« ☆春の訴訟祭り第四弾!☆-「ウソ」を糾弾し「真理」を追求する「真実」の表現活動と名誉毀損を明確に区別せよ!- | トップページ | 弘中絵里弁護士らが、妊娠及び中絶に伴う責任の事案で、905万9839円もの超高額を請求! »

2017年3月23日 (木)

☆春の訴訟祭り第五弾!☆-『批判イコール嫉妬』との短絡的かつ自己中心的な方程式をもって,批判・指摘された内容や相手の言い分については一切考えようとせず,「攻撃の開始」と捉えずにいられない心のあり方や思考回路こそ諸悪の根源ではないか?!-

本日は平成28年10月21日に私たち(天野コグ・ベラ)夫婦が提出した「原告ら準備書面」の一部を公開いたします。

 


被告とした者が「幸せそうに見えるその者に対する嫉妬による攻撃の開始」と解釈し判断した、私の手紙の全文を下記に貼り付けました。

 


私が「幸せそうに見えるその者への嫉妬」から手紙を書いた事実はありません。

 


「幸せそうに見えるかどうか」を価値判断の基準にして私が行動をした事実もありません。

 


他人はどうあれ、私は、私の最大の誇りである亡き両親から授かった自分自身をありがたく思い、自分自身に満足しており、大好きな主人とのIBMでの出会いに感謝して暮らしているからです。

 


損なことや疲れることが多くても、激しい腹痛に油汗をかきながらのたうちまわってもなお、気骨と根性のある自分が好きで、誰にも負けない気力によって、常に自分を鼓舞して生きているからです。

 


ですから、その者に「嫉妬」を感じたことは、微塵もありません。

 


まずはこの事実を明確にさせていただいたうえで、文末に記載した天野ベラの論評をご高覧いただければ幸いです。

 


なお、プライバシーに配慮して、被告の名前など一部伏せ字にしてあります。

 


*****

 


平成28年10月21日提出済「原告ら準備書面」

 

 原告天野ベラは,被告××が別件訴訟において裁判所に提出した2006(平成18)年10月25日付けの原告天野ベラの手紙(甲65)つまり最初に被告××に出したこの手紙を,『攻撃の開始』(乙1・25頁)などではなく真摯な気持ちで言葉を選んで時間をかけて書いた事実がある。

  

この,原告天野ベラが最初に書いた手紙には,被告××に対する当時の原告天野ベラのメッセージがこめられており,静かに読めば誰であれ真意が理解できるように,冷静に記載した事実は明らかである。

  
  特に,『私は現在信頼のおける男性と暮らし,ささやかながら家庭に平安と憩を感じております。ですから,貴女様がふたたび良きパートナーとともに,より豊かな第二の人生を進みだされたとの朗報を祝福し,起業という新たな挑戦をなさった勇気と努力に敬意を払えたらどんなに良いかと思います。貴女様を許す機会が与えられ,ご活躍を蔭ながら応援しつつ,静かに馬齢を重ねていくことが私の望みです。』,

 
『亡母(原告天野ベラの母)への非情なまでの非礼を謝罪してくださいますよう,書面をもってお願い申し上げる次第です。』,

  

『長々と私の考えを述べさせていただきました。貴女様が真意を汲み取ってくだされば幸いです』(甲65)と明言しているとおり,別件訴訟で定義づけされたような『攻撃の開始』(乙1・25頁)ではなく,むしろ『平和的解決』を求めて送付した事実は明白であり,被告××から亡母への弔意が示されるとばかり思っていたが,あにはからんや被告××は,お詫びするどころか,別件訴訟の陳述書(甲55)において,原告天野ベラの手紙(甲65)を,

 

ある時,私が再婚をして,家族・友人にも恵まれ,仕事もまずまずうまく行っていることを天野ベラさんは知ることになりました。つまり不幸でいなければいけないはずの私が幸せそうに見えたのでしょう。そこで,突然甲17(引用者注:甲65)の手紙を送ってきたのです。』甲55・15頁4乃至7行目)

 

と断定して陳述した。

  


  しかしながら,この解釈には悪意がありまったくもって事実に反している。

  

被告××は,原告天野ベラの手紙(甲65)を一瞥しただけで,内容の正当性に対して何ら論理的な反論が出来なかったことから,例によって,『幸せそうに見えた被告××に対する原告天野ベラの嫉妬』と断定して視界から追いやったに過ぎず,自画自賛を好む被告××にとって最も都合の良い『幸せそうに見えた被告××への嫉妬による原告天野ベラからの攻撃の開始』という形で乱暴に葬り去り,『嫉妬』として直ちに追い払う以外に何の対抗手段も持ち合わせていなかった証である。

  

いかなる批判をも直ちに『嫉妬による攻撃』として目をそらし,『嫉妬』の二文字に依存するより他に被告××に言い分はなく,『幸せそうに見えた自分への嫉妬』以外に論理的な対抗言論を持たない者が一つ覚えした愚かしい常套句と解すべきである。

  

被告××は,被告××が講師として紹介されていた『(××の)インターナショナルセレブ・レッスン講座」(甲82)の広告・宣伝内容について原告天野ベラが事実に反する虚偽記載であり,景表法違反であるから削除すべきであると直接指摘し警告したことについても,別件訴訟の陳述書(甲55)において,

 

なぜこの講座のホームページがそれほどまで天野ベラさんを刺激したのか。今になって思うのは,ベラさんの執拗な攻撃の裏にあるのはある種の嫉妬ではないかということです(甲55・14頁25行目乃至15頁1行目)

 と陳述している。

  

つまり被告××と被告××の娘らはいついかなる時でも,幸せそうに見える私たち母娘(被告ら母と娘ら)へのある種の嫉妬』との錦の御旗を掲げては,『批判イコール嫉妬』との短絡的かつ自己中心的な方程式をもって,批判・指摘された内容つまり相手の言い分については一切考えようとせず,相手の意見の正当性について確認も吟味もせず,精査検討する気もなく,ただ『攻撃の開始』(乙1・25頁)だ,『嫉妬』(甲55)だと騒いで『被害者』に成りすまし,常に相手を『加害者』として弁護士に民事訴訟を提起させて,いきなりぶ厚い訴状を叩きつけさせるとともに前後訴訟併せて6千万円もの超高額の金員を請求させることで思いきり恫喝させ,口を封じさせると同時に多額の金員をも認めさせて奪取させようとするのである。


 
そして,被告らには批判される点などないと都合良く履き違えた真実に胸を張って平然とやり過ごして行くのである。

 

*****

 

平成29年3月23日現在における「天野ベラの意見・論評」

 


他者から批判や指摘を受けた時、内容を吟味せずに「幸せそうに見える自分への嫉妬」と受けとめる思考は、間違っている。

 


他者からの批判や指摘を、直ちに「幸せそうに見える自分への嫉妬」と見下して無視する態度は、重大な誤謬である。

 


こうした思考や態度は、単に間違いや誤謬であるのみならず、他者の言い分に対しては何につけ「幸せそうに見える自分への嫉妬」と都合良く解釈して見ざる聞かざるを押し通しているもので、きわめて傲慢かつ狡猾な思考であり態度である。

 


なぜなら、幸せそうに見える自分,恵まれている自分に対する「他者からの嫉妬」と解釈することによってあらゆる批判や指摘を追いやれば、自己の内面を照らす行為をせずにすむからだ。

 


「他者からの嫉妬」と思い込み、信じ続ける限り、自分の言動を振り返り、内省する必要もなくなるからだ。

 


他者がその者への真摯な思いを綴った手紙、その者が講師となって一般に公開した講座に記載されていたプロフィールや宣伝文句の内容、その者が代表をかって出て主催した不適切な社会的活動のやり方、その者が一般に公開したブログ記事などに対する批判や指摘について、それらの中身や内容について検討することも吟味することもなく、直ちに『幸せそうに見える自分への嫉妬による不当な攻撃』と受けとめて被害者となり、被害者の立場から、加害者と見做した他者に対する憎悪と怨嗟の念を一方的に募らせて、権力者を動かして何とかしてやれと行動することこそ、逆恨みであり、逆ギレとしか言いようがない。

 


批判や指摘した他者を直ちに「加害者」と設定し、批判や指摘の一切を「攻撃」と認定する心のありように、当事者間での穏当な事前の話し合いを介在させる余地はない。

 


お互いの心の着地点を探るために何らかの努力をしようと考える誠意もなければ、冷静に平和的解決を模索するといった常識的な選択肢などどこにもない。

 


「お金」に換えられる方法以外に解決策などないと考えているようでもある。

 


だからこそ、早くから権力者を雇い入れておいて、敢えて「通知」を避けさせ、「加害者」の住民票や戸籍情報を根こそぎ取得させておいて、不意打ち訴訟を提起し、超高額の金員を請求させて「加害者」と見做した憎むべき他者に「訴状」を叩きつけさせて急襲せずにいられなくなってしまうようだ。

 


重大な誤謬に基づいて、他者を直ちに「加害者」と認定せずにいられない心のありようこそ、諸悪の根源であり紛争の原点ではないか。

 


私はそう思っている。

 

*****


甲第65号証の天野ベラによる手紙

 

×× ×× 様

 

突然お便りを差し上げる失礼をお許しください。


逡巡しながらも、貴女様への意識を確定するための文書をつくろうと本日思い立ちました。

 

単刀直入に申し上げます。貴女様は2006年10月11日付のブログで『自分らしく無理をせず情で生きていきましょう』と公言しておられますが、もしそのお言葉が真実であるなら、情をもって、真っ先に亡母への非礼を詫びて戴きたく、謹んでお願い申し上げます。


1999年の大晦日に母が急死したことは、生前の母を慕って、お電話で悩みを打ち明けられ、何通ものお手紙で相談されていた貴女様には当然お伝えいたしました。亡母も親身になって貴女様のお幸せを願っておりました。しかしながら、貴女様は、この火急の知らせを無視してだんまりをきめこんだのでした。儀礼的な、形ばかりの香典や供花が届かなかったことは言うに及ばず、貴女様からは、お悔やみの葉書一枚すら届くことはありませんでした。


貴女様に最後にお目にかかったのは、亡父を偲ぶ会でした。打ち合わせなしの場当たり的な会ゆえ、段取りが悪く、進行に時間がかかったため、貴女様を含む何名もの方に亡父へのお言葉を用意して頂きながら、マイクをお渡しする時間がなくなってしまったようでした。そのこと以外には貴女様が気分を害して私どもに背を向ける理由は何ら思いあたりません。しかし、その一件とて、亡母の死に接した貴女様が一切の礼を失し、無視し続けたままで許される理由になるとは到底考えられません。


 

父、コロちゃん、母と立て続けにお騒がせしたことは不可抗力とは言え面目なく、特に●●●●●の私にとってこの上ない試練であり痛手でした。××さんもさぞ驚愕しておられることだろう……それで、私に言葉すらかけられないのかもしれない……と忖度したこともあります。


 

かかる考えから、真っ直ぐな男性と結婚したことを通知すれば安心なさって「●●●ちゃん、おめでとう!」と喜んでくださると判断し報告しました。それでも答えは同じ。貴女様はなおも「冷酷なネグレクト」の姿勢を貫き通されたのでした。


 

私は現在信頼のおける男性と暮らし、ささやかながら家庭に平安と憩いを感じております。ですから、貴女様がふたたび良きパートナーとともに、より豊かな第二の人生を進みだされたとの朗報を祝福し、起業という新たな挑戦をなさった勇気と努力に敬意を払えたらどんなに良いかと思います。貴女様を許す機会が与えられ、ご活躍を蔭ながら応援しつつ、静かに馬齢を重ねていくことが私の望みです。


 

しかしながら、大恩ある亡母に背を向けたままという現実のお姿がある限り、ネットに記載された「プロフィール」上の××××氏とのご関係、「インターナショナルセレブ講座」とやらのご演目、2006年10月11日付ブログでの「3000円の贅沢」に書かれた内容など等、総てが白々しい虚飾であり虚偽であり、きれいごとであり、自己欺瞞に満ちた羊頭狗肉の内容との怒りが湧いてまいります。


 

率直に申し上げて、一般公開されているメディアでのご活動を拝見するにつけ、辛辣に評価せざるを得ない感情に溢れ、抑えきるだけの自信がありません。今のままの状態では、貴女様のご活躍を優しい気持ちで見つめることはできません。


たとえ宣伝効果を狙った記載であっても、偽りに満ちた箇所に目をつぶって見過ごすこともできそうにありません。つきましては、速やかに、亡母への非情なまでの非礼を謝罪してくださいますよう、書面をもってお願い申し上げる次第です。


 

長々と私の考えを述べさせていただきました。貴女様が真意を汲み取ってくだされば幸いです。


2006年10月25日

    天野●●

« ☆春の訴訟祭り第四弾!☆-「ウソ」を糾弾し「真理」を追求する「真実」の表現活動と名誉毀損を明確に区別せよ!- | トップページ | 弘中絵里弁護士らが、妊娠及び中絶に伴う責任の事案で、905万9839円もの超高額を請求! »

天野ベラの人生論」カテゴリの記事

フォト

最近の記事

無料ブログはココログ
2017年8月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    

弘中絵里弁護士らが、妊娠及び中絶に伴う責任の事案で、905万9839円もの超高額請求!