趣味

2013年9月18日 (水)

「誹謗中傷」とは

誹謗中傷」とは、

根拠なく他人をけなすこと・事実無根の悪口

 

批判」とは、

人の言動・仕事などの誤りや欠点を指摘し、

正すべきであるとして論じること。

 


批評」とは、

物事の是非・善悪・正邪などを指摘して、

自分の評価を述べること。

 

 

意味がわからない言葉や、

 

区別のつかない言葉があれば、

 

国語辞典で調べましょう。

 

 

2013年1月 2日 (水)

2013年・歌い初め -私が最も好きな歌手-

新年の歌い初めに、お気に入りのアクセサリーをつけて、

お気に入りの曲を、おうちカラオケで歌って遊びました。

越路吹雪さんの「サントワマミー」と

高橋真梨子さんの「for you……」です。

越路吹雪さんをご存知でいらっしゃいますでしょうか?

亡くなられた越路吹雪さんは、私の最も好きな歌手です。


ペーソスとアンニュイに満ちた、伏し目がちのせつない表情で

むせび泣くように歌われる姿に、子ども心ながら魅了されました。

 

越路吹雪さんの歌にきれいごとはありません。


どの歌からも、さまざまな女性の姿がくっきりと浮かび上がります。

いやおうなく女性のドラマを見せつけるように歌い上げていました。


私の歌は下手の横好きで、お耳汚しではございますが、

よろしければお聴きください。

2012年5月 5日 (土)

本日の苦痛度、おいくつですか?

何が好きって歌が大好き。

「好きこそものの上手なれ」という言葉が正しいとすれば、

私は歌唱が上手なのかも知れない。

お世辞であれ、社交辞令であれ、よく褒められもした。

丸っきりのでたらめでも、真っ赤なウソでもあるまい。

それにつけても昔のビデオなどを観れば赤面ものである。

今の方が正確に音を追いかけて丁寧に歌える自信がある

歌に対する私ならではのこだわりとして、良い歌だと感じたら

なるべくその国の言語で歌うという思い入れが挙げられる。

それは、教養のみならず、情操面においても、女性として完璧に近かった美しい亡き母の影響もあるだろう。

亡母がピアノで奏でたり、口ずさんだりする「トロイメライ」「グノーのアヴェマリア」「G線上のアリア」の旋律には、何とも言えぬ思いとともに幼な心が震えた。

名曲の調べに寄り添う思いは、私には過ぎた母への敬虔の念ではなかっただろうか。

私が気軽に楽しく聴くことが出来たのは、弾き歌りをしてくれた「おおスザンナ」「庭の千草」「夢路より」「歌の翼」であり、「サンタルチア」「帰れソレントへ」「オーソレミオ」といったイタリア民謡であった。

亡母のピアノに合わせて、二人で「アロハオエ」を合唱したことは、何と甘美な思い出だろうか。愛情を伴った息がぴったりのハーモニーは、ただの音合わせより美しく上手に聴こえるように思う。

 

 

社会人になってからは、コンサートに出かけたりピアノバーやライブハウスに連れて行っていただく機会が増えて、プロの方の歌を聞いているうちに、好きな曲を暗唱するようになった。

最近こそ衰えたものの、その昔、私の記憶力は他の人の比ではなかったから、歌詞は自然と頭に入っていった。

異国情緒漂う言語で歌うことが高尚に感じられて、悦に入り、酔い痴れながら趣味で歌う曲のレパートリーは増える一方だった。

 

 

この病は膏肓に入り、結婚後の私は、主人にもその国の言語で歌う喜びを伝えようと試みた。

「サンタルチア」「オーソレミオ」に始まり「夢見る思い」「ラノビア」「太陽は燃えている」……今も覚えてくれているか、唄えるのかどうかはさておき、もう何曲お教えしたことか。

そして、目下主人はこの曲に取り組み中だ。

適当に歌ったらやり直しをしてもらう。

「ええっ?また?」と悲しそうな主人。

「カンツォーネの特訓は辛い?」と聞くと

「特訓っていう訳ではないよね、ハハハ」と笑っている。

「最大苦痛度を5としたら、いくつくらい?」おそるおそる尋ねると、

すかさず「」との答え。

かわいそうだが仕方がない(笑)

 

 

歌詞を印刷した紙にブレスをするところや強調するところを書き込み、

曲の意味を解説して歌ってもらうと、ずっと上手くなった。

そこで、「今日の苦痛度は?」

4.5かな」ですって……

歌詞カードを見ないで歌える日まで、頑張れコグちゃん!

2012年4月30日 (月)

フォトギャラリー・「こだわりの品」など

「アマノなんか」にもこだわりの品はいくつかあります。

既にこのブログで紹介した「ゲラン」の化粧品も

そのひとつです。

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Photo_2

これは、まさに「お顔につける香水」!

担当してくださったデパートのBA(美容部員)さんに

こう話すと、

「その表現使わせていただきます!」と喜ばれました。

「ゲラン」は結婚式と披露宴で利用したホテルで

ブライダルエステを受けた頃から愛用していました。

コスメデコルテやクレドポー、エスティローダも

併用していますが、やはり「ゲラン」の香りには

抗いがたいものがあります。

香料が入ったお品でも気にならない方には、

断然おススメしたい逸品です。

 

 

スーツは「ミスアシダ」で買っています。

古くは、中学校の謝恩会で着たワンピースが、日本橋高島屋で購入した

「ジュンアシダ」(「ミスアシダ」芦田多恵さんのお父様のブランド)でした。

http://www.jun-ashida.co.jp/ma-jap.htm

「ミスアシダ」の7号サイズがぴったりだったのですが、

体調を大きく崩してからというもの7号でも大きくなってしまいました。

小さなサイズが少ないうえに、こちらではお直し代金が無料のため、

詰める箇所が多すぎて、あまり職人さんの手を煩わせても申し訳ないと

感じたりしていました。

ですが、主人の用事で外出する予定が多くなったため、

少し厚手ながらも春先に着ることの出来る上品なスーツが

見つかったので試着してみました。

すると、婆さんの私が着てもおかしくなかったので直ちに購入!

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でも、スカートは5号サイズのお作りがなかったので、

目下詰めていただいているところです。

配送していただき、届いた上のジャケットの中に、

担当者の方のメモが添えてありました。

 

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「ミスアシダ」は、生地の良さや仕立ての丁寧さ、

レースなどをあしらった上品なデザインに加えて、

接客をしてくださる方の可愛らしさや優しさも私好みで、

購買意欲を誘うポイントとなっています。

スカートのお直し上がりが今から楽しみです。

GWには、お買い物や外食をなさるのも良いのではないでしょうか。

私たち夫婦は和菓子やおそばが大好きで、

よく買ったり食べたりしています。

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小さなどら焼き

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おかめそば

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おろしそば

毎日食べるお米やお水、パン、バター、リンゴなども、

こだわりを持って選んでいます。こちらにつきましては、

機会があれば、主人の許しを得て公開したいと思います。

2012年1月21日 (土)

つくり話はどうぞ家族と

「待ち受け画面はどうぞ笑顔で」というブログを下記に貼り付けよう。

 

>表参道の駅で、ホームへと降りる閉まりかけたエレベータを見送っていると、いきなり突き飛ばされてしまいました。一瞬何事が起こったのかもわからずキョトンとしていると、

 「あなたがモタモタしているから乗り遅れちゃったじゃないのよ、どうしてくれる気?」
 「も、申し訳ありません。でもすぐにまた来ると思いますから。お急ぎなんですか?」
 「あたりまえじゃないのよ。あなたみたいにニコニコしてる余裕はないのよ!」

 あまりの強い口調に驚いていると、たたみかけるように今度はこんな言葉が降りかかってきました。

 「あなたみたいにねえ、恵まれている人とは違うのよ! あなたなんか不幸になればいい!」

 えっ? なぜ? なぜ? 今たまたま会ったばかりの人がどうして恵まれているか、いないかわかるの? そりゃあまりに一方的じゃあありません? ええ、ええ、確かに私は恵まれていますとも。大切な人がたくさんいますから。でも、だからと言って見ず知らずの人に 『不幸になれ!』 はないでしょう?

 と、内心啖呵の一つも切りたくなり、こわごわ顔を上げてみれば、サングラスで目を覆ってはいるものの眉間に皺を寄せ、全身がトゲトゲギスギスした鎧で覆われています。まるでハリセンボンのよう。確かにどう見ても恵まれている人のようには見えません。私がもし幸運の女神だとしても、きっと避けて通ります。

 突き飛ばされて左肘から滲み出した血に気がついて、とうとう私も言ってしまいました。そして、イライラと足踏みしながらエレベーターが上ってくるのを待っているハリセンボンさんを残して、重いキャリーバッグを手に階段を下りました。

 「ニコニコしているからいいことがあるんです! だから恵まれるんです! あなたもニコニコなさったらよろしいのに。」

 先日、朝日新聞の人生相談で46歳の主婦の方からこんな悩みが寄せられていました。

 「幸せな人たちを見ると私自身どうも落ち着きません。人一倍他人の不幸を望む気持ちが強く、悩んでいます。」
 これに対して、作家の車谷長吉さんがズバリ、

 「あなたは一生救われません。あなたには人生の不幸を乗り越える力がありません。愚痴死が待っているだけです。あなたには一切の救いがないのです。」

 まあまあ、こうも明瞭にきつい言葉を言い放つ車谷さんの勇気にも驚きましたが、それほどにこの相談者の悪意は救いようがないと思われたのでしょう。

 一晩たって冷静に考えてみれば、あの表参道の女性は何て不幸なんだろう、と言う思いが湧いててきました。 「かわいそう」 という言葉は、自分はそうではないという安心感を前提にした不遜な表現だという方がいらっしゃいましたが、それを承知で、やはり 「何てかわいそうな方なのだろう。」 と思ってしまいます。

 「人を呪わば穴二つ」                              と言う諺があるように、やっぱり人の不幸を望んだり、恨んだり、悪口を言いふらしたりしていれば、おのずとそれがその人のふだんの表情や立ち居振る舞いに表れてきます。そんなハリセンボンのマイナスオーラは人を遠ざけるばかりです。

 人生、思うようにならないことや、つらいこともあって当たり前。でもやっぱりニコニコしていたいと思いません? 待ち受け画面は笑顔にしたいと思いません? 幸運の女神を呼び込むためにも。世の中にはこんな美しい花々が咲いているのですから。

 

上記には,

>「確かに私は恵まれていますとも」

>「ニコニコしているからいいことがあるんです!

>あなたもニコニコなさったらよろしいのに。」と言ってしまいました。

 

と書かれている。

 

しかしながら,どんな時期にあっても,恵まれていて,

いつ何時でもニコニコしていられる女がいるだろうか?!

 

その女だって,かつて,そう遠くない過去において,

ニコニコなどしてはいられなかった時期があったという事実を,

そして,その女が恵まれてなどいなかった過去が確かに存在した事実を,

その女自身が,「かわいそうな女」であったという厳然たる事実を,

その女はどこかに置き忘れてはいないだろうか?

 

お許しいただけることではないと思います」など

他人に書かなければならないような過去がその女にあって,

もし,その事実を心から反省しているとすれば,

軽々しく

「ええ,ええ,確かに私は恵まれていますとも」

「ニコニコしているからいいことがあるんです」などと

平気で書ける立場ではないだろう。

 

そもそも,表参道の駅で起こったとされるこの話だが,

初対面の女性が,

ニコニコしている女性に対して,

衆人環視の場に留まり続け,

「どうしてくれる気?」

「あたりまえじゃないのよ。

 あなたみたいにニコニコしている余裕はないのよ!」などと,

一方的に言いがかりをつけた挙句,

何と,最後になって

「あなたみたいにねぇ,恵まれている人とは違うのよ!

 あなたなんか不幸になればいい!」と,

きわめつけの暴言まで吐くことなど,

経験則から申し上げても到底有り得る話ではない。

 

つまり,この内容自体が著しく信憑性に欠けるものであり,

車谷長吉という作家の人生相談の回答を紹介したいがため,

強引に結論へと結びつけた作り話としか判断できない。

 

その女は,「皿洗い」をしていたと虚偽の内容を平気で書き,

それをどこまでも読者に信じ込ませようとするために,

職場の人との架空の会話までブログに持ち出してくるような

あざとい女だから,同様の捏造を行なったに違いない。

 

自らが幸福をつかんだと感じた途端に,

恵まれない人間を軽んじる発言をして,

「ニコニコしているから恵まれるのだ」などと

具体的根拠に欠けるまやかしに近い人生論を

展開してはばからないその女は,いかに粉飾しようと,

底の浅い嘘つきな,上から目線の人間でしかない。

 

このような女が

自称「インターナショナル・セレブ」なら,

他人の痛みをまったくわかろうとしない

不幸な人たちを見下すような人間を養成するための講座が,

幻の「インターナショナル・セレブレッスン講座」

ということになろう。

 

負けん気の強い彼女のことだ,

いつの日か必ず頓挫した講座を再び開くだろう。

そこには,似たような類の見栄坊な連中が集まり,

つくり笑顔の女が愛想よく待ち受けることだろう。

 

ところで,

>突き飛ばされて左肘から滲み出した血

いったいどうしたのでしょうね(笑)

2012年1月20日 (金)

偽善者への手紙

━自称インターナショナル・セレブは 元おミズの在日韓国人━③

>お金勘定も力仕事もできない不器用な私の役割は、拙い司会でした。

 

あなたはいつでも「司会」ですね。

 

拙い司会」なら、誰にでもできます。

 

あなたは「偽善って何?」

 

と問いかけていましたね?

 

誘われても、被災地に行かず

 

事態を見ようとせず、

 

一度仕事で行ったきりベトナムにも行かず、

 

ただ人に応援しろと言ってお金を集めるだけ。

 

「汚れ役?とんでもない話だわ。ご免よ!

 

絶対に引き受けるものですか。

 

ボランティアや陰で積む善行などまっぴら!」

 

あなたの心の声が聞こえてくるようです。

 

「偽善」とは、善良であると偽ることをいう。

 

外面的には善い行為に見えても、

 

それが本心や良心からではなく、

 

「虚栄心」や「利己心」などから行われる事を

 

指している。

 

したがって、舞台に立ち、

 

人前で目立ちたいだけ、

 

「善人」と見做されたいだけの行為は

 

「偽善」であり、

 

善良であると偽ることを行う者は

 

「偽善者」とよばれるのです。

2012年1月19日 (木)

三つ子の魂どこまで続く?

━自称インターナショナル・セレブは

 元おミズの在日韓国人━②

下記の動画は1996年のもの。

日本IBMという厳しい会社の人事部に正社員として勤務していた頃、

開催された素人の歌合戦、その名も「学芸会」の一コマだ。

 

 

友人知人ばかりでなく、厳しいIBMの職場からも、気立てが良くて愉快なWさん・Iさん・Fさんの仲良しトリオが、ド素人の私の何ともお恥かしい姿を見にいらしてくださった。優しい女性の先輩Oさん、若いSEのWさん、関連会社の女性もいらしていた。

 

 

 

この動画の中に、画面右後方から、白髪の紳士が、大きな花束を持って舞台に進んで来られる光景が映っている。Wさんをご確認いただきたい。

 

 

会が終了すると、私は、お酒が大好きな彼らに、たくさんの花束を抱えていただくと、急いでタクシーに乗り込み、「自称インターナショナル・セレブ」がアルバイトホステスをしている歌舞伎町のバーへと向かった。

 

 

「終わった後、行くからね」と、この日のことを前から伝えておいたからだ。

 

 

自称インターナショナル・セレブは、愛想良く私たちを迎えた。特に、お年を召した男性が大好きだったので、IBMトリオを、いつもながらの上機嫌で抱き着いて歓迎した。

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下記は動画にも登場したWさんのお写真だ。

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宴は続き、自称インターナショナル・セレブは、全員とチーク・ダンスを踊り、歌に合わせてフラ・ダンスを踊り、十八番の都はるみさんの歌をこぶしをきかせながら歌った。

 

 

芥川賞作家である夫は、自称インターナショナル・セレブと子供たちの住む家から逃げ出して沖縄で別の女性と所帯を持ち、別居期間中何と既にふたりの子供までつくっていたのだった。

 

 

自称インターナショナル・セレブが、ホステスをしていたのは、ちょうどその時期であった。

 

>7時から12時までの間、友人から紹介された新宿のバーのカウンターに立ってせっせと皿洗いをしたことがあります。

 

自称インターナショナル・セレブのブログには、上記記載がなされていたが、

 

小さなKというバーには、

 

「時給2千円」も支払って、

 

「5時間」もの長きに亘り

 

洗い続けなければならないような「皿」などない。

 

 

平気でウソをつき、

 

堂々と書き残してなお恥じない厚顔さ、

 

面の皮の厚さ、筋金入りの図図しさは、

 

間違いなく「虚栄」であり「虚飾」である。

 

 

「虚栄」「虚飾」という名の双子は、

 

「偽善」をも加えた三つ子となって、

 

自称「インターナショナル・セレブ」の

 

せせこましい活動を一生飾り続けることだろう。

 

2012年1月18日 (水)

過去を美談にすり替えるウソつき婆さん

「偽善と虚飾に満ちた自己顕示欲の塊」

━自称インターナショナル・セレブは

 元おミズの在日韓国人━①

01792_2
経済力、能力、容姿。どれもそこそこ。

自己顕示欲以外に人より秀でている点は何ひとつない。

そんな女が、老齢になって、

「オバサン」でもなく、

「オバアチャン」でもない。

「自分は特別な存在」だと思い込んでいる。

病的に自己愛が強いのだろう。

離婚の後遺症でウツ状態になっても、

未だに現実が受け入れられず、

逃げ出した元夫に固執し続ける。

知名度の高い元夫へのストーキングは、

復縁達成の日まで続くだろう。

後妻に負けたままでは、自尊心が許さない。

どこまで自己愛が強いのだろうか……

・自己愛性人格障害より抜粋

  • 内的には不安定であるにもかかわらず、誇大的な自己像や積極的な自己顕示により、「頭がいい」「仕事ができる」「表現力がある」といった長所を持つと思われることが多い。そのため、彼らが不適応行動を起こしたとき、周囲の人は意外な感じを持つことが稀ではない。
  • 自分について素晴らしい理想的な自己像(誇大的自己)を抱き、自分は他人より優れた能力を持っているとか、自分は特別だと思い込んでいる。うぬぼれが強い。
  • その背後で、常に深刻な不安定感や頼りなさを経験し、本質的には他者依存的である。自尊心を維持するために、絶えず周囲からの称賛・好意・特別扱いを得ようとする(アルコール依存症患者が酒を求めるように)。あるいは、自分が理想とするような権力や能力のある人に頼り、まるで自分がその人であるかのように考えたり振る舞ったりする。
  • 自己肯定感や自尊心が高まっているという感覚を、一定の期間維持することができる。この感覚が自分を支配しているとき、自分が傷ついたという、弱い一面を持っていることにほとんど気付かない。しかし、誇大的な自己像が傷つけられるような体験をすると、一転して自分はだめだ、価値がない、無能だと感じる。自分についてもある一つの体験についても、よい面もあれば悪い面もあるといったとらえ方ができない。
  • 自分に向けられた非難や批判に対し、怒りや憎しみを持つか、屈辱感や落胆を経験する。これらの感情は必ずしも表面にあらわれず、内心そのように感じているということがしばしば。自分に言い聞かせて自分を慰めることができない。誰か他の人に慰め、認めてもらわないと、自分を維持できない。否定をされるとそれを受け入れられずに現実逃避し、嘘や詭弁で逃げようとする。そのため失敗について本当に反省したり、そのときのつらさや痛みを認識する能力に欠けている。失敗(あるいは批判)から新しく何かを学ぶことができない。
  • 次から次へと際限なく成功・権力・名声・富・美を追い求めており、誇大的な自己像を現実化しようと絶えず努力している。しかし上記のような考え方の偏りにより、その過酷な努力を社会的成功に結び付けられないことがある。能力がない自己愛者は、より退行した形で他者からの是認を求めようとする。
  • 誇大的な自己像を思い描き、その空想的な思い込みの世界に浸っている。
  • 他者と関係を持つにしても、それは自分の自尊心を支えるために人を利用している傾向がある。本当の意味で他者に共感したり、思いやりを持ったり、感謝したりすることができない場合が多い。(もっとも言語的表現力がしばしばあるので、うわべだけの思いやりを示すことに長けている)。表面的な適応はさておき、他者との現実的な信頼関係を持つことができない。
  • 自己愛性人格障害の人は、良心に乏しく利己的な人間である[1]

誇大な感覚、限りない空想、特別感、過剰な賞賛の渇望、特権意識、対人関係における相手の不当利用、共感の欠如、嫉妬、傲慢な態度のうち5つ以上が当てはまることで示されるとされている。

  • 自己の重要性に関する誇大な感覚(例:業績や才能を誇張する、十分な業績がないにもかかわらず優れていると認められることを期待する)
  • 限りない成功、権力、才気、美しさ、あるいは理想的な愛の空想にとらわれている。
  • 自分が"特別"であり、独特であり、他の特別なまたは地位の高い人達に(または施設で)しか理解されない、または関係があるべきだ、と信じている。
  • 過剰な称賛を求める。
  • 特権意識、つまり、特別有利な取り計らい、または自分の期待に自動的に従うことを理由なく期待する。
  • 人間関係で相手を不当に利用する。つまり、

自分自身の目的を達成するために他人を利用する。

  • 共感の欠如:他人の気持ちおよび欲求を認識しようとしない、またはそれに気付こうとしない。
  • しばしば他人に嫉妬する、または

他人が自分に嫉妬していると思い込む。

  • 尊大で不遜な行動、または態度。

2012年1月17日 (火)

オバサンでもオバアチャンでもない?特別な60女

「ワタシは特別な存在なの」

 

「オバサンでもオバアチャンでもないわ」といった書きぶり。

 

いつもながら鼻につく。

 

そもそも、見ず知らずの他人の容姿や、身に着けている服を、

 

「田舎のオバサン」と表現して必要以上に貶める必要が

 

一体どこにあるだろう?

 

掲げられている写真を見る限りでは、

 

「田舎のオバサン」と馬鹿にされた女性の、

 

酒を飲んだように赤いと評された頬は、さほど赤くもない。

 

しかも、「田舎のオバサン」のまなざしは、

 

ブログ主よりもよほど理知的に見える。

 

さらに、後段では「皺くちゃのオバアチャン」を登場させ、

 

自分の孫を「孫」と書かずに「小さい少年」と書いて

 

自分は「オバアチャン」ではないつもりでいる。

 

虚栄心の塊らしく、その女のブログを飾る写真は、

 

何年も前から変えずにずうっとそのままだ。

 

他人から見れば、ブログ主だって60歳を過ぎた、

 

ただの「落ち着きのない婆さん」に過ぎない。

 

自称「インターナショナル・セレブ」のその婆さんが、

 

総ての行動を中止して寝ていたとしても、誰も、何も、

 

全く困らないというのに……

 

老いて一層、自己愛と自己顕示欲が増す女……

 

これほど哀れなものはない。

 

2012年1月16日 (月)

過去は見えない?『裸の婆様』

2007年5月12日(土)のブログ「カウンターのすすめ」より

>年を重ねてようやく、お金のためでない仕事が細々とできるようになりましたが、昔は随分と苦労をしました。

ほんの短期間でしたが、週に一度、昼間の仕事が終わった7時から12時までの間、友人から紹介された新宿のバーのカウンターに立ってせっせと皿洗いをしたことがあります。昼間は昼間で忙しい仕事をしていましたから、週に一度のこの日だけは朝から上司と同僚に、「今日は定時に帰らせていただきます!」と宣言して、終業時刻ともなれば、「行ってらっしゃ~い!皿割らないように気をつけてね。」という仲間たちの声に送られて、一目散に家に帰りました。そして、子供たちの食事の支度をしてから、これまた一目散にスニーカーに履き替えて走って行きました。今でこそ「週末プチ起業から始めるデュアルワークのすすめ」などというセミナーが各所で開かれるようになりましたが、当時、たまたまリベラルな職場環境で仕事をしていたおかげで、このつかの間の経験からその後に役立つ大変だいじなことを学ばせてもらえました。

まず第一に、10名も入れば一杯になってしまうような小さなバーに来るお客が、おいしいお酒や食べ物を求めて来るのではなく、話を聞いてもらいたいから来るのだと言う発見。そして第二に、特別美人のママがいるわけでもメニューが豊富なわけでもないのに、この小さなバーが繁盛しているのは、気さくなママがカウンターの向こうから、「ふんふん、そりゃ大変だったねえ。」とお客様の話にきちんと耳を傾けて聞いてあげているからだという発見<

上記は、「インターナショナル・セレブ」を自称する女性が、

2007年5月に書いたブログである。

まず、「皿洗い」はウソ。

正しくは、「アルバイトホステス」である。

カウンターとボックス席がひとつの小さなバーに

皿洗いなど必要ないことくらい誰でもわかるだろう。

次に、「週に一度」もウソ。

正しくは、「週に三回」のアルバイトであった。

時給は2千円。

それから、上司と同僚に、「今日は定時に帰らせていただきます!」と宣言したというのもウソ。

終業時刻ともなれば、「行ってらっしゃ~い!皿割らないように気をつけてね。」という仲間たちの声もウソ。

すべてが捏造である。

副業が禁じられている職場で、課長職にありながら、

堂々と水商売のアルバイトに励んでいたというのが真実である。

この頃から、この店でも、『裸の婆様』の

ご老人男性狙いは、顕著だった。

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四捨五入すれば60という年になって、

ようやっと異国の老人を見つけて、

自称「インターナショナル・セレブ」に成り上がった。

すると、インターナショナル・セレブとなった『裸の婆様』は、

お金に困っていた過去、他人を頼っていた過去を一切切り捨てて、

いきなり、高みの見物をするようになった。

力のない人や寄る辺なき人を、

「不幸な人」「かわいそうな人」と見下して、

助けるどころか、近づかないことにした。

正当な意見や忠告であっても、

「持たざる者」の「嫉妬」「ひがみ」と決めつけて、

耳を貸すことなく、無視して遠ざけた。

童話『裸の王様』ならぬ『裸の婆様』となったのだ。

世の中には、ご主人の方針で、セキュリティなどの観点から、

自宅の室内や、自己所有の別荘の全景を公開しない人もいる。

世の中には、黙っているだけで、『裸の婆様』よりも

精神的にも、経済的にも、はたまた、知性や教養においても

恵まれた女性はたくさんいる。


おとなしく沈黙しているからといって、

その者を「下」と見るのは、早計であろう。

能ある鷹は、爪を隠している。

いっぱいいっぱいにひけらかすのは野暮だ。

「K」でアルバイトホステスをしていた頃、

お寿司を取ってあげたら、『裸の婆様』は、

ひとりで、必死になってつまんでいた。

お店が終わってから、近くの「ザボン」という

ラーメン屋さんに連れて行ってあげると、

喜んでつゆまで飲み干した。

そんな時のことを少しだけでも思い出せば、

もっと謙虚になれるだろう。

ありのままの過去がうけとめられずに、

過去の自分を支えてくれた人を忌み嫌って

疎んじ、避けて、

敬意を払えないような人間は、

いつまでも自分の歴史に自信が持てない。

不安定なままびくびくして生きていくしかない。

その姿は、まさに、惨めで滑稽な『裸の婆様』である。

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