恋愛

2016年1月29日 (金)

お誕生日おめでとう。会いたいよ

本日は亡き母の誕生日。

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応訴作業に明け暮れ、

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お墓参りに行くこともできないが、


限りなく深く優しく、おっとりと、見守っていてほしい。

 

 

いつものとおりにね……

 

 

母にコグちゃんを紹介することが出来たなら

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安心させ喜ばせてあげられたのに。

 

そう思うと残念でならない。

 

 

父とも会ってほしかった。

 

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グルメだった父のこと、きっと「コグくん行くぞ!」と

 

しっかりと肩を組み、笑いながら、あらゆる店に主人を

 

連れ回し、紹介して歩いたに違いない。

 

 

家族全員を失い、目の前が真っ暗だった時、

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私の新しい家族になってくれたコグちゃん。

 

 

その家族が驚くほどいい人であったという

 

想定を遥かに超えた感動。

 

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コグちゃんとの歴史は、私の心を熱く

 

温かい思いで日々満たしてくれている。

 

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亡き両親の子どもとして生を受けたこと。

 

そしてコグちゃんの奥さんであることは、

 

私の最大の誇りである。

 

 

2012年1月29日の記事↓も併せてご高覧いただければ幸いです。

 

不言実行の「まことに小さな男」

 

http://beraamano.cocolog-nifty.com/blog/2012/01/post-7e8e.html

2012年11月 4日 (日)

なにげない 日々の暮らしの ありがたさ 時に噛みしめ 感謝をつづる

風が冷たくなると、家で温かいお茶を飲む機会がふえて来る。


そんな時に、ちょっとしたお茶受けのお菓子があると嬉しい。

 

最近のお気に入りは「FLAVOR(フレーバー)」というメーカーの

チョコレートチップックッキーとブラウニー。

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デパートに行くと、それぞれを2個ずつ買って帰って来る。

チョコレートが例えようもなく濃厚で、一度に1個食べ切ることが困難なのが悲しいところだが、素朴な味がいい。

私は紅茶のシフォンケーキが好きなのに、人気がないようで、商品をあまり見かけない。先日ジオラマ展に行った帰りに日本橋高島屋の地下食料品売り場で、こちらの「アールグレイティーケーキ」を見つけて買ったのがきっかけだった。

ややパサパサしていたものの、紅茶の味が感じられてなかなか美味しかった。

朝食のパン替わりにもなりそう。また購入したい。

http://www.flavor.co.jp/

先日も目についたクッキーを買ってみた。

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サダハルアオキと書いてある。

有名なパティシエの方なのだろうか?

まだ食べていないので味については語れないが、最適なサイズで個別包装なのが嬉しい。サイトを見ると紅茶のクッキーもあった。

http://www.sadaharuaoki.jp/top.html

http://www.sadaharuaoki.jp/demisec.html

 


そして、主人も私も大・大・大好きな「ジョナゴールド」!

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どうしてこんなに美味しいの?!



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さっぱりした甘さがたまらない。

 

さて今日は、冬物の重いコートを何枚か出したり、着ない洋服をしまったりしたせいか、右肩がひどく凝り、疲れてしまった。

そのため、いつもながら、お買い物の荷物は主人が持ってくれて、ジョナを剥いてくれて、水回りの掃除や家事も代行してくれた。

最後にお味噌汁に入れる三つ葉までが、細かく綺麗に切ってまな板の上に置かれていて、入れるだけにしてあった。

何でも私より上手。


お味噌汁の写真を撮ってブログに載せてもいい?と主人に尋ねると、駄目だよと言われた。まともな大人の男性の回答である。

 

さっき、シャツをめくりながら(笑)お互いの肩に湿布をはった。

こぐちゃんは「これが本当の貼り愛だ。張り合いがあるね!」と言いながらハハハと笑った。


昨日ネットスーパーから届いたトイレットペーパーは、期間限定でクリスマスの絵柄に変わっていた。

「可愛いねー!」と顔を見合わせながら、しばし二人で微笑んだ。

 

心がほんのり明るくなる、心がほっと和らぐ、

安らかな、ささやかな、なにげない日々の暮らし。

こぐちゃん、いつもありがとうございます!

 

次回は、図図しく、世知辛い、池澤ショーエンバウム直美氏の

「タカリ根性」と「ゴリ押し」について、具体的に書こう。

 


***参考資料***

図図しいの類義語

横風 破廉恥 靦然たる ・ ずうずうしい ・ いけ図図しい 僭上 憎々しい 驕傲 不遜 野面皮 図々しい 恥しらず 僭越 ・ 生意気 不遠慮 厚かましい 押強い かさ高 太太しい 野太い いけ図々しい 厚顔 暴慢 鉄面 驕慢 押し強い 猛々しい 無遠慮 白しい 不躾け 不埓 不埒 鉄面皮 図太い 猛猛しい 僣上 ・ 太い ・ 不届 不躾 専横 大風 僣越 不仕付け 旁若無人 恥知らず 傲慢 白々しい 無恥 大柄 厚皮 無礼 たけだけしい 臆面もない 小癪 しゃあつく

世知辛い(せちがらい)

金銭的に細かい ・ (誰もが)勘定高い 打算的 抜け目ない 生き馬の目を抜くような(世相) ・ シビアな(金銭感覚) ・ 暮らしにくい ・ 生きにくい(世の中) ・ (経済的に)余裕がない



ゴリ押し
ごりおしとは、

どう考えても理にそぐわないことを強引に押し通すことである。

概要

辞書的には「無理押し」ともいい、理に合わないことを分かっていながら考えを押し通すことである。

2012年7月23日 (月)

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結婚相手を見れば、ある程度その人物がわかると私は思う。

結婚の相手選びには、自分のコンプレックスがそっくりそのまま投影されていることが多いからである。自分に欠けた部分を異性に求める力が本能的にはたらくせいもあると思われる。美女と野獣の組み合わせなどはその最も顕著な例であろう。

では、15行削除。

http://career-cafe.cocolog-nifty.com/blog/2007/06/12_c736.html

だが、池澤夏樹はもともと翻訳という執筆の仕事をしており、文学の素養があったうえに、高名な作家の息子という確固たる血筋もある。さらに、福永武彦の息子という恵まれた立場は、文学者を目指す名もない多数の者たちより圧倒的に有利であったのだから、池澤夏樹が二世作家として活躍する姿は、作家を志す他の者たちに比してたやすく予想のつく姿であったろうし、翻訳者であった池澤夏樹が、大作家となって活躍する場所は、最初から開かれていたともいえよう。

だが、6行削除。

ちなみに、池澤夏樹のウィキペディアには、

1993年に沖縄に移住。1999年7月に直美と離婚。直美との間には春菜とその妹の2女がある。同年8月、歳の離れた編集者と再婚し2児をもうけた。

と記載されているが、この記載は事実に反する。直美氏との離婚が成立するずっと前の別居期間中に、編集者とされる女性との間に2児が誕生したのである。沖縄での同棲を経て再婚した女性が、私と同い年であることや、直美氏との離婚が成立する1999年より以前に、沖縄で誕生した2児が二人とも女の子であったことについて私は、当時親しかった直美氏から、直接聞かされて知り得ていたからだ。

16行削除。

 

http://blog.goo.ne.jp/naomiwakuwaku/e/45d0b7f5327e197f74f78fb867a44f34

11行削除。

「打算婚」なのかどうかは、ひとえに、今後「離婚」するかどうかにかかっている。離婚の危機を避けるためには、子どもを大切にすることは言うまでもないが、一度きりの人生の相手として、自分を選び、自分との生活を望んでくれたたったひとりの夫君の人生も、子どもと同じように大切にしてあげることに尽きると思う。夫君とはあたたかい会話のある毎日を積み重ねて愛情を育て、物質面よりも心豊かに人生を過ごしてほしいと切に願っている。

2012年6月 7日 (木)

「目は心の窓」は真実である

大学時代、私は現実の恋愛を求めていなかった。

いいなと思ったのは、

引き続き俳優の勝野洋さんと、

ゴダイゴのスティーヴ・フォックスさんくらい。

 

 

では、私はどんな男性をいいなと思うのか。

過去から現在に至るまで一貫しているのは、

「目の綺麗な男性」ということだ。

「目つき」でも同義であり、

「目の状態」ということでもある。

 

 

おどおどして定まらず泳いでいる目、

陰湿な悪巧みを潜ませた細い三白眼、

底意地の悪さをうつす濁った沼のような目、

まともに視線を合わせることも出来ない謀含みの目、

狭量で人望のない砂に埋もれたシジミのような暗い目、

捲土重来を狙う狂気の野望を秘めた窪んだ黄色い目。

さまざまな男の目を見て来た。

 

 

いかに真面目な善人を装おうとも、

目つきが悪くきわめて目の汚い男は、本性が腐っている。

何をしても不平不満を漏らすだけで大成することはない。

師事した人間に背き、行動すら共にしなくなってゆくだろう。

真心ある弟子に恵まれない師匠は、健康面、仕事面において、

衰退の一途を辿ってゆく運命にある。

 

 

3か月間みっちり対峙すれば、正体が露見する確率は高い。

執筆でも、電話でも、

書くだけなら、口だけなら、

いくらでもうまいことが言えるし書ける。

密室での二人だけのやりとりならば、

巧言で惑わすことはもっとたやすい。

自分しか読まないメールボックスに届く、

歯の浮くような甘言、

褒め殺しの文章には要注意だ。

たらしこみ、煽り立てて、

何を引き出そうとしているのか。

男の正体を見極めて、

白日の下に晒すことだ。

 

 

例えば、ボランティア活動のように

純粋な善意から派生した行為であったならば、

相手の役に立ち、喜んでもらえればそれだけで良い筈であり、

感謝や称賛の言葉、御礼の贈り物程度で満足できる筈である。

だから、純粋な善意からの活動であるならば、その行為は、

見返りを望むことなく、喜びとともに続けられる筈なのだ。

善意からの活動でなく、例えば本来の目的が私たち爺婆から

募金なりカンパなりを引き出すことであったとすれば、それが

達成しないことに苛立って、自ずと馬脚を現し正体が露見する。

 

 

教訓として言えることがいくつかある。

あまりに不自然な形の異性の接近には、

必ず何らかの意図や目的が隠れている。

 

一度うまくいかなくなった人間関係は

よっぽどのことがない限り

二度とうまくいかない。

 

今の世の中には、善意だけで動く人間など

いるわけがないと思っていた方がいい。

 

目つきの悪い男

口のうまい男

急に反転する男

これらは三位一体であることが多く、

最も油断してはならない。

 

 

加えて、私の軽蔑する男とは

老夫婦や女など弱い者や自らに影響のない大者ばかりを叩く男

警察や政党など権力に金で買われてこそこそと動く偽善者の男。

最も低劣であり醜悪である。

 

 

何よりも、「恒産無き者は恒心無し」ということだ。

つまり、一定した生活ができるだけの収入のない者は

心が定まらず、節操がなく、何をしでかすかわからない。

男と接する時はこのことを肝に銘じておくべきであろう。

<つづく>

2012年6月 4日 (月)

人間は実体験からこそ学ぶ生き物

寮長ことTさんへの私の関心はすっかり失せていた。

ギョッとするような第一印象を父に告げられて

驚いたせいもあったが、

Mさんから「見せつけた」と誤解されたことも

暗く重くのしかかっていた。

そんなつもりは一切なかったのにという後悔の念と

見せつけではないことを証明したい気持ちがあった。

加えて四谷キャンパスでの変化に富んだ毎日が楽しくて、

わざわざ他の大学の学生に会うのは面倒くさいと

考えるようになっていた。

 

 

「Tさんに就職を頑張ってほしいからね、

 電話がかかって来ても取り次がないでね!」

私は母に言った。

「パパに言われたからじゃないの?」

母が聞いた。

「それもあるけどね、

Mさんに見せつけられたって言われちゃったし、

でも、そんなんじゃないし。

それに、会いたくなくなっちゃったし!」

 

 

不思議なほど未練めいた気持ちがなかった。

Tさんのことも、私は好きではなかった。

母と話しながら、そうはっきりと感じた。

私は、ダンスと話術、そして絵画に酔わされたのだ。

どれも私にとって未知の世界というだけのことだった。

口の悪いMさんと父が、剥き出しの言葉で

私を冷静にさせて、気づかせてくれたのだ。

 

 

「それならいいけど……」

母は言った。

「ママはどう思った?」

「そうね、馴れた感じの人だわね」

「なれたって?!」

「世馴れたと言うのかしらね」

「ああ、そういう意味」

「お靴……」

「靴?」

「ホテルだから、どちらかと言えば

運動靴じゃない方が良かったわね……」

婉曲に、控え目に、口ごもりながら母が伝えた。

「運動靴だった?!」

まったく気がつかなかった。

「パパがね、

4年なら背広の一着くらい

持っているだろうって。

それに運動靴だぞって……」

母は遠慮がちに言った。

その当時スニーカーというハイカラな名称はなかった。

「就職も控えているんだから

 そのくらい自分で気づかなきゃダメよね」

 

 

ダメ出しに同意しながら私は大人の目を恐いと思った。

人の振り見て我が振り直せ……自ずと頭に降りてきた。

TPOにふさわしい身だしなみが必要ということだった。

それが出来るよう心がけねばいけない……

この時、身に沁みて知らされた。

 

 

もしかすると、人間は、

こういう実際の出来事からしか

学ぶことも覚えることもできないのではないか。

知らない人は一生知らないままで、

何の不都合も、痛痒も感じぬまま、

その一生を終えるのだろう。

となれば、これは、確かに

私にとって必要な

ありがたい実体験であった。

<つづく>

2012年6月 3日 (日)

率直過ぎるよ、Mさん!

大学でクラスに女子は5人だった。

陽子さんとNちゃんは

同じ九州出身のせいか自然と親しくなったが、

推薦入学したYさんとMさんは親しくならず、

同じクラスの女子だから女子同士仲良くしよう

といった気持ちもまったく感じられなかった。

そう言えば、オリキャンの時に

「バラバラに座りましょうよ」「そうね」

と言ってさっさと男子学生の方に

進んで行ったのもこの二人だった。


 

入学したばかりのある時、クラス全員に

出身高校の名前が記された紙が配布された。

Mさんの名前の下には「追浜技術」と書いてあった。

男子学生の誰かが「お前、オッパマなの?!」と聞くと

Mさんは「違うわよ!」とひどく怒った声を発した。

追浜と書いて「オッパマ」と読むとこの時私は知った。

誤記ならば訂正してもらえばいいのにと思ったが、

Mさんは何もしなかった。

お蔭で記載されていた「オッパマギジュツ」という

個性的な名前が、私の脳裏に深く刻まれてしまった。


 

小川さんにMさんの気持ちが伝わる前にはこんなこともあった。

大学に近いブタマンの下宿にMさんや小川さん、

私も含めた学生たちが集まって、

お菓子やジュースを飲みながら談笑していた。

その時、ブタマンがお世辞で、

「アマノさん、人気あるでえ!

〇〇もええなあ言うてたわ」と言ってくれた。

すると、他に気の利いた話題がなかったのか、

他にいた男子たちもそうだと言わんばかりに、

「オリキャンの時、可愛い子がいるなって思った」と言う声や

「目立つから、声かけて来るやついるでしょう?」と尋ねる声も

聞こえてきた。

すると、Mさんが意を決したように大きな声でこう言った。

「その話は私が不愉快だからやめて!」

一同は水を打ったように静かになって

気まずい空気が狭い下宿内に充満した。

私はMさんを率直な人だなあと思った。

 


やはり入学してすぐの頃のことだった。

陽子さんからダンパに誘われた私は、

クラスの他の学生に、慶応のパーティに誘われたと話した。

すると、推薦入学組で、遠距離通勤をしていて、

誰よりも細い体の、おとなしい「なよまん」が、

珍しく、蚊の鳴くような声で、心配しながら

「行ってもいいけど、遅くならないでね」と言った

私は「うちは門限が厳しいから大丈夫よ」と答えた。

その後、Mさんは、なよまんのことをこう言った。

「まったく、

それでもタマはついてるのか!って言いたくなるよ」

立教女学院時代の親友五十嵐さんが聞いたら

卒倒してしまうような、強烈なひと言だった。

 


Mさんは自分の言語を持っていて、

躊躇なくそれを吐き出した。

婉曲にとか言葉を選ぶという選択肢がなかった。

Mさんは漢字がまったく読めなかった。

幻滅のことは「ゲキメツ」と読み、

濃厚なラブシーンを「ノウアツ」なラブシーンと言った。

自分の両親や兄のことは、

とおちゃん・かあちゃん・にいちゃんと呼んでいた。

「とおちゃんは大工をしてるんだ」そう自慢気に語っていた。

とおちゃんはいい男だけど、にいちゃんはそうでもないと語り、

いい男じゃないにいちゃんは学校の先生なんだと教えてくれた。

 


Mさんは川崎に住んでいた。

自宅周辺が再開発されることになった時、

「とおちゃんが、三角形の土地を高く売りつけて

儲けたから、大きな家に建て直したんだよ」と話し、

「泊まりにおいでよ」Mさんは自慢の家に私を誘った。

 


せっかくのご好意なので私は喜んで

泊まらせていただくことに決めた。

ところが、いざ川崎に行くだけでも大変だというのに、

Mさんの家はそこから南武線という電車に乗り換えて、

10個以上駅を見送ってもまだ着かない場所にあった。

疲れ果てて、やっとたどり着いた先は暗い田舎だった。

Mさんは、こんなに遠くから毎日四谷まで通っている……

これなら根性もつくし、しっかりもするだろう。

疲れて不機嫌になることも多いだろうと理解した。

 


鍵のついていない部屋に初めて泊まって恐かったこと。

Mさんがかあちゃんにそっくりだったこと。

私が覚えているのはただそれだけだ。

<つづく>

2012年6月 2日 (土)

ご紹介のつもりがとんでもない結果に……

Tさんと次に会う日が迫っていた。

両親に引き合わせる前からの約束で、

親しくしていた同じクラスのMさんに、

Tさんが、寮の後輩を紹介してくれる

手筈が整っていたからだった。


 

Mさんは小川さんとご縁がなかった。

それだけならまだしも、小川さんは、

同じクラスのYさんと交際していて、

見せつけるような態度を取ったのだ。

Mさんの怒りはこの日から始まった。

事の顛末を私がTさんに話したから、

ご紹介の一席が設けられたのだった。


 

渋谷だった。

寮長に連れられた3人は薄暗い店に入った。

広い店内で、ラウンド型の座席が話しやすく、

リラックスした雰囲気で会話は見事に弾んだ。

Mさんはキャンパスで見せる表情とまったく

違って、快活で楽しそうに見えた。

 


Mさんが紹介を受けた男子学生は、

セタニくんと言う名前だった。

ごく普通の平凡な大学1年生に見えた。

真面目そうでMさんに合っているかも。

私は好印象を持った。

「彼ですよ、

いつも『お茶へれろ』って

 私から言われているのは」

Tさんは初対面時の会話を再現して微笑んだ。

ピザを食べながらあっという間に時間が経ち、

Mさんと私は帰途につき、物足りない様子の

男子2名は渋谷に留まり、全員笑顔で解散した。

 


上智大学は小さなキャンパスだった。

Mさんと顔を合わせると、すぐに私は問いかけた。

「どうだった?」

Mさんは、うす笑いを浮かべながらゆっくりと言った。

「いい男だねえ……」

私で良かったよ、

他の女だったら盗られちゃうよ」

Tさんについてだった。

さらにMさんは言葉を続けた。

「自分はTさんで私にはセタニ!?

 私じゃなくたって怒ると思うよ。

 やっぱりみんな見せつけたいんだね……」

 


思ってもみない最悪の展開だった。

図らずもMさんの傷口に塩を塗ってしまったのだ。

こういう時は、コロンボさんのように

頭を掻きむしりながら、両手を上げて

こう言うのが最もふさわしかったろう。

「何てこった……」

<つづく>

2012年6月 1日 (金)

父との密談

「よく電話かかって来るっていう子は?」

寮長ことTさんも一度連れて来いよと父は言った。

両親が心配していたのは、

紛れもなくTさんの存在だった。

殊に電話を取り次ぐ機会が多くなった母は

不安を感じつつあったようだ。

同級生の男子が拙宅に来た時、どうしても

ひと言伝えておきたかったのだろうか、母は、

「大学生の恋はプラトニックでなければね」

などと急に話し出して一時座をしらけさせた。

いかに色気がなくても娘は娘。女は女である。

無菌状態の私に何かあったら大変と考えのだ。


「いつでも構いません。ぜひ!いやあいずれ

就職でも決まったらと思っていたのですが」

両親が心配してお会いしたい様子なのですがと

家族の意向をTさんに伝えると快諾してくれた。

物知りで教養のあるダンスのうまい4年生。

Tさんについて、両親に私はこう話していた。


拙宅からほど近いホテルニューオータニで

Tさんと待ち合わせた。

両親は中のバー「カプリ」で待っていた。

そちらでお話をして、軽く飲んでから

最上階のブッフェ料理を食べる計画だった。

ところが、なぜか、父は、

Tさんに対して冷やかな様子が感じられた。

上智の学生との和やかな雰囲気とは異なり、

煙草の本数ばかりが多くなって、

口数は少なかった。

終いに父はこう言った。

「さあ、あんたたち、食事してきなさい。

 俺はこれから用があるからね」


Tさんと母がバーの外に出たところで、

支払いをしている最中の父に駆け寄った。

「どうしたの、パパ?一緒に食べに行こうよ!」

父は、思っても見なかった言葉を、

消え入りそうな小声でつぶやいた。

「あいつの面(ツラ)は何だ……

 ガマじゃないか……

俺はもう気持ちが悪くて……」

ええっ!私は仰天した。

「愉快にやってください。じゃあ失礼」

いつしか父は夜のとばりに消えていた。


よく家族で食べに行っていた窓際の予約席を、

この日は妙な組み合わせの3人が囲んでいた。

「この場所はよく考えられていますね!

 素敵な景色を楽しむことは出来るのですが、

少しずつ回転しているから、

バイキングといえども、

そんなには食べたり飲んだりが

出来ないようになっていますから」

父がいなくなってからのTさんは、

水を得た魚のように勢いよく活気づいて、

母を相手に巧みな話術で滔々としゃべり続けた。

家庭教師のアルバイトを掛け持ちしていること、

寮で後輩の恋愛相談を年中無休で受けていること、

今時こんなに真面目でお堅いお嬢さん(私)が

いることにびっくりした等など、

まさに独壇場のひとり舞台であった。


父が私の友人に失礼な言葉や態度を見せたことは、

その時までただの一度もなかった。

あの言葉は本心だったのだろうか。

今にして思えば、これからの交際を

止めさせたかったようにも思える。

男の外見を男が厳しく評価することを知った。

それはあまりに突然の出来事であった。

<つづく>

2012年5月31日 (木)

びっくりだらけの両親

「飲める子を連れて来ればいいじゃないか」

外から遅く帰って来てはいけないと、

両親から私はきつく申し渡されていた。

その代わり、父は男子学生を家に呼べと言ってくれた。

たむろしていた男友達に声をかけると、大喜びだった。



「外で軽く飲んでから来た方がいいだろう」

父が提案した。

わかりやすい場所にあるおすし屋さんに、

ブタマン、浅野くん、野明くん、水原さんが

やって来た。村田くんもいたような気がする。

Mさんが来ないと知って、

小川さんもちゃっかり顔を見せていた。

きっとみんな下宿生活で寂しかったのだろう。

楽しい食事場所は誰もが求めていたようだった。

クラスの男子学生に接する父は、いつもより

いっそうおおらかで、底抜けに明るかった。




「ビールでも酒でもどんどんやってくれよ!

 握りはね、つまみを食べてからがいいよ!

あんたは体格がいいね!運動しているだろう?!

そうか、アメフトか!そりゃあいいなあ!

 学生時代には何か運動をしておいた方がいいよ。

それで腹が減ったらいつでもうちにいらっしゃい。

俺も昔、柔道をやっていたし、

役所のテニス大会で優勝してね、

この子もなぁ、あのグラウンドで、テニスでも

やってくれればいいと思ってね、すすめたんだけど、

どうもなぁ、消極的でね、ダメなんだよ……

 太っているからって、気にしちゃっててね、

気にするな!っていつも言ってるんだけど。

 あっ、やめた!怒られちゃう、ハハハ」




 

白髪にステッキ。

一見ただ者ではない雰囲気の漂う父だが、

一たび口を開くと豪放磊落で快活。

人をそらさず、全員に分け隔てなく

会話とお酒と食事の振る舞える男だった。

多くの老若男女、動物からも慕われ、

友人・知人がひきもきらなかった父。

酔えば少しお下品になって、

お言葉も悪くなるけれど、

そんなところもまた魅力だった。

何よりも、父は頼もしくて、

いつでも、私は父という大船に乗った気持ちで、

人生という荒海を、

安心して、堂々と、進むことが出来たのだった。



おすし屋さんでビールと日本酒をしこたま飲み、

拙宅に来てからは洋酒やぶどう酒をすすめられ、

なまじ飲める学生は完全に酔いつぶれてしまった。

敷地内には拙宅の他に2軒の家が建ててあり、

困った人に父が無料で貸すこともあったから、

水原さん以外の同級生は、全員別棟に宿泊した。



誰よりも早く起きて爽快な姿を見せた父について、

「親父さんすごいな……」

「お年寄りって聞いてたから、びっくりしたわぁ」

「あんな父親ならいいよな」

「酒が強くて驚いたよ。豪快!」

突然の宿泊客から、驚きの声が次々と飛び出した。

ひとしきり父の話題が終わると次は母へと移った。

「いやぁ、あんなきれいなお母さん、見たことないよ!」

「ほんと。優しいし、料理もうまいし……」

「びっくりすることだらけの家だよなぁ!!」





その通りだ。

この私だって、

未だに私の両親にはびっくりしているのだから……

<つづく>

2012年5月30日 (水)

二者択一

その時まで私はデパートで絵画を観たことがなかった。

買い物や食事以外に、こんなにも素敵な利用の仕方が

あったなんて。

この時、寮長に伴って初めて廻った作品の数々は、

数多くの名画に触れた今なお、最も素晴らしいと

掛け値なしで言えるものばかりであった。

敢えて今は作品の名を秘めておこう。


「気にいったみたいでしたね」

「本当に素晴らしかったです。圧倒されました」

「そうでしょう!また誘いますよ」

こんなに楽しい男性とのお出かけはなかった。

私は次第に寮長になついていく自分を感じていた。


帰国したNさんから何度かお電話をいただいていたが、

母親に頼んで取り次ぎをしないでもらって避けてきた。

大学生になり、男性からの電話が多くなると、

年老いた両親はとても心配するようになった。

そんなこともあって、何とか、傷つけることなく

Nさんにお断りをしなければいけないと考えた私は、

前回お会いした高層ビルの入口の前で待ち合わせた。

喫茶店に入ればNさんが支払わなければならなく

なるから、立ち話で済ませようと思ったのだった。


Nさんは、フランスで買ったお土産を持参して

来ましたと言って嬉しそうな様子だった。

すぐさま「どこかで飲み物でも……」と誘ってくれた。

だが、私は応じられなかった。

お土産を見ても、受け取ってもいけないと思っていた。

「こちらでお話しましょう」と言った。

「うちの茶室にも来てほしいと思って

母にも話したんですけど……」

Nさんは悲しそうな表情と口調に変わっていた。

私はNさんがかわいそうになってしまった。

「ごめんなさい」

そうとしか言えずに、Nさんを置いて

高層ビルの前から足早に駅へと立ち去った。

Nさんは、茫然自失の体で、

身動きひとつせず私を見送っていた。


好きではない。けれど、嫌いでもない。

そんな時、女は一体どうすれば良いのか。

今も私はわからずにいる。

ただ、いいなと思う人ならば他にいた。

強い感情にひきずられればそれで良いのか。

登場人物の全員が幸福で幸運という綺麗ごとなど

この世の中には存在しないと、

私は悟りつつあったのかも知れない。

<つづく>

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