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2017年7月 9日 (日)

安心して叩ける者を叩く言論は無価値である-松居一代氏への集中攻撃に加わるような,誰にでも書ける言論を書くことなかれ-

7月になった。早いね…

 


このところ,芸能人や政治家等安心して叩ける者への集中攻撃が目立っている。

 


この行為は「みんなで叩けばこわくない」という集団リンチの感覚に似ている。

 


「みんな」から叩かれている人を躊躇なく叩く言論は,どれも似たりよったりだ。

 


https://twitter.com/kazuyo_official/status/883388165578309632

 


松居一代氏は,今や可愛さ余って憎さ百倍になってしまったが,もともとは最愛の夫であった船越英一郎氏から裏切られた,船越氏を偽善者と感じているようである。

 


だから,多くの人たちに船越氏の実態を知らしめたいとの強い思いで,同氏の「裏の顔」を暴露する行為に躍起になっているように見える。

 


そんな思いが炸裂した松居氏のブログや動画を批判することは容易い。

 


だが,ツイッターの投稿の中に,少しでも投稿者自身の実体験が盛り込まれていて,そうした体験に基づいた投稿でもあるならば,それは読むに値すると思うが,そうした建設的な意見や斬新な指摘,鋭い批判,何らかの意味のある投稿はほとんど見られない。

 


だったら,「みんな」に叩かれている人をよってたかって叩く,似たり寄ったりの言論など,「みんな」に任せておけばいい。

 


多くの非難が集まっている芸能人や政治家を選んで叩いている限り,名誉毀損として訴えられるリスクは低いだろう。

 


そうした意味においても,「みんな」で松居氏を叩く言論を投稿することは,あまりにも容易い。

 


だが,そんな言論の表明に一体何の価値があり,いかなる意義があるのだろう。

 


ある時,質屋さんが共同で開催しているバーゲンセールがあると,テレビのニュースが知らせていた。

 


画面には,ヴィトン柄の大小さまざまなバッグが山と積まれている会場の一角に多くの女性たちが群がり,手に取っては選び,とっかえ,ひっかえしている姿が映し出されていた。

 


持ちたいのだろうか?



みんなと同じものを?

 


そう感じた。

 


これは、ツイッターで松居氏をバッシングする夥しいコメントに対する感覚に近い。

 


書きたいのだろうか?



みんなと同じことを?

 


との冷めた思いである。

 


私が男性だったら,それも西部劇に登場するクリント・イーストウッドのような男性であったなら,書き込もうとしている者にこう言うだろう。

 


「誰にでも書けるようなことは書くな。そんなこと,他の誰かにやらせておけ。」

 


そして酒場の柱にマッチを擦りつけて煙草に火をつけると,黙って立ち去る。

 


実際に価値ある言論とは、権力批判の言論である。

 


権力者や社会的強者に対する批判であり,そうした者たちによる気づかれていない悪事,悪徳,不正に対する正当な批判であり,世間に知らしめなければならない巧妙な偽善,偽装,虚偽などに対する誠実な糾弾である。

 


叩いても安心な者や弱っている者を選んで叩く言論は、ズルくて小さい,つまらない言論である。

 


しかも,匿名で,袋叩きに安心して乗っかって言論を表明している者は,叩かれている人よりずっとカッコ悪いことを知るべきであろう。

 


さらに,「
『日本に帰ってきてすぐに豊田議員の(報道を)見て大爆笑。その後、松居一代さんで大爆笑!なんか“ババアの熱い夏”みたいな!(って)』と豪快に語った。」と野沢直子氏が発言したと報道されているが,これにも呆れた。

 


片や傷害事件,片や離婚調停から訴訟に及ぶ事件であり,どちらも大爆笑できる問題ではない。

 


そもそも,野沢直子氏も54歳。決して若いとはいえない。

 


https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170707-00000078-dal-ent

 


デイリースポーツは「豪快に語った」と記載するが,この種の発言に「豪快」の表現はそぐわない。

 


「毎年夏休みになると出稼ぎ帰国することが恒例となっている」野沢直子氏が,
叩かれている女性たちの「モノマネを練習中だと明かした」との報道もある。

 


https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170707-01851657-nksports-ent

 


だが,夫婦間にいかなる理由があるにせよ,最愛の夫から離婚の申し出を突き付けられて別居を余儀なくされ,苦悶の渦中にある女性や,傷害罪として被害届まで受理された加害女性を,お笑いの材料にするならば,非常識きわまりない。

 



日本に出稼ぎ帰国して動画で見た人物のモノマネを練習中だとすれば,それは取りも直さず「よしもとエージェンシー」所属のお笑いタレントとして出し物に飢えているということであり,常日頃から芸を磨いていないから,芸の引き出しがないということではなかろうか。

 



私はそう思っている。

2017年6月30日 (金)

人格も容姿も生き方も、総てが美しかった小林真央さん、どうか安らかにお眠りください-豊田真由子議員の暴言は、心を殺す殺心罪!・度を超した野心家の女性は凶暴である-

先週は対照的な30歳代の女性2人の、驚くべき出来事が報道された。

 

ご立派なのは学歴と肩書だけとしか思えない、美から遠くかけ離れた豊田真由子議員のどす黒くも腹黒い暴言事件。

 


そして、そっと散った白い薔薇の花びらのような、小林真央さんの急逝である。

 

このところ名優の方々や才能ある美女が次々に身罷られて落胆させられる。

 


小林真央さんは、若く美しく才能もありながら、自惚れていい気になっているところもなく、調子づいているような浮ついたところもなく、嫌味な発言も全くなく、自然体で誠実な印象を持った。

 


誰もが憧れるニュースキャスターの職に就き、「ニュースZERO」という高視聴率のサブキャスターを任されるようになってもなお背伸びをせず、良くできた可愛らしい、どこか古風なお嬢さんの枠を超えず、悪い噂も聞かず、どこまでも健全かつ純真であり続けた。

 


そのうちに、何と、平成の色男などと呼ばれるあの市川海老蔵氏から求婚されて妻となり、潔く仕事を止めて裏方に回わることを決意し、海老蔵氏を支えるようになった。

 


真央さんの清潔な美貌が単独で視られる回数はほとんど消え、歌舞伎座に青い色無地の和服で向かわれる姿や、海老蔵氏暴行事件における謝罪の姿など、海老蔵氏と伴に生きている姿しか視られないようになった。

 


でも、みんな、実はもっと真央さんの、あの笑顔、作り声ではない自然な声、大きな瞳、長い髪、心がそのまま映し出されたような悪気の微塵もない態度、常に自然体だった姿、

 


そして、巧まざる完璧な可愛らしさと、何よりもその根源になっている澄み切った心の清らかさに触れて、笑顔になり、ずっと活躍を応援していたかったのだろう。

 


そんなみんなに対して、時にあまりにも意地悪で、どこまでも残酷な神様は、こんな形で、真央さんが最後の最期まで可愛らしく、そして勇敢であり強くもあった姿を、応援し、たくさん見る機会を与えられたということだ。

 


闘病中の真央さんを応援せず、真央さんの急逝を悼まない者はいないだろう。

 


これは、日本全国が心をひとつにしたということであり、小林真央さんが、容姿も、人格も、生き様も総て美しかった証であろう。

 

 

真央さんはごく自然に注目され、目立つべくして目立ち、有名になるべくして有名になり、自ずと脚光を浴び、歌舞伎の大スターまでが惹きつけられ、日本国民のほとんど全員から惜しまれつつ亡くなったのである。

 


真央ちゃん、いつも主人とそう話していたから、そう書かせていただきます。

 


これからもずっと忘れません。美しい真央ちゃんのこと。

 


ゆっくりとお休みになってください。

 



さて…真央ちゃんに比べて、豊田真由子議員といったらどうだ。

 


豊田真由子議員の同級生は、下記のように語っている。

 


何か自分が目立ちたい、有名になりたい、カッコよくいたい思いが強い人

 


https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20170627-00010009-jprime-soci&p=3

 


そうだ。

 

 

暴言を吐く者は、目立ちたい、上に立ちたい、長が欲しい、先生と呼ばれたいという欲望と野心の強過ぎる者が多い。

 


支配力、名誉欲の強さで他を圧倒しているという事実があり、真実である。

 


2010年1月17日、中止を求めても暴言を繰り返して止めないという被害を受けた経験が私にはある。

 


「体にも悪いし」「それはもうよくわかったから」と懇願して暴言の中止を求め、「きれいにお別れしましょう」と低姿勢で呼びかけ、和解したうえでの決別を伝えても聞き入れず、「よく何回も言えるね」と私が呆れてもなお、「言えるよ、何回だって!」、「何回でも言うよ」と嫌がらせの暴言を吐き続けたのだ。

 


豊田真由子議員ほどの学歴も地位もないが、この暴言同級生も、目立とう精神だけは桁外れに旺盛で、とにかく偉そうであった。

 


中学になると、誰から推されたわけでもないのに、早速、生徒会の役員に立候補した。

 


何で〇〇〇が出るの?と思うほど同級生から人気はなく、友人もいなかったから、案の定、他のクラスから推されて出馬した同級生が当選し、暴言同級生は大差をつけられて落選した。

 


暴言同級生の父親が、とある学校の教員をしていたせいか、とりわけその学校に関して暴言同級生は偉そうで、より高圧的・好戦的な態度を示し、その学校の文化祭に出かけたおとなしい同級生と、当時私が入っていた手芸料理部の後輩にあたる口下手な下級生をロフトのような作りの角部屋だった中学3Dクラスの教室前の廊下に呼び出して謝らせ、大泣きさせるという信じ難い出来事を発生させたこともある。

 


そんな暴言同級生は、中学の生徒会選挙に落選したとはいえ、中高一貫校という特性から、大々的な選挙活動によって名前が売れていた。

 


つまり、実情については知られていないが、知名度だけはあったというわけだ。

 


そこで、高校において、再度懲りずに生徒会役員に立候補し、既に〇〇がその役員に名乗りを上げて立候補していたにもかかわらず、成績優秀で難のない〇〇ちゃんを担ぎ出して対抗させることによって自分の売り込みに利用したのかどうかは判然としないが、「〇〇ちゃんと〇〇〇をよろしく!」とセット販売の形で名前を連呼しながら上級生のクラスを回って来たと後に親しい先輩から伝えられて驚いたこともあった。

 


その結果、同級生からの人気はなかったものの、下級生や上級生からの票を得て、ようやく長年の夢と希望と憧れであった生徒会役員の座を暴言同級生は3年越しで叶えたのであった。

 


目立とう精神はクラス別の合唱祭においても遺憾なく発揮された。

 


暴言同級生は、当然別クラスの指揮者にも名乗りを上げたという。

 


クールな生徒の多かった別クラスでは、指揮者をやりたがる者は誰もいなかったそうだ。

 


暴言同級生はすんなりと指揮者になれた。そこまでは思い通りだっただろう。

 


だが、ここでもあまりにも意地悪で、どこまでも残酷な神様は、暴言同級生への思いもよらないしっぺ返しを、こともあろうに晴れ舞台の当日与えられたのであった。

 


講堂に置かれた台に上がった暴言同級生は、客席に尻を向け、癖のあるくねくねとした前屈姿勢で手を上げ始めた。

 


すると、その度に、黒く長いスカートの中から、少女らしい可愛らしい花柄やリボンのパ〇〇ではなく、何とも古めかしい、大正生まれであった私の亡母でも履いていないような、長い、ズロースとでも呼べばしっくりするような下穿き(したばき)が、客席に座っていた他のクラスの同級生全員に丸見えになってしまったのだ。

 


「愛のわざ」という合唱曲を観賞するどころか、前世期の遺物といえる何とも言えない代物を観賞させられる羽目となり、客席からは小さな笑い声すら漏れ出す始末で、一度きりの晴れの舞台は、敵ながら思い出すのも気の毒な赤恥の結果に終わったのだった。

 


何につけ、上に立ちたい、目立ちたい、長が欲しいという、支配力の強い暴言同級生は、自分のことを『先生』と呼び、ブログにも自ら『先生』と記載して公開するようになり、最後の電話での通話中に、私が「普通に話せない?」と伝え「落ち着いて」と呼びかけた時も、「昔から『先生』落ち着いてるよ」と語り呆れ果てたものであった。

 


暴言を吐く者の特性として、相手を自分より「格下」と見下して、軽んじていることが挙げられる。

 


だからこそ、この豊田真由子様に向かって、先生と呼ばれるこの私に向かってといった根拠不在のまま、自分の方が上に立っている、自分の方が学歴がいい、自分は議員で先生と呼ばれている、社会的身分が上いう差別意識を全面に押し出して、相手を威圧するのである。

 


相手を格下と見下している者は、相手の意見や立場に耳を傾けよう、相手の言い分も理解し尊重したうえで、和解して気持ち良く袂を分かとうといったスポーツマンシップに近い喧嘩の治め方を知らず、落としどころを計りながらの知的な冷静さを宿した会話を交わそうとせず、平和的解決を目指す心のゆとりもない。

 


単細胞で暴力的に一方的な感情論をぶつけるだけである。

 


暴言を受けた際、もはやこれまでと、電話で縁を切った。

 


ところが、暴言同級生は、縁を切ってもなお私宛に手紙を出し続けたのであった。

 


2010年1月27日に1通。

 


2010年2月 6日に1通。

 


身体に悪いので開封せず、そのまま縁を切った暴言同級生宛に差し戻した。

 


すると、


2010年3月19日には、さらに2通の手紙が届いたのだった。

 


2010年3月19日に届いた2通のうち1通には、封筒の裏に、手紙を受け取れと義務なきことを強要する文言が、暴言同級生の直筆で記載されていた。

 


中学時代から見慣れたこの文字は、私にとって特に恐ろしいものであった。

 


かつてどこの誰からも受けたこともなく、男性からであっても、パワハラ上司からも聞いたことのない、アクの強いドスのきいた声による暴言による通話時の苦痛だけでも想像以上に強く、7年以上が経過した今でも夢にうなされる程の衝撃が残っている。

 


きわめて悪質と感じられる行為は、電話で確実に縁を切る約束を交わしたにもかかわらず、暴言同級生が、その約束を守らず、1月から3月まで4通の不必要な手紙を送り続けて来て、手紙の受取りを拒否したにもかかわらず、最後には封筒の裏にまで受取りを強要する文言を記載して見せたことである。

 


電話で確実に縁を切ったにもかかわらず、さらなる嫌がらせとして4通の手紙まで送りつけられたことで私は体調を崩し、食欲も失くなり、食事が徐々に喉を通らなくなっていった。

 


その結果、2010年8月26日には「虚血性腸炎」で10日間の入院をすることになった。

 


当時の激しい腹痛と下血は、とりもなおさず心が殺された証であり、暴言によって心身が受けた傷の深さをあらわしている。

 


暴言は、確実に、人の心を殺す。

 


暴言は、いつまでもトラウマとなって心に残る、殺人罪ならぬ殺心罪(さつしんざい)である。

 


格下と見る相手に対して弱者の心をブルドーザーで弾き殺すような暴言を吐いて平気でいられる女性は、おしなべて『嚢中の錐』と呼ばれる存在ではない。

 


人気がなく、目立ちたくても目立たず、推されて自然とその立場や地位に就いた訳でもなく、上に立ちたい、長がほしい、先生と呼ばれたいという邪悪な野心ばかりが大きく空回りしひとり歩きをして膨れ上がった結果、何とか先生と呼ばれたとしても、実力、人間性、一般常識が伴っていない。

 


だから、内面の自信の無さ、余裕の無さによって、暴言を吐くのである。

 


偉そうな女性から許せない暴言を吐かれて、心身に深手を負わされたら、迷わず傷害罪で訴えることだ。

 



傷害罪の時効は10年。

 


それにしても、今回「週刊新潮」に元秘書であった男性が暴言による被害を通報するまでには、100人もの秘書が同様の被害を受けて辞めて行っていたというのであるから信じ難い。

 


豊田真由子議員の悪性を知りつつ野放しにして容認し、いい気にさせ続けてきた100人の秘書たちにも、多大な責任があるのではないか。

 

私はそう思っている。

2017年6月16日 (金)

バタバタと忙しがっているのは、まことに品がない、分別のない老人との、自戒をこめたエッセイが忘れられません。-野際陽子さんのご冥福を心よりお祈りいたします-

アクション映画やドラマが好きな私は、日本では千葉真一さんが好きだった。

 


だから「キイハンター」も好きで、よく見ていた。

 


当時箱根にあった別荘を訪れて、早雲山からロープウェイに乗る時はいつも


「途中で止まっても、千葉ちゃんが助けに来てくれるから大丈夫ね!」と
言って、


両親や同行した友人たちを笑わせた。

 


フランス人のような野際陽子さんの美貌と、エンディングに歌われる気だるいテーマ曲も魅力的であった。

 


いつからか、野際さんが母校である立教女学院中学・高校の大先輩であることを知り、親近感から誠実な関心を寄せて出演される番組を視るようになった。

 


今から10年前の2007年4月、ある小冊子のエッセイに、


野際陽子さんは、
香り高き老後を目指して」と題され、

分別のない老人-を副題に、

 


仕事は定年がないのをいいことに、相変わらずバタバタと忙しがっていて、まことに品がない。

 


今年こそ何とか“脱・分別のない老人”を目指し、一日一日を噛み締めながら品よく生きていきたいものだ。

 


などと記載して公開なさっていた。

 


野際陽子さんは、NHKのアナウンサーから女優に転身されて以来、女優業ひと筋に専念され、その演技力を買われて次々とお仕事が舞い込み、最晩年に至るまでお忙しく過ごしていらした。

 


アナウンサーや女優になりたいと必死になって頑張ってみたところで、声も、顔も、頭も良くなければ、アナウンサーにも女優にもなれないのだから、自己顕示欲だけは人一倍強く、目立ちたがりで出しゃばりだが実力に欠けた女性にとって、野際陽子さんは大いなる嫉妬の対象であったことだろう。

 


知的で、美しく、誰の目にも上品にうつり、野際さんでなければ演じられない役どころを選ばれて、お仕事をされていたと感じられるが、それでも野際陽子さんは、「定年がないのをいいことに、バタバタと忙しがっている」老人の姿を、「まことに品がない」と自虐的に語ることによって、それとなく戒められたのかも知れない。

 


そして、「分別のないバタバタ老人」から脱して、「品よく生きていきたいものだ」とエッセイを結んでいらした。

 


やれアンチエイジングだ、やれダイエットだ、とビジュアルにばかりこだわって、少しでも若く見せなければならないと必死になって、少なくなったまつ毛にまでエクステをつけに飛び込むような、過度の若づくりをする老人がいる。

 


休みなくはたらけることは恵まれている、生涯現役で仕事を続けることこそ生きがいだと掲げて、必死になって、ここと思えばまたあちらとばかりに、五条大橋の牛若丸のように、あたふたと、ハイテンションで、忙しなく、過剰な活動に奔走する老人もいる。

 


当のご本人は、いつまでも若々しく見えて、忙しく、休みなくはたらいている自分の姿を他の者が見れば、間違いなく幸せに見えると盲信している。

 


だが実際には、「えげつない」、「そうまでして…」、「品がない」と他人の目には痛々しくうつっているものである。

 


「年甲斐」を辞書でひくと、「
年齢にふさわしい思慮や分別」と解説されている。

 


野際陽子さんはクールな外見に相応しいエッセイで、



加減の良い強さで吹く風のように、


「誇り高い老後を目指すには」、

 


「アンチエイジングやダイエットも結構ですけれど、年甲斐だって必要ですよ。」

 


「年齢にふさわしい思慮や分別をお持ちなさいな」

 


と示されて、

 


颯爽と天国に旅立たれたのではないか。

 


私はそう思っている。

2017年4月27日 (木)

心無い者、真剣味のない者、デリカシーの無い者は、復興に関わる資格はない!

「あっちの方だからよかった」

 


辞任に追い込まれた今村雅弘元復興大臣の発言。

 


つまり「東京」ではなくて「あっち」だったから「良かった」ということ。

 


これを平気で聞き流せる人も、そうでない人もいるだろう。

 


私は聞き流せなかった。

 


そして、官僚の作文ではなく本人が何気なく述べた発言にこそ、その者の本質が浮上するものだ。

 


これは、極論すれば、弱者である「あっち」と、強者である「こっち」を比較して、或いは病身である「あっち」と、健常者である「こっち」を比較するような行為、つまり、自分自身や自分の置かれている立場や環境より劣悪であったり、苦労をしていたり、災難に遭っているような人々と比較して、「あっち」でなくて良かったと結論づける恥ずべき差別発言である。

 


自宅を教室にしている知人がいる。

 


その者が2008年に書いたブログ記事にもこの種の発言があって、

 


よくこんなことが書けるな、と即座に感じた。

 


その記事とはこうだ。

 


その者の住まいがある棟のエレベーターが、雨によるショートを原因に止まって、学生3人がその中に長時間閉じ込められて、救急車と数台の消防車までが出動する大事件となったそうだ。

 


そして、その時、その者は、

 


自分の「生徒さんでなくて良かった」と記載して公開した。

 


その記事には、ピョンピョンと飛ぶウサギの絵文字が付けられていた。

 


さらにその者は、介護保険で「要介護」に認定されているお年寄りが入所している老人ホームを訪問した記事を2009年に書いた。

 


「お年寄り、歌いますよ~~もちろん、自由に」と書いたその記事には、舌を出して笑う顔の絵文字が付けられていた。

 


そして、老人たちが思い思いに歌う、音程を気にしない自由闊達な歌声につられて楽器を弾いた生徒の言葉を、「わけがわからなくなったそうです」と書き、「聴いちゃダメです、老人ホームの場合は」と記載して公開した。

 


ボランティア活動を実践している姿をアピールする記事だったが、お年寄りを小馬鹿にしているとの印象を持った。

 


これは、この時に作成した動画である。



https://www.youtube.com/watch?v=ycybLErJjQU

 


老いた人、病に倒れた人、傷を負っている人、不幸のうちにある人々に直面した時、もし自分自身が健康体であって、災害に遭遇することもなく、幸運であることを内心では大変嬉しく感じていたとしても、自分はこの人たちとは違う、自分にはこうしたことが出来る、自分はこの人たちにはしたくても出来ないことが、あれも出来る、これだって出来る、自分は元気だ、健康だ、ハッピーだなどとつらつら並べ立て、そうした思いを講演会で話したり、文章にして公開したりする行為も、傲岸不遜な比較であり、慎むべきと私は強く感じるのだ。

 


これは譲れない見解の相違である。

 


事故や災害では、自分たちが体験していない被害に遭われた人々がいて,現実として、そこに暮らさなければならない人々がいる。

 


そうした方々が抱える苦悩やさまざまな困難を、同じように苦しみ、実際に体験することは出来ない。

 


何も出来ない自分には、せめて、思いを知るように努めて同情し、よく考えて共感すること、ささやかなご送金による激励くらいしか出来ることはない。

 


だからこそ、弱者や打ちひしがれている人々、そして老・病・死がしのび寄っている人々に対しては、少しでもきつい言葉をかけることや、冷淡な態度を見せることは、何にも増して、決して許されないと思えてならないのだ。

 


実際には気の毒と感じるまで深く考えたこともなく、何か少しでも出来ることはないだろうかと真剣に心を砕いた経験がないからこそ、「あっちの方だったから良かった」といった発言が軽く飛び出すのであり,困っている人たちを心底応援して何とかお助けはできないだろうかとしばし立ち止まって考え、沈思黙考する中で生じた心情や、ひと時でも明るくなってもらうため、喜んでもらうための僅かな工夫やアイディアや発想などもまるで出て来ないから、無責任に上滑りする言葉だけを次々と述べたり、書いたり、口にしたりするだけで、心から湧き上がる熱意のこもったあたたかい発言や行動が伴わないのだろう。

 


自分に何か出来ることはないかと本気で思っている人は、その思いを決して声高に叫ぶことなく、黙って被災地や施設に、実際に、送金などをしている。

 


そして、手書きの御礼状や慈善団体のシールをもらったりすることで、少しでも役に立てたのなら良かったと気持ちを軽くして、小さな善行を続けるだろう。

 


「復興大臣」に任命された時、
今村雅弘氏は、「私は弱者の気持ちがわからない冷たい人間で、復興支援のリーダーとして適任ではありませんから辞退させてください」と言うだけの自覚に欠けていたのではないか。

 


私はそう思っている。

2017年3月15日 (水)

防衛大臣の稲田朋美氏も「魚座」だった!-偉そうな者たちの発言こそ記憶しておくべし-

先日うお座の「う」は「ウソツキ」の「ウ」と私は書いた。

 
だが、うお座の「う」は「胡散臭い」の「ウ」でもあったようだ。

魚座の特徴

身を守ろうと、極端な裏工作をしたり、嘘をついたりもできます。

http://www.japan-horoscope.com/astrological-signs/zodiac/pisces.htm

 

稲田朋美氏。1959年2月20日生まれ。魚座。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A8%B2%E7%94%B0%E6%9C%8B%E7%BE%8E

 

 内田茂氏。1939年3月15日生まれ。魚座。元東京都議会議員の樺山卓司氏が自殺し、その1年後に見つかった遺書には、「これは全マスコミに発表して下さい!! 内田、許さない!! 人間性のひとかけらもない内田茂。来世では必ず報復します! 御覚悟!! 自民党の皆さん。旧い自民党を破壊して下さい。」と書かれていたと公開されている。

 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%86%85%E7%94%B0%E8%8C%82

鳥越俊太郎氏。1940年3月13日生まれ。魚座。刊文春による過去の淫行疑惑報道に対して、名誉毀損として刑事告訴し、自身では釈明せず。説明責任も果たさなかった。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%B3%A5%E8%B6%8A%E4%BF%8A%E5%A4%AA%E9%83%8E

 

2月20日うお座の稲田朋美氏には、従前から、その経歴にも役職にもそぐわない妙な違和感を覚えた。

 
重みがないと言うか、教養が感じられないと言うべきか、心が見えないと言うか、感情が伝わってこないと言うのか……何とも名状し難いのだが。

誤った記憶に頼って断定した物言いをする前に、稲田氏は、十分精査・確認をする必要があり、それから答弁すべきであった。


精査・確認を怠り、偉そうに、自分に都合の良い答弁をしたということである。



これは天野ベラの私見だが、嘘つきな者ほど、断定して物を言い、記憶力は悪い。



そして、嘘つきな者ほど、問題とされる発言を忘れてしまったかの如く振る舞い、過去の発言の責任を他人から追及され、指摘され、批判されると、直ちに過剰反応して逆ギレし、居直って開き直り、倍返しの不当な逆襲に打って出る。



正にどなたかのブログに書かれていた『悪党の言ったもん勝ち』との言い得て妙な言葉の実践者であり、言い終わったが勝ちの態度で、発言に伴って発生する責任などどうでもいいと言わんばかりに、過去の発言を振り返ることはない。


さっさと後ろ足で砂をかけて豹変して行くのだから、覚えている方としては、たまったものではない。


その場の気分次第で、いかようにも、そのよく動く口に任せて、春の小川が流れるようにさらさらと虚言を吐き、おめでたい人々を欺く行為が慢性化して中毒になり、もはや宿痾になっている人もいるようだから、よっぽど心地良いのだろう。


指摘され批判されようと物ともせず、何の根拠もなく、断定的な物の言い方をもって、さらなるその場しのぎのウソや、登場人物の言葉を加えて信憑性を演出するなどしたまことしやかな高度なウソを塗布しては切り抜けていく者もいる。


あたかも、ウソをついているのは自分ではない、ウソを指摘し批判している当の相手であると言わんばかりに、不合理に変遷させたウソを重ね、自己矛盾に気づかない振りをして、「記憶に誤りはない」などと豪語して憚らず、涼しい顔をして、最後まで虚言を押し通すのだから、始末が悪いことこの上ない。



稲田氏の場合は、大臣クラスの大物にまで成り上がった結果、野党からの厳しい追及を甘受しなければならなくなったが、中途半端な立場に身を置くウソつきどもは、過去についたウソを次々と忘れて進むことのできる都合の良い記憶力を武器に、誰からもお咎めなしで、出たとこ勝負の場当たり的な生き方を続けていく。



畢竟、記憶力が悪くてウソつきな者たちは、覚えておかれては困る言動を次々と重ねながら生きていくこととなり、自分の失敗や頓挫は他人のせいにして、自らが歩んで来た人生という過去の歴史を振り返る行為を極端に嫌悪する。



だから、履き違えたポジティヴシンキングを掲げて、不自然きわまりない前向きな生き方ばかりを目指さざるを得なくなる。



天性のウソつきどもが懲りずに実行し、繁殖を続けるウソのウィルスによる個人攻撃は、主として、幼少時に人の言動を疑わず天真爛漫に育ったような、信じやすくお人好で、記憶力の良い生真面目人間、どちらかと言えば融通の利かない実直な者たちを選別して襲い掛かるようだ。



ウソという卑劣極まりない言葉の暴力によって、徹底的に人体を破壊され、忘れようとしても忘れられないほどの痛手を受けた人々がいるとすれば、私は敢えてこう言わせていただきたい。



忘れずに、繰り返し、抗議せよと。



なぜなら、ウソつきにとって最も嫌なことは、取りも直さずその者の言動を、いつまでも覚えていられることだからだ。



人生50年を過ぎた私には、許せない「敵」と呼ぶべき者が2名存在する。



そして、その2名が、何と私に対する評価としてまったく同じ発言陳述をしているからだ。



1つ目は「ひと言、ひと言をよく覚えていて、あなたはとっても頭のいい人だと思うよ」というもの。



これは、大人気なく過激で不審な言動を見せた同級生に対して、お互いの言い分を話し合い、理解し合ったうえで、「きれいにお別れしましょう」と提案の電話をした際の通話中の、その者の発言である。



2つ目は「天野ベラさんはある意味,抜きんでた才能を持っています。本人が忘れているぐらいの些細なことまでしっかりと留めておける記憶力…頭がとてもいい方だと思います」というもの。



これは、声優・池澤春菜氏の母親である池澤ショーエンバウム直美氏が陳述書(甲49・18頁)に記載した内容である。



これら2つは、決して私を褒めている内容ではない。


何で覚えているのだとの憎しみに満ちた皮肉である。



だが、恨みは骨髄と感じられる相手への理不尽さを、何年も記憶に留めて、繰り返し書き残しているのは、何も私ばかりではないようだ。



ネットには、10年近くに亘り、過去の訴訟における不当かつ理不尽な判決内容に対して、毎年検証を重ねているジャーナリストの男性がいる。



ブログのカテゴリーに、相手の名前とともに、「死んでも許すことは出来ない」「天罰を」とまで明記して、よっぽど嫌な思いをさせられたと思しき相手への理不尽な思いを切々と公開し続けて苦しんでいらっしゃる女性もいる。


たとえ相手から「未だに執拗に絡んで来る」などと反省なき決まり文句で反撃され、相手が涼しい顔をして、偉そうな発言をしたり顔で語り、口先だけのきれいごとをさえずっているとしても、信念を貫き、決してブレてはならない。

ひるむことなく、何年経とうと変わらぬ思いを主張し続けることだ。



黙って我慢はナンセンスであり、相手の思う壺でしかない。



狡賢い者たちを増長させるだけである。




何の罪もない主人をも巻き込んで襲いかかって来た、一方的で獰猛な謂れの無い、やくざ紛いの数々の暴言。



何の罪もない両親ともども与えられた、度を超した裏切り行為、忘恩、許されない非礼や非道など、忘れようとしても忘れられない、癒えることのない心の深手を負わされた相手に対しては、折に触れ、その理不尽さを書き記し、甦らせなければならない。



人の道を外れた者の言動をいつまでも忘れずに覚えていて指摘し続けること、過去の真赤な大ウソや、他者を利用してばかりの世渡りを続けてきた非道の数々を、正論をもって批判し続けること。



それらは、記憶力が悪いと装って、悔悟もなければ、謝罪もせず、平気で切り抜けて来たような、狡猾で自己中心的な者たちにとって、最も耐え難い苦痛となるに違いない。


私はそう思っている。

天野ベラの最新記事春の訴訟祭り第三弾準備書面(9)の公開!

http://beraamano.cocolog-nifty.com/blog/2017/03/post-1284.html

2017年3月 9日 (木)

こんなところでも名誉会長!!渦中の安倍昭恵夫人が、2017年3月3日,4日,5日、蔵王で、スキー&ディスコパーティを主催していた!

ご自身の言動が原因で、ご主人が国会質問に窮している最中に、渦中の昭恵夫人は、山形蔵王温泉スキー場でスキー&ディスコイベントを企画・主催していた。



名誉会長ご挨拶


今シーズンも、第3回「私をスキーに連れてかなくても行くわよ」を
 
蔵王温泉スキー場で実施させて頂く運びとなりました。

 
1回、第2回目共に多くの皆様にご参加頂き大盛況、大好評のうちに終了する事ができました。
 

イベントの盛り上がりを通して、あの頃の楽しかったスキー場やアフタースキーでの気持ちの盛り上がりを思い出して頂けたのではないでしょうか。

 
このイベントを通して私たちは、地元の方々と一緒に楽しみながら東北を応援するひとつのかたちを模索してきました。

 
すべて手作りで、地元観光協会の皆さんや青年会議所の皆さん、スポンサーやボランティアの皆さん、そして参加者の皆さんと一緒に作り上げることが出来たのは大きな喜びです。
 

そしてこのイベントが一度きりで終わらずに継続事業となり3回目を迎えられたことが、東北のみなさんとの絆を深め、復興に向けた一つの切っ掛けとなれば、こんなに嬉しい事はありません。

 
80
年代から比べるとスキーは進化しています。
 
マテリアルの向上でずっと楽にターンが出来るようになりました。
 
そして大人のスキーヤーとなった私たちは蔵王自慢の温泉や東北の味覚など地元の魅力をより深く楽しめるようになりました。
 

このようなイベントをきっかけに、ブランクのあった元スキーファンが進化したゲレンデに戻ってくることが、地方活性にもつながることでしょう。

 スキーは自然との対話と動力を使わないスピードが魅力のスポーツです。
 
2回のイベントでは雪不足の影響もあり、予定していた「かまくらバー」が設置出来ずに「スノーバー」となるなどの不測の事態もありましたが、自然を受け入れ、楽しめたのではないでしょうか。
 

パウダースノーや晴れた日のダイアモンドダスト、真冬の樹氷や春先の雪解け水。
 
スキーは豊かな自然の恵みに感謝し、次世代に伝えて行く術を考えるきっかけを与えてくれます。

懐かしい80年代の輝くような思い出を胸に、誰もがタイムスリップできるディスコ、全日本代表を務めた一流のスキー講師陣、東北の美味、蔵王自慢の温泉、雪原を埋め尽くす樹氷、そして地元の皆さんや参加者同士の交流を楽しみに、滑る方も滑らない方も、今年もみなさんのご参加をお待ちしています

署名安倍昭恵



http://ski80s.jp/outline.html


安倍昭恵夫人と行く80年代のスキー復活 東北の観光を応援しよう!


このイベントは今年で3回目だそうだ。


2016年3月に開催されたハイライトシーンを撮影した6分の動画の最初と最後に「名誉会長 安倍昭恵(内閣総理大臣夫人)」と明記されて昭恵夫人が登場する。

イアリングを揺らしながら、輝くような80年代の思い出を胸に?楽しそうに踊る昭恵夫人の姿も動画に見ることが出来る。



スキーが好きでディスコがお好きな昭恵夫人。


もしかして、出好き、派手好き、遊び好き?!


http://ski80s.jp/


音楽好きの私・天野ベラは、DJOSSHY(オッシー)氏こと押阪雅彦氏の、危険な印象がなく不良性の感じられないDJぶり、爽やかな笑顔、会場の雰囲気やダンサーたちをひたすら盛り上げる徹底したサービス精神をTVで見て、好感を持っていた。


それだけに、プロフィールには、やや複雑な気分だ。



安倍首相夫人御用達DJ


http://profile.ameba.jp/osshy/


安倍内閣総理大臣
主催「2016年桜を見る会」招待DJ

 
安倍昭恵
首相夫人主催 東北復興蔵王スキーイベントオフィシャルDJ

 
https://ja.wikipedia.org/wiki/DJ_OSSHY


森友学園にまつわる昭恵夫人の言動が、国会は当然ながら、ニュースでもしきりに報道され、SNSはこの話題でもちきり、今や金正男殺害事件や豊洲土壌汚染問題同様に取り沙汰され、ご主人の安倍総理が毎日の答弁にきりきり舞いして叩かれ、追及され続ける中、よくスキーやノリノリのディスコ・ミュージックを楽しめるものだと、むしろ昭恵夫人の心臓の強さを羨ましく思ったほどである。


DJOSSHY氏は、ご自身のブログから素直な言葉で昭恵夫人に配慮し激励しているようだ。

昭恵さんや、参加者の皆さんから、
 
OSSHYのおかげで本当に元気になれたー!!」と何度も何度もお礼を言われました。

とても嬉しかった。

「人生の使命」として、この仕事を続けてきていますが、

少しはその使命を果たせたかもしれません・・・・・。


とにかく参加者皆さんが一つになった現場でしたが、今回、

「ディスコ・ミュージックで元気と笑顔」 を一番お届け出来た相手は、
 

昭恵さんだったのかもしれません。(^^)/

http://ameblo.jp/osshy/entry-12254543814.html


センスのいい楽曲と軽快なおしゃべりで、昭恵夫人のみならず、多くの老若男女に元気と笑顔を届けて、人生の使命を果たし続けていただきたい。


音楽は、疲れた心と身体をリフレッシュさせてくれる最高のプレゼント。


私はそう思っている。


☆天野ベラ前回ブログ記事☆

http://beraamano.cocolog-nifty.com/blog/2017/03/post-c1ed.html

2017年2月13日 (月)

ストーカー被害者の訴えに、差別的取扱いは許されない!-針小棒大に被害を叫び、騒ぎ立てない限り、警察・検察・マスコミは動かないの?!-

平成29年2月8日午前0時。


「三鷹ストーカー殺人事件」の加害者に懲役22年の判決が確定した。


加害者は、一審において
一言の謝罪も口にすることなく、「(遺族が)苦しんでいると想像できるが共感はできない。申し訳ないという気持ちは、抱いていません」と述べたそうだ。


さらに驚愕させられたのは、「『
こんな罪を犯したんだと殺害直後の遺体画像を私に見せ、リベンジポルノという言葉は俺が広めたと自慢げに言っていた」との、加害者の母親による証言であった。

http://www.excite.co.jp/News/society_g/20140730/asahi_20140730_0003.html

被害者の女性は、小学校5年生の時に芸能事務所からスカウトされ、学業成績も優秀であったという。


青春まっただ中の18歳で命を落とした。


まだまだこれからの女子高校生であった。


父親は、「希望が消え、私たち夫婦の将来も消し飛ばされた」と述べている。


残虐な殺害行為による娘の死を受け入れることなど、到底できよう筈がない。


「小金井ストーカー殺傷事件」では、芸能活動をしていた当時20歳の女子大生が被害者となった。


女子大生は、「殺されるかも知れない」と何度も警察に伝えたにもかかわらず、「恐怖心がみられなかった」、「緊迫性は高くない」と判断して、警察は、ストーカー案件を取り扱う「人身安全関連事案総合対策本部」に報告しなかったそうだ。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E9%87%91%E4%BA%95%E5%B8%82%E5%A5%B3%E5%AD%90%E5%A4%A7%E7%94%9F%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%BC%E3%82%AB%E3%83%BC%E5%88%BA%E5%82%B7%E4%BA%8B%E4%BB%B6

直筆で丁寧に書かれた被害者のメッセージには、「事件に遭った日から時が止まってしまったかのように前に進むことが恐くなってしまいました」と書かれている。


http://mainichi.jp/graphs/20161216/hpj/00m/040/005000g/8


被害者とその家族は、事件に遭った日から、事件ばかりが心に重くのしかかり、鋭く深く突き刺さって離れず、その全身全霊を、やり場のない感情にもっていかれたまま寂寞たる日々を繰り返すこととなろう。



18歳、20歳という、将来ある、あまりに若過ぎる女性たちが、警察に切実な被害を訴えていながらも、次々と殺害され殺傷される事件が報道される度に無念やるかたなく、心が固まって立ちすくむような絶望感に襲われるのは、決して私ばかりではないと思う。



これらに対して、同じ被害であっても、警察が迅速に動いて加害者を逮捕し、検察が直ちに起訴して、マスコミが大々的に採り上げた事件もある。



時34歳であった池澤春菜氏の
ストーカー規制法違反と名誉毀損事件は、直接の実害はなかったと公開されており、ファンの男性は当時28歳で、僅か16回に過ぎない書き込み、しかも一見すれば「この程度で逮捕?!」「起訴?!」と首をかしげずにいられないような内容で、警察も、検察も、そしてマスコミまでが動いたのである。


迅速に動いた警察がファンの男性を逮捕し、検察がファンの男性を起訴し、マスコミが大々的に取り上げ、新聞にも華々しく報道されて、一躍、声優・池澤春菜氏の名を世に知らしめた事件であった。


池澤春菜氏のウィキペディアなどには、下記のとおり明記され、公開されている。


20092月頃からWebサイトに名誉を傷つける書き込みをしたり電子メールを何度も送って面会を迫ったとして、ファンを名乗る無職の男性が
ストーカー規制法違反と名誉棄損の疑いで710日に逮捕されている。


池澤自身には直接の実害こそ無かったものの、逮捕された男性は1度深夜にスタジオから出た直後で帰宅途中の池澤を待ち伏せして、意味不明な発言をするといった精神的苦痛などを与えている
[11]



https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B1%A0%E6%BE%A4%E6%98%A5%E8%8F%9C

 テレビアニメなどで活躍する声優・池沢春菜さんのホームページの掲示板に名誉を傷つける書き込みをしたり、面会を迫る電子メールを送ったりしたとして、名誉棄損の罪とストーカー規制法違反に問われた盛岡市、無職X被告(28)の公判が13日、東京地裁立川支部(毛利晴光裁判官)であった。


 検察側は「犯行は悪質」として懲役1年6月を求刑、弁護側は無罪を主張して結審した。


 論告で検察側は、名誉棄損について「不特定多数が閲覧できる電子掲示板に、一見して中傷と分かる書き込みをしている」などと指摘した。


 一方、弁護側は「被害者の証言は信用できないほか、 恋愛関係にあったのでストーカー行為などにあたらない」などと訴えた。


 起訴状では、X被告は昨年2月、掲示板に「俺と結ばれました」「気分で物事を言うほら吹き」などと書き込み、「盛岡まで来てよ、一人で」などと16回にわたって電子メールを送信したとされる。


https://www.logsoku.com/r/2ch.net/poverty/1279071433/


女性声優にストーカー、面会迫るメール


 テレビアニメ「ケロロ軍曹」などの声優として知られる池沢春菜さんのホームページの掲示板に名誉を傷つける書き込みをしたり、面会を迫る電子メールを送ったりしたとして、ファンの男が名誉棄損とストーカー規制法違反の疑いで逮捕、起訴されていたことが、7日わかった。


 
捜査関係者によると、男は盛岡市、無職被告(27)。7月10日に警視庁町田署に逮捕され、同30日に名誉棄損の罪とストーカー規制法違反で起訴された。


 起訴状によると、
被告は2月、池沢さんのホームページの掲示板に、「気分で物事を言うほら吹き」などと書き込んで、名誉を傷つけたとされる。


 また、2月から4月にかけて、携帯電話から「張り裂けそうな気持ちもわかってよ」「新幹線で2時間だから盛岡まで来てよ、一人で」などと16回にわたって電子メールを送信したとして、ストーカー規制法違反に問われている。

98314分配信 読売新聞



同じ被害者でありながら、18歳の女子高校生が殺害され、20歳の女子大生が殺傷された事件では、被害を相談されても、迅速かつ適切に動かなかった警察が、当時34歳の社会人であった池澤春菜氏(今年平成29年で42歳)に対しては、権力(と弁護士の力)によって、迅速過ぎる動きをしたとしか思えない。


あまりにも不公平であり、差別的取扱いと感じるのは、果たして私だけだろうか。


20代の若者であれば、好きな芸能人に、「新幹線で2時間だから一人で来てよ」程度のことは書くのではないだろうか?


張り裂けそうな気持ちもわかってよ」と熱い思いを告げられたところで、一体どうだというのか? 



芸能人ではない素人の私でさえ独身時代には過激なラブレターをもらったことくらいある。


池澤春菜氏のウィキペディアには、「逮捕された男性は1度深夜にスタジオから出た直後で帰宅途中の池澤を待ち伏せして、意味不明な発言をするといった精神的苦痛などを与えている」と明記・公開されているが、出待ちや追っかけは、芸能人に付き物であろう。



そうした際に、用意していたプレゼントを手渡したり、写真撮影に応じてもらったり、サインをもらうことは、ファンにとって最高の喜びだったりするから、待っていたり、次の場所まで追いかけて来たりするファンは、当然いると考えられる。


帰宅時に待ち伏せられたとすれば、それは、出口を工夫して変えるなり、マネージャーを同行させるなり、自宅前までタクシーに乗せるなり、ガードする方法はいくらでも考えられるから、事務所側が考慮すべき問題ではないのか?



三鷹や小金井の事件と比較しても、被害者とされた池澤春菜氏は、2009年7月の時点で既に三十路をゆうに越えた34歳であったのだから、十分に成熟した大人の女性である。


各種報道からは、加害者とされた年下のファンの男性は、当時遠方に住んでいたことが確認できる。


しかも、加害者とされた年下のファンの男性に凶暴性は認められず、傷つけられたり、殺されるほどの緊迫性もなかったようだ。


だからこそ、池澤春菜氏のウィキペディアには「池澤自身には直接の実害こそ無かったものの、」との苦しい一文が継続して明記・公開されているのではないか。


したがって、警告や指導を与えて、しばし様子を見ても良かったのではないかと、今さらのように感じられてならない。


警察も、司法も、権力者にはとことん甘いようだ。


映画の西部劇でもなく、テレビの時代劇でもない限り、権力者に逆ってまで正義を貫くような、義侠心があって気骨ある人物など、悲しいかな、実際には誰ひとりとしていない。


一匹狼のガンマンもいなければ、必殺仕置人もいない、ということだ。


権力者である政治家の森喜朗氏が、学生時代に売春防止法違反で検挙された前歴がある旨の記事を事実無根だとして、発行社に対して名誉毀損訴訟を提起した、口封じと解すべき事案があった。


発行社は、記事の真実性を立証すべく、裁判所に対して、森喜朗氏の前歴につき、警視庁への調査嘱託を申立てたそうだ。


だが、森喜朗氏側はこれに強く反対して、真実立証の妨害をしたという。


倨傲きわまりない訴訟態度であり、断じて許し難い。


だが、一審の裁判所が、こうした森氏側の自己矛盾した主張を認めてしまったのも、不当な行為、不正な行為がまかり通ったのも、森喜朗氏が元首相という権力者だからという理由にほかならない(二審で和解)。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A3%AE%E5%96%9C%E6%9C%97

相手が権力者や社会的強者であれば、警察はいち早く動き、司法がたやすく主張を認め、権利侵害行為をやすやすと許し、悪性や悪事は見て見ぬふりをして、すんなりと、お咎めなしで、流してしまうようにしか見えない。

これに対して、名も無き者や、社会的バックアップを持たざる者に対しては、警察も、司法も、よっぽどのことがない限り、真剣に対峙しようとせず、親身になって話を聞いて真剣に守ろうとしないのではないだろうか。


つい先日の事件を挙げよう。


過去にアイドルとして活躍した松本伊代氏と早見優氏が、
線路に無断で侵入し、その様子を撮影した写真をブログにアップしたことが原因で、これを見た者たちから、批判の声が殺到したようだ。


これを受けた2人は、それぞれが反省して、謝罪のコメントを公表したそうだ。


ところが、反省と謝罪では足りずに、2人は京都府警から鉄道営業法違反(線路内への立ち入り)容疑で書類送検されたのだ。



http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170212-00000055-dal-ent



真摯に反省し謝罪を公開してもなお、容疑者として、書類送検されたのである。



これに対して、娘である池澤春菜氏が、自らのツイートに公開した、母親である池澤ショーエンバウム直美氏による複数の著しい道路交通法違反(
高速の入り口を全速突破,高速道路を全力逆走など)行為であり、これらのツイートを見た者たちから非難の声が殺到した件はどうだっただろう。


声優・池澤春菜の母親の運転が犯罪レベルな件


https://togetter.com/li/23508

 この悪質かつ重大な道路交通法違反の容疑について、一体なぜ、池澤ショーエンバウム直美氏は、容疑者として事情聴取を受けず、書類送検されなかったのであろうか?!

しかも、池澤春菜氏とその母親である池澤ショーエンバウム直美氏は、危険運転とその公開によって多くの人々を騒がせ、多大な非難を受けた事実を知り得ていながら、反省も、謝罪もしていない。



バックに無罪請負人がついているから、反省も、謝罪もしなくていいとでも考えているのだろうか?!


権力者が針小棒大に騒ぎ立てて、声高に叫び訴えた被害は、警察や検察がことさらに採り上げ、事件は迅速な解決をみる。


逆に権力者の罪や与えた損害については等閑視して、注意すら与えようとせず、放置したままやり過ごす。


だとすれば、これらは、あからさまな差別であり、明確な不正である。


権力者を優遇する差別的な対処や不正がはびこって常態化しているとすれば、権力があって、無罪を請負い、勝訴を請け負ってくれるような弁護士を雇い入れられる立場の者にとって幸いであろう。


針小棒大に被害を騒ぎ立てれば、加害者とされた者が早急に逮捕・起訴されるからである。


また、権力者とその家族は、よほど大罪を犯さない限り、たとえどんなに深く他者の身体や心を傷つけても、被害者が切実な被害を訴え出て来ても、弁護士に任せていれば、無罪放免されて、気軽に切り抜けられるからである。


狡猾な権力者らを叩くことの出来る正義の鞭などこの世にはないということなのだろうか。


権力者は堂々と虚偽の事実を押し通してはばからない。


権力者は、いかに他者を踏みにじろうと、1ミリたりとも胸を痛めることなく、枕を高くして、常によく食べ、よく眠り、動き回って、何ごともなかったように、高笑いをしながら、日々を過ごしている。


そうだ。はっきりしているではないか。


いつだって、傷つけられた者たちの心は重く、あまりのことに、信じられないような被害を忘れられず、時が止まったように恐くて前に進めなくなる。


これに対して、他者を傷つけた加害者どもは、早く流してしまえとばかりに、遠くに追いやって、他者の心情に思いを馳せようとせず、他者の痛みなど感じることすらできない、ハムスターより軽い脳味噌のまま、ずんずんと、図太く、がめつく、前に進んでいくのである。


権力のあるなしによる耐え難い差別による無常が、この世の中にはざらにある。


だが、権力のあるなしで、人の命を軽んじたり、重くとらえたりすることだけは、断じて止めてほしい。


私はそう思っている。

2016年11月11日 (金)

人様からのお金で思いっきり楽しむチャリティイベントは最低最悪のタカリ行為-お饅頭に目が無い者に、お饅頭を集めさせることなかれ-

慈善活動になど平素は目もくれず、出すものは舌でも惜しむような手合いでありながら、災害の発生を機に、積極的に募金や寄付、義援金などの窓口となって人様からお金を集め、慈善活動への協力を広く呼びかけ、自ら社会的活動のリーダーに名乗りを上げて活動するような者は信用できない。

 


なぜなら被災地などで困っている人々にお金を送りたい、助けたいと本心から思うような人は、他人からお金をかき集めようとして、それが集まったら送りますと言う前に、黙ってさっさと自分のポケットから経済状態に見合うだけのお金を出すなり送金する。その方が早いからである。

 


もっと言おうか。

 


私の周辺について言えば、強欲で、しみったれで、財布の紐が固い、いわゆる「がめつい女」たちほど人様からお金を集めようとする。

 


人様のお金であれば景気よく使うが、ことご自分はと問えば、時折頭をかきながらペロリと舌だけを出し、軽い口ばかり出して来るという調子が良くて小ズルい輩(やから)どもである。

 


人様からの、しかも被災地に届けるためのお金をふんだんに使って、普段はおよそ立てないような大きな舞台を会場にして、何日にも亘って借り切り、人様のための、被災地に届けるための、困っている人たちのために届いたお金と知り得ていても、その貴重な人様からのお金をイベントにつぎ込み、自分たちばかりが目立っておいて、一緒に楽しい時を過ごせたのだからいいじゃないかと居直る姿は噴飯ものである。

 


他人の苦しみや悲しみに寄り添おうとせず、自分の快楽を求める生き方を通して来たような者であれば、本来の目的を見失うのは当然であろう。

 


こうした者に限って、自分の身に何かあった場合は大袈裟に騒ぎ立てて相談をしたり、知恵を借りたり、他人の力に縋ったりするのである。

 


9日、心臓病の甥がアメリカで心臓移植を受ける必要があるとして、募金への協力を呼びかけた記者会見の内容が『虚偽』と発覚した事件が報道されていた。

 
報道によれば、その女性は「注意欠陥多動性障害(ADHD)」だと言う。



今回私の嘘でたくさんの人に迷惑をかけたことを深くお詫びします
と謝罪はしている。

 


お金を集めるなら『子ども』がいいと思った
と説明しているとのことだ。

 

 

だが、この種の話はもっともっとたくさんあるに違いない。

 


今回の震災で孤児になったり、継続した治療が必要であるのに医療費が払えないという理由で病院を出なければならない子供たちのための募金
ですと言ってかき集めたお金を、経費が発生しましたとして、自分と自分の家族が目立つための活動に使い果たす行為も、虚偽といえるのではないのか。

 


イベントの
経費は必要最低限にして、売上高の残りは全部被災地に送りますと綺麗事を繰り返していながら、売上高より経費として多額の費用を使い果たした行為は、虚偽といえないのか。

 


チャリティイベントにおける売上金は、1円たりとも被災地に届かなかったのだから。

 


しかも代表となった人物は謝罪すらしていない。

 


さらにイベント後には被災地などどこへやらとばかりに酒池肉林の豪遊を繰り返した。

 


福引付きパーティにクリスマスパーティ三昧、5つ星ホテルの宿泊だ、外での飲み食いだと、これでもかと狂奔する姿を公開した。

 


そもそも人の善意や善行とは、災害発生を
奇貨居くべしとばかりに利用して、己の存在を目立たせようとする軽薄で派手好きな者とは相容れない。

 


奉仕は地道な活動であり、日々の生活に根ざした地味な心がけにある。

 


通院先の病院には、私よりご高齢の女性がエプロンをかけて、ボランティアとして受付の近くに静かに立っていらっしゃる。

 


次はどこに行ったらいいのか、これから何をしたらいいのか、初診の用紙はどこにあるのかなど、慣れない病院には不明なことも多い。


困った表情の患者たちが多数見受けられる。


病院であるからご高齢者が多い。

 

採血や検査で脱ぎ着をされた後の上着にお荷物がひっかかって落とされたり、支払いを終えられたばかりの小銭入れから釣り銭が飛び出したり、再診の診察券を入れる場所がわからなかったり、杖を置いて立ち去られたり、日傘をお忘れになったりする。

 


病院の中では主人や私も俄かボランティア職員になり、転がった硬貨を拾って差し上げたり、置き忘れられた品物を小走りで手渡しに行ったりする。

 


はっきり言おう。



金もうけ以外の面倒くさいことが大嫌いで、自由でいたいような者、口先だけで実行の伴わない綺麗ごとばかりさえずっているような者は慈善活動には手を出さずに遊びほおけていろと。


ほんの出来心で奉仕の場に足を踏み入れたところで大迷惑であるとともに、本気で活動している人たちの善意の呼びかけにまで疑義を持たれる原因の作出者となり、真摯に慈善活動を続けている団体にとっても、被災地の方々にとっても、有害でしかない存在だからである。


もっと言えば、いい加減な心ないやり方の一部始終を見せられることで、大いなる憤りと義憤をも覚えさせられるからである。



煎じ詰めれば、人一倍お金が好きな者にお金を集めさせるなということだ。



それは、お饅頭が大好きで目が無い者に、世界中のお饅頭を集めさせれば一体どうなるかを考えれば答えは自ずと明らかであろう。


子どものためとの名目で、人様からかき集めたお金を、何ひとつ困ってもいない己らのために使う、見下げ果てた恥知らずな者たち。

 
そして、悪いことをしたとの自覚すらない、良心を失った者たち。


そんな輩こそ最も軽蔑すべき存在であり唾棄すべき存在ではないか。



私はそう思っている。


*****

<心臓移植>虚偽の募金会見、女性が謝罪

毎日新聞 11/9() 20:33配信


 厚生労働省内で8日にあった、心臓病の児童が心臓移植を受けるための募金への協力を呼びかける記者会見の内容が、虚偽だったことが9日分かった。会見を開いた東京都内の女性(36)が虚偽を認めて謝罪した。会見の内容は、一部の新聞やテレビなどですでに報道されていた。

 女性は児童の親族。移植を支援する団体の代表として記者会見を開いた。児童が米国で心臓移植を受けるため、親族で5000万円を集め、あと1億5000万円足りないとして協力を呼びかけていたが、児童が病気ということ自体が作り話だった。



 女性によると、注意欠陥多動性障害(ADHD)のため今年5月に働けなくなり、生活に困窮し、うその募金を思いついた。10月に団体のホームページを開設したところ、支援者から記者会見をするようアドバイスを受け、引くに引けなくなったという。


 児童の両親には無断で、ホームページに児童の写真や作り話、寄付金の振込先を掲載し、記者会見を開いていた。両親は弁護士と対応を検討している。女性は報道各社や児童の家族に向けた謝罪文を発表し「食べていくにも困っており、父から『死にたい』と言われ、うその募金を思いついた。大変申し訳ない。寄付があれば全額返金する」とした。

【山田泰蔵】


http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161109-00000112-mai-soci

 

http://wadaitokimeki.blog.so-net.ne.jp/2016-11-10


http://ツイ.net/post-2486/


http://news-wakaru.com/archives/4511


http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/ann?a=20161110-00000013-ann-soci

2016年11月 3日 (木)

「法律事務所ヒロナカ」が高畑裕太氏事件の示談成立後に公開したFAX文書がもたらした被害女性への深刻かつ重大な2次被害-事実関係が確認できていない状況で、一方的に独自の見解を公開し、事件後産婦人科にまで行ったとの被害女性を追いつめ、精神的苦痛を深めさせた「法律事務所ヒロナカ」の弱者叩きは許されない-

それでも人権派弁護士率いる法律事務所といえるのか?!


「法律事務所ヒロナカ」が示談成立後に一方的な見解をマスコミに公開したFAXを読んで、私はそう思った。


その「法律事務所ヒロナカ」が請け負った高畑裕事件に関する「週刊現代」の記事が、先日来ネットに2件ほど公開されており、
被害女性の告白が掲載されている。

 


以下に抜粋しよう。


相手方の弁護士のFAXのコメント内容を知ったとき


全身から血の気が引くのを感じました


まるで私がウソをついたかのようなことが書かれていました


私が悪かったというのでしょうか。


なぜ加害者のように扱われるのでしょうか……。


二度目のレイプをされたような気持ち
です。


悔しくて悔しくて涙が止まりませんでした


示談後、加害者側の弁護士は一方的に強姦ではなかった。合意があった』というような主張をしていますが事実ではありません


真実を知ってほしいと思いました

 


http://gendai.ismedia.jp/articles/-/50023

 


開き直りともとれる加害者側弁護士のコメントを知り
、怒りを覚えます

 


http://gendai.ismedia.jp/articles/-/50077

 


「法律事務所ヒロナカ」に所属する加害者側弁護士らの一方的なコメントを知って、被害女性は、


「全身から血の気が引くのを感じた」

「ウソをついているかのように書かれた」

「加害者のように扱われた」

「二度目のレイプをされたような気持ち」

「悔しくて、悔しくて、涙がとまらない」

と述べており、


「法律事務所ヒロナカ」に所属する加害者側弁護士らの一方的なコメントについて、被害女性は、


「一方的に事実に反する主張をしている」

「真実を知ってほしいと思った」

「開き直りともとれるコメントを知って怒りを覚えている」

と述べている。


示談成立後に「法律事務所ヒロナカ」が一方的にマスコミに提出し公開したコメントに対する被害女性の憤りの深さが伝わる。


そして、現在の被害女性にとって、「法律事務所ヒロナカ」の不意打ちFAXによって与えられた精神的苦痛は、加害者である高畑裕太氏に与えられた肉体的・精神的苦痛以上に重く、深く、より一層苦しみ、悩まされているということがわかる。


そこで、矢も盾もたまらず、週刊誌に心情を吐露したことが読みとれる。


示談が成立した後で、わざわざマスコミに向けて、被害女性に何のことわりもなく公開した9月9日のFAXの内容が、高畑裕太氏事件の被害女性にさらなる追い討ちをかけ、より重く深い精神的苦痛を与えるということに、「法律事務所ヒロナカ」に所属する弁護士ら5名は、誰ひとり気づかなかったのか?!

 


被害女性にとって正にセカンドレイプであり深刻かつ重大な2次被害としか言えない行為である。

 


「自由人権協会」の元代表理事であり、人権派を標榜する弘中惇一郎弁護士が代表を務める「法律事務所ヒロナカ」としては、何よりもまず被害女性に配慮すべきであり、むしろこうした内容を公開することは人権侵害にあたり問題があると判断して、一般公開しないようFAXの送信を中止すべき立場にあったのではないだろうか?

 


芸能人や政治家など著名人の人権は過剰なまでに保護するが、無名の素人の人権は無視して配慮しようとしないのが「法律事務所ヒロナカ」のやり方と言わなければならないだろう。

 


しかも、示談が成立し、いわば双方において、民事訴訟でいうところの和解をした後になって、加害者を手厚く擁護するFAXを出し抜けに送信した行為自体、被害女性の裏をかく卑怯かつ卑劣な行為と言えるのではないか?

 

さらに、FAXには、「私どもは、高畑裕太さんの話は繰り返し聞いていますが、他の関係者の話を聞くことはできませんでしたので、事実関係を解明することはできておりません。」と述べられている。

 


依頼人の話だけを執拗に聞いており、肝心の被害女性の話は一切聞けていないと述べて憚らない。

 


そして、そのような状況をものともせずに「法律事務所ヒロナカ」は、一方的に下記の主張を公開した。

 

「しかしながら、知り得た事実関係に照らせば、高畑裕太さんの方では合意があるものと思っていた可能性が高く、少なくとも、逮捕時報道にあるような、電話で『部屋に歯ブラシを持ってきて』と呼びつけていきなり引きずり込んだ、などという事実はなかったと考えております。つまり、先ほど述べたような、違法性の顕著な悪質な事件ではなかったし、仮に、起訴されて裁判になっていれば、無罪主張をしたと思われた事件であります。以上のこともあり、不起訴という結論に至ったと考えております。」

 

私が被害女性なら、FAXに記載された内容を、名誉毀損で訴えるだろう。

 


事実関係の解明は出来ていない。

 


だがそんなことなどどうでもいいと言わんばかりである。

 


事実関係がどうあれ、つまり、真実がどうあろうと、依頼者である高畑裕太氏から話を聞いたとして、その結果、「違法性の顕著な悪質な事件ではなかった」との見解を一方的に公開している。

 


さらに、相手の話は聞くことができていないことを前提に、「私たちの知り得た事実関係に照らせば」として、何に照らしたかについての具体的根拠や合理的理由は述べない、当然ながら証拠も提出しないの『ナイナイづくし』で言い切り、強引に「違法性の顕著な悪質な事件ではなかった」と押し通しているのである。

 


告白記事にはさらなる酷い内容も公開されている。

 


事件後に被害女性が、
群馬大学医学部附属病院の産科婦人科に行って診察や採取などを受けていたことが記載されているのだ。

 


そのくだりを引用してご紹介しよう。

 


*****

 


自分がされたことを知人に打ち明けた瞬間、はじめて涙が出てきて、泣き崩れました。必死に我慢していたものが、一気にあふれてしまったのだと思います。私の話を聞いた知人は、

「それは明らかなレイプ事件だよ。傷つけられた人が我慢することなんてないよ」

と言ってくれ、被害届を出すようにアドバイスしてくれました。

しかし私は、警察に事情を説明することも嫌でした。そこで知人が、

「俺が警察に電話するから」

と言って通報し、そこで警察の指示に従い、ホテルに引き返しました。ホテルに着くと、すでに警察の方がいて、空いている部屋で事情を聴かれました。


病院に行くことになったのも警察の方からの指示です。

その際、「体内に(加害者の)精液が残っているのであれば、それは証拠になります。一緒に病院に行きましょう」

という説明がありました。

警察の車に乗り、女性警察官の方と一緒に群馬大学医学部附属病院の産科婦人科に行ったのです。

病院では、膣内に残っている精液を採取された後、用意されていたアフターピルを服用しました。

病院を出たのは、午前8時か9時頃だったと思います。その後、知人と一緒に前橋署に向かい、再び事情を聴かれました。

 

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/50077?page=2


*****


こうした経緯をふまえれば、第一に被害女性に与えられた肉体的苦痛はいかばかりであっただろうかと心底から配慮し、真に思いを致さねばならないだろう。

 
十分な休息とともに心身両面でのあたたかく手厚い時間をかけたケアが必要なことは私ごときが言うまでもないことだ。

 


「法律事務所ヒロナカ」には、弘中絵里弁護士と、渥美陽子弁護士の2名の女性弁護士が所属している。

 


いずれも10代・20代の小娘ではない。

 


事件後ただちに産婦人科に連れて行かれて、そこで、すぐさま受けなくて済む筈の受けたくもない診察を受けさせられ、さらには屈辱的な採取まで受けなければならなかったという事実関係について、「法律事務所ヒロナカ」の弁護士らは警察から説明されていた筈である。

 


女性として決して受けたくないことが明らかな診察であり、事件さえなければ決して受ける必要のなかった産婦人科での急な採取という事実関係までが存在したと記事は報じている。

 


被害女性が実際に体験したこうした事実関係について知り得ていながら、高畑裕太氏から何度も聴いた話だけに照らして、被害女性に合意があったと言わんばかりのFAXを公開したとすれば、弁護士としても、それ以前に、人間としても、最も大切な心が欠落したままで成長してしまったと言わなければならない。

 


FAXを読んだ被害女性は、どうにも我慢ができず、週刊現代に心情を吐露した。

 


つまり「法律事務所ヒロナカ」が示談成立後にFAX文書さえ送信しなければ、被害女性が新たにここまでの精神的苦痛を与えられることはなかったのである。

 


何のための示談だったのか?!

 


しかも、「法律事務所ヒロナカ」が不意打ちで一方的なFAX文書さえ送信しなければ、被害女性は、悪夢のような被害状況を振り返り、それらの一部始終を克明に記者に告白して一般に公開しなければならなくなるような事態を招くこともなかったのだ。

 


「法律事務所ヒロナカ」の5名の弁護士らは、自分たちの行為がいかに他人の心情を踏みにじるかを、事前に気づいて過激な言動を慎むことは出来なかったのだろうか?!

 


「法律事務所ヒロナカ」の弁護士らは、なおも下記の新たなコメントを10月14日に公開した。

*****

 

 週刊現代に掲載された記事について


 本日発売の週刊現代の記事について、高畑裕太さんの弁護人のコメントは以下のとおりです。


 週刊現代の記事では、被害者とされる女性は、平成28年9月9日付弁護人コメントにおいて、「性行為の合意があった」との見解を公表したと認識されているようでしたが、この点は誤解があります。


 弁護人コメントにおいて、弁護人は、高畑裕太さんにおいて、当時女性の拒否の意思を認識できておらず、合意があると思い込んでいたことから、仮に起訴された場合には、犯罪の故意を否定し、無罪主張をする事案であったという内容を説明しました。


 強姦罪の成立には、女性の反抗を著しく困難にして性行為を行うという客観的な要件と、強姦であることを認識しながら行為をするという強姦の故意という主観的な要件が必要です。弁護人コメントは、被害の主観的な要件について特に言及したものです。


 また、週刊現代の記事に記載された女性のお話は、弁護人としても初めて認識したものであり、当方が認識している事実関係とは異なる点も多々ありますが、この女性のお話を前提としても、初期段階で多数報道されていた「手足を押さえつける」という暴行を行ったとする内容と、「電話で歯ブラシを持ってくるよう呼びつけた」とする内容は含まれておりません。


 また、記事において、女性は高畑裕太さんの目つきが怖かったこと等を理由に大声を上げるといった抵抗はされなかったとお話しされていますが、この点も例えば「騒ぐと殺す」と脅迫する、口を押さえつけるといった男性側が当初から明らかに強姦であることを認識している事例とは異なるものです。女性のお話によっても、このような明らかな暴行や脅迫は認められないものと認識しています。


 いずれにしても、弁護人の見解としては、平成28年9月9日付の弁護人コメントから変更はありません。


 高畑裕太さんについては、逮捕から不起訴釈放に至るまで、連日のように事実誤認を含む報道がされたうえ、既に大きな社会的制裁を受けております。これ以上の過剰な報道は慎んで頂きますようお願い致します。


平成28年10月14日


弁護士 渥美 陽子


弁護士 小佐々 奨 



(引用者注:テレビ放映されたFAXの文字が不鮮明なため、誤記があるかも知れません。)

 

*****


被害者はどちらなのかと言いたくなるような、木で鼻をくくった文章である。

 


過剰な報道は慎んでくださいと結んでいるが、約1か月前の9月9日に「過剰な報道」に拍車を掛けるような一方的な内容のFAXを送信したのは、ほかならぬ「法律事務所ヒロナカ」ではないか。

 


そもそも加害者の行為は社会的制裁を受けて当然であろう。

 


「法律事務所ヒロナカ」には紛争を平和的解決に導こうと努力する姿勢がまったく感じられない。

 


「法律事務所ヒロナカ」のこうしたサディスティックなやり方に直面して強い憤りを覚えているのは、決して被害女性ばかりではない。

 


相手から巨額の「お金」を奪うぞと恫喝するか、相手に巨額の「お金」を与えさせるなど巨額の「お金」だけをもって事件を解決しようとしているように見えてならない。

 


その結果、人間にとって最も大切な「心」と「情」つまり人間の「心情」が置きざりにされることとなる。



「法律事務所ヒロナカ」は、著名人や政治家、成金を含む「お金」のある者、権力を有する者たちなど、社会的強者は過保護に遇する。

 


その反面、何の力も無い者や無名な者など、社会的弱者への情け容赦はない。

 


心ない姿は今のところ表沙汰にされていない。

 


しかしながら、今回の「週刊現代」のように、名も無く、力も無い被害女性のインタビュー記事などが出回ることによって、「法律事務所ヒロナカ」の非道かつ非情な実態を知る者は確実に増える。

 


「法律事務所ヒロナカ」の普通ではないやり方が世間一般に知れ渡り、広く人口に膾炙して、心ある人々から強く糾弾される日もやがて訪れるのではないか。

 


私はそう期待してやまない。

 

2016年9月11日 (日)

やっぱり高畑祐太氏も委任していた!-2世弁護士も所属する、被疑者や依頼人に超過保護な「法律事務所ヒロナカ」は、「正義」と呼べるのか?!-

『嘘つきたちの駆け込み寺』。

 これは私が「法律事務所ヒロナカ」に抱いている印象である。


「法律事務所ヒロナカ」にはお金と権力のあるワルモノたちが行列をつくっている。



高畑祐太氏の事件を知った時、「法律事務所ヒロナカに委任するだろう。」

私はそう思っていた。



批判すべき2世は何も「タレント」ばかりではない。

 



SLAPP訴訟を「お家芸」として父親から譲り受けた2世「弁護士」や「物書き」、「同族企業の社長・専務」等など、権力とお金のある父或いは母に追随して同じ仕事をしている甘えに満ちた「自覚なき困ったちゃん」たち。

 



「2世」を「2流」と置き換えては?と言いたくなるような、縁故が総てで実力のない者は確実に存在する。

 



一昨日高畑祐太氏に同行した女性弁護士は「法律事務所ヒロナカ」に2014年入所した渥美陽子弁護士であった。



高畑淳子氏が言う「弁護士による補足説明書」には、渥美陽子弁護士および小佐々奨弁護士の印が押されており「法律事務所ヒロナカ」の名前も見当たらなかった。



私たち夫婦との訴訟の訴状や準備書面に「法律事務所ヒロナカ」所属の全弁護士名が下記の順序で記載され押印されているのとは対照的だ。



弘中
一郎、弘中絵里(被告の場合は最後尾に移動)、大木勇、品川潤、山縣敦彦(現在は独立して退所)、渥美陽子、小佐々奨。


ちなみに「法律事務所ヒロナカ」の法律相談料は
1時間につき3万円。



弁護士報酬が自由化されたとはいえ、通常の3倍もの料金が必要な事実を「法律事務所ヒロナカ」のホームページに表示している。

http://www.office-hironaka.jp/fee/index.html

6. 法律相談
 
  法律相談は1時間3万円とする。

 


弁護士報酬が自由化された平成16年(2004年)に「法律事務所ヒロナカ」を開設。平成28年4月には「弁護士法人法律事務所ヒロナカ」になったとも同ホームページには表示されている。



「法律事務所ヒロナカ」により高畑祐太氏の一件は「悪質な事件ではなかった」との見解がコメントとして公式発表されただけで、事実関係は一切解明されず、被害者側の女性の発言も何ら公表されていない。

 

そのような中で「法律事務所ヒロナカ」に事件を委任した高畑祐太氏が起訴猶予処分となったと報じられた。

 

被害女性が存在し無期懲役まであり得る「強姦致傷」事件が「悪質な事件ではなかった」とコメントするならば、「法律事務所ヒロナカ」所属の弁護士にかかれば、最早「殺人」以外の事件は「悪質な事件ではない」と主張するに等しいと思われる。

 


被害者側の露骨な「口封じ」としか思えない結末が腑に落ちないのは私だけではあるまい。



私たち夫婦は、同事務所代表であり「自由人権協会」元代表理事の弘中惇一郎弁護士の娘であり「法律事務所ヒロナカ」の2番手である弘中絵里弁護士と、毎月のように東京地裁の法廷で顔を合わせている。



弘中絵里弁護士からの不意打ち訴訟によって莫大かつ甚大な応訴を余儀なくされている私たち夫婦は、その「普通ではない」闘い方に驚愕するとともに呆れ果ててもいる。



なぜなら弘中絵里弁護士は、客観的な証拠を裁判所に提出することなく虚偽の事実を執拗に主張し、それを強引に言い切って押し通すだけだからだ。



弘中絵里弁護士の目的のひとつは、
依頼人(被疑者)にとって①都合の悪い真実②気に入らない真実③無きものにしたい真実の一切を「~などない」と断定して覆させることにある。



目的を達成するためであれば、7年も前の訴訟における(一審の)確定判決において双方が認めていた「争いのなかった事実(証拠も含む)」と判示された事実についてまで掘り起し、蒸し返してきて、強引に「虚偽の事実」として改竄させようとしているのだから信じ難い。



一例として
「原告は,皿洗いとしてスナックで雇われていたのであり,原告がホステスをしていたという事実は真実に反するし,被告ベラがそう信じたことについて相当な理由はない。」(平成28年1月28付け・訴状別紙11の1・甲2の4に対する主張)との虚偽の事実を押しつけてくるだけで、「皿洗いとしてスナックで雇われていた」客観的な証拠はひとつも出さない。


都合の悪い部分については固く口をつぐみ、だんまりを決めこむ


一例として「
甲第42号証の1の消印は,5月(ローマ数字のⅤ)を示していることが明らかであるから,作成年月日が平成24年2月ころとの証拠説明書の記載は失当である。」〔私たち夫婦準備書面(1)12 12に対する認否【77頁】〕についても最後まで沈黙を押し通した。



さらに私たち夫婦が本人訴訟で闘っていた時は私たち夫婦のブログ記事の総てを「事実摘示」としていた(一般公開された先行する原告のブログ記事の一部をそのまま引用した部分についても、私たち夫婦が独自の「事実」を適示したとする悪意のある主張)にもかかわらず、ある時から私たち夫婦が訴訟代理人弁護士を就けたことによって,従前は
「事実摘示」であるとしていた主張の多くを「論評」に改めた事実もある。

 



山下幸夫弁護士は
、弘中絵里弁護士の訴訟態度について,「信義誠実義務に反するものと言わなければならない」と下記のとおり主張している。

 



「1
 原告は,被告らが本人訴訟であった時期には主張していなかった被告らの本件各記事についての事実関係について縷々主張し,そのほとんど全てについて,真実ではないし,真実相当性も認められないと主張しているが,いずれも争う。

 


2 被告らが訴訟代理人に委任して口頭弁論が再開された後になって,本件各記事の事実関係について取り沙汰し,原告にとって都合の悪い内容の全てを否認するようになったものであり,こうした原告の訴訟態度は,民事訴訟における当事者の信義誠実義務に反するものと言わなければならない。

 


3 とりわけ,2006年から公私に亘り被告ベラが一貫して主張してきているところの,原告との電話において,原告が被告ベラの父を偲ぶ会で「私が話をしてあげましょうか」と被告ベラに持ちかけ,「当日は必ず参加します」と宣言した事実,訴外公子氏が原告に手紙を書き,被告ベラの父を偲ぶ会の翌朝その手紙を被告ベラが投函した事実,被告ベラが訴外公子氏の急死を関係者に葉書(乙40)で知らせたのが年明けであった事実などの事実関係について,原告準備書面(5)を提出(引用者注:2016年1月)するまで原告は等閑視してきていた。

 


4 被告ベラが,平成17年(2005年)から公開し,原告自身も平成18年(2006年)11月23日からその存在について知るようになった(甲49・15頁)と陳述する「天野ベラのホームページ」における各記事についての事実関係についても,平成21年(引用者注:5月)の別件訴訟(引用者注:前回訴訟)の際など,否認する機会が何度も与えられていたにもかかわらず,原告準備書面(5)を提出するまで,一切否認したことがなかった。しかるに,被告ベラが公開してから9年以上経過した後になって,突然,事実関係を否認するようになったものである。

 


5 実際には,被告ベラは,原告自身から様々な事実関係を直接聞かされており,それに基づいて事実関係を主張していたところ,原告自身が被告ベラに語った都合の悪い内容や被告ベラに知られた都合の悪い言動の全てを事実無根であるとして,被告ベラが公開してから9年以上経過した後になって否認し始めたものである。

 


6 原告は,原告のブログ「ナオミライクな日々」における平成23年(2011年)10月22日付の「一位じゃなきゃダメなんです。」と題する記事(乙99の369)において,「この3年間のブログはまるで,私という人間を自分で知るための辞書のようにも思えます。」と述べられているところであり,原告のブログには,原告自身を知るための様々な事実が記載されていることを,原告自身も認めているのである。

 


「被告ら(引用者注:私たち夫婦のこと)は,被告ベラが,直接に原告から聞いた事実や,原告が自らのブログ記事で自ら明らかにしている事実を前提として,その記事に対する論評をしてきたものであり,以下に述べるように,その前提事実は真実か,真実と信ずるについて相当な理由がある。」〔私たち夫婦準備書面(9)第1はじめに【1~3頁】〕

 



弘中絵里弁護士は、対立する当事者である私たちが年金暮らしの一私人に過ぎない名もない老夫婦であり、しかも本人訴訟で闘っているとの足下を見透かせば、民事訴訟の弁論活動に託けて(かこつけて)攻撃目的の主張をいやおうなく押し付け押し通してはばからない



こうした弘中絵里弁護士の主張についても、山下幸夫弁護士は、「原告の主張は
非科学的・非論理的な感情論と言わなければならない。」〔私たち夫婦準備書面(8)第1【4頁】〕と主張している。

 



畢竟、私たち夫婦は、弘中絵里弁護士による非科学的・非論理的な感情論によって攻撃され続けているのである。



しかも、それらは、法的に何の意味もない「ウソ」による人格攻撃である。



山下幸夫弁護士の主張から一例を挙げれば,「まず原告自身が被告ベラに2度に亘り『在日』である事実を告白しており,それは真実であるか,真実であると信じるに足りる相当の理由がある。
次に,平成21年5月の前回訴訟において,簡単な認否ですむところ,『原告が在日韓国人であること』が真実であり,当時はまだ原告が被告ベラ母子に原告自ら告白してから日にちが浅かったため,自白した事実が原告の頭をかすめたと思われ,さらに原告には多少なりとも痛むだけの良心があったと思われる。だからこそ当時の原告には,『原告が在日である事実』を裁判所にも被告ベラにも『否認』することが出来なかったのである。ところが本訴を提起して初めて否認するようになったものであり,虚偽の事実を突き通しているに過ぎない。」


原告が在日である根拠に付け加えて,原告の長女が「私の母が旧姓秦,でした(ご先祖様が渡来人だったらしい)。」(乙66の10)と公開し,その2分前には,「池澤春菜【アメリカ留学中】@haluna7 でも,新聞記事やラテ欄には,ハングルではなくて,カタカナもしくは漢字で表記されるのでは?ハングルで書いて戴いても,お名前読めないですし…… RT @syoryukou: @haluna7 @kemurome 中国はともかくハングルは間違い様が無いような・・・全部平仮名みたい(略)」と,ツイッターで「ハングル(韓国語)」が話題にのぼっていた,そしてその「ハングル」の話題を受けて,原告の旧姓が「秦」であり,「ご先祖様が渡来人だったらしい」と池澤春菜氏が公開している。渡来人とは在日韓国人のことであるから,原告が在日韓国人であることをカミングアウトしたものであり,「ハングル」から派生したごく自然な流れであった。〔私たち夫婦準備書面(8)3 同「3 原告の出自や生育環境について」について【32~34頁】〕
 



心ならずも莫大かつ甚大な応訴負担を余儀なくされた私にとって最も耐え難い苦痛は、取りも直さず、ほぼ全頁に埋め尽くされた、あからさまなウソが羅列された書面の熟読を強要されたことであった。

 



それらは特に「陳述書1」(私たち夫婦が本人訴訟当時提出されたもの)において際立っており,「陳述書2」・「陳述書3」(私たち夫婦が訴訟代理人を委任した後に提出されたもの)総ての文中にところ狭しとばかりに「ウソ」が犇めき合っている。

 



しかも「陳述書1・2・3」のみならず,「訴状」に始まり「準備書面」のありとあらゆる訴訟資料において「ウソ」が溢れかえっているのである。

 



決して大袈裟に言っているのではない。

 



「ウソの羅列」。

 


これは本人訴訟で原告や被告となり闘う者の誰もが震撼させられる最も大きな衝撃ではないだろうか。



社会正義の実現を果たす使命を持つ義務のある弁護士に委任し,弁護士が介在した事案でありながら,否「法律事務所ヒロナカ」の弁護士が介在しているからこそ,ここまでなら違法にならないと高を括り、計算の上で展開した言論と言うべきかも知れないが,日本の頭脳たるべき優秀なプロの弁護士が就いていながら,あまりにも子どもじみた幼稚なウソが,最も神聖であるべき裁判所に提出する主張となる「準備書面」、証拠となる「陳述書」など訴訟記録に堂々と、まことしやかに満載されているのだから、私たち夫婦が呆然とするのは当然かつ必然のことなのである。



とりわけ、私たち夫婦が人証を求めたにもかかわらず,本多知成裁判長(当時)が「人証の要なし(本人尋問なし)」との判断を法廷において示され,私たち夫婦からの反対尋問にさらされないことを奇貨とした原告が,裁判長から求められていなかったにもかかわらず提出した「陳述書1」は,どこをどう切り取っても「ウソ」が次々と顔を出す「ウソで練り上げた金太郎飴」と呼ぶべき代物で,これを読んだ私は一瞬にして憤りで身体中に鳥肌が立ち背筋が震え上がって悪寒に襲われたのであった。

 


キャッチフレーズとはいえ、「無罪請負人」であれば、裁判官に真実を訴え情状酌量を求めるのではなく、たとえ
被疑者が真犯人との心証を得たとしても、無罪にするためであれば、あらゆる手段による真実の改竄、例えば相手側の主張する「真実」を「虚偽の事実である」と主張するか、相手側の「真実」の主張を「真実ではない」と改竄するか或いは被疑者の「ウソ」を「真実である」とする「虚偽の事実」を主張するか、被疑者の「真実の姿」を「虚偽の事実である」と改竄するという「不正」をも請け負わねばならないであろう。

 



となれば「無罪請負人」は「不正請負人」と言い換えられるのではあるまいか。

 



「法律事務所ヒロナカ」による高畑祐太氏のスピード釈放と不起訴処分には、水面下に「不正」と「お金」と「権力」が蠢いていると感じている人が大半であろう。

 



私もそう思っている。



*****
 

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160910-00000001-spnannex-ent.view-000

「無罪請負人」弘中弁護士率いる事務所が高畑裕太を担当

スポニチアネックス 910()540分配信

前橋警察署から釈放され迎えの車に向う高畑裕太


http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2016/09/09/kiji/K20160909013324220.html

高畑裕太 顧問弁護士がコメント発表「悪質な事件ではなかった」

91010:00更新

スポニチ


http://www.hochi.co.jp/entertainment/20160904-OHT1T50184.html


上沼恵美子、高畑親子を猛批判…「過保護が服着てしゃべっている」

「芝居がかっている」と会見をバッサリ

2016941814 スポーツ報知


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