« 芳一でも、ダンボでもない「聞く耳」を持とう | トップページ | 「活動自体に詐欺的要素を感じたらみんなに知らせましょう。」 »

2013年12月 2日 (月)

「一寸先は闇」・「明日は我が身」の心がけ

私は違う。

私はそうはならない。

 


神様にでもなったつもりなのか……

思い上がった女たちは

「自分が特別な存在」と信じて疑わない。

 


瞿然として目を瞠(みは)り、読み直させられたのは、

亡くなられた老女に対して、ある女が

私はあなたの享年よりも長生きする

といった意味の言葉を書いていたからだった。

 


よくこんなことが書けるものだ……そう思った。

 


若い女性が悲しみをこらえて、あなたの分まで生きる、

あなたの享年を追い抜けるように頑張るなどと、

自分を鼓舞するために書いた文とはわけが違う。

 


亡くなった老女と弔文を書いた女には差がついていた。

それは亡くなった老女が大金持ちであったということだ。

 


その老女の死を知った女は、内心勝ち誇った気持ちで、

私はあなたの享年をどんどん追い越していくとの傲りから

心のままに書いたのではないか。

 


そう思うと何と残酷なことか。

 


いつ、どこで、どう命を失うかは誰にもわからない。


それは、誰より丈夫であると思い込んでいる女とて同じことなのだ。

 


他人の病状についてこと細かな文章にする女もいた。

 

誰さんは〇〇病でこういう薬を服用しています。

誰さんは〇〇病の治療中でいつもこの薬を肌身離さず持ち歩いています。

誰さんは〇〇病で〇〇しました。

誰さんは〇〇の最中で〇〇〇を……

 


病名のみならず、症状や対処療法について書かれた私信のメールを

そっくりそのまま貼り付けて何度も公開する、極めつけの恥知らずな

別の女もいる。

 


同じことをされたら一体どう思うだろう……憤りが頭をもたげる。

 


難病の人や不治の病の人が周りにいる。


でも私は元気。

 


不幸のどん底にあると知らせて来た人がいる。


でも私は幸福。

 


これが冒頭に掲げた「私は特別」の女たちの言い草だ。

 


そんな立場など一瞬にして崩れる。

 


人生にはまさかという坂が確かにあり、

人生には反転が付き物だからである。

 

そんなことも知らずに、年ばかり取ってしまったという

人間性に一生若葉マークがついて回っているような、

自分は特別という根拠不在な自意識が抜けない女たちは、

 


「明日は我が身」

「一寸先は闇」

 


と心得て、人様の老・病・死は、明日に自分が受ける姿であり、

この瞬間は健康で幸福であっても、一寸先はわからないとの

殊勝な意識を備えることが必要であろう。

 


私は元気よ

言い放った翌週、動けなくなった女がいる。

 

友人の重病を材料にして悪趣味なこと。

 

思うそばから、まったく同じ病になった女もいた。

 

「私は違う」と思い上がることなかれ。

 


健康な時には、病弱な人たちを助け、励まし、

幸福な時には、思い悩み苦しんでいる人を支える。

 


実はそのために私たちはつくられたと思っている。

 


だからこそ、

 

私は健康。


私は幸福。

 


などと外に向かって大声で叫び、

 


人生に笑顔だけを求めている者は、

 


思いもよらない「反転」という波に足元をすくわれるであろう。

 


私はそう思っている。

« 芳一でも、ダンボでもない「聞く耳」を持とう | トップページ | 「活動自体に詐欺的要素を感じたらみんなに知らせましょう。」 »

天野ベラの人生論」カテゴリの記事

フォト

最近の記事

無料ブログはココログ
2017年3月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  

弘中絵里弁護士らが、妊娠及び中絶に伴う責任の事案で、905万9839円もの超高額請求!