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2016年11月21日 (月)

死者を利用した「死人に口なし」の責任逃れは、最も見下げ果てた罰当たりな行為であると知れ-『故人情報』を尊重せず、死者は安らかにそっとしておくべきとの自明性すらも喪失した、嘆かわしい狼藉(ろうぜき)者たち-

喪中葉書の舞い込む季節。

 


淡々と書かれた行間に寂寥感が漂っている。

 


薄墨で印刷された侘し気な和花の絵柄など見ながらそっと手に取れば、

 


送り手の空しさがしんと冷えた空気とともに伝わってくるようだ。

 


たとえ亡くなられようと、故人は、遺族の中で鮮やかに生き続ける。

 


時に生前よりもなお激しく強く迫り来て、こみあげる愛しさとともに、夢の中から、あの懐かしい声や立ち姿とともに、あの笑顔で明るく話しかけてくれては、目覚めて知るどうにもならない現実に嗚咽をこらえることもある。

 


誰もが故人に、もう一度会いたい、会って話がしたいと思っているだろう。

 


故人を愛してやまない者たち、特に遺族には、故人の安らかな眠りを護り、その名誉を傷つけられない自由と人権とがある。

 


こうした遺族の心情は「故人に対する敬愛追慕の情」として、法的保護の対象にもされている。

 


心ない者どもは勝ち誇ったようにこう言うだろう。

 


「ふん、死者にはプライバシーなどないのさ」

 


「名誉毀損は虚偽の事実以外保護されないよ」と。

 


だが、死者に関するプライバシーつまり、こんな言葉はないが、『故人情報』こそ尊重してそっとしておくべき情報であり、これらについて、必要性も相当性もなく、もっぱら、遺族たちに精神的苦痛を加えることを意図した攻撃目的で、みだりに侵害する行為は、不法行為を構成するものとして認められ、手厚く保護されるべきであろう。

 


一方で「故人に対する敬愛追慕の情」とは真逆の、正にその対極をいくような「死人に口なし」という非情かつ非道な行為を、いともたやすく実践する者が存在する。

 

 

「死人に口なし」とは、「死人は無実の罪を着せられても釈明することができない。また、死人を証人に立てようとしても不可能である。」とデジタル大辞泉が説明するとおり、卑劣で狡猾な、唾棄すべき、軽蔑に値する行為である。

 


http://dictionary.goo.ne.jp/jn/99528/meaning/m0u/

 


「無実の罪を着せられても」

「釈明することができない」

「証人に立てようとしても」などと、裁判用語を伴う説明がなされている。

 


つまり「死人に口なし」を利用した行為が、民事訴訟における訴訟資料において顕著であることを初めて知った。

 


亡くなられた権力者に一切の責任を押し付ける目的で、当然の如く故人の実名を訴訟資料に挙げて、故人を一方的に訴訟に巻き込み、何につけ都合の悪い時には当該故人の名声と肩書をフル活用し、悪用しては切り抜ける訴訟活動を、やり場のない憤りとともに、私は知ったのである。

 


「死人に口なし」を「
故事ことわざ辞典」で見てみようか。

 


【意味】死人に口なしとは、死んだ者に無実の罪を着せても、何の釈明もできないことのたとえ。

 


【注釈】死者は何も語れないので、何の証言も釈明もできない。口のきけない死者は生きた者の思うように利用されやすいということ。

 


【用例】「死人に口なしで、妻は死んだ夫のことを言いたい放題だ。あんな夫婦にはなりたくないものだね」

 


http://kotowaza-allguide.com/si/shininnikuchinashi.html

 


死者は何も語れないので、何の証言も釈明もできない。口のきけない死者は生きた者の思うように利用されやすいということ。

 


これだ。

 


これなのである。

 


ワルども、特に嘘つきどもは、どこまでも他者を利用してのさばり、生き永らえている。

 


利用価値のある者を口車に乗せておだて上げ、上手に動かして使い捨てするばかりがワルどもの手口ではない。

 


たとえ故人となられた死者であろうと、否故人となられたからこそ、思いどおりに動かし、好き勝手に利用して、あの方からこう言われました、あの方からああお聞きました、などと気楽に故人の実名をあげるとともに、故人の言動に全責任を押し付けて恥じないのである。

 


生前は「尊敬する」、「敬愛する」、「飛びぬけて素晴らしい」、「あこがれの」などともっぱら褒めそやし、持ち上げ、あからさまに褒め殺しにして、利用に利用を重ねてきていながら、それだけではまだ足りなかった。

 


死して故人となられてもなお解放せず、そっとしておいてさしあげることもなく、今度は「死人に口なし」を利用して都合の悪いことがらの一切を故人の口から出た言葉、故人の取った行動として、自分自身の言動については固く口をつぐむ。

 


そして,責任の総ては故人にあるとして押し付けて、安らかに眠っておられる何の罪もない故人の名を借りて、都合の悪い言動の実践者に仕立て上げて肩代わりさせて押し付けてしまう。

 


神をも畏れぬおぞましい行為である。

 


憤りと同時に言葉を失う。

 


ワルもここまで来ればたいしたもの。最上級と言えるだろう。

 


次から次へと繰り出される責任逃れ。

 


どこまでも自己を庇い擁護する肥大化した自己愛。

 


自己保身のためとあらば、汲めど尽きぬ泉のように湧き上がる豊富な悪知恵。

 


こうした悪徳の数々は一体どこでどうやって身に着けたのだろうと驚き入り舌を巻くばかりだ。

 


故人に責任を押しつける一方で、当の本人は別世界で発生している他人ごとの如く無関係を装い、無反省で、よく食べ、よく飲み、よく騒ぎ、枕を高くしてよーく眠っている無責任で嘘つきで見栄っ張りでとことんがめつくお金儲けに目が無いワルどもは、こぞって口が巧みで、世間を上手にだましながら、調子良く世渡りしている。

 


まことしやかな「死人に口なし」で切り抜け、何ごともなかったようにやり過ごして涼しい顔でスルーしていく、うわべだけキレイキレイの生き方が、誰からも見破られず、誰からもお咎めなしで、やすやすとまかり通って来たのだろう。

 


だから、これからも続けて行くだろう。

 


だが、少なくとも、この私が許さない。

 


「死人に口なし」を利用し実践するワルどもの見下げ果て腐り切った根性の醜悪さは、その事実を知られたが最後、いかに口先で綺麗ごとをさえずり取り繕おうと、誰も許しはしないだろう。

 


私はそう思っている。

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