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2014年9月21日 (日)

読書の秋とは言うものの

ゆとりある老境に入った筈だった。

 


だが、年齢を重ねれば重ねたで、

通院。そして体調管理。

家事。雑事。整理整頓。

主人と自分の身の回り。

 


最後にやっと回ってくるのが趣味の時間だ。

 


若くて時間のある人は、できれば読書をしておくといい。

 


しかしながら、乱読も速読も、私はお勧めしない。

 


理由のひとつは「質より量」という感が否めないからだ。

 


誰かから回してもらった本や、出版社などから無料で与えられた、

しまいこんで忘れかけていたサンプル程度のタダの紙ならば

ふんふんと、小馬鹿にしながら、パサパサと、頁を繰るだろう。

 


だが、自分の目で選び、何らかのご縁があって手にした書物なら

きっと、内面の充実した友人と向き合って、語り合う時のように、

相手を理解しよう、相手の言葉をじっくり味わおうとするだろう。

 


一冊の書を読み、考えては立ち止まり、また読み返す行為を続け、

それによって、こころもとなく、薄っぺらい、幼い私の内面に、

少しずつ、何がしかのものが、蓄えられてゆく、実感があった。

 


それに対して、

「私は何冊も本を読んでいます!」と数を強調する読書家は、

読書をしている時よりも、一刻も早く本を読み終えて

「この本も読んだ!」と外に向けて公開する行為そのものを

求めているような、そんな気がしてならない。

 


本棚に本を並べて、「私はたくさんの本を持っています!」と

見せびらかしている読書家にも、自己の内面を豊かにする歓びよりも

外に向かって、有無を言わせず、自分が読書家であることを

認めさせようとして、浸透させようとしているとしか感じられない。

 


下品な言葉で表現することをお許しいただければ、

「本の百人斬り」とでも言えそうな安っぽさと

自慢気、得意気な支配感とが漂う。

 


Easy come easy go.

簡単に手に入るものは、すぐに出て行く。

苦労せずに読んだ本は、すぐに捨て置かれる。

 


「読んだ」と外に向けて誇示し発信する行為。

確かに「読んだ」には違いないかも知れない。

 


だが、その本によって、自分が何を、どう考えたか、

考えさせられたかが、自分の内面を深く重くさせる。

 


物事を深く考えること、そして、考えさせられること。

これが読書の大きな価値だ。映画もまた同様であろう。

 


僅かな時間で読み流せる雑誌のコラムであるとか、

娯楽として気分転換に読むための笑える楽しいエッセイならまだしも、

内容を確認しながら吟味熟読しなければならないような書物であれば、

読むために、ある程度の時間を要する。

 


最も尊敬する「理論政治学」の恩師は、ご講義を始められる前に

必ずひとつのことわざや格言を板書され、解説してくださった。

 


その中に

「読書百遍(ひゃっぺん)意(い)自(おの)ずから通ず」があり、


これは、


1.文意の通じないところのある書物も、百遍も繰り返して熟読すれば

自然に明らかになる。

乱読を戒(いまし)め、熟読が肝心であると説いた言葉。

2.他人に頼る前に、先ず自分でしなさいということ。


を意味する。

 


乱読や速読を売り物にする読書家は、他者が書いてネットに公開しているあらすじの解説やネタバレを含むストーリーを予め読み、書物の中身を先に知ってから、ざっと読んで終わりとか或いはまったく読まずに読んだことにしている可能性もないとは言いきれない。

  


だからこそ、乱読の戒めを説く
「読書百遍意自ずから通ず」

もうひとつの意味に、「他人に頼る前に、先ず自分でしなさい」と

他力本願を戒める教えが含まれているのではないだろうか。

 


読書は「読んだ!」で終わりではない。

むしろ、読んだ後から、何かが始まる。

否、何かが始まらなければつまらない。

 


私はそう思っている。

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