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2017年7月25日 (火)

女性の『本物』は育ちにくい-「かわいい」はたまた「東大出」が通用するのは20代までと心得よ-

「可愛いから許す!」

 



この言葉は、何と、天野ベラこと、この私に対するお言葉である。

 



驚かれているだろうが、人は、誰も婆さんとして産まれるわけではない。

 



婆さんになるのだ。

 



それで、だ、私にも人並みに可愛く見えた時代があって、

 



その時に掛けていただいたお言葉が冒頭のご発言であったのだ。

 



ところが、この一瞬前には「馬鹿もーん!!」との怒声を浴びていた。

 



いきさつを説明しようか……

 



新入社員の私は、朝早く出社して上司や先輩社員の机を拭いていた。

 



すると、隣の部屋から、「馬鹿もーん!!」と大きな声がした。

 



「こんな、明るい日に、電気なんか点けるんじゃなーい!!」

 



他にも出社されていた社員の方がいらしたこと、そして電気を点けたのがいけなかったことに一瞬にして気付かされた22歳の私は、雑巾を置くと直ちに電気を消して、キャビネットで仕切られた隣の部屋に走った。

 



大声の主は高いお席に座していらして、後にその方が大御所であることを知った。

 



広い机の前に立ち、「申し訳ありませんでした。」と頭を下げた私は動かなかった。

 



するとそのご老人はバツが悪そうに「何だ、君だったのか……〇産業のおばさんかと……」と小声で言うが早いか、

 



「可愛いから許す!」とおっしゃったのだ。

 



早朝の出来事であり、この話を知る社員がいたとしても極僅かな筈であり、私に向けて言われた言葉と知る社員はいないと思われるのだが、なぜかこの言葉はこれから先、社内で流行ることとなった。

 



だが「可愛い」で許されるのは20代まで。

 



もっと言えば「はたち」までであり、成人を過ぎたら「かわいい」では済まされないと気を引き締めるべきである。

 



事と次第にも寄ろうが、実際には「可愛いからと言って到底許されるものではない」と訴訟資料の如くキツイ調子で心に刻まなければならない。

 



つい最近知人が、「最近はロクな女性政治家がいないわね。昔は土井たか子さんとか市川房江さんとかいたのに……蓮舫はカッコいいけど、三原じゅん子は嫌いだわ」と言ったので、「でも三原じゅん子さん、キレイじゃない」とつい軽くかわしたところ知人は、

 



「それがいけない」と怒った。

 



確かに女性は、可愛いければ、そして、そんな人から上手に甘えられ、おねだりをされたりすれば、男性に限らず女性でも姉御肌であれば、無下に断れなくなる。

 



そして、「ま、いいか」「仕方がない」「喜んでくれるのだからいいじゃないか」とお茶を濁して大目に見ることとなる。

 



その女性が若かったりすればさらに点数は甘くなり、限りなくワガママな要望や特別扱いを求めても応じられるだろう。

 



かくして「おねだり光線」の威力に安住した可愛い子ちゃんは、実力を磨く時間より美を磨く時間、切る前髪の長さに悩むような時間ばかりを増やすことになりかねない。

 



一方で、東大を出た弁護士で、防衛大臣となった女性政治家、東大を出て、ハーバード大学の大学院を卒業した女性政治家、それぞれの虚言と暴言が話題を集めている状況も見過ごせない。

 



「東大出」であることの立証趣旨は、言うまでもなく「頭脳明晰であること」である筈だが、その実態はと言えば、連日の報道から推して知るべしであろう。

 



「可愛い」も「東大出」も、その外見や経歴に眩惑されることなく、その女性たちの実力と言動という真実の姿、すなわち実際にその女性が何を言い、どんなことをして来たのか、公言して来たことに実行は伴っていたのか、どういう信念を持って人生を歩んでいるのかなども含めて、その女性の包装紙ではなく、その「中身」と「内面」に目を向けるという本質的なことが疎かにされ、後回しにされてはいけないということである。

 



実際の言動に注視し注目して、真の姿を見極めない限り,特に女性は、実力を蓄えた「本物」が育ちにくいのではないかと思う。

 



年になっても、「私は可愛い」

 



だから私の「甘え」「おねだり」の呼びかけは許されると勘違いをし続け、

 



「私は東大出」

 



だから私は「頭がいい」だから「私以外は全員馬鹿」、「私の言うこと以外は総て誤り」との三段論法によって、東大卒というクッションの上に胡坐をかく倨傲な態度が中年になっても抜けていないとすれば、真の実力が育っていない証拠と解すべきであろう。

 



研鑽を積み、懊悩や呻吟の時をも越えて、外見や経歴を突き抜けた力を蓄えない限り、本物には近づけない。

 



ちなみに私が本物と思う女性は2人いて、どちらも故人であり、芸術家である。

 



ひとりは越路吹雪さん。もうひとりは山口洋子さんである。

 



おふたりとも可愛くはないし、一流大学を出ている訳でもない。

 



だが、真の実力者こそが持つ威厳そして選ばれし者が持つ恍惚と不安に満ちたどこか儚げな憂い、つまり私が最も好み重視するところの「ペーソス」を含んだ表現や作風、そして人間性に限りなく魅きつけられるのである。

 



努力して本物に近づき、「あの人なら!」と誰もが納得の出来る形で、輝かしい栄光、相応しい結果など、実力に伴って与えられるご褒美を徐々に増やしながら、着実な地位を築いていくことが望ましいのではないか。

 



私はそう思っている。

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