天野ベラの人生論

2017年9月24日 (日)

お詫びの言葉ひとつで変わる人間関係-あなたは必要な謝罪のできる賢い女性?それとも最後まで謝罪のできない愚かな女性?-

このところ女性の謝罪会見が目立っている。

女優さんから東大法学部卒のセンセイまで。

W不倫に暴言と謝罪の理由は人それぞれだ。


もし,何らかの不手際や失敗があった場合,そしてそれを相手から指摘され,批判された場合には,時を移さずに詫びればいいことだ。

それがまともな人間関係というものであろう。



逆に私はこう問いたい。

謝れば,それで済む話ではないの?

何故,謝って,終わりにしないの?

THE・ENDにしたくはないの?

何故,愚図愚図と引き延ばすの?!

謝罪が出来ないからこそ,話がややこしくなって,捻じれ,こじれ,感情的対立が深まり,泥沼化して,悪化の一途を辿ることになるのではないの?!

一方,思いがけず誠意ある謝罪が得られた場合,心を動かされ,相手を見直して,好感を持つこともあり,自ずと早期解決に向けたはたらきかけに繋がっていくこともある。

「ごめんなさい。」

「すみませんでした。」

「申し訳ありません。」

これらは荒れた肌を優しくお手入れしてくれるエステティシャンの卓越したマッサージのように頑なさを揉みほぐして心に深く沁み入ってくる,感動を呼ぶ言葉であり,人間関係を変えてくれる効果的なマジックワードである。

なぜなら,これらは,短くてありふれた言葉でありながら,わだかまりを一気に雲散霧消させてくれる力があるからだ。

たとえ相手に対するキツイ批判の記事を公開していたとしても,否,むしろ厳しい批判の文章を公開していればこそ,その書き手はかえってその文章を早く消そうとの思いに駆られるのではないだろうか。

エピソードをひとつ語ると,私は,脚本家であり作家であられた故林秀彦氏と文通をさせていただいたことがある。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9E%97%E7%A7%80%E5%BD%A6

http://kogchan.asablo.jp/blog/2011/12/18/6249140

林秀彦氏は常に何かと闘っていらした。

そしてその思いを歯に衣着せぬ辛辣で過激な著書にして出版されていた。

だが,当のご本人は決して意地悪でもなければ冷たい人物でもなく,むしろその真逆の熱い心を秘めた人情家であられ,人一倍傷つきやすくデリケートで,どこまでもナイーブな人物であられた。もっと言えば女性に大変よくおモテになる人物でもいらした。

林秀彦氏は誠実で生真面目な方でいらしただけに,日本を憂い,若者を憂い,「どうしてこんなこともわからないんだ!」と文机を叩き,深酒をされては,嘆きとともに眠りに落ち,目覚めてはまた,「ああ!今日こそ,どうにかして,このことをあの野郎どもにわからせてやらなければ!」との切実な思いから,呻吟していらしたようであった。

林秀彦氏は,わかりきったことすらわかっていない者,つまり自明性を失った者たちに対する迫力ある澄み切った怒りで漲った作家であられたように思う。

オーストラリアに移住された時,ご自宅を訪問してきた肩書の立派な女性が長居をして奥様の手料理を楽しみ,帰国しても御礼状ひとつ届かなかった不作法に対してであっても,同氏の筆に容赦はなかった。

「食うだけは豚のように食ったが」との威力ある一行に,度肝を抜かれた。

自明性を失った者たち,それは,行うべき当然の義務を果たそうとせず,けじめをつけず,きちんと生きることのできない,いい加減で,だらしのない者たちである。

その姿は,借りたお金を返さずにいられる者たちと,まったく同じである。

するべきこと,言うべきことをどこまでも引き延ばして時が流れるのをじっと待ち,無視したまま逃げ切ってしまうような卑怯者,つまり,行くべき義務のある場所に行かず,言うべき義務のある言葉を伝えず,守るべき約束を果たさずに平気でいられるような図図しい者たちが多数存在することはこの世の常である。

そして,そうした者たちに上手にしてやられる一方で,晴れることなき曇り空の心を抱えている者たちが多数存在することもまた,この世の常であろう。

謝罪や御礼の言葉が素直に言えない者たちは,謝罪すべき相手,感謝の言葉を伝えるべき相手に対して,何らかの名状し難い私怨なり負い目があり,あの男にだけは頭を下げたくない,あの女にだけはありがとうと言いたくないという悔しさというある種の嫉妬心を抱いているのではないだろうか?

だからこそ,あっさりと謝罪し,素直に感謝の気持ちを伝えて,状況を好転させ,前に進めることを阻むのだろう。

なぜなら,相手に対する根深い私怨がなければ,すぐにでも謝罪して早期解決を望み,お世話になりました,ありがとう,と伝えて,相手の批判や指摘から解き放たれ,一刻も早くお互いに負の感情から自由になりたいと思うのが通常人の感覚であり,一般的な人間関係だと思うからだ。

必要な謝罪や感謝が伝えられない者の側にこそ,根深い私怨があるというのが私の見解である。

私怨や負い目などがあるからこそ,最後の最期まで相手を無視し,必要な謝罪や感謝の言葉への抵抗という無言の攻撃を与え続けるのである。

特定の誰のことでもなく一般論として,例えば,配偶者の女性が,配偶者の男性からのDVに我慢ができなくなり,離婚の意思を明確に伝えて,一日も早い別離を求めているにもかかわらず,けじめをつけようとせず,いたずらに時間を稼いで,早期円満解決を望まずに,ぐずぐずと離婚を引き延ばし続けているとすれば,それは嫌がらせ以外の何ものでもない。

離婚を求めている配偶者への未練が断ちきれず,執着心という名の身勝手な愛情がない交ぜになった私怨が怒涛の如く渦巻いて,「離婚に応じてなどやるものか」との自我から,相手の愛情はとっくに覚めていることに気づかない振りをして自分をだまし,現実を受け入れたくないとの自己愛が先に立って,蛇の生殺しのように,何年も離婚届に判を押さず,離婚に抵抗し続けて嫌がらせをしているヤカラと同じである。

このように考えると,事と次第にも依るが,迅速なアクションを取ることが相手に対しての誠意であり,トラブルにおける好ましい態度と言えるだろう。

何でも自分の頭で考えて素早く決断して,自己責任を果たすことが出来て,機を見るに敏であり,臨機応変に対処できるような,凛とした決断力のある人物がトラブルの相手であったとすれば,幸運である。感情がこびりつくこともなく,争いが長期化することも少ないと思われるからである。もっとも,そのような人物は滅多にトラブルを発生させないが。

人間である以上誰しもミスがあり,己の弱さから過ちを犯すこともあれば,自覚なしに他人を傷つけることや,気づきもせずに勘違いをしていることもあれば,誤って覚えていることもあるから,トラブルの発生は避けられない。

歳を重ねれば,真面目な私だって,きっと,遅刻や失念も発生させるのだろう。

だから,「お互い様」として,宥恕すべきは宥恕することが肝要であろう。

だが,心ならずも,不作法,非礼,非道などを発生させて,相手からそれを指摘された場合には,気持ち良くお詫びを述べられるようでいたい。

指摘した相手にしても,一日も早く相手を許す機会が与えられ,速やかに双方が心の着地点を見出して前に進めるよう望んでいることに間違いはなく,それ以上の怒りや争いへと悪く変化させるものがあるとすれば,それは,正当な批判や指摘を無視したまま解決に尽力しようとしない何らかの負い目や私怨が原因であろうというのが私の見解である。



四捨五入すれば私も60代。

中学・高校時代のように,コグちゃんをはじめとする周囲の人たちを笑わせることを楽しみに,老後の人生を過ごせるような,そんな婆さんになっていきたい。

私はそう願っている。

2017年7月25日 (火)

女性の『本物』は育ちにくい-「かわいい」はたまた「東大出」が通用するのは20代までと心得よ-

「可愛いから許す!」

 



この言葉は、何と、天野ベラこと、この私に対するお言葉である。

 



驚かれているだろうが、人は、誰も婆さんとして産まれるわけではない。

 



婆さんになるのだ。

 



それで、だ、私にも人並みに可愛く見えた時代があって、

 



その時に掛けていただいたお言葉が冒頭のご発言であったのだ。

 



ところが、この一瞬前には「馬鹿もーん!!」との怒声を浴びていた。

 



いきさつを説明しようか……

 



新入社員の私は、朝早く出社して上司や先輩社員の机を拭いていた。

 



すると、隣の部屋から、「馬鹿もーん!!」と大きな声がした。

 



「こんな、明るい日に、電気なんか点けるんじゃなーい!!」

 



他にも出社されていた社員の方がいらしたこと、そして電気を点けたのがいけなかったことに一瞬にして気付かされた22歳の私は、雑巾を置くと直ちに電気を消して、キャビネットで仕切られた隣の部屋に走った。

 



大声の主は高いお席に座していらして、後にその方が大御所であることを知った。

 



広い机の前に立ち、「申し訳ありませんでした。」と頭を下げた私は動かなかった。

 



するとそのご老人はバツが悪そうに「何だ、君だったのか……〇産業のおばさんかと……」と小声で言うが早いか、

 



「可愛いから許す!」とおっしゃったのだ。

 



早朝の出来事であり、この話を知る社員がいたとしても極僅かな筈であり、私に向けて言われた言葉と知る社員はいないと思われるのだが、なぜかこの言葉はこれから先、社内で流行ることとなった。

 



だが「可愛い」で許されるのは20代まで。

 



もっと言えば「はたち」までであり、成人を過ぎたら「かわいい」では済まされないと気を引き締めるべきである。

 



事と次第にも寄ろうが、実際には「可愛いからと言って到底許されるものではない」と訴訟資料の如くキツイ調子で心に刻まなければならない。

 



つい最近知人が、「最近はロクな女性政治家がいないわね。昔は土井たか子さんとか市川房江さんとかいたのに……蓮舫はカッコいいけど、三原じゅん子は嫌いだわ」と言ったので、「でも三原じゅん子さん、キレイじゃない」とつい軽くかわしたところ知人は、

 



「それがいけない」と怒った。

 



確かに女性は、可愛いければ、そして、そんな人から上手に甘えられ、おねだりをされたりすれば、男性に限らず女性でも姉御肌であれば、無下に断れなくなる。

 



そして、「ま、いいか」「仕方がない」「喜んでくれるのだからいいじゃないか」とお茶を濁して大目に見ることとなる。

 



その女性が若かったりすればさらに点数は甘くなり、限りなくワガママな要望や特別扱いを求めても応じられるだろう。

 



かくして「おねだり光線」の威力に安住した可愛い子ちゃんは、実力を磨く時間より美を磨く時間、切る前髪の長さに悩むような時間ばかりを増やすことになりかねない。

 



一方で、東大を出た弁護士で、防衛大臣となった女性政治家、東大を出て、ハーバード大学の大学院を卒業した女性政治家、それぞれの虚言と暴言が話題を集めている状況も見過ごせない。

 



「東大出」であることの立証趣旨は、言うまでもなく「頭脳明晰であること」である筈だが、その実態はと言えば、連日の報道から推して知るべしであろう。

 



「可愛い」も「東大出」も、その外見や経歴に眩惑されることなく、その女性たちの実力と言動という真実の姿、すなわち実際にその女性が何を言い、どんなことをして来たのか、公言して来たことに実行は伴っていたのか、どういう信念を持って人生を歩んでいるのかなども含めて、その女性の包装紙ではなく、その「中身」と「内面」に目を向けるという本質的なことが疎かにされ、後回しにされてはいけないということである。

 



実際の言動に注視し注目して、真の姿を見極めない限り,特に女性は、実力を蓄えた「本物」が育ちにくいのではないかと思う。

 



年になっても、「私は可愛い」

 



だから私の「甘え」「おねだり」の呼びかけは許されると勘違いをし続け、

 



「私は東大出」

 



だから私は「頭がいい」だから「私以外は全員馬鹿」、「私の言うこと以外は総て誤り」との三段論法によって、東大卒というクッションの上に胡坐をかく倨傲な態度が中年になっても抜けていないとすれば、真の実力が育っていない証拠と解すべきであろう。

 



研鑽を積み、懊悩や呻吟の時をも越えて、外見や経歴を突き抜けた力を蓄えない限り、本物には近づけない。

 



ちなみに私が本物と思う女性は2人いて、どちらも故人であり、芸術家である。

 



ひとりは越路吹雪さん。もうひとりは山口洋子さんである。

 



おふたりとも可愛くはないし、一流大学を出ている訳でもない。

 



だが、真の実力者こそが持つ威厳そして選ばれし者が持つ恍惚と不安に満ちたどこか儚げな憂い、つまり私が最も好み重視するところの「ペーソス」を含んだ表現や作風、そして人間性に限りなく魅きつけられるのである。

 



努力して本物に近づき、「あの人なら!」と誰もが納得の出来る形で、輝かしい栄光、相応しい結果など、実力に伴って与えられるご褒美を徐々に増やしながら、着実な地位を築いていくことが望ましいのではないか。

 



私はそう思っている。

2017年4月29日 (土)

女の勲章 女の欲望

先日コグちゃんと「女の勲章」というドラマを視た。


http://www.fujitv.co.jp/kunsho/index.html

 


山崎豊子さんの原作だけあって、なかなかであった。

 


服飾の世界で成功するデザイナーの女性主人公Aに強く思いを寄せる野心家の男性Bがいる。

 


そして、主人公の女性Aが強く思いを寄せる、過去をひきずる熟年男性Cがいる。

 


最後に、主人公の女性Aは、強く思いを寄せる熟年男性Cから、こう言われる。

 


Bは卑劣だがたくましい。

 


あなたにもBと同じたくましさがある。

 


僕が弾(はじ)き出されるのは当然だね。

 


そう言うとCは、さっさとAのもとを去って行く。

 


切なそうに、辛そうに、さめざめと泣き崩れるA。

 


その後の結末に仰天させられる。

 


Aは断ち切りハサミを自らの首に突きたてて自殺をしてしまうのだ。

 


これは、あなたの思い通りにはならない、あなたには勝たせないとの


策略家のBに書き残した遺言に表されるとおりBへの強い抵抗である。

 


と同時に、あなたとともに生きたい、


あなたの傍にいるだけで幸せですと


Cに告白したAの、Cに対する抵抗でもあったろう。

 


それは、私はたくましくなんかありません。

 


Cさん、あなたは私を誤解なさっています。

 


あなたを弾(はじ)き出すたくましさなど私にはありませんし、いりません。

 


と、自死よりほかに、わかってもらえる術を選べなかったのだろう。

 


女性にも「勲章」と呼べるようなものがあるとすれば、それは、


生き馬の目を抜くようなビジネス社会で名を成し財を得るために


卑劣なことをしながらたくましくのし上がってゆくことではなく、


傍にいれば幸せと感じるようなどなたかと共に生きていけること。

 


それをこのドラマは教えているように感じた。

 


一方で、少し前に「女の欲望」を凝縮したような女性の画像を見た。

 


http://www.news-postseven.com/archives/20170427_527481.html?IMAGE&PAGE=1

 

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お金・若い男性・タイでの生活・露出度の高い服装……


60歳代にはとても見えないし、悪い人にも見えない。

 


きっと実際に接した人は可愛らしい女性と思うのだろう。

 


こういう女性だったのか……と気づいた時は既に手遅れだ。

 


だから、せめて、こういうタイプの女性には気をつけようと心して


画像を見て、肝に命じておくことくらいしか、注意のしようがない。

 


そういった意味でも、テレビやネットで容疑者や犯罪者の人相や


服装、性格、声、物腰を凝視して警戒することが必要ではないか。

 


私はそう思っている。

2017年1月31日 (火)

あなたはご両親を「あらゆる意味で素晴らしい人たちでした」と言えますか?-フォトギャラリー「あらゆる意味で、最も素晴らしい、大好きな両親」-

昨年11月、ドナルド・トランプ氏は勝利宣言をした。

 


その際、真っ先に感謝の言葉を伝えたお相手が、誰であったか、あなたは覚えているだろうか?

 


歴史的な勝利に関わってくれた人たち」と称して、真っ先にトランプ氏が感謝を伝えたのは、何と、トランプ氏のご両親であった。

 


暴言王、差別的発言者、ロッカールームトーク等など、大富豪であることへの嫉妬も手伝って、世界中から手加減なしで強く叩かれ続けている、「嫌われる勇気」?に満ち満ちたトランプ氏が、あまりにもまともな発言から始めたことに我が耳を疑った。

 


発言はこうであった。

 


そして、この機会に、歴史的な勝利に関わってくださった方々に、感謝したいと思います。まずわたしの両親。天国から見守ってくれていると思います。素晴らしい両親でした。彼らから多くを学びました。あらゆる意味で素晴らしい人たちでした。

 


https://www.houdoukyoku.jp/posts/2562

 


今回の記事は、ご両親のいらっしゃらない方、早くにご両親を失くされた方などご両親にとって悲しい思いや、不快なご経験をされた方にとっては、残酷な内容であることを踏まえて、自らの思いを述べようと思う。

 



あなたは、あなたのご両親のことを「あらゆる意味で素晴らしい人たちでした」と過去形で、或いはご両親がご存命の方は「あらゆる意味で素晴らしい人たちです」と現在進行形で言えるだろうか?

 


私は、誰の前であれ、直ちに、こう言うことが出来る。

 


「はい。私の両親は、あらゆる意味で、最も素晴らしい人たちで、大好きです」と。

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あらゆる意味で、私の知る最も素晴らしい女性が母であり,私の知る最も男らしい男性が父であるからだ。

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二人とも、きわめて真面目で、明るく、誠意に満ちた人物であった。

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父は豪放磊落で、貫禄があり、ユーモアに富んでいた。

 

母は情操があり、慎み深く、知性と教養に満ちていた。

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私の両親は、二人とも、嘘をつかず、がめついところもまったくない、根っからのお人好しであった。


だが、いかに素晴らしい両親であろうと、非情なことに、無常なことに、私も、あなたも、そんな彼らと、永遠の時を過ごすことはできない。

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そして、恐ろしいことに、こんなきわめて当たり前の世のならいが、実はその時になって、思いもよらない形で急に訪れない限り、その貴重な命が失われて、目の前から消え去ってしまわない限り、誰にも、よくわかっていないのである。

 
だからこそ、ご両親との時間は人生で最も大切にすべきであり、あなたが、素晴らしいご両親と過ごす時間は、人生において最も価値があり、かけがえのない、満ちたりた至福のひとときであり、あなたの胸に、永久保存版として、繰り返し再生され、変わることなく、色濃く、鮮やかに、限りなく深く、あたたかく、とどまり続け、輝き続ける宝となるであろう。

 



私はそう思っている。

 

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上の写真は亡母が色紙に書いた賛美歌510番。

 

こういう調べです(音声が出ますのでご注意ください)

http://piapro.jp/html5_player_popup/?id=6397da019vvy8q63&cdate=20090502221021&p=0

2017年1月11日 (水)

結婚は素晴らしい-今年こそあなたも結婚してみては?! -

知人女性が昨年結婚した。

 


お会いする度に私たちを理想の夫婦と言ってくれる知人女性の書状にはこう書かれている。

 


いつもお優しくおだやかで大地のようなご主人様と、明るく華やかで周囲の人を楽しくさせる太陽のような奥様は私の理想のご夫婦です。

 


これからも私の理想の夫婦像を、これでもか!!と至近距離で見せつけてくださいませ。

 


お世辞半分であるにせよ、長きに亘り交際する恋人がいながら、知人女性は結婚を躊躇していた。

 


ところが、私たち夫婦と知り合い、私が主人の純朴で実直な人柄や心温まる主人とのエピソード、とっておきの話などを事ある毎に語ったことや、私たち夫婦と接したこともひとつのきっかけとなって、ようやく結婚に踏み切ったことは間違いないようだ。

 


私たちが「夫婦っていいなあ」、「結婚してみようかしら」と感じさせる存在となって、迷っていた知人女性を一歩先に進ませたとすれば喜ばしい。

 


結婚の素晴らしさ、夫婦愛の尊さ、配偶者のありがたさを強く実感させられる重要なことがらのひとつとして「」を挙げたい。

 


三途リバーのせせらぎが迫りつつある昨今、主人のコグちゃんに対する感動と感謝の思いは強まるばかり。

言葉につまって涙が流れる時もしばしばだ。

 


結婚式では「病める時も、健やかな(る)時も……これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くす ことを誓いますか?」と確認され、多くの人々の前で互いに変わらぬ愛を固く約束し、宣言して、誓い合う。

 


最近は諸説あるようだが、私が結婚した時は「病める時も」が「健やかな時も」より先に述べられた。

 


そしてこのことを私は特に注意して聴き、強く心にとどめた。

 


健康な時、楽しい時、裕福な時の愛情は当たり前と言えよう。

 


むしろ一方が病にある時、苦しみ、悲しみ、悩みのうちにある時、お金を騙し取られ財産を失うなどどちらかが困難に直面した時こそ愛情を注ぎ合い、支え合い、力を合わせて乗り越えるよう努力することが大切であると、結婚する者たちに説いてくれているととらえている。

 


私の通院時には必ず主人が同行してくれて診察室にも一緒に入ってくれる。

 


診察室に主人の座る椅子は用意されていない。

 


真冬の通院時は、着ぶくれた私のコートやジャケット、膝掛や温かい飲み物、タオル類、予備のマスク、除菌ウエットティシュ等などを入れた新年の福袋と見まがうばかりの私のための大荷物、傘立てのない病院では、雨の日に2本の傘までが所持品に加わる。

 


主人はそれら総てを両手に抱えたまま、診察室の片隅に、黙ってじっと立っている。

 


「前回虚血性腸炎で入院されたのは、いつごろですか?」

 


医師に聞かれた私は主人の顔を見る。

 


正確な数字を知っているのは主人だからだ。

 


コグちゃんが即座に答えてくれるから、私も自己の認識が正しかったかどうかを確認することができる。

 

次の検査日時や検査に伴う細かい説明も一緒に聴いていてくれるから安心だが、コグちゃん自身にとってはどんなに疲れることだろうか、どんなに大変なことだろうかと思わずにいられない。

 

それでも心細いからつい甘えて頼ってしまう。

 


診察が終わってもコグちゃんの役目が終わることはない。

 


名前が呼ばれると飛び出して行って会計をしてくれるのも、薬を取りに行ってくれるのもコグちゃんだ。

 


院内に薬局がない病院では、「疲れるからそこにいてよ。すぐ取って来るからね」と言うが早いかコグちゃんは目の前を立ち去る。

 


たすき掛けにしたカバンと普段用の古びた帽子を被った小走りの後姿が、既に遠のいた場所に見えている。

揺れながら小さくなっていく帽子に涙がとまらない。

 


診察室の中に口を固くむすんで立っている弁慶のような姿。

 


預けられた大量の荷物を守りながら検
査室の前で座って待っている心配そうな姿。

 


料金の支払いや薬の引取りに向かっている小走りの姿。

 


これらは決して楽しくない、何ら面白くもない行動であるだけに、申し訳なさと有り難さがない交ぜとなって、強く胸にこみ上げてくる。

 


もともと縁もゆかりもなく、血のつながりもない、まったくの赤の他人であった知らない者同士が、ここまで仲良くひとつ屋根の下で、毎日一緒に暮らし、相手のために全力を尽くそうと、厭わずに立ち働き、動くこと、自分のためだけでなく相手のために生きることの素晴らしさを強く実感させられるのが結婚の醍醐味であり、相手の心の美しさ、あどけない瞳の輝きなどに魅かれて純粋な結婚をした夫婦だけに与えられるご褒美が、互いの変わらぬ愛情、献身などであろう。

 


病を経験することでご家族の有り難さや配偶者の愛情に感動する人は決して私ばかりではない。

 


お若くして重篤な病と懸命に闘っていらっしゃる小林麻央さんのブログにアクセスしたご経験のある方は多いだろう。

 


市川海老蔵氏が唐突に妻である麻央さんの病状を世間に知らせた時、「こんなに可愛らしいお嬢さんが…」と私は絶句した。

 


ニュースZEROという番組のキャスターをされていた時、麻央さんの愛らしい姿を楽しみに視ていたからだ。

 


麻央
さんのお声は、決してわざとらしい作り声ではない。キンキンした、甘いだけの耳触りなハイトーンの声ではなく、自然体の、普通のお声だったから聴きやすくて、気取りのない誠実な印象とともに、その清潔さに好感を持っていた。

 


母校が同じであることも手伝って、いつか学園祭などに来てくれれば会えるかも知れないなどと勝手な期待を持たせてくれる、可愛らしい存在であった。

 


だから、そんな淡い期待を吹き飛ばしかねない重篤な病を知らせた海老蔵氏の記者会見は、「できることなら代わってあげたい……」と瞬時に思わせられたほどまでに衝撃的であった。

 


報道を知った全員が「神も仏もあるものか」と嘆き悲しんだに違いない。

 

そんな闘病中の麻央さんは、今年1月9日のテレビに出演されたそうだ。

 


知っていれば視たのにと悔やんだが後の祭りであった。

 


麻央さ
んは番組で役者・市川海老蔵をパートナーとして支えられるチャンスを神様ください、っていつも思うんです」と述べられたそうだ。

 


自分自身が重い病と闘っている最中の、過酷な、とてつもなく辛い身の上でありながら、それでもなおご主人を支えられるチャンスが与えられるよういつも祈っているという麻央さんの強い精神力と深い人間性に脱帽させられた。

 


数多くの女性との交際を繰り返して浮名を流してきた伊達男と言われる海老蔵氏だけあって、さすがに女性を見る目、女性を選ぶ目は養われていた、確かなものであったのだと納得した。

 


唯一無二の存在と決めた麻央さんは、外見の愛らしさや美しさはもとより、内面もここまで美しく清らかでありかつ強く真面目な、申し分のない女性であるからだ。

 


おふたりの夫婦愛の強さについては最早私が書くまでもない。

 


さらに、ご主人を立派に看取られて、ご自身のご経験に裏打ちされた貴重なツイートを日々精力的に配信しておられるミゾイキクコ氏は、昨年12月19日、女性についてこう述べられた。

 


突然の話しながら、女にとって幸せなことは、男運がいいことの様な気がする。

 


https://twitter.com/kikutomatu/status/810791414481027072

 


正に仰るとおりですと一も二もなく納得し承認する。

 


晩年になって、男性運、結婚運ひいては家族運が良いことの幸せを、私自身しみじみ味わいつつあるからだ。

 


そして「
男性にとって幸せなことは、女性運・結婚運がいいことの様な気がする」と言うこともまた可能であろう。

 


私はそう思っている。

2016年11月21日 (月)

死者を利用した「死人に口なし」の責任逃れは、最も見下げ果てた罰当たりな行為であると知れ-『故人情報』を尊重せず、死者は安らかにそっとしておくべきとの自明性すらも喪失した、嘆かわしい狼藉(ろうぜき)者たち-

喪中葉書の舞い込む季節。

 


淡々と書かれた行間に寂寥感が漂っている。

 


薄墨で印刷された侘し気な和花の絵柄など見ながらそっと手に取れば、

 


送り手の空しさがしんと冷えた空気とともに伝わってくるようだ。

 


たとえ亡くなられようと、故人は、遺族の中で鮮やかに生き続ける。

 


時に生前よりもなお激しく強く迫り来て、こみあげる愛しさとともに、夢の中から、あの懐かしい声や立ち姿とともに、あの笑顔で明るく話しかけてくれては、目覚めて知るどうにもならない現実に嗚咽をこらえることもある。

 


誰もが故人に、もう一度会いたい、会って話がしたいと思っているだろう。

 


故人を愛してやまない者たち、特に遺族には、故人の安らかな眠りを護り、その名誉を傷つけられない自由と人権とがある。

 


こうした遺族の心情は「故人に対する敬愛追慕の情」として、法的保護の対象にもされている。

 


心ない者どもは勝ち誇ったようにこう言うだろう。

 


「ふん、死者にはプライバシーなどないのさ」

 


「名誉毀損は虚偽の事実以外保護されないよ」と。

 


だが、死者に関するプライバシーつまり、こんな言葉はないが、『故人情報』こそ尊重してそっとしておくべき情報であり、これらについて、必要性も相当性もなく、もっぱら、遺族たちに精神的苦痛を加えることを意図した攻撃目的で、みだりに侵害する行為は、不法行為を構成するものとして認められ、手厚く保護されるべきであろう。

 


一方で「故人に対する敬愛追慕の情」とは真逆の、正にその対極をいくような「死人に口なし」という非情かつ非道な行為を、いともたやすく実践する者が存在する。

 

 

「死人に口なし」とは、「死人は無実の罪を着せられても釈明することができない。また、死人を証人に立てようとしても不可能である。」とデジタル大辞泉が説明するとおり、卑劣で狡猾な、唾棄すべき、軽蔑に値する行為である。

 


http://dictionary.goo.ne.jp/jn/99528/meaning/m0u/

 


「無実の罪を着せられても」

「釈明することができない」

「証人に立てようとしても」などと、裁判用語を伴う説明がなされている。

 


つまり「死人に口なし」を利用した行為が、民事訴訟における訴訟資料において顕著であることを初めて知った。

 


亡くなられた権力者に一切の責任を押し付ける目的で、当然の如く故人の実名を訴訟資料に挙げて、故人を一方的に訴訟に巻き込み、何につけ都合の悪い時には当該故人の名声と肩書をフル活用し、悪用しては切り抜ける訴訟活動を、やり場のない憤りとともに、私は知ったのである。

 


「死人に口なし」を「
故事ことわざ辞典」で見てみようか。

 


【意味】死人に口なしとは、死んだ者に無実の罪を着せても、何の釈明もできないことのたとえ。

 


【注釈】死者は何も語れないので、何の証言も釈明もできない。口のきけない死者は生きた者の思うように利用されやすいということ。

 


【用例】「死人に口なしで、妻は死んだ夫のことを言いたい放題だ。あんな夫婦にはなりたくないものだね」

 


http://kotowaza-allguide.com/si/shininnikuchinashi.html

 


死者は何も語れないので、何の証言も釈明もできない。口のきけない死者は生きた者の思うように利用されやすいということ。

 


これだ。

 


これなのである。

 


ワルども、特に嘘つきどもは、どこまでも他者を利用してのさばり、生き永らえている。

 


利用価値のある者を口車に乗せておだて上げ、上手に動かして使い捨てするばかりがワルどもの手口ではない。

 


たとえ故人となられた死者であろうと、否故人となられたからこそ、思いどおりに動かし、好き勝手に利用して、あの方からこう言われました、あの方からああお聞きました、などと気楽に故人の実名をあげるとともに、故人の言動に全責任を押し付けて恥じないのである。

 


生前は「尊敬する」、「敬愛する」、「飛びぬけて素晴らしい」、「あこがれの」などともっぱら褒めそやし、持ち上げ、あからさまに褒め殺しにして、利用に利用を重ねてきていながら、それだけではまだ足りなかった。

 


死して故人となられてもなお解放せず、そっとしておいてさしあげることもなく、今度は「死人に口なし」を利用して都合の悪いことがらの一切を故人の口から出た言葉、故人の取った行動として、自分自身の言動については固く口をつぐむ。

 


そして,責任の総ては故人にあるとして押し付けて、安らかに眠っておられる何の罪もない故人の名を借りて、都合の悪い言動の実践者に仕立て上げて肩代わりさせて押し付けてしまう。

 


神をも畏れぬおぞましい行為である。

 


憤りと同時に言葉を失う。

 


ワルもここまで来ればたいしたもの。最上級と言えるだろう。

 


次から次へと繰り出される責任逃れ。

 


どこまでも自己を庇い擁護する肥大化した自己愛。

 


自己保身のためとあらば、汲めど尽きぬ泉のように湧き上がる豊富な悪知恵。

 


こうした悪徳の数々は一体どこでどうやって身に着けたのだろうと驚き入り舌を巻くばかりだ。

 


故人に責任を押しつける一方で、当の本人は別世界で発生している他人ごとの如く無関係を装い、無反省で、よく食べ、よく飲み、よく騒ぎ、枕を高くしてよーく眠っている無責任で嘘つきで見栄っ張りでとことんがめつくお金儲けに目が無いワルどもは、こぞって口が巧みで、世間を上手にだましながら、調子良く世渡りしている。

 


まことしやかな「死人に口なし」で切り抜け、何ごともなかったようにやり過ごして涼しい顔でスルーしていく、うわべだけキレイキレイの生き方が、誰からも見破られず、誰からもお咎めなしで、やすやすとまかり通って来たのだろう。

 


だから、これからも続けて行くだろう。

 


だが、少なくとも、この私が許さない。

 


「死人に口なし」を利用し実践するワルどもの見下げ果て腐り切った根性の醜悪さは、その事実を知られたが最後、いかに口先で綺麗ごとをさえずり取り繕おうと、誰も許しはしないだろう。

 


私はそう思っている。

2016年10月 1日 (土)

あなどれません。声なき声……-「ダーティハリー」と「キューティハニー」-

鏡の前の椅子に誰かが座っていたためしがない。

 


そんな美容院だった。

 


たまに通りかかる道に面した、うなぎの寝床のような細長い店。

 


店内に長い髪の女性がひとり。経営者だ。

 


誰も来なくていいわよ。そんな顔つきだった。

 


やさぐれたオーラをチラチラ発して強がりを見せてはいた。

 


だが私は感じていた。本当は来てほしいのでしょう?

 



独身時代の私は道楽者だった。

 


贔屓にしている美容室やエステならいくつもあった。

 


だが、たまに立ち寄ってみるのも悪くはないだろう。

 


そう思い立って入って行った。ふらりと。

 


酒場のスウィングドアを開くガンマンのように。

 


長い髪のやせた女性はさして嬉しそうな顔も見せず

 


「いらっしゃい」とゆるく言った。

 


私自身、話すのが嫌いとは言えない。

 


何よりも人を笑わすユーモアには密かに自信がある。

 


婆さんになった今では何の得にも自慢にもならないが、

 


高校時代には、文化祭の出し物を一手に任されて、校長先生を初参加させ、
卒業生を送る会のシナリオを書いて舞台に立ち、生徒会の応援演説で熱弁を奮うなど、人を笑わせることにかけては名人級と誰もが認める存在であった。

 


そんな私が年々静かになり、無口な男女ばかりを好きになっていった。

 


理由のひとつには、「ハイテンション」という名の絵から飛び出したようにせせこましく、口から先に産まれて来たような者からこっぴどい目に遭わされたせいもあろう。

 


気後れせずに入れる店で髪を洗ってもらい、ぽつりぽつりと話す女性経営者と、話したければ話し、話したくなければ黙っていさせてくれる空間に、寛ぎを感じていた。

 


Easy come easy go
の逆もまた真なのだろうか、

中々に開かない扉をぽんと開けたら一面ガラス張りだったみたいに、その女性経営者は船乗りの男性との激しい恋と、のちには包丁を持ち出したことを、静かに語ってもくれた。

 


それは、私が立ち寄ると自然に笑顔を見せてくれるようになっていた頃に起こった出来事であった。

 


女性経営者の店の名が「ダーティハリー」という名前だったとしようか。

 


彼女の店の真ん前に、「キューティハニー」といった名の、語呂も語調も「ダーティハリー」にそっくりで、しかも女性ひとりでやっている美容院が、新規開店したのだった。

 


いつものようにぽつりと女性経営者は言った。

 


「よくできるよね……

 


これ見よがしに店の前の道に面して置かれた大きな花輪や外からも気づく室内の胡蝶蘭が、太刀打ちのできない人気の差を思い知らせていた。

 


同じ立場なら私も嫌がらせとしか思えなかっただろう。

 


「ひどいね!」私も言った。

 


「ねえ……」もはや声とは呼べなかった。

 


「あの店(キューティハニー)いつかつぶれるかも知れない……」ふと心をよぎったが開店したばかりなのにそんなことある筈がないと打ち消して口には出さなかった。

 


ほどなく、当然の成り行きで、「ダーティハリー」は閉店の憂き目に遭った。

 


たまに通りかかると「キューティハニー」の店内には誰かしら客がいるようであったが一見して幼稚な店先から中を見る気にもならず、足早に過ぎるばかりであった。

 


何年か経ったある日、銀座三越前の横断歩道を歩いていると、「ベラさん」と呼び止められた。

 


見ればあの女性経営者であった。

 


「今○○〇のエステをやっているの。来てくださいね」と大手化粧品会社の名刺を渡された。

 


明るい声に安心した。

 


再会を喜び合い、手を振りながら、あちらへこちらへと別れて行った。

 


結婚していた私は、独りで楽しむことにお金を使わなくなっていた。

 


今の私はコグちゃんと二人で楽しめるような趣味しか持っていない。

 


だから申し訳ないが、独りでエステに行くことはないだろう。

 


何年か経ったある日、「ダーティハリー」の店の近くをタクシーで通過する機会があった。

 


「キューティハニー」を目で追いかけると、美容室ではない別の店の看板が出ていた。

 


「つぶれるかも知れない……」私がそう思ったのは何年か前であった。

 


それは、他人の心情を無視したやり方に嫌悪する内心の怒りの声であった。

 


心ないやり方を平気で実行することの出来る心ない者への憤りの声である。

 


声なき声の力が叶ったのだろうか?

或いはどこかへ移転しただけかも知れないが。

 

 

 

さりとて、こんな例もある。



まだ婆さんでなかった頃、私は、日本IBMと闘っていた。


巨悪や絶対的権力者と出遭い、そして闘うのは私の宿命だろうか?!


セクハラがひどい、パワハラで泣いている社員は数知れない、


聞こえのいい会社で名前だけは超一流でも、社内は乱れている、


お金に汚い、女性に汚い、


マナーはない、教養と品格に欠ける、


そんな社員が跋扈して社内の空気を汚していたことは事実である。

 


当時正社員だった私は、日本IBMというお金も力もあり、イメージも良い、何から何までまったく勝ち目のない、『外面は100点満点の巨悪』と闘い、当然の如く完敗した。

 

日本IBMの内情が露見することなど未来永劫に亘ってあり得ない。

 


いついつまでも外資系大手IT企業のトップとして「天下のIBMさん」と呼ばれ続け、社内の品の無さを秘匿し続けるであろうと諦観するしか成す術はなかった。

 


だが、「隠蔽された企業体質が明るみに出るかも知れない」と声なき声でささやき続けていたこともまた真実だ。

 


否、「IBMの悪事が社会に知れ渡りますように」と願っていたと言った方がより正確かも知れない。

 


すると、どうだろう。

 


2012年8月22日の朝、JR四ツ谷駅のエスカレーターで、日本IBM社長であり最高顧問であった大歳卓麻氏が、女性のスカート内を盗撮した容疑で逮捕されるという事件が飛び込んで来たのだ。

 



当時社長だった大歳氏と私は社内メールや文書のやりとりをしたこともあり、退職する直前には社長代理のM氏や労務のS氏と会議室に詰めて、延々4時間に亘りバトルを闘わせたこともあった。

 


トップであった当時から大歳社長に盗撮癖があったとすれば、社内に蔓延するハラスメントを伝えたところで見て見ぬふりをされるのが自然であり、組織が浄化されなかったのは当然であり必然であったと言えるのではないか。

 


声なき声から10年以上が経ち、IBMは今やブラック企業のお仲間入りを果たした。絶対的強者であるIBMのパワハラに怒りの声を上げて、訴訟を提起する社員たち(弱者)は増え続けている。

 



巨悪や絶対的権力者に対する小さな声なき声が無駄になることは決してない。

 


たとえ今はどうにもならないとしても、今、直面している絶対的権力者のズルさ、汚さ、醜悪さについて確実に知り得ているならば、狡智に長けた権力者とそれに群がる家族や配下、権力者から目にかけてもらって、仕事のおこぼれにあずかろうとする情けない腰巾着どもの実力の無さや汚さを知る人たちも確実に増えていくこととなる。

 


そして、いかに悪知恵を駆使しても、馬脚を現す日がやって来るかも知れない。

 


権力を利用したあからさまな不正行為。

 


ばれることのない裏工作。

 


証拠の取れない露骨な密談。

 


水面下での密約等など、

 


さまざまな悪巧みを積み重ねて、

 


向かうところ敵なしの仕組を構築している、

 


笑いがとまらない者たちは、


今日も枕を高くして眠っている。

 


それでも「待てば海路の日和あり」という言葉を信じよう。

 


ダーティな権力者らに対して、

 


何の力もない者の、小さな、声なき声が、

 


天罰となって下る日も来るかも知れない。

 


だから、今、私は、内心こう思っている。

 


「父親の死後、あの…つぶれるかも知れない」と。

2016年7月27日 (水)

最も醜悪な弱者イジメの言動

見栄を張るために整形をして

 


そのメインテナンスのために

 


しばしば同じ国ばかりを訪問し,

 


写真を見せずに,旅のレポートを重ねる者……

 


発熱した子どもを,翌日の日中に

 


己のエゴで連れ回わして外食をさせ,

 


食べ物屋さんで嘔吐させ,熱をぶり返させて

 


長時間並ばなくて済む夜間救急で診療を受けさせる者……

 


思わず,親の顔が見てやりたくなる。

 


そうした者たちは,

 


自分のことしか考えられないナルシストであり

 


本人と家族以外の誰もが気づいている愚か者たちである。

 


だが,そうした,馬鹿者,くだらない者,幼稚な者への怒りなど

 


かすんでどこかに行ってしまう程までに

 


比較しようもなく,どうしようもなく悪質な者がいる。

 


それは,言うまでもなく,弱者イジメをする者だ。

 


しかも,口頭や文書のみならず,

 


実際に,暴力をふるう者,殺人を犯す者である。

 


さらに,無抵抗で動けない弱者を狙っての,計画的な大量殺人。

 


これはどんな悪事をも凌駕する,想像を絶する狂気の業である。

 


これを機に,ずっと思っていたことを書こう。

 


ネット上にも,弱者に対するイジメや攻撃の言論が溢れている。

 


弱者の訴えを代弁すべきジャーナリストたちも

 


切れ味のいい清々しい言論や

 


まっすぐだった初心を忘れて,

 


強い者や権力に阿った記事を平気で公開するようになる。

 


お金にでも転ぶのだろうか?

 


情報や仕事を回してもらえるのだろうか?

 


論客を自認しているらしき好戦的・高圧的な者が

 


コメント欄やツイートを利用して,激しく攻撃するのは,

 


著名人でもない。

 


悪人にも見えない。

 


もっぱら,激越でもない,言論のたどたどしい人。

 


名もなき弱者である。

 


自分より弱い者と見れば,

 


ささいなことでヒステリックになり,

 


一方的に攻撃を仕掛けているのだ。

 


これだから,

 


強者たちや権力のある者たちばかりがのさばる。

 


私腹を肥やす。

 


巨悪が幅を利かせてふんぞり返る。

 


ワルたちにとって住みやすい社会が拡がっていく。

 


強い言論を誇る攻撃的な論客たち,

 


そしてジャーナリストは,

 


自分より強い立場にある者や

 


権力のある者たちに対してこそ,ペンの力を奮うべきだ。

 


強者や巨悪を叩いてこそ,批判の言論は生きる。

 


そうした者たちの悪をこそ,徹底的に書くことだ。

 


弱者を上から目線で見下した態度や行動…

 


そしてそれに伴う言論ほど醜悪なものはない。

 


私はそう思っている。

2016年2月14日 (日)

妻への信頼感を、夫である人物は、こう表現した

アラビア石油という少人数の家族的な会社に勤務していたことがある。

 


大好きだった会社はアラ石(あらせき)と呼ばれていて、

丸の内中通り「士ビル」の2フロアが就業場所だった。

 


周辺には美味しいお店たちが待ち構えていた。

 


ランチだけで帰宅するのは物足りなくて、

次第に夜のお食事も楽しむようになった。

 


時には親友と、時にはあこがれの男性と、時代ごとに移りゆく素敵な方たちと

当時の私が繰り出したのは、専らフランス料理のお店だった。

 


アピシウス、ロオジェ、ベルフランス、レカン……

 


シグナスビル8階の「ベルフランス」では、ついつい食べ過ぎても、爽やかに

帰宅のできる、実に軽いお料理が提供されて、素晴らしい技を実感し堪能した。

 


彫刻のようにととのった風貌の建築家と訪れた「トゥールダルジャン」。

 

ヴィスコンティ映画さながらの風格と重厚さをたたえた別世界であった。

 


ウェイティングバーで誰かを待つ時間も格別だった「オテル・デゥ・ミクニ」。

 

繊細なテーブルセッティングと創意工夫の品々は印象派の絵画にも似て視覚を喜ばせた。

 


気軽に利用したのは、パリの朝市、ビストロシェモア、ボファンジエ、FEU。


隠れ家のような「ビストロシェモア」の2階席が好きだった。


今はもう訪れることのできないお店もある。

 


和食が一番となった今も忘れ難いのは、主人と訪れた「シェ松尾青山サロン」。

 


言うまでもなくフランス料理にはマナーが必要とされる。

 


それなりの服装と会話のセンス、そしてフランス語がいうところの「エスプリ」

=「フランス的精神」として多少なりとも才気が求められているかも知れない。

 


フランスの似合う女性は誰にとっても永遠の憧れである。

 


その代名詞のような岸恵子氏。

 

http://www.my-pro.co.jp/kishi/index.html

 


高校の後輩である中村江里子氏。人気に陰りをみせない中山美穂氏。

 


いずれもひとり歩きのできる群れない女性、


甘えのない女性、


孤独を楽しめる寄りかからない女性、


べたつかない、ちょっぴり乾いた女性が似合う。

 


下記に紹介する人物の奥様は、そんなパリで長く暮らしたことがあって、

フランス語もお話しになれるそう。

 


お食事の味をこわさず、大切にして、そっと控えめながら、長く酔わせてくれる、

質がよく品のいいお酒のような、そんな奥様であれと願う。

 


私の読み方が正しければ、下記に述べられている


「フランス文化ぜんたいへの信頼感」とは、


すべからくこの人物の現在の奥様への信頼感ではないか。

 


私はそう思っている。

 


http://www.newsdigest.fr/newsfr/features/6438-natsuki-ikezawa-essay.html

2015年9月19日 (土)

愛すべき瞬間湯沸かし器-塩川正十郎先生のご冥福をお祈りいたします-

塩川正十郎先生は2004年から2010年まで関西棋院の理事長であられた。

 

そのため、主人がアマチュア七段段位を取得した2006年とアマチュア段位最高峰の八段段位を取得した2007年の授与式並びに懇親会で、二度にわたりお目にかかる栄に浴したのだった。

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2007年は、会場が前年のリーガロイヤルホテル大阪から、リーガロイヤルホテル東京に移ったこと、さらに同ホテルにおける八段免状を塩川先生から贈呈していただいた合格者が主人だけであったこともあって、鮮明な思い出とともに、感激はひとしおであった。

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記念写真をお願いしますと駆けよれば、寛大なお人柄がにじみ出てこられるように自然な笑顔で応じてくださった塩川先生だったが、過去におかれては血気盛んであらせられ、「瞬間湯沸かし器」と言われたこともおありだったという。

Photo_5


Rijichoto11_2

http://kansaikiin.jp/s-archives/pdf/20041205_sankei.pdf

 

しかしながら私は思う。

 

瞬間湯沸かし器上等と。

 

 

なぜなら、我慢することの出来ない怒り、正当な怒りであれば、早いうちに伝えるべきであって、ためこめばためこむほど汚くなると思うからだ。

 

 

怒るべきことに対しては、怒るべき時に、しっかりと形にして、その都度けじめをつけ、納得のいく形で着地させて、それから前に進んで行かねばならない、そう思っているからだ

 

 

塩川先生には損得勘定も計算も打算もおありにならなかったのだろう。

 

 

だからこそ、怒りという感情を率直に表し、心にとどめおくことなく、腹に一物なく、清々しさと温厚さを保つことが可能となり、滋味に富んだ表情で私たち夫婦にもあたたかく接してくださったのであろう。

 

 

塩川正十郎先生との二度のお目もじは、正当な怒りであれば明確に表明せよ、そう私に教えてくださったように感じられる。

 

 

このことは、腹に据えかねる感情が生じた場合は、出来るだけ早く、当事者同士で解決せよということでもあると思う。

 

 

通常は、取り敢えず当事者である相手に連絡を取り、率直な思いを伝えて、意見交換や話し合いによって問題を解決しようとするのが普通の人間であり、それが大人の考えであり、常人の態度であろう。

 

 

怒るべき時に瞬間湯沸かし器の如く怒ったとしても、後はさっぱりと忘れて、笑顔で握手の出来るような関係を築きたい。

 

 

それが出来ない人間は小さい。

 

 

自力では必要な喧嘩ひとつ出来ず、総てを他者の責任にして、お金お金と権力者を利用して抱き込み、いつでも自分は一番楽をして、他者を巻き込んで大騒動を繰り広げずにいられないような人間は、最低の屑だ。

 

 

私はそう思っている。

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