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2017年7月 9日 (日)

安心して叩ける者を叩く言論は無価値である-松居一代氏への集中攻撃に加わるような,誰にでも書ける言論を書くことなかれ-

7月になった。早いね…

 


このところ,芸能人や政治家等安心して叩ける者への集中攻撃が目立っている。

 


この行為は「みんなで叩けばこわくない」という集団リンチの感覚に似ている。

 


「みんな」から叩かれている人を躊躇なく叩く言論は,どれも似たりよったりだ。

 


https://twitter.com/kazuyo_official/status/883388165578309632

 


松居一代氏は,今や可愛さ余って憎さ百倍になってしまったが,もともとは最愛の夫であった船越英一郎氏から裏切られた,船越氏を偽善者と感じているようである。

 


だから,多くの人たちに船越氏の実態を知らしめたいとの強い思いで,同氏の「裏の顔」を暴露する行為に躍起になっているように見える。

 


そんな思いが炸裂した松居氏のブログや動画を批判することは容易い。

 


だが,ツイッターの投稿の中に,少しでも投稿者自身の実体験が盛り込まれていて,そうした体験に基づいた投稿でもあるならば,それは読むに値すると思うが,そうした建設的な意見や斬新な指摘,鋭い批判,何らかの意味のある投稿はほとんど見られない。

 


だったら,「みんな」に叩かれている人をよってたかって叩く,似たり寄ったりの言論など,「みんな」に任せておけばいい。

 


多くの非難が集まっている芸能人や政治家を選んで叩いている限り,名誉毀損として訴えられるリスクは低いだろう。

 


そうした意味においても,「みんな」で松居氏を叩く言論を投稿することは,あまりにも容易い。

 


だが,そんな言論の表明に一体何の価値があり,いかなる意義があるのだろう。

 


ある時,質屋さんが共同で開催しているバーゲンセールがあると,テレビのニュースが知らせていた。

 


画面には,ヴィトン柄の大小さまざまなバッグが山と積まれている会場の一角に多くの女性たちが群がり,手に取っては選び,とっかえ,ひっかえしている姿が映し出されていた。

 


持ちたいのだろうか?



みんなと同じものを?

 


そう感じた。

 


これは、ツイッターで松居氏をバッシングする夥しいコメントに対する感覚に近い。

 


書きたいのだろうか?



みんなと同じことを?

 


との冷めた思いである。

 


私が男性だったら,それも西部劇に登場するクリント・イーストウッドのような男性であったなら,書き込もうとしている者にこう言うだろう。

 


「誰にでも書けるようなことは書くな。そんなこと,他の誰かにやらせておけ。」

 


そして酒場の柱にマッチを擦りつけて煙草に火をつけると,黙って立ち去る。

 


実際に価値ある言論とは、権力批判の言論である。

 


権力者や社会的強者に対する批判であり,そうした者たちによる気づかれていない悪事,悪徳,不正に対する正当な批判であり,世間に知らしめなければならない巧妙な偽善,偽装,虚偽などに対する誠実な糾弾である。

 


叩いても安心な者や弱っている者を選んで叩く言論は、ズルくて小さい,つまらない言論である。

 


しかも,匿名で,袋叩きに安心して乗っかって言論を表明している者は,叩かれている人よりずっとカッコ悪いことを知るべきであろう。

 


さらに,「
『日本に帰ってきてすぐに豊田議員の(報道を)見て大爆笑。その後、松居一代さんで大爆笑!なんか“ババアの熱い夏”みたいな!(って)』と豪快に語った。」と野沢直子氏が発言したと報道されているが,これにも呆れた。

 


片や傷害事件,片や離婚調停から訴訟に及ぶ事件であり,どちらも大爆笑できる問題ではない。

 


そもそも,野沢直子氏も54歳。決して若いとはいえない。

 


https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170707-00000078-dal-ent

 


デイリースポーツは「豪快に語った」と記載するが,この種の発言に「豪快」の表現はそぐわない。

 


「毎年夏休みになると出稼ぎ帰国することが恒例となっている」野沢直子氏が,
叩かれている女性たちの「モノマネを練習中だと明かした」との報道もある。

 


https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170707-01851657-nksports-ent

 


だが,夫婦間にいかなる理由があるにせよ,最愛の夫から離婚の申し出を突き付けられて別居を余儀なくされ,苦悶の渦中にある女性や,傷害罪として被害届まで受理された加害女性を,お笑いの材料にするならば,非常識きわまりない。

 



日本に出稼ぎ帰国して動画で見た人物のモノマネを練習中だとすれば,それは取りも直さず「よしもとエージェンシー」所属のお笑いタレントとして出し物に飢えているということであり,常日頃から芸を磨いていないから,芸の引き出しがないということではなかろうか。

 



私はそう思っている。

2017年6月30日 (金)

人格も容姿も生き方も、総てが美しかった小林真央さん、どうか安らかにお眠りください-豊田真由子議員の暴言は、心を殺す殺心罪!・度を超した野心家の女性は凶暴である-

先週は対照的な30歳代の女性2人の、驚くべき出来事が報道された。

 

ご立派なのは学歴と肩書だけとしか思えない、美から遠くかけ離れた豊田真由子議員のどす黒くも腹黒い暴言事件。

 


そして、そっと散った白い薔薇の花びらのような、小林真央さんの急逝である。

 

このところ名優の方々や才能ある美女が次々に身罷られて落胆させられる。

 


小林真央さんは、若く美しく才能もありながら、自惚れていい気になっているところもなく、調子づいているような浮ついたところもなく、嫌味な発言も全くなく、自然体で誠実な印象を持った。

 


誰もが憧れるニュースキャスターの職に就き、「ニュースZERO」という高視聴率のサブキャスターを任されるようになってもなお背伸びをせず、良くできた可愛らしい、どこか古風なお嬢さんの枠を超えず、悪い噂も聞かず、どこまでも健全かつ純真であり続けた。

 


そのうちに、何と、平成の色男などと呼ばれるあの市川海老蔵氏から求婚されて妻となり、潔く仕事を止めて裏方に回わることを決意し、海老蔵氏を支えるようになった。

 


真央さんの清潔な美貌が単独で視られる回数はほとんど消え、歌舞伎座に青い色無地の和服で向かわれる姿や、海老蔵氏暴行事件における謝罪の姿など、海老蔵氏と伴に生きている姿しか視られないようになった。

 


でも、みんな、実はもっと真央さんの、あの笑顔、作り声ではない自然な声、大きな瞳、長い髪、心がそのまま映し出されたような悪気の微塵もない態度、常に自然体だった姿、

 


そして、巧まざる完璧な可愛らしさと、何よりもその根源になっている澄み切った心の清らかさに触れて、笑顔になり、ずっと活躍を応援していたかったのだろう。

 


そんなみんなに対して、時にあまりにも意地悪で、どこまでも残酷な神様は、こんな形で、真央さんが最後の最期まで可愛らしく、そして勇敢であり強くもあった姿を、応援し、たくさん見る機会を与えられたということだ。

 


闘病中の真央さんを応援せず、真央さんの急逝を悼まない者はいないだろう。

 


これは、日本全国が心をひとつにしたということであり、小林真央さんが、容姿も、人格も、生き様も総て美しかった証であろう。

 

 

真央さんはごく自然に注目され、目立つべくして目立ち、有名になるべくして有名になり、自ずと脚光を浴び、歌舞伎の大スターまでが惹きつけられ、日本国民のほとんど全員から惜しまれつつ亡くなったのである。

 


真央ちゃん、いつも主人とそう話していたから、そう書かせていただきます。

 


これからもずっと忘れません。美しい真央ちゃんのこと。

 


ゆっくりとお休みになってください。

 



さて…真央ちゃんに比べて、豊田真由子議員といったらどうだ。

 


豊田真由子議員の同級生は、下記のように語っている。

 


何か自分が目立ちたい、有名になりたい、カッコよくいたい思いが強い人

 


https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20170627-00010009-jprime-soci&p=3

 


そうだ。

 

 

暴言を吐く者は、目立ちたい、上に立ちたい、長が欲しい、先生と呼ばれたいという欲望と野心の強過ぎる者が多い。

 


支配力、名誉欲の強さで他を圧倒しているという事実があり、真実である。

 


2010年1月17日、中止を求めても暴言を繰り返して止めないという被害を受けた経験が私にはある。

 


「体にも悪いし」「それはもうよくわかったから」と懇願して暴言の中止を求め、「きれいにお別れしましょう」と低姿勢で呼びかけ、和解したうえでの決別を伝えても聞き入れず、「よく何回も言えるね」と私が呆れてもなお、「言えるよ、何回だって!」、「何回でも言うよ」と嫌がらせの暴言を吐き続けたのだ。

 


豊田真由子議員ほどの学歴も地位もないが、この暴言同級生も、目立とう精神だけは桁外れに旺盛で、とにかく偉そうであった。

 


中学になると、誰から推されたわけでもないのに、早速、生徒会の役員に立候補した。

 


何で〇〇〇が出るの?と思うほど同級生から人気はなく、友人もいなかったから、案の定、他のクラスから推されて出馬した同級生が当選し、暴言同級生は大差をつけられて落選した。

 


暴言同級生の父親が、とある学校の教員をしていたせいか、とりわけその学校に関して暴言同級生は偉そうで、より高圧的・好戦的な態度を示し、その学校の文化祭に出かけたおとなしい同級生と、当時私が入っていた手芸料理部の後輩にあたる口下手な下級生をロフトのような作りの角部屋だった中学3Dクラスの教室前の廊下に呼び出して謝らせ、大泣きさせるという信じ難い出来事を発生させたこともある。

 


そんな暴言同級生は、中学の生徒会選挙に落選したとはいえ、中高一貫校という特性から、大々的な選挙活動によって名前が売れていた。

 


つまり、実情については知られていないが、知名度だけはあったというわけだ。

 


そこで、高校において、再度懲りずに生徒会役員に立候補し、既に〇〇がその役員に名乗りを上げて立候補していたにもかかわらず、成績優秀で難のない〇〇ちゃんを担ぎ出して対抗させることによって自分の売り込みに利用したのかどうかは判然としないが、「〇〇ちゃんと〇〇〇をよろしく!」とセット販売の形で名前を連呼しながら上級生のクラスを回って来たと後に親しい先輩から伝えられて驚いたこともあった。

 


その結果、同級生からの人気はなかったものの、下級生や上級生からの票を得て、ようやく長年の夢と希望と憧れであった生徒会役員の座を暴言同級生は3年越しで叶えたのであった。

 


目立とう精神はクラス別の合唱祭においても遺憾なく発揮された。

 


暴言同級生は、当然別クラスの指揮者にも名乗りを上げたという。

 


クールな生徒の多かった別クラスでは、指揮者をやりたがる者は誰もいなかったそうだ。

 


暴言同級生はすんなりと指揮者になれた。そこまでは思い通りだっただろう。

 


だが、ここでもあまりにも意地悪で、どこまでも残酷な神様は、暴言同級生への思いもよらないしっぺ返しを、こともあろうに晴れ舞台の当日与えられたのであった。

 


講堂に置かれた台に上がった暴言同級生は、客席に尻を向け、癖のあるくねくねとした前屈姿勢で手を上げ始めた。

 


すると、その度に、黒く長いスカートの中から、少女らしい可愛らしい花柄やリボンのパ〇〇ではなく、何とも古めかしい、大正生まれであった私の亡母でも履いていないような、長い、ズロースとでも呼べばしっくりするような下穿き(したばき)が、客席に座っていた他のクラスの同級生全員に丸見えになってしまったのだ。

 


「愛のわざ」という合唱曲を観賞するどころか、前世期の遺物といえる何とも言えない代物を観賞させられる羽目となり、客席からは小さな笑い声すら漏れ出す始末で、一度きりの晴れの舞台は、敵ながら思い出すのも気の毒な赤恥の結果に終わったのだった。

 


何につけ、上に立ちたい、目立ちたい、長が欲しいという、支配力の強い暴言同級生は、自分のことを『先生』と呼び、ブログにも自ら『先生』と記載して公開するようになり、最後の電話での通話中に、私が「普通に話せない?」と伝え「落ち着いて」と呼びかけた時も、「昔から『先生』落ち着いてるよ」と語り呆れ果てたものであった。

 


暴言を吐く者の特性として、相手を自分より「格下」と見下して、軽んじていることが挙げられる。

 


だからこそ、この豊田真由子様に向かって、先生と呼ばれるこの私に向かってといった根拠不在のまま、自分の方が上に立っている、自分の方が学歴がいい、自分は議員で先生と呼ばれている、社会的身分が上いう差別意識を全面に押し出して、相手を威圧するのである。

 


相手を格下と見下している者は、相手の意見や立場に耳を傾けよう、相手の言い分も理解し尊重したうえで、和解して気持ち良く袂を分かとうといったスポーツマンシップに近い喧嘩の治め方を知らず、落としどころを計りながらの知的な冷静さを宿した会話を交わそうとせず、平和的解決を目指す心のゆとりもない。

 


単細胞で暴力的に一方的な感情論をぶつけるだけである。

 


暴言を受けた際、もはやこれまでと、電話で縁を切った。

 


ところが、暴言同級生は、縁を切ってもなお私宛に手紙を出し続けたのであった。

 


2010年1月27日に1通。

 


2010年2月 6日に1通。

 


身体に悪いので開封せず、そのまま縁を切った暴言同級生宛に差し戻した。

 


すると、


2010年3月19日には、さらに2通の手紙が届いたのだった。

 


2010年3月19日に届いた2通のうち1通には、封筒の裏に、手紙を受け取れと義務なきことを強要する文言が、暴言同級生の直筆で記載されていた。

 


中学時代から見慣れたこの文字は、私にとって特に恐ろしいものであった。

 


かつてどこの誰からも受けたこともなく、男性からであっても、パワハラ上司からも聞いたことのない、アクの強いドスのきいた声による暴言による通話時の苦痛だけでも想像以上に強く、7年以上が経過した今でも夢にうなされる程の衝撃が残っている。

 


きわめて悪質と感じられる行為は、電話で確実に縁を切る約束を交わしたにもかかわらず、暴言同級生が、その約束を守らず、1月から3月まで4通の不必要な手紙を送り続けて来て、手紙の受取りを拒否したにもかかわらず、最後には封筒の裏にまで受取りを強要する文言を記載して見せたことである。

 


電話で確実に縁を切ったにもかかわらず、さらなる嫌がらせとして4通の手紙まで送りつけられたことで私は体調を崩し、食欲も失くなり、食事が徐々に喉を通らなくなっていった。

 


その結果、2010年8月26日には「虚血性腸炎」で10日間の入院をすることになった。

 


当時の激しい腹痛と下血は、とりもなおさず心が殺された証であり、暴言によって心身が受けた傷の深さをあらわしている。

 


暴言は、確実に、人の心を殺す。

 


暴言は、いつまでもトラウマとなって心に残る、殺人罪ならぬ殺心罪(さつしんざい)である。

 


格下と見る相手に対して弱者の心をブルドーザーで弾き殺すような暴言を吐いて平気でいられる女性は、おしなべて『嚢中の錐』と呼ばれる存在ではない。

 


人気がなく、目立ちたくても目立たず、推されて自然とその立場や地位に就いた訳でもなく、上に立ちたい、長がほしい、先生と呼ばれたいという邪悪な野心ばかりが大きく空回りしひとり歩きをして膨れ上がった結果、何とか先生と呼ばれたとしても、実力、人間性、一般常識が伴っていない。

 


だから、内面の自信の無さ、余裕の無さによって、暴言を吐くのである。

 


偉そうな女性から許せない暴言を吐かれて、心身に深手を負わされたら、迷わず傷害罪で訴えることだ。

 



傷害罪の時効は10年。

 


それにしても、今回「週刊新潮」に元秘書であった男性が暴言による被害を通報するまでには、100人もの秘書が同様の被害を受けて辞めて行っていたというのであるから信じ難い。

 


豊田真由子議員の悪性を知りつつ野放しにして容認し、いい気にさせ続けてきた100人の秘書たちにも、多大な責任があるのではないか。

 

私はそう思っている。

2017年6月16日 (金)

バタバタと忙しがっているのは、まことに品がない、分別のない老人との、自戒をこめたエッセイが忘れられません。-野際陽子さんのご冥福を心よりお祈りいたします-

アクション映画やドラマが好きな私は、日本では千葉真一さんが好きだった。

 


だから「キイハンター」も好きで、よく見ていた。

 


当時箱根にあった別荘を訪れて、早雲山からロープウェイに乗る時はいつも


「途中で止まっても、千葉ちゃんが助けに来てくれるから大丈夫ね!」と
言って、


両親や同行した友人たちを笑わせた。

 


フランス人のような野際陽子さんの美貌と、エンディングに歌われる気だるいテーマ曲も魅力的であった。

 


いつからか、野際さんが母校である立教女学院中学・高校の大先輩であることを知り、親近感から誠実な関心を寄せて出演される番組を視るようになった。

 


今から10年前の2007年4月、ある小冊子のエッセイに、


野際陽子さんは、
香り高き老後を目指して」と題され、

分別のない老人-を副題に、

 


仕事は定年がないのをいいことに、相変わらずバタバタと忙しがっていて、まことに品がない。

 


今年こそ何とか“脱・分別のない老人”を目指し、一日一日を噛み締めながら品よく生きていきたいものだ。

 


などと記載して公開なさっていた。

 


野際陽子さんは、NHKのアナウンサーから女優に転身されて以来、女優業ひと筋に専念され、その演技力を買われて次々とお仕事が舞い込み、最晩年に至るまでお忙しく過ごしていらした。

 


アナウンサーや女優になりたいと必死になって頑張ってみたところで、声も、顔も、頭も良くなければ、アナウンサーにも女優にもなれないのだから、自己顕示欲だけは人一倍強く、目立ちたがりで出しゃばりだが実力に欠けた女性にとって、野際陽子さんは大いなる嫉妬の対象であったことだろう。

 


知的で、美しく、誰の目にも上品にうつり、野際さんでなければ演じられない役どころを選ばれて、お仕事をされていたと感じられるが、それでも野際陽子さんは、「定年がないのをいいことに、バタバタと忙しがっている」老人の姿を、「まことに品がない」と自虐的に語ることによって、それとなく戒められたのかも知れない。

 


そして、「分別のないバタバタ老人」から脱して、「品よく生きていきたいものだ」とエッセイを結んでいらした。

 


やれアンチエイジングだ、やれダイエットだ、とビジュアルにばかりこだわって、少しでも若く見せなければならないと必死になって、少なくなったまつ毛にまでエクステをつけに飛び込むような、過度の若づくりをする老人がいる。

 


休みなくはたらけることは恵まれている、生涯現役で仕事を続けることこそ生きがいだと掲げて、必死になって、ここと思えばまたあちらとばかりに、五条大橋の牛若丸のように、あたふたと、ハイテンションで、忙しなく、過剰な活動に奔走する老人もいる。

 


当のご本人は、いつまでも若々しく見えて、忙しく、休みなくはたらいている自分の姿を他の者が見れば、間違いなく幸せに見えると盲信している。

 


だが実際には、「えげつない」、「そうまでして…」、「品がない」と他人の目には痛々しくうつっているものである。

 


「年甲斐」を辞書でひくと、「
年齢にふさわしい思慮や分別」と解説されている。

 


野際陽子さんはクールな外見に相応しいエッセイで、



加減の良い強さで吹く風のように、


「誇り高い老後を目指すには」、

 


「アンチエイジングやダイエットも結構ですけれど、年甲斐だって必要ですよ。」

 


「年齢にふさわしい思慮や分別をお持ちなさいな」

 


と示されて、

 


颯爽と天国に旅立たれたのではないか。

 


私はそう思っている。

2017年3月15日 (水)

防衛大臣の稲田朋美氏も「魚座」だった!-偉そうな者たちの発言こそ記憶しておくべし-

先日うお座の「う」は「ウソツキ」の「ウ」と私は書いた。

 
だが、うお座の「う」は「胡散臭い」の「ウ」でもあったようだ。

魚座の特徴

身を守ろうと、極端な裏工作をしたり、嘘をついたりもできます。

http://www.japan-horoscope.com/astrological-signs/zodiac/pisces.htm

 

稲田朋美氏。1959年2月20日生まれ。魚座。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A8%B2%E7%94%B0%E6%9C%8B%E7%BE%8E

 

 内田茂氏。1939年3月15日生まれ。魚座。元東京都議会議員の樺山卓司氏が自殺し、その1年後に見つかった遺書には、「これは全マスコミに発表して下さい!! 内田、許さない!! 人間性のひとかけらもない内田茂。来世では必ず報復します! 御覚悟!! 自民党の皆さん。旧い自民党を破壊して下さい。」と書かれていたと公開されている。

 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%86%85%E7%94%B0%E8%8C%82

鳥越俊太郎氏。1940年3月13日生まれ。魚座。刊文春による過去の淫行疑惑報道に対して、名誉毀損として刑事告訴し、自身では釈明せず。説明責任も果たさなかった。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%B3%A5%E8%B6%8A%E4%BF%8A%E5%A4%AA%E9%83%8E

 

2月20日うお座の稲田朋美氏には、従前から、その経歴にも役職にもそぐわない妙な違和感を覚えた。

 
重みがないと言うか、教養が感じられないと言うべきか、心が見えないと言うか、感情が伝わってこないと言うのか……何とも名状し難いのだが。

誤った記憶に頼って断定した物言いをする前に、稲田氏は、十分精査・確認をする必要があり、それから答弁すべきであった。


精査・確認を怠り、偉そうに、自分に都合の良い答弁をしたということである。



これは天野ベラの私見だが、嘘つきな者ほど、断定して物を言い、記憶力は悪い。



そして、嘘つきな者ほど、問題とされる発言を忘れてしまったかの如く振る舞い、過去の発言の責任を他人から追及され、指摘され、批判されると、直ちに過剰反応して逆ギレし、居直って開き直り、倍返しの不当な逆襲に打って出る。



正にどなたかのブログに書かれていた『悪党の言ったもん勝ち』との言い得て妙な言葉の実践者であり、言い終わったが勝ちの態度で、発言に伴って発生する責任などどうでもいいと言わんばかりに、過去の発言を振り返ることはない。


さっさと後ろ足で砂をかけて豹変して行くのだから、覚えている方としては、たまったものではない。


その場の気分次第で、いかようにも、そのよく動く口に任せて、春の小川が流れるようにさらさらと虚言を吐き、おめでたい人々を欺く行為が慢性化して中毒になり、もはや宿痾になっている人もいるようだから、よっぽど心地良いのだろう。


指摘され批判されようと物ともせず、何の根拠もなく、断定的な物の言い方をもって、さらなるその場しのぎのウソや、登場人物の言葉を加えて信憑性を演出するなどしたまことしやかな高度なウソを塗布しては切り抜けていく者もいる。


あたかも、ウソをついているのは自分ではない、ウソを指摘し批判している当の相手であると言わんばかりに、不合理に変遷させたウソを重ね、自己矛盾に気づかない振りをして、「記憶に誤りはない」などと豪語して憚らず、涼しい顔をして、最後まで虚言を押し通すのだから、始末が悪いことこの上ない。



稲田氏の場合は、大臣クラスの大物にまで成り上がった結果、野党からの厳しい追及を甘受しなければならなくなったが、中途半端な立場に身を置くウソつきどもは、過去についたウソを次々と忘れて進むことのできる都合の良い記憶力を武器に、誰からもお咎めなしで、出たとこ勝負の場当たり的な生き方を続けていく。



畢竟、記憶力が悪くてウソつきな者たちは、覚えておかれては困る言動を次々と重ねながら生きていくこととなり、自分の失敗や頓挫は他人のせいにして、自らが歩んで来た人生という過去の歴史を振り返る行為を極端に嫌悪する。



だから、履き違えたポジティヴシンキングを掲げて、不自然きわまりない前向きな生き方ばかりを目指さざるを得なくなる。



天性のウソつきどもが懲りずに実行し、繁殖を続けるウソのウィルスによる個人攻撃は、主として、幼少時に人の言動を疑わず天真爛漫に育ったような、信じやすくお人好で、記憶力の良い生真面目人間、どちらかと言えば融通の利かない実直な者たちを選別して襲い掛かるようだ。



ウソという卑劣極まりない言葉の暴力によって、徹底的に人体を破壊され、忘れようとしても忘れられないほどの痛手を受けた人々がいるとすれば、私は敢えてこう言わせていただきたい。



忘れずに、繰り返し、抗議せよと。



なぜなら、ウソつきにとって最も嫌なことは、取りも直さずその者の言動を、いつまでも覚えていられることだからだ。



人生50年を過ぎた私には、許せない「敵」と呼ぶべき者が2名存在する。



そして、その2名が、何と私に対する評価としてまったく同じ発言陳述をしているからだ。



1つ目は「ひと言、ひと言をよく覚えていて、あなたはとっても頭のいい人だと思うよ」というもの。



これは、大人気なく過激で不審な言動を見せた同級生に対して、お互いの言い分を話し合い、理解し合ったうえで、「きれいにお別れしましょう」と提案の電話をした際の通話中の、その者の発言である。



2つ目は「天野ベラさんはある意味,抜きんでた才能を持っています。本人が忘れているぐらいの些細なことまでしっかりと留めておける記憶力…頭がとてもいい方だと思います」というもの。



これは、声優・池澤春菜氏の母親である池澤ショーエンバウム直美氏が陳述書(甲49・18頁)に記載した内容である。



これら2つは、決して私を褒めている内容ではない。


何で覚えているのだとの憎しみに満ちた皮肉である。



だが、恨みは骨髄と感じられる相手への理不尽さを、何年も記憶に留めて、繰り返し書き残しているのは、何も私ばかりではないようだ。



ネットには、10年近くに亘り、過去の訴訟における不当かつ理不尽な判決内容に対して、毎年検証を重ねているジャーナリストの男性がいる。



ブログのカテゴリーに、相手の名前とともに、「死んでも許すことは出来ない」「天罰を」とまで明記して、よっぽど嫌な思いをさせられたと思しき相手への理不尽な思いを切々と公開し続けて苦しんでいらっしゃる女性もいる。


たとえ相手から「未だに執拗に絡んで来る」などと反省なき決まり文句で反撃され、相手が涼しい顔をして、偉そうな発言をしたり顔で語り、口先だけのきれいごとをさえずっているとしても、信念を貫き、決してブレてはならない。

ひるむことなく、何年経とうと変わらぬ思いを主張し続けることだ。



黙って我慢はナンセンスであり、相手の思う壺でしかない。



狡賢い者たちを増長させるだけである。




何の罪もない主人をも巻き込んで襲いかかって来た、一方的で獰猛な謂れの無い、やくざ紛いの数々の暴言。



何の罪もない両親ともども与えられた、度を超した裏切り行為、忘恩、許されない非礼や非道など、忘れようとしても忘れられない、癒えることのない心の深手を負わされた相手に対しては、折に触れ、その理不尽さを書き記し、甦らせなければならない。



人の道を外れた者の言動をいつまでも忘れずに覚えていて指摘し続けること、過去の真赤な大ウソや、他者を利用してばかりの世渡りを続けてきた非道の数々を、正論をもって批判し続けること。



それらは、記憶力が悪いと装って、悔悟もなければ、謝罪もせず、平気で切り抜けて来たような、狡猾で自己中心的な者たちにとって、最も耐え難い苦痛となるに違いない。


私はそう思っている。

天野ベラの最新記事春の訴訟祭り第三弾準備書面(9)の公開!

http://beraamano.cocolog-nifty.com/blog/2017/03/post-1284.html

2017年3月 9日 (木)

こんなところでも名誉会長!!渦中の安倍昭恵夫人が、2017年3月3日,4日,5日、蔵王で、スキー&ディスコパーティを主催していた!

ご自身の言動が原因で、ご主人が国会質問に窮している最中に、渦中の昭恵夫人は、山形蔵王温泉スキー場でスキー&ディスコイベントを企画・主催していた。



名誉会長ご挨拶


今シーズンも、第3回「私をスキーに連れてかなくても行くわよ」を
 
蔵王温泉スキー場で実施させて頂く運びとなりました。

 
1回、第2回目共に多くの皆様にご参加頂き大盛況、大好評のうちに終了する事ができました。
 

イベントの盛り上がりを通して、あの頃の楽しかったスキー場やアフタースキーでの気持ちの盛り上がりを思い出して頂けたのではないでしょうか。

 
このイベントを通して私たちは、地元の方々と一緒に楽しみながら東北を応援するひとつのかたちを模索してきました。

 
すべて手作りで、地元観光協会の皆さんや青年会議所の皆さん、スポンサーやボランティアの皆さん、そして参加者の皆さんと一緒に作り上げることが出来たのは大きな喜びです。
 

そしてこのイベントが一度きりで終わらずに継続事業となり3回目を迎えられたことが、東北のみなさんとの絆を深め、復興に向けた一つの切っ掛けとなれば、こんなに嬉しい事はありません。

 
80
年代から比べるとスキーは進化しています。
 
マテリアルの向上でずっと楽にターンが出来るようになりました。
 
そして大人のスキーヤーとなった私たちは蔵王自慢の温泉や東北の味覚など地元の魅力をより深く楽しめるようになりました。
 

このようなイベントをきっかけに、ブランクのあった元スキーファンが進化したゲレンデに戻ってくることが、地方活性にもつながることでしょう。

 スキーは自然との対話と動力を使わないスピードが魅力のスポーツです。
 
2回のイベントでは雪不足の影響もあり、予定していた「かまくらバー」が設置出来ずに「スノーバー」となるなどの不測の事態もありましたが、自然を受け入れ、楽しめたのではないでしょうか。
 

パウダースノーや晴れた日のダイアモンドダスト、真冬の樹氷や春先の雪解け水。
 
スキーは豊かな自然の恵みに感謝し、次世代に伝えて行く術を考えるきっかけを与えてくれます。

懐かしい80年代の輝くような思い出を胸に、誰もがタイムスリップできるディスコ、全日本代表を務めた一流のスキー講師陣、東北の美味、蔵王自慢の温泉、雪原を埋め尽くす樹氷、そして地元の皆さんや参加者同士の交流を楽しみに、滑る方も滑らない方も、今年もみなさんのご参加をお待ちしています

署名安倍昭恵



http://ski80s.jp/outline.html


安倍昭恵夫人と行く80年代のスキー復活 東北の観光を応援しよう!


このイベントは今年で3回目だそうだ。


2016年3月に開催されたハイライトシーンを撮影した6分の動画の最初と最後に「名誉会長 安倍昭恵(内閣総理大臣夫人)」と明記されて昭恵夫人が登場する。

イアリングを揺らしながら、輝くような80年代の思い出を胸に?楽しそうに踊る昭恵夫人の姿も動画に見ることが出来る。



スキーが好きでディスコがお好きな昭恵夫人。


もしかして、出好き、派手好き、遊び好き?!


http://ski80s.jp/


音楽好きの私・天野ベラは、DJOSSHY(オッシー)氏こと押阪雅彦氏の、危険な印象がなく不良性の感じられないDJぶり、爽やかな笑顔、会場の雰囲気やダンサーたちをひたすら盛り上げる徹底したサービス精神をTVで見て、好感を持っていた。


それだけに、プロフィールには、やや複雑な気分だ。



安倍首相夫人御用達DJ


http://profile.ameba.jp/osshy/


安倍内閣総理大臣
主催「2016年桜を見る会」招待DJ

 
安倍昭恵
首相夫人主催 東北復興蔵王スキーイベントオフィシャルDJ

 
https://ja.wikipedia.org/wiki/DJ_OSSHY


森友学園にまつわる昭恵夫人の言動が、国会は当然ながら、ニュースでもしきりに報道され、SNSはこの話題でもちきり、今や金正男殺害事件や豊洲土壌汚染問題同様に取り沙汰され、ご主人の安倍総理が毎日の答弁にきりきり舞いして叩かれ、追及され続ける中、よくスキーやノリノリのディスコ・ミュージックを楽しめるものだと、むしろ昭恵夫人の心臓の強さを羨ましく思ったほどである。


DJOSSHY氏は、ご自身のブログから素直な言葉で昭恵夫人に配慮し激励しているようだ。

昭恵さんや、参加者の皆さんから、
 
OSSHYのおかげで本当に元気になれたー!!」と何度も何度もお礼を言われました。

とても嬉しかった。

「人生の使命」として、この仕事を続けてきていますが、

少しはその使命を果たせたかもしれません・・・・・。


とにかく参加者皆さんが一つになった現場でしたが、今回、

「ディスコ・ミュージックで元気と笑顔」 を一番お届け出来た相手は、
 

昭恵さんだったのかもしれません。(^^)/

http://ameblo.jp/osshy/entry-12254543814.html


センスのいい楽曲と軽快なおしゃべりで、昭恵夫人のみならず、多くの老若男女に元気と笑顔を届けて、人生の使命を果たし続けていただきたい。


音楽は、疲れた心と身体をリフレッシュさせてくれる最高のプレゼント。


私はそう思っている。


☆天野ベラ前回ブログ記事☆

http://beraamano.cocolog-nifty.com/blog/2017/03/post-c1ed.html

2016年11月11日 (金)

人様からのお金で思いっきり楽しむチャリティイベントは最低最悪のタカリ行為-お饅頭に目が無い者に、お饅頭を集めさせることなかれ-

慈善活動になど平素は目もくれず、出すものは舌でも惜しむような手合いでありながら、災害の発生を機に、積極的に募金や寄付、義援金などの窓口となって人様からお金を集め、慈善活動への協力を広く呼びかけ、自ら社会的活動のリーダーに名乗りを上げて活動するような者は信用できない。

 


なぜなら被災地などで困っている人々にお金を送りたい、助けたいと本心から思うような人は、他人からお金をかき集めようとして、それが集まったら送りますと言う前に、黙ってさっさと自分のポケットから経済状態に見合うだけのお金を出すなり送金する。その方が早いからである。

 


もっと言おうか。

 


私の周辺について言えば、強欲で、しみったれで、財布の紐が固い、いわゆる「がめつい女」たちほど人様からお金を集めようとする。

 


人様のお金であれば景気よく使うが、ことご自分はと問えば、時折頭をかきながらペロリと舌だけを出し、軽い口ばかり出して来るという調子が良くて小ズルい輩(やから)どもである。

 


人様からの、しかも被災地に届けるためのお金をふんだんに使って、普段はおよそ立てないような大きな舞台を会場にして、何日にも亘って借り切り、人様のための、被災地に届けるための、困っている人たちのために届いたお金と知り得ていても、その貴重な人様からのお金をイベントにつぎ込み、自分たちばかりが目立っておいて、一緒に楽しい時を過ごせたのだからいいじゃないかと居直る姿は噴飯ものである。

 


他人の苦しみや悲しみに寄り添おうとせず、自分の快楽を求める生き方を通して来たような者であれば、本来の目的を見失うのは当然であろう。

 


こうした者に限って、自分の身に何かあった場合は大袈裟に騒ぎ立てて相談をしたり、知恵を借りたり、他人の力に縋ったりするのである。

 


9日、心臓病の甥がアメリカで心臓移植を受ける必要があるとして、募金への協力を呼びかけた記者会見の内容が『虚偽』と発覚した事件が報道されていた。

 
報道によれば、その女性は「注意欠陥多動性障害(ADHD)」だと言う。



今回私の嘘でたくさんの人に迷惑をかけたことを深くお詫びします
と謝罪はしている。

 


お金を集めるなら『子ども』がいいと思った
と説明しているとのことだ。

 

 

だが、この種の話はもっともっとたくさんあるに違いない。

 


今回の震災で孤児になったり、継続した治療が必要であるのに医療費が払えないという理由で病院を出なければならない子供たちのための募金
ですと言ってかき集めたお金を、経費が発生しましたとして、自分と自分の家族が目立つための活動に使い果たす行為も、虚偽といえるのではないのか。

 


イベントの
経費は必要最低限にして、売上高の残りは全部被災地に送りますと綺麗事を繰り返していながら、売上高より経費として多額の費用を使い果たした行為は、虚偽といえないのか。

 


チャリティイベントにおける売上金は、1円たりとも被災地に届かなかったのだから。

 


しかも代表となった人物は謝罪すらしていない。

 


さらにイベント後には被災地などどこへやらとばかりに酒池肉林の豪遊を繰り返した。

 


福引付きパーティにクリスマスパーティ三昧、5つ星ホテルの宿泊だ、外での飲み食いだと、これでもかと狂奔する姿を公開した。

 


そもそも人の善意や善行とは、災害発生を
奇貨居くべしとばかりに利用して、己の存在を目立たせようとする軽薄で派手好きな者とは相容れない。

 


奉仕は地道な活動であり、日々の生活に根ざした地味な心がけにある。

 


通院先の病院には、私よりご高齢の女性がエプロンをかけて、ボランティアとして受付の近くに静かに立っていらっしゃる。

 


次はどこに行ったらいいのか、これから何をしたらいいのか、初診の用紙はどこにあるのかなど、慣れない病院には不明なことも多い。


困った表情の患者たちが多数見受けられる。


病院であるからご高齢者が多い。

 

採血や検査で脱ぎ着をされた後の上着にお荷物がひっかかって落とされたり、支払いを終えられたばかりの小銭入れから釣り銭が飛び出したり、再診の診察券を入れる場所がわからなかったり、杖を置いて立ち去られたり、日傘をお忘れになったりする。

 


病院の中では主人や私も俄かボランティア職員になり、転がった硬貨を拾って差し上げたり、置き忘れられた品物を小走りで手渡しに行ったりする。

 


はっきり言おう。



金もうけ以外の面倒くさいことが大嫌いで、自由でいたいような者、口先だけで実行の伴わない綺麗ごとばかりさえずっているような者は慈善活動には手を出さずに遊びほおけていろと。


ほんの出来心で奉仕の場に足を踏み入れたところで大迷惑であるとともに、本気で活動している人たちの善意の呼びかけにまで疑義を持たれる原因の作出者となり、真摯に慈善活動を続けている団体にとっても、被災地の方々にとっても、有害でしかない存在だからである。


もっと言えば、いい加減な心ないやり方の一部始終を見せられることで、大いなる憤りと義憤をも覚えさせられるからである。



煎じ詰めれば、人一倍お金が好きな者にお金を集めさせるなということだ。



それは、お饅頭が大好きで目が無い者に、世界中のお饅頭を集めさせれば一体どうなるかを考えれば答えは自ずと明らかであろう。


子どものためとの名目で、人様からかき集めたお金を、何ひとつ困ってもいない己らのために使う、見下げ果てた恥知らずな者たち。

 
そして、悪いことをしたとの自覚すらない、良心を失った者たち。


そんな輩こそ最も軽蔑すべき存在であり唾棄すべき存在ではないか。



私はそう思っている。


*****

<心臓移植>虚偽の募金会見、女性が謝罪

毎日新聞 11/9() 20:33配信


 厚生労働省内で8日にあった、心臓病の児童が心臓移植を受けるための募金への協力を呼びかける記者会見の内容が、虚偽だったことが9日分かった。会見を開いた東京都内の女性(36)が虚偽を認めて謝罪した。会見の内容は、一部の新聞やテレビなどですでに報道されていた。

 女性は児童の親族。移植を支援する団体の代表として記者会見を開いた。児童が米国で心臓移植を受けるため、親族で5000万円を集め、あと1億5000万円足りないとして協力を呼びかけていたが、児童が病気ということ自体が作り話だった。



 女性によると、注意欠陥多動性障害(ADHD)のため今年5月に働けなくなり、生活に困窮し、うその募金を思いついた。10月に団体のホームページを開設したところ、支援者から記者会見をするようアドバイスを受け、引くに引けなくなったという。


 児童の両親には無断で、ホームページに児童の写真や作り話、寄付金の振込先を掲載し、記者会見を開いていた。両親は弁護士と対応を検討している。女性は報道各社や児童の家族に向けた謝罪文を発表し「食べていくにも困っており、父から『死にたい』と言われ、うその募金を思いついた。大変申し訳ない。寄付があれば全額返金する」とした。

【山田泰蔵】


http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161109-00000112-mai-soci

 

http://wadaitokimeki.blog.so-net.ne.jp/2016-11-10


http://ツイ.net/post-2486/


http://news-wakaru.com/archives/4511


http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/ann?a=20161110-00000013-ann-soci

2016年7月29日 (金)

ボケもんによる揶揄と自民党都連の恫喝文書に,「頑張れ小池百合子さん!」と思わず檄を飛ばしたくなる人情

三つ巴の乱戦が展開されている東京都知事選。

 


注目していると,都議会のドンと呼ばれる人物,

自民党東京都連・内田茂幹事長にぶち当たった。

 


その内田茂氏なる人物が,元都議会議員の故樺山卓司氏を

自殺に追い込んでいたことが同氏の,のし袋に書かれた

遺書から明らかとされた。

 


2011年7月1日未明,自宅でポリ袋をかぶって自殺した

元都議会議員である故樺山卓司氏(享年61)の遺書が,

自殺から1年後に同氏の妻の部屋から見つかったという。

 


https://twitter.com/inosenaoki/status/753239596608073728?lang=ja

 

http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/185668

  


内田,許さない。人間性のかけらもない。来世で必ず報復します

 


の文字が痛々しい。

 


同氏の妻は,

 


議会で内田氏に逆らった夫は,都議の集まりの中で嫌がらせ的に罵倒されたり,議長になれたのにならせてもらえなかったり,いじめ抜かれた

 


内田氏は私利私欲のために自分の配下を作り,思い通りの都政をしている。

 

でもそれは民主主義ではない

 


などと自殺の2年前から,遣る方の無い憤懣を毎日のように語るようになったと伝えている。

 


小池百合子氏の応援に立った同氏の妻は,

 


「今回の都知事選でも自民党推薦の候補のバックには内田さんがいる。これが続くとどうなるか分かりますか」

 


と声を枯らして訴えたそうだ。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160728-00000170-sph-soci


私は,特段小池百合子氏を応援している訳ではなかった。

 


だが,
自民党都連が告示前に手回し良く,

 


「党推薦候補以外の立候補者つまり増田寛也氏以外の立候補者を支援した場合には親族も含めて除名を含めた処分とする」との文書を配布した時点で,

 


嫌悪感が走った。

 


そうまでして……と嘆息させられたのだ。

 


ちなみに「そうまでして……」とは,

 


私の人生におけるキーワードである。

 


党推薦以外の立候補者を支援した場合には,親族も含めて除名処分とする行為。

 


これの一体どこに民主主義が,自由があるというのか。

 


これこそがファシズムであり,巨悪の典型と言えよう。

 


政党とは一線を画した候補者独自の政策実行が不可能と思われる,沈香も焚かなければ●もお出しにならないような与党推薦候補を都知事にして,思い通りに動かし,従前どおり都政を牛耳り,少しでも長く生き永らえようとする,出し切れない膿の如き都議会のドンの魂胆が,恫喝的な配布文書にも浮上している。

 


さらには,政治の世界から引退した筈のご隠居老人までが「ボケもんGO」とばかりに暑い中をわざわざ出て来られて,「厚化粧」「大年増」との実に陳腐なオジサン的発言で,マスコミをにぎわせている。

 


小池百合子氏が掲げる公約や政策そして過去の実績や失敗などがあれば,それについて鋭く言及するのはいい。

 


だが,それらのいずれでもなく,一女性としての外見や年齢を揶揄するに至っては,増田氏の応援でもなければ,かつて東京都知事だった者の演説でもない。

 


このご老人は「男の粋な生き方」なる著書を上梓し,


「タフであれ。優しくあれ。」と,まるで亡くなられた


高倉健さんであるかの如きカッコ良過ぎるメッセージを


男性諸氏に贈っている。

 


ところが,実際に出て来て言うことはこれかと,失望させられた聴衆も多かったのではないだろうか。

 


これは,自らの発言を意識する力,認知する力が鈍っているとしか言えない有様であり,己の口から流れ出たよだれに気づかず拭うことも出来ないようなものであって,最早ボケもんと言わざるを得ない。

 


つまりこれは「失言」と言うよりむしろ「粗相」と言った方が近いだろう。

 


権力を有するか過去に有していた男性が一匹狼としてではなく

徒党を組んで対抗する者を排除しようとする意地の悪い言動を

ここまであからさまに見せつけられては,

 


同性として,弱者であり,孤軍奮闘している小池百合子氏に,


「頑張れ」「負けないで!」と檄のひとつも飛ばしたくなる。

 

それが人情というものであろう。

 


人情に加えて小池氏の「今日は薄化粧で来ました」


笑いをとって聴衆を沸かせた神対応をお見事と感じた。

 


怒りを笑いに変換する機転は,知的魅力に富んでいる。

 


この発言で私は小池氏を見直した。

 


まさにピンチはチャンスであり,暴言を逆手に取った切り返しが奏功した。

 


小池百合子氏は器用な生き方の出来るタフな女性だから,組織票によってたとえ増田氏が当選したとしても,さほど落ち込むこともなく切り替えて次の目標に向かって邁進するに違いない。

 


だが,生真面目過ぎる人間,繊細な神経を持ち精神的に脆弱な人物に,ピンチをチャンスに変え,暴言を逆手に取る器用な生き方を期待することは,無理な相談である。

 


だから独りで苦悩し,とことん思い詰めて,やがて身体を壊してしまう。

 


既に述べたとおり,元都議会議員・故樺山卓司氏の遺書には,

 


「内田,許さない。人間性のかけらもない。来生で必ず報復します」

 


とつづられていた。

 


この心情やお気持ちを私はよく理解することが出来る。

 


だが,61歳という尊いお命を,自ら絶つくらいなら,

 


来世などない。今しかない。と冷静に判断して,

 


なぜ許さないのか,

 


どこに人間性のかけらもないと感じたのか,

 


それらを具体的かつ克明に書き残すか或いは

動画にしてでも世間に伝えるべきであったのにと

悔まれてならない。

 


無念を抱えながら亡くなられた方々のご遺志は

すぐには理解されず,長いこと闇に葬られるだろう。

 


だが,いつの日か,きっと,

 


「許さない」と悔しい思いをこらえながら亡くなられた方の言葉が,

 


「人間性のかけらもない」と大声で言ってやりたかった無念の声が,

 


「来世で必ず報復します」としか書けなかったか弱い最期の文字が,

 


真実とわかってもらえる日が,日の目を見る時が,

 


必ずやって来ると信じたい。

 


自民党東京都連・内田茂幹事長
のプロフィールには,

 


内田茂氏が政治家を志したきっかけ前篇・後編が公開されている。

 


そして政治家こそがその制度を確立し,困った人を救えるのだと。

 

これが,私が政治家を志す切っ掛けとなったのです。」

 


私は政治家として千代田区を良くすることで恩返ししようと決めました。」

 


それでも『困った,どうしよう』ということは,どこの誰にでも起きうるのです。私はそんな時,本当に支えることのできる制度を東京に根付かせたいと思っています。」

 


http://uchida-shigeru.com/profile/

 


政治家として,困った人を救う,恩返ししようと決めた,

 


「困った,どうしよう」という人を,本当に支える制度を東京に根付かせたい,

 


政治家として,こうした言葉を堂々と公開している内田茂氏が,

 


実際には,他の都議を困らせ,どうしようと深く苦悩させて,

 


憤りの遺書を残して,自殺にまで追い込ませていたとすれば,

 


内田茂氏の公言は画餅であり,きれいごとに過ぎないのではないか?

 

同氏のプロフィールには「昭和14年3月15日生まれ」と公表されている。

 


したがって,内田茂氏の星座は「うお座」である。

 


ちなみに,「うお座」の性格鑑定には,こう記載されている。

 


3
311日~320日生まれの人は火星に支配されています。

  
特に二面性をもちとても神経質なタイプです。

  
自分の身を守るため嘘もつけますし,裏工作をしたりする傾向もあります。

 
https://welq.jp/14453

 


二面性を持ち,

 


保身のために嘘もつき,

 


裏工作をしたりする傾向もある,

 


そんなうお座の内田茂氏が,

 


未来永劫,上に立ち続けていたいのであれば,

 


鑑定に描かれた悪質な側面が顔を出さぬよう,

 


政治家を志したきっかけを忘れず,

 


困っている人たちを救うために粉骨専心すべきであろう。

 


私はそう思っている。

2016年7月23日 (土)

記事も 出でずば 書かれまい -弘中惇一郎弁護士らが週刊文春編集部に抗議文-

今回のタイトルは「雉も鳴かずば撃たれまい」を引用しました。

 


雉も,鳴かなければ,居所を知られず,撃たれることもなかったのにとの意味から,自ら目立つ言動をしたことによって災いを招いてしまった喩えとして使われます。

 


淫行に関する記事も,鳥越氏が東京都知事選挙に出馬していなければ,書かれていなかったかも知れません。


 


http://www.sankei.com/affairs/news/160721/afr1607210011-n1.html

 


しかしながら,立候補した鳥越氏について,「実はこういう人物です」,

「どうかだまされないで下さい」と,鳥越氏の素顔や生き様について真実を知る人物が通報する行為は,攻撃でもなければ,誹謗中傷でもないと私は思っています。

 


週刊文春の取材に対して鳥越氏側は「事実無根」と回答し、女子学生だった女性のご主人は,「あの男が都知事選に出るときいて、この十年あまり我慢してきたことが、抑えられなくなりました。絶対に許すことはできません」とコメントしていますが,その心情や気持ちはよく理解できます。

 


「弁護士に一任している」と述べて,自己責任も,説明責任も果たそうとしない鳥越氏の態度は,上に立とうとする人物としての適格性に欠けているのではないでしょうか。

 


元大阪市長の橋下徹氏は,鳥越氏について,「自らの口で説明しない態度が公人失格」と述べています。

 


http://www.sankei.com/politics/news/160722/plt1607220016-n1.html

 


ちゃんと釈明しなさい」「こんな程度で逃げ回っているようでは」との声も上がっています。

 


http://news.livedoor.com/article/detail/11799050/

 


一方で,鳥越氏の弁護団が週刊文春編集部に出した抗議文は下記のとおりです。



抗議文
(引用)


週刊文春編集部 御中


弁護団抗議文 東京都知事候補である鳥越俊太郎について、明日発売の週刊文春が、『疑惑』と見出しを打った記事を掲載することがわかった。


記事にある『疑惑』と称する案件については、事前にFAXによる取材があり、本人に確認の上、弁護団から事実無根であると文書で明確に否定する回答をするとともに、無責任に記事化すれば選挙妨害になると強く警告した。しかしながら、記事は、一方的な証言だけに基づき、『疑惑』がいかにも真実であるかのごとき印象を与えるものとなっている。


記事は、『疑惑』が事実であるとは断定せず、一方的な証言と思わせぶりな記述だけで、あたかも『疑惑』が真実であるかのような印象を与えるものとなっている。こうした手法で有権者に事実と異なる印象を与えようとする行為は、明確な選挙妨害であり、公職選挙法1481項但書によって禁止される「虚偽の事項を記載し又は事実を歪曲して記載する等表現の自由を濫用して選挙の公正を害」する行為に他ならず、同法235条の2に規定する罰則の対象にもなりうる行為である。また、刑法2301項の名誉棄損罪を構成する。


弁護団は、週刊文春に対し、強く抗議する。また、明日にも東京地検に刑事告訴すべく準備を進めていることを申し添える。


なお、本件に対する問い合わせなどの一切は、弁護団が対応する。くれぐれも、鳥越本人の選挙運動に対し、これ以上の妨害とならないよう、求める。


2016
720日  
弁護士 弘中 惇一郎
弁護士 藤田 謹 也(引用ここまで)

http://buzz-plus.com/article/2016/07/21/defense_counsel/


むしろ,こうした鳥越氏の対応こそ攻撃ではないでしょうか。

 


なぜなら,鳥越氏は,自分自身で言葉を尽くして説明をしていない,

弁明してもいない,

 


自らに恥しい歴史があるとすれば,そうした過去と真摯に対峙していない,

 


一切を弁護士らに委任して総て丸投げする,

 


弁護士らから,事実無根だ,名誉毀損だと刑事告訴をさせる,

 


自らを被害者の立場に置き,開き直り,居直って,弁護士を使って攻撃させる

 


これは,責任感の欠如を露呈させるとともに,都知事の候補者としてはもちろん,言葉を司るジャーナリストたる者として,病み上がりどころか末期の症状と言えるのではないでしょうか?

 


ご自分のことを書かれて,ご自分の言葉で反論ひとつ出来ないような人間に,都政が任せられるでしょうか?

 


都政においても都合の悪いことが発生した場合は,弁護士に一任するおつもりなのでしょうか?

 


たとえ還暦を過ぎても精神的に未熟な者たちは,未成年者が親に付き添われなければ責任が取れないように,過保護なまでに権力者の影に隠れ,権力者の後ろ盾に縋って,都合の悪い真実を隠蔽してもらわなければ,自己責任が取れないということでしょうか?

 


そもそも,雉も記事も,鳴いたり出しゃばったりしなければ,撃たれたり書かれたりしないように,隠したい忌まわしい過去,消してしまいたい恥ずかしい歴史があるとすれば,堂々と表に出て来て社会的活動に従事したりお山の大将になって上に立とう,目立とうなどとせず,過去を反省して一隅を照らしながら生きていれば,過去を取沙汰されることも批判をされることもないのにと思えてなりません。

 


しかしながら,一般論として,そうした者ほど勉強不足で,地道な努力を怠り,粘り強さに欠けていながら,功名心だけは強く,目立ちたい,お金が欲しい,名を売りたい,もっともっと仕事が欲しい,もっともっと有名になりたい,という名誉欲が人一倍激しく渦巻いているようです。

 


欲望の強い者たちが犇めき合い,マネーゲームや権力闘争が絶えない世の中において最も得をするのは,きっと,そうしたギラギラした者が過去に犯して来た過ちという真実を,黒から白に上手に塗り替えてくれる人生のリフォーム術に長けた弁護士たちということになるのでしょう。

 


それにしても,こうした人物,こうした事件に接する度に

 


そうまでして
と嘆息せずにいられません。

 


もっともっとと求め続ける自我…


もっともっと美味しい物が食べたい…


もっともっといい暮らしがしたい……


もっともっと功成り名を遂げたい…


最後に一旗上げたい…


最後に一花咲かせたい……


等など……

 


果てしなく飽くことも枯れることもない欲望の人生から


卒業することが出来ないまま老いさらばえてゆく男女は


とても哀れであり不幸なものであり滑稽にさえ見えます。

 


そうした者の人生に「満足」の二文字はないでしょう。

 


私はそう思っています。

2015年12月24日 (木)

その資格を取ったのは、何年前ですか?!-ブラック弁護士には、ひるまず懲戒請求を!-

これは少し前のニュースになる。

 


社員をうつ病に罹患させて解雇するリストラ法を公開し、愛知県の税理士であり、行政書士であり、特定社会保険労務士であり、法務博士であると資格を羅列していた木全美千男氏が、「
モンスター社員を解雇せよ! すご腕社労士の首切りブログ」とのブログを閉鎖した。

 


記事を削除してサイトごと閉鎖するくらいなら最初からそんな内容は書くなと言いたくなる。

 


企業に与して向こう見ずな記事を書き、都合が悪くなればこそこそと消す行為は匹夫の勇であり、男としても、人としても、みっともない。

 


http://www.asahi.com/articles/ASHDK7GK0HDKOIPE029.html

 


主人と私が勤務していた日本IBMは「リストラの毒見役」と呼ばれて久しい。

 


その呼称に違わず、日本において初めて大量の「社員首切り政策」いわゆる「リストラ政策」を敢行した先駆的存在の外資系IT企業である。

 


日本IBMでは、各種の嫌がらせを受けて実際に「うつ病」に罹患した社員のみならず「M(問題)社員」とのレッテルを貼られ「うつ病」患者に仕立て上げられて他の事業所へと異動させられ、慣れない就業場所において、いきなり解雇される方法が盛んであった。

 


リストラへの一里塚を上手に歩まされる伝統的な手口が成すすべもなく横行し続けていた。

 


つまり、当時から「うつ病」は解雇の手段として悪用されていた。

 


最近でこそ日本IBMも有無を言わさぬロックアウト型解雇が人口に膾炙して糾弾されるようになり、ブラック企業として有名にもなったが、主人と私が勤務していた頃は聞こえの良い超一流企業として君臨しており「天下のIBM」ともてはやされていたため、内部の腐敗を伝えても誰ひとり聞く耳を持つ者はいなかった。

 


http://www.news-postseven.com/archives/20121017_149837.html

 


http://matome.naver.jp/odai/2135057989924859301

 


http://www.asagei.com/excerpt/14769

 


退職勧奨繰り返され「うつ病」 IBM社員を労災認定


http://www.asahi.com/articles/ASHD94J28HD9ULFA01Q.html

 


自称すご腕の社労士は、ブラック企業に阿って、こんな文言を公開していた。

 

>「社労士としては、うつでいかれた社員を追放すべく尽力をするのが仕事と考えます。」

 

モンスター社員を解雇せよ! すご腕社労士の首切りブログ


https://archive.is/FWWcS

 


だが、権力に与してブラック企業等に阿るのは、何も社労士ばかりではない。

 


自ら公開する愚こそ犯さないが弁護士にも悪質なやり方を実行する者がいる。

 


オリンパスの訴訟においては、オリンパス社の社員であり原告である
濱田氏の訴訟代理人であり、濱田氏の味方である筈の弁護士らが、原告の意思を無視して、裁判官の和解の求めに従うよう諭したが、濱田氏が聞き入れなかったことを理由に、何とその場で辞任するという事態があったそうだ。

 


オリンパスの闇と闘い続けて
(浜田正晴、光文社、2012年)とのご著書は、時間をつくって是非読んでみたい一冊であり「第4章 一審敗訴の裏側」には下記のとおり書かれているという。

 


突然の和解のすすめ

 会社側は、前にも述べたとおり第二回口頭弁論期日から和解を求めてきていた。裁判を長引かせたくないのは当然のことだろう。だが、いくら大金を積まれたとしても、私の退職が前提とされる和解に応じる気持ちなど、欠片もない。

(中略)

 これは私だけの問題ではない。この判決が判例として記録に残るのだから、内部通報制度をよくするためにも絶対にやり抜かなければならないー。

(中略)

 この過程で、気になる文言がひとつもなかったわけではなかった。解釈の仕方によっては、私に不利益をもたらしそうな表現があるようにも思えた。もちろん、そういった疑問を感じた際は、必ず質問したのだが、その度に諭されるのである。

「言葉上では一見、そう感じるかもしれないけど、こういう形にしても、相手は変なことができない和解文になっているから大丈夫。」

(中略)

ところが弁護団は私の了解を得ないまま、裁判所に和解条項案をFAXしていたのだった。

 そして、あろうことか、その和解条項案は裁判資料にされてしまったのである。A弁護士からその事実を聞かされ仰天した。A弁護士はそのことを謝罪してくれたが、ちなみに裁判所にFAXした和解条項案の全文はこうだ。

(中略)

和解拒否を貫く

(中略)

 会社側弁護士と会社のCSR副本部長も入室したが、まずは原告側と裁判官が話をすることとなり、会社側弁護士たちは一時、退席した。

 彼らが部屋を後にした瞬間だった。

 裁判官はおもむろに立ち上がると、右手に持ったFAXで入手した和解文を振りかざし、

「浜田さん!和解しましょうっ!この和解文を掲げて、みんなで会社をよくしていきましょうといえばいいんです。浜田さんっ!和解しましょうっ!和解っ!」

 といったのだ。

 一瞬、何が起こったのか飲みこめなかった。

 その言動に圧倒されつつも、私が自分の判決をお願いしたいという意思をきっぱり伝えると、間髪入れずに裁判官の声が返ってきた。

「そういうわけにはいかない!」

 私は「どんな結果でも受け入れますから、判決でお願いします!」

 と何度も机に額をこすりつけるようにして裁判官に請うた。

「いや、そういうわけにはいかないっ!和解っ!あなたの気持ちは3分で変わるっ!」

「いえ、変わりません。なんとか判決をお願いします!」

「いや、変わるっ!」

「地球がひっくり返っても変わりません!」

(中略)

 ところがC弁護士が「裁判官のいうこともちゃんと聞いて」と諭しにかかった。

 そのうちに裁判官は、机を拳でドンドンと叩きながら、

「和解ですよおおお!」といいだした。

 見かねた女性書記官がさっと左手を差し出し、前のめりになった裁判官の身体を制した。彼女は涙を浮かべているように見えた。あまりのことに、室内が一瞬、しんと静まった。その静寂を破ったのは、B弁護士だった。

「私、辞任します。」

「じゃあ、私も。」

 C弁護士も後に続いた。

 唐突な辞任発言に驚いたが、

「そうですか、残念ですね」といわざるを得なかった。

http://ameblo.jp/jpmax/entry-12090822742.html

 


ご著書には弁護士らの実名も記されているようだ。

 

http://www.amazon.co.jp/gp/customer-reviews/R35N4818QJJ7MW/ref=cm_cr_pr_rvw_ttl?ie=UTF8&ASIN=4334976816

 


ブラック企業に労働者の使い捨てや退職勧告などの入れ知恵をするブラックな弁護士らについて記載しているサイトのURLを下記に紹介しておく。

 


ある記事の文中には、

 


>「悪質な上手い汁を吸ってしまった輩はもうまともな仕事はしません。」

 


>「モラルが崩壊した輩は犯罪まがいのことばかりを請け負うようになって、身も心も腐っていくのです。」

 

と述べられている。

 


弁護士も色々で、何と「強姦事件に強い弁護士」まで登場している。

 

>強姦事件に強い弁護士をお探しなら

http://www.goukanbengo.com/bengoshi#content

 

 


弁護士法第二条
には「弁護士は、常に、深い教養の保持と高い品性の陶やに努め、法令及び法律事務に精通しなければならない。」との定めがある。

 


弁護士法に則って高い品性を陶冶するどころか、高い損害賠償金を得るためなら、着手金ゼロで請け負い、訴状や陳述書に虚偽事実をばらまいて恥じないモラルの崩壊した弁護士らがはびこるのは、法曹界に自浄作用が機能していない証であろう。

 


私の知る限り、法曹界は互いの庇い合いと仲間同士の傷の舐め合いによって成り立っており、弁護士は他の弁護士のやり方を批判することを厭い、弁護士の悪事を糾弾しようとすれば避けさせる。

 


ひとたび弁護士の資格を取得すれば、後はよっぽどのことをしない限り、何のお咎めもなく所属する法律事務所と裁判所とを顔色ひとつ変えずに往復し、ガラス張りとは真逆の密室に近い法廷や民事部の個室における悪事が暴かれることもほとんどない。

 


弁護士の懲戒を請求したところで、請求先は法曹界仲間で組織された弁護士会や弁護士連合会であるから、実際にはほとんど機能しておらず、認められることもほとんどないというのが実情であろう。

 


だが、それでも、汚いやり方をする、あまりに卑怯だ、虚偽事実を堂々と書面に書いて恥じない、倫理観に欠けている等、強い憤りを感じたら、結果など考えず、ひるまずに、断固卑劣な弁護士を懲戒請求すべきである。

 


ことさらに虚偽事実を主張され、根拠なく冤罪を着せられるなどした場合は、別訴を提起して、とことん闘うことだ。

 


なぜなら、そうしない限り、訴状や陳述書に羅列され、裁判所に提出された虚偽事実や捏造された証拠を認めたとみなされてしまうからだ。

 


ブラックな弁護士らは、権力を振りかざし、人脈を頼りに、法曹界仲間との相互依存関係による狎れ合いから、悪徳戦法を許され、ダーティなやり方を黙認されて助けられているうちに、威嚇や恫喝といった横暴な手続が沁みついてしまっているから、紳士淑女的でクリーンな嘘偽りのない訴訟活動を実行することなど最早不可能に近い。

 


頂点に立ち、一流企業の名をほしいままにしてきた日本IBMにおける人事の腐敗ぶりが、長い年月を経て雨垂れが石を穿つ如く徐々に明らかとされていったように、たとえ法律事務所の名が一流であろうと、目に余る弁護士らの本性と悪行は時を経るほどに知れ渡り、袖擦り合った誰の目にも明らかとなり、やがて「悪徳弁護士」の名を天下に轟かすこととなろう。

 


私はそう信じている。

 


*****

 

>国家権力とは闘いたがる“人権派”はいても、弁護士を被告とした訴訟の代理人になる弁護士はいない。

http://news-tag.cocolog-nifty.com/blog/2011/06/post-d4c3.html

 


>「社長は労働法をこう使え!」 という記事名で徹底的に会社の損にならずに社員を使ったり、解雇したりするやり方を解説しています。別に違法なことをしなければ会社にとってできることをアドバイスしただけだ!って感じですが、違法でなければなにをやってもいいんでしょうか・・・。

http://finalrich.com/sos/sos-victim-black-industry.html

 


>オリンパス敗訴で明らかになった女弁護士のブラック過ぎる手口

http://www.cyzo.com/2011/09/post_8463.html

 


>オリンパス事件は氷山の一角 現役産業医が語る「リアルでブラックなクビ切り術」

http://www.cyzo.com/2011/10/post_8912.html

 


森・濱田松本法律事務所の高谷知佐子、上村哲史らの集団ストーカー等反社会行為問題

http://b.hatena.ne.jp/entry/58721174/comment/ardarim

 


>二弁の弁護士に懲戒請求したら? http://blogs.yahoo.co.jp/samayoeruhounoshihai/3349405.html



年収百万円台…食えない弁護士急増 借金&高額費用かけ超難関試験合格も仕事なし

http://biz-journal.jp/2015/05/post_10077.html

2015年12月19日 (土)

頑張れ、真面目なお爺さん!-結果だけが報じられ、そこに至った経緯や無理からぬ事情が報道されないことの理不尽さ-

大石秀之氏(74歳)の勘きによって、図太く蔓延(はびこ)っていた虚偽クレーム詐欺犯の小野谷知子被告が逮捕され、兵庫県警は大石氏に感謝状を贈った。

 

http://www.sankei.com/west/news/151205/wst1512050032-n1.html

 


今月16日の初公判で、
小野谷被告は、シャンプーをしてもらう女性客のように法廷の椅子にふんぞり返ったという。

 

http://www.news24.jp/articles/2015/12/17/07317573.html

 


当時近隣に住んでいた
小野谷被告の家を訪問する業者らの様子を見た大石氏が、「どうもおかしい」と感じたことが事件発覚のきっかけだったそうだ。

 


大石氏は、
被告宅を訪れた人から直接話を聞き、日付と商品名等をノートに書いて記録を取り、謝罪に訪れる従業員らに「クレームは嘘。だまされているから帰りなさい」と説得を重ねたという。

 


その結果、声をかけられた従業員と店側が伊丹署に被害届を出して、今回の逮捕に結びついたと報道されていた。

 


http://www.sankei.com/west/news/151118/wst1511180004-n1.html

http://www.sankei.com/west/news/151118/wst1511180004-n2.html

http://www.sankei.com/west/news/151118/wst1511180004-n3.html

http://www.sankei.com/west/news/151118/wst1511180004-n4.html

http://www.sankei.com/west/news/151118/wst1511180004-n5.html

 


これは、大石氏が被告を観察し、最後まで諦めることなく外部へのはたらきかけを続けられた努力の賜物であろう。

 


見て見ぬふりが横行する現代にあって、実際の行動に移された同氏の勇気を称えたい。

 


嘘つきクレーム女のご近所に大石氏が住んでいらしたことによって、数多くの証拠が積み上げられた結果、逮捕させることに成功したのである。

 


逆に言えば、真面目なお爺さんが、ウソつき女を見つけて、その行状を世間にわからせたいとの信念を掲げ続けなければ、ウソつき女は放置されたままで逮捕されることはなかったということでもある。

 


嘘つき女の悪事が世間に知れ渡り、見事大石氏に表彰状が授与されるまでの間には、長く孤独な報われない日々もあったことと想像に難くない。

 


逮捕に至らしめた背景には、「この女は何かおかしい」との直感に始まり、「この家に出入りしている業者の姿は尋常ではない」との勘働き、「この女のしていることを世間に知らしめたい!」との燃える執念があったに違いない。

 


ご自分を信じてまっすぐに進んだ大石氏のケースは見事成功した。

 


だが、小谷野被告がもっともっとワルで、近隣住民らと人的ネットワークを水面下に張り巡らせていて、大石氏が業者から話を聞き、メモを取って、調査をしていることを事前に知り得ていたとすれば、どうだったろう?

 


「あの老人は妄想を言っている」

 

「私を24時間監視している」

 

「統合失調症ではないだろうか」

 

などと虚報を警察に通報されて、逆に大石氏が悪者扱いされて、捕まってしまうという最悪の結果もなかったとは言い切れなかったと思う。

 


なぜなら、近隣住民らの通話内容を大音量で流し、看板に近隣住民の女性ら2名の悪性を書いて貼り出すなどしたため、名誉毀損で逮捕された岸継明氏(70)の事件は、岸氏が必死になって証拠集めをし過ぎた結果かも知れないと思っているからだ。

 


岸氏のご自宅は、被害者と称するAさん、Bさん、Cさんらの家に囲まれている。

Photo

 


岸氏がご自宅前に掲げていた看板の「公正な事案解決に協力願います」との文言には悲哀すら感じる。

Photo_2

たった独りの家の中で、岸氏は感情を抑えた一文をどんな心情で書き、どんな思いで掲げたのか。


そこには窮状や苦痛を誰かひとりにでもわかってほしいとの沈痛な思いがほとばしっているように思えてならない。

 


http://matome.naver.jp/odai/2144728601773562801?&page=1

 


或る日のテレビ画面には、岸氏から被害を受けたとされる被害者の女性2名の姿が特定されないように配慮され、顔を避けて公開されていた。

 


岸氏に関してフルネームはもちろんのこと、顔、全身のお姿、ご自宅と自家用車、経歴、ご家族のことまで詳細に報道されたのとは対照的に、被害者らは手厚く保護されていた。

 


画面に映し出された被害女性のひとりの姿は、顏こそ見えなかったが、私にとって苦手な印象であった。

 

岸氏は身ぎれいでご自宅も広く整然とされており、看板も見やすくつくられている。おまけに経歴も立派だ。

Photo_3

Photo_4


丁寧できちんとした方であるだけに、だらしのない者やルーズな者、粗雑な者たちにとっては鼻につき、煙たがられる存在だったかも知れない。


岸氏は、近隣住民に「監視しないでくれ」と伝えたと書かれている。

 


監視」ととらえたのは、岸氏が外出する度に、被害者の女性のいずれかがそれに合わせて顏を出す、岸氏の外出先に、被害者の女性が突然姿を現すことなどがあったのではないだろうか。

 


暇な者たちが「気に入らないうるさい老人をからかってやれ」とばかりに結託してお互いに携帯電話でこまめに連絡を取り合い、監視カメラの画像なども上手に利用して「幼稚なタイミング合わせ」を組織的に実行した可能性もある。

 


まったくないと誰が言い切れるだろう。

 


岸氏の事件は全貌がわからないから、公正でも、公平でもなく、解決に至ったと
言うには程遠い。

 


ただ「名誉毀損」というわかりやすい落とし穴に岸氏がはまってしまったというだけであり、極めて表面的に事件の一部が描かれたに過ぎない。

 


名誉毀損に至るまでに長い時間をかけて、いくつもの巧妙な罠を仕掛けられていた可能性もまったくないとは言えない。

 


真面目な人ほど挑発に乗りやすいからだ。

 


孤軍奮闘している真面目なお爺さんを、よってたかって生贄(いけにえ)にした結果発生した事件ではないと言い切れるものではない。

 


だからこそ、加害者となった岸氏にも、被害者の女性らにも、どちらにも入念な取材をせず、名誉毀損で逮捕されたという結果だけを拡大して報道することは、大変危険であり、大きな誤りであろう。

 


名誉毀損に至った原因、その背景にある関連事実、無理からぬ事情等についても同程度に掘り下げて公開し、報道すべきではないか。

 


詳しい報道がなされなかったせいか、例によって、奈良の騒音おばさん同様、「妻(家族)の死が原因で人柄が変わった」とのお定まりの結論づけが、雨後の筍のように発生した。

 


http://beraamano.cocolog-nifty.com/blog/2015/11/post-d188.html

 


また、裁判の報道においても、訴状や準備書面でのやりとり、お互いが提出した陳述書等は公開されず、偏向した内容を含む判決文だけが、裁判所の判断として公開されていることが多い。

 


権威ある裁判官とはいえ、たかだか1人或いは多くて2~3人が下した判断に過ぎないのだから、あらゆる判断材料を揃えて公開しないことにはそれが妥当であるかどうかについて意見や論評を述べることすら困難なこともある。

 


ところで、あるテレビには実際に外を歩いている岸氏の姿が監視カメラにとらえられている画面が放映されていた。

 

だから岸氏が「監視」と感じた苦痛は、きっと現実のものであったに違いない。

 


私はそう思っている。

 

http://www.sankei.com/affairs/news/151203/afr1512030027-n1.html

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