音楽

2015年1月26日 (月)

フォトギャラリー-「本物の優しさをありがとうございました」-大藤由美子さんを偲んで


スキーよりウイスキーの似合う人たちばかりが参加しました。

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アラビア石油の忘年会。全員が参加されて大変盛り上がりました。

 幹事だった私の選んだ会場は「ピアノサロンプロイセン」でした。

 

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立教女学院高校の同窓会。初めて4クラス合同で開催しました。

 

発起人は私。100人近く集まって大成功だったのも由美さんが

 

一緒にいてくださったからですね。


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由美さんは私たちの結婚披露宴でもピアノを弾いてくださいました。

 

エンジェルちゃん(主人)と私は「ゴッドファーザー愛のテーマ」を

 

熱唱しました。エンジェルちゃんは今も変わらずエンジェルちゃんのまま、

 

まっすぐに生きています。

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まだまだ生きていらしていい年齢。善人はどうして早く亡くなるの。

 

なぜ、もう一度お会いしたい、お話ししたい人ばかりが亡くなるの。

 

感激家の由美さんに、富士山とか海とかお見せしたら、何て言ってくれたかな。

動物が大好きな由美さんに、りすちんとかぷくちゃんのお話ししたかったのに。

 

温泉にゆったり浸かって、じっくり温まって、うちで静養したら良かったのに。

 

 

泣き言と繰り言がとまらない。

 

ごまかすために、お酒を飲むことも、できなくなりました。

 

 

 

由美さん、忘れません。いいえ、忘れることはできませんよ。

 

本物の優しさをくださった、あたたかい、由美さんのことを。

 

2015年1月23日 (金)

信じられない出来事

美しい年長の知人女性が昨年亡くなっていたことを知った。

 


先日拙ブログに書いたばかり。


そう。「根深いね」と言ってくれた、あの女性である。

 

歌が好きな私は、独身時代「ピアノサロンプロイセン」というお店に行くのが好きで、移転する前のお店に、時には家族と、時にはアラビア石油の諸先輩方などと、しばしば足を運んだ。


アラビア石油の忘年会をプロイセンで開き、部の全員が歌を披露して盛り上がったこともあった。

 


常連客で、とてもおとなしい白髪の紳士は、元衆議院議員で大臣も歴任された中尾栄一氏であった。


中尾氏はトマトジュースを片手に、「ラモーナ」という曲を唄っていらした。

 


その女性が弾くグランドピアノの周りには、いつも、押しも押されもせぬお偉方が、肩書きも役職も忘れて、どこにでもいる歌の好きなおじさまのひとりになり、その女性から優しく名前を呼ばれると待ち焦がれていたかのようにその女性の横に立って、褒めてもらいたい一心で得意の曲を披露していた。

 


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E5%B0%BE%E6%A0%84%E4%B8%80

 


お客さんの誰もがその女性を好きだった。

 


だからそのお店に通っていた。

 


20代の私もその女性を好きな客の一人だった。

 


いつも優しい言葉をかけて可愛がってくれていた。

 


口先だけではなく、行動と心とがともなっていた。

 


そのお店は、雰囲気も客層も良かったから、安心して過ごすことが出来た。

 


http://ameblo.jp/hira-chi1179/entry-11019429648.html

 


プロイセンが主催したスキーツアーにも参加した。

 

貸切バスで出かけ、宿泊先は草津のナウリゾート。

 


バスの中で寝ている私に、「風邪をひかないように」と優しく、そっと何かをかけてくれたのも、その女性だった。

 

http://www.kusatsu-now.co.jp/contents/baths/

 


夜中に二人でこっそり露天風呂に行き一緒に歌った。

 


でも、私たちは、一体、一緒に何を歌ったんだろう……

 


プロイセンが主催した学芸会(歌の発表会)に、私は昭和57年(1982年)から参加するようになった。

 


平成8年(1996年)に参加した時、「いくつになっても『〇〇〇ちゃん』と呼んでしまう可愛らしいお嬢さんです」と優しくその女性から紹介された私はすっかり照れて舞い上がってしまった。その時の動画がある。

 


「リリーマルレーン」


「ビギンザビギン」


「ケサラ」


さまざまな曲を覚えては歌った。

 


その女性から新しいプロイセンがオープンしたとの知らせを受けて、コグちゃんがお花を持ってお祝いに出かけた。

 


主人はその女性から『エンジェルちゃん』と呼ばれていた。

 


「ふと気づくと、さり気なくそこにいる、天使のような人ね」と優しく言ってくれた。

 


亡母の葬儀にも、亡母の納骨にも、私とコグちゃんの結婚式と披露宴にも、私の初の自費出版を記念してホテルオークラで食事をした時も、


その女性は姿を見せてくれた。

 


まだ大きかった頃の拙宅にもよく遊びに来ていた。


泊まりに来て、母の前で泣いていたこともあった。


京王プラザの「南苑」で一緒に北京ダックを食べた。

 


平成25年3月、新しいプロイセン8周年記念パーティに誘われた。


でも、行かれなかった。

 


だからって、別に気にもとめてはいなかった。

 


だっていつもその女性は元気だった。


いつでもお会いできると思っていた。


だから会わなかった。

 


だからって、会わなくていいことなどなかったのだ。


どうしてもう一度お会いしておかなかったのだろう。

 


由美さんの伴奏でもう一度歌いたい。どんな曲でもいいから……

 


出会った時から最後まで優しくしていただくばっかりだった。

 


心よりご冥福をお祈りいたします。

 


http://www.h5.dion.ne.jp/~kotaroh/prs/pru_stuff.htm

 

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