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2017年3月 6日 (月)

うお座の「う」は、ウソつきの「ウ」!-春の訴訟祭り第二弾☆被告ら備書面(9)」の公開☆-

春の訴訟祭り第二弾!

 

本日は平成28年5月6日付けで私たち夫婦が提出した「被告ら準備書面(9)」を何回かに分けて公開するので、ご高覧いただきたい。

 

*****

 

平成25年(ワ)第×××××号損害賠償請求事件

 

原 告  池澤直美

 

被 告  天野コグ,天野ベラ

 

 

 

被告ら準備書面(9)

 

 

 

平成28年 5月 6日

 

東京地方裁判所民事第49部合C係 御 中

 

 

 

 

 

     被告ら訴訟代理人

 

弁護士  山下幸夫

 

 

 

 

 

 被告らは,原告の平成28年1月29日付原告準備書面(5)(以下「原告準備書面(5)」という。)に対して,次のとおり認否・反論する(なお,見出しの通し番号の付け方に一貫性がないが,そのまま認否・反論する)。

 

 

 

第1 はじめに

 

 原告は,被告らが本人訴訟であった時期には主張していなかった被告らの本 件各記事についての事実関係について縷々主張し,そのほとんど全てについて,真実ではないし,真実相当性も認められないと主張しているが,いずれも争う。

 

2 被告らが訴訟代理人に委任して口頭弁論が再開された後になって,本件各記事の事実関係について取り沙汰し,原告にとって都合の悪い内容の全てを否認するようになったものであり,こうした原告の訴訟態度は,民事訴訟における当事者の信義誠実義務に反するものと言わなければならない。

 

3 とりわけ,2006年から公私に亘り被告ベラが一貫して主張してきているところの,原告との電話において,原告が被告ベラの父を偲ぶ会で「私が話をしてあげましょうか」と被告ベラに持ちかけ,「当日は必ず参加します」と宣言した事実,訴外公子氏が原告に手紙を書き,被告ベラの父を偲ぶ会の翌朝その手紙を被告ベラが投函した事実,被告ベラが訴外公子氏の急死を関係者に葉書(乙40)で知らせたのが年明けであった事実などの事実関係について,原告準備書面(5)を提出するまで原告は等閑視してきていた。

 

4 被告ベラが,平成17年(2005年)から公開し,原告自身も平成18年(2006年)11月23日からその存在について知るようになった(甲49・15頁)と陳述する「天野ベラのホームページ」における各記事についての事実関係についても,平成21年の別件訴訟の際など,否認する機会が何度も与えられていたにもかかわらず,原告準備書面(5)を提出するまで,一切否認したことがなかった。

 

  しかるに,被告ベラが公開してから9年以上経過した後になって,突然,事実関係を否認するようになったものである。

 

5 実際には,被告ベラは,原告自身から様々な事実関係を直接聞かされており,それに基づいて事実関係を主張していたところ,原告自身が被告ベラに語った都合の悪い内容や被告ベラに知られた都合の悪い言動の全てを事実無根であるとして,被告ベラが公開してから9年以上経過した後になって否認し始めたものである。

 

6 原告は,原告のブログ「ナオミライクな日々」における平成2年(2011年)10月22日付の「一位じゃなきゃダメなんです。」と題する記事(乙99の369)において,「この3年間のブログはまるで,私という人間を自分で知るための辞書のようにも思えます。」と述べられているところであり,原告のブログには,原告自身を知るための様々な事実が記載されていることを,原告自身も認めているのである。

 

  被告らは,被告ベラが,直接に原告から聞いた事実や,原告が自らのブログ記事で自ら明らかにしている事実を前提として,その記事に対する論評をしてきたものであり,以下に述べるように,その前提事実は真実か,真実と信ずるについて相当な理由がある。

 

 

 

第2 同「1 原告の両親,家族について」について

 

 (1)について

 

(1) 認 否

 

 同第1段落について

 

  認める。

 

 同第2段落について

 

  不知ないし争う。

 

 同第3段落について

 

  否認ないし争う。

 

(2) 被告らの反論

 

  被告らは,原告自身が書いた以下のブログ記事から読み取れる事実を前提事実として,原告が両親の介護をしていないとの論評をしたものであり,その前提事実は真実か,真実と信ずるにつき相当な理由がある。

 

 フジサンケイビジネスアイの原告のブログ「Shall We Afresh?」における平成19年(2007年)3月22日の記事において,旅行中の妹に代わって原告が実家に行き,期間限定で実母の面倒を看た時の内容が記載されていた事実,ほんの短い期間であっても原告が母親に向かって「声を荒げた」と述べており(甲12の14,乙126・別紙2の1甲12の14),原告が実母と一緒に過ごす時間を好んでいなかったと認められる。

 

 原告のブログにおける「パソコンから離れて」と題する記事(乙4の66。その後,全文削除されている。)において,大切な人が心臓発作を起こして今日が山場と言われた原告が,病室を訪れた時のいきさつについて「全てのアポは昨夜のうちにキャンセルしたり,事情を話して他の方々に変わっていただきました。たまっている仕事はあっても病人の枕元でパソコンを叩くわけにはいきません。」,「観念して,手を離すことの許される時間があれば,持って行った本をひたすら読んでいました。」「病人に目を配りながらの落ち着かない読書でしたが」などと述べ,原告が「今日が山場と言われた病人」と述べられた実母よりも,キャンセルした仕事や読書を重視していることが読み取れる(乙120・7頁)。

 

ウ 原告が東京に滞在している時に,できる限り毎週末に実母を訪問していたとすれば,原告は他の記事を書かずに,訪問したグループホームでの出来事や内部の事情について,毎週のように必ず記事を書き,訪問した様子が写真とともにブログに詳細に述べられて掲載され,公開されていたと思われる。

 

  しかるに,実母が住むグループホームを原告が訪問した事実が述べられている記事は,①平成21年(2009年)9月12日付の「優しく不思議な共同生活の場」と題する記事(乙99の232),②平成21年3月10日付の「哀しみ,そして,ありがたさ」と題する記事(乙4の71・その後,一部修正し削除されている。),③同年4月5日付の「桜センチメンタルジャーニー」と題する記事(乙99の299)の僅か3件である。

 

 原告は,長女でありながら,両親どちらの死に目にも遭わなかったことが認められる。

 

  原告のブログ「ナオミライクな日々」における「ルフトハンザつれづれ~ミュンヘン空港にて」と題する記事(乙99の316・乙112の3・資料第224号)において,原告は,「父は,私たちが香港の空港に止まった頃に息を引き取りました。53歳でした。孫に会える日を楽しみにしていた父は,危篤に陥りながらも,私がギリシャから送った娘の写真を手放さなかったといいます。」と述べている。

 

  ギリシャ在住で実父の看病も出来ず死をも看取れなかった事実を原告が実際に後悔していたとすれば,少なくとも実母の死は看取ろうと考えて,努めて東京を離れずに,近くで過ごし,出来る限り訪問し,看病をし,最期を看取るべきであったと考えられるが,実際には,原告はそのような行動はとっていないことが認められる。

 

  原告のブログ「ナオミライクな日々」における「訃報」と題する記事(乙99の107・2009年10月9日付)において,原告は,「そんな美しい秋の日の夜,10月8日午後7時,母が亡くなりました。83歳でした。」と述べている。また,同ブログにおける「満月にいざなわれて~どうぞ皆様,良いお年を!」と題する記事(乙99の134・2009年12月31日付)において,原告は,「長い間,身につけてきた腕時計が2009年10月8日,午後7時になろうとする直前で止まりました。私が祈るような思いで,横浜・横須賀道路をひた走っている時でした。そして,後になってわかったのですが,止まった時計が指し示していたのは,母が逝った時でした。」と述べている。同ブログにおける「ゴチャゴチャの机の上からの思い」と題する記事(乙99の317・2011年7月21日付)において,原告は,「母が逝ってしまった時にも,近くの区民プールの水の中で泣いていました。」と述べている。最近の陳述書において,原告は,「所用で下北沢におり」(甲63・2頁)と述べている。

 

  このように,母親が死亡した時に原告がいた場所について,少なくとも「車中」(乙99の134)と「区民プールの水中」(乙99の317)の2つの説明がされており,判然としない。

 

  原告の陳述書における「私がホームから受けた電話は『すでに亡くなった』という知らせでした。その時,私は所用で下北沢におり,連絡を受けてすぐに横須賀に駆けつけました」(甲63・2頁8行乃至9行目)との陳述は,亡くなったと知ってから横須賀に駆け付けているにもかかわらず,「私が祈るような思いで,横浜・横須賀道路をひた走っている時でした。そして,後になってわかったのですが,止まった時計が指し示していたのは,母が逝った時でした。」(乙99の134)とブログ記事に述べられていた事実とは自己矛盾しており,信用することができない。

 

 実際,原告は,原告の母親が亡くなる直前まで台湾旅行を楽しんでいたことをブログ記事で明らかにしている(乙99の106,同129,同211,100の23乃至同24)。

 

  すなわち,原告のブログ「料理冒険家『池澤ショーエンバウム直美』のグローバルキッチン」における「台湾の朝ごはんは・・最高にヘルシーな豆乳で @ TAIWAN」と題する記事(乙100の24・2009-10-05 08:41:34)において,原告は,「先週1週間は台湾で過ごし,月餅とザボンで中秋節の月を祝い,十六夜は日本でとばかりに,翌朝の昨日(引用者注:2009年10月4日),飛行機で日本に戻ってまいりました。」と述べている。同ブログにおける「ロングフライト後の定番とは・・・@JAPAN」(乙100の23・2009年10月8日09:36)と題する記事に原告が「海外旅行から帰って来た時,皆さんは何が食べたいと思いますか? 『お茶漬けが食べたい』『お寿司が食べたい』『おまんじゅうが食べたい』 友人にこの質問をすると,答えはバラバラ・・・ 韓国やベトナムなんて国は,案外としっかりお野菜を摂る事が出来ますが, 国によっては帰国後に身体が『野菜が食べたいよ~』と訴える時があります」と原告の母親が亡くなる日の朝であっても原告はブログを書いていた事実(甲12の14,乙126・別紙2の1・甲12の14)が認められる。

 

  このように,原告は,意図的に海外で過ごす時間を多く取るようにして,実母の看病や介護ひいては死を看取る行為を自ら避けようとしていたことが認められるのである。

 

 (2)について

 

(1) 認 否

 

ア 同第1段落について

 

   原告を非難しているとの点は否認し,その余は概ね認める

 

 同第2段落について

 

   不知ないし争う。

 

 同第3段落について

 

   否認ないし争う。

 

(2) 被告らの反論

 

  被告らは,原告の夫の病状,渡米・来日した経緯について,原告自身が書いた以下のブログ記事から読み取れる事実を前提事実として論評をしたものであり,その前提事実は真実か,真実と信ずるにつき相当な理由がある。

 

 原告の夫は,原告に従順であり,おつかい(乙112の1・資料第63号,乙100の125,乙99の85,乙100の18)においても,栗剥きにおいても(乙100の130),地下室への蟄居後の出版物に載せるための写真に使った冷えきった食事についても(乙99の25),来客に出したディナーの残り物をあたためるだけの食事についても(乙99の313),ひとりで開ける缶詰の食事についても(乙100の68),何につけ常に原告に言われるがまま従順に従ってきていた事実が原告のブログ記事に多数述べられており,そこから,原告が主導権を握ってきたことが認められる。

 

  そうであるならば,原告の夫が米国への移送を強く希望したとは考えられない。

 

  なお,原告は原告の夫が国際基督教大学に依頼されて夏休みの間にGLSという講義をする予定であったと述べているが(甲63・3頁),そのような事実は原告のブログには一切公開されていない。

 

  仮に,実際にそうした予定があったとすれば,原告の夫は,なおさら日本にとどまり体調の回復を待ったと考えられるであり,教授職を長く続けて来たプロフェッショナルな原告の夫の方から,日本において予定されている講義を前にして米国への移送を強く希望するとは考えられない。

 

 原告は,「原告の夫は手術をせずに済み,回復も早かった。」(原告準備書面(5)2頁14行目以下)と主張しているが,腸閉塞が死に至る重篤な病であり,発症当時の原告の夫の年齢が当時73歳直前(乙104の65・1939年8月15日生れ)であった事実からすれば,退院後も当分の間静養が不可欠であり,体調管理とその日の体調に配慮したうえでの世話や食事づくりが必要であり,その役割を担うべき立場にあったの原告であったことは当然である。

 

  原告は,「原告の夫が,原告に対し,様々な手続き等をしてほしいと依頼した」(同2頁16行目以下)とも主張しているが,様々な手続き等については原告のブログにおいては全く述べられていない。重病で入院していた70歳を過ぎた夫の看病以上にとり急ぎ優先すべき手続が日本にあったとは考えにくいのであり,それを理由に原告が日本に帰国したとは考えられない。

 

 原告の「月の下で花と木に囲まれて,ビールが飲めれば,,,,,」と題するブログ記事において,夫が「人間ドックに入るとなれば,通訳代わりにずっと付き添わねばなりません。」(乙99の93・2011年8月4日付)と述べられており,原告の後夫を東京で入院させると,原告が通訳代わりにずっと付き添わねばならなくなることを恐れた原告が,原告の夫に強く移送を勧めたと考えるのは合理的である。

 

 原告の「インディアナ点描3つのビックリ付き。」と題するブログ記事において,「インフルエンザの予防接種の進め(勧めの誤記と認められる。)です。夫はすぐさま申込み,簡単に個人情報を書き込み,あっと言う間にファーマシーの片隅でこんな具合。しかもメディケアという保険制度と年齢のおかげで無料です。」(乙99の339)と述べている。すなわち,原告の夫がメディケアという保険制度の対象者であり,米国の薬局において,無料で予防接種を受けられること,健康保険USAComにおいて「メディケアとは,高齢者と障害者のための医療保険で,国が運営するプログラムです。65歳になると,メディケア加入資格を得られます。<メディケア受給資格者>65才以上で,アメリカ居住5年以上の人(アメリカ市民権または永住権保持者)メディケアには下記の4つのパートがあります。パートA:入院費用をカバーします。パートAは,ソーシャルセキュリティー受給資格者(10年以上の納税者)か,政府機関で働き,規定のメディケアTAXを支った人などには無料です。」(乙104の235)と述べられていることからすれば,原告の夫が日本で入院すると高額の費用が発生するため,原告が強く勧めて米国に移送したと考えるのが合理的である。

 

 原告は,義理の娘であるセシリア氏に,重病で入院し退院して僅か4日目の夫の世話を任せて(乙100の40),築地での会食や花火大会の鑑賞などの目的で日本に帰国したと認められる。

 

  すなわち,原告は,自らの「If there is no other option~ほかに選択肢がなければ」と題するブログ記事で,「会いたい人たちもいます。」と述べている(乙99の108)。

 

  原告が食関係の打ち合わせと称して築地の鮨店で会食し「料理長は,まるで映画に出てくるようなきりりとしたいい男。職人さん風の厳しい表情が,ちょっとゆるむとまたいい男。男前の料理長が,こんなことを始めました。」と述べて,板長の実名と顔写真を2枚掲載して公開している(乙5の10・「江戸時代のお鮨」〔その後,一部削除し修正されている。〕)。

 

  その翌日も「さてさて『江戸時代』の男前の料理長,Mさんがカウンターの向こう側で,真剣な顔で始めたこととは?興味津々,つい身を乗り出して,,,そんなギャラリーにも,Mさんが丁寧に説明をしながらお仕事を続けます。やっぱり食べたい,M料理長の蟹です。来年はぜひ!」と述べられて,M料理長の顔写真を掲載している(乙5の11・「やっぱりブルークラブよりは日本の蟹が,,,」〔その後,一部削除し修正されている。〕)。

 

  さらに,原告が2年振りに開催された東京湾花火祭を鑑賞するために原告の次女である訴外WMのマンションで開かれた持ち寄りパーティにも参加していることが認められる(乙99の243・「幸せ瞬間首飾り~花火大会の夜」)。

 

 原告が夫を移送するにあたり,「家族ネットワーク」と称して原告の娘らや原告の次女の夫の母親に同行すべきかと相談し,全員から「行くべき」と告げられない限り重病の夫の移送に同行する気もなかったことと認められる(乙99の95)。

 

 被告らは,以上の前提事実から,移送のため渡米したのは,原告の夫の希望ではなく,原告の考えであり,帰国したのは,原告の都合によるものと論評したものであり,その前提事実は真実か,真実と信ずるにつき相当な理由がある。

 

 同「(3) 成城の家について」について

 

(1) 認 否

 

 同第1段落について

 

  被告ベラが夫に成城の家の建築費用を拠出させたと述べたことは認め,その余は否認する。

 

 同第2段落について

 

() 同第1文について

 

  不知ないし争う。

 

() 同第2文について

 

  認める。

 

() 同第3文について

 

  否認ないし争う。

 

 同第3段落について

 

  否認ないし争う。

 

(2) 被告らの反論

 

 原告が被告ベラに対して,「成城の家がなくなってしまったものですから」(甲31)と原告自身が知らせて来たことは事実である。

 

  また,被告らは登記簿謄本を取得し,原告と夫の持分が2分の1ずつである事実を知っており,「家屋は現存しており,土地についても30分の8は貴殿の名義となっております。」と,原告に対してメールで知らせたことがある(甲34・3頁)。

 

  また,原告のブログ「ナオミライクな日々」における「私のスピリチュアルスポット」と題する記事(乙99の78)において,原告は,「オックスフォード大学で教えていた夫が,かの地を気に入って,庭が小川につながった家を買ったのは,私と結婚する前のことでした。彼はここを終の棲家とするつもりだったのでしょう。」,「私たちはこの家にいつか住む夢をあきらめて,家具ごと売りに出すことに決めました。一枚一枚集めた絵,ひとつひとつ吟味した家具や絨毯やランプ。夫には多くの未練があったことと思います。全てを他人の手に委ねる決意をした時に,ひとつだけ,どうしても残しておきたくない物がありました。そして,私は,その物を大事に毛布にくるんで,抱きながら飛行機に乗ったのです。それがブッダ様でした。そして,今の私たちのこの家は,初めからブッダ様の居場所を決めて設計されました。」などと,原告自らがその取得の経緯をブログにおいて公開しており,終の棲家とするつもりでイギリスに家を買っていた原告の夫が「日本に家を持つことを希望していた」とは認められない。

 

  被告らは,これらを前提事実として論評をしているものであり,その前提事実は真実か,真実と信ずるにつき相当な理由がある。

 

 被告ベラが,「金目当て」の打算婚と記載した事実はない。ただ,「夫の肩書目当ての打算婚」(甲8の11〔2012年8月13日〕・記事オ)と述べたことはある。

 

  被告ベラが,そのように述べたのは,原告が原告の夫について「世界の名教授」,「世界的権威」であるとか(甲8の11,甲10の11,乙104の63),「国境なき知性」などと述べていること(甲10の8,乙99の236),原告が,原告の夫の肩書によって海外出張先に同行している事実を述べていること(乙4の51,乙99の267,乙100の10),原告が夫との生活を共同生活と述べており,原告のブログにおいて共同生活における不満がしばしば述べられていること(甲3の15,乙99の2,同27,同29),原告が夫との共同生活において超手抜き,手抜き,インスタント料理を頻繁につくり(乙99の25,同27,同129,同313,同314,乙100の17,同29,同77,同84,同86,同88,同89,同114乃至128,乙112の1・資料第63号),来客に出したディナーの残り物をあたためて出しており,原告の夫が「どうせ今晩もまた残り物でしょう?」と(乙99の313),原告が東京に帰国している時に「おそらく家ではたぶん缶詰を開けて食べているのでございましょう」(乙100の68)などと述べていることをそれぞれ前提事実として,「肩書目当ての打算婚」と論評しているものであり,その前提事実は真実か,真実と信ずるにつき相当な理由がある。

 

 同「4 孫の保育について」について

 

(1) 認 否

 

 同第1段落について

 

  概ね認める。

 

 同第2段落について

 

() 同第1文について

 

  不知ないし争う。

 

() 同第2文について

 

  概ね認める。

 

 同第3段落について

 

  否認ないし争う。なお,「受け付けた」は「植え付けた」の誤記と思われる。

 

(2) 被告らの反論

 

ア 原告の「『オバアチャン』になれた一日」と題する記事(乙99の113。その後,全文削除されている。)において,「肝心な時に居ないことが多くて,ちっとも助けにならないばかりか,孫もなかなかなついてくれない私」と述べられている。

 

イ また,原告の「あと一日! 頑張れザウルス,頑張れザウルスママとパパ」と題する記事(乙99の305)において,「食欲全開,好奇心全開,元気いっぱいのザウルス君(当時11ヶ月〔引用者注:原告の孫息子〕)のママ(引用者注:原告の次女である訴外WM)から,『ザウルス ダウン 熱 下痢 嘔吐』という一昔前の電報のようなメールが届いたのが13日,月曜日の夜のことでした。4月から保育園生活をスタートさせたばかり,日一日と母子ともに新しい生活に慣れ始めた矢先のことでした。続いて,深夜,『熱が39.2度まで上がってきたけど,なんとか寝てる。起こして救急に行くべきか迷っています。』そして翌火曜日早朝,『熱一晩下がらず。やっぱり私(引用者注:原告の次女)がお休みとって病院に連れて行きます。』」と述べられて,原告の次女である訴外WMが,会社を休みたくなかったため,原告に息子を看に来てほしいと黙示的に助けを求めるSOSのメールを送信したが原告が対応しなかったため,結局,訴外WMが休みをとったことが認められる。

 

ウ さらに,原告の次女の息子(原告の孫息子)が平成21年4月に孫が発熱した時,原告に何本ものSOSメールを送信して黙示的に面倒を看に来てほしいと伝えたが,「ママ来て」とは明確に伝えなかったことに藉口して原告が駆け付けなかった事実について,「飛んで行ったらいらぬ気を使わせてしまうでしょう。ふだんから面倒を見ているならともかく,小さな孫だって私の顔を見て,緊張したり,興奮したりしてしまうかもしれません。」と原告にとって都合の良い解釈が述べられている(乙99の305)。

 

エ 平成22年7月に原告の次女の息子(原告の孫息子)が発熱した時,「その後に何通かのメールが行き交い,結局わかったことは,孫息子が昨夜39度の熱を出したこと,保育園には連れていけないため,千葉からKさん(もう一人の祖母)が早朝の電車で急ぎ助っ人にやってきたこと」(乙99の113)と述べて,原告の次女が,原告に助けを求めず,原告の次女の夫の母親である義母のKさんに助けを求めていたことが認められる。

 

オ 以上の前提事実から,原告が肝心な時に面倒を見ていないと論評したものであり,その前提事実は真実であるか,真実であると信ずるにつき相当な理由がある。

 

 同「5 次女の夫のご実家とのおつきあい」について

 

(1) 認 否

 

 同第1段落について

 

  概ね認める。

 

 同第2段落について

 

  否認ないし争う。

 

 同第3段落について

 

  否認ないし争う。

 

(2) 被告らの反論

 

ア 原告が正月に合宿と称してKさん宅に宿泊し「『こちら母=ワタシ』は,『あちら母=娘のお義母さん』に甘えてまる投げです。」「『あちら母』の指揮のもと,かいがいしく働く娘部隊のそばで,役立たずな『こちら母』はただウロウロ。そして時折つまみ食い。続くは『あちら母』手作りの,それはそれはおいしい日本的おせち料理の数々。いいですねえ,,,,,何をかくそう,ワタシ,イタリア料理より好きです。一人で鉢を抱え込んで食べたいぐらい。」(乙100の101)と述べ,原告自らが次女の夫の実家に丸投げしていると述べている。

 

イ もらい物についても,原告は,「みんなKさんが編んでくれたものです。(不器用な私は編み物なんてとてもできません。)」(乙99の285)と述べている(乙120・24頁)。その他にもKさんからのもらい物について述べられている(乙126・別紙1の10甲11の6)。

 

ウ 原告のブログ「料理冒険家『池澤ショーエンバウム直美』のグローバルキッチン」における「女子力でますます素敵な寿司パーティー@TOKYO」と題する記事(乙100の39)において,原告が,原告の次女の義母に「適当に果物をお願いと言ったら,まあ,なんとこんな豪勢な結果となりました。」,「三越デパートの包装紙の大きな箱で,スイカ,メロン,梨,ブドウ,マスカット,巨峰,トウモロコシと枝豆が,寿司パーティの前日に届き」と報告している(乙120・25頁)。

 

エ 原告の次女である訴外WMのブログ「私,ワーキングマザーですが何か?」における「ザウママ実家のお正月☆」と題する記事(乙103の5)において,原告の手作り料理について,「かなりアブノーマルなメニューです」,「こんなかんじでザウママ実家のお正月はちと変わってます」「ザウママ家はいかれぽんち」と述べている。そして,そのコメント欄において,「私がいかれぽんちなのは実家のせいでした~,私の母,和食いまいち」,「私もしょうゆ味の和食,食べたくなることよ~!でも母の和食はイマイチ」,「うちはお雑煮さえもなかったしね。」などと述べている。

 

 被告らは,これらを前提事実として論評をしたものであり,その前提事実は真実であるか,真実と信ずるにつき相当な理由がある。

 

 同「6 前の夫との婚姻生活のこと」について

 

(1) 同「(1) 成城の家や車」について

 

 認 否

 

()  同第1段落について

 

   否認する。

 

()  同第2段落について

 

 不知ないし争う。

 

()  同第3段落について

 

    否認ないし争う。

 

 被告らの反論

 

  原告は,「被告等は,…建てる家の趣味や車の趣味を押しつけた旨記載している。」(原告準備書面(5)4頁),「前夫に趣味を押しつけた」(同4頁10行目)と主張しているが,事実に反している。

 

  被告ベラは,「世田谷の一軒家もベンツもZ(引用者注:池澤夏樹のこと)が好んで選んだものではあるまい」と述べたに過ぎず(甲9の2,甲12の4),原告はこれを曲解している。

 

(2) 同「(2) 食事作り」について

 

 認 否

 

() 同第1段落について

 

 否認する。 

 

() 同第2段落について

 

  不知ないし争う。

 

() 同第3段落について

 

  否認ないし争う。

 

 被告らの反論

 

  被告らが,「原告が料理を前夫に任せていた」と述べた事実はない,被告らは,原告や原告の次女が書いた()以下のブログ記事から読み取れる事実を前提事実として,「家事や夫の世話などひとりで家にいてしなければならない面倒くさいことが嫌い」(甲8の13),「家事を疎かにしている」(甲8の9),「家事が嫌いで遊びが好きな母」(甲8の14),「家事が中途半ぱ」(甲8の19),「毎日三度三度料理をし続けることは無理なのである」(甲8の21),「普通の和食がつくれない」(甲9の5,同9),「料理も面倒くさい。お弁当づくりも面倒くさい。だから,遠足のお弁当と夕食は,当時の夫であった池澤夏樹氏がつくっていたことが,次女のブログに書かれていた。」(甲9の12),「実は料理をするのが好きではない」(甲10の5)との論評をしたものであり,その前提事実は真実か,真実と信ずるにつき相当な理由がある。

 

() 原告の次女である訴外WMのブログ「私,ワーキングマザーですが何か?」における「ザウママ実家のお正月☆」と題する記事(乙103の5)において,原告の手作り料理について,「かなりアブノーマルなメニューです」,「こんなかんじでザウママ実家のお正月はちと変わってます」,「ザウママ家はいかれぽんち」と述べ,そのコメント欄で,「私がいかれぽんちなのは実家のせいでした~,私の母,和食いまいち」,「私もしょうゆ味の和食,食べたくなることよ~!でも母の和食はイマイチ」,「うちはお雑煮さえもなかったしね。」などと述べている。

 

() 「料理冒険家『池澤ショーエンバウム直美』のグローバルキッチン」における「拡大家族の祝宴 @ JAPAN」と題する記事(乙100の101)において,原告は,「『こちら母=ワタシ』は,『あちら母=娘のお義母さん(引用者注:原告の次女である訴外WMの夫の実母である訴外K氏のこと)』に甘えてまる投げです。『あちら母』の指揮のもと,かいがいしく働く娘部隊のそばで,役立たずな『こちら母』はただウロウロ。そして時折つまみ食い。続くは『あちら母』手作りの,それはそれはおいしい日本的おせち料理の数々。美しい仕上がりのお煮しめ。ホクホクとした里芋,味の染みた干し椎茸,こんにゃく,蓮根,鶏肉に花型人参。いいですねえ,,,,,何をかくそう,ワタシ,イタリア料理より好きです。一人で鉢を抱え込んで食べたいぐらい。牛肉と栗の煮込みです。とろけるように柔らかいお肉と,栗の甘さが最高のコンビネーションです。前日に長い時間をかけて煮込んでくれた『あちら母』,ありがとうございます。こちらは蛸のサラダ。と言ったって,私が作るようなオリーブオイルの地中海風とは大違い。蛸とキュウリとクラゲに,実にいい具合に醤油ベースのドレッシングがからまっています。まだまだありますが,ここはいったんお開きにして,,,,,次はいよいよ,『えっ!』と驚くお雑煮が登場いたします。」と述べている。

 

()  同ブログにおける「ハバを利かす贅沢雑煮 @ JAPAN」と題する記事(乙100の43)において,原告は,「お雑煮やっぱりいるかしら?」と,娘に相談したら,『いらない!あちらのお母さん(引用者注:原告の次女の夫の実母のこと)が毎年おいしいお雑煮を作るから,みんなでそれをいただけばいいよ。ママ(引用者注:原告のこと),どうせあんまり得意じゃないでしょ。』と軽く一蹴されました(笑)。」と述べられている。

 

()  同ブログの「初めてのおせち作り★楽しかった-!」と題する記事(乙103の6)において,「実は手作りのお節,食べたことさえありませ~ん」と述べられている。

 

() 同ブログの「やばい!まだお正月ですが何か?」と題する記事(乙103の23)において,「こんな和食,私の実家では出ないわ」と述べられている。

 

() 同ブログの「ティロピタキアで秋空ピクニック!?」と題する記事(乙103の26)において,代々木公園にピクニックに行った際のエピソードとして,「これが旦那の実家の味よ,うらやましいわ~おいしいわ~」,「ソーセージ,から揚げ,エビフライ こういうの,うらやましかったわ~」「小学生の時のお弁当には,ギリシャ料理が詰め込まれてました」「えぇ,ザウママ実家は相変わらずちょっとヘン」「そういえばザウママ実家のお正月もちょっとヘンだって評判(?)だったわ」などと述べられている。

 

()  原告の次女である訴外WMのブログ「私,ワーキングマザーですが何か?」における「初めての遠足で思い出しちゃった・・・」と題する記事(その後,全文削除されている。http://ameblo.jp/pink-boots/entry-11245734534.html#main)において,「小学校のときのお弁当,パパが作ってくれてね~ 」「帰ってパパに謝ったら,大笑いしてまたディナー作ってくれたなぁ  しかもお弁当とまったく同じメニューだったから,涙が出た」(「初めての遠足で思い出しちゃった・・・」と題する記事)と述べられて,原告の次女である訴外WMのお弁当のみならず夕食をも父親である原告の前の夫である訴外池澤夏樹が作っていたことが認められる。

 

()  原告のブログ「ナオミライクな日々」における平成22年(2010年)12月30日付け「山あり 谷あり」と題する記事(乙4の14)において,原告は,「『行きつけ』という場所があるとしたら,祖師ヶ谷大蔵の『宿場・祖師谷店』(乙112の10・資料第462号)です。『行きつけ』になってから,かれこれ20年近く立つかもしれません。これをお読みの皆様の中にも,『ああ,行った,行った』とか,『池澤に連れて行かれた。』という方々もかなりいらっしゃることと思います。」と述べて,原告がICUに勤務を開始した平成元年(1989年)ころ,つまり,前夫である池澤夏樹が沖縄に移住し別居する1993年(平成5年)以前から「一つ隣の駅」にある大衆居酒屋「宿場・祖師谷店」の常連客であったと述べており(乙120・204頁),原告が夜の食事を作らず仕事帰りに飲酒をして帰宅していたと認められる。

 

() 原告が原告の現在の夫と2人で食事をする時の料理において,手抜き,超手抜き,インスタント料理や残り物を提供していることが認められる(乙99の25,同27,同129,同313,同314,乙100の17,同29,同77,同84,同86,同88,同89,同114乃至128,乙112の1・資料第63号)。

 

()  原告が原告の後夫との食生活について,「『一日三回規則的に!』が理想的な食べ方だとしたら,私たちの食生活はひどいものです。『しっかり食べましょう』という朝もコーヒーだけです。食べると太ると単純に信じ込んでいる頑固なパートナーは昼も食べません。」(乙99の68)と述べられているが,事実に反する。

 

原告のブログ記事において,後夫が海外旅行中には常に原告と外食で昼食を摂っている事実が述べられており,日本でお寿司さんを家に呼んで開いたパーティの時や船上パーティでのランチ,出版記念パーティでのランチ,海外でのパーティにおいて原告の夫が昼食を摂っている事実(乙100の2,同14,同15,同29,同33,同39,同102,同103,111)があり,「雪の国からやって来た友とのランチ」と題する記事(乙112の1・資料第45号)においても「僕はそろそろ君たちの邪魔をしないようにひきあげるからね。」と,書斎に向かった夫を見送ったあとで またまた大盛り上がりの元ガールズトーク時間が過ぎていくのでした。」と述べられて,原告が,来客時だけは「昼も食べません」(乙99の68)と述べられていながら,夫の分もついでのように料理をして食事を用意した写真とともに原告の後夫が食べた事実が掲載されている事実,さらにお昼を食べないことにされている原告の後夫が「お昼にバスティーユに行くのはどう?どうせ今晩もまた残り物でしょう?」と述べられて(乙99の313),原告をランチに誘っている事実もある。したがって,原告が料理をするのが面倒くさいという理由で昼食をつくらないことをもって原告の後夫が食べないと都合よく公開しているだけであり,実際には原告の後夫は昼食を食べることを欲していると考えられるから,原告は料理が好きなのではなく,出された料理を食べるのが好きなのである。この事実については,原告のブログ「料理冒険家『池澤ショーエンバウム直美』のグローバルキッチン」における「それでも賑やか朝ごはん」と題する記事(乙100の61)において,「このメンバー,しょっちゅう一緒にあちこちへ行ってますけれどそのたびに思います。夕食も楽しいけれど,一緒に食べる朝食は格別だなあ,って。だってお夕食なら,別にお泊りしなくたって外のレストランでも食べられますものねえ。沖縄もハワイも河口湖も箱根も小田原も御殿場も,,,たくさんの朝ごはんを一緒にしてきました。」と述べて,原告の夫との朝食はコーヒーだけの原告が,旅行先や原告の次女の夫の両親宅に宿泊した際には朝食を食べていることが述べられている事実から明らかであり,原告が,自分でつくらなければならない朝食は原告の後夫が淹れてくれる珈琲で済ませて食べないが,海外旅行中の滞在先や原告の次女の夫の実家や宿泊先のホテルや旅館で提供された朝食は喜んで食べている事実があり,料理をつくるのは嫌いであると判断することが十分可能である。

 

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