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2015年7月16日 (木)

池澤直美氏が企画・運営を担当し、僅か3年半で閉室となった「恵泉銀座センター」の責任者・大槻邁氏は、元IBM社員だった!

本件訴訟に応訴する中で、私は、池澤直美氏が2006年6月から2009年12月まで企画・運営に従事していた、学校法人恵泉女学園「恵泉銀座センター」の責任者・大槻邁氏が、元IBMの社員であった事実を知った。

 


2007年4月15日、私は、池澤直美氏に、虚偽の事実が記載され公開されているプロフィールページ及びブログ記事の削除を求める同じ内容の手紙3通を、池澤直美氏の自宅ならびに三鷹の国際基督教大学の社宅および当時の勤務先であった「恵泉銀座センター」宛にいずれも簡易書留郵便で送付した。

 


いわゆる「事前の交渉」というものであった。

 


しかしながら、3通とも池澤直美氏が受領しなかった。

そのため、それらは総て返却されて拙宅に戻って来た。

 


恵泉銀座センター宛に郵送した簡易書留に至っては、何と到着が確認されていたにもかかわらず、後に
スタッフが一旦受領いたしましたが、当センターではお取次ぎいたしかねますのでご返送申し申し上げます。恵泉銀座センター責任者 大槻邁」とのメモが貼られ、印鑑が押されて、返却されて戻って来た。

 

R0191


一旦は受領した郵便物、しかも一通470円の郵便切手を貼って書留にして届けた郵便物を、恵泉銀座センターは、後になって簡単なメモ書きと印鑑を押しただけで、郵便料金も支払わずに突き返してきた。

 

これは常識では考えられない荒業だ。

 


差し出した郵便物が受領されたのは、宛先人である池澤直美氏が恵泉銀座センターに勤務するなどしており、その所在が確認されたからであり、まともな組織であれば、適正な郵便料金が支払われていて、宛先に正しく郵送が果たされた郵便物をそのまま返却することなど出来るものではない。

 


2006年10月25日、池澤直美氏の自宅に送れば「辣腕を奮った弁護士の夫から封筒ごと取り上げられてしまった」と夫のせいにし
たため、2007年には池澤直美氏の勤務先に送っても、責任者である大槻邁氏のせいにして、私が差し出した封書を受け取りもせず、読むことを拒否するのであれば、開封せずにそのままもっと大きな封筒に入れ直し、しかるべき郵便切手を新たに貼り付けて、郵便料金を支払い、再度拙宅に返送すべきであろう。

 


ところが、権力に物を言わせている者に限って、立場の弱い者は自分のために存在すると思いこんでいるから、自分たちより地位の低い者たちを顎でこき使うことに慣れているから、受領しておきながら、自己都合で
郵便ポストに投函したか或いは郵便局員さんを呼びつけて再配達させることなど何の気兼ねも遠慮もない。

 


IBMに
勤務をしていた時、自分の評価に直結する上司には平身低頭してにじり寄り、顔を近づけてそつなく対応するが、社員の座席を回ってゴミ箱からゴミを集めに来てくれる清掃の方に対しては、ゴミ箱の上に足を乗せて長々と電話をしたまま、清掃員の方が立ち止まって待っていても気づかない振りをして一向にゴミ箱から足をあげない人事部門所属の年配男性社員がいた。

 


たった一瞬足を上げさえすれば済むことではないかと思いながら見つめていた。

 


これに限らず、コピー機やトイレ、自動販売機等の修理に来てくださった方や、各
部門宛のメールが詰まっており、その後各部門の社員が出すメールの投函箱ともなるファスナー付きのトランク型のメールボックスを配りに来てくださった作業員の方、食堂でサービスをしている方、事務用品や印刷物を納入に来てくださった方に対するIBM社員の口のきき方や対応は一様に偉ぶっていてぞんざいであった。

 


低姿勢に過ぎるのも下心が感じられて醜悪なものだが、自分より立場が下と見た相手や、業者さんなどを自分の手足の様にこき使ってろくに御礼も言わず、相手の名前を知ろうとも覚えようともせずに「あそこの業者」「あいつら」などと呼ぶ様子からも、人を人とも思っていない傲慢さが透けて見えていた。

 


さらに恵泉銀座センターでは、電話番をしていたスタッフの磯崎和子氏とやらも池澤直美氏の従妹(いとこ)であった事実が後にわかった。

 


上記の事実から、恵泉銀座センターでは、組織ぐるみ・身内ぐるみで池澤直美氏を擁護していたとの実感が、さらに深まることとなった。

 


それにつけても、大槻邁氏が元IBM社員であった事実を知った現在において、私の封筒に貼られた同氏のメモと印鑑は、「俺は元『天下のIBM』社員だった人間」との著しい思い上がりと甚だしい勘違いの傲慢ぶりの表出と考えるようになった。

 


IBMに入社してからというもの、私は、権力や地位を笠に着て、自分の要求を他の社員たちに対して強引に押し通させて恥じない、驕り高ぶった者どもを嫌という程見てきた。

 


当時の私は、「これは『精神的レイプ』です」と何度も叫びながらそうした者たちと社内で闘ってきた。

 


それ程までに、誤った理屈を振りかざし、弱者を屈服させようとする者どもが、一部のIBM社員には存在したということだ。

 


こうした者どもが近くにいるだけで嫌悪感がこみ上げ背筋が震えた。

虫唾が走るとはこういうことかと実感させられた。

 


だが、これは、今にして思えば、必要な体験だったのかも知れない。

 


なぜなら、それまでの私は、家から3分の位置に存在した小学校時代にも、立教女学院中高でも、上智大学に在学中も、アラビア石油に在籍中であっても、苦手
とし、合わないと感じる人物こそいたものの、「ワルども」「悪党連中」等と呼ぶに相応しい、俗に言う「悪いヤツら」と接した経験はまったくなかったからだ。

 


「パワハラ」「セクハラ」という言葉すら存在しなかった当時、地位と権力に
ものを言わせて人を人とも思わない傲慢不遜な者たち、すなわち立場の弱い者を嘲笑い、思いのままに動かせようとし、抵抗する社員に対しては、その腹いせの意趣返しとして策を弄し、さらに深く陥れて、首尾よく社外へと追放する立場にあった者たちは、ターゲットとした社員を辞めさせた後で、「あの人は精神的におかしくなったんだよ」との決まり文句を、まことしやかに社内で吹聴し、蔓延させて終わりにした。

 


会社を追われた本人に直接確認をしたり、調査をする者など誰もいないからだ。

 


それが、IBM人事のやり方であり、習いであり、伝統であった。

 


積み重ねた悪行がたたって、有無を言わせぬ阿漕な人事のやり方が報じられるようになり、今でこそブラック企業と認定され、
悪名が浸透し、広く人口に膾炙するまでになったIBMだが、私が勤続していた当時は、押しも押されもしない超一流の優良企業、しかも外資系IT企業として名高く君臨しており、泣く子も黙る『天下のIBM』と呼ばれていたのだった。

 


六本木の美しい本社社屋に身を置きながら、腐った内情をもてあまし、心の中で悲鳴を上げていた社員は、決して私ばかりではなかっただろう。

 


IBMについて書き出せばとめどなく尽きないのでこれにて手を止めよう。

 


さて、池澤直美氏が企画・運営に携わっていた「恵泉銀座センター」の責任者であった大槻邁氏は、2004年12月から「NPO法人ゴールデンアカデミー」の理事をも務めている。

 


大槻邁氏は、IBMを経て、学校法人恵泉女学園の常務理事を務めていたと、「NPO法人ゴールデンアカデミー」・
プロフェッショナル人材のページに書かれている。

 

そしてそこには、IBMで私が秘書として関わっていた人事部門の直属の上司の名前が見つかったのだった。

 

社内にリストラ旋風を巻き起こし、推進深く関わったその人物は、驚いたことに、発起人・理事・監事のページにも大槻邁氏とともに名を連ねている

 

前述したように、「パワハラ」というわかりやすい言葉すらなかった当時、どれ程多くの社員たちが、この人物によって、然したる理由もなくそれぞれの首をはねられ、それぞれの生活を壊されてきたことであろうか。

 

自らは決して辞めさせられることのない安全地帯に身を置き、今日は、誰を、どんな理由で辞めさせるか、仕事に落ち度がなく、勤勉でしっかりしている真面目な社員であっても、自分の思い通りにならない社員を辞めさせるためには、いかなる策略で、どこの誰を使って、どのように退職へと追い込むかのシナリオを考えるのがこの人物の仕事の中心であったと言っても、決して過言ではなかっただろう。
 

http://www.npoga.org/

 

http://www.npoga.org/file/professionaljinzai.pdf


http://www.npoga.org/ga/045.html


http://www.npoga.org/ga/040.html

 


「NPO法人ゴールデンアカデミー」・
発起人・理事・監事のページには、株式会社パソナ グループ代表の南部靖之氏をはじめ錚々たる人物が名を連ねている。

 


IBMの人物は、歴代の人事担当者の中で、最も労働組合に所属する社員たちから嫌われていたことにおいても有名な人物であった。

 


労働組合の機関紙「かいな」の編集長を長年務めていらした年長者の男性社員は、「前任者の宮本さんは、組合の質問に動揺して顔を赤くしたり黙ってしまったりすることもあって人間味が感じられたりもしましたが、天野さんの上司は、眉ひとつ動かさずに嘘をつくことのできる最悪な人物です」と怒りに声を震わせていらした。

 

http://www.nikkeibookvideo.com/writer/1766/


宮本眞成(みやもとちかふさ)氏

 


一方で、2005年に国際基督教大学を退職した池澤直美氏は、在職中、就職相談室長を務めていた。

 


仕事柄、IBMに学生たちを就職させるため、IBM人事と接触を持つようになった池澤直美氏が、リストラの立役者であった私の上司と接触することは至極たやすかったと思われる。

 


IBMで首切りの音頭を取っていた中心人物であった某氏と大槻邁氏とが2004年から同じNPO法人の役員を務めており、そのNPO法人・ゴールデンアカデミーの所在地が、現在も銀座一丁目のMAC銀座ビルであり、2006年から2009年まで「恵泉銀座センター」が入居していた銀座4丁目の聖書館ビルと同じ銀座にあった事実からは、大槻邁氏と私の元上司であったリストラの立役者そして池澤直美氏とが集まりやすい環境にあったと言うことが可能であろう。

 

 

そして、池澤直美氏は、「陳述書」(甲49)で、私たち夫婦に対して、何のためにここまでするのかと考えあぐねる程、私道封鎖や通行妨害、騒音立て、虚報による警察への通報など、手を変え品を変えて絶えず嫌がらせを仕掛けて来た近隣住民の●●夫妻や●●3名らの存在について、少なくとも2006年11月から知り得ていたと池澤直美氏自身自らが陳述している。

 

2007年1月には、「当時私が仕事をしていた恵泉銀座センターに『一緒に戦ってください。』とおいでになりました。」(甲49・15頁)との事実を自ら証拠として陳述しており、「その後も何度かお会いして,ご一緒に警視庁やら●●警察に出向きました」(甲49・16頁)とまで述べた事実が存在する。

 


上記は正に衝撃の事実であり、こうした事実に鑑みれば、私たち夫婦が引っ越して来て移り住み、現在も住んでいる東京の家に、後から次々と引っ越して来ては、あからさまな嫌がらせを仕掛けて来て、本来誰もが安んじて過ごすことを望む生活の本拠地において紛争を起こし、かつてない警察沙汰、訴訟沙汰にまで拡大させた3名らは、いずれも、本件訴訟において私を内心快く思っていなかった事実を自身の「陳述書」(甲49)から明らかにした
池澤直美氏単独か或いは池澤直美氏と背後に控えた組織および人物の命令によって動かされていた工作員らであった可能性が極めて高いと言わざるを得ない。

 


なぜなら、後から引っ越して来た3名らのうち、一つの家族つまり2名は、病のため定職に就いていない夫と、幼児
(引っ越し当時子供はいなかった)を抱えて多額の借金を妻が女手ひとつで返済中という夫婦で構成されており、通常であれば、そのような環境にありながら、拙宅の真ん前に建てられた家に、多額の住宅ローンを組んでまで移り住むことは、あまりに無理があると思うからだ。

 


しかも、残りの1名に至っては、「お一人暮らしの老人の男性」(甲49・15頁)との池澤直美氏の言葉とは大きく乖離しており、実際にはスキンヘッドの大男で、プロレスの大木金太郎氏の如き屈強な体躯を持ち、眼光鋭く、傘を肩にかけるようにしてしばしば歩いている
恐ろしい存在である。

 


私道封鎖や通行妨害、下着姿での傷害未遂事件等犯罪まがいの行為は、もっぱらこのスキンヘッドの男に実行させるよう、明確に役割が割り振られてい
たと考えられる。

 


なぜなら、私たち夫婦が原告となってスキンヘッドの男を訴えた法廷で、老齢の被告
代理人高松滋弁護士が、スキンヘッドの男が生活保護受給者である事実を明らかにしたからだ。

 


したがって、3名らは「お金になる仕事」として、私たち夫婦への嫌がらせや拙宅への生活妨害を命じられたと私は判断している。

 


だからこそ、何の恨みもなく、仇もない私たち夫婦に対して、何ら躊躇なく、露骨な嫌がらせを次々と仕掛けることが出来たのであろう。

 


池澤直美氏は「陳述書」(甲49)で、3名らと直接面談した事実や一緒に行動していた事実を明確にしている。しかし、私たち夫婦への生活妨害にIBMが絡んでいたかどうかについては不明であり、仮に、元IBM社員しかも元人事に所属していた社員が後方で支援をしていたとすれば、それだけで池澤直美氏をいかようにも増長させたことと思う。

 


何せ、
IBM人事で高い役職にあった彼らは、他者を塵芥(ちりあくた)くらいにしか思っておらず、自分の思い通りにさせることができなければ、容赦なく卑劣な手を使うからだ。

 


IBM人事で中心となっていたワルどもが、仲間であるはずの同じ会社の社員たちを人間として尊重せず、モノとして好き勝手に動かしては高笑いをしていた頃、同じく人事で働いていらしたフィナンシャルプランナーの資格を持つ物静かな紳士●●氏は、「●●さんがしたことは大変なことですよ……」と、私の上司が社員たちの許可も得ずに、人事の子会社が利益を得るよう無断で実行した行為についての事実を知りながら、どうにもならない憤りを耳打ちされた。

 


また、「天野さんの感じのいい朝のご挨拶に元気をいただいています」と人事のアンケート用紙にお世辞を書いてくださった、同じ人事で働いていらした快活な●●氏は、「美しい花には蝶がやって来てとまりますが、●●の周りにやって来るのは、便所のハエみたいな連中ばかりだ」と顔をしかめておられた。

 

とかく、悪い奴らは、集団で、徒党を組んでやって来るのが特徴だ。

 


現実とは違うじゃないかと反論されるのを承知で映画を例に取れば、常にワルモノたちは人数をたのみにして、次々と大量に襲いかかって来る。

 


それに対して、ワルモノに敵対する人物は、たった独りで応戦するか、せいぜい他1名の相方がいる程度である。

 


「多勢に無勢」とは、対立する相手が大人数なのに対して、こちらが少人数の場合、勝ち目がないことを指す慣用句である。

 


だが、どれ程これ見よがしな結束ぶりを誇示していようと、いかに団結を打ち出して見せつけていようと、人間は所詮独りであり、人にとって最も価値のある心は、たったひとつしかない。

 


大切な、たったひとつの心を欺き、偽り通したいがために、強い力を持つ誰かの後ろに回って、護ってもらって、大きな組織や団体、所属するネットワークに縋って、支えられてもらわなければ、ひとりでは何もできない、心の自立が出来ない人間は、独りの時間が不安でたまらないだろう。

 


ひとりきりになった自分を、ひいては自分の心を抱えるのは自分だけである。


いくつもの取り繕いを重ねて武装しながら世の中を渡り歩いてきた結果つぎはぎだらけのパッチワークのようになった年季のいった偽物の魂を護ってくれる者など実際には誰もいないことに気付く日が、遅かれ早かれ必ずやって来るに違いない。

 


だから、多くの人間を巻き込み、強い権力者を頼って自分の立場を護ってもらいながら生きている者は、誰よりも孤独に弱い。

 


そうした者は独りきりの時間が恐ろしくてたまらなくなり、安眠や熟睡、平安な生活からは程遠い、不安で不安定な晩年を過ごすこととなるであろう。

 


私はそう思っている。

 


***

 

2009年4月10日「大人の贅沢~好奇心のクロスワード」より

http://blog.platies.co.jp/article/28379669.html

銀座の真ん中に、大人のための学びサロン 「恵泉銀座センター」 が設立されたのは今から約3年前のことでした。直前までは喫茶店だったガランとした何にもない部屋に、知人友人たちから不要となった椅子やホワイトボードや掃除機や時計までを譲り受けて、ともかくスタートさせて以来、私はずっとコンサルタントとして企画に携わり、ディレクターとしてここの運営に従事してきました。

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