終わった後も思い出話が尽きず葬儀会場を追われるようにして亡父の友人方や友人を二次会の会場にお連れした私が,亡父の好きだった「知床旅情」を合唱しながら泣いたりして,遅くなってそっと帰宅すると,亡母はまだ寝ておらず,横になってもおらず,紺色のガウンを着て日本間の文机の前に座わり「直美ちゃん何だかとっても怒っていたみたいだったから……」と直美氏を気にして手紙を書いていました。会場でも立っていられない程疲れていて,座っているか私かどなたかに支えられて歩いていた亡母が,横たわりもせずに手紙を書かずにいられなかったことからも,直美氏の表情や態度を見た私たち母娘が,後々まで気にせずにいられなかった,何とかしなければと思っていた事実は明らかです。



 さらに「偲ぶ会」における過去の直美氏についての私の記憶のみならず,毎月更新されている直美氏のオフィシャルサイトにおける最新活動情報や活動履歴・実績から知り得た現在の直美氏は,多くの人の前に出て話をし,司会進行をすることが仕事や社会的活動の中心となっています,これは,1999年に偲ぶ会を開いた時にも,2006年に私が直美氏に手紙(甲17)を書いて出した時にも想定できなかったことです。あの時の表情と態度は,自分の思い通りに物事が進まなかった時に直美氏がどう振る舞うかを象徴しており,直美氏の生き様が最も顕著に表出した出来事であったと今の私は思っています。



 私は母が書いた直美氏宛の縦書きの白い封筒を持って,偲ぶ会の翌朝早い時間に近くの郵便ポストまで行って手紙を投函するとすぐに戻って来て休みました。しかしながら1か月以上が経過しても直美氏から返事が届くことはありませんでした。拙宅はビル形式の×階建てで,結構な数のしかも外階段を上った×階の部屋に,亡母はコロちゃんと過ごしておりました。そのため,会社から帰宅したついでに一階の門扉に設置された郵便ポストと宅配ボックスとを確認するのは私の役目でした。母の手紙は私自身が投函しましたので,いつ返事の封筒が届くかと思って待っていたからです。直美氏は平成21年5月の前回の訴訟において,亡母の手紙について「原告(引用者注:私のこと)の実母から手紙がきたことについては,現在は記憶がない」(乙29・4頁・前回訴訟答弁書)と主張して惚けてはいましたが,直美氏の訴訟代理人が兼川真紀弁護士だった7年前の時点では「私はそのようなお手紙を受け取ってはおりません」(甲63・11頁)と証拠もなく「ウソ」をつき通す「邪悪さ」まではみられませんでした。亡母の手紙が届かなかったとすれば,拙宅の住所を記載した封筒が返送されて拙宅宛に戻ってきますが,返送されて戻ってはきませんでしたから,亡母の手紙は,確実に直美氏の手許に届いていたと言い切れます。



 直美氏が怒った表情や態度を見せなかったと言うのであれば,直美氏は母に電話をかけてくださるなり,返信の手紙或いは葉書を出して,16年も経過させることなく,1999年という早い時点で誤解を解いてもらうことが可能であったと思われます。直美氏が逆恨みを募らせていたからこそ,亡母に挨拶ひとつせずに立ち去り,手紙が届いていても開封したか読んだどうかもわからせようとせず,返事も出さずに,私の葉書(乙40)や私の手紙(甲17)類と同様に,届いていながら完全無視したまま放置して逃避したのでしょう。しかも直美氏は,移動しようとしていた亡母と私たち母娘が立っていたエレベーター前までわざわざ近付き,そばに寄って来てもいながら,くるりと踵を返して素早く立ち去ったのです。あれほど慕っていた筈の亡母を目の前にしても慰めのひと言もなく,挨拶すらせずに立ち去られた事実からも,捨て台詞こそ吐きませんでしたが,直美氏が自分の思い通りにならなかったことに立腹して,偲ぶ会会場を後にした事実は明らかです



 偲ぶ会に参列されてからの直美氏は,亡母が気に病んで手紙を書いても,私が父に続き愛犬と母の急死を伝える葉書(乙40)をお出ししても,良かれと思って慶事にご招待しても反応は一切無くなり,偲ぶ会を最後にぷっつりと途絶えたままでした。偲ぶ会を開く前には電話で通常の会話を交わしており,偲ぶ会にも参列されたことから,どう考えてもご弔辞の一件以外に私が無視され続ける心当たりは何ひとつありませんでした。そこで,これまでのごく普通の関係に戻したいと考えて,結婚することをお伝えし,華やかな晴れがましい席でのスピーチをお願いすればきっと喜ばれるだろうと考えて真っ先にご招待状をお送りしましたが,それでもなおご出欠の葉書すら拙宅には返送されませんでした。翌年には写真付きの年賀状に「●花嫁です」との自虐的なひと言を書き添えて,例年にならって,直美氏だけでなく「春菜様,摩耶様」と入力し印刷してお出ししました。写真を付ければ今度こそ祝福してもらえると思っていましたが,それでも無しのつぶてでしたので,絶縁されたと判断して,以降の連絡は断念しました。

後に私は,空港のラウンジや,銀行の窓口,ATM機の前で規則にのっとった対応,マニュアルに従った扱いを受けた直美氏が,望みどおりの対応をしてもらえなかったことにいたく立腹して,カウンターの女性や銀行員らに文句を言い,「これが完璧なホスピタリティというものでしょうか」と憤慨して,最後に,「私は力いっぱい良い仕事をしている」「私の仕事は規則もマニュアルもない仕事だ」と述べた直美氏のブログ記事(乙4の47乃至48)を読みました。これらの記事からは,空港で,エコノミークラスのチケットの直美氏が,入場する資格もないのにビジネスクラスのチケットを持つ後夫と同じ待合室に入ろうとした時に,特別扱いをしてもらえず止められたこと,銀行で,直美氏が取り扱えない手続をしようとして,春菜氏のお金を直美氏が引き出せずに止められたこと,直美氏の操作ミスが原因で後夫のキャッシュカードが無効となり,後夫のお金を直美氏が引き出せなかったにもかかわらず,今すぐ下ろさせろと言って断られたこと等について,反省するどころか,逆に腹を立てて,捨て台詞とともにその場を後にする直美氏の姿を知りました。

さらに,「はしばみ色の目の老婦人」(乙112の9,資料第411号)と題する記事では,ケンブリッジ大学の卒業生たち15名程度のごく内輪の集まりに交じっていた直美氏が,思うような会話を卒業生たちとすることが出来なかったことに対して,おおよそそこに居たエリートたちが,ちょっと離れて眺めてみれば,みんなきわめて内輪の話に終始しているのです。」失望した私は中座をして,ロビーの片隅の桜の下で売店で買ったばかりの本を読み始めることにしました。『Excuse me. ちょっと化粧室に行ってきます。』と言って席を立ったまま,いつまでも帰らないなんていう不作法は,後にも先にも初めてのことでした。」と述べており,これは,直美氏が,自動車教習所で指導教官の態度に腹を立てて路上教習中であったにもかかわらず怒って帰ってしまったと春菜氏がブログ(乙101の11)に公開し暴露していた直美氏の姿にぴったりと重なるものでした。これらの記事から,段取りが悪く場当たり的な偲ぶ会の司会進行によって,お話が出来なかったことに対して,直美氏が立腹しない筈がないことを後に悟りました。

2006年10月11日(水)に一般公開されたフジサンケイビジネスアイの直美氏のブログ「Shall We Afresh?」における「3000円の贅沢」と題する記事(乙3の3)を閲読した私は,「自分らしく無理をせず情で生きていきましょう」と記載して公開していながら,実際には,情で生きていくどころか,亡母と私に非情と非道を貫いた直美氏の真実の姿に違和感を覚えました。さらに,「池澤ショーエンバウム直美のインターナショナル・セレブレッスン講座」(乙2の1乃至3)とのタイトルで直美氏の通名が前面に打ち出された講座が開設され一般に公開されていて,直美氏の顔写真付きで「日本航空株式会社在職中に芥川賞作家池澤夏樹氏と結婚。(のちに夏樹氏とは,27年の結婚生活を円満に解消し,無二の親友としての愛情を育む」「お茶の水女子大学を卒業と同時に,芥川賞作家の池澤夏樹氏と結婚。」「後,氏との婚姻関係を解消し,お互いの意思を尊重する最高の親友へと…」(乙2の2),と公開し,「そんな素敵なサプライズを起こせるレッスンが,沢山詰まっているのが,インターナショナル・セレブレッスンです。」「長年の海外経験と,各国のVIPとの社交を経験している講師だからこそ,本物のインターナショナルを皆様にレッスンいたします。もちろん,ご主人様お独りの秘密のレッスンで,奥様にサプライズをお贈りになることも素敵ですしカップルで,ご受講いただける楽しいレッスンもございます。」(乙2の3)と直美氏自身の言葉で述べられている文章を閲読しました。文中には,「豪華客船でのクルーズ」「豪華客船の中で」「将来,是非豪華客船に乗って素敵な旅を…」と述べられて,「豪華客船」の文言を3回表示して強調したうえで「皆様の夢を池澤ショーエンバウム直美が応援いたします。」と結ばれた文章を公開している記事に著しい違和感と虚偽の事実を読み取りました。

いつもながら直美氏は直美氏のプロフィールや講座内容の紹介文について,有限会社ユニクック(現在の有限会社×××××)に全責任を押し付けていますが,無理があります。「池澤ショーエンバウム直美の」と明記して公表し,直美氏の通名を冠とする講座名であり,顔写真を付けて通名とともに文章が一般公開されていたのですから,当然直美氏も合意の上であり,直美氏にも責任がある事実は否めません。長い別居生活を余儀なくされた直美氏のために,亡母は血縁関係にありながら池澤夏樹と絶縁しました。そうした経緯や事情をよくよく知っている筈の当の直美氏が,芥川賞作家の前妻であったとの事実を最大限に利用している宣伝・広告文を一般に公開していた表示に対して,私はどうしても納得がいきませんでした。


 そこで何度も推敲を重ねたうえで直美氏に手紙(甲17)を書き,「配達記録郵便」にして2006年10月25日に出しました。同年同月の11日に公開されていた記事(乙3の3)を閲読してから甲第17号証の手紙を出すまでに2週間(14日)の日時が経っていることからも,私が決して一時的な感情や,攻撃を開始しようと思って手紙を書いたのではなく,長く抱えて来た重く苦しい心の腫瘍を摘出したいと悩んだ末に手紙を認(したた)めた事実については,直美氏とそのブレーン以外の方であれば,どなたにでも理解していただけると信じています。

亡母が出した最期の手紙,父に続く愛犬と母の死をお知らせした葉書(乙40),結婚式と披露宴のご招待状,そして前年に池澤夏樹と離婚していた直美氏に配慮して「花嫁です」と書き添えて出した年賀状(乙112の1・資料第80号)と立て続けに無視され続けた実体験があったからこそ,私は,前述したとおり,用心深くわざわざ郵便局まで行き,「配達記録郵便」にしてこの手紙(甲17)が直美氏に届いているかどうかが確実に把握できるように手配をしなければなりませんでした。面倒なひと手間をかけねばならなかったのも,直美氏が「ウソ」をついて話をややこしくさせて長引かせるからです。

この手紙の文中には,1999年の大晦日に亡母が急死した事実を知らせても,直美氏からお悔やみの葉書一枚届かなかったこと,亡父を偲ぶ会で段取りが悪く,直美氏にマイクが渡らなかったこと以外に,偲ぶ会以降直美氏から背を向けられ続けている理由が思いあたらないこと,また仮に偲ぶ会で直美氏が話すことができなかったことが無視をされている理由であったとしても,それは亡母の訃報に接した直美氏の非礼と無視とを許す理由には到底なりえないこと,結婚したことを私が直美氏に通知したこと,結婚を知らせても直美氏から無視されたことなどについて書きました(甲17)。直美氏が主張するように,偲ぶ会の前後に起こった出来事が事実無根であるとすれば,甲第17号証に書かれている内容の手紙を,私が直美氏に書いて出すことなどできません。


 ましてや,前回の訴状(甲28)に,事実無根の内容を書いて原告となって裁判所に提出することなどできるものではありません。さらに,エッセイ教室に通っていた時「葬儀」というお題をいただいた私は,
平成16年(2008年)10月19日に「ハイヒールの音」(甲3の26,乙39)と題する作品を提出しました。「ハイヒールの音」に記載した内容は私の実体験であり総て真実です。文中には「父と縁が深かった方が多数いらしたため,彼女にマイクが渡らなかったこと。原因はそれしか考えられない。苦い気持ちで階段を上った。」との一節が含まれています。



 両親と愛犬の死と密接に絡んだ直美氏にまつわる一連の苦しさを伴う不快感から早く逃れたい,直美氏の心情を理解することが出来て,弔辞が原因であればお詫びして,直美氏を許すことが出来て,心身ともに解放されることが出来ればどれ程楽になるだろうと煩悶した末に出した手紙であり,訴状25頁に書かれている「攻撃の開始」との意図などどこにもありませんでした。

今回の訴状から,私の手紙(甲17)を見た直美氏が,私から「攻撃が開始された」ととらえていたことがわかりました。だから直美氏は,直ちに私への反撃を考えて沈黙したのでしょう。手紙に過剰反応せず,落ち着いて,大人として静かに向き合い,真意を汲み取ってくれていれば,円満に解決することも,円満に関係を解消することもできたお話だったと思えてなりません。


 さらに2000年のお正月明けに出した私の葉書(乙40)を見た直美氏が,「ベラさんの連絡ぶりからして,ベラさんが私との交流や私の弔問を望んでいるとは思えませんでした」(甲63・12頁)ととらえていたこともわかりました。葉書は「単なるお知らせのようなもの」,「個人的な手紙等は一切ついていませんでした」(甲63・12頁)と陳述しています。

確かに私の葉書(乙40)は「単なるお知らせのようなもの」であり,お出しするのが精一杯で,葉書の余白に個人的なひと言を書き込む余裕も当時の私にはありませんでした。しかしながら,「単なるお知らせのようなもの」をご覧になられて驚いてご連絡をくださり,駆けつけて来てくださった多くの方々がいらしたこと,そして,なぜ,「単なるお知らせのようなもの」に過ぎない一枚の葉書に反応して,直美氏以外全員の方が,残された遺族である私に,何らかの弔意を示してくださったのかについて,一度でも考えてみたことはおありでしょうか。

それは,いみじくも藤井紀子氏の名言が示唆しているように,直美氏に欠けている「心」(乙104の7乃至8・反訳書)が直美氏以外の方にはおありになったからでしょう。私はそう思っています。


                                                                  以 上

*****

2017年4月 2日 (日)

裁判所の判断を公開!-平成19年から、『10年間』の時を経て、念願の主張が『真実』と認められました!-

本日は、ご参考までに、裁判所の判断を公開します。

 


真実と認められた主張が少ないことについては、きわめて不服です。

 


ですが、私たち夫婦が「平成19年」から動かぬ証拠を提出し続けるとともに一貫して同じ主張を繰り返してきても原告が認めず、平成28年1月に至ってもなお原告並びに原告訴訟代理人らが頑として認めなかったにもかかわらず、真実を主張し続けた結果、何と「10年」越しの「平成29年」3月30日に、ようやく真実であると認められ、念願が叶った主張もありました。

 


それが何のことであるかにつきましては、賢明な閲読者の方ご自身で、発見なさってください。

 


また、「『銀座学』が、原告ではなく、アドバイザーのおひとりの方によるアイディアであること」と判示されて認められたことも、ささやかながら、喜ばしいことでした。

 


https://litigationwithnaomiikezawa.jimdo.com/同左別紙8の1の9/


(甲10の9・20121015日の記事2529頁,)

 


https://litigationwithnaomiikezawa.jimdo.com/同左別紙8の1の10/


(甲11の1・2012111日の記事2580頁,)

 


>池澤ショーエンバウム直美氏オフィシャルサイト 「最新情報」2009年度より

 
http://www.naomisplatia.com/news/news_2009.html

 
>2009年12月

 
>「2006年9月より恵泉銀座センターにて連続開催してきた池澤企画による
「銀座学&新銀座学」講演が、このたび1冊の本として出版されることとなりました。」

 

以上、ざっくりと、おおまかに、感想を述べました。

 


これからは、じっくりと、細かく、膨大かつ甚大な判決書に向き合い、格闘していかねばなりません。

 


振り返れば、当時六本木に白亜のインテリジェントビルを構えていた、まばゆいばかりに輝く日本IBM本社で人事部門在籍中に知り合い、IBM人事との熾烈な闘いを原点に、強い絆を築いてきたコグちゃんと私の半生は、常に、巨像に立ち向かう2匹の蟻さんの如き宿命が与えられているかのようです。

 


今回の様に「10年間」という気が遠くなるほど長い時を超えた後になってしか到達の出来ない大いなるものがあるということを、IBMとの闘いを通じて感じとりました。

 


信念を曲げずに、たゆみなく真実を伝え続けていれば、やがては、澄み切った、清らかな景色がひらけて来るのではないでしょうか。

 


私はそう思っています。

 


*****

 

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*****

2017年3月31日 (金)

☆平成29年3月30日判決本文の公開!☆

判決本文を入手いたしましたので早速公開いたします。



ご参考になさってください。

 


事実誤認など多数あります。



当然ながら、控訴します!

 


https://litigationwithnaomiikezawa.jimdo.com/new-同左判決/

2017年3月30日 (木)

国家権力と、法曹ネットワークを駆使して、私たち夫婦のお金を奪うことは出来ても、真実を無視して、私たち夫婦の信念まで奪うことは出来ないと知れ!-天野ベラに385万円、天野コグに110万円の支払いを命じた、司法の暴挙!

本日3月30日の13時15分過ぎに、東京地裁522法廷において、結審から何と『10か月間』もかけて下された膨大かつ甚大な訴訟の判決が言い渡された。

 


判決を聞くまでもなく、2015年2月20日(金)の時点で私は拙ブログにこう書いている。

 


>佐久間健吉裁判長ら3名の裁判官が判断する本件「合議事件」は、『NHK対ビジネスホテル訴訟』の判決同様に権力の肩を持つ横暴で強権的な判決が予想される。

 


http://beraamano.cocolog-nifty.com/blog/2015/02/post-d28a.html

 


判決文は山下幸夫弁護士が持ち帰られたので、残念ながら、現在私たち夫婦の手許にはない。

 


コグちゃんが法廷で取ってくれたメモによれば、被告ベラは385万円および平成24年11月30日から年5分の遅延損害金を支払え、被告コグは110万円および平成25年1月21日から年5分の遅延損害金を支払え、というもので、私は法廷で思わず「高~い」と言った。

 


コグちゃんは「大したことないよ。でも5%の遅延損害金は高すぎて腹が立つよ。預金金利がほぼゼロだからね。遅延損害金が高過ぎることは問題になっているんだよ」と言っていた。

 


私たち夫婦が被告とされた2件の訴訟は非常に酷似している。

 


すなわち今回の「名誉毀損①不意打ち②超高額請求③恫喝口封じ訴訟」(原告池澤直美の訴訟代理人弘中絵里弁護士)で、法務省大臣官房参事官から,検事を経て東京高裁判事から、平成26年7月18日、東京地裁判事になるや否や合議審の裁判長・裁判官になったのが佐久間健吉裁判長裁判官である。

 


法務省幹部・大臣官房参事官・佐久間健吉


http://www35.atwiki.jp/kolia/pages/263.html


2013.4.1
5)付 法務省人事


佐久間健吉
 裁判官へ(法務省大臣官房行政訴訟課長)


http://www.westlawjapan.com/p_affairs/2013/20130401_mj_05.html


2014.7.18
付 最高裁人事


佐久間健吉
 東京地裁判事(東京高裁判事)


http://www.westlawjapan.com/p_affairs/2014/20140718_s.html


NHK受信料訴訟において、NHKに肩入れした偏向判決で 

一気に名を馳せたのが、佐久間健吉裁判長裁判官であった。


https://matome.naver.jp/odai/2141291941417309801

 




そして、前回の「テレビカメラ撤去等請求①不意打ち
恫喝訴訟」(原告近隣住民夫妻の訴訟代理人小町谷育子弁護士)も、検事を経て、東京高裁判事から、平成19年12月7日、東京地裁判事(部総括)となるや否や合議審の裁判長裁判官になったのが、原優裁判長裁判官であった。

 


原優裁判長裁判官は、前回の訴訟の判決を言い渡すと、その2か月後には検事に戻り、その後、法務局民事局長となり、千葉地裁の所長を経て、現在の名古屋高等裁判所長官へと一躍昇進している。

 


つまり、原優裁判長裁判官は、前回訴訟を審理するために、東京地裁に光臨したようなものであろう。

 


佐久間健吉裁判長裁判官も、原優裁判長裁判官も、法務省から、検事を経て、東京高裁判事となり、東京地裁判事となって、私たち夫婦が被告とされた2件の裁判長裁判官として光臨している。

 


したがって、今回の訴訟で判決を言い渡した佐久間健吉裁判長裁判官の今後の処遇が注目される。

 


前回は、拙宅に設置した防犯カメラを撤去せよとの裁判に、一体なぜ、法務省の超エリート裁判官が?!と不思議でならなかった。

 

http://www.e-hoki.com/judge/3206.html?hb=1

 

http://www.courts.go.jp/nagoya-h/about/syotyo/

 


今回も、前回同様、法務省から、何と大臣官房行政訴訟課長が
ご光臨され、合議審で審理されたことが、不思議でならない。

 



これは、原告池澤直美が、多くの弁護士ら特に自民党に関与した弁護士らと、強いネットワークを有しているからであろう。

 



原告池澤直美は2005(平成17)年4月プラティエス株式会社を起業して代表取締役となった際に,「野田総合法律事務所」の第一室代表である野田雅生弁護士を,僅か1年間で解任したものの,当時「監査役」として選任し、使役する立場にあった。

 



そして、その野田雅生弁護士を代表とする「野田総合法律事務所」の第一室には、前自民党幹事長の谷垣禎一(たにがきさだいち)氏が弁護士として所属しているのである。

 


http://www.nodasogo.com/reg_lawyer/index.html

 



さらに、原告池澤直美の現在の夫であり現在も夫であると思われ、米国商務省の顧問とも言われているトマス・J・ショーエンバウム氏が当時在籍していた法律事務所も、この「野田総合法律事務所」なのである。


He is currently Research Professor of Law at the George Washington University
 School of Law and Fellow of the Center for Law, Economics and Finance, George Washington University. He also serves as Special Counsel (Gaikoku jimu Bengoshi) to the Noda General Law Offices, Nihonbashi, Tokyo.

 


https://www.law.gwu.edu/sites/www.law.gwu.edu/files/downloads/Thomas_Schoenbaum.pdf#search=%27Thomas+J+shoenbaum%27

 



原告池澤直美は,2012年11月、米国人夫とともに米国最高裁判所に足を踏み入れてもいる。

 


http://blog.platies.co.jp/article/59859132.html


http://blog.platies.co.jp/article/59911955.html


http://blog.platies.co.jp/article/59955823.html

 



その他にも、原告池澤直美は、2009(平成21)年5月の私との前回訴訟においては、離婚訴訟に強い兼川真紀弁護士に委任しており,同年7月には原告池澤直美の長女である池澤春菜氏に対するストーカー・名誉毀損により、東京地裁立川支部における刑事訴訟において元ファンであった××××氏逮捕に伴う刑事事件において関与した刑事告訴を実行し奏功した弁護士に委任し,2013(平成25)年,原告池澤直美の次女である渡邊摩耶氏が,やはり名誉毀損により2ちゃんねるの書き込みに対して東京地方裁判所に提起した「平成25(ヨ)492号事件」および「平成25(ヨ)1140号事件」において駒場豊弁護士に委任している。

 



つまり、原告池澤直美とその長女である池澤春菜氏,次女である渡邊摩耶(旧姓池澤)氏ら旧池澤ファミリー母娘ら3人トリオは,過去に何人もの弁護士を使っては、他者から多くのものを奪って来た歴史があるということである。

 



国家権力を行使して、法務省を動かすことが出来るとすれば、私たちの様な無名の老夫婦に対して下される判決のひとつくらい、いかようにも転がすことが可能だろう。

 


そもそも、弘中絵里弁護士は、「
弁護士法人法律事務所ヒロナカ」のツイッターにおいて、誰彼かまわず叶姉妹への権利侵害を見つけて通告してきているにもかかわらず、「この夫婦からはお金が取れる」と狙いを定めた私たち夫婦に対しては、権利侵害の申し出もなければ、内容証明郵便等による事前の通知も交渉もなく、むしろ気取られまいとして、密航的に訴訟準備を進めておいて、いきなり、前・後併せて6千万円もの大金を要求したものであり、このやり方はあまりにも汚い・醜いとしか言いようがない。

 


>「叶姉妹の代理人弁護士としてご連絡します。貴殿は叶姉妹の写真を無断転載した上、非公表である年齢について言及しています。肖像権侵害、プライバシー侵害に該当しますので直ちに削除するよう要求します。

弁護士法人法律事務所ヒロナカ弁護士弘中絵里


 

https://twitter.com/HironakaLO

 


私たち夫婦は汚いことを一切していない。

 


嘘をついてまで訴訟に勝ちたくはないし、嘘をついてまで他人からお金を奪いたいと思ったこともない。

 


私たち夫婦は、たとえどちらかが命を落として独りになっても、真実を伝え続け、信念を曲げずに、闘いを続けていく。

 


人様から上手にせしめたお金で、通帳の残高が増えて、生活は潤ったとしても、そうした者どもの心は、実は空疎ではなかろうか。

 


私はそう思っている。

2017年3月29日 (水)

☆春の訴訟祭り第七弾・私の陳述書(17)その2!☆-「内心では相容れず,心地良くないと思っている者であっても助けを求める行為」を、世間では、「利用(する)」と呼ぶのです。-

まずは、主人のコグちゃんブログから最新記事をご紹介します。



未読の方はご高覧ください。

 

「弘中絵里弁護士らが、妊娠及び中絶に伴う責任の事案で、905万9839円もの超高額請求!」

 

http://kogchan.asablo.jp/blog/2017/03/26/8422654

 



さて本日も、
平成28年2月22日に提出した「陳述書(17)」の一部を公開させていただきます。

 

民事訴訟を提起して、訴訟活動であることを口実に、どこを採り上げても次々と虚偽事実が飛び出してくる「ウソの金太郎飴」と呼ぶべき陳述書を提出し、応訴のため熟読玩味を余儀なくされた私たち夫婦に読ませるだけ読ませて苦しめ悩ませておいて、反対尋問にも晒されず、その後、第三者に見られて仕事が減っては困ると考えたのか、秘密記載部分の特定すらせずに何と「陳述書」(49・全21頁,甲63・全39)の全文全頁に訴訟記録閲覧制限を申し立てて、判決が言い渡される前に決定させた行為は、不合理きわまりなく、断じて許し難いものです。

 


裁判所のホームページにおいても,「申立て」にあたっては,秘密記載部分を特定する必要があると明記されています。




(4) 秘密記載部分の特定等

 訴訟記録中の秘密記載部分を特定するとともに(民事訴訟規則34条1項),民事訴訟法92条1項各号所定の事由を疎明する必要があります(同項)。閲覧等制限の対象となる秘密記載部分の特定に当たっては,申立書及び添付書類に当該秘密自体の表示をする方法は避け,当該部分の位置を指定する方法によってください(申立書記載例参照)。




http://www.courts.go.jp/tokyo/saiban/sinri/sinri_etsuran/

 

 

自ら「証拠」として提出した「陳述書」の秘密記載部分を特定もせず、権力をもってその全文全頁を閲覧出来なくさせた行為は、裁判の公平性・公正性が担保されないことは言うに及ばず、信頼が確保されません。

 


陳述書の全文・全頁への記録閲覧制限自体が、到底正義にかなったやり方とはいえない事実は明らかです。

 


私の
「陳述書(17)」の公開に先駆けて、理解を助けるために、主人(天野コグ氏)が平成28年2月21日に提出した「陳述書(13)」のごく一部をご覧ください。


 

(引用者注:私、天野ベラのこと)は客ではなく,おだてに乗りやすくて気軽に用事を言いつけられる××氏母娘の使用人と思われていたのでしょう。なぜなら,池袋のサンシャインシティプリンスホテルへの呼出(前記第2の2(9)④)TBSホールへの呼出CDの複数枚購入(後記10),成城大学文化祭ミスコンテスト会場への呼出(後記14)など妻が一方的に呼び出されて××氏母娘に使役されているからです。私としては妻がいいように一方的に××氏から利用されて,こき使われた話に加えて,遺族となった妻に電話一本かけて来なかったことや公子氏との約束を破ってそのままにしていたことについて聞かされるだけでも悲しくも腹立たしくもなります。



どうすればこのような薄情なことが出来るのでしょう。



1993年から1999年の間××氏に妻が何をしたと言うのでしょう。



3通の陳述書(甲49,甲63,甲72)を読んでも,妻が××氏に暴言を吐いたり,××氏の長女や次女をいじめた陳述は何ら登場しません。



××氏が
ともかく,考え方,物の言い方など,様々な点において,彼女と私は相容れませんでした』(甲49・13頁2乃至3行目)と述べて,妻を一方的に敵対視していたのはなぜなのでしょうか。

そして,『
相容れなかった』と述べる一方で,妻に『ベラさんに助けを求めました
(甲49・16頁26行目乃至17頁1行目)と陳述しています。



内心では『相容れない』と思っている者に助けを求める行為,これを世間では「利用した」と呼ぶのではないでしょうか。なお,妻が××氏に何かを依頼したり,助けてもらったことは一切ありません。」

 


主人が主張しておりますとおり、内心では『相容れない』,『心地良くない』と思っていながら,自分の目的や利益のためであれば,たとえ『相容れない』者や『心地良くない』者であっても平気で『助けを求める』行為を、世間一般の普通の受けとめ方では「利用(する)」と呼ぶのではないでしょうか。

 


そして,何年も経ってから,『相容れませんでした』,『決して心地良いものではありませんでした』,『私が拒んでも押し付けてくるのです』と居直り、あれほど喜んで交付を受けていた当時は思いも寄らず、想像を絶する、真逆の種明かしを陳述書から伝えて来るに至っては、あまりに心無く、惨(むご)く、悪意に満ちた陳述であり、正に亡き母と私は「利用された」と言えるのではないでしょうか。

 


私はそう思っています。

 


それでは下記をご覧ください。




なお、プライバシーに配慮して、名前等は伏せ字にしました。

 


*****

 

陳 述 書(17)
 

平成28年 2月22日

東京地方裁判所民事第49部合C係 御 中

天野ベラ

>『私は公子さんのためにベラさんと交流を続けましたがそれは決して心地良いものではありませんでした』(1215行目)と××氏は陳述しますが,何年も経ってから『心地良いものではありませんでした。』と陳述されたところで,言いがかりとしか解釈出来ず,承服出来ません。

 

たとえ心地良くなかったとしても,たとえ心地良くない人からであっても,支払わせることさえできれば,得られる利益さえあれば,心地良くない人の家に行き,心地良くない人に電話をかけては呼出し,心地良くない人を財布代わりにして利用するのが「▲▲▲」の証であり,心地良くない人でありながら私に急接近して助けを求め(1626行目)利用してきた事実がありながら,この期に及んで交流は心地良いものでなかったと居直って逆恨みする××氏の陳述は,××氏が生前の公子氏と交わした約束を一方的に破った身勝手さを正当化する理由になど到底成り得るものではありません。

 
お宅を訪ねればベラさんはよく服を私にくれようとしました。私が拒んでも押しつけてくるのです。』(1216乃至17行目)との××氏の陳述も,虚偽の事実であるとともに,名誉感情の侵害です。

 
年少者である私から洋服をもらい,飲食の提供など財物を交付させる目的で訪問して来ていながら,失礼千万であり非常識極まりないです。

 

そもそも,何年も経ってから『押しつけてこられた』と陳述するくらいなら,繰り返し拙宅を訪問しては真っ先に私の部屋に足を踏み入れて,気に入った服をクローゼットの中から選んで取り出し,試着までして,着たままで帰るか或いは持ち帰る浅ましい行為を繰り返さねば良かったのであり,山程受け取っては着古しておいて(乙1121・資料第22,同資料第23号),御礼や感謝の言葉の代わりに言うことがこれですかと呆れ果て絶句するしかありません。

 
しかも,初めて従前の拙宅を訪れ私の部屋に入って来た日から,××氏自らが直ちにクローゼットを開けて鑑賞しながら,「こちらとっても素敵」と手に取って気に入った服を選び出し,その場で試着までして,あれよあれよと言う間もなく大喜びで着たままで帰っていった品々の中には,私が一度も袖を通していない洋服もあり,そればかりか××氏は,その服に似合うイヤリングやアクセサリー類まで嬉々として持ち帰って行った事実があります。

  
××氏は,自身のブログ記事に『
まったく×××ったら,見境もなくそんな半袖姿で飛び出してくるんだから。』 そして彼女のフワリとした毛皮のコートにくるまれました。』(乙487),『×××,寒くはないかい? 羽織るものはないの?』そしてその5分後には,私が着ていた花模様のドレスにぴったりの真紅のジャケットを,マークが背中からかけてくれました。もちろんちょっとダブダブでしたけれど,文句は言えません。』(乙99147)と書いて××氏のブログに公開しており,寒そうな格好をして飛び出して行ったり,佇むことによって,服を着せてもらい,寸法が大きいが,ただだから文句は言えないとして文句を言っていないにも関わらず,私には,気に入った服を××氏自らが選んで試着までして自分の物にしておきながら,『サイズが合わなかった』だの,『押し付けられた』だのと虚偽の陳述をするのは余りに礼を失しており,図図しさと狡さを兼ね備えた××氏への憤りを禁じ得ません。


××氏が,無料の品物やただの頒布品や人からのもらい物に目がない事実については,私以上に主人は「意地汚い」「プライドがない」と驚くばかりでした。

  


なぜなら,通常の男性であれば,ここまでのがめつさやあざとさを見せつけられればその女性が嫌になって逃げ出すからです。

  


その姿は,××氏自身ならびに××氏の長女がそれぞれのブログにおいて公開しているとおり,米兵からせしめた菓子類ストロベリーアイスクリームやチーズ(乙9976),


パンナム機から奪った機内専用毛布(乙35),


愛さんを褒め殺して譲り受けた皿やクロス(乙996),
 


(491。その後,全文削除されています。)

 
カバン(乙433。その後,一部削除し修正されています。以下,同じです。),

 
大きな袋を持って来るようにと××氏の長女に告げて,食料展であるFOODEXに参加した××氏と長女が,持ち帰れず郵送しなければならない程までに無料の食品をもらい歩いた6つの袋について書いた記事(乙89,

  

我が家はもちろんアメリカ風。いえいえ正直に告白すればエビタイ風。チョコレートを贈って,もっといい物をゲットしてしまいます。かくして毎年,アクセサリーが増えてまいります(笑』(乙10056,

  

しかも,帰り際に,北村さんたら両手にいっぱいギリシャのオリーブオイルを持ってきて,『これ,テイスティングしてみてください。そして感想を聞かせてくれますか?』全くもう,これじゃあそれこそ『エビタイ』ではないですか。』(乙10057,

玄米おにぎり,ライスバーガー,ソース焼きそば,中華丼,海鮮ちゃんぽん,オニオンスープ,パンプキンスープ,きのこのクリームスープ,ビーフカレー,豚丼の具,はるさめの炒め,味付けビーフン,カルボナーラ,ナポリタン,太巻き,細巻き,鶏ごぼうご飯 今日,大きな段ボール箱一杯に冷凍食品の救援物資が届きました。ひとつひとつの名前を呪文のように唱えれば,それはまるで『サラカドゥーラ メチカブーラ ビビディバビディブー』カボチャだって馬車に変身しそうです。左手で使える『エジソンのお箸』を送ってくださった方もいらっしゃいます。 励ましやお見舞いの言葉もたくさんいただきました』(乙9915),


石鹸が使えません。友が持ってきてくれたネットは片手でモニョモニョするだけで泡がたって,とても助かっています。』(乙9940


を読めば,いかに××氏がもらい物好きでありもらい物を求めているかは明らかでしょう。」

 

*****

2017年3月28日 (火)

☆春の訴訟祭り第六弾!天野ベラの「陳述書(17)」その1公開☆-夫婦間の事情や△関係の相談に応じた私の亡母が、仮に、体験談や具体例を交えながら、親身になってその者にアドバイスをしたとしても、『そのうちに天野家内の状況が公子さんの口に上るようになった』,『私の口が堅いことを知った上で,愚痴をこぼしたかったのだろう』と陳述して、感謝せず帳消しにしようとする悪意には、思わず絶句するしかない!-

まずはコグちゃんブログの最新記事をご紹介!

  

「弘中絵里弁護士らが、妊娠及び中絶に伴う責任の事案で、905万9839円もの超高額請求!」

 
http://kogchan.asablo.jp/blog/2017/03/26/8422654

 

さて、本日は、
わたくし天野ベラが平成28年2月22日に提出した「陳述書(17)」の一部を公開いたします。

 

その者は、『ご相談があります』と称しては、夫婦間の事情や△関係にまつわるドロドロした負の感情を、その者の親族でもなく、赤の他人であり第三者である私の亡き母公子と私に対して、台風の如く急にやって来ては精力的に語り,呼び出してはやすやすと開示してきました。

 

 

つまり、亡母と私は、その者から一方的に、「夫婦間のゴタゴタ」の巻き添えにされたのです。

 

ところが、今になってその者は、『そのうちに天野家内の状況が公子さんの口に上るようになりました。多分私に対して心を許されたからだと思います。そして私の口が堅いことを知った上で,愚痴をこぼしたかったのだろうと思います。と陳述しています。

 


これは、真実を捏造して、わかりやすく言えばでっち上げて、その者の相談に乗ってきた私の亡母が、あたかも『口が堅い』と自称するその者に、『天野家内の状況』について『愚痴をこぼした』と改竄し、何と私の亡母が、その者に『愚痴をこぼした』とする真逆の陳述です。

 


この陳述も、私を苦しめ悩ませる膨大な虚偽事実の適示のひとつであるとともに、例によって「死人に口なし」を利用して一方的に亡母・公子氏の誠意や善意を踏みにじり冒涜する陳述であり、憤りとともに言葉が見つかりません。

 


しかも、著名人として知られるようになったその者の前の夫を、血縁関係にある親族ら全員が取り巻きとなり、応援し心酔する中で、私の亡母は血縁関係にないその者を気の毒に思ってその者の心情に寄り添い,その者が語る話に同情し、その者の立場に立って、亡母生来の限りなく優しく深くあたたかい慈愛の精神から、損得など微塵も考えずに擁護し、出来る限り相談に応じ、私ともども物心両面で支援してきた事実があります。

 


訴訟記録の一部をご覧ください。

 


なお、プライバシーに配慮して、名前を××等の伏せ字にしました。

 

*****

 

陳 述 書(17)

 

平成28年 2月22日

 

 

東京地方裁判所民事第49部合C係 御 中

 

 

天野ベラ

 

そのうちに天野家内の状況が公子さんの口に上るようになりました。多分私に対して心を許されたからだと思います。そして私の口が堅いことを知った上で,愚痴をこぼしたかったのだろうと思います。』(123乃至5行目)


と陳述しますが,事実に反します。


この陳述内容は取りも直さず話のすり替えであり,「死人に口なし」を利用した虚偽の陳述は許容できるものではありません。


繰り返し述べれば,××氏が,公子氏に近づいて来たのは平成5年ころという時期からも明らかなとおり,××氏が,前夫・■■■■が,自宅を出て行ったまま戻って来なくなり,別居されたことについて,公子氏に相談してきたからこそ公子氏が,××氏の愚痴を聞き,××氏の悩みの相談を受ける関係にあった事実に断じて間違いはありません。

 
××氏と前夫・■■■■との夫婦関係が尋常でなかったことから,別居生活へと至ったことひいては離婚を求められるに至ったことが原因で,××氏が,公子氏を頼って泣きつき,相談をして来た事実をここで明確にしておきたいのです。



いかに××氏の記憶が誤りだらけであろうとも,××氏の前夫・■■■■が,××氏と娘らを置いて現在の妻である別の女性と暮らし始めたことがそもそものきっかけであり原因であり,大前提であった事実についてまで記憶にないでは済まされません。


しかも××氏の前夫・■■■■との夫婦関係や別居生活などについて,××氏の相談に乗るにあたり,年長者である公子氏が自らの体験談を交えながら××氏にアドバイスをしたとしても,それを
愚痴と呼ぶべきではなく,公子氏が親身になって××氏の相談に乗っていた証であり,自然であるとともに至極当然であり,××氏が,公子氏に感謝しなければならない事実に変りはありません。

 
なぜなら,同情心に溢れた心の優しい公子氏は,少しでも××氏の気持ちが楽になるようにと配慮すればこそ,××氏がよくブログに書いていたように(乙453,乙454),自分より不幸な人間を見下して「夫から愛されていないかわいそうな人」「ご主人が出て行ったきり戻って来ないなんて考えられない」などと幸福な自分の立場から相手の状況を捉えて上から目線の不遜で嫌味な態度を取ることも一切なく,むしろ,共感と同情を示すために私の父である公子氏の夫や娘である私との苦労話や悩み事など問題点について誇張を加えながら差し挟むことによって,苦悩している××氏の悩みに出来る限りよりそい,どこまでも××氏の悲しみを癒し宥(なだ)めるように気遣い,少しでも××氏の心が和むようにと果てしない忖度をしながら××氏の話を聞き,手紙に返事を認めては慰めてあげていた事実の証であり,公子氏は,夫である私の父から私にも伝わる程強い愛情を抱かれており,目の中に入れても痛くない家宝の如く保護されていた事実がありましたが,公子氏はそうした夫婦愛については当然ながら××氏に話すことをよしとせずに伏せていました。


これは,××氏から,長女である■■××氏について「勉強もしなければ,スポーツもしない。遊ぶ友だちもいない」と聞かされたことから,(引用者注:天野ベラが)「学業奨励賞」(乙16)の額縁をしまいこみ,多くの友人や交際相手の異性の存在について話さないようにした配慮と同様でしょう。



こうした公子氏の深い思いやりを
私に愚痴をこぼしたかったのだろうと思います。』(125行目)と逆手に取り,××氏にとって都合のいい陳述にすり替えるのは誤りです。



しかるに,××氏は,このような公子氏の限りなくあたたかく深い優しさや細やかな配慮をも悪用し,「死人に口なし」を利用して,何年も経ってから,言うに事を欠いて,あたかも××氏が,逆に公子氏のこぼす
愚痴を聞いてあげていたと過去の事実をも改竄する陳述をしているもので,言語道断であり論外です。
 


この悪質な過去の事実の改竄も,今は亡き恩人である公子氏の善意と好意そして誠意に対して感謝するどころか冒涜する行為であり,断固として許せるものではありません。

 


しかも,『
口が堅いことを知った上で』(124乃至5行目)との陳述には大失笑を禁じ得ません。


一体××氏のどこをもって『口が堅い』と言えるのでしょうか。

 
××氏は,自身のブログ記事に『また特別に大切な友というものがいます。彼もその一人でした。共に銀座で仕事をし(略)急性骨髄性白血病。骨髄移植も考慮されている様なので,病名は事実。(略)すでに化学療法のオンコビンとい引用者注:という)有名な治療を始めて,骨髄移植をお考えのようでした。(乙9986〔引用者注:友人からのメールの全文を貼り付け。その後,全文削除されています。〕,乙99163),

 

このメールの主はレイ。75歳。長いことアメリカを代表する大きな自動車会社のバイスプレジデントをしていました。4年前に前立腺に癌が見つかりました。(乙99270),

 

案の定,乳癌で,4月11日に入院,全摘をしました。(略)そんなフサコさん』(乙99120),


人と話すことを避け,医者から鬱病と判断され』(乙481),

 

それが彼の鬱病の始まりでした。奥さんのキャシーによれば,薬をやめて,頭の中にチップを埋める療法にしたのがよかったのね。(乙482),

 

一人で家に閉じこもるばかりになってしまったジム』(乙483),


昨夜,フランシスはルイと一緒に来ることができませんでした。二人にはやはり弁護士の娘がいます。そしてその娘には二人の息子がいます。二人の青年は,そろって『autistic』=自閉症です。ルイとフランシスは,ほとんど毎週末,ペンシルベニアから車を走らせ娘たちの住むワシントンにやってきます。一人では食事もできない,外にも出られない,自分たちよりもずっと大きな身体の孫息子たちの世話をするためです。(乙484),

 

15歳と17歳の自閉症の孫息子たちのこと。週末は僕らが代わって孫たちの面倒を見ているのさ。(乙516),


15人のうち最年長の75歳のトヨコさんがおっしゃいました。トヨコさんは首からニトロを下げながら,大好きなブータンに通っては写真を撮っていらっしゃる,私の尊敬する先輩です。(乙485)等など……

 

人の実名や実年齢,精神的病を含む具体的な病名とその服用薬や対処療法についてまでこの他にも挙げきれない程記載して具(つぶさ)に公開しているとともに,具体的に書かれたメールをそっくりそのまま貼り付けて平気で一般に公開している××氏の一体どこが『口が堅い』(124行目)と言えるのか



ぜひともヒロナカ先生らに立証していただきたいです。

 

*****

2017年3月13日 (月)

☆春の訴訟祭り・第三弾!☆-天野コグ・ベラ夫婦の「被告ら準備書面(9)」全文を一挙公開-

・声優の池澤春菜氏の母親池澤ョーエンバウム直美こと池澤直美氏からの訴訟


と題するサイトに全文を貼り付けて公開いたしました。
 


「被告ら準備書面(9)☆NEW☆」をご覧ください。
  


https://litigationwithnaomiikezawa.jimdo.com/被告ら準備書面-9-new/

 


なお、プライバシーに配慮して、一部黒塗り(●)や伏せ字(×)にしました。

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