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2014年12月23日 (火)

-その批判と怒りに資格はあるのか?!-忽せに出来ない問題をとことん糾弾せよ!-

誰かを批判する前にすべきこと。

 


それは、自己における普遍性の確認だ。

 


批判する相手が発した言葉や実行した行為を自分が実行したことはないか。

 


そして、これからも実行しないと言い切れるのか、それを確認することだ。

 


例えば、待ち合わせに遅刻ばかりするような、不届き者がいたとしよう。

 

そんな人間が「時間も守れないようなルーズな奴は許せない!」と批判する記事を書いたとしても論外であり、一笑に付されるだけであろう。

 

己の何たるかを知らない者が威勢よく他者を批判したところで、それは時間潰しの片手業に過ぎない。

 


これまでの人生において、自分は何を許せず、どんなことと闘いながら生きてきたのか。

 


ゆるがせにすることをよしとせず、固執し守り抜いて来た言動の規範、支えにしてきた心の砦とは一体何であったのか。

 


たった独りの人間の、ちっぽけな短い一生。

 

だからこそ、こんな醜いこと自分はしてこなかった、こんな酷いこと俺には出来ないと言い切れることを前提に、人生においてどうしても許せないこととは何か、それを見極めることだ。

 

許せない物事が明確となれば、普遍的な立場に依拠して、全身全霊で糾弾するしかない。

 


悪い在日さんと闘ってきてはいるものの、拙ブログ閲読者の中に、実際の私をご存知の方がいらっしゃるとすれば、私が差別や偏見から最も遠い人間である事実についてご存知であろう。

 


むしろ、差別を許さない立場で私は生きてきた。

 


薫陶を受けた恩師や先輩は存在すれども、権威に阿ず権力になびくことはない。

 


まったくもって金銭至上主義者ではない。


利益や恩恵によって動く人間とは一線を画している。

 


ケチ・吝嗇・強欲と言われたことはただの一度もない。


虚栄心が強いと言われたこともない。

 

欲がないねと言われたことならある。

 


余談だが、率先して人様からお金を集める人間ほど平素の生活においては財布を開く姿を見たことがないという者が多いようだ。


自分からは絶対にお金を出さないし、支払わないというがめつい者たちが多いように思う。

 


そもそも、募金でも寄付でもカンパでも、お金を出す人は、他の人たちからお金を集める前に、さっさと自分から自分のお金を出す。

 


私が寄付した一万円だの、貯金箱をひっくり返して届けたお金だのと、大袈裟に公開して触れ回ることもない。


つまり、善行が身についている人ほど、ことさらに騒ぎ立てたりはしないものだ。


私が常にそうであったように。

 


偉い人に媚びていると言われたこともなければ、貧しい人や実際に病で苦しんでいる人、学歴・職歴の無い人たちを馬鹿にすることもない。

 


「寄らば大樹の陰」、「長いモノには巻かれろ」は、大嫌いな生き方であり言葉である。

 


相手に権力者がついていようが、派閥や組織があろうが、そんなことで信頼してきた相手を裏切ることはない。


批判してきた相手のバックに大物がついていると知るや、途端に言葉遣いや態度をガラリと変えて寝返る行為などもっての外であり、最も唾棄すべき人種と蔑む対象である。

 


約束を破ることはしない。


たとえ待ち合わせで約束した時間であろうと、現地にはおおむね先に到着している。

 


誤解を恐れずに書けば、生真面目な勉強家であり、几帳面な努力家でもあると思う。

 


書き出せばきりがないが、こうした事実についても、多生の縁によって人生の交差点で私と袖擦り合った方々はご存知に違いない。

 


だから、私は、これから挙げる行為と人物に、怒りを覚える。

 


上手に他者に縋り、お涙ちょうだいの打ち明け話でホロリとさせ、上手に他者に甘え、上手に他者を利用する行為には反吐が出る。

 


役割を終えたと判断した人間を、カイロのように使い捨てては、歯牙にもかけず、ぬくぬくと笑顔で過ごしている者。

 


利益を得た後は、恩返しするどころか交わした約束を平気で破り、後ろ足で砂をかけて、後をも見ずに逃避する者。

 


反省と謝罪を求める正当な行為すら攻撃ととらえ、報復の材料にして猛反撃に転じる、自己愛の塊の如き驕った考え。

 


自らの非を認めるどころか、自己責任を取らずに逆ギレし、権力者に丸投げして隠蔽させたうえに、制裁まで加えさせる悪辣な行為。

 


助けを求めてやって来て長きに亘って世話になり、物心両面の援助を与えてくれた恩義ある相手に対して、お金に困っている者たちを手下にして水面下で徒党を組み、組織的・計画的に攻撃を加えさせる知能犯。

 


実際問題として、防犯カメラを増設しなければならなくなり、2006年12月にはボディガード会社の社員2名にご訪問いただき拙宅で相談しなければならなかった程、私たち夫婦の日常生活が脅かされ追い詰められた事実も存在する。


http://kogchan.asablo.jp/blog/2009/12/30/

 


根深い私怨をひた隠しにして、甘言・巧言の欺罔行為で陥れる、獣の如く狡猾な人でなし。

 


こうした悪人どもに騙されないよう強く呼びかけ警鐘を鳴らしていきたい。

 


なぜなら、悪党ほど善人ヅラの仮面をくっつけて巧みに生きているからだ。


それは、人を騙すことによって利益と恩恵を得るためである。

 


主人と私はごく自然に生きている。

 


それは、他者を利用する気持ちがまるでなく、他者を支配する必要性が一切ないからだ。

 


富裕層に擦り寄って、上手に甘えてまで、飲食をご馳走になり仕事を回してもらいたくもないし、大きな家に居候させてもらいたいとはまったく思わない。

 


お金持ちに見える人間に近寄って親しくなり、別荘オーナーを別荘フレンドとしてまで、配偶者の家族や親戚一族郎党から資金をかき集めてまで、多額の借金をしてまで、宝くじに当たらなくては手に入らないとわかっていながら、対抗意識と見栄から、無理を重ねてまで、別荘や家を手に入れようとは思わない。

 


がめつさ、がむしゃら、どちらもみっともない。


欲深い人間は自然と対極にある存在と感じる。

 


文字通り自然を愛し、自然に包まれてのんびりと英気を養いながら過ごす避暑地や温泉地には、自然な人々がよく似合う。

 


お金にもモノにも、地位や名誉にも、人間にも執着心のない風流な趣味人には、純粋に生きてきたご褒美として自然に別荘が与えられる気もする。

 


そもそも、人様に媚び、擦り寄ってまで、利益と恩恵を得る行為自体苦手で好まない。

 


だから、私は、これから記す行為と人間性が許せない。

 


最も許せない行為のひとつは、高齢者と最期に交わした約束を守らないまま、その高齢者が死を迎えた後で、実は約束をしていたが守らなかったなどと種明かしする、何の意味もない残酷極まりない行為である。

 


もうひとつは、気立てが良く信じやすい善良な人間たちにタカり、財物を交付させ無駄に消費させたうえ、恩返しをするどころか感謝や返礼のひとつもなく、一方的に内在させた害意と敵意によって倍返し以上の会稽を遂げる行為。

 


最も醜悪であり最低最悪であると言い切れるのは、困っている人々のために寄せられた預り金である善意のこもったお金を、好き勝手に徒銷し尽くして恥じず、直接促されても、反省も謝罪もせずにいられる厚顔、鉄面皮。

 


そして、こうした行為を繰り返してきていながら、権力者を使って巧みに隠蔽させ、明るみに出ないのをいいことに、誠実だの誠意だのと平気でのたまう腹黒さだ。

 


応訴作業と腸の病以外に何の不満もなく、夫婦二人の財力と協力によって、私たちに見合った暮らしを続けてきており、こぐちゃんに感謝し現在の生活に満足している。

 


私の怒りと批判は、暴言魔、虚言魔、さらに、それらの悪魔どもと結び付いた「権力」という名の「巨悪」へと向かう。

 


そして、怒り、批判するだけの資格がある。

 


私はそう思っている。

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