学問・資格

2015年7月10日 (金)

「渡来人」とは?

「渡来人歴史館」のホームページには、

 


-正確で客観的な東アジア関係史の学習を-と書かれています。

 


「渡来人」さんについて、正しい知識を有していたいものです。

 

私はそう思っています。



http://www.t-rekisikan.com/10_aisatu/index.html

 


http://www.t-rekisikan.com/20_event/rireki.html

2012年4月18日 (水)

学び続けたい日本語

小学生の頃から国語が大好きでした。

 

折に触れ学んできたつもりですが、奥が深く、

馬齢を重ねても初心者の域を脱しきれておりません。

 

良質の書を読み、語彙豊富な文に触れ、

正しい日本語のやりとりを重ねて日々鍛錬するよう心がけています。

 

 

 

そんな私ですから、誤字だらけの文に触れるとがっかりします。

 

下記の文は、立教大学卒の50歳以上の方が書かれたようです。

さて、誤字はいくつあるでしょうか?

 

 

 

気持ちのいい秋晴れとなった10月1日午後2時から、稲城・多摩立教会主催による、香山リカ立教大学教授講演会がも催されました。会場となった若菜大駅前の稲城市立iプラザホールには、開場時間前から聴講するお客様が即即と集まってこられ、受付から会談へと長蛇の列か伸びてしまったのです。

 

http://inagitamarikkyokai.org/news.html

 

 

 

 催されました。

 

 若葉台駅

 

 続々と

 

 階段

 

 列が

 

ではないでしょうか?

 

 

 

とあるコメント欄にはこんな誤字が見つかりました。

 

>僕いらはいつも

 

>採光です

 

>本日試合がった

 

 

 

文化が違えば誤字の指摘さえ「揚げ足取り」と解釈され、

 

こちらがワルモノになってしまいます。

 

日本人は怪物ゴジラにならないよう注意いたしましょう。

2012年1月 3日 (火)

受け難きは師の『薫陶』

一月で九十五歳になられる大学時代の『恩師』は、

ご自筆でお手紙もお年賀状も書いていらっしゃる。

読者の方々へのお年玉として(?)本年元旦に

賜ったばかりの最もありがたいお年賀状を公開しよう!


Nengajyoomote

Nengajyoura_4




いつもながら嬉しいお言葉をいただく。

巷は「先生」であふれかえっている。

料理、美容、楽器、カラオケ、ネイル、

例え元手のかかっていない自己流であろうと、

人数を集めて、何か教えるなり

知り合いの顔や体をいじくるなりして、

もっともらしい講釈を加えれば

「お金」がとれる世の中である。



だから、そこかしこに「先生様」が出来上がる。

だが、他人から「先生」「先生」と呼ばれて

のぼせ上がっているくらいなら可愛いものだ。



中高時代から
尊大で偉ぶっていた「何様?女性」は、

自分で自分のことを「先生」とブログに書いていた。


さすがに、ここまでの大馬鹿ぶりを露呈する者は

数多あるブログを見渡してもほとんど存在しない。

「先生は、」「先生と〇〇さん」と自称する愚かさ、

己のくだらなさ、醜悪さに、気づかないのだから、

『おめでたい』のは一体どちらだろうか。

こうして、情報によって得た借り物の知識を、

自己流にアレンジし、伝達するにとどまる

家族だけで住むのはもったいない、有効活用として

自宅スペースを切り売りまでする

「見せたい住宅発信型成金メッセンジャー先生」や

他のサロンの施術など知らず、

持ちつ持たれつだからと溜息をつきながら、

『義理』の二文字だけで訪れる『友人』という名の

まったく違いのわからない素人相手に、顔や体をさわり、

最後に必ずと言っていい程、ハーブティーをすすらせる

「カリスマめかした口八丁施術師先生」が大量生産される。

「師」に有って「先生」に無きものは何かを考察する時、

『薫陶』という言葉が重要な手がかりとなる。

ここで、【薫陶】とは、

 香をたいてかおりをしみこませ、土をこねて形を整え陶器作る意から、

人徳品位などで人を感化し、よい方に導くこと。である。

女子会の延長としか見えないような面々で、輪の中にいるのは、

態度と料金だけはお高いが、お安くて軽薄な「先生」である。

そこには、『薫陶』という言葉を発する手前に吸い込むための

空気すら見つからない。

お金儲け至上主義のインスタント「先生」の中に

『師』を見出そうとする者などいないのだろうが、

学びに出かけるからには、施術を受けるからには、

心構えとして少し調べても良いかも知れない。

口だけで信用してはならない。エビデンスが必要だ。



免状も免許も提示することなく、一方的に肩書きが

プロフィールに貼り付けられている場合、

眉唾ものの可能性も高いから、事前に確認し、

出来れば、実際の免状や免許を見せていただき、

体験された訓練や修行について尋ねてみた方が良い。

昨今の趣味は、たやすく実益へと変身してゆくが、

自己投資をして、時間とお金をかけて学び、

何らかの免許を取得したのであれば、

その免状のブログへの提示を義務づけるなり、

何時間かの実技を経た後に開業を認めるなど、

何らかの基準を設けるべきであろう。

1行削除。

5行削除。

5行削除。

私は疑問を感じる。

この集まりが「有料」の「レッスン」なのだろうかと。


「年寄りの道楽にお付き合いくださってありがとうございます」

と礼を述べて、感謝とともに歓迎しなければ申し訳ないのではないかと。

家庭(自宅)に友人・知人をお招きして無料で開く「お集まり」


教室(自宅)に一定の人数を呼び寄せて有料で開く「レッスン」


そこに一体いかなる差があるというのか、


まったくわからない。


最後に、自分のことを「××××」「×××」「××××」などと

平気で書ける者も、「先生」と自称する者同様、

自分を買い被った、自己評価の過大な、調子づいた驕り女性である。


「何十年も前の肩書を名刺に書いて差し出すのはダサイ」と批判した

その者自身も同じ穴のムジナではないだろうか。



私はそう思っている。

2011年11月23日 (水)

A friend to everybody is a friend to nobody.

A friend to everybody is a friend to nobody.

「皆の友は、誰の友でもない」

 聞いたことがおありという方も多いでしょう。

 

「多数の友を持つは、ひとりの友も持たず」

「八方美人頼むに足らず」

 とも訳されるこの言葉は、

 アリストテレスによることわざとされており、

「修辞学」に述べられているそうですが、

 名言であり、正しいと思える内容です。

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