日記・コラム・つぶやき

2014年1月19日 (日)

「2012年9月に突然に癌の宣告を受けた」との情報は正しいか?!日本秘書協会・最高顧問・石川愛氏は、日本秘書協会・「2014年新春の集い」に参加出来るのか?!


日本秘書協会「2014年新春の集い」が21日に迫っている。

http://www.hishokyokai.or.jp/pdf/top/newyear_140121.pdf

 


会場は六本木の国際文化会館。

レストランやティーラウンジの利用は会員以外でも可能だ。

独身時代に、記念病院を経営する某医大の名誉教授に誘われて、一度だけ(仕方なく)ここで食事をしたことがあったっけ……

http://www.i-house.or.jp/access.html

 


国際文化会館の理事・監事・評議員は下記の顔ぶれである。

東洋英和女学院大学学長の村上陽一郎氏の名前もある。

国際基督教大学大学院の教授でもあったと略歴にある。

http://www.i-house.or.jp/pdf/disclo/yakuin20131201.pdf

http://subsite.icu.ac.jp/sts/bio.html#1

 


その村上氏が、辛口のエッセイを書いている。

2007年8月9日第28回分を下記に抜粋する。


 永六輔さんも何かに書いておられたが、第一に、食べることは「排泄」と同じ次元の行為である。そもそも他人に食べているところを見られること自体、恥ずかしいことであるはずである。だから、電車や公共的な空間では、ものを食べないことになっているし、また食べている人がいたとしたら、それを見ないであげるのがマナーだった。この点は当然反射的であって、見ないであげる、というようなマナーに、他人の気を遣わせないようにする(だから人前ではものを食べない)のも、同時に守るべきマナーになるのである。


食べ物、あるいは食べることについて、慎みが必要なもう一つの背景は、他人に羨ましいという気を起こさせない、という気配りではなかったか。如何にも旨そうなものを、如何にも旨そうに食べる、ということを、人前では慎むというマナーの背景には、他人を羨む、というのは「卑しい」ことであって、その卑しさを他人から引き出すような行為を憚るのも、人間の配慮として当然のことではないか。

 このような心配りは、現代社会のなかでは無縁、無用になったのだろうか。


http://subsite.icu.ac.jp/sts/essay28.html

 


他人が食事をしている姿を見ないようにするマナーに欠けるどころか、或る老人ブロガーは、海外のレストランで食事をしている人たちの姿を平気で何枚も撮影したうえに、それらの写真を平気で自身のブログから公開していて、失礼極まりない。

 


こうした恥知らずな輩は、常識に欠けるとともに、品位にも欠けている。

 


食べることに節操がなく慎みのない老人ブロガーは、海外のみならず国内でも、肉屋の前に並んでハムカツに喰らいついている姿をレンズ目線で撮影させて、「肉屋の前でだって」との表記とともに、あたかもそれがいいことであるかのように自慢げに自身のブログから公開していた。


そんな輩に限って、「『マナーがない』などと『攻撃』するのは、恵まれている私たちに対する『嫉妬』なのよ」としか受けとめない。


東日本大震災後、ここぞとばかりに食べ物を買い込んだ記事や、寿司を「食べまくります」などと書いて大喰らいをしたブログ記事を公開して恥じなかったのも、無節操なうえに気配りがなく、世情など考慮してなるものかという意識を持ち、自分と自分の子どもさえ良ければ後はどうでもいいという老人ブロガーとその家族たちであった。

 


村上氏のように、落ち着いた場所や由緒ある会の会員となって品位ある格調高い時を過ごされているご老人には慎みがあり、接すれば、風格が感じられるに違いない。

 


一方、国際結婚を自ら喧伝するような哀れな老人もいる。しかも、そうした者が講師となって、虚偽表示のプロフィールとともに、レッスン講座まで開設したという荒唐無稽な企画が過去にあったが、参加者が集まらず、予想通り、お流れとなったようだ。

 


内容の伴わない馬鹿げた講座を企画した広告・宣伝会社も、老人がひとり社長となって起業した会社も、この老人が講座を企画・運営した学校法人のセンターも、勿論、予想通り、すべて潰れたようだ。

 


そもそも、レッスン講座を開設し講師になるのであれば、実際に、一度くらい豪華客船に乗って優雅な旅をするなり、年会費を支払って高級サロンの正会員にでもなればいいのにと思うのだが、年齢相応の落ち着いた風情のある場所は、いくつになっても好まず似つかわしくもなく、溶け込めず、ディズニーシーで遊ぶ方がお似合いというのが、自己評価が恐ろしく高いだけで実力の伴わない、見栄っ張り老人に共通する姿であろう。

 


国際文化会館の庭園でも散策して、落ち着かなく騒ぎ立てる煩悩塗れの心を慰めてみては如何なものか。

 


私も21日に出かけて様子を見てみようかな……

http://www.i-house.or.jp/about/index.html

2013年12月 3日 (火)

「活動自体に詐欺的要素を感じたらみんなに知らせましょう。」

被災地の方々のために募金を集める活動は、その総てが他者を救おうという善意から派生されたと信じたいものです。

 


ところが、初心を忘れてしまうのでしょうか、当初掲げていた高邁な精神が、いつの間にか大きく変質してしまって、目的はどこに行ったの?という残念な結果を生じさせることもあるようです。

 

「募金情報」というホームページがありました。

 

そこには、「募金活動に疑問を感じたら」という項目があり、下記のように書かれています。

 

募金活動に疑問を感じたら

 

まずは募金団体に問い合わせてみましょう。

目的、目標額、使途(範囲)、会計報告の有無・時期など。

納得のいく答えが返ってこなければ募金に応じなくてもかまいません。

募金に応じるかどうかはあなた自身が決めることです。

活動自体に詐欺的要素を感じたらみんなに知らせましょう。

http://www.geocities.jp/kifubokin/attitude/attitude.html

 

慈善団体である「ベトナムストリートチルドレン支援会」(現「ストリートチルドレン支援会」)の理事、「東北地方復興支援の会港北」の代表者の社会的活動自体に、詐欺的要素を感じ続けています。

 

だから、みんなに知らせたいと思いました。

 

 

海外からお寄せいただいた義援金は、その人のものではなく、代表者が一時お預かりしただけの、人様のためのお金なのですから、金額と振込先について正しく公開する必要があると思っています。

 

まず、ワシントンの友人たちから送られて来たとされている義捐金の金額および振込先が明らかにされていません。コメント欄にも同じ指摘がありました。

 

ブログ主は、「公開すべきことではない」「友人たちもそれは希望していないはずです」との見解と判断を示しています。

 

代表者自らがブログに書いて公開した以上、金額や届け先まで自身のブログに公開した方が良いと思いますし、また、慈善団体の理事であったり代表者である立場からも、海外から送られた義捐金については、別途正式に公開すべきであると考えています。

 

http://blog.platies.co.jp/article/43852057.html

 

次に、「東北地方復興支援の会港北」の代表者であるブログ主がワシントンに飛んで海外で展開した募金活動についてですが、ダウンタウンのクラブで開かれた高齢の弁護士を中心とする10名の「朝食会」にブログ主が参加して話をする機会が与えられ、そこで集めた義援金の金額と振込先も明らかにされていません。


人道的で募金に対して最も協力的かつ積極的な米国において、所得が高く余裕のある老人弁護士たちを前に、しかも全員が男性ばかり10名という理想的な環境で、大震災の後、直ちに日本からやって来た女性として、じっくり話を聴いてもらえる場所が与えられたとすれば、予想以上に高額の義援金を集めることに成功したとの結論を、誰もが信じて疑わないでしょう。

しかしながら、どのような感触があったのかならびに結果について、「東北地方復興支援の会港北」の代表者であるブログ主は、一切を秘匿したまま、1行たりとも書くことなく、固く口を閉ざし、結局義捐金集めの成果は公開されず終いでした。

 

http://blog.platies.co.jp/article/44066123.html

http://blog.platies.co.jp/article/44078454.html

 

さらに、東北地方復興支援の会港北」の代表者は、「ケンブリッジ大学卒業生の集まり」に参加させてもらった際の義援金の金額と振込先も明らかにされてはいません。

http://blog.platies.co.jp/article/44208855.html

 

募金活動の信頼性を高めるために、公明正大であることが求められることは、自明の理でありましょう。

 

 東北地方復興支援の会港北」の代表者であるブログ主は、証拠さえあれば、むしろ他人に見てもらうために、堂々と公開する資質があるように思われます。

http://blog.platies.co.jp/article/44144212.html

 

右手を骨折した際、骨折した右手の写真が、何枚も何枚もブログに登場したことは、読者であれば誰の記憶にも新しいでしょう。

 

隠し事や秘密が好きで、何ごともあるがままを正々堂々と公開することにはどうも抵抗があると感じるような人は、社会的活動に従事する資格はないと思われます。

 


さらに、人様のためにお金を遣うよりも、自分と家族で馬鹿騒ぎをする方が好きだというような者であれば、なおさら、出来心や、目立つため、俺は善人だとアピールしたい気持ちといった軽率さからボランティア活動に手を染めるべきではないでしょう。

 

「募金情報」のホームページには「活動上の注意」として以下のように書かれています。

活動上の注意

募金活動の信頼性を高めるためには情報公開が必要です。

以下の項目については整理する必要があるでしょう。

 

 

 

 

募金の目的

 

 

 
 

 

 

 何のための募金か。目標金額はいくらか。

 

 

 
 

 

 

団体(個人)の概要

 

 

 
 

 

 

 どんな団体(個人)なのか。

 

 

 

 ・団体(個人)

 

 

 

 ・所在地

 

 

 

 ・責任者

 

 

 

 ・連絡先

   
 

 

 

募金方法

 

 

 
 

 

 

  振込先、街頭募金スケジュール、領収書の扱いなど。

 

 

 
 

 

 

募金期間

 

 

 
 

 

 

  いつからいつまで行なうのか。

 

 

 
 

 

 

使途内訳

 

 

 
 

 

 

 ・何に使うのか。

 

 

 

 ・経費も募金で賄うのか。

 

 

 

 ・余剰金が出たらどうするのか。

 

 

 
 

 

 

会計報告

 

 

 
 

 

 

 ・いつ報告を行なうのか。

 

 

 

 ・どうやって報告するのか。

 

 

 

 ・途中経過は報告するのか。

 

 

 

 ・いくら集まったのか

 

 

 

 ・何にいくら使ったのか。

 

 

 

)社会福祉法に基づく社会福祉事業を行う者、行おうとする者(社会福祉法人等)が、社会福祉法第73条に基づいて寄付金を集める場合は、厚生労働大臣の許可が必要です。

http://www.geocities.jp/kifubokin/collection/collection.html

 

 「ストリートチルドレン支援会及び東北地方復興支援の会港北代表」

http://blog.goo.ne.jp/stcshienkai/e/0b7c232ad283534917c055a71c1c1727

 

自身のブログから、チャリティコンサートの開催について、広告用のバナーを貼って1か月に亘り宣伝し、「1円でも無駄にせず被災地に届けます」と何度も公言し、公約していながら、チケット代金の売上の全額を無駄な経費として使い果たして1円たりとも被災地に届けることが出来なかった事実を隠したまま、「チャリティコンサート」は、「東北地方復興支援の会港北代表」であるブログ主の自己満足とともに幕を下ろしました。

 

その後、「東北地方復興支援の会港北」代表者は、被災地を訪問することもなく、義捐金を直接手渡すこともなく、自身のブログにおいて会計報告をすることもなく、チケット代金を被災地に送るどころかその全額を無駄にしたことに対する謝罪の言葉をブログに書くこともせず、ただただ口をつぐみ、長女を出演させて前夫の著書を朗読させたチャリティコンサートの司会役を終えてからというもの、慈善活動の代表者としての活動をピタリと休止しています。

 

 東北地方復興支援の会港北」の代表者であるブログ主が、その後も自身のブログから、絶えることなく、反復・継続して伝え続けてきたことと言えば、例年にない「パーティ三昧」と「健啖家ぶり」すなわち家族や仲間と豪遊し浪費する日々の姿でした。

 

その年のクリスマス、或る人が「たくさんの人が亡くなった年です。節度を持って楽しみましょう」と静かな口調で発した戒めの言葉が光っていました。

 

わっしょい、わっしょいの掛け声だけ、目立ちたい、良い人間に見られたい、善人と思われたい、という竜頭蛇尾な過度のアピール精神から慈善事業に参加することの無責任さ、いい加減さに、あらためて疑問を感じた年でした。

 

 

慈善事業の代表者がこの年に実行したかったことは、被災地の子どもたちや被災地の方々を救うこととそのお手伝いだったのでしょうか。

 

そして、慈善事業の代表者が本当に求めていたものは、被災地の方々へのひとときの喜びだったのでしょうか。

 

そもそも、ボランティア活動を、誰のために、何のためにしたのでしょう。

 

困っている人々のためでしょうか

 

それとも、自分と家族のためだったのでしょうか

 

その答えは、「東北地方復興支援の会港北」の代表者であり上記ブログのブログ主の今後の生き方に見出すことが出来るのではないでしょうか。

 

言葉ではなく行動に……

2013年11月28日 (木)

たたみイワシかワッフルか

中学・高校の同窓会は5年に一度開かれる。

 


すこぶる体調の優れない私は、

元気なうちにみんなの顔が見たくなった。

 


そこで、介護者兼付き人として(笑)

コグちゃんの同伴を事前に伝えると

遠路はるばる母校まで足を運んだ。

 


すると、当然ながら、後から後から、次々と旧友がやって来た。

 


面白いことに、ほとんどが昔の友人と二人連れで受付に姿を現す。

これはすごいことだ。

 


会場には、大きな木のテーブルが9つほど並べてあった。

真ん中後方に恩師のご臨席、その前方は食事やポットが乗る宴台。

 


そして、左右4つずつのテーブルに、

昔のグループ構成と何ら変化のない顔が勢揃いした。

 


ひとたび椅子に鎮座ましませば、

長方形のテーブルにベッタリと張り付いて

「動かざること山の如し」

 


「たたみイワシみたいに見えたね」

「ワッフルだよ……」


会場を出た私は、コグちゃんと、こんな会話を交わした。

 


可もなく不可もないおとなしい美女軍団

斜に構えて眼光鋭いおそろしい毒舌グループ

秀才グループ、部活動グループ、その他大勢……

 


昔とまったく同じ塊(かたまり)の中にぼやけて顔が見える。

 


ひとたび腰を下ろしたきり、食べ物でお皿を埋めるために

立ち上がる以外、動こうとしない同級生たちがほとんどだ。

 


そんな中に、居心地の良い塊からしばし抜け出し、遠征して、

別のグループに話しかけに行く同級生たちの姿も時折見られた。

 


突然やって来た思いがけない旧友の訪問におじけづいて(笑)

驚きとともに立ち上がり、慌てて応えている同級生の表情は

自然な感動に多少の照れも加わり殊の外嬉しそうな笑顔であった。

 


こういう姿は、近くに居て見ているこちらまで嬉しくなる。

参加して良かったと思える、弾けるような瞬間であった。

 


そうだ。

せっかく来たのだもの動いた方がいい。

グループを超えて話しかけた方がいい。

 


それぞれのグループの中に話してみたいなと思う女もいたが

両脇にボディガードのように陣取るおそろしいタイプの女が

私の勇気ある行動を鈍らせた(笑)

 


座り込みでもあるまいに……

話しかけに行っていた女たちは、軽やかな躍動美に満ちていた。

 


かねてから私は

「ひとりで参加してひとりで帰れる同窓会」を

提唱して来たのだが、どうにも無理があるようだ。

 


型焼き器に流され、押しつぶされたように固まって

冷たくなっていては、それぞれの持ち味がわからない。

 


「クジで席を決めて座るようにしたら?」

などと提案したら、大顰蹙を買うだろう。

 


ならば、こんな喩はどうだろう?

 


大きな花瓶にたっぷりと活けられた花々もいいけれど、

時には一輪挿しの花のようにそっと佇んでいてほしい。

 


そして、どんな花なのかなと愛でに近寄ろうとする者たちに

微笑みかけてくれる小さくもおおらかな花であってほしい……

 


中学・高校時代に結ばれたグループにいつまでも縛られて、

自分の魅力を限定公開しなければならないとすれば、寂し過ぎる……

 


そんな思いをつのらせた帰りの電車内であった。

 

 

わたしたちは二輪草……

 

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2013年11月20日 (水)

11月生まれの友たちへ

好きな人の誕生日を知ると、冬に生まれていることが多い。

 

 

大好きだった両親がどちらも冬に生まれたせいであろうか。

 

 

そして、どちらも冬つまり誕生月の近くに亡くなっている。

 

 

そのせいか、誕生月には心身ともに良くない変化も生じやすいとの偏見を持っている私は、お誕生日をお祝いするとともに、お誕生月には気を引き締めて、より一層健康に注意してほしいとの注意を呼びかけるよう心がけている。

 

 

一方で、こんな悪しき風習の存在も伝えておきたい。

 

 

それは、韓国の「誕生日パン」である。

 

 

この風習を知ってから、私は、これまで平気で口にしてきたコグちゃんや私の誕生日を、他人に知られることがとても恐ろしくなった。

 

 

誕生日を祝うどころか、逆に反転させて、誕生日の人物を標的として辱めを受けさせるというのだから、どこまで心が捻じれていて、いじけていて、暗く、底意地が悪いのだろうと信じられない悪寒が背筋を走る。

 

 

かように凄まじい「誕生日パン」によって内臓が破裂した人もいるという犯罪行為までが引き起こされ、傷害事件に発展したというのだから、もはや看過することのできない社会問題でもある。

 

 

百聞は一見に如かず……まずは下記のサイトをご一瞥いただきたい。

 

 

http://killkorea.iza.ne.jp/blog/entry/657277/

 

 

http://sportsseoul.jugem.jp/?eid=7022

 

 

http://blog.livedoor.jp/saladgreen/archives/51075756.html

 

 

このような事件を起こし、電柱に縛りつけられている姿を見ても、笑っていられる残忍性は一体どこから生じるのだろう。

 

 

共感性の欠如もあるだろう。

 

 

何であれ、他人ごとと切り捨てて、自分と、自分の血を分けた家族さえ良ければそれでいいとする自己中心性もあろう。

 

 

何よりも、人の誕生日やお祝いごとを心から祝福することができない、

 

 

つまり、他人の幸せな姿を祝う側に自分がいることには耐えられない、

 

 

他人の笑顔を直視することが腹立たしいという心の貧しさが集合して、

 

 

「誕生日パン」という倒錯した狂気の世界を構築したのかも知れない。

 

 

そして、最も恐ろしいのは、誕生日を祝ってあげている振りをして、

 

 

誕生日ケーキを囲む輪の中につくり笑顔で参加し存在していながら、

 

 

腹の中では、「誕生日パン」を実行してやりたいとの謂れなき私怨を

 

 

肥大させているサイコパスに近い偽りの心を秘めた陰湿な者であろう。

 

 

吉と凶は背中合わせであり、どちらも人生には等しくついて来ると私は思っている。

 

 

今日の幸福は明日の不幸に繋がるかも知れない。当然ながら逆も又真なりである。

 

 

かかる考えから、好きな友人たちのお誕生日を前に、

 

 

体調管理と警戒体制をも強く呼びかけた次第である。

 

 

当日は、私の分まで、豪華なお食事とちょっぴり高級なお酒を楽しんでほしい。

 

 

11月生まれのI、Uさん、Nさん、Tさん、A。

 

 

そして、今も、大・大・大好きな、かけがえのない私の亡き父にも、

 

 

記念すべきお誕生日、おめでとう!

 

 

いつまでもそのままのあなたでいてよね。

2013年11月10日 (日)

15年前の幹事さん達との記念写真

この時が「学年会」の始まり。

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発起人は私だった。



理由は「みんなに会いたかったから」

 


昨日はMとNが不参加で残念。

 


次回まで元気でいたい。



そして又みんなの姿を見たい。



私はそう望んでいる。

2013年11月 9日 (土)

危険な「幸せ病」患者

幸せだ

幸せなんだ

ナンマイダと念仏を唱えるように

事ある毎にブログに書いている人。


落ち込んだら、

それは日々平穏だから、

幸せだから、


だから、

ちょっとしたことで

落ち込むのだ、

気にすることはない

くよくよすることなどないと書く。


子供が落ち込んでも

あなたは天才と褒めそやし

子供が給食を残せば

試食に行って

こんなにまずい給食なんか食べなくていいと言う。

そんな母親だったようだ。


子供たちは、定職にも就かず

次々と、ひとつ屋根の下から離れて行き、

それぞれが生きづらくて大変な様子を見せているようだ。


自称・熱くならずに賢く生きる孟母は、

時折現地まで行って

高級ホテルに同宿し

未だに傷を舐めてやらねばならないようだ。


叩かれても、批判されても、

それは輝いているからだと

胸を張り過ぎて、あごまで前に出して


物事を、ありのままに受けとめようとせず、

履き違えたポジティブシンキングという名の

負け惜しみへと直ちに転換して、


幸せだから

輝いているから

と藉口(しゃこう:こじつけること)して、

いち早く追いやって、

忘れ去ろうとするのが

人生の知恵だと言うつもりなのか。


時には真正面から受け止めろ。

なぜこんな気持ちになったのか、

経緯や事実をじっくり確認することを避けずに

時間をかけてとことん向き合ってみろ。


どんな現象にも必ず理由がある。


ただ、向き合いたくないだけ。

直視しようとしたくないだけ。

弱いのか、卑怯なのか、怠惰なのか。


落ち込んだら、それがなぜなのか、

理由と思えるものを書き出してみろ。

頭の中を整理してみろ。


とことん落ち込んでみないことには

正体や実態が何なのかわかりっこない。


わからないから、

だから、情緒不安定なのだろう。

だから、幸せなんだと呪文を唱えれば完了。

だから、輝いているからだとの着地で終了。


自分を誤魔化していれば大きなツケが回ってくる。


何も理由がないのに、しばしば落ち込むとすれば、

その反動で、時に馬鹿馬鹿しいほどはしゃいだ文を書くとすれば、

それこそ、本物の病気かも知れない。

どんな内容かは不明だが、こんな題名の本もあるようだし。

http://www.amazon.co.jp/%E3%81%86%E3%81%A4%E3%81%A3%E3%81%A6%E3%80%8C%E5%B9%B8%E3%81%9B%E7%97%85%E3%80%8D%E3%81%98%E3%82%83%E3%82%93-%E5%BF%83%E3%81%AE%E3%82%AF%E3%82%B9%E3%83%AA%E3%81%AE%E8%A6%8B%E3%81%A4%E3%81%91%E6%96%B9-%E5%A4%A7%E8%B2%AB-%E3%81%95%E3%82%84%E9%A6%99/dp/4286070476


畢竟、本当に幸せな人は

自分で自分を幸せだ!と声高に叫んだりせず、


本当に輝いている人が

私は輝いている!

などと誇示することもない。


幸せも、

輝きも、

本物は、きっと、どちらも、

強烈なものではなく

騒ぎ立てるものでもなくて、

自ずと、そっと、立ちのぼる

ささやかな、ほんわかとしたものだろう。


幸せや輝きを求める気が強過ぎれば、

 

逆に逃げられてしまうに違いない。


私はそう思っている。

 

2013年11月 8日 (金)

おのれの偽装表示を止めよ

そろそろ止めよ。

 

「自分は輝いている」

「自分は金」との、偽装表示。


そろそろ止めよ。

 

自分が輝いているから、 

だから、悔しくて、批判されるのだ

 

自分が輝いているから、 

だから、妬ましくて、叩かれるのだ

との、ひとりよがり・自己満足・独善性


輝いているから、ではなく、

輝いていないのに、

自分は輝いているんだ、自分は素晴らしいんだと、

ひとりでわめいている。


だ・か・ら、

静かにしろ、やるべきことをやれ、もっと勉強しろ 

と、叩かれる。


具体例を挙げようか。


中学・高校の上級生に、

「カリスマ振付師」と呼ばれる香瑠鼓さんがいる。

中学時代、部活動が同じで、副部長だった私は、

当時「カルコ」と呼ばれていた香瑠鼓さんから

とても可愛がってもらった。

 

昔から優しい人だった。

私の冗談によく笑った。

可愛らしい笑顔が大好きだった。

 

そして、香瑠鼓さんは、

高校時代から、体育館の鏡の前で、独り、

ピンクのレオタードを着て、黙って、踊っていた。

 

人一倍見えない努力を重ねて来たから、

自分で叫ばなくても、

世の中が香瑠鼓さんをひっぱり上げた。

 

実力があって、輝いている香瑠鼓さんを

叩く人はいない。

批判する人もいない。

応援する人ばかり。


ちなみに、下記のスタッフのメッセージを書いたのは私……

http://www.kaoruco.net/about.html


もうひとり紹介しよう。


私の中学・高校の同級生に、

本物のインターナショナル・セレブがいる。

同じクラスだった時から、

ただの一度も嫌な気分にさせられたことがない。

 

むしろ、合唱のリーダーだった彼女から、

合唱祭が終わったクラス全員の下駄箱に

ねぎらいの手紙とアメが入っていて、

感動したことは誰もが忘れないだろう。

一番疲れていたのは彼女なのにね……

 


放課後、クラスキャンプの「しおり」を作っていると、

彼女がやって来て、机に向かっている私に声をかけた。

 

「よくやっているねー、アマノは……」

「私、こういうこと好きだから……」

気恥かしさを隠しながら答えると、

彼女はすかさずこう言ってくれた。

 

「いや、好きだけじゃ出来ないよ」

彼女も、誰にも増して笑顔の可愛い人だった。

 

人を大切にして、輝いている寺尾のぞみさんを

叩く人はいない。

批判する人もいない。

応援する人ばかり。


ちなみに、下記は寺尾さんが主宰している

「ミステリオ」というウェブサイト

http://msterio.com/


彼女たちの輝きは、

どちらも本物だから、

彼女たちを見つめる相手も

同じように照らしてくれる。


だから、

叩かれていることや

批判されていることを、

おのれが輝いているからだなどと

牽強付会な言い訳でごまかすのは

そろそろ止めるがいい。


おのれが、上っ面だけ、

表面処理をしただけの

金メッキであるから、

だから、叩かれて

メッキが剥がれる。

再度表面処理を施す。

そんなことの繰り返しは

そろそろ止めるがいい。

 


いくつになっても、

駄菓子屋に集まる子供みたいな

コメントしか受け付けないから

だから、慢心する。

 


甘やかさない方がいいのは、

何も、肌や身体だけではない。

頭や脳味噌だって、決して甘やすべきではない。

 


叩かれたら、

批判されたら、

歪曲させずに、改竄せずに、

そっくりそのまま受けとめよう。

しばしじっくり考えよう。

 


心静かで冷静なひとときは

とてつもなく傲慢な人間性を、

少しは変えさせるかも知れない。

 


さわぐな


わめくな


認められたいのなら、日々の精進が

名を売りたいのなら、見えない努力が

上に立ちたいのなら、人一倍の勉強が


必要と知ることだ。

 

おのれの偽装表示を止めて、


この年になっても知らないことの多い


馬鹿な人間と認めることから始めるといい。

 

私には10年以上学び続けている勉強がある。

そのことについてブログ等で発表しないのは、

まだまだ未熟であり学びの途上にあると思うからだ。

 

学問や真理の前では誰もが頭を垂れ、


謙虚になるべきであろう。


私はそう思っている。

2013年11月 7日 (木)

最も恐ろしい「知識の偽装表示」

食品の偽装表示について、世間がかまびすしい。

伊勢丹も、三越も……などとうなだれている人。

返金を求める人たちもいるという。

 


車海老を食べた!と人に言えるから、ブラックタイガーは美味しかった?

芝海老だ!と思って食べればこそ、バナメイエビが美味しかったの?

どちらでも、召し上がって美味しかったのなら、勘弁してあげたい。

 


何年も前に消費期限が切れていた海老を手渡して調理させたとか、

腐った海老をご高齢のお客様に提供した事実が発覚したとすれば、

取り返しのつかない話だと思うし、告発でも抗議でもされて当然だが、

 


新鮮で、食べてみて、お味もお気に召したのならば、

気分良く、高級感もあって、その分良かったのでは?

などと少しばかりふとどきな考えも去来する。

 


「どうせ私をだますなら、だまし続けて欲しかった」という古い歌の歌詞もある。

 


何であれ、表示やブランド名やお店の雰囲気や店員さんの愛想笑いなどではなく、

本当に気に入った商品に対して、「これならば、だまされたとしても仕方がない」

と思ったら、惜しみなくお金を支払って、手に入れよう。

意識していた訳ではないが、私はこうした感覚を大切にしてきた。

 


先日、こぐちゃん(主人)が上着をおあずかりしてもらうことがあった。

 


すると、その男性から「ご主人のスーツ、上質ですね。

イタリアで、ローマ法王が仕立てているブランドですよ」

と伝えられて、少しばかり驚いた。

 

Dsc04701



こぐちゃんは、着る物や持ち物にはまったく興味がない。

お洒落にも無頓着だから、総て私が、手触り、肌触り、色合いで

選ばせていただいてきた。

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背広の内側に隠れているような、目立たない表示でも、

機会があって、違いの分かる人が見てくれて、ひと目でわかってくれて、

「良いものを身に着けている人なのだな」と思ってくれればそれでいい。

 


ひけらかすことが野暮で下品なのは、何も着る物や持ち物ばかりではない。

 


お馬鹿な者ほど、底の浅い知識をひけらかして披露し、

誰かから指摘されれば、逆ギレして噛みつくようだ。


次々と馴染みのお助け隊が飛んで来て、

批判されたコメントが「最近のコメント」欄から見えなくなるまで、

短く幼稚なコメントを続けて、

ブログ主の誤った知識に対して、正論を唱えていた、YさんやIさんの

クールなコメントを、驚く程速くメインの記事上から追い出していった。

 


最も恥知らずな偽装は、基礎的な学問の知識を蓄えていないにもかかわらず、

賢い人が読むことなどないからわからないだろう、と高を括って、

偉そうに、誤った自説を唱えて恥じない「一方的な知識の偽装表示」ではなかろうか。

 


これには、確かに、付ける「薬」もなければ、飲む「薬」もない。

「残念ながら間違っています」と小さな声で誤りを指摘したYさんは、

強引な論点のすり替えと誰にも負けない自我の強さで瞬く間に押し返された。

なるほど、早期治療をしてくれる、優秀な「ドクターX」も不要という訳だ。

 


唯我独尊……まさに「ひとり教祖様」状態の独壇場である。

「誤った知識の偽装表示」について、指摘し、

改善させることのできるものはどこにもいない。

 


装った知識。

偽りの幸せ。

装ったものたちや、偽ったものたちは、どれもよく似ている。

 


装ったものたちは、背広の裏にそっと隠されている本物の表示のように

ひそやかな満足感に包まれることや、つつましいながらも、人知れず

充実した思いを味わい浸っている人の存在に気づくことはないだろう。

 


ご自分の無教養さ、ご自分の基礎知識不在、ご自分の文章の拙さを知らず、

人様を、ご自分より不幸な存在、と決めてかかり、

私は幸せ、意地悪な人は妬んでいるだけ、と叫んでいた。

 


でも、当のご自分が、とてつもなく意地悪で、

誰より嫉妬深いことを

私は知っている……

2013年9月19日 (木)

悪ふざけ投稿への批判

悪ふざけ・悪ノリ・悪自慢投稿が話題になった。


自らの馬鹿げた言動を得意げに発信する行為は

愚の骨頂であると言えよう。


そうした輩には、ユーモア精神が不在なようだ。

笑いを履き違えていてまったく面白くなかった。


きっと、

両親から躾をされていない

教師から注意を受けていない

誰からも叱られたことがない

愛情をもって怒られたことがない


だから、

何が正しくて、どこが悪いのか判断できないのだろう。


だが、悪ふざけ投稿に辛口の意見を書くのは要注意だ。


おかしいことをおかしいと率直に指摘すれば、

逆に断罪されて多額の金員が請求される社会。


おかしいことをおかしいと言わせず、強い圧力をかけて

正当な批判や嘘偽りのない正論を押し潰していく社会。


これこそ、悪ふざけどころか人権侵害の最たるものであろう。

2013年5月13日 (月)

海老で鯛を釣り、お金持ちにタカる、三位一体となった業突張りのルーツを、池澤ショーエンバウム直美氏のブログに見る!

2012年12月13日「池澤ショーエンバウム直美氏の娘たちは、海老で鯛を釣り上げる、オネダリ名人!『エビタイ姉妹』は、誰よりも図図しい母親譲りで、言葉巧みに金持ちそうな人間に近づいては、金品を手に入れようとする?!」とのタイトルで、拙ブログに記事を書いた。

 

http://beraamano.cocolog-nifty.com/blog/2012/12/post-b434.html


すると、小さな海老で大きな鯛を釣り上げようというがめつさを示す『エビタイ』は、母親の直美氏が実践し、娘らに与えた教育の賜物であったことが、2010年2月15日付「アシェットのバレンタインディナー@JAPAN」という料理ブログ記事からわかった。

 

我が家はもちろんアメリカ風。いえいえ正直に告白すればエビタイ風。
チョコレートを贈って、もっといい物をゲットしてしまいます。

直美氏とその娘らは「三つ巴の三つ子」と呼んでもおかしくないほど同じ価値観を持っていて、まったく同じ考えによって生き、行動しているかのように見える。

 

拙ブログで過去に述べたように、直美氏と娘らは、三人が三人とも、人生の交差点で青信号しか見ようとしない「暴走トリオ」であり、ひとたび三人組の言動にブレーキをかけるようなストッパー的存在が見つかれば、邪魔とばかりに三人一丸となって直ちに封殺せずには気が済まないのだろう。

 


異なる価値観や生き方、角度を変えた思考を持たない女三人にとって、誰か一人の特徴は、三人全員の特徴となって、三角形の合同のようにぴったりと重なる。

 


だから「タカリトリオ」は、「海老鯛トリオ」であり、「ワタシって特別な存在トリオ」「普通に生きられないトリオ」でもあると思っている。



また、他人におごらせる名人と感じられるのが直美氏であろう。

 


しかも、悪いことに、最近の直美氏が物をもらい食事を伴にしてはおごらせている対象は、もっぱら日本秘書協会・理事長の石川愛氏や税理士の鷲田先生など、お年を召した女性が目立つ。

 


直美氏のブログに頻出しており、2013年1月30日のブログによれば、「
右目から左目へと二度の白内障の手術を終えて、1週間前に退院したとの、元ICU学長であり元恵泉女子大学学長であられた大口邦雄氏も含めて、亡くなった私の母の時のように、直美氏が老人の心配ごとや弱みにつけこんでいるとすれば、タチが悪いことこの上なしだ。

 


しかも、直美氏は「お手伝いさんがいて」「世界中に家がある」「セレブ」を広く宣伝し標榜する一方で、別人のような「エビタイ」と「タカリ」ぶりを実践してはばからず、巧みな使い分けぶりをも見せているようだ。

 


日本はもちろんのこと、フィラデルフィアでも、お金持ちのアイさんに「大きなダブルベッドが二つあるお部屋」を取らせたうえに、何と直美氏の夫トマス氏とともに、お夕食までご馳走になっていたことが、2011年9月29日付「バスクよりは日本気分で「白い花」@フィラデルフィア」という直美氏の料理ブログ記事からわかった。

 


アイさん:「お世話になったので今晩は私に夕食をプレゼントさせて。日本食はどういかしら。トマスさんお好き?」



直美:「ありがとうございます。大好きです。」




アイさん、ご馳走様でした。

 


2011年8月5日付「出会いの不思議 ご縁の恵み」というブログ記事には、同行しようとする夫のトマス氏を退けてまで、アイさんと高級ホテルに同宿しようとする直美氏の思惑が書かれていた。

 


「僕も一緒に行っていい?」と言う夫。




「アムトラックでガタゴト行くより、僕の車で行ったほうが向こうでも動きやすいと思うよ。」




「あ、あ、あの、もちろん大歓迎だけど、私たち女同士でちょっとすることもあるしィ。ホテルも、アイさんが大きなダブルベッドが二つあるお部屋を取ってくれているしィ。」


http://kogchan.asablo.jp/blog/img/2012/02/18/1da99c.jpg

http://kogchan.asablo.jp/blog/img/2012/02/18/1da9a6.jpg

 

 


さらに驚いたのは、「バスクよりは日本気分で「白い花」@フィラデルフィア」という料理ブログの記事であった。

 


トマス氏が、好物の「柔らかい白ご飯」と間違えて注文してしまった「歯ごたえある茶色の雑穀米」を、直美氏が「内心しめしめと食べる私」と描写した下記の部分である。

 


ところが唯一の失敗は、ご飯の選択を間違えたこと。



White or Brown?」と聞かれて、つい「Brown」と答えてしまった夫。



日頃から柔らかい白ご飯が好きなものですから、この歯ごたえある茶色の雑穀米にはギブアップ。仕方なく、いえ内心しめしめと食べる私。


こぐちゃんが外食先でオーダーを間違えてしまったとすれば、追加料金を支払っても美味しいご飯を食べてほしいから、「お取り換えしていただけませんでしょうか」と伺うだろう。

 


ところが、自分の胃袋を満たすことしか考えていない食い意地の張った直美氏は、交換してもらうどころか、即座に自分が食べたのだった。

 


お里が知れるとともに、まさに餓鬼かつガキと言われても仕方のないふるまいであろう。


拙ブログで前回紹介したYouTubeからも明らかな通り、直美氏は、自らを「准教授」「著名なマナー講師」と、実質以上のウソの肩書をテレビから全国的に紹介させた時、「内心しめしめと」ほくそ笑んだに違いない。

 


仮に、実質以下の肩書で紹介されていたとすれば、直美氏は烈火の如く怒り狂って、テレビ局を相手に猛烈に抗議したであろう。否、それどころか、損害賠償を請求したかも知れない。

 


だが、それとは逆に、実際より高いウソの地位と職業とが紹介されたから、直美氏はそれに甘んじて、TV局が勝手に肩書をつくったことにさせておけばそれでいいのだろう。

 


飽くことなき虚飾から、直美氏は「准教授」の立場に身を置くかの如く装い、「著名なマナー講師」と見せかけていながら、その一方で「茶色の雑穀米」のみならず、後述する「全日空7月のメニューは」や「江戸時代のお鮨」のように、己の卑しさを全開させたくだらない内容をブログに書いては世間に公開していること自体、ちぐはぐで、私には信じられない。

 


ところで、この茶色の雑穀米の話から、日本で腸閉塞になったトマス氏を米国の病院へ移す飛行機の中、直美氏が、何かに憑りつかれたように機内食を食べまくり、総ての機内食を写真撮影しまくってトマス氏の病室で記事を書いて料理ブログに公開した2012年7月28日付「全日空7月のメニューは」を思い出したので、下記に貼っておく。

 


さらには、トマス氏が米国で入院中なのをいいことに、帰国して誰かと築地のお鮨屋さんに行き、お鮨を握っている板前さんの写真を、客席から撮影しまくっては、「宮下さん」という実名とともに「いい男」と2回、「男前」だと2回、記載して公開した2012年8月15日「江戸時代のお鮨」同年同月16日の「やっぱりブルークラブよりは日本の蟹が、、、」という料理ブログ記事を思い出したので、下記に貼っておく。




これらの記事は、「腸閉塞」という大病を患われて退院したばかりの夫トマス氏をよそに、年甲斐なく恥を知らない、醜悪さの極みと、ほとほと呆れ果てた内容であった。

 


老齢のご主人が大病の最中にあっての機内での健啖ぶり、そして、退院されたばかりでの帰国後の板長さんとのはしゃぎぶりからも伺える二極分解とでも言えよう分裂ぶりを、信じられない思いとともに読んでいたのは、果たして私だけであったろうか。

 


現在改竄されている箇所があるので、閲覧者の皆様も、改竄箇所を探してみていただきたい。

 


料理長は、まるで映画に出てくるようなきりりとしたいい男。


職人さん風の厳しい表情が、ちょっとゆるむとまたいい男。



男前の料理長が、こんなことを始めました。
この謎はまた明日!


さてさて「江戸時代」の男前の料理長、宮下さんが
カウンターの向こう側で、真剣な顔で始めたこととは?

 


http://blog.goo.ne.jp/naomiwakuwaku/d/20120815

 

http://blog.goo.ne.jp/naomiwakuwaku/d/20120816

 


なお、改竄箇所があるのは、この記事に限ったものではないことを付言する。

 


証拠隠滅のため、不都合な内容のブログを次々と削除しては、まるで整形した後のように、記事を改竄した直美氏……ご苦労なことだ。

 


書きたくてうずうずしているに違いない二つのブログを再開させる前に、どこかの「著名なマナー講師」から、ブログのマナーについて学んでおくことが身のためであろうと申し添えて、本日は終えよう。

 

 


***




アシェットのバレンタインディナー @ JAPAN

2010-02-15 08:51:13 | 日記

昨日はバレンタインデー。
と申しましても、アメリカやヨーロッパでは、女性から男性にチョコレートを贈る
という習慣はございません。

この日は、パートナーや家族や友人に日ごろの感謝を伝える日。
当然、男性から女性、女性から男性への双方向でございます。
加えて女性同士、男性同士だってあり。

ニューヨークの花屋さんで素敵な紳士や、ヒップホップ風の若い男の子たちが、
並んで薔薇の花を買っている姿などを垣間見るにつけ、酔っ払って居酒屋から、
「チョコレート欲しいぃぃぃぃぃ。」などというメールを送ってくる我が日本男児
のオコチャマぶりにちょっとがっかり(笑)。

我が家はもちろんアメリカ風。いえいえ正直に告白すればエビタイ風。
チョコレートを贈って、もっといい物をゲットしてしまいます。
かくして毎年、アクセサリーが増えてまいります(笑)。

そして、定番バレンタインディナー。
狙いをつけておいたレストランを早めに予約し、きちんと正装して出かけます。
ちょっと緊張して、パートナーに惚れ直す良い機会にもなります。(I hope so!)

さて今年、私たちが選んだのは、、、、、、
成城の隠れ家、雰囲気も味もセンスもパーフェクトなフレンチレストラン
「アシェット」でございました。

実は、12月の女友達とのアシェットランチを夫がとてもうらやましがりまして・・
その腹いせ、いえ、お詫びもあって、今年のバレンタインディナーの場所が決まり
ました。
http://blog.goo.ne.jp/naomiwakuwaku/d/20091211

ご紹介しましょう、アシェットのバレンタインディナー。


① 乾杯のシャンパーニュ


② アミューズブッシュ
  菜の花とサーモン、モッツアレラの一口キッシュ


③ 小さなオードヴル 9種類の盛り合わせ
  しめ鯖、マグロ、金目鯛、鶏肉、やりいか、鴨、イベリコ豚、フォアグラ、
  (困った、あと一つが思い出せません。)
  とにかく9種の食材が、パプリカソースやバジルソース、カレーソースなど
  趣向をこらした組み合わせの妙で、9つの味のシンフォニーを奏でてくれます。


④ グリーンピースの暖かいクリームポタージュ
  グリーンピースの香が立ち上ります。心がほっくり暖かくなります。


⑤ 短角和牛のロースト、ボルドレーズソース
  いい色にローストされたお肉と一緒にお皿を飾るのは、京人参、人参、
  ベビーコーン、赤黄のパプリカ、たけのこ、オクラ、ズッキーニ、マッシュルーム
  、しし唐、菜の花の美しい野菜たち。


⑥ チョコレートのデザート
  暖かいチョコレートの一口スープと、ホワイトチョコレートとキャラメルの
  ロールケーキ、そしてまあ、何という美味しさだったでしょう、蜂蜜のジュレが
  付いてまいりました。


⑦ 食後の小菓子とコーヒー

目も、鼻も、舌も大満足のこのバレンタインディナー。
シャンパンまで付いて、これで5千円とは、本当にお値打ちです。

残念ながら、2月13日と14日の2日間の限定メニュー。
昨夜で終わってしまいましたけれど、大丈夫、いつものメニューだって大満足で
ございますから。

心身ともに幸せな気分に包まれて帰ろうとしたら、稚田シェフがキッチンから出て
きてくださいました。そして恥ずかしそうにこうおっしゃいました。

「去年のブログ見ました。何か僕、実物よりよく撮れていて、、、、、」

まあ、まあ、の驚き。どうやって見つけたのでございましょう。
悪いことは書けないものでございます(笑)。

By 池澤ショーエンバウム直美

 

 

20110805

出会いの不思議 ご縁の恵み

 

我が尊敬する師にして、勝手に姉のように慕っているアイさんのことは、これまでも何度かこのブログで書かせていただきました。不思議なもので、さして長いお付き合いでもないのに、アイさんと一緒にいるといつも、自分の素の部分がホッコリと顔を出してくるのです。しかも自分が好きな方の素の部分。まさに人をたくさん育ててきた方だけのことはあります。

しかも私たちにはたくさんの共通点があります。まず第一に好奇心と発想と行動パターン。良く言えば実行力、悪く言えば乗りやすいところ(笑)。 海外暮らしが長いことも共通点のひとつです。ですから、いつだってご一緒に過ごす時間は楽しく過ぎていきます。

先日、連れ合いを大学に車で送り届けて、一人キッチンでコーヒーなど飲んでいたら、やおら当のアイさんから電話がはいりました。

「ナオミさん、お待ちしてるんだけど、、、、」

真っ青になった私。だってこちらからのお願いごとでお忙しいアイさんとのアポを取らせていただいたのですから。あわてて手帳を開けば、確かに、その日の欄に、「11時30分 アイさん 六本木」と大きく書いてあるではありませんか!

平謝りに謝って、結局、その翌日の水曜日の同じ時間にお訪ねさせていただくことになりました。と言ってもさすがのアイさん、私のドジかげんについても十分に把握していらっしゃいますから、さもありなんと、柳に風のごとし。救われました、本当に。

そしておうかがいした20日の水曜日。ヒルズの素敵なレストランで長いランチタイムをご一緒させていただいている間も、話はこちらからあちらへ、またその先へと留まるところを知りません。いったいどこから始まったのでしょう。今思い出してもどうしてもわからないのですが、なぜかこんな話題になりました。

「私の古くからの友人が、今日から青山の画廊で陶芸展をやってるの。」

まあまあ、それがどうしたことでしょう。気づけばすごいことになっていたのです。これがアイ&ナオミのマジックです(笑)。

まずその前に、この「陶芸展」について簡単にお話しさせていただかなければなりません。
 
これは8名の作家が5点ずつを展示した「Five by Eight」と言うもの。青山での展示はすでに終了してしまいましたが、実はこの展示は、9月23日から10月30日まで、アメリカのフィラデルフィアで開催される「渡米への序章」だったのです。

レセプションは初日の9月23日、会期中には作家達がロクロの実演をするワークショップもあれば、日本のティーセレモニー(お茶会)もあります。アメリカの美術館の名門中の名門、フィラデルフィア美術館は、染付け体験の会と、美術館内の茶室での茶会を主催してくれます。

なんと、アイさんと私は六本木のランチタイムが終わる頃には、すでに二人してフィラデルフィア行きを決めてしまったのでした。「手伝いに行きましょう!ついでに二人で遊んじゃいましょう!」

以来、あれよあれよと言う間に、実行力あるアイさんが次々とプランを考えてくれます。
 
私は今月後半からまたワシントン暮らしになりますから、まずアイさんが、「Five by Eight」の開催直前にワシントンまで飛んできます。そして足掛け3日間を二人でワシントンで過ごした後、わが家から歩いて5分の駅から、アムトラックの電車に乗ってフィラデルフィアに入ります。

アイさんはともかく、不器用な私に何が手伝えるのかは疑問ですが、それでも通訳ぐらいはできるでしょう。そのためには一生懸命、日本の陶芸について勉強をします。

ところがここで思わぬ障害が(笑)!
 
「僕も一緒に行っていい?」と言う夫。
 
「アムトラックでガタゴト行くより、僕の車で行ったほうが向こうでも動きやすいと思うよ。」

「あ、あ、あの、もちろん大歓迎だけど、私たち女同士でちょっとすることもあるしィ。ホテルも、アイさんが大きなダブルベッドが二つあるお部屋を取ってくれているしィ。」
 
と、先制をする私。

今まさにタイミングよく流れてくるのは、香港で買った3枚100ドル(約千円)のCDの1枚、百恵ちゃんの「さあさあ、はっきりカタをつけてよ」(絶体絶命)。あまりのタイミングにひとり笑っております。

さあさあ、どんなカタがつくことですか。
 
いずれにしても、日本の陶芸を海外に向けて発信していきたい、というコーディネーターの真木まき子さんのお働きと、8人の作家たちの志に少しでも関わらせていただけるのは、私にとって本当に嬉しいこと。

これもみなアイさんとの出会いとご縁。
 
しかも、アメリカでの陶芸展という夢のようなことが実現できたのは、真木さんと、フィラデルフィア美術館東洋美術部長のフェリス・フィッシャーさんとの、ふとしたことから生まれた長い友情の流れの中でのことだそうです。

出会いは不思議。
 
ご縁は恵み。


しばらくはこのバナーを置かせていただきます。どうぞよろしくお願いいたします。何せ人手不足です。司会も私が勤めさせていただきます。
                               

20130130

38巻まできた栄花物語


右目から左目へと二度の白内障の手術を終えて、1週間前に退院した先生にお会いしました。お日様がまぶしかったり、遠くが見えなかったりと、まだまだご不便はあるものの、心配していたよりもずっとお元気でした。

初めてお会いした24年前からこれっぽっちも変わらずに尊敬をしている先生です。

http://blog.platies.co.jp/article/61873524.html

 


バスクよりは日本気分で「白い花」@フィラデルフィア

2011-09-29 19:34:42 | グルメ

フィラデルフィアでの日本の陶芸作家8名による「Five by EightNew Art form Japan」のプレビューとレセプションの翌日の土曜日は、午前中から作家さんたちのワークショップが行われました。これもまた、絵付けやら、色付けやら、ロクロをまわしたりやらで、アテンドの私の方までワクワクドキドキでしたが、この後、関係者全員で繰り出した中華街の飲茶もまた大盛り上がり。


青い後姿と、向かいでニコニコと手を伸ばす同じく青い姿は、「よそ行きの作業着」に身を包んだ作家たちです。

盛り上がりの中、デトロイトから通訳で来ていたユカさんが、丸テーブルの向こう側にすわるハナゾノさんに向かって言いました。ハナゾノさんはこちらに来て20年、自分のスタジオで制作に励む素敵な女性の陶芸作家です。写真の中の黒と白のストライプの方。

「ハナゾノさ~ん、フィラデルフィアでどこかいい日本食レストランってありますか?」
「ありますよ~、『白い花』がいいかも。」

というテーブルごしの二人の若い女性の会話を左耳でキャッチした私。
しっかり「白い花、白い花、、、、」と呟きながら、忘れないようにインプットしました。

そしてその晩、すぐに行っちゃいました。
といってもこんな裏話が。

アイさん:「お世話になったので今晩は私に夕食をプレゼントさせて。日本食はどういかしら。トマスさんお好き?」
直美:「ありがとうございます。大好きです。」

トマス:「それはありがたいけれど、僕はすでに君たちのためにスペインのバスク料理のレストランを予約してしまったよ。大人気の店でね、週末のこともあっていっぱいで、予約は9時30分だけど」

この後すったもんだがありまして、結局バスクをキャンセルさせて、「白い花」を予約いたしました。実は私もそろそろ日本食が食べたかった頃だったんですもの。

一歩入ってびっくり。ここはどこ?フィラデルフィア?ウソでしょう?
というほどに全く日本。黙々とカウンターの向こうで寿司を握る3人のイタさんたちの様子も、まるで日本。けれども見回せば、日本人ではない人たちばかり。

まずややっぱりこれです。枝豆とビール。
ビールは私たちの大好きなベルギーの「ブルームーン」です。
残念ながら生はなくて、瓶でしたが、かまいやしません、飲めれば(笑)。

次はお豆腐。ワサビ醤油が利いてます。いいですねえ。


そして焼き鳥。これもなかなか。


私たち女二人はこの大きなお寿司を頼みました。
二人で一皿、それでも十分。
アイさんと二人で真剣にジャンケンポン。
勝ったほうから先に一つ好きな物を取り、次に負けたほうが取り、また勝ったほうが、、、、というように公平戦で行きました(笑)。


息を呑むように美しい!
小さなシャリの上に大きなネタが。
ちなみに勝ったのは私。最初に取ったのはマグロ。
平凡すぎる?

夫は何を頼んだかといいますと、なんとこの色々セットでした。


大好きな天ぷらも、お豆腐も、巻き寿司も、アボガドも、お新香も、
そしてお味噌汁までついてきて、ご満悦のアメリカ人が一人(笑)。


ところが唯一の失敗は、ご飯の選択を間違えたこと。
White or Brown?」と聞かれて、つい「Brown」と答えてしまった夫。
日頃から柔らかい白ご飯が好きなものですから、この歯ごたえある茶色の雑穀米にはギブアップ。仕方なく、いえ内心しめしめと食べる私。


アイさん、ご馳走様でした。
それにしてもどこの国でも、最近は日本食が大流行です。
そして私も、最近は時々こうして和食が食べたくなります。
年のせい?

By 池澤ショーエンバウム直美

 

全日空7月のメニューは

2012-07-28 00:27:25 | 季節の食卓

夫の急病という、予想だにしなかった緊急事態で飛び乗ったのは
全日空のワシントン行き02便
エコノミーではとても無理でしたのでビジネスクラスにしましたけれど
なにせたった一日前
並んだ席など取れるわけがありません。
夫の3列後ろが私です。

でもこれ、ある意味ではよかったのかもしれません。
しばしば様子を見に行くには、たった3列の距離などなんでもありませんし
なにしろ食事が気兼ねなくできますから。

飲食ができない人のとなりで
自分ばかりが食べるわけにはいきません。
けれども、私が今きちんと食べなければ
長期戦になるかもしれない状況を乗り切る事ができません。

直前の怒涛のような2日間に
ほとんどまともに食べられなかった分までしっかりと
食べなければなりません。

ということで、気持ちをカチャリと切り替えて
いただきました、これが全日空7月のお食事です。

和のコースと洋のコースがありましたけれど
珍しく「洋」を選んでみました。
なんだかお肉が食べたくて。

まずはアミューズから。
まあ、なんていう美しさ。
これが空の上だなんて信じられません。


大振りの枝豆の下には、わさび味の湯葉ペーストの上に土佐酢のような味のジェル。
マドレーヌはコンソメ風味です。
しゃきしゃきのお野菜をくるりと巻いたスモークサーモンにはたっぷりのイクラがトッピングされて
カボスの香りが漂います。
モツァレラには黒オリーブと緑オリーブです。

ワインを頼めば、いくつかのセレクションがある中で
好みのものを、きちんとガラスのコップに注いでくれます。

これはスペインのリオハです。

青い紙のクロスから
白い布のクロスに変えられて
お食事が始まります。


アピタイザーは、ソフトドライビーフです。
オニオンとパプリカのコンポート、アーティチョークやクミン風味のセロリが添えられています。


2種類のパンのうちのひとつは、まるでお握りのようでした。
四万十川の青海苔を生地に練りこんで、焼き海苔を巻いたもの。
バターとオリーブオイルの小瓶がついてます。


そしていよいよメインの登場!
なんだか無性に食べたくて選んでしまった牛フィレ肉のステーキです。


ソースは2種類。
パンチェッタとトマトのソースか
和風ソースから選択します。
「洋のコース」を選んだくせに、なぜかソースは「和風」をお願いしてしまいました。

7月のデザートは、パイナップルとバナナのパフェです。


ついでに到着前の朝食は、、、、
こちらは純和風でまいりました。
金時草のお浸し、鯖の梅煮です。


こうして、その後に続く茨の道のために
頑張ってエネルギーチャージをしたのですけれど
いったいいつまでもってくれるかしら、、、、

これ、眠っている夫を見守りながら、病室で書いてます。

By 池澤ショーエンバウム直美

 

江戸時代のお鮨

2012-08-15 21:59:07 | レストラン

昨日、再びワシントンへと移動しました。
いつもながらのあわただしい暮らしです。
とりわけ今回の短い東京滞在は、そのあわただしさから言ったらトップクラス(笑)

でも、仕方がありません。
人生、そう何度も起こっては困るような特別事態だったのですから。

ひとつひとつおのが義務を片付けていく中でも
ありがたいことに、おいしい時間がたくさんありました。

会いたい人や、会わねばならない方々
行きたい所や、行かねばならないたくさんの場所
頼まれた諸々の夫の用事と
中途半端になってしまった私自身の諸々のこと
それらが素敵に組み合わされれば
こんな奇跡も生まれます。
江戸時代の昼食タイム。


「打ち合わせ場所は、江戸時代のお鮨でいかがでしょうか?」

ワタシ、最初に聞いた時には、江戸時代のお鮨をいただくのかと思いました。
だって、握りの起源は江戸時代だというではありませんか。

そしたらなんと、これでした。


場所は築地。大通りをちょっとはいった静かな一角にある「鮨 江戸時代」という看板のお寿司屋さんです。
開店7年というこのお店、築地界隈に数多くあるお寿司屋さんの中から、食関係の打ち合わせ場所として選ばれただけあって、なかなかのお店でした。これはもう、絶対に行きつけになりそう、いえ、そうできたらなあ、というお店。

お頼みしたのは「料理長のおまかせにぎり」
お一人様5千円
すわったのはもちろんカウンター

まずは登場、水菜とパプリカのしゃきしゃきサラダです。
胡麻ドレッシングで和えられています。


次々と行きますよォ。
なんたって「おまかせ」ですから、何が出てくるかはわかりません。
サラダに続くは、上品なお味の茶わん蒸し。


料理長は、まるで映画に出てくるようなきりりとしたいい男。
職人さん風の厳しい表情が、ちょっとゆるむとまたいい男。


最初のお皿は、豆腐の芽葱のせ、新子、真子鰈昆布〆


真子鰈には、お酒に梅干しの香りをつけて味をしませてあります。
新子には、お醤油よりも歴史が長いという「いり酒」が。
「お醤油につけずにそのまま食べてくださいね。」という、料理長。


次にお皿に載せられたのは、鰯と海老です。
鰯は千葉産。梅雨時から今頃までの夏時が旬だそう。


みる貝にほっけ貝
貝類はちょっとあぶると甘味が増すそうです。
そんなことも、カウンターの向こうから教えてくれます。


しゃりは小さく、一口で食べられます。
いただくそばから次々とにぎってくれます。

金目鯛には辛子を載せて


本まぐろの赤味の漬けと
中トロです、


青海苔の味噌汁が出てきたと思ったら


まだ続きました。
イクラとウニです。


長崎は対馬で獲れたという、しっかりした身のアナゴです。
お聞きすれば、昨今では東京湾ではアナゴはなかなか獲れなくなったとか。


お開きは江戸前の玉子焼き。
芝海老のすり身を入れて焼くそうです。


その昔、江戸時代には玉子が貴重品だったため、すり身を入れて量を増やしたとのこと。
今では、玉子よりも海老の方がずっと高いですよね(笑)
食感はまるでふわふわのスフレです。

これで5千円とは、かなりお値打ちだと思います。
お鮨の大好きな夫をいつか連れていきたい、という目標ができました。

男前の料理長が、こんなことを始めました。
この謎はまた明日!



鮨 江戸時代
東京都築地4-4-14
TEL
FAX 03-6278-0022
営業時間(お昼)11:3014:00 ラストオーダー  (夜)17:3022:30 ラストオーダー
日曜日はお休み

By 池澤ショーエンバウム直美

 

http://blog.goo.ne.jp/naomiwakuwaku/d/20120815

 


やっぱりブルークラブよりは日本の蟹が、、、

2012-08-16 21:58:42 | 季節の食卓

昨日の話を続けます。

さてさて「江戸時代」の男前の料理長、宮下さんが
カウンターの向こう側で、真剣な顔で始めたこととは?


興味津々、つい身を乗り出して、、、
そんなギャラリーにも、宮下さんが丁寧に説明をしながら
お仕事を続けます。

蟹の足の甲羅の内側に細い串をすーっと入れる瞬間の手さばきに惚れ惚れしているうちに
次々と身がはがれていって
見事に盛り付けられていきます。


これで2人前。お値段は1人前で1500円。
爪の後ろの甲羅の上に、殻から外された身がたくさん載っていますよね。


「オホーツクの毛蟹は8月末までが旬ですよ。」

と言われて、「わかりました。旬のうちに食べに来ます!」

と言ってしまってから気づきました。ワタシ、無理でした(涙)。
いないんですもの。

というわけで、仕方なく、せっせとブルークラブを食べています。
ブルークラブと言えば、チェサピーク湾でとれるメリーランド州の名物です。
茹でてしまえば赤くなってしまいますけれど、水から揚げられた時はきれいなブルーをしています。

でもやっぱりちょっと味気ない。
だってこんなヨーグルトみたいなプラスチックの容器に入って


蓋をあければプルトップ


プルトップをあければこんなです。


そりゃたっぷりつまっていて、世話がありませんけれど
やっぱり食べたい、宮下料理長の蟹です。
来年はぜひ!

ところで、成田空港の本屋さんで、いつものごとく
たくさん本を買いました。
そのうちの1冊がこれです。


DANCYU」の9月号、「呑み寿司、旅寿司、ふたり寿司」。

あまりにおいしそうな写真が並び過ぎていて、
ちょっと目の毒?
のような気がしないでもないような、、、、、(笑)

By 池澤ショーエンバウム直美

 

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