天野ベラの人生論

2017年3月23日 (木)

☆春の訴訟祭り第五弾!☆-『批判イコール嫉妬』との短絡的かつ自己中心的な方程式をもって,批判・指摘された内容や相手の言い分については一切考えようとせず,「攻撃の開始」と捉えずにいられない心のあり方や思考回路こそ諸悪の根源ではないか?!-

本日は平成28年10月21日に私たち(天野コグ・ベラ)夫婦が提出した「原告ら準備書面」の一部を公開いたします。

 


被告とした者が「幸せそうに見えるその者に対する嫉妬による攻撃の開始」と解釈し判断した、私の手紙の全文を下記に貼り付けました。

 


私が「幸せそうに見えるその者への嫉妬」から手紙を書いた事実はありません。

 


「幸せそうに見えるかどうか」を価値判断の基準にして私が行動をした事実もありません。

 


他人はどうあれ、私は、私の最大の誇りである亡き両親から授かった自分自身をありがたく思い、自分自身に満足しており、大好きな主人とのIBMでの出会いに感謝して暮らしているからです。

 


損なことや疲れることが多くても、激しい腹痛に油汗をかきながらのたうちまわってもなお、気骨と根性のある自分が好きで、誰にも負けない気力によって、常に自分を鼓舞して生きているからです。

 


ですから、その者に「嫉妬」を感じたことは、微塵もありません。

 


まずはこの事実を明確にさせていただいたうえで、文末に記載した天野ベラの論評をご高覧いただければ幸いです。

 


なお、プライバシーに配慮して、被告の名前など一部伏せ字にしてあります。

 


*****

 


平成28年10月21日提出済「原告ら準備書面」

 

 原告天野ベラは,被告××が別件訴訟において裁判所に提出した2006(平成18)年10月25日付けの原告天野ベラの手紙(甲65)つまり最初に被告××に出したこの手紙を,『攻撃の開始』(乙1・25頁)などではなく真摯な気持ちで言葉を選んで時間をかけて書いた事実がある。

  

この,原告天野ベラが最初に書いた手紙には,被告××に対する当時の原告天野ベラのメッセージがこめられており,静かに読めば誰であれ真意が理解できるように,冷静に記載した事実は明らかである。

  
  特に,『私は現在信頼のおける男性と暮らし,ささやかながら家庭に平安と憩を感じております。ですから,貴女様がふたたび良きパートナーとともに,より豊かな第二の人生を進みだされたとの朗報を祝福し,起業という新たな挑戦をなさった勇気と努力に敬意を払えたらどんなに良いかと思います。貴女様を許す機会が与えられ,ご活躍を蔭ながら応援しつつ,静かに馬齢を重ねていくことが私の望みです。』,

 
『亡母(原告天野ベラの母)への非情なまでの非礼を謝罪してくださいますよう,書面をもってお願い申し上げる次第です。』,

  

『長々と私の考えを述べさせていただきました。貴女様が真意を汲み取ってくだされば幸いです』(甲65)と明言しているとおり,別件訴訟で定義づけされたような『攻撃の開始』(乙1・25頁)ではなく,むしろ『平和的解決』を求めて送付した事実は明白であり,被告××から亡母への弔意が示されるとばかり思っていたが,あにはからんや被告××は,お詫びするどころか,別件訴訟の陳述書(甲55)において,原告天野ベラの手紙(甲65)を,

 

ある時,私が再婚をして,家族・友人にも恵まれ,仕事もまずまずうまく行っていることを天野ベラさんは知ることになりました。つまり不幸でいなければいけないはずの私が幸せそうに見えたのでしょう。そこで,突然甲17(引用者注:甲65)の手紙を送ってきたのです。』甲55・15頁4乃至7行目)

 

と断定して陳述した。

  


  しかしながら,この解釈には悪意がありまったくもって事実に反している。

  

被告××は,原告天野ベラの手紙(甲65)を一瞥しただけで,内容の正当性に対して何ら論理的な反論が出来なかったことから,例によって,『幸せそうに見えた被告××に対する原告天野ベラの嫉妬』と断定して視界から追いやったに過ぎず,自画自賛を好む被告××にとって最も都合の良い『幸せそうに見えた被告××への嫉妬による原告天野ベラからの攻撃の開始』という形で乱暴に葬り去り,『嫉妬』として直ちに追い払う以外に何の対抗手段も持ち合わせていなかった証である。

  

いかなる批判をも直ちに『嫉妬による攻撃』として目をそらし,『嫉妬』の二文字に依存するより他に被告××に言い分はなく,『幸せそうに見えた自分への嫉妬』以外に論理的な対抗言論を持たない者が一つ覚えした愚かしい常套句と解すべきである。

  

被告××は,被告××が講師として紹介されていた『(××の)インターナショナルセレブ・レッスン講座」(甲82)の広告・宣伝内容について原告天野ベラが事実に反する虚偽記載であり,景表法違反であるから削除すべきであると直接指摘し警告したことについても,別件訴訟の陳述書(甲55)において,

 

なぜこの講座のホームページがそれほどまで天野ベラさんを刺激したのか。今になって思うのは,ベラさんの執拗な攻撃の裏にあるのはある種の嫉妬ではないかということです(甲55・14頁25行目乃至15頁1行目)

 と陳述している。

  

つまり被告××と被告××の娘らはいついかなる時でも,幸せそうに見える私たち母娘(被告ら母と娘ら)へのある種の嫉妬』との錦の御旗を掲げては,『批判イコール嫉妬』との短絡的かつ自己中心的な方程式をもって,批判・指摘された内容つまり相手の言い分については一切考えようとせず,相手の意見の正当性について確認も吟味もせず,精査検討する気もなく,ただ『攻撃の開始』(乙1・25頁)だ,『嫉妬』(甲55)だと騒いで『被害者』に成りすまし,常に相手を『加害者』として弁護士に民事訴訟を提起させて,いきなりぶ厚い訴状を叩きつけさせるとともに前後訴訟併せて6千万円もの超高額の金員を請求させることで思いきり恫喝させ,口を封じさせると同時に多額の金員をも認めさせて奪取させようとするのである。


 
そして,被告らには批判される点などないと都合良く履き違えた真実に胸を張って平然とやり過ごして行くのである。

 

*****

 

平成29年3月23日現在における「天野ベラの意見・論評」

 


他者から批判や指摘を受けた時、内容を吟味せずに「幸せそうに見える自分への嫉妬」と受けとめる思考は、間違っている。

 


他者からの批判や指摘を、直ちに「幸せそうに見える自分への嫉妬」と見下して無視する態度は、重大な誤謬である。

 


こうした思考や態度は、単に間違いや誤謬であるのみならず、他者の言い分に対しては何につけ「幸せそうに見える自分への嫉妬」と都合良く解釈して見ざる聞かざるを押し通しているもので、きわめて傲慢かつ狡猾な思考であり態度である。

 


なぜなら、幸せそうに見える自分,恵まれている自分に対する「他者からの嫉妬」と解釈することによってあらゆる批判や指摘を追いやれば、自己の内面を照らす行為をせずにすむからだ。

 


「他者からの嫉妬」と思い込み、信じ続ける限り、自分の言動を振り返り、内省する必要もなくなるからだ。

 


他者がその者への真摯な思いを綴った手紙、その者が講師となって一般に公開した講座に記載されていたプロフィールや宣伝文句の内容、その者が代表をかって出て主催した不適切な社会的活動のやり方、その者が一般に公開したブログ記事などに対する批判や指摘について、それらの中身や内容について検討することも吟味することもなく、直ちに『幸せそうに見える自分への嫉妬による不当な攻撃』と受けとめて被害者となり、被害者の立場から、加害者と見做した他者に対する憎悪と怨嗟の念を一方的に募らせて、権力者を動かして何とかしてやれと行動することこそ、逆恨みであり、逆ギレとしか言いようがない。

 


批判や指摘した他者を直ちに「加害者」と設定し、批判や指摘の一切を「攻撃」と認定する心のありように、当事者間での穏当な事前の話し合いを介在させる余地はない。

 


お互いの心の着地点を探るために何らかの努力をしようと考える誠意もなければ、冷静に平和的解決を模索するといった常識的な選択肢などどこにもない。

 


「お金」に換えられる方法以外に解決策などないと考えているようでもある。

 


だからこそ、早くから権力者を雇い入れておいて、敢えて「通知」を避けさせ、「加害者」の住民票や戸籍情報を根こそぎ取得させておいて、不意打ち訴訟を提起し、超高額の金員を請求させて「加害者」と見做した憎むべき他者に「訴状」を叩きつけさせて急襲せずにいられなくなってしまうようだ。

 


重大な誤謬に基づいて、他者を直ちに「加害者」と認定せずにいられない心のありようこそ、諸悪の根源であり紛争の原点ではないか。

 


私はそう思っている。

 

*****


甲第65号証の天野ベラによる手紙

 

×× ×× 様

 

突然お便りを差し上げる失礼をお許しください。


逡巡しながらも、貴女様への意識を確定するための文書をつくろうと本日思い立ちました。

 

単刀直入に申し上げます。貴女様は2006年10月11日付のブログで『自分らしく無理をせず情で生きていきましょう』と公言しておられますが、もしそのお言葉が真実であるなら、情をもって、真っ先に亡母への非礼を詫びて戴きたく、謹んでお願い申し上げます。


1999年の大晦日に母が急死したことは、生前の母を慕って、お電話で悩みを打ち明けられ、何通ものお手紙で相談されていた貴女様には当然お伝えいたしました。亡母も親身になって貴女様のお幸せを願っておりました。しかしながら、貴女様は、この火急の知らせを無視してだんまりをきめこんだのでした。儀礼的な、形ばかりの香典や供花が届かなかったことは言うに及ばず、貴女様からは、お悔やみの葉書一枚すら届くことはありませんでした。


貴女様に最後にお目にかかったのは、亡父を偲ぶ会でした。打ち合わせなしの場当たり的な会ゆえ、段取りが悪く、進行に時間がかかったため、貴女様を含む何名もの方に亡父へのお言葉を用意して頂きながら、マイクをお渡しする時間がなくなってしまったようでした。そのこと以外には貴女様が気分を害して私どもに背を向ける理由は何ら思いあたりません。しかし、その一件とて、亡母の死に接した貴女様が一切の礼を失し、無視し続けたままで許される理由になるとは到底考えられません。


 

父、コロちゃん、母と立て続けにお騒がせしたことは不可抗力とは言え面目なく、特に●●●●●の私にとってこの上ない試練であり痛手でした。××さんもさぞ驚愕しておられることだろう……それで、私に言葉すらかけられないのかもしれない……と忖度したこともあります。


 

かかる考えから、真っ直ぐな男性と結婚したことを通知すれば安心なさって「●●●ちゃん、おめでとう!」と喜んでくださると判断し報告しました。それでも答えは同じ。貴女様はなおも「冷酷なネグレクト」の姿勢を貫き通されたのでした。


 

私は現在信頼のおける男性と暮らし、ささやかながら家庭に平安と憩いを感じております。ですから、貴女様がふたたび良きパートナーとともに、より豊かな第二の人生を進みだされたとの朗報を祝福し、起業という新たな挑戦をなさった勇気と努力に敬意を払えたらどんなに良いかと思います。貴女様を許す機会が与えられ、ご活躍を蔭ながら応援しつつ、静かに馬齢を重ねていくことが私の望みです。


 

しかしながら、大恩ある亡母に背を向けたままという現実のお姿がある限り、ネットに記載された「プロフィール」上の××××氏とのご関係、「インターナショナルセレブ講座」とやらのご演目、2006年10月11日付ブログでの「3000円の贅沢」に書かれた内容など等、総てが白々しい虚飾であり虚偽であり、きれいごとであり、自己欺瞞に満ちた羊頭狗肉の内容との怒りが湧いてまいります。


 

率直に申し上げて、一般公開されているメディアでのご活動を拝見するにつけ、辛辣に評価せざるを得ない感情に溢れ、抑えきるだけの自信がありません。今のままの状態では、貴女様のご活躍を優しい気持ちで見つめることはできません。


たとえ宣伝効果を狙った記載であっても、偽りに満ちた箇所に目をつぶって見過ごすこともできそうにありません。つきましては、速やかに、亡母への非情なまでの非礼を謝罪してくださいますよう、書面をもってお願い申し上げる次第です。


 

長々と私の考えを述べさせていただきました。貴女様が真意を汲み取ってくだされば幸いです。


2006年10月25日

    天野●●

2017年3月19日 (日)

☆春の訴訟祭り第四弾!☆-「ウソ」を糾弾し「真理」を追求する「真実」の表現活動と名誉毀損を明確に区別せよ!-

哲学者のアウグスティヌスは「ウソ」を下記のように定義している。

 

何が真実であるかを知りながらあるいはあることがらが真実であると信じながら虚偽を語ることである。すなわち我々は知や信の対象として真理と関係することなしに嘘をつくことはできない。」

 

つまり、「ウソ」は、「知」や「信」の対象である「真実」や「真理」に対立する概念ということだ。

 


また、「欲」には三種類あると説いており、
三種の欲」と名付けて「肉の欲、目の欲、世間的野心と言われている、諸感覚に属する欲好奇心人から誉められたいという欲のことである。」と定義づけている。

 


我欲、虚栄、保身によってつく「嘘」は正に自己欺瞞・自己矛盾であり、真理や真実から最も遠く離れている。

自分をも騙し欺いて、過去の自分を紛れもない真実の自分自身の姿として丸ごと受け入れられないとすれば、これは内心とても惨めなことであろう。


過去の自分の歴史を受け入れることが出来ず、臭い物であったかの如く蓋をして、その歴史ごと消去させなければと躍起になり、強力な協力者を使って、どこまでもウソの上塗り作業を続けさせる限り、同じ指摘、同種の批判、そして未来永劫に亘る非難や糾弾を免れない。


つまり、ウソをつき続ける限り、ウソに対抗する真実の声、真理の表現が、必ずすっくと立ち上がって来ることは当然と甘受すべきである。


むしろ早いうちに「その場、その時々の気分で物を言う」悪癖を悔い改めて、自らの力で「ウソつき」の名を返上すべく、「虚言」は言わない、書かないと自らに強く言い聞かせて改善すべきであり、「ウソ」は恥ずべき行為なのだと自認して慎むよう心がけねばならない。



テレビに「しくじり先生」という番組がある。


気軽なお笑いの中に学ぶべき点もあって、なるべく視たいと思っている番組だ。


芸能人が過去の自分の失敗を認めて、ありのままの自分の言葉で教壇から講義として伝え、笑いを交え、時に涙をこぼしながら振り返る姿は、誰もが「しくじり先生」であると同時に「サクセス先生」でもあると感じさせてくれる。


素直に真実を語る人々の姿は感動を呼び、感動は、理解と共感、共鳴を呼ぶ。


理解や共感、共鳴が激励や称賛にとって代わることは往々にしてあるものだ。


カッコ悪い過去を笑い飛ばしながら語る現在の姿があってこそ、心に深い皺を刻み熟成した渋い大人の男性であり余裕のあるハーフビターな良い齢の取り方をした女性と言えるのではないか。


私はそう思っている。


さて、本日はつい先日提出したばかりの私たち夫婦の原告準備書面を下記に貼るのでご高覧いただきたい。


なお、プライバシーに配慮して一部伏せ字にしておいた。


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なお、被告××が原告ベラ並びにその亡き母に対して、しきりに「家計の苦しさ」を口にして訴えては財政的援助を求めていたとの原告らの主張が真実であることについては、被告らが提出した証拠(乙4の2)によっても明確に立証されている。

 
そのくだりは、「「琥珀」とは、原告(本件被告××)が平成6年ころにアルバイトをしていたスナックである。原告(被告××)は、その当時、×××××大学に勤務していたが、前夫(訴外××××)は自宅を出て××と暮らし、その間、生活費を入れていなかったため、原告(被告××)の家計は苦しかった。そこで、原告(被告××)は、少しでも家計の足しになればと考え、半年間ほど、「琥珀」でアルバイトをしていた」(乙4の2・15頁24行目ないし16頁2行目)であり、被告らが被告××の「家計の苦しさ」を自認して明記しており、本件訴訟に証拠として提出されている事実から、被告ら自身によっても明確に立証されている事実がある。

 

但し、平成6年は、正しくは、平成8年(甲81・2、5頁、甲92、甲176・3、8ないし9頁、甲189・2頁)であり、半年間は、正しくは1年弱(甲92)である。


したがって、「
働いていて自分のお金も十分にありましたから、なおさらこちらからおもてなしする方が気楽でした。」(甲76・13頁13乃至17行目)などと陳述書に真っ赤な虚偽の事実を羅列して居直る被告××のこの陳述もまた、原告ベラら天野一家から多大なお世話になってきた事実を隠蔽する目的で真実を改竄した悪意に満ちた夥しい虚偽事実の摘示の一つであり、被告××が過去の自分自身にとって都合の悪い真実の一切を改竄し隠蔽している事実は明らかであるとともに、このような被告××の意図を知りながらこれを幇助して、虚偽事実適示の背中を強く押し続ける被告■■の主張は到底信用できないと解すのが相当である

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2017年1月31日 (火)

あなたはご両親を「あらゆる意味で素晴らしい人たちでした」と言えますか?-フォトギャラリー「あらゆる意味で、最も素晴らしい、大好きな両親」-

昨年11月、ドナルド・トランプ氏は勝利宣言をした。

 


その際、真っ先に感謝の言葉を伝えたお相手が、誰であったか、あなたは覚えているだろうか?

 


歴史的な勝利に関わってくれた人たち」と称して、真っ先にトランプ氏が感謝を伝えたのは、何と、トランプ氏のご両親であった。

 


暴言王、差別的発言者、ロッカールームトーク等など、大富豪であることへの嫉妬も手伝って、世界中から手加減なしで強く叩かれ続けている、「嫌われる勇気」?に満ち満ちたトランプ氏が、あまりにもまともな発言から始めたことに我が耳を疑った。

 


発言はこうであった。

 


そして、この機会に、歴史的な勝利に関わってくださった方々に、感謝したいと思います。まずわたしの両親。天国から見守ってくれていると思います。素晴らしい両親でした。彼らから多くを学びました。あらゆる意味で素晴らしい人たちでした。

 


https://www.houdoukyoku.jp/posts/2562

 


今回の記事は、ご両親のいらっしゃらない方、早くにご両親を失くされた方などご両親にとって悲しい思いや、不快なご経験をされた方にとっては、残酷な内容であることを踏まえて、自らの思いを述べようと思う。

 



あなたは、あなたのご両親のことを「あらゆる意味で素晴らしい人たちでした」と過去形で、或いはご両親がご存命の方は「あらゆる意味で素晴らしい人たちです」と現在進行形で言えるだろうか?

 


私は、誰の前であれ、直ちに、こう言うことが出来る。

 


「はい。私の両親は、あらゆる意味で、最も素晴らしい人たちで、大好きです」と。

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あらゆる意味で、私の知る最も素晴らしい女性が母であり,私の知る最も男らしい男性が父であるからだ。

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二人とも、きわめて真面目で、明るく、誠意に満ちた人物であった。

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父は豪放磊落で、貫禄があり、ユーモアに富んでいた。

 

母は情操があり、慎み深く、知性と教養に満ちていた。

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私の両親は、二人とも、嘘をつかず、がめついところもまったくない、根っからのお人好しであった。


だが、いかに素晴らしい両親であろうと、非情なことに、無常なことに、私も、あなたも、そんな彼らと、永遠の時を過ごすことはできない。

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そして、恐ろしいことに、こんなきわめて当たり前の世のならいが、実はその時になって、思いもよらない形で急に訪れない限り、その貴重な命が失われて、目の前から消え去ってしまわない限り、誰にも、よくわかっていないのである。

 
だからこそ、ご両親との時間は人生で最も大切にすべきであり、あなたが、素晴らしいご両親と過ごす時間は、人生において最も価値があり、かけがえのない、満ちたりた至福のひとときであり、あなたの胸に、永久保存版として、繰り返し再生され、変わることなく、色濃く、鮮やかに、限りなく深く、あたたかく、とどまり続け、輝き続ける宝となるであろう。

 



私はそう思っている。

 

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上の写真は亡母が色紙に書いた賛美歌510番。

 

こういう調べです(音声が出ますのでご注意ください)

http://piapro.jp/html5_player_popup/?id=6397da019vvy8q63&cdate=20090502221021&p=0

2017年1月11日 (水)

結婚は素晴らしい-今年こそあなたも結婚してみては?! -

知人女性が昨年結婚した。

 


お会いする度に私たちを理想の夫婦と言ってくれる知人女性の書状にはこう書かれている。

 


いつもお優しくおだやかで大地のようなご主人様と、明るく華やかで周囲の人を楽しくさせる太陽のような奥様は私の理想のご夫婦です。

 


これからも私の理想の夫婦像を、これでもか!!と至近距離で見せつけてくださいませ。

 


お世辞半分であるにせよ、長きに亘り交際する恋人がいながら、知人女性は結婚を躊躇していた。

 


ところが、私たち夫婦と知り合い、私が主人の純朴で実直な人柄や心温まる主人とのエピソード、とっておきの話などを事ある毎に語ったことや、私たち夫婦と接したこともひとつのきっかけとなって、ようやく結婚に踏み切ったことは間違いないようだ。

 


私たちが「夫婦っていいなあ」、「結婚してみようかしら」と感じさせる存在となって、迷っていた知人女性を一歩先に進ませたとすれば喜ばしい。

 


結婚の素晴らしさ、夫婦愛の尊さ、配偶者のありがたさを強く実感させられる重要なことがらのひとつとして「」を挙げたい。

 


三途リバーのせせらぎが迫りつつある昨今、主人のコグちゃんに対する感動と感謝の思いは強まるばかり。

言葉につまって涙が流れる時もしばしばだ。

 


結婚式では「病める時も、健やかな(る)時も……これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くす ことを誓いますか?」と確認され、多くの人々の前で互いに変わらぬ愛を固く約束し、宣言して、誓い合う。

 


最近は諸説あるようだが、私が結婚した時は「病める時も」が「健やかな時も」より先に述べられた。

 


そしてこのことを私は特に注意して聴き、強く心にとどめた。

 


健康な時、楽しい時、裕福な時の愛情は当たり前と言えよう。

 


むしろ一方が病にある時、苦しみ、悲しみ、悩みのうちにある時、お金を騙し取られ財産を失うなどどちらかが困難に直面した時こそ愛情を注ぎ合い、支え合い、力を合わせて乗り越えるよう努力することが大切であると、結婚する者たちに説いてくれているととらえている。

 


私の通院時には必ず主人が同行してくれて診察室にも一緒に入ってくれる。

 


診察室に主人の座る椅子は用意されていない。

 


真冬の通院時は、着ぶくれた私のコートやジャケット、膝掛や温かい飲み物、タオル類、予備のマスク、除菌ウエットティシュ等などを入れた新年の福袋と見まがうばかりの私のための大荷物、傘立てのない病院では、雨の日に2本の傘までが所持品に加わる。

 


主人はそれら総てを両手に抱えたまま、診察室の片隅に、黙ってじっと立っている。

 


「前回虚血性腸炎で入院されたのは、いつごろですか?」

 


医師に聞かれた私は主人の顔を見る。

 


正確な数字を知っているのは主人だからだ。

 


コグちゃんが即座に答えてくれるから、私も自己の認識が正しかったかどうかを確認することができる。

 

次の検査日時や検査に伴う細かい説明も一緒に聴いていてくれるから安心だが、コグちゃん自身にとってはどんなに疲れることだろうか、どんなに大変なことだろうかと思わずにいられない。

 

それでも心細いからつい甘えて頼ってしまう。

 


診察が終わってもコグちゃんの役目が終わることはない。

 


名前が呼ばれると飛び出して行って会計をしてくれるのも、薬を取りに行ってくれるのもコグちゃんだ。

 


院内に薬局がない病院では、「疲れるからそこにいてよ。すぐ取って来るからね」と言うが早いかコグちゃんは目の前を立ち去る。

 


たすき掛けにしたカバンと普段用の古びた帽子を被った小走りの後姿が、既に遠のいた場所に見えている。

揺れながら小さくなっていく帽子に涙がとまらない。

 


診察室の中に口を固くむすんで立っている弁慶のような姿。

 


預けられた大量の荷物を守りながら検
査室の前で座って待っている心配そうな姿。

 


料金の支払いや薬の引取りに向かっている小走りの姿。

 


これらは決して楽しくない、何ら面白くもない行動であるだけに、申し訳なさと有り難さがない交ぜとなって、強く胸にこみ上げてくる。

 


もともと縁もゆかりもなく、血のつながりもない、まったくの赤の他人であった知らない者同士が、ここまで仲良くひとつ屋根の下で、毎日一緒に暮らし、相手のために全力を尽くそうと、厭わずに立ち働き、動くこと、自分のためだけでなく相手のために生きることの素晴らしさを強く実感させられるのが結婚の醍醐味であり、相手の心の美しさ、あどけない瞳の輝きなどに魅かれて純粋な結婚をした夫婦だけに与えられるご褒美が、互いの変わらぬ愛情、献身などであろう。

 


病を経験することでご家族の有り難さや配偶者の愛情に感動する人は決して私ばかりではない。

 


お若くして重篤な病と懸命に闘っていらっしゃる小林麻央さんのブログにアクセスしたご経験のある方は多いだろう。

 


市川海老蔵氏が唐突に妻である麻央さんの病状を世間に知らせた時、「こんなに可愛らしいお嬢さんが…」と私は絶句した。

 


ニュースZEROという番組のキャスターをされていた時、麻央さんの愛らしい姿を楽しみに視ていたからだ。

 


麻央
さんのお声は、決してわざとらしい作り声ではない。キンキンした、甘いだけの耳触りなハイトーンの声ではなく、自然体の、普通のお声だったから聴きやすくて、気取りのない誠実な印象とともに、その清潔さに好感を持っていた。

 


母校が同じであることも手伝って、いつか学園祭などに来てくれれば会えるかも知れないなどと勝手な期待を持たせてくれる、可愛らしい存在であった。

 


だから、そんな淡い期待を吹き飛ばしかねない重篤な病を知らせた海老蔵氏の記者会見は、「できることなら代わってあげたい……」と瞬時に思わせられたほどまでに衝撃的であった。

 


報道を知った全員が「神も仏もあるものか」と嘆き悲しんだに違いない。

 

そんな闘病中の麻央さんは、今年1月9日のテレビに出演されたそうだ。

 


知っていれば視たのにと悔やんだが後の祭りであった。

 


麻央さ
んは番組で役者・市川海老蔵をパートナーとして支えられるチャンスを神様ください、っていつも思うんです」と述べられたそうだ。

 


自分自身が重い病と闘っている最中の、過酷な、とてつもなく辛い身の上でありながら、それでもなおご主人を支えられるチャンスが与えられるよういつも祈っているという麻央さんの強い精神力と深い人間性に脱帽させられた。

 


数多くの女性との交際を繰り返して浮名を流してきた伊達男と言われる海老蔵氏だけあって、さすがに女性を見る目、女性を選ぶ目は養われていた、確かなものであったのだと納得した。

 


唯一無二の存在と決めた麻央さんは、外見の愛らしさや美しさはもとより、内面もここまで美しく清らかでありかつ強く真面目な、申し分のない女性であるからだ。

 


おふたりの夫婦愛の強さについては最早私が書くまでもない。

 


さらに、ご主人を立派に看取られて、ご自身のご経験に裏打ちされた貴重なツイートを日々精力的に配信しておられるミゾイキクコ氏は、昨年12月19日、女性についてこう述べられた。

 


突然の話しながら、女にとって幸せなことは、男運がいいことの様な気がする。

 


https://twitter.com/kikutomatu/status/810791414481027072

 


正に仰るとおりですと一も二もなく納得し承認する。

 


晩年になって、男性運、結婚運ひいては家族運が良いことの幸せを、私自身しみじみ味わいつつあるからだ。

 


そして「
男性にとって幸せなことは、女性運・結婚運がいいことの様な気がする」と言うこともまた可能であろう。

 


私はそう思っている。

2016年11月21日 (月)

死者を利用した「死人に口なし」の責任逃れは、最も見下げ果てた罰当たりな行為であると知れ-『故人情報』を尊重せず、死者は安らかにそっとしておくべきとの自明性すらも喪失した、嘆かわしい狼藉(ろうぜき)者たち-

喪中葉書の舞い込む季節。

 


淡々と書かれた行間に寂寥感が漂っている。

 


薄墨で印刷された侘し気な和花の絵柄など見ながらそっと手に取れば、

 


送り手の空しさがしんと冷えた空気とともに伝わってくるようだ。

 


たとえ亡くなられようと、故人は、遺族の中で鮮やかに生き続ける。

 


時に生前よりもなお激しく強く迫り来て、こみあげる愛しさとともに、夢の中から、あの懐かしい声や立ち姿とともに、あの笑顔で明るく話しかけてくれては、目覚めて知るどうにもならない現実に嗚咽をこらえることもある。

 


誰もが故人に、もう一度会いたい、会って話がしたいと思っているだろう。

 


故人を愛してやまない者たち、特に遺族には、故人の安らかな眠りを護り、その名誉を傷つけられない自由と人権とがある。

 


こうした遺族の心情は「故人に対する敬愛追慕の情」として、法的保護の対象にもされている。

 


心ない者どもは勝ち誇ったようにこう言うだろう。

 


「ふん、死者にはプライバシーなどないのさ」

 


「名誉毀損は虚偽の事実以外保護されないよ」と。

 


だが、死者に関するプライバシーつまり、こんな言葉はないが、『故人情報』こそ尊重してそっとしておくべき情報であり、これらについて、必要性も相当性もなく、もっぱら、遺族たちに精神的苦痛を加えることを意図した攻撃目的で、みだりに侵害する行為は、不法行為を構成するものとして認められ、手厚く保護されるべきであろう。

 


一方で「故人に対する敬愛追慕の情」とは真逆の、正にその対極をいくような「死人に口なし」という非情かつ非道な行為を、いともたやすく実践する者が存在する。

 

 

「死人に口なし」とは、「死人は無実の罪を着せられても釈明することができない。また、死人を証人に立てようとしても不可能である。」とデジタル大辞泉が説明するとおり、卑劣で狡猾な、唾棄すべき、軽蔑に値する行為である。

 


http://dictionary.goo.ne.jp/jn/99528/meaning/m0u/

 


「無実の罪を着せられても」

「釈明することができない」

「証人に立てようとしても」などと、裁判用語を伴う説明がなされている。

 


つまり「死人に口なし」を利用した行為が、民事訴訟における訴訟資料において顕著であることを初めて知った。

 


亡くなられた権力者に一切の責任を押し付ける目的で、当然の如く故人の実名を訴訟資料に挙げて、故人を一方的に訴訟に巻き込み、何につけ都合の悪い時には当該故人の名声と肩書をフル活用し、悪用しては切り抜ける訴訟活動を、やり場のない憤りとともに、私は知ったのである。

 


「死人に口なし」を「
故事ことわざ辞典」で見てみようか。

 


【意味】死人に口なしとは、死んだ者に無実の罪を着せても、何の釈明もできないことのたとえ。

 


【注釈】死者は何も語れないので、何の証言も釈明もできない。口のきけない死者は生きた者の思うように利用されやすいということ。

 


【用例】「死人に口なしで、妻は死んだ夫のことを言いたい放題だ。あんな夫婦にはなりたくないものだね」

 


http://kotowaza-allguide.com/si/shininnikuchinashi.html

 


死者は何も語れないので、何の証言も釈明もできない。口のきけない死者は生きた者の思うように利用されやすいということ。

 


これだ。

 


これなのである。

 


ワルども、特に嘘つきどもは、どこまでも他者を利用してのさばり、生き永らえている。

 


利用価値のある者を口車に乗せておだて上げ、上手に動かして使い捨てするばかりがワルどもの手口ではない。

 


たとえ故人となられた死者であろうと、否故人となられたからこそ、思いどおりに動かし、好き勝手に利用して、あの方からこう言われました、あの方からああお聞きました、などと気楽に故人の実名をあげるとともに、故人の言動に全責任を押し付けて恥じないのである。

 


生前は「尊敬する」、「敬愛する」、「飛びぬけて素晴らしい」、「あこがれの」などともっぱら褒めそやし、持ち上げ、あからさまに褒め殺しにして、利用に利用を重ねてきていながら、それだけではまだ足りなかった。

 


死して故人となられてもなお解放せず、そっとしておいてさしあげることもなく、今度は「死人に口なし」を利用して都合の悪いことがらの一切を故人の口から出た言葉、故人の取った行動として、自分自身の言動については固く口をつぐむ。

 


そして,責任の総ては故人にあるとして押し付けて、安らかに眠っておられる何の罪もない故人の名を借りて、都合の悪い言動の実践者に仕立て上げて肩代わりさせて押し付けてしまう。

 


神をも畏れぬおぞましい行為である。

 


憤りと同時に言葉を失う。

 


ワルもここまで来ればたいしたもの。最上級と言えるだろう。

 


次から次へと繰り出される責任逃れ。

 


どこまでも自己を庇い擁護する肥大化した自己愛。

 


自己保身のためとあらば、汲めど尽きぬ泉のように湧き上がる豊富な悪知恵。

 


こうした悪徳の数々は一体どこでどうやって身に着けたのだろうと驚き入り舌を巻くばかりだ。

 


故人に責任を押しつける一方で、当の本人は別世界で発生している他人ごとの如く無関係を装い、無反省で、よく食べ、よく飲み、よく騒ぎ、枕を高くしてよーく眠っている無責任で嘘つきで見栄っ張りでとことんがめつくお金儲けに目が無いワルどもは、こぞって口が巧みで、世間を上手にだましながら、調子良く世渡りしている。

 


まことしやかな「死人に口なし」で切り抜け、何ごともなかったようにやり過ごして涼しい顔でスルーしていく、うわべだけキレイキレイの生き方が、誰からも見破られず、誰からもお咎めなしで、やすやすとまかり通って来たのだろう。

 


だから、これからも続けて行くだろう。

 


だが、少なくとも、この私が許さない。

 


「死人に口なし」を利用し実践するワルどもの見下げ果て腐り切った根性の醜悪さは、その事実を知られたが最後、いかに口先で綺麗ごとをさえずり取り繕おうと、誰も許しはしないだろう。

 


私はそう思っている。

2016年10月 1日 (土)

あなどれません。声なき声……-「ダーティハリー」と「キューティハニー」-

鏡の前の椅子に誰かが座っていたためしがない。

 


そんな美容院だった。

 


たまに通りかかる道に面した、うなぎの寝床のような細長い店。

 


店内に長い髪の女性がひとり。経営者だ。

 


誰も来なくていいわよ。そんな顔つきだった。

 


やさぐれたオーラをチラチラ発して強がりを見せてはいた。

 


だが私は感じていた。本当は来てほしいのでしょう?

 



独身時代の私は道楽者だった。

 


贔屓にしている美容室やエステならいくつもあった。

 


だが、たまに立ち寄ってみるのも悪くはないだろう。

 


そう思い立って入って行った。ふらりと。

 


酒場のスウィングドアを開くガンマンのように。

 


長い髪のやせた女性はさして嬉しそうな顔も見せず

 


「いらっしゃい」とゆるく言った。

 


私自身、話すのが嫌いとは言えない。

 


何よりも人を笑わすユーモアには密かに自信がある。

 


婆さんになった今では何の得にも自慢にもならないが、

 


高校時代には、文化祭の出し物を一手に任されて、校長先生を初参加させ、
卒業生を送る会のシナリオを書いて舞台に立ち、生徒会の応援演説で熱弁を奮うなど、人を笑わせることにかけては名人級と誰もが認める存在であった。

 


そんな私が年々静かになり、無口な男女ばかりを好きになっていった。

 


理由のひとつには、「ハイテンション」という名の絵から飛び出したようにせせこましく、口から先に産まれて来たような者からこっぴどい目に遭わされたせいもあろう。

 


気後れせずに入れる店で髪を洗ってもらい、ぽつりぽつりと話す女性経営者と、話したければ話し、話したくなければ黙っていさせてくれる空間に、寛ぎを感じていた。

 


Easy come easy go
の逆もまた真なのだろうか、

中々に開かない扉をぽんと開けたら一面ガラス張りだったみたいに、その女性経営者は船乗りの男性との激しい恋と、のちには包丁を持ち出したことを、静かに語ってもくれた。

 


それは、私が立ち寄ると自然に笑顔を見せてくれるようになっていた頃に起こった出来事であった。

 


女性経営者の店の名が「ダーティハリー」という名前だったとしようか。

 


彼女の店の真ん前に、「キューティハニー」といった名の、語呂も語調も「ダーティハリー」にそっくりで、しかも女性ひとりでやっている美容院が、新規開店したのだった。

 


いつものようにぽつりと女性経営者は言った。

 


「よくできるよね……

 


これ見よがしに店の前の道に面して置かれた大きな花輪や外からも気づく室内の胡蝶蘭が、太刀打ちのできない人気の差を思い知らせていた。

 


同じ立場なら私も嫌がらせとしか思えなかっただろう。

 


「ひどいね!」私も言った。

 


「ねえ……」もはや声とは呼べなかった。

 


「あの店(キューティハニー)いつかつぶれるかも知れない……」ふと心をよぎったが開店したばかりなのにそんなことある筈がないと打ち消して口には出さなかった。

 


ほどなく、当然の成り行きで、「ダーティハリー」は閉店の憂き目に遭った。

 


たまに通りかかると「キューティハニー」の店内には誰かしら客がいるようであったが一見して幼稚な店先から中を見る気にもならず、足早に過ぎるばかりであった。

 


何年か経ったある日、銀座三越前の横断歩道を歩いていると、「ベラさん」と呼び止められた。

 


見ればあの女性経営者であった。

 


「今○○〇のエステをやっているの。来てくださいね」と大手化粧品会社の名刺を渡された。

 


明るい声に安心した。

 


再会を喜び合い、手を振りながら、あちらへこちらへと別れて行った。

 


結婚していた私は、独りで楽しむことにお金を使わなくなっていた。

 


今の私はコグちゃんと二人で楽しめるような趣味しか持っていない。

 


だから申し訳ないが、独りでエステに行くことはないだろう。

 


何年か経ったある日、「ダーティハリー」の店の近くをタクシーで通過する機会があった。

 


「キューティハニー」を目で追いかけると、美容室ではない別の店の看板が出ていた。

 


「つぶれるかも知れない……」私がそう思ったのは何年か前であった。

 


それは、他人の心情を無視したやり方に嫌悪する内心の怒りの声であった。

 


心ないやり方を平気で実行することの出来る心ない者への憤りの声である。

 


声なき声の力が叶ったのだろうか?

或いはどこかへ移転しただけかも知れないが。

 

 

 

さりとて、こんな例もある。



まだ婆さんでなかった頃、私は、日本IBMと闘っていた。


巨悪や絶対的権力者と出遭い、そして闘うのは私の宿命だろうか?!


セクハラがひどい、パワハラで泣いている社員は数知れない、


聞こえのいい会社で名前だけは超一流でも、社内は乱れている、


お金に汚い、女性に汚い、


マナーはない、教養と品格に欠ける、


そんな社員が跋扈して社内の空気を汚していたことは事実である。

 


当時正社員だった私は、日本IBMというお金も力もあり、イメージも良い、何から何までまったく勝ち目のない、『外面は100点満点の巨悪』と闘い、当然の如く完敗した。

 

日本IBMの内情が露見することなど未来永劫に亘ってあり得ない。

 


いついつまでも外資系大手IT企業のトップとして「天下のIBMさん」と呼ばれ続け、社内の品の無さを秘匿し続けるであろうと諦観するしか成す術はなかった。

 


だが、「隠蔽された企業体質が明るみに出るかも知れない」と声なき声でささやき続けていたこともまた真実だ。

 


否、「IBMの悪事が社会に知れ渡りますように」と願っていたと言った方がより正確かも知れない。

 


すると、どうだろう。

 


2012年8月22日の朝、JR四ツ谷駅のエスカレーターで、日本IBM社長であり最高顧問であった大歳卓麻氏が、女性のスカート内を盗撮した容疑で逮捕されるという事件が飛び込んで来たのだ。

 



当時社長だった大歳氏と私は社内メールや文書のやりとりをしたこともあり、退職する直前には社長代理のM氏や労務のS氏と会議室に詰めて、延々4時間に亘りバトルを闘わせたこともあった。

 


トップであった当時から大歳社長に盗撮癖があったとすれば、社内に蔓延するハラスメントを伝えたところで見て見ぬふりをされるのが自然であり、組織が浄化されなかったのは当然であり必然であったと言えるのではないか。

 


声なき声から10年以上が経ち、IBMは今やブラック企業のお仲間入りを果たした。絶対的強者であるIBMのパワハラに怒りの声を上げて、訴訟を提起する社員たち(弱者)は増え続けている。

 



巨悪や絶対的権力者に対する小さな声なき声が無駄になることは決してない。

 


たとえ今はどうにもならないとしても、今、直面している絶対的権力者のズルさ、汚さ、醜悪さについて確実に知り得ているならば、狡智に長けた権力者とそれに群がる家族や配下、権力者から目にかけてもらって、仕事のおこぼれにあずかろうとする情けない腰巾着どもの実力の無さや汚さを知る人たちも確実に増えていくこととなる。

 


そして、いかに悪知恵を駆使しても、馬脚を現す日がやって来るかも知れない。

 


権力を利用したあからさまな不正行為。

 


ばれることのない裏工作。

 


証拠の取れない露骨な密談。

 


水面下での密約等など、

 


さまざまな悪巧みを積み重ねて、

 


向かうところ敵なしの仕組を構築している、

 


笑いがとまらない者たちは、


今日も枕を高くして眠っている。

 


それでも「待てば海路の日和あり」という言葉を信じよう。

 


ダーティな権力者らに対して、

 


何の力もない者の、小さな、声なき声が、

 


天罰となって下る日も来るかも知れない。

 


だから、今、私は、内心こう思っている。

 


「父親の死後、あの…つぶれるかも知れない」と。

2016年7月27日 (水)

最も醜悪な弱者イジメの言動

見栄を張るために整形をして

 


そのメインテナンスのために

 


しばしば同じ国ばかりを訪問し,

 


写真を見せずに,旅のレポートを重ねる者……

 


発熱した子どもを,翌日の日中に

 


己のエゴで連れ回わして外食をさせ,

 


食べ物屋さんで嘔吐させ,熱をぶり返させて

 


長時間並ばなくて済む夜間救急で診療を受けさせる者……

 


思わず,親の顔が見てやりたくなる。

 


そうした者たちは,

 


自分のことしか考えられないナルシストであり

 


本人と家族以外の誰もが気づいている愚か者たちである。

 


だが,そうした,馬鹿者,くだらない者,幼稚な者への怒りなど

 


かすんでどこかに行ってしまう程までに

 


比較しようもなく,どうしようもなく悪質な者がいる。

 


それは,言うまでもなく,弱者イジメをする者だ。

 


しかも,口頭や文書のみならず,

 


実際に,暴力をふるう者,殺人を犯す者である。

 


さらに,無抵抗で動けない弱者を狙っての,計画的な大量殺人。

 


これはどんな悪事をも凌駕する,想像を絶する狂気の業である。

 


これを機に,ずっと思っていたことを書こう。

 


ネット上にも,弱者に対するイジメや攻撃の言論が溢れている。

 


弱者の訴えを代弁すべきジャーナリストたちも

 


切れ味のいい清々しい言論や

 


まっすぐだった初心を忘れて,

 


強い者や権力に阿った記事を平気で公開するようになる。

 


お金にでも転ぶのだろうか?

 


情報や仕事を回してもらえるのだろうか?

 


論客を自認しているらしき好戦的・高圧的な者が

 


コメント欄やツイートを利用して,激しく攻撃するのは,

 


著名人でもない。

 


悪人にも見えない。

 


もっぱら,激越でもない,言論のたどたどしい人。

 


名もなき弱者である。

 


自分より弱い者と見れば,

 


ささいなことでヒステリックになり,

 


一方的に攻撃を仕掛けているのだ。

 


これだから,

 


強者たちや権力のある者たちばかりがのさばる。

 


私腹を肥やす。

 


巨悪が幅を利かせてふんぞり返る。

 


ワルたちにとって住みやすい社会が拡がっていく。

 


強い言論を誇る攻撃的な論客たち,

 


そしてジャーナリストは,

 


自分より強い立場にある者や

 


権力のある者たちに対してこそ,ペンの力を奮うべきだ。

 


強者や巨悪を叩いてこそ,批判の言論は生きる。

 


そうした者たちの悪をこそ,徹底的に書くことだ。

 


弱者を上から目線で見下した態度や行動…

 


そしてそれに伴う言論ほど醜悪なものはない。

 


私はそう思っている。

2016年5月14日 (土)

タカリは一生治らない-自らの生き様を精査・確認せよ-

タカリ癖。

 


それは一生治らない。

 


名だたる政治家も、まあまあの著名人も、誰であれ同じことだ。

 


タカリとは、他人のお金ないし他の目的に使用するためのお金を

自分ないし自分の家族らのために、目的以外の使途で使うという、

大それた行為である。

 


こうした大それた悪事を平気でやってのけることのできる感覚。

 


指摘されるまで一体何がいけないのかについてさえ気づかない感性。

 


バレるまで罪悪感を持たないような、常人には太刀打ちのできない神経。

 


並外れた図図しさ、

飛び抜けた無神経、

けた違いの図太さ。


これらは当たり屋ならぬ「タカリ屋」に共通する特異性であろう。

 


別格であるオレ様。

 


特別扱いされて当然なワタクシ。

 


自己満足は自己に酔いしれる恍惚感に代わる。

 


規則を乱しルールから外れることに抵抗もない。

 


秩序を破壊してゆく優越感。

 


そこにあるのは、極端に肥大化した自己愛である。

 


自己愛の強さ。これも、タカリ屋たちに共通する。



オレは忙しい、

 


ワタクシ大雑把なの、

 


いちいち管理なんかしてられるか。

 


細かいことはどうでもいいんだよ、

 


タカリ屋たちは、そのうそぶき方もまた似たりよったりである。

 


人様のお金、人様のためのお金を、私的に流用する行為。

 


これは、タカリ屋たちが、人を人とも思っていない

傲慢な人物であるという事実を認めて、

自ら立証する行為にほかならない。

 

人様のお金で食べることが大好きなタカリ屋たちは

文字通り「人を食った存在」である。

 


もっと言えば、

 


人にタカる者ほど自分のお金には細かく自分のお金を出さない。

 


さらに言わせてもらうと、

 


人にタカる者は異性関係にも汚い。

 


人にタカる者は他人のために動くことをしない。

 


自分が動くのは、それがビジネスにつながる時だけ。

 


つまり自分に利益が生じる時は人一倍活発に動く。

 


人にタカる者ほど、ビジネス以外では、人様のお金で、

ゆったり、たっぷり、のーんびりとしているのである。

 


だからこそタカリ屋たちは、

いつだって誰より元気に食べかつしゃべり、

疲れを知らない子供の様に人一倍活動的だ。

 


そうだ。健康過ぎること。これもタカリ屋たちの共通点だ。

 


タカリ屋たちに良心という名の臓器が内在されているのかどうか。

 


それは判然としない。

 


だがタカリ屋の良心が痛みを知らず

無傷であること。それだけは確かだ。

 


とりわけ、タカリ行為が大好きで、

嬉々として実践してきていながら、

何年も経ってから、

相手のせいにするような者に

ろくな者はいない。

 


食べ物や飲み物を、
拒んでも押しつけてくるのです。

 


こんなことが平気で言える者。

 


そうした者こそ正真正銘の良心なき人物である。

 


私はそう思っている。

2016年2月14日 (日)

妻への信頼感を、夫である人物は、こう表現した

アラビア石油という少人数の家族的な会社に勤務していたことがある。

 


大好きだった会社はアラ石(あらせき)と呼ばれていて、

丸の内中通り「士ビル」の2フロアが就業場所だった。

 


周辺には美味しいお店たちが待ち構えていた。

 


ランチだけで帰宅するのは物足りなくて、

次第に夜のお食事も楽しむようになった。

 


時には親友と、時にはあこがれの男性と、時代ごとに移りゆく素敵な方たちと

当時の私が繰り出したのは、専らフランス料理のお店だった。

 


アピシウス、ロオジェ、ベルフランス、レカン……

 


シグナスビル8階の「ベルフランス」では、ついつい食べ過ぎても、爽やかに

帰宅のできる、実に軽いお料理が提供されて、素晴らしい技を実感し堪能した。

 


彫刻のようにととのった風貌の建築家と訪れた「トゥールダルジャン」。

 

ヴィスコンティ映画さながらの風格と重厚さをたたえた別世界であった。

 


ウェイティングバーで誰かを待つ時間も格別だった「オテル・デゥ・ミクニ」。

 

繊細なテーブルセッティングと創意工夫の品々は印象派の絵画にも似て視覚を喜ばせた。

 


気軽に利用したのは、パリの朝市、ビストロシェモア、ボファンジエ、FEU。


隠れ家のような「ビストロシェモア」の2階席が好きだった。


今はもう訪れることのできないお店もある。

 


和食が一番となった今も忘れ難いのは、主人と訪れた「シェ松尾青山サロン」。

 


言うまでもなくフランス料理にはマナーが必要とされる。

 


それなりの服装と会話のセンス、そしてフランス語がいうところの「エスプリ」

=「フランス的精神」として多少なりとも才気が求められているかも知れない。

 


フランスの似合う女性は誰にとっても永遠の憧れである。

 


その代名詞のような岸恵子氏。

 

http://www.my-pro.co.jp/kishi/index.html

 


高校の後輩である中村江里子氏。人気に陰りをみせない中山美穂氏。

 


いずれもひとり歩きのできる群れない女性、


甘えのない女性、


孤独を楽しめる寄りかからない女性、


べたつかない、ちょっぴり乾いた女性が似合う。

 


下記に紹介する人物の奥様は、そんなパリで長く暮らしたことがあって、

フランス語もお話しになれるそう。

 


お食事の味をこわさず、大切にして、そっと控えめながら、長く酔わせてくれる、

質がよく品のいいお酒のような、そんな奥様であれと願う。

 


私の読み方が正しければ、下記に述べられている


「フランス文化ぜんたいへの信頼感」とは、


すべからくこの人物の現在の奥様への信頼感ではないか。

 


私はそう思っている。

 


http://www.newsdigest.fr/newsfr/features/6438-natsuki-ikezawa-essay.html

2015年11月25日 (水)

「渡来人」をあっさりと認めている成功者に「あっぱれ」!

渡来人について

 

韓半島につながる出自に目覚めたのは高校生のとき。船橋市国際交流協会などを通じて講演を頼まれると、「われわれは韓国からの渡来人との混血で、親子兄弟も同じ。仲良くしなければならない」と説いている。http://www.mindan.org/front/newsDetail.php?category=0&newsid=18692


「行基と渡来人文化―朝鮮半島から猪名川流域へ」

米山学長と辻一郎同大学教授との共編で、朝鮮半島から渡ってきた渡来人が日本に残した足跡を追った内容が大半となっている。

http://www.mindan.org/front/newsDetail.php?category=0&newsid=1677

 


開催にあたって神奈川韓国綜合教育院の金洪斤理事長は、かつての渡来人が大磯に移り住んだ故事を例に「先人たちの遺した共生、共栄の精神を受け継いでほしい」と述べた。

http://www.mindan.org/front/newsDetail.php?category=0&newsid=3673

 

*****

 


韓国・朝鮮からの渡来人は、差別によってがむしゃらにのし上がり、

貧困によって食への執着心が人一倍強くなった人たちが少なくない。

 


ハングリー精神から文字通り食に執着し、仕事に熱中して人生を歩むようだ。

 


渡来人を理由に差別や貧困があっても、それらを乗り越え、過去を振り返って晩年にあっさりと認め、語れる人物になるのか、それとも秘匿し隠蔽したまま、人生最期の時になっても誤魔化しを重ね、嘘をつき通し、逃げ切って終わるのか。

 


それはひとえにその人物の度量の大きさと、現在成功して満足感を得ているかどうか、つまり精神的に余裕があるか否かに依拠するだろう。

 


プロ野球選手であられた張本勲氏はこう述べている。

 


私の両親は、日本の植民地だった朝鮮の慶尚南道から渡来しました。

 


張本氏の場合は人の何倍も練習を積まれ、ご本人の努力によってご家族に楽をさせ、ご自身が得たお金で美味しいものを思う存分食べられるようになった。

 


だからこそ、過去の自分を、ありのままの自分を、認めることが出来るのだろう。

 


日本に移り住んだ渡来人ではなくとも、男女を問わず、門地家柄や出自による差別、ご先祖様、祖父母、両親の稼業や職業、血を分けた家族や親族に傑出した人物が存在しない、高学歴者が存在しないことに強い劣等意識を抱きながら育った虚栄心の強い人物、貧困によって、金持ちになりたい、偉くなって見返してやりたいとの思いを抱きながら成長する人物は多く、伝記や自分史にそうした心情を吐露する章や頁が含まれていることも多い。

 


悔しさをバネにしてそれを乗り越え、努力によって克服し、才能を開花させ、実力を発揮して成功を治めた人を素晴らしいと思わない人はいないだろう。

 


誰からも称賛され、尊敬に値することについては、論を待つまでもない。

 


一方で、いついかなる場合においても実力を養おうとせず、努力を嫌い、自分の力ではなく、実力のある者や権力のある者を上手に利用して、もっともっと仕事を回してもらおうとする者がいる。

 


好きなことを一心不乱に続けて、地道に努力しながら実力を身につけていけば、自ずと注目されるようになっていくと思われるが、そうした者は概して我慢強さや落着きなど鼻から持ち合わせていない。

 


中学・高校時代に同じ部に所属していた先輩は、私の冗談にいつも大笑いをしていた。当時から先輩は体育館の鏡に向かってダンスの練習をしていて、その時ばかりは私も黙って見つめていた。真剣な姿を見かける度に「この先輩は将来成功するに違いない」と確信していたところ、やはり振付界の第一人者となられて現在も活躍していらっしゃる。

 


中学・高校時代に同じクラスだった旧友は、合唱の指揮を通してみんなをまとめた。合唱会の当日いつも通りの可愛らしい微笑を浮かべながらこちらを向いて指揮をする彼女に応えようと精一杯唄った。


声を枯らして、帰ろうと小さな靴箱の蓋を持ち上げた時、思わず目を瞠った。


そこには彼女からクラス全員へのねぎらいのメモと「いちごみるく」という飴が入っていた。これを見た私は「この同級生は、ひと味もふた味も違う。大人物だ。将来必ず成功するに違いない」と確信していたところ、やはり超一流外資系企業の現地役員となってキャリアを積み、退職後はご主人とニューヨークに在住するかたわら、日本の子供たちのキャンプと盛大なクリスマスパーティを主宰するため年に二度帰国している。正真正銘のインターナショナルセレブとなった現在もナチュラルな笑顔に変わりはない。

 


振付師の先輩が出版した著書を読み、ニューヨークのマスコミから注目されて採り上げられた同級生の記事を読んだことがある。

 


そこには先輩にもこんなご苦労が……あの旧友にこんな時期があったとは……と感じ入り、しばし心をこわばらせるくだりも述べられていた。

 


だが、それは、苦悶した時期や認められなかった時代をあっさりと語れる度量と、自分の力を信じて努力し成功した人物ゆえの余裕とが、好ましく思う先輩と同級生に存在することの証でもあった。

 


他者を利用しては次々と飛び石のように乗り換え、実績として書き残す生き方を好む者を支えているのは、大ボラを吹き続ける継続の力、立て板に水の如き巧みなハッタリ、傾聴による戦略ないしは謀略であろう。

 


少しずつ進歩し段階を踏んで向上してゆく喜びを知ろうとせず、コツコツと積み上げる努力を怠り、粘り強い根性を養わず、実力を培うのはダサいこととばかりに追いやって、「艱難汝を玉にす」を心に刻みながら脆弱な精神を鍛えあげることなど真っ平ごめんという者には、重みもなければ渋さもない。

 


吹けば飛んでしまうお粗末くんとでも呼びたい輩である。

 


えてしてそうした者は人前に出ることや人に見られることを生きがいとしておりビジュアルが命である。

 


形式的、表面的で、目に見えるもの、形のあるものばかりにこだわり、内容や実質、真実など二の次、三の次で、その場さえ良ければ後はどうでもいいのであろう。

 


つくり話ときれいごとで構成された自慢話の得意な者とじっくり話したいと思うものだろうか。そうした者たちは、年を取れば取る程病膏肓に入り、得られるものなどひとつもないどころか、こちらが逆さにされて総て奪われてしまうくらいが関の山であろう。

 


そして、そうした者が人の善いご高齢の権力者に上手に取りついて離れず、ご高齢の権力者が死に直面し灰になる直前まで利用し尽くす様子はひどく残酷である。

 


「ごゆっくりなさってください。おからだをおいといください」とねぎらって休養を勧めるどころか「まだまだ金は稼げるだろう」、「名のあるうちに、もっともっと何かさせなくては」と繋いだご縁を握り締めて離さず、実績に結び付けたいとの野心から、やはり自分が取りついているご高齢者が営む小さな会社を訪ねてはご高齢の権力者を引き合わせて、双方を利用し、傍で上手におだてながら仕事を完成させて、双方から協力費を受け取ったりするのだろう。

 


さらに、ご高齢の実力者が主催した展覧会会場に頼まれてもいないのに出かけて行き、自主的に手伝っておきながら、その手伝いをも仕事の実績に加えて公開しなければ気が済まない者もいる。


こうなれば仕事を質より量としか考えていないように思えてくる。

 


自分の懐が温まり、自分の実績を増やすためならば、どこにでもすぐ飛んで行き、何だってしますという利己的な者は間違いなく金の亡者と言える。

 


自己の力で克服できなかった劣等感を晩年になっても抱えたまま、てっとり早く他者から奪う形で埋めて一時的に満たしていく者、いわば他者が実力で勝ち取った化粧まわしに素早く目をつけて、それを巧みに奪っては身につけることによって、人生の土俵で相撲を取り続けてきた者は、人生の土俵なり、リングなりに堂々と自分一人の力で上ることは出来ない。

 


自己満足という熨斗紙(のしがみ)を付けたキレイキレイな包装紙にくるまれて、つくり笑顔の人生を終えるだろう。

 


だが、いつだって自分が一番楽をして他者を上手に欺き、他者を踏み台にして飛び石のように乗っかり、後を振り返らず、けじめをつけずに、渡り歩いていく者は、自分に誠実さの欠片もないこと、実力が無いこと、劣等意識の塊であること、レンタルの人生でやり過ごしてきたこと、驚く程の野心家でありながら自分が望む成功を収められずにいることを、実は誰よりも自覚していて、誰よりもいまいましく思っていて、地団太を踏みながら歯噛みをしているかも知れない。

 


そうした者は、張本氏のように堂々と「渡来人」を認めることが出来ず、中学・高校時代の先輩や同級生のように堂々と「苦悶していた時代」について真実を語ることも出来ない。

 


私はそう思っている。

 


*****

 


読売ONLINE(2015年8月9日)

「熱風私をかばった母」元プロ野球選手 張本勲さん 75

「私の両親は、日本の植民地だった朝鮮の慶尚南道から渡来しました。翌1940年、私は広島市で生まれた。韓国は生みの親、日本は育ての親のようなものです。」

敗戦時の日本には、朝鮮出身者が200万人以上いたとされる。日韓併合以来の土地再編などで生活基盤を失った人や、労働力として渡来してきた人もいた。広島に落ちた原爆では、数万人もの朝鮮出身者が被爆した。張本さんの家族もそうだ。

http://www.yomiuri.co.jp/matome/sengo70/20150808-OYT8T50000.html

 


毎日新聞の「夕刊ワイド」(2015年5月8日)

「私は広島生まれの広島育ちです。韓国籍ですが、外国人だというような感覚は一切ありません。僕はね、もう、モンゴルあたりから日本まで全部同じ民族だと思っているんです。日本は島国だし、多くの人はどこかしら『渡来人』です。だから日本人を語る時、私は同じ日本人の立場で語っているつもりです。」

 


毎日夕刊「レジェンドインタビュー」(2015年11月21日)

「野球で有名になろうというのには、二つ大きな目的があった。一つはおいしいものを腹いっぱい食べたい。もう一つは、お袋をトタン屋根の6畳一間から連れ出して、小さな家でも作ってあげたい。僕はお袋の寝た顔を見たことがないんだ。朝早く起きて、夜遅くまで働いているから。お袋を楽にしたいと思えば、人の2倍、3倍、練習せざるを得ない。

 


http://article9.jp/wordpress/?p=5949

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