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2012年7月22日 (日)

女三人寄れば悪口三昧?!-言う人・聞く人・悪知恵つける人

池澤ショーエンバウム直美氏と親しくしていた頃、つまり、離婚が成立するずっと前から池澤夏樹が立ち去って寄りつかなくなり直美氏と長きにわたって別居していた頃、直美氏と春菜ちゃん、そして次女の女3人だけで暮らしていた成城の家に行ったことがある。

家は散らかし放題で、足の踏み場もなく、掃除はまったくされていなかった。だが、私は親戚だからと考えて気にもとめなかった。部屋にはハムスターが飼われていた。

次女は、芸能界の話をするのが大好きだった。熱狂的な柴田恭兵さんのファンで追っかけをしていた。恭兵氏のご実家は魚屋さんをしていらっしゃるそうで、そのご実家までつきとめて行って来たと、はしゃぎながら話していた。

そのうちに、恭兵氏のキョの字も出さなくなったと思いきや、次の恋のお相手(笑)は、キムタクこと木村拓哉さんだった。次女は「拓哉」と呼んでいて、

その「拓哉」から、次女は顔を覚えてもらったそうで、満足気な様子ながらも、私なら当然といった感じで話していた。

ところが、独身でもない柴田恭兵さんと、当時独身で人気絶頂だったSMAPの木村拓哉さんとでは、ファンの量も違えば質も違った。「拓哉」には、既に強固な親衛隊らしきものが存在していたそうで、直美氏の次女は、そうした古くからの根強いファンの女性たちから睨まれており、両者は一時激しく対立しているようだった。

次女は、「拓哉が一番好きなのはこの私なんだ」と信じて疑わない様子だった。だから、他の親衛隊の連中は、悔しくて私に挑戦的な態度を取って来るんだといった立ち位置を崩さず、他の子たちなんか目じゃない、ぜ~んぜんたいしたことないのばっかりと、強気で他のキムタクファンを悉くこき下ろしていた。

長女の春菜ちゃんは、ふーん、へえ~、と言いながら頬づえをつき、次女の話を聞き流していることが多かった。学生時代の春菜ちゃんは、積極的に悪口には参加しないおとなしい子だった。

残る母親の直美氏はどうだったのかと言えば、「私の娘に限って負けることなどあってはなりません」と圧力をかけるばかりでなく、必ず具体的な悪知恵を次女にふきこんで、それを叩き込もうと、必死で熱弁を振うのが常であった。

「いいこと、そのグループのリーダー格の子ひとりだけと徹底的に対立して、その他の子たちにはナイスにふるまうの!そうして他の子たちを○○ちゃんの味方につけること。そうすれば○○ちゃんの勝ちよ!」といった調子で強く言い聞かせていた。

次女は色々な面で寂しかったことと思う。直美氏の関心を、春菜ちゃんから自分に向けるためにも、平素は傍にいない直美氏の愛情を得るためにも、直美氏の説く権謀術策を無批判で受け入れ、直美氏の教えどおりの処世術を身につけていったようだ。そんな次女の書くブログには、見事なほど直美氏の教えが具現化されているから怖ろしくなる。

ちなみに、「権謀術策」とは、巧みに人を欺くための謀(はかりごと)のことである。老獪で計算高く、損得のみで行動する直美氏と違って、次女には、今のところ積極的に他人を欺いてやれとの意図まではないように思われる。否、ないと信じたい。

直美氏の次女のブログに、つまらない小細工や、くだらないトリックを見つけた読者諸氏には、悪いのは、母親の池澤ショーエンバウム直美氏であり、次女はただ直美氏によって与えられた教育を忠実に守り、直美氏の教えに従って生きているだけであることを理解して、生温かく見守っていただければと思う。

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