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2014年3月31日 (月)

可愛らしさを封印し、認められる実力を蓄えよ

3月が終わる。

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実力のある者とない者について、繰り返し報道され,

嫌でもその違いや差などについて考えさせられた月だったように思う。

 

実力のある者の報道とは、フィギュアスケートの選手たちであり

実力のない者の報道とは、ゴーストライターがいた作曲家であったり

コピーペーストで論文を作成したとの捏造疑惑の科学者であった。

 

実力のある者にあって、実力のない者にないのは?

などとクイズのように考えてみるとわかりやすいが、

 

実力のない者は安易に結果に飛びつこうとしており、

実力のある者は練習に次ぐ練習を重ねて結果を出す。

 

練習し、指導を受ける時間の長さに耐えられないのだろうか。

根気のある私は、お稽古ごとで受ける注意や厳しい練習が苦にならなかった。

親身になって指導をしてくださる先生方やお師匠さんにキレることなど考えられない。

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幼少時の日本舞踊で、最初に習った「雨降りお月さん」は、

大きく広げた傘から右、左と顔を出して踊る練習を繰り返し、

母親の前で褒めていただけると、子供心にとても嬉しかった。

 

書道に通った寺子屋のような塾には、男女の先生が高いお席に座っていらして、書いては前のお席まで持って行き、直していただいては席に戻り、正座をして書き又お持ちするという練習を繰り返して4文字総てに朱色の二重丸をいただくまで続けるというプロセスが楽しかった。固い墨を擦る感触も、黒褐色の文字を書くのも好きだった。

やはり二重丸をいただいた文字は、ハネ方も、伸ばし方も違うことに納得する。

自ら「この文字だ」と体得することが重要であった。

 

小学生の時は、4年生から選抜の合唱クラブに入れたことをきっかけに、3年間みっちり練習を積み重ね、音程が狂わないよう注意を払って来た。厳しい男の先生だったが、本当に音楽を、歌を、生徒を愛していらして、それ故の厳しさであったことが伝わって来たから、ダイナミックな指揮をなさるその先生を、全員が慕って、なついていた。

 

音楽の授業では、忘れ物をする生徒がいると、おデコをピンとされる通称「デコピン」の体罰が待っていたが、それでも全員がその先生を大好きで、音楽の授業が楽しみだった。

 

両親が亡くなったのと同じ年にその先生も亡くなっていらしたことを、後で小学校の同級生から知らされた私は、何年間も先生を探さずにお会いする努力を怠ったことを後悔した。

大人になったらぜひお会いしたいと切望していながら、小学校を卒業して以来一度もお会いすることが出来なかったことを。

 

中学から始めた茶道では、覚えることがとても多かった。

お教室で最年だった私は、御詰(おつめ)と呼ばれる末客や最上客のお正客(しょうきゃく)役を務めさせていただくこととなり、帰るに帰れず、お茶菓子やお干菓子も何度もいただくこととなった(笑)。

 

茶道では、袱紗(ふくさ)さばきから畳の歩き方、ふすまの開け方、お茶器や掛け軸、お菓子の名前まで知っていなければならないうえに、水差などお道具を持ってお茶室に入って行くのが結構重かったことを覚えている。お炭次ぎも、初釜も、お濃茶も、どこまでも奥の深い世界であった。

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現代は、即時性、即効性を求めるあまり、プロセスが省かれる時代。

どこに居てもつながる携帯電話やインターネットはその象徴であろう。

 

自宅に居てゆっくりしている時だけ電話で会話を楽しむのではなく

どこに居ても、その場で会話をしなければならないものだろうか。

 

電車内でもひっきりなしに指先を動かして画面を見つめている。


そこに思考はあるのか。

 

STAP細胞の小保方氏は、もしかすると、長年、努力に努力を重ねて、

それでも光があたらないことに嫌気がさしてきた頃だったのかも知れない。

 

リケジョ(理系女子)の星となって、マスコミの波が押し寄せていた時、小保方氏は

「嫁入り前だから可愛く撮ってくださいね」と、嬉しそうにお願いしていた。


その言葉に、純粋な研究者としては少し違うのではないか?と、僅かながら感じたのだったが、時代が違うのだろうとの思いから即座にかき消してやり過ごした。

 

ところが、やはり無理があったようで、小保方氏は、直ちに疑惑の人となった。

 

学問や研究の世界が厳しいことは言わずもがなであろうが、何の世界であろうと認められるまでには相当の時間が必要であり、相応の熟練熟達が望まれることは、認められたい、世に出たいと願う気持ち以上に心しておくべきことではないだろうか。



小保方氏はまだ30歳。


「可愛らしさ」を一時封印して、この醜聞をバネに、反省するとともに負けじ魂を発揮させ、研究一筋に邁進して、理系女子でも理系オバサンでも理系婆さんでもいいから再度輝く星として、不正や過ちを犯さず、研鑽を積み重ね、自信とともに堂々と登場してほしい。

 

 

焦らず、真の実力を蓄えてから世の中に求められて出て行くことが望ましい。

 

出たい、出たい、出して、出して、仕事をください、世の中さん、私を認めてください!という気持ちばかりが肥大してしまった努力なき出たがり・出しゃばり人間は、みっともないことこの上なしで、恥を知れ、もっと学べと言いたくなる。

 

何をやっても中途半端で大成せず、最後には親の七光りに縋ってまで仕事を得るとか、コネと媚びで世間を渡るしかないとか、自分の実力以外のことで他人の力に頼るばかりの借り物競争によって何とか世の中に出ているような者は、遅かれ早かれ落ちぶれるであろう。

 

その者は、フィギュアスケートの選手たちのように、その場で練習の成果を見せて感動を与えられるような修練を積んでおらず、スイーツを食べて少し太ったなと思えば、エクササイズなどせず、脂肪の溶解注射を打ってもらい、陽に焼けたと思えば、顔の色を白く見せようとして、レーザーをあてに行き、海外に出かけては、プチ整形を重ねて顔の輪郭を削るなど、外見すら自分自身ですべき努力を怠り、ヨガやダンスなどを続けて鍛錬することもなく、運動不足の怠惰な生活を送りながら、旺盛な目立とう精神を満足させるためなら何でもありの、クイック&イージーな活動を続けている。

 

教養を身につけるための習い事もせず、レッスンも受けず、月謝を納めて学ぶべき何物も持たず、勉強もせず、珍しく自分磨きをするというので、偉い、良かったなと思っていたら、何とエステに行ってヘッドスパを受けてきたといった、笑うに笑えない話もある。


内面を磨く努力を怠り、結果とお金ばかり欲しがる者に、春の訪れる日は来ないであろう。

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