2016年11月26日 (土)

一般社団法人日本秘書協会前理事長であられた故・石川愛氏に一切の責任を押し付ける、「法律事務所ヒロナカ」の弘中絵里弁護士が担当する、女子会的訴訟行為-その①-

平成25年11月7日付けで提出された池澤直美氏の陳述書(甲49・4頁7行目)には、

「『天野ベラのブログ』が理由であることをはっきりと告げて縁を切ってしまった人たちは次の通りです。

 

①吉川裕子さん(元ユニクック、グローバルキッチンメンバー)



②鈴木松子さん(大学講師、『グランマからの手紙挿絵担当』、グローバルキッチンメンバー)



③川嶋久美子さん(ベラさんから、いかがわしい商売をしていると名指しで言われた人、グローバルキッチンメンバー)



④松山章博さん(プラティア音楽院 院長)



⑤上原澄江さん(時計の仕事、いかさまと書かれた人)



⑥川上ひめ子さん(元ICU同僚、仕事のパートナーのひとり)



⑦真木まき子さん(美術展プロデューサー、グローバルキッチンメンバー)」

 



(引用者注:①~⑦の数字は私が付けました。)

 



と記載されて、1人の男性と6人の女性の実名が、肩書などとともに明記されており、公開法廷において陳述されました。

 



①~の人物は、全員が、池澤直美氏と長年に亘り公私共に特に親しい唇歯輔車の関係性にある方々ばかりです。

 


④の松山章博氏だけは面識があります。

 


なぜなら、池澤直美氏の長女である池澤春菜氏がまだ10代だった当時、成城大学のミスコンテストに出場するとのことで池澤直美氏から呼ばれた私が成城大学まで出向いた際、やはり池澤直美氏から呼ばれて会場にいらしていた松山章博氏を池澤直美氏によって紹介されたからです。

 


したがって、私は、④の松山章博氏以外の~③、⑤~の女性たち全員と面識がありません。

 


③の川嶋久美子氏とやらがいかがわしいご商売をしていらっしゃるのかどうかについては存知ませんので、「いかがわしい商売をしている」と名指しで記載した事実も公開した事実もありません。

 


⑤の上原澄江さんとやらにつきましては、池澤直美氏の2件のブログを検索しましても一度たりとも登場しておりませんから、実在する人物かどうかについてすら不明です。したがって、時計のお仕事をしていらっしゃるのかどうかも存知ませんので、「いかさま」と記載した事実も公開した事実もありません。

 


そもそも「
天野ベラのブログが理由であることをはっきりと告げて」、長年の友人である池澤直美氏とのご縁を切るということは、果たしてあり得るものでしょうか。

 


池澤直美氏を擁護するのが長年の友人というものではないでしょうか。

 


まして、池澤直美氏の2件のブログにおいて知る限り、①以外(⑤は不明)ほぼ全員が60代のご高齢者です。

 


そんなご高齢の方々が、残り少ない限られた人生において、わざわざ、
私のブログの名前をはっきりと告げて私のブログを理由に、長年の友人である池澤直美氏との縁を切り、池澤直美氏が主宰している会費制女子会「グローバルキッチン」に参加しなくなるとは考えられません。

 


見ず知らずの、無名の、専業主婦である私の「
天野ベラのブログ」との名称をはっきりと告げて、しかも「それが理由である」とまで告げて、長年の友人との縁を切ってしまうことが、出来るのでしょうか?

 


「天野ベラのブログが理由である」と名称をはっきりと告げる必要が、一体どこにあったのでしょうか?

 


率直に申し上げて、あまりにくだらないとしか言いようがありません。

 


縁を切りたいと思えば、黙って、離れて行けば、それで済むことです。

 


わざわざ「天野ベラのブログを理由に、あなたと縁を切ります」とは言わないでしょう。

 


ちなみに真木まき子氏は、平成24年2月をもって「実母に対する介護」を理由に、真木まき子氏が取締役であられた有限会社you and creamの活動を休止されたとうかがっております。

 


したがって真木まき子氏は、池澤直美氏と絶縁したのではく、単に疎遠になっていただけと考えられます。

 


そこで「天野ベラ(私)のブログが理由であることをはっきりと告げて、池澤直美氏と縁を切ってしまった人の一人とされている⑦真木まき子氏について、虚偽事実の適示であると裁判所に主張しました。

 


すると池澤直美氏の訴訟代理人である弘中絵里弁護士は、平成28年9月23日付け準備書面(1)において、

 


「訴外真木は訴外石川愛に対して,ブログのことを知り合いから知らされた,池澤直美とは付合わないほうがいい,グローバルキッチンにも行かないほうがいいと忠告した(池澤直美は,訴外真木の訴外石川愛に対する忠告内容を,訴外石川愛から聞いた)。それと同時に,訴外真木自身はグローバルキッチンに参加しなくなり,池澤直美氏に対し,メールや電話もしてこなくなった。 このような経緯から,池澤直美は,天野らのブログが原因となって,訴外真木は池澤直美との交流を絶ったものと理解した。」

 


と反論しました。

 


つまり

 


1.真木まき子氏は、ブログのことを知り合いから知らされた。

 


2.真木まき子氏は、故・石川愛氏に、生前、「池澤直美と付合わないほうがいい」、「池澤直美が主宰しているグローバルキッチンにも行かないほうがいい」と忠告した。

 


3.故・石川愛氏は、生前、真木まき子氏からの忠告内容2.を、池澤直美氏に伝達した。

 


4.真木まき子氏は、池澤直美氏に対してメールや電話もしてこなくなった。

 


5.池澤直美氏は、天野らのブログが原因となって、真木まき子氏が交流を断ったと理解した。

 


このような理屈をもって、真木まき子氏を「天野ベラのブログが理由であることをはっきりと告げて、縁を切ってしまった人たち」の一人として陳述し、証拠として提出することがまかり通ってしまうのでしょうか。

 


池澤直美氏ならびに弘中絵里弁護士の主張には、1.「ブログのことを知り合いから知らされた」と述べられているだけで、「天野ベラのブログ」と明記されてはいません。

 


「知り合いから知らされた」とのことですが、真偽の程も定かではありません。前記のとおり「ブログのこと」が私のブログかどうかについても判然としません。

 


「天野ベラのブログが理由であることをはっきりと告げて」どころか、「天野ベラのブログ」ともひと言も述べられておりません。

 


メールや電話もしてこなくなったからと言って、縁を切ってしまったとは限りません。

 


真木まき子氏は実のお母上様の介護に精一杯で、活動を休止されるほどお忙しく、時間が捻出できなかっただけだったのではないでしょうか。

 


しかも最終的には、「天野らのブログが原因となって,訴外真木は池澤直美との交流を絶ったものと理解した」と主張しており、いつの間にか、「天野ベラのブログ」ではなく、「天野らのブログ」と複数形に変遷し、主人と私のブログが原因となって、交流を断ったものと「理解した」に変遷しています。

 


これでは「
天野ベラのブログが理由であることをはっきりと告げて縁を切ってしまった(甲49・4頁7行目)とは言えないのではないでしょうか?

 


私が最も疑問視しているのは、一般社団法人日本秘書協会において、1996年~2006年の10年間、さらに2010年~2013年の3年間の合計13年間もの長きに亘り理事長職を務めあげられた程の名誉ある御方であられた故・石川愛氏が、70歳を過ぎられて、女子会におけるくだらない噂話よろしく、忠告を受けた内容つまり2.の内容を右から左に、そっくりそのまま忠告の対象者たる当の池澤直美氏自身に直接告げることが出来るものでしょうか?ということです。

 


池澤直美氏ならびに弘中絵里弁護士の主張において、故・石川愛氏が、2.の内容を池澤直美氏に伝えたとされる行為は、故・石川愛氏に忠告した、古くからの友人である真木まき子氏に対する裏切りに近い背信行為です。

 


何よりも

 


「池澤直美と付合わないほうがいい」

 


「池澤直美が主宰しているグローバルキッチンにも行かないほうがいい」との

 


忠告内容はあまりに直接的で配慮は微塵もありません。

 


もし2.の忠告内容を故・石川愛氏がそのまま伝えたとすれば、誰であれ気分を害することは火を見るより明らかであり、池澤直美氏が最も敬愛し、尊敬し、姉と慕い仰ぐ存在である故・石川愛氏の言葉としてはあまりにも無神経で、そぐわない言動であり行為であるとしか思えません。

 


しかも2.の忠告内容を、故・石川愛氏が、池澤直美氏に伝えたとすれば、その行為は、真木まき子氏への報復感情を惹起させるものにほかならず、たとえ報復感情に至らなかったとしても、故・石川愛氏にとって古くからの友人である真木まき子氏に対する悪感情を池澤直美氏に生じさせることは必至ですから、極めて危険かつ悪質な行為と思われるからです。

 


したがって故・石川愛氏による3.の行為が事実であったとすれば、それは、池澤直美氏と真木まき子氏との友人関係を分断させ、仲違いさせるに十分足る陰湿な行為であった事実は明確です。

 


しかしながら昼間から酒を煽り、くだらない馬鹿話で盛り上がって騒ぐような、幼稚で、チープで、お粗末な、品の悪い女子会の中心人物によく見られがちな性悪女の如き3.のような分別のない告げ口行為を、70歳を過ぎたご高齢で、お育ちもお家柄もおよろしく、地位も名誉もお金もおありで、思慮分別も教養もおありの、13年間も一般社団法人日本秘書協会の理事長という要職にあらせられた、故・石川愛氏が、本当に、実際に、行動にうつされたのでしょうか?

 


どう考えても私には信じられません。

 


しかしながら石川愛氏は既にお亡くなりになられました。

 


したがって「死人に口なし」ですから真実は藪の中です。

 


賢明な閲読者におかれましては如何お思いになられますでしょうか?

 


一般社団法人日本秘書協会の役員の方々による品格のある追悼文を拝読しても、故・石川愛氏が傑出したリーダーであられるとともに、細やかな心配りと深い思いやりのある御方であられたことが十分に伝わります。

 


決して池澤直美氏ならびに弘中絵里弁護士が準備書面において主張しているような女子会の延長の如きくだらない言動をなさる御方ではないでしょう。

 


私はそう思っています。

 


*****

 

石川前理事長追悼

http://hishokyokai.or.jp/pdf/jsa/tsuito.pdf#search='%E6%97%A5%E6%9C%AC%E7%A7%98%E6%9B%B8%E5%8D%94%E4%BC%9A+%E3%81%8A%E6%82%94%E3%82%84%E3%81%BF'

2016年11月21日 (月)

死者を利用した「死人に口なし」の責任逃れは、最も見下げ果てた罰当たりな行為であると知れ-『故人情報』を尊重せず、死者は安らかにそっとしておくべきとの自明性すらも喪失した、嘆かわしい狼藉(ろうぜき)者たち-

喪中葉書の舞い込む季節。

 


淡々と書かれた行間に寂寥感が漂っている。

 


薄墨で印刷された侘し気な和花の絵柄など見ながらそっと手に取れば、

 


送り手の空しさがしんと冷えた空気とともに伝わってくるようだ。

 


たとえ亡くなられようと、故人は、遺族の中で鮮やかに生き続ける。

 


時に生前よりもなお激しく強く迫り来て、こみあげる愛しさとともに、夢の中から、あの懐かしい声や立ち姿とともに、あの笑顔で明るく話しかけてくれては、目覚めて知るどうにもならない現実に嗚咽をこらえることもある。

 


誰もが故人に、もう一度会いたい、会って話がしたいと思っているだろう。

 


故人を愛してやまない者たち、特に遺族には、故人の安らかな眠りを護り、その名誉を傷つけられない自由と人権とがある。

 


こうした遺族の心情は「故人に対する敬愛追慕の情」として、法的保護の対象にもされている。

 


心ない者どもは勝ち誇ったようにこう言うだろう。

 


「ふん、死者にはプライバシーなどないのさ」

 


「名誉毀損は虚偽の事実以外保護されないよ」と。

 


だが、死者に関するプライバシーつまり、こんな言葉はないが、『故人情報』こそ尊重してそっとしておくべき情報であり、これらについて、必要性も相当性もなく、もっぱら、遺族たちに精神的苦痛を加えることを意図した攻撃目的で、みだりに侵害する行為は、不法行為を構成するものとして認められ、手厚く保護されるべきであろう。

 


一方で「故人に対する敬愛追慕の情」とは真逆の、正にその対極をいくような「死人に口なし」という非情かつ非道な行為を、いともたやすく実践する者が存在する。

 

 

「死人に口なし」とは、「死人は無実の罪を着せられても釈明することができない。また、死人を証人に立てようとしても不可能である。」とデジタル大辞泉が説明するとおり、卑劣で狡猾な、唾棄すべき、軽蔑に値する行為である。

 


http://dictionary.goo.ne.jp/jn/99528/meaning/m0u/

 


「無実の罪を着せられても」

「釈明することができない」

「証人に立てようとしても」などと、裁判用語を伴う説明がなされている。

 


つまり「死人に口なし」を利用した行為が、民事訴訟における訴訟資料において顕著であることを初めて知った。

 


亡くなられた権力者に一切の責任を押し付ける目的で、当然の如く故人の実名を訴訟資料に挙げて、故人を一方的に訴訟に巻き込み、何につけ都合の悪い時には当該故人の名声と肩書をフル活用し、悪用しては切り抜ける訴訟活動を、やり場のない憤りとともに、私は知ったのである。

 


「死人に口なし」を「
故事ことわざ辞典」で見てみようか。

 


【意味】死人に口なしとは、死んだ者に無実の罪を着せても、何の釈明もできないことのたとえ。

 


【注釈】死者は何も語れないので、何の証言も釈明もできない。口のきけない死者は生きた者の思うように利用されやすいということ。

 


【用例】「死人に口なしで、妻は死んだ夫のことを言いたい放題だ。あんな夫婦にはなりたくないものだね」

 


http://kotowaza-allguide.com/si/shininnikuchinashi.html

 


死者は何も語れないので、何の証言も釈明もできない。口のきけない死者は生きた者の思うように利用されやすいということ。

 


これだ。

 


これなのである。

 


ワルども、特に嘘つきどもは、どこまでも他者を利用してのさばり、生き永らえている。

 


利用価値のある者を口車に乗せておだて上げ、上手に動かして使い捨てするばかりがワルどもの手口ではない。

 


たとえ故人となられた死者であろうと、否故人となられたからこそ、思いどおりに動かし、好き勝手に利用して、あの方からこう言われました、あの方からああお聞きました、などと気楽に故人の実名をあげるとともに、故人の言動に全責任を押し付けて恥じないのである。

 


生前は「尊敬する」、「敬愛する」、「飛びぬけて素晴らしい」、「あこがれの」などともっぱら褒めそやし、持ち上げ、あからさまに褒め殺しにして、利用に利用を重ねてきていながら、それだけではまだ足りなかった。

 


死して故人となられてもなお解放せず、そっとしておいてさしあげることもなく、今度は「死人に口なし」を利用して都合の悪いことがらの一切を故人の口から出た言葉、故人の取った行動として、自分自身の言動については固く口をつぐむ。

 


そして,責任の総ては故人にあるとして押し付けて、安らかに眠っておられる何の罪もない故人の名を借りて、都合の悪い言動の実践者に仕立て上げて肩代わりさせて押し付けてしまう。

 


神をも畏れぬおぞましい行為である。

 


憤りと同時に言葉を失う。

 


ワルもここまで来ればたいしたもの。最上級と言えるだろう。

 


次から次へと繰り出される責任逃れ。

 


どこまでも自己を庇い擁護する肥大化した自己愛。

 


自己保身のためとあらば、汲めど尽きぬ泉のように湧き上がる豊富な悪知恵。

 


こうした悪徳の数々は一体どこでどうやって身に着けたのだろうと驚き入り舌を巻くばかりだ。

 


故人に責任を押しつける一方で、当の本人は別世界で発生している他人ごとの如く無関係を装い、無反省で、よく食べ、よく飲み、よく騒ぎ、枕を高くしてよーく眠っている無責任で嘘つきで見栄っ張りでとことんがめつくお金儲けに目が無いワルどもは、こぞって口が巧みで、世間を上手にだましながら、調子良く世渡りしている。

 


まことしやかな「死人に口なし」で切り抜け、何ごともなかったようにやり過ごして涼しい顔でスルーしていく、うわべだけキレイキレイの生き方が、誰からも見破られず、誰からもお咎めなしで、やすやすとまかり通って来たのだろう。

 


だから、これからも続けて行くだろう。

 


だが、少なくとも、この私が許さない。

 


「死人に口なし」を利用し実践するワルどもの見下げ果て腐り切った根性の醜悪さは、その事実を知られたが最後、いかに口先で綺麗ごとをさえずり取り繕おうと、誰も許しはしないだろう。

 


私はそう思っている。

2016年11月11日 (金)

人様からのお金で思いっきり楽しむチャリティイベントは最低最悪のタカリ行為-お饅頭に目が無い者に、お饅頭を集めさせることなかれ-

慈善活動になど平素は目もくれず、出すものは舌でも惜しむような手合いでありながら、災害の発生を機に、積極的に募金や寄付、義援金などの窓口となって人様からお金を集め、慈善活動への協力を広く呼びかけ、自ら社会的活動のリーダーに名乗りを上げて活動するような者は信用できない。

 


なぜなら被災地などで困っている人々にお金を送りたい、助けたいと本心から思うような人は、他人からお金をかき集めようとして、それが集まったら送りますと言う前に、黙ってさっさと自分のポケットから経済状態に見合うだけのお金を出すなり送金する。その方が早いからである。

 


もっと言おうか。

 


私の周辺について言えば、強欲で、しみったれで、財布の紐が固い、いわゆる「がめつい女」たちほど人様からお金を集めようとする。

 


人様のお金であれば景気よく使うが、ことご自分はと問えば、時折頭をかきながらペロリと舌だけを出し、軽い口ばかり出して来るという調子が良くて小ズルい輩(やから)どもである。

 


人様からの、しかも被災地に届けるためのお金をふんだんに使って、普段はおよそ立てないような大きな舞台を会場にして、何日にも亘って借り切り、人様のための、被災地に届けるための、困っている人たちのために届いたお金と知り得ていても、その貴重な人様からのお金をイベントにつぎ込み、自分たちばかりが目立っておいて、一緒に楽しい時を過ごせたのだからいいじゃないかと居直る姿は噴飯ものである。

 


他人の苦しみや悲しみに寄り添おうとせず、自分の快楽を求める生き方を通して来たような者であれば、本来の目的を見失うのは当然であろう。

 


こうした者に限って、自分の身に何かあった場合は大袈裟に騒ぎ立てて相談をしたり、知恵を借りたり、他人の力に縋ったりするのである。

 


9日、心臓病の甥がアメリカで心臓移植を受ける必要があるとして、募金への協力を呼びかけた記者会見の内容が『虚偽』と発覚した事件が報道されていた。

 
報道によれば、その女性は「注意欠陥多動性障害(ADHD)」だと言う。



今回私の嘘でたくさんの人に迷惑をかけたことを深くお詫びします
と謝罪はしている。

 


お金を集めるなら『子ども』がいいと思った
と説明しているとのことだ。

 

 

だが、この種の話はもっともっとたくさんあるに違いない。

 


今回の震災で孤児になったり、継続した治療が必要であるのに医療費が払えないという理由で病院を出なければならない子供たちのための募金
ですと言ってかき集めたお金を、経費が発生しましたとして、自分と自分の家族が目立つための活動に使い果たす行為も、虚偽といえるのではないのか。

 


イベントの
経費は必要最低限にして、売上高の残りは全部被災地に送りますと綺麗事を繰り返していながら、売上高より経費として多額の費用を使い果たした行為は、虚偽といえないのか。

 


チャリティイベントにおける売上金は、1円たりとも被災地に届かなかったのだから。

 


しかも代表となった人物は謝罪すらしていない。

 


さらにイベント後には被災地などどこへやらとばかりに酒池肉林の豪遊を繰り返した。

 


福引付きパーティにクリスマスパーティ三昧、5つ星ホテルの宿泊だ、外での飲み食いだと、これでもかと狂奔する姿を公開した。

 


そもそも人の善意や善行とは、災害発生を
奇貨居くべしとばかりに利用して、己の存在を目立たせようとする軽薄で派手好きな者とは相容れない。

 


奉仕は地道な活動であり、日々の生活に根ざした地味な心がけにある。

 


通院先の病院には、私よりご高齢の女性がエプロンをかけて、ボランティアとして受付の近くに静かに立っていらっしゃる。

 


次はどこに行ったらいいのか、これから何をしたらいいのか、初診の用紙はどこにあるのかなど、慣れない病院には不明なことも多い。


困った表情の患者たちが多数見受けられる。


病院であるからご高齢者が多い。

 

採血や検査で脱ぎ着をされた後の上着にお荷物がひっかかって落とされたり、支払いを終えられたばかりの小銭入れから釣り銭が飛び出したり、再診の診察券を入れる場所がわからなかったり、杖を置いて立ち去られたり、日傘をお忘れになったりする。

 


病院の中では主人や私も俄かボランティア職員になり、転がった硬貨を拾って差し上げたり、置き忘れられた品物を小走りで手渡しに行ったりする。

 


はっきり言おう。



金もうけ以外の面倒くさいことが大嫌いで、自由でいたいような者、口先だけで実行の伴わない綺麗ごとばかりさえずっているような者は慈善活動には手を出さずに遊びほおけていろと。


ほんの出来心で奉仕の場に足を踏み入れたところで大迷惑であるとともに、本気で活動している人たちの善意の呼びかけにまで疑義を持たれる原因の作出者となり、真摯に慈善活動を続けている団体にとっても、被災地の方々にとっても、有害でしかない存在だからである。


もっと言えば、いい加減な心ないやり方の一部始終を見せられることで、大いなる憤りと義憤をも覚えさせられるからである。



煎じ詰めれば、人一倍お金が好きな者にお金を集めさせるなということだ。



それは、お饅頭が大好きで目が無い者に、世界中のお饅頭を集めさせれば一体どうなるかを考えれば答えは自ずと明らかであろう。


子どものためとの名目で、人様からかき集めたお金を、何ひとつ困ってもいない己らのために使う、見下げ果てた恥知らずな者たち。

 
そして、悪いことをしたとの自覚すらない、良心を失った者たち。


そんな輩こそ最も軽蔑すべき存在であり唾棄すべき存在ではないか。



私はそう思っている。


*****

<心臓移植>虚偽の募金会見、女性が謝罪

毎日新聞 11/9() 20:33配信


 厚生労働省内で8日にあった、心臓病の児童が心臓移植を受けるための募金への協力を呼びかける記者会見の内容が、虚偽だったことが9日分かった。会見を開いた東京都内の女性(36)が虚偽を認めて謝罪した。会見の内容は、一部の新聞やテレビなどですでに報道されていた。

 女性は児童の親族。移植を支援する団体の代表として記者会見を開いた。児童が米国で心臓移植を受けるため、親族で5000万円を集め、あと1億5000万円足りないとして協力を呼びかけていたが、児童が病気ということ自体が作り話だった。



 女性によると、注意欠陥多動性障害(ADHD)のため今年5月に働けなくなり、生活に困窮し、うその募金を思いついた。10月に団体のホームページを開設したところ、支援者から記者会見をするようアドバイスを受け、引くに引けなくなったという。


 児童の両親には無断で、ホームページに児童の写真や作り話、寄付金の振込先を掲載し、記者会見を開いていた。両親は弁護士と対応を検討している。女性は報道各社や児童の家族に向けた謝罪文を発表し「食べていくにも困っており、父から『死にたい』と言われ、うその募金を思いついた。大変申し訳ない。寄付があれば全額返金する」とした。

【山田泰蔵】


http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161109-00000112-mai-soci

 

http://wadaitokimeki.blog.so-net.ne.jp/2016-11-10


http://ツイ.net/post-2486/


http://news-wakaru.com/archives/4511


http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/ann?a=20161110-00000013-ann-soci

2016年11月 7日 (月)

「綺麗事を言う人 かなりずるい人が居る。」-もっと早くこの言葉を知っていれば良かった!-

大昔に読んだ「美味礼賛」という本の言葉が印象深い。

 


「ふだん何を食べているのか言ってごらんなさい、そうすればあなたがどんな人だか言ってみせましょう」

 


普段おかしな料理ばかり食べている者は、おかしな人間であり、変わった料理を好む者はやはり変わった者なのであろう。

 


家庭における食事の内容も、小学校での給食や遠足でのお弁当や中学・高校でのお弁当のおかずなども教育の一環であり、食育は心身の健康づくりに重要な役割を果たしている。

 


或るご高齢女性のツイッターのお写真は、毎日のたゆみない食事づくりとその摂取の大切さを伝えてくれている。

 


正しい食事は正しい考えを形成すると日々立証してくれてもいるようだ。

 


この方のツイートは、ピリっとしたご提言を、ご自身の実体験から、自然体の文章で、押し付けがましくなく表現している。

 


例えばこんな具合だ。

 


綺麗事を言う人が横行するとその影で救われない人がいる。



綺麗事を言う人かなりずるい人が居る。



綺麗事を言う人は無視した方がいい。関わらない方がいい。

 


バシッと言い切っておられる。

 


正にそのとおりである。

 


https://twitter.com/kikutomatu/status/794957528475893760




https://twitter.com/kikutomatu/status/794959493217939456

 


ご年齢を重ねた方なればこその実体験を交えたツイートに共感する。

 


何より説得力がある。

 


実際に体験していないことは簡単には書けないと思うからだ。

 


説教についても激しく同意する。

 


人に説教する人大嫌い



https://twitter.com/kikutomatu/status/794636464155860992

 


ツイッターを見ていて醜悪に感じるのは、自分自身の欠点について知らず、仮想敵のごとく常にどこかの誰かに何かしら説教をしては一方的に噛みついている高齢者の姿だ。

 


それは月にでも吠えているとしか言いようのない空しい遠吠えを重ねている姿である。

 


説教の内容はと言えば、その者自身が抱えている最大の欠点にぴったりと当てはまっているのだが、悲しいかな当のご本人はそのことにまったく気づいてはいない。

 


自分自身の最大の欠点をあたかも他人事のようにとらえて他者の欠点として説教をし続けている姿は救いがたい。

 


ツイッター等で頻繁に他者に説教をしている高齢者において必要なことは、少なくとも自分自身が説教の対象ではないこと、自分自身はそうした者とは違うのかどうかについてくらいは十分過ぎるほど精査し確認したうえで公開するということに尽きるだろう。

 


年金の未納について「未納3兄弟」と他者を強く非難していた政治家に、自身の未納が発覚し、さらに次々と未納の事実が発覚した政治家連中の、あのみっともなさを思い出せばわかることだ。

 


そうでなければ「自分自身を知らない愚か者」との謗りを免れず、「自分が改善すべき点をいきおい他者に向けることによって目を背け誤魔化している臆病者」と思われることを覚悟しなければならない。

 


自分を知らない高齢者はえてして実体験に乏しい。

 


長い人生において、配偶者や子供など身近な人間との会話を疎かにして自分勝手に過ごしてきた者が多く、人間同士の心のふれあいによってしか感じとることのできない人情や温情といった情感に思いを致す機会を遠ざけてきたのではなかろうか。

 


冷ややかに心の中で自分との会話を交わすだけのひとりよがりな決めつけと独断で行動し、他者の心情には見て見ぬふりをして、やり過ごしてきた冷淡さが感じられてならない。

 


そうした者は学校や職場での人間関係におけるコミュニケーションを軽視してきた者が多い。

 


人と触れ合わなければわからないこと、それが人の「心」であり「情」である。

 


情報過多で「頭」ばかりが大きくなり、それに反比例して「心」は狭く小さくなり、「情け」などとうの昔にどこかに捨てて来たような者、そしてそんな自分の中にある、身の毛がよだつ程の冷たさに、気づいていない者がいる。

 


人間ドックを受診して体内の悪い臓器などについて詳細に知ることはできても、自分の内面に欠落している大切な何かを教えてくれる相手に恵まれなかったのだろうか、両親や教師や配偶者や友人知人などが授けてくれる辛くて苦い意見にはことごとく耳を塞いで排除し、背を向けてきた結果かも知れない。

 


自分についてよく知ろうとしない者は他人についてよく知ることもないだろう。

 


自分自身について知らず、多くの他人についても知らないような者が、説教をしたい者についてだけ的確に捉えて、正当かつ痛烈に説教をすることなど出来るわけがないと思うからだ。

 


仮に他人に説教をしているにしても、それは的外れの一方的な説教に過ぎず、理解と共感を呼ぶだけの説得力に欠けているのではないだろうか。

 


同じ高齢者でも、実体験に欠けたツイートは、マンションのモデルルームの皿や果物のようにただ置かれている静物画に過ぎず、空疎で何も伝わって来ない。

 


そういう意味で、貴重な実体験を踏まえて他者について語っておられる年齢を重ねられた方のツイートは、気取りのない日々の素朴な食事にも似て、湯気が立ち上ってくるような温かさが感じられるとともに、我が意を得たりとばかりに力が与えられる。

 


だからこそ、前述したご高齢女性のツイートは、誰からも愛されていて人気が高く、老いられてなお多くの老若男女とツイッターで楽しく会話を交わされることにより、さらに実体験を増やされて、多くの共感を呼び起こす豊かなご提言を配信してくださるであろう。

 


私はそう思っている。

2016年11月 3日 (木)

「法律事務所ヒロナカ」が高畑裕太氏事件の示談成立後に公開したFAX文書がもたらした被害女性への深刻かつ重大な2次被害-事実関係が確認できていない状況で、一方的に独自の見解を公開し、事件後産婦人科にまで行ったとの被害女性を追いつめ、精神的苦痛を深めさせた「法律事務所ヒロナカ」の弱者叩きは許されない-

それでも人権派弁護士率いる法律事務所といえるのか?!


「法律事務所ヒロナカ」が示談成立後に一方的な見解をマスコミに公開したFAXを読んで、私はそう思った。


その「法律事務所ヒロナカ」が請け負った高畑裕事件に関する「週刊現代」の記事が、先日来ネットに2件ほど公開されており、
被害女性の告白が掲載されている。

 


以下に抜粋しよう。


相手方の弁護士のFAXのコメント内容を知ったとき


全身から血の気が引くのを感じました


まるで私がウソをついたかのようなことが書かれていました


私が悪かったというのでしょうか。


なぜ加害者のように扱われるのでしょうか……。


二度目のレイプをされたような気持ち
です。


悔しくて悔しくて涙が止まりませんでした


示談後、加害者側の弁護士は一方的に強姦ではなかった。合意があった』というような主張をしていますが事実ではありません


真実を知ってほしいと思いました

 


http://gendai.ismedia.jp/articles/-/50023

 


開き直りともとれる加害者側弁護士のコメントを知り
、怒りを覚えます

 


http://gendai.ismedia.jp/articles/-/50077

 


「法律事務所ヒロナカ」に所属する加害者側弁護士らの一方的なコメントを知って、被害女性は、


「全身から血の気が引くのを感じた」

「ウソをついているかのように書かれた」

「加害者のように扱われた」

「二度目のレイプをされたような気持ち」

「悔しくて、悔しくて、涙がとまらない」

と述べており、


「法律事務所ヒロナカ」に所属する加害者側弁護士らの一方的なコメントについて、被害女性は、


「一方的に事実に反する主張をしている」

「真実を知ってほしいと思った」

「開き直りともとれるコメントを知って怒りを覚えている」

と述べている。


示談成立後に「法律事務所ヒロナカ」が一方的にマスコミに提出し公開したコメントに対する被害女性の憤りの深さが伝わる。


そして、現在の被害女性にとって、「法律事務所ヒロナカ」の不意打ちFAXによって与えられた精神的苦痛は、加害者である高畑裕太氏に与えられた肉体的・精神的苦痛以上に重く、深く、より一層苦しみ、悩まされているということがわかる。


そこで、矢も盾もたまらず、週刊誌に心情を吐露したことが読みとれる。


示談が成立した後で、わざわざマスコミに向けて、被害女性に何のことわりもなく公開した9月9日のFAXの内容が、高畑裕太氏事件の被害女性にさらなる追い討ちをかけ、より重く深い精神的苦痛を与えるということに、「法律事務所ヒロナカ」に所属する弁護士ら5名は、誰ひとり気づかなかったのか?!

 


被害女性にとって正にセカンドレイプであり深刻かつ重大な2次被害としか言えない行為である。

 


「自由人権協会」の元代表理事であり、人権派を標榜する弘中惇一郎弁護士が代表を務める「法律事務所ヒロナカ」としては、何よりもまず被害女性に配慮すべきであり、むしろこうした内容を公開することは人権侵害にあたり問題があると判断して、一般公開しないようFAXの送信を中止すべき立場にあったのではないだろうか?

 


芸能人や政治家など著名人の人権は過剰なまでに保護するが、無名の素人の人権は無視して配慮しようとしないのが「法律事務所ヒロナカ」のやり方と言わなければならないだろう。

 


しかも、示談が成立し、いわば双方において、民事訴訟でいうところの和解をした後になって、加害者を手厚く擁護するFAXを出し抜けに送信した行為自体、被害女性の裏をかく卑怯かつ卑劣な行為と言えるのではないか?

 

さらに、FAXには、「私どもは、高畑裕太さんの話は繰り返し聞いていますが、他の関係者の話を聞くことはできませんでしたので、事実関係を解明することはできておりません。」と述べられている。

 


依頼人の話だけを執拗に聞いており、肝心の被害女性の話は一切聞けていないと述べて憚らない。

 


そして、そのような状況をものともせずに「法律事務所ヒロナカ」は、一方的に下記の主張を公開した。

 

「しかしながら、知り得た事実関係に照らせば、高畑裕太さんの方では合意があるものと思っていた可能性が高く、少なくとも、逮捕時報道にあるような、電話で『部屋に歯ブラシを持ってきて』と呼びつけていきなり引きずり込んだ、などという事実はなかったと考えております。つまり、先ほど述べたような、違法性の顕著な悪質な事件ではなかったし、仮に、起訴されて裁判になっていれば、無罪主張をしたと思われた事件であります。以上のこともあり、不起訴という結論に至ったと考えております。」

 

私が被害女性なら、FAXに記載された内容を、名誉毀損で訴えるだろう。

 


事実関係の解明は出来ていない。

 


だがそんなことなどどうでもいいと言わんばかりである。

 


事実関係がどうあれ、つまり、真実がどうあろうと、依頼者である高畑裕太氏から話を聞いたとして、その結果、「違法性の顕著な悪質な事件ではなかった」との見解を一方的に公開している。

 


さらに、相手の話は聞くことができていないことを前提に、「私たちの知り得た事実関係に照らせば」として、何に照らしたかについての具体的根拠や合理的理由は述べない、当然ながら証拠も提出しないの『ナイナイづくし』で言い切り、強引に「違法性の顕著な悪質な事件ではなかった」と押し通しているのである。

 


告白記事にはさらなる酷い内容も公開されている。

 


事件後に被害女性が、
群馬大学医学部附属病院の産科婦人科に行って診察や採取などを受けていたことが記載されているのだ。

 


そのくだりを引用してご紹介しよう。

 


*****

 


自分がされたことを知人に打ち明けた瞬間、はじめて涙が出てきて、泣き崩れました。必死に我慢していたものが、一気にあふれてしまったのだと思います。私の話を聞いた知人は、

「それは明らかなレイプ事件だよ。傷つけられた人が我慢することなんてないよ」

と言ってくれ、被害届を出すようにアドバイスしてくれました。

しかし私は、警察に事情を説明することも嫌でした。そこで知人が、

「俺が警察に電話するから」

と言って通報し、そこで警察の指示に従い、ホテルに引き返しました。ホテルに着くと、すでに警察の方がいて、空いている部屋で事情を聴かれました。


病院に行くことになったのも警察の方からの指示です。

その際、「体内に(加害者の)精液が残っているのであれば、それは証拠になります。一緒に病院に行きましょう」

という説明がありました。

警察の車に乗り、女性警察官の方と一緒に群馬大学医学部附属病院の産科婦人科に行ったのです。

病院では、膣内に残っている精液を採取された後、用意されていたアフターピルを服用しました。

病院を出たのは、午前8時か9時頃だったと思います。その後、知人と一緒に前橋署に向かい、再び事情を聴かれました。

 

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/50077?page=2


*****


こうした経緯をふまえれば、第一に被害女性に与えられた肉体的苦痛はいかばかりであっただろうかと心底から配慮し、真に思いを致さねばならないだろう。

 
十分な休息とともに心身両面でのあたたかく手厚い時間をかけたケアが必要なことは私ごときが言うまでもないことだ。

 


「法律事務所ヒロナカ」には、弘中絵里弁護士と、渥美陽子弁護士の2名の女性弁護士が所属している。

 


いずれも10代・20代の小娘ではない。

 


事件後ただちに産婦人科に連れて行かれて、そこで、すぐさま受けなくて済む筈の受けたくもない診察を受けさせられ、さらには屈辱的な採取まで受けなければならなかったという事実関係について、「法律事務所ヒロナカ」の弁護士らは警察から説明されていた筈である。

 


女性として決して受けたくないことが明らかな診察であり、事件さえなければ決して受ける必要のなかった産婦人科での急な採取という事実関係までが存在したと記事は報じている。

 


被害女性が実際に体験したこうした事実関係について知り得ていながら、高畑裕太氏から何度も聴いた話だけに照らして、被害女性に合意があったと言わんばかりのFAXを公開したとすれば、弁護士としても、それ以前に、人間としても、最も大切な心が欠落したままで成長してしまったと言わなければならない。

 


FAXを読んだ被害女性は、どうにも我慢ができず、週刊現代に心情を吐露した。

 


つまり「法律事務所ヒロナカ」が示談成立後にFAX文書さえ送信しなければ、被害女性が新たにここまでの精神的苦痛を与えられることはなかったのである。

 


何のための示談だったのか?!

 


しかも、「法律事務所ヒロナカ」が不意打ちで一方的なFAX文書さえ送信しなければ、被害女性は、悪夢のような被害状況を振り返り、それらの一部始終を克明に記者に告白して一般に公開しなければならなくなるような事態を招くこともなかったのだ。

 


「法律事務所ヒロナカ」の5名の弁護士らは、自分たちの行為がいかに他人の心情を踏みにじるかを、事前に気づいて過激な言動を慎むことは出来なかったのだろうか?!

 


「法律事務所ヒロナカ」の弁護士らは、なおも下記の新たなコメントを10月14日に公開した。

*****

 

 週刊現代に掲載された記事について


 本日発売の週刊現代の記事について、高畑裕太さんの弁護人のコメントは以下のとおりです。


 週刊現代の記事では、被害者とされる女性は、平成28年9月9日付弁護人コメントにおいて、「性行為の合意があった」との見解を公表したと認識されているようでしたが、この点は誤解があります。


 弁護人コメントにおいて、弁護人は、高畑裕太さんにおいて、当時女性の拒否の意思を認識できておらず、合意があると思い込んでいたことから、仮に起訴された場合には、犯罪の故意を否定し、無罪主張をする事案であったという内容を説明しました。


 強姦罪の成立には、女性の反抗を著しく困難にして性行為を行うという客観的な要件と、強姦であることを認識しながら行為をするという強姦の故意という主観的な要件が必要です。弁護人コメントは、被害の主観的な要件について特に言及したものです。


 また、週刊現代の記事に記載された女性のお話は、弁護人としても初めて認識したものであり、当方が認識している事実関係とは異なる点も多々ありますが、この女性のお話を前提としても、初期段階で多数報道されていた「手足を押さえつける」という暴行を行ったとする内容と、「電話で歯ブラシを持ってくるよう呼びつけた」とする内容は含まれておりません。


 また、記事において、女性は高畑裕太さんの目つきが怖かったこと等を理由に大声を上げるといった抵抗はされなかったとお話しされていますが、この点も例えば「騒ぐと殺す」と脅迫する、口を押さえつけるといった男性側が当初から明らかに強姦であることを認識している事例とは異なるものです。女性のお話によっても、このような明らかな暴行や脅迫は認められないものと認識しています。


 いずれにしても、弁護人の見解としては、平成28年9月9日付の弁護人コメントから変更はありません。


 高畑裕太さんについては、逮捕から不起訴釈放に至るまで、連日のように事実誤認を含む報道がされたうえ、既に大きな社会的制裁を受けております。これ以上の過剰な報道は慎んで頂きますようお願い致します。


平成28年10月14日


弁護士 渥美 陽子


弁護士 小佐々 奨 



(引用者注:テレビ放映されたFAXの文字が不鮮明なため、誤記があるかも知れません。)

 

*****


被害者はどちらなのかと言いたくなるような、木で鼻をくくった文章である。

 


過剰な報道は慎んでくださいと結んでいるが、約1か月前の9月9日に「過剰な報道」に拍車を掛けるような一方的な内容のFAXを送信したのは、ほかならぬ「法律事務所ヒロナカ」ではないか。

 


そもそも加害者の行為は社会的制裁を受けて当然であろう。

 


「法律事務所ヒロナカ」には紛争を平和的解決に導こうと努力する姿勢がまったく感じられない。

 


「法律事務所ヒロナカ」のこうしたサディスティックなやり方に直面して強い憤りを覚えているのは、決して被害女性ばかりではない。

 


相手から巨額の「お金」を奪うぞと恫喝するか、相手に巨額の「お金」を与えさせるなど巨額の「お金」だけをもって事件を解決しようとしているように見えてならない。

 


その結果、人間にとって最も大切な「心」と「情」つまり人間の「心情」が置きざりにされることとなる。



「法律事務所ヒロナカ」は、著名人や政治家、成金を含む「お金」のある者、権力を有する者たちなど、社会的強者は過保護に遇する。

 


その反面、何の力も無い者や無名な者など、社会的弱者への情け容赦はない。

 


心ない姿は今のところ表沙汰にされていない。

 


しかしながら、今回の「週刊現代」のように、名も無く、力も無い被害女性のインタビュー記事などが出回ることによって、「法律事務所ヒロナカ」の非道かつ非情な実態を知る者は確実に増える。

 


「法律事務所ヒロナカ」の普通ではないやり方が世間一般に知れ渡り、広く人口に膾炙して、心ある人々から強く糾弾される日もやがて訪れるのではないか。

 


私はそう期待してやまない。

 

2016年10月30日 (日)

フォトギャラリー-ペントハウスでリラックス-

人生わからないものですね……

 


この年になって、私たち夫婦は、裁判資料鋭意作成中?につき、

 


睡眠時間が1~2時間しか取れない日もあります。

 


そんな暮らしの中、私たち夫婦が好ましく感じているホテルで

 


本館が無くなってからの宿泊時に、いつもリクエストしている

 


ペントハウスの写真等を今年上半期の話題としてご紹介します。

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私のお気に入りは「山里」での朝食です。


早く食べたい一心で、新聞は置いているだけみたいですね。

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お腹いっぱい。よりいっそうご機嫌な、嬉しいお顔になりました。

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やっと新聞も読めますね。

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エレベーター前には、ソメイヨシノを出し抜くように

 

梅の終わりが待ちきれない、出しゃばりでせっかちで

 

目立とう精神旺盛な、3月の早咲き桜が飾られています。

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お好みのホテルで思いっきりリラックス&リフレッシュ。

可愛い主人とその妻=私たち老夫婦からのお勧めです。

 

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2016年10月 7日 (金)

あなたの義憤を眠らせるな!-弘中惇一郎弁護士に懲戒を申し立てた、日本最強の弁護士?!-

「法律事務所ヒロナカ」をまったく恐れず、確実に勝てる弁護士とは?

 


私なら真っ先に澤藤統一郎弁護士の名前を挙げるだろう。

 


弘中惇一郎弁護士に対する懲戒請求に踏み切ったことを、澤藤統一郎弁護士は、ご自身の過去のブログ「澤藤統一郎の事務局長日記」における高額賠償提訴という業務妨害戦術」と題する記事において公開している。

 


高額賠償提訴という業務妨害戦術」と題する記事の
文中には、「腹に据えかねるところがあった」,「やはりこのままでは捨て置けない」,「もちろんあきらめない」,「許せない」などと述べられており、筋の通った、重みのある、立ちのぼるような義憤が、歳月をものともせずに伝わってくる。

 


懲戒請求のハードルは高い。

 


弘中惇一郎弁護士に対する澤藤弁護士らの懲戒請求は認められず、決定に対する異議申し出も棄却されたと公開されている。

 


http://www.jdla.jp/cgi-bin01/jim-diary/sd_diary_h/200410.html

 


だがそんなこと問題ではない。

 


問題は、請求や申し出が法曹界関係者に認められるかどうか、棄却されるかどうかなど、相手の顔色や采配の匙加減をうかがい結果を気にして自らの行動を控えてしまうような、その程度の矮小なことがらとはまったく別のところにある。

 


「こんなことまでされて、到底、許すことなどできるものではない」と強く唇を噛みしめる自らの尊厳、「できることは何でもやっていこう」と奮い立つ固い意思、揺るぎない決意である。

 


その怒りや憤りすなわち義憤がどれ程までに真剣で、どの程度の力で漲っているかということである。

 


民事訴訟を提起して、訴訟活動であることに藉口して、大ウソや捏造を、これでもかとばかりに訴訟資料に羅列されて応訴活動を余儀なくされた者たちが、それらの文字を「さあ読め!」と義務を課せられることの、何と横暴であり、何と理不尽なことか

 


読まない自由や人権はないのだろうか?!

 


ふつふつと湧き上がってくるのは、民事訴訟を悪用した暴力的な訴訟活動つまり訴訟活動の名を借りた攻撃目的の言動に対する果てしない義憤であり、長く続く微熱のような不快感を伴うやりきれない義憤である。

 


それは「キレた」「チョームカつく」といった一過性の刹那的な無差別ヒステリー症状とは異質の、威厳ある義憤である。

 


義憤とは「
道義に外れたこと、不公正なことに対するいきどおり」である。

 


いま感じている憤りが真実であるならば、決して眠ることはない。

 


そしていま感じている義憤を断じて眠らせてはならないのである。

 


平成28年(2016年)10月6日、「DHC・SLAPP訴訟」において、澤藤統一郎弁護士の勝訴判決が確定された。


さぞお喜びのことであろう。

 


10月6日のブログ記事で、澤藤弁護士は、下記のように述べている。

 


「私の言論は、その内容において政治とカネをテーマとする典型的な政治的言論であり、強者の横暴を批判する言論であり、消費者の利益を擁護する言論であり、社会的規制を無用とする乱暴な行政規制緩和論を批判する言論であり、かつ民事訴訟を強者の横暴のために濫用してはならないとする言論にほかなりません。憲法21条は、まさしく私の言論を擁護しなければなりません。」

 


表現の自由とは、誰をも傷つけない言論の保障ではありません。無害な言論なら保障の意味はない。私のブログの表現は、DHC・吉田を攻撃して、打撃を与えているが、そのような言論は憲法21条が保障するところだということなのです。公権力を持つもの、公権力に関わろうとする者、社会的な影響力を持つ強者が民の側からの批判の言論を甘受すべきは当然のことなのです。」



太字にさせていただいた箇所は特に素晴らしい。

 


我が意を得たりと胸のすく、力強い筆致である。

 


http://article9.jp/wordpress/?p=7524

 


「SLAPP訴訟」の定義には諸説あろうが、具体的には、

 


①社会的な影響力を持ち、権力や人脈を有する強者が、

 


②弱者である相手が公開した、強者にとって都合の悪い批判の言論を、

 


③弱者の口を封じて黙らせ、今後一切強者について書かせなくする目的で、

 


④直接の抗議や削除請求など事前の交渉は眼中にないから割愛し、

 


⑤オフィシャルサイトや数件のブログを公開していたとしても、強者はそこからの対抗言論を一切差し控えて公開せず、

 


⑥相手の言論が委縮しては、請求金額が減ってしまうから、相手が書いた記事を強者やその弁護士らが読んでいることを決して知らせない目的で、旅行や食事などのブログ記事を毎日公開するなどして、強者が訴訟準備中であることをおくびにも出さず、長きに亘りだんまりを続けて、出来るだけ相手に多く記事を書かせて記事の数を増やさせておいて、

 


⑤いきなり民事訴訟を提起して、ぶ厚い訴状を叩きつけ、相手の記事が原因で仕事を依頼されなくなった、友人たちを失った、会社を閉鎖した、たび重なる無言電話がかかって来た、夫宛に嫌がらせの英文の手紙が数通届いた等などと、言いがかりの損害をいくつも追加して、

 


⑥ふつうではない金額を算定し設定して、好き勝手な超高額のお金を請求し、(年金生活者であり無名の老夫婦である私たちの場合は、前後訴訟併せて何と
6千万円!が請求されている)

 


⑦気に入らない相手を恫喝して、脅かし、強者にとって都合の悪い言論の委縮を謀る、不当きわまりない民事訴訟。

 


私はそう思っている。

 


http://beraamano.cocolog-nifty.com/blog/2015/08/post-6590.html

2016年10月 1日 (土)

あなどれません。声なき声……-「ダーティハリー」と「キューティハニー」-

鏡の前の椅子に誰かが座っていたためしがない。

 


そんな美容院だった。

 


たまに通りかかる道に面した、うなぎの寝床のような細長い店。

 


店内に長い髪の女性がひとり。経営者だ。

 


誰も来なくていいわよ。そんな顔つきだった。

 


やさぐれたオーラをチラチラ発して強がりを見せてはいた。

 


だが私は感じていた。本当は来てほしいのでしょう?

 



独身時代の私は道楽者だった。

 


贔屓にしている美容室やエステならいくつもあった。

 


だが、たまに立ち寄ってみるのも悪くはないだろう。

 


そう思い立って入って行った。ふらりと。

 


酒場のスウィングドアを開くガンマンのように。

 


長い髪のやせた女性はさして嬉しそうな顔も見せず

 


「いらっしゃい」とゆるく言った。

 


私自身、話すのが嫌いとは言えない。

 


何よりも人を笑わすユーモアには密かに自信がある。

 


婆さんになった今では何の得にも自慢にもならないが、

 


高校時代には、文化祭の出し物を一手に任されて、校長先生を初参加させ、
卒業生を送る会のシナリオを書いて舞台に立ち、生徒会の応援演説で熱弁を奮うなど、人を笑わせることにかけては名人級と誰もが認める存在であった。

 


そんな私が年々静かになり、無口な男女ばかりを好きになっていった。

 


理由のひとつには、「ハイテンション」という名の絵から飛び出したようにせせこましく、口から先に産まれて来たような者からこっぴどい目に遭わされたせいもあろう。

 


気後れせずに入れる店で髪を洗ってもらい、ぽつりぽつりと話す女性経営者と、話したければ話し、話したくなければ黙っていさせてくれる空間に、寛ぎを感じていた。

 


Easy come easy go
の逆もまた真なのだろうか、

中々に開かない扉をぽんと開けたら一面ガラス張りだったみたいに、その女性経営者は船乗りの男性との激しい恋と、のちには包丁を持ち出したことを、静かに語ってもくれた。

 


それは、私が立ち寄ると自然に笑顔を見せてくれるようになっていた頃に起こった出来事であった。

 


女性経営者の店の名が「ダーティハリー」という名前だったとしようか。

 


彼女の店の真ん前に、「キューティハニー」といった名の、語呂も語調も「ダーティハリー」にそっくりで、しかも女性ひとりでやっている美容院が、新規開店したのだった。

 


いつものようにぽつりと女性経営者は言った。

 


「よくできるよね……

 


これ見よがしに店の前の道に面して置かれた大きな花輪や外からも気づく室内の胡蝶蘭が、太刀打ちのできない人気の差を思い知らせていた。

 


同じ立場なら私も嫌がらせとしか思えなかっただろう。

 


「ひどいね!」私も言った。

 


「ねえ……」もはや声とは呼べなかった。

 


「あの店(キューティハニー)いつかつぶれるかも知れない……」ふと心をよぎったが開店したばかりなのにそんなことある筈がないと打ち消して口には出さなかった。

 


ほどなく、当然の成り行きで、「ダーティハリー」は閉店の憂き目に遭った。

 


たまに通りかかると「キューティハニー」の店内には誰かしら客がいるようであったが一見して幼稚な店先から中を見る気にもならず、足早に過ぎるばかりであった。

 


何年か経ったある日、銀座三越前の横断歩道を歩いていると、「ベラさん」と呼び止められた。

 


見ればあの女性経営者であった。

 


「今○○〇のエステをやっているの。来てくださいね」と大手化粧品会社の名刺を渡された。

 


明るい声に安心した。

 


再会を喜び合い、手を振りながら、あちらへこちらへと別れて行った。

 


結婚していた私は、独りで楽しむことにお金を使わなくなっていた。

 


今の私はコグちゃんと二人で楽しめるような趣味しか持っていない。

 


だから申し訳ないが、独りでエステに行くことはないだろう。

 


何年か経ったある日、「ダーティハリー」の店の近くをタクシーで通過する機会があった。

 


「キューティハニー」を目で追いかけると、美容室ではない別の店の看板が出ていた。

 


「つぶれるかも知れない……」私がそう思ったのは何年か前であった。

 


それは、他人の心情を無視したやり方に嫌悪する内心の怒りの声であった。

 


心ないやり方を平気で実行することの出来る心ない者への憤りの声である。

 


声なき声の力が叶ったのだろうか?

或いはどこかへ移転しただけかも知れないが。

 

 

 

さりとて、こんな例もある。



まだ婆さんでなかった頃、私は、日本IBMと闘っていた。


巨悪や絶対的権力者と出遭い、そして闘うのは私の宿命だろうか?!


セクハラがひどい、パワハラで泣いている社員は数知れない、


聞こえのいい会社で名前だけは超一流でも、社内は乱れている、


お金に汚い、女性に汚い、


マナーはない、教養と品格に欠ける、


そんな社員が跋扈して社内の空気を汚していたことは事実である。

 


当時正社員だった私は、日本IBMというお金も力もあり、イメージも良い、何から何までまったく勝ち目のない、『外面は100点満点の巨悪』と闘い、当然の如く完敗した。

 

日本IBMの内情が露見することなど未来永劫に亘ってあり得ない。

 


いついつまでも外資系大手IT企業のトップとして「天下のIBMさん」と呼ばれ続け、社内の品の無さを秘匿し続けるであろうと諦観するしか成す術はなかった。

 


だが、「隠蔽された企業体質が明るみに出るかも知れない」と声なき声でささやき続けていたこともまた真実だ。

 


否、「IBMの悪事が社会に知れ渡りますように」と願っていたと言った方がより正確かも知れない。

 


すると、どうだろう。

 


2012年8月22日の朝、JR四ツ谷駅のエスカレーターで、日本IBM社長であり最高顧問であった大歳卓麻氏が、女性のスカート内を盗撮した容疑で逮捕されるという事件が飛び込んで来たのだ。

 



当時社長だった大歳氏と私は社内メールや文書のやりとりをしたこともあり、退職する直前には社長代理のM氏や労務のS氏と会議室に詰めて、延々4時間に亘りバトルを闘わせたこともあった。

 


トップであった当時から大歳社長に盗撮癖があったとすれば、社内に蔓延するハラスメントを伝えたところで見て見ぬふりをされるのが自然であり、組織が浄化されなかったのは当然であり必然であったと言えるのではないか。

 


声なき声から10年以上が経ち、IBMは今やブラック企業のお仲間入りを果たした。絶対的強者であるIBMのパワハラに怒りの声を上げて、訴訟を提起する社員たち(弱者)は増え続けている。

 



巨悪や絶対的権力者に対する小さな声なき声が無駄になることは決してない。

 


たとえ今はどうにもならないとしても、今、直面している絶対的権力者のズルさ、汚さ、醜悪さについて確実に知り得ているならば、狡智に長けた権力者とそれに群がる家族や配下、権力者から目にかけてもらって、仕事のおこぼれにあずかろうとする情けない腰巾着どもの実力の無さや汚さを知る人たちも確実に増えていくこととなる。

 


そして、いかに悪知恵を駆使しても、馬脚を現す日がやって来るかも知れない。

 


権力を利用したあからさまな不正行為。

 


ばれることのない裏工作。

 


証拠の取れない露骨な密談。

 


水面下での密約等など、

 


さまざまな悪巧みを積み重ねて、

 


向かうところ敵なしの仕組を構築している、

 


笑いがとまらない者たちは、


今日も枕を高くして眠っている。

 


それでも「待てば海路の日和あり」という言葉を信じよう。

 


ダーティな権力者らに対して、

 


何の力もない者の、小さな、声なき声が、

 


天罰となって下る日も来るかも知れない。

 


だから、今、私は、内心こう思っている。

 


「父親の死後、あの…つぶれるかも知れない」と。

2016年9月22日 (木)

石を投げれば人権派に当たる?!千代田区麹町は、人権派弁護士の町-「法律事務所ヒロナカ」・「シリウス総合法律事務所」・「麹町国際法律事務所」・「リンク総合法律事務所」-

人権は 都合がいいね カネ次第。出せば保護され、なけりゃおどされ。



揉め事を、
話し合いではなく、不意打ち訴訟とおカネで解決する。



それが人権派弁護士のやり方である。



人権派法律事務所は、金権派法律事務所と置き換えられるのではないか?

 


受任した者からのお金で人権を護り、相手方当事者の人権は踏みにじる。



民事訴訟における「人権」とは、えてしてそうしたものだ。



平成28(2016)年つまり本年3月28日月曜午後6時に、弁護士会館3階301ABC会議室において、東京弁護士会主催の「報道と人権シンポジウム」と題するイベントが開催された。

 


場所、時間、タイトルに何ら問題はない。

 


しかしながら、メンバーが偏向している。

 


「人権派軍団」の牙城・「自由人権協会」の弁護士が中心となっていたからだ。

 


ちなみに「自由人権協会」に所属する団体のひとつに「日本総合探偵事務所」があると公開されていた。東京支店の住所は「東京東京都 港区 六本木3丁目15-25 善隣会館ビル303号」と変わらないが、平成20年当時は日本総合探偵事務所のホームページにおける「所属団体」には、「自由人権協会」と明確に記載されており「会員NO1494」との会員番号も公開されていた。今を去ること8年前の平成20年12月私たち夫婦が東京地裁に証拠として提出した直後に削除されている。削除するなら最初から公開しなければいい。

 


http://www.ne.jp/asahi/kawaii/fuu-fu/amanofuufu/

 


下記に「報道と人権シンポジウム」に参加した弁護士を紹介する。


①【総合司会】の大西啓文氏(東京弁護士会会員)

東京都千代田区麹町丁目の「シリウス総合法律事務所」所属

 


②【基調報告1】の弘中惇一郎氏(東京弁護士会会員)

社団法人「自由人権協会」の代表理事を長きに亘り務め現在(2016年9月)評議員。「無罪請負人」の称号を持ち、言わずと知れた千代田区麹町2丁目の「弁護士法人法律事務所ヒロナカ」代表

 


③【パネリスト】山田健太氏(専修大学教授 日本ペンクラブ常務理事)

社団法人「自由人権協会理事(2016年9月現在)。「BPO放送人権委員会」委員(2007年9月1日から2013年3月31日まで)

 


④【パネリスト】坂井 眞氏(東京弁護士会会員)

日弁連人権擁護委員会人権等報道に関する特別部会部会長。千代田区麹町5丁目の「シリウス総合法律事務所」所属。「BPO放送人権委員会」委員長(2016年9月現在)。社団法人「自由人権協会」理事(2004年当時)

 


⑤【パネリスト】弘中絵里氏(第二東京弁護士会会員)

【基調報告1】弘中淳一郎弁護士のご令嬢。東京都千代田区麹町2丁目「弁護士法人法律事務所ヒロナカ」NO2


参加した他の弁護士全員が「東京弁護士会会員」と表示されている中、「第二東京弁護士会会員」との表示にはひっかかる。東京弁護士会主催のイベントで、他の弁護士全員が東京弁護士会会員であるから、東京弁護士会会員の他の弁護士に席を譲るべきであった。

 


⑥【コーディネーター】大木 勇氏(東京弁護士会会員)

東京都千代田区麹町2丁目の「弁護士法人法律事務所ヒロナカ」NO3

日本レコード協会の31社が約2億3000万円の損害賠償金を請求した訴訟で記憶に新しい「ミュージックゲート事件」において、同シンポジウムで司会を務めた①大西啓文氏,パネリストとして参加の④坂井 眞氏ら「シリウス総合法律事務所」に所属する弁護士とともに被告訴訟代理人となっており、大木氏はITに強い弁護士との印象がある。ちなみにこの事案は被告ミュージックゲート側が121のファイルについて侵害を認めながらも原告レコード会社らは賠償請求を放棄し、高額の著作権裁判としては異例の損害賠償金なしの和解となった。

 


人権派弁護士らを訴訟代理人とした被告にとって万歳三唱のありがたい和解に違いない。しかしながら2億3000万円を0円に変えたイリュージョンには違和感が残った。

 


さて大木勇氏は、年金で細々と暮らす私ども老夫婦に対して前後訴訟合わせて総額6000万円もの超高額請求書を叩きつけた「超高額請求・恫喝・不意打ちSLAPP訴訟」事件の原告訴訟代理人として、弘中絵里氏と毎回同伴出廷している。

 


女性の弁護士でも「防犯カメラ撤去等請求訴訟」の小町谷育子氏や、事前に何度も交渉したが応じられなかったため「インターナショナルセレブ・レッスン講座」の講師プロフィールやフジサンケイグループ「シャル・ウィ・アフレッシュ」における「カウンターのすすめ」と題する記事等の「虚偽事実記載部分削除等」を求めて、本人訴訟で闘った兼川真紀氏は、ひとりで出廷していた。

 


だが弘中絵里氏は毎回大木勇氏を同伴させる「二人三脚出廷」が慣例である。

 


さて、「報道と人権シンポジウム」の参加者ではないが、
古本 晴英氏(東京弁護士会会員)は東京弁護士会における「人権擁護委員会」委員長(2016年現在)である。

 


古本晴英氏も
東京都千代田区麹町(2丁目)の「麹町国際法律事務所」に所属している。「麹町国際法律事務所」代表・高木健一氏は、「自由人権協会」会員の福島瑞穂氏らと共に韓国で賠償訴訟の原告となって元慰安婦を募集したことで有名な弁護士である。

 


この法律事務所には、東洋経済日報における「21世紀を在日としてどう生きるか・光復節座談会」との座談会において「在日であることの悔しさから弁護士になろうと思った。」と述懐する尹徹秀(ユン・チョルス)氏も在籍している。

 


古本晴英氏は、
東澤靖氏、川口和子氏、二関辰郎氏、小町谷育子氏、魚住昭三氏、張界満氏らと韓国側の原告訴訟代理人となり、日本国を被告とする訴訟を提起して、「日韓会談文書・全面公開」を求めた弁護士だ。近隣訴訟の代理人弁護士でもあったことから、私たち夫婦は、この古本晴英氏と面識がある。

弘中絵里氏と同じ50期の古本氏とが弁論期日を終えた法廷の前で立ち話をする姿を見かけたこともある。

当然ながら古本晴英氏は「自由人権協会」の監事(2016年9月現在)でありさらに「自由人権協会」と「BPO」とは密接な関係がある。BPOの初代理事長であった故清水英夫弁護士が過去に「自由人権協会」の代表理事だったせいかどうかは判然としないながら、「自由人権協会」において役員経験のある人権派弁護士らが軒並み名を連ねている。

 

元最高裁判事を務めた故伊藤正己氏、前述の故清水英夫氏山田健太氏、2016年9月における現職として元理事であった坂井眞氏、代表理事の(2016年9月現在)升味佐江子氏、同じく代表理事の(2016年9月現在)紙谷雅子氏、前述の日韓会談文書・全面公開を求める会」で日本国を被告として相手取った韓国の原告訴訟代理人を務めた二関辰郎氏など過去から現在に至るまで「BPO」は「自由人権協会」における役員の弁護士を中心に構成されてきている。

2007年の就任から長きに亘りBPO「放送倫理検証委員会」委員として留まり8年後の2015年3月に退任した小町谷育子氏、さらには2006年に「BPO」「放送人権委員会」委員に就任し9年間に亘り動かざること山の如く居座り、小町谷育子氏と同じ2015年3月ようやく重い腰を上げて退任した三宅弘氏は小町谷育子氏と同じ四谷三丁目の原後綜合法律事務所」に所属している。

 


この「原後綜合法律事務所」は、
在日韓国人司法修習生採用をめぐる問題で弁護団長を務め、初の在日韓国人弁護士となった故金敬得弁護士を誕生させるにあたり最高裁にはたらきかけて交渉し、日本において初の外国籍弁護士への門戸を開いた立役者である故原後山治弁護士が開設した法律事務所だ。

 


「原後綜合法律事務所」には「
在日コリアン弁護士協会」(「LAZAKラザック」)の過去において共同代表であり現在は理事であり、「在日韓国人法曹フォーラム」会長(2016年現在)を務める高英毅(コウ・エイキ)氏も所属しており在日韓国人の権利・利益の擁護」を追及している。

 


過去に述べたとおり、法曹界のみならず放送界にも「人権軍団」の偏向勢力が肥大化している。同じ団体に所属する同じ顔ぶれが台頭し、強く結束して持ち回り式よろしくありとあらゆる「権力」の座にはびこり増殖している。

 


学生時代に司法試験に受かり、20代でひとたび弁護士バッジを手に入れれば後の人生はこっちのものといったところだろう。

 


人事異動もなく、転勤もなく、自分で事務所を立ち上げれば嫌な上司からパワハラやセクハラを受けることもない。当然リストラをされることもない。

 


馴染みの法曹界に60年間以上つまり未来永劫に亘り同じ土地(東京)で、気心の知れ合った仲間たちと、80歳を過ぎても引退もなく、まったく同じ仕事を続けることが可能となる。

 


弁護士を続けるのに必要な学習義務や更新試験はない。国民の選挙や投票で弁護士を続けられるのでもない。

 


年に一度だけでも面接等により利害関係のない他者から内面をうつし照らされて人間性を自覚し感性を問われるような場面もなく、司法試験に合格した当時とは大きく異なり老いさらばえた現在における常識や知識や教養の実力が試される知能検査や適正検査も一切ない。

 


一度獲得した弁護士資格が更新制ではないこと。

 


これは重大な問題と言えるのではないだろうか。

 


仮にどんなに不誠実な弁護士であったとしても、質的向上など視野になく研鑽を積むことも望まず、人間性がいびつでよこしまな弁護士であったとしても、お金だけを求めて真実を有耶無耶にする弁護士や黒を白に塗り替えるように悪事をリフォームして憚らない弁護士がいたとしても、誰に確認されることもなく、死ぬまで弁護士バッジを上着にくっつけていられるのだ。

 


法曹界仲間同士が庇い合う懲戒制度は、有名無実な形式的残骸物に過ぎない。

 


「損
害賠償請求事件の訴訟手続代理の準備のため」と一筆書けば、本人確認が法律上のルールになろうとお構いなしで他人の戸籍謄本だろうが、他人の住民票だろうが、他人の両親の戸籍謄本だろうが、総て本人に無断で好き勝手に取得することが可能となる。

 


他者のプライバシーを侵害し、個人情報を開示させることは、決して普通のことではなく、弁護士の職権による特別な行為であるとの感覚が麻痺しきっているから、良心の呵責はまったくなく、書類1通で気軽に、対立する相手の個人情報を、受任した者にやすやすと与える危険な行為を防止する手立てはない。

 


60年以上の弁護士人生を続けていくうちに、顔は広くなり人脈も増え続ける一方だ。

 


天井が低く狭くるしい弁護士会館の地下から1階を抜けて東京地裁へと続く外の通路を行き来する中堅弁護士が、東京地裁で台数の少ないなかなか来ないエレベーターの中や、うすら寒い法廷まで移動する薄暗い廊下で、顧客には見せたこともないようなつくり笑顔を振る舞いながら、腰を低くして、出くわした先輩弁護士にペコペコと頭を下げている姿は、「株式会社・法曹界」の上下関係を象徴しているように見える。

 


対立する相手の弁護士と知り合いだったりすれば、たとえ書面上では原告となり被告と明記されていたとしても、一体どこまで毅然とした関係を維持しながら、手加減なく、良心に従った闘いが出来るだろう?

 


携帯電話や名刺交換の際に表示されたメールアドレスを公開し合うことによってお互いの情報交換や共有が容易い現代では、法曹界での出世を視野に入れて、圧力を加えてきた相手に屈することも想像に難くない。

 


今後の仕事のこと、相手に従うことと交換に得られる利益や恩恵、そうしたことを視野に入れて、長い目で見れば、たった一度だけ顧客になった者の味方となって弁護をしてもそれっきりで何の得にもならない。さすれば権力のある相手方の威光に従う方が得策だろう。

 


場合によって主張に手ごころを加え、時に証拠を出し惜しみ、相手方にとって有利にはたらくようにぎりぎりまで証拠を取らずに時間を稼ぐようなことも大いにあり得る。

 


こんな考えが容易く浮かぶ法曹界は、同じお釜のご飯を食べる者たちの小さくて狭い社会である。

 


この考えを裏付けるように、弁護士会には複数の派閥が存在する。

 


第二東京弁護士会最大の「全友会」は「人権派」の派閥であり「自由人権協会」会員の紀藤正樹氏が所属している。紀藤正樹氏が代表を務める
「リンク総合法律事務所」も東京都千代田区麹町(4丁目)。

 


やはり麹町は「人権派弁護士横丁」と呼べそうだ。

 


紀藤正樹氏はインターネット上の名誉毀損に強い弁護士のようだ。弘中絵里氏とともに「
ニフティサーブの本と雑誌フォーラムの会議室とパティオ上で起った『論争』をめぐる事件」の原告訴訟代理人となってニフティサーブを提訴し敗訴している(東京地裁2001年(平成13年)827判決判例時報177890頁、判例タイムズ1086181頁)。

 


ウェディング問題を考える会」とやらの委員も務めておりここで弘中絵里氏は事務局長を務めている。

 


東京弁護士会の派閥としては法友会(易水会)(二六会)(法曹縦横会)(緑新会)(公正会)(至誠会)(革新法曹会)(春秋会)(法曹緑会)(達成会)(法曹同志会),法友全期会,法曹親和会,東京法曹会(易水会),二一会,大同会,親和全期会,期成会,水曜会,第一東京弁護士会には新緑会,青風会,第一倶楽部,全期会,第二東京弁護士会の派閥には五月会,日比谷倶楽部,日本法曹倶楽部,全友会,清友会,新風会,紫水会,向陽会がある。

 


冒頭に人権派弁護士とのコネがありカネのある者は訴訟を委任することが可能と書いたが、人権派弁護士らのコネとカネ、つまり人脈と金脈は、仲間うちの弁護士以外に外部から委任して来る顧客という形でも増え続ける一方だ。

 


人権派弁護士に委任した芸能人やIT社長そしてジャーナリストは、ひとたび刑を軽くしてもらい、権利を叶えてもらえば、運命共同体となって、人権派弁護士について悪くコメントすることが出来なくなり、一生人権派弁護士の肩を持ち続ける記事を書くこととなろう。

 


芸能人であればTVで「あのコメントは当然の内容ですよ」などとしたり顔で語り、ジャーナリストならば「釈放された人の人権も考えなければいけない」と過熱化する犯罪報道を戒める記事を書く。

 


個人的なしがらみによる偏向した意見がメディアに出回って跳梁する危険が絶えずつきまとい、排除されることはないだろう。

 


韓国では「嘘も百回繰り返せば真実になる」とのことわざがあり、
いつの間にかウソが真実に取って変わり、動かし難い過去の歴史は忽然として無き物となり、起訴されれば99%有罪の容疑がゼロとなって逮捕歴は消え無罪放免されて、有耶無耶のまま、立ち消えになることもある。

 


委任者のわがままをマジックによって叶える人権派のイリュージョン。

 


その舞台裏は決して明かされない。



だが「驕る平家は久しからず」という例えもある。



恐い物なしの人権派弁護士軍団もやがては滅びる。



歴史家ジョン・アクトンが言っているではないか。



権力は腐敗する。絶対的権力は絶対に腐敗する



私はそう信じている。


*****

http://kogchan.asablo.jp/blog/2010/01/10/4806548

 

http://kogchan.asablo.jp/blog/img/2010/01/10/dc3ef.jpg

 

http://daleda.law.osaka-u.ac.jp/~material1/0103defamation/case02.html

 

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8B%E3%83%95%E3%83%86%E3%82%A3%E3%82%B5%E3%83%BC%E3%83%96

 

http://www.toben.or.jp/know/iinkai/jinken/cat188/post_12.html


http://www.toben.or.jp/know/iinkai/jinken/pdf/20160328houdoujinken.pdf#search='%E5%A0%B1%E9%81%93%E3%81%A8%E4%BA%BA%E6%A8%A9%E3%82%B7%E3%83%B3%E3%83%9D%E3%82%B8%E3%82%A6%E3%83%A0
ttp://blogs.yahoo.co.jp/fwapy7777/24338076.html

 

http://www.ne.jp/asahi/kawaii/fuu-fu/amanofuufu/

 

http://www.hap-law.com/image/the_mainichi_daily_news-mourning_column.pdf

 

http://www.toben.or.jp/message/libra/pdf/2013_12/p02-22.pdf

 

http://www.toben.or.jp/know/iinkai/jinken/pdf/20160328houdoujinken.pdf

 

http://www.mynewsjapan.com/reports/2112

 

http://www.toben.or.jp/know/iinkai/jinken/pdf/20160328houdoujinken.pdf

 

http://www.jclu.org/about_jclu_soshiki.html

 

https://www.hou-nattoku.com/lawyers/lawyer_detail.php?lawyer_id=13711

 

http://www.bpo.gr.jp/?page_id=920

 

http://www.bpo.gr.jp/?page_id=1121#04

 

http://www.bpo.gr.jp/?page_id=920#h_03

 

http://www.bpo.gr.jp/?page_id=799



人権新聞 第 314 1998/09/25

藤本美枝(新理事・弁護士)・山田 卓生(代表理事・日本大学教授)・渡辺勇人(会員・一橋大学大学院生)・東澤 靖(会員・弁護士)・今関 弘美(会員)・片柳 真理(会員・ウォーリック大学院生)・林 陽子(事務局長)・塚本 誠一 (自由人権協会京都・理事)


人権新聞 第 315 1998/11/25

林 陽子(事務局長・弁護士)・長内 典子 (事務局職員)・喜田村洋一 (理事・弁護士)・坂和 優(自由人権協会京都事務局長・弁護士)・倉辻 直子 (会員・会社員)・東澤 靖 (会員・弁護士)・福島 瑞穂 (会員・弁護士・参議院議員)・林 陽子(事務局長)・多田 徹 (自由人権協会大阪・兵庫支部理事)


人権新聞 第 316 1999/1/25

内田剛弘(代表理事)・長内典子 (JCLU 職員)・ 羽柴駿 (弁護士・JCLU 理事)・喜田村洋一 (弁護士・JCLU 理事)・伊藤和夫 (弁護士・JCLU 理事)・荒井佐余子 (大学教員・JCLU 理事)・浜野研三 (自由人権協会京都会員)・林 陽子(事務局長)


人権新聞 第 317 1999/3/26

林 陽子(事務局長)


人権新聞 第 318 1999.05.25

清水英夫 (青山学院大学名誉教授・元自由人権協会代表理事)・ 羽柴駿 (協会理事・弁護士)・新津久美子 (会員・福島瑞穂事務所)・三宅弘 (自由人権協会情報公開小委員会担当理事)・河本光平 (京都自由人権協会理事)・林陽子(事務局長)


人権新聞 第 319 1999.07.30

小町谷育子 (会員/ 弁護士)・紀藤正樹(会員/ 弁護士)・菅充行(自由人権協会大阪・兵庫支部会員)・林陽子 (事務局長)


人権新聞 第 320 1999.09.30

内田剛弘(代表理事)・金城清子(代表理事)・江橋崇 (法政大学教授・代表理事)・更田義彦 (弁護士・代表理事)・秋山幹男 (弁護士・代表理事)・武藤久資(会員)・山田健太(会員)・小町谷育子(会員)・三宅弘(自由人権協会情報公開小委員会担当理事)・堀和幸(自由人権協会京都事務局長)・林陽子 (事務局長)


人権新聞 第 321 1999.11.26

関通孝 (自由人権協会大阪・兵庫支部事務局長)・多田徹(自由人権協会大阪・兵庫支部理事)・林陽子(事務局長)


人権新聞 第 322 2000.01.25

江橋崇 (代理理事)・大谷美紀子 (会員/ 弁護士)・飯田正剛(会員)・横田雄一(会員)・吉川真美子 (会員)・三野岳彦(自由人権協会京都事務次長/弁護士)・林陽子(事務局長)


人権新聞 第 323 2000.03.25

紙谷雅子(理事)・古島ひろみ(会員)・上野哲史(事務局職員)・更田義彦 (弁護士/ JCLU 代表理事)・江田五月(会員/ 参議院議員/ 民主党憲法調査会事務局長)・関通孝 (自由人権協会大阪・兵庫支部事務局長) ・林陽子(事務局長)


人権新聞「新入会員歓迎号」2000.04

千葉景子(会員・参議院議員)・菅充行(自由人権協会大阪・兵庫支部代表理事/弁護士/22期)・蟹瀬誠一(会員・ジャーナリスト/ニュースキャスター)・久保利英明(会員・弁護士/23期)・ローレンス・レぺタ(法廷メモ訴訟原告)・飯田正剛(弁護士/38期)・樫尾わかな(弁護士/51期)


人権新聞 第 324 2000.06.01

古屋恵美子(JCLU元職員/NAPIL平等と正義フエロー)・飯田正剛(弁護士)・中西清一 (自由人権協会会員/ 自由人権協会京都理事)・林陽子 (事務局長)


人権新聞 第 325 2000.07.25

市毛由美子 (弁護士・理事)・金井塚康弘(自由人権協会大阪・兵庫支部会員/ 弁護士)・大槻和夫(自由人権協会大阪・兵庫支部事務局長)・飯田正剛(事務局長)


人権新聞 第 326 2000.09.25

海渡雄一 (理事/ 弁護士)・三宅弘 (理事)・山田健太 (理事)・堀和幸(自由人権協会京都事務局長)・飯田正剛(事務局長)


http://www.jclu.org/katsudou/jinken_shimbun/

2016年9月11日 (日)

やっぱり高畑祐太氏も委任していた!-2世弁護士も所属する、被疑者や依頼人に超過保護な「法律事務所ヒロナカ」は、「正義」と呼べるのか?!-

『嘘つきたちの駆け込み寺』。

 これは私が「法律事務所ヒロナカ」に抱いている印象である。


「法律事務所ヒロナカ」にはお金と権力のあるワルモノたちが行列をつくっている。



高畑祐太氏の事件を知った時、「法律事務所ヒロナカに委任するだろう。」

私はそう思っていた。



批判すべき2世は何も「タレント」ばかりではない。

 



SLAPP訴訟を「お家芸」として父親から譲り受けた2世「弁護士」や「物書き」、「同族企業の社長・専務」等など、権力とお金のある父或いは母に追随して同じ仕事をしている甘えに満ちた「自覚なき困ったちゃん」たち。

 



「2世」を「2流」と置き換えては?と言いたくなるような、縁故が総てで実力のない者は確実に存在する。

 



一昨日高畑祐太氏に同行した女性弁護士は「法律事務所ヒロナカ」に2014年入所した渥美陽子弁護士であった。



高畑淳子氏が言う「弁護士による補足説明書」には、渥美陽子弁護士および小佐々奨弁護士の印が押されており「法律事務所ヒロナカ」の名前も見当たらなかった。



私たち夫婦との訴訟の訴状や準備書面に「法律事務所ヒロナカ」所属の全弁護士名が下記の順序で記載され押印されているのとは対照的だ。



弘中
一郎、弘中絵里(被告の場合は最後尾に移動)、大木勇、品川潤、山縣敦彦(現在は独立して退所)、渥美陽子、小佐々奨。


ちなみに「法律事務所ヒロナカ」の法律相談料は
1時間につき3万円。



弁護士報酬が自由化されたとはいえ、通常の3倍もの料金が必要な事実を「法律事務所ヒロナカ」のホームページに表示している。

http://www.office-hironaka.jp/fee/index.html

6. 法律相談
 
  法律相談は1時間3万円とする。

 


弁護士報酬が自由化された平成16年(2004年)に「法律事務所ヒロナカ」を開設。平成28年4月には「弁護士法人法律事務所ヒロナカ」になったとも同ホームページには表示されている。



「法律事務所ヒロナカ」により高畑祐太氏の一件は「悪質な事件ではなかった」との見解がコメントとして公式発表されただけで、事実関係は一切解明されず、被害者側の女性の発言も何ら公表されていない。

 

そのような中で「法律事務所ヒロナカ」に事件を委任した高畑祐太氏が起訴猶予処分となったと報じられた。

 

被害女性が存在し無期懲役まであり得る「強姦致傷」事件が「悪質な事件ではなかった」とコメントするならば、「法律事務所ヒロナカ」所属の弁護士にかかれば、最早「殺人」以外の事件は「悪質な事件ではない」と主張するに等しいと思われる。

 


被害者側の露骨な「口封じ」としか思えない結末が腑に落ちないのは私だけではあるまい。



私たち夫婦は、同事務所代表であり「自由人権協会」元代表理事の弘中惇一郎弁護士の娘であり「法律事務所ヒロナカ」の2番手である弘中絵里弁護士と、毎月のように東京地裁の法廷で顔を合わせている。



弘中絵里弁護士からの不意打ち訴訟によって莫大かつ甚大な応訴を余儀なくされている私たち夫婦は、その「普通ではない」闘い方に驚愕するとともに呆れ果ててもいる。



なぜなら弘中絵里弁護士は、客観的な証拠を裁判所に提出することなく虚偽の事実を執拗に主張し、それを強引に言い切って押し通すだけだからだ。



弘中絵里弁護士の目的のひとつは、
依頼人(被疑者)にとって①都合の悪い真実②気に入らない真実③無きものにしたい真実の一切を「~などない」と断定して覆させることにある。



目的を達成するためであれば、7年も前の訴訟における(一審の)確定判決において双方が認めていた「争いのなかった事実(証拠も含む)」と判示された事実についてまで掘り起し、蒸し返してきて、強引に「虚偽の事実」として改竄させようとしているのだから信じ難い。



一例として
「原告は,皿洗いとしてスナックで雇われていたのであり,原告がホステスをしていたという事実は真実に反するし,被告ベラがそう信じたことについて相当な理由はない。」(平成28年1月28付け・訴状別紙11の1・甲2の4に対する主張)との虚偽の事実を押しつけてくるだけで、「皿洗いとしてスナックで雇われていた」客観的な証拠はひとつも出さない。


都合の悪い部分については固く口をつぐみ、だんまりを決めこむ


一例として「
甲第42号証の1の消印は,5月(ローマ数字のⅤ)を示していることが明らかであるから,作成年月日が平成24年2月ころとの証拠説明書の記載は失当である。」〔私たち夫婦準備書面(1)12 12に対する認否【77頁】〕についても最後まで沈黙を押し通した。



さらに私たち夫婦が本人訴訟で闘っていた時は私たち夫婦のブログ記事の総てを「事実摘示」としていた(一般公開された先行する原告のブログ記事の一部をそのまま引用した部分についても、私たち夫婦が独自の「事実」を適示したとする悪意のある主張)にもかかわらず、ある時から私たち夫婦が訴訟代理人弁護士を就けたことによって,従前は
「事実摘示」であるとしていた主張の多くを「論評」に改めた事実もある。

 



山下幸夫弁護士は
、弘中絵里弁護士の訴訟態度について,「信義誠実義務に反するものと言わなければならない」と下記のとおり主張している。

 



「1
 原告は,被告らが本人訴訟であった時期には主張していなかった被告らの本件各記事についての事実関係について縷々主張し,そのほとんど全てについて,真実ではないし,真実相当性も認められないと主張しているが,いずれも争う。

 


2 被告らが訴訟代理人に委任して口頭弁論が再開された後になって,本件各記事の事実関係について取り沙汰し,原告にとって都合の悪い内容の全てを否認するようになったものであり,こうした原告の訴訟態度は,民事訴訟における当事者の信義誠実義務に反するものと言わなければならない。

 


3 とりわけ,2006年から公私に亘り被告ベラが一貫して主張してきているところの,原告との電話において,原告が被告ベラの父を偲ぶ会で「私が話をしてあげましょうか」と被告ベラに持ちかけ,「当日は必ず参加します」と宣言した事実,訴外公子氏が原告に手紙を書き,被告ベラの父を偲ぶ会の翌朝その手紙を被告ベラが投函した事実,被告ベラが訴外公子氏の急死を関係者に葉書(乙40)で知らせたのが年明けであった事実などの事実関係について,原告準備書面(5)を提出(引用者注:2016年1月)するまで原告は等閑視してきていた。

 


4 被告ベラが,平成17年(2005年)から公開し,原告自身も平成18年(2006年)11月23日からその存在について知るようになった(甲49・15頁)と陳述する「天野ベラのホームページ」における各記事についての事実関係についても,平成21年(引用者注:5月)の別件訴訟(引用者注:前回訴訟)の際など,否認する機会が何度も与えられていたにもかかわらず,原告準備書面(5)を提出するまで,一切否認したことがなかった。しかるに,被告ベラが公開してから9年以上経過した後になって,突然,事実関係を否認するようになったものである。

 


5 実際には,被告ベラは,原告自身から様々な事実関係を直接聞かされており,それに基づいて事実関係を主張していたところ,原告自身が被告ベラに語った都合の悪い内容や被告ベラに知られた都合の悪い言動の全てを事実無根であるとして,被告ベラが公開してから9年以上経過した後になって否認し始めたものである。

 


6 原告は,原告のブログ「ナオミライクな日々」における平成23年(2011年)10月22日付の「一位じゃなきゃダメなんです。」と題する記事(乙99の369)において,「この3年間のブログはまるで,私という人間を自分で知るための辞書のようにも思えます。」と述べられているところであり,原告のブログには,原告自身を知るための様々な事実が記載されていることを,原告自身も認めているのである。

 


「被告ら(引用者注:私たち夫婦のこと)は,被告ベラが,直接に原告から聞いた事実や,原告が自らのブログ記事で自ら明らかにしている事実を前提として,その記事に対する論評をしてきたものであり,以下に述べるように,その前提事実は真実か,真実と信ずるについて相当な理由がある。」〔私たち夫婦準備書面(9)第1はじめに【1~3頁】〕

 



弘中絵里弁護士は、対立する当事者である私たちが年金暮らしの一私人に過ぎない名もない老夫婦であり、しかも本人訴訟で闘っているとの足下を見透かせば、民事訴訟の弁論活動に託けて(かこつけて)攻撃目的の主張をいやおうなく押し付け押し通してはばからない



こうした弘中絵里弁護士の主張についても、山下幸夫弁護士は、「原告の主張は
非科学的・非論理的な感情論と言わなければならない。」〔私たち夫婦準備書面(8)第1【4頁】〕と主張している。

 



畢竟、私たち夫婦は、弘中絵里弁護士による非科学的・非論理的な感情論によって攻撃され続けているのである。



しかも、それらは、法的に何の意味もない「ウソ」による人格攻撃である。



山下幸夫弁護士の主張から一例を挙げれば,「まず原告自身が被告ベラに2度に亘り『在日』である事実を告白しており,それは真実であるか,真実であると信じるに足りる相当の理由がある。
次に,平成21年5月の前回訴訟において,簡単な認否ですむところ,『原告が在日韓国人であること』が真実であり,当時はまだ原告が被告ベラ母子に原告自ら告白してから日にちが浅かったため,自白した事実が原告の頭をかすめたと思われ,さらに原告には多少なりとも痛むだけの良心があったと思われる。だからこそ当時の原告には,『原告が在日である事実』を裁判所にも被告ベラにも『否認』することが出来なかったのである。ところが本訴を提起して初めて否認するようになったものであり,虚偽の事実を突き通しているに過ぎない。」


原告が在日である根拠に付け加えて,原告の長女が「私の母が旧姓秦,でした(ご先祖様が渡来人だったらしい)。」(乙66の10)と公開し,その2分前には,「池澤春菜【アメリカ留学中】@haluna7 でも,新聞記事やラテ欄には,ハングルではなくて,カタカナもしくは漢字で表記されるのでは?ハングルで書いて戴いても,お名前読めないですし…… RT @syoryukou: @haluna7 @kemurome 中国はともかくハングルは間違い様が無いような・・・全部平仮名みたい(略)」と,ツイッターで「ハングル(韓国語)」が話題にのぼっていた,そしてその「ハングル」の話題を受けて,原告の旧姓が「秦」であり,「ご先祖様が渡来人だったらしい」と池澤春菜氏が公開している。渡来人とは在日韓国人のことであるから,原告が在日韓国人であることをカミングアウトしたものであり,「ハングル」から派生したごく自然な流れであった。〔私たち夫婦準備書面(8)3 同「3 原告の出自や生育環境について」について【32~34頁】〕
 



心ならずも莫大かつ甚大な応訴負担を余儀なくされた私にとって最も耐え難い苦痛は、取りも直さず、ほぼ全頁に埋め尽くされた、あからさまなウソが羅列された書面の熟読を強要されたことであった。

 



それらは特に「陳述書1」(私たち夫婦が本人訴訟当時提出されたもの)において際立っており,「陳述書2」・「陳述書3」(私たち夫婦が訴訟代理人を委任した後に提出されたもの)総ての文中にところ狭しとばかりに「ウソ」が犇めき合っている。

 



しかも「陳述書1・2・3」のみならず,「訴状」に始まり「準備書面」のありとあらゆる訴訟資料において「ウソ」が溢れかえっているのである。

 



決して大袈裟に言っているのではない。

 



「ウソの羅列」。

 


これは本人訴訟で原告や被告となり闘う者の誰もが震撼させられる最も大きな衝撃ではないだろうか。



社会正義の実現を果たす使命を持つ義務のある弁護士に委任し,弁護士が介在した事案でありながら,否「法律事務所ヒロナカ」の弁護士が介在しているからこそ,ここまでなら違法にならないと高を括り、計算の上で展開した言論と言うべきかも知れないが,日本の頭脳たるべき優秀なプロの弁護士が就いていながら,あまりにも子どもじみた幼稚なウソが,最も神聖であるべき裁判所に提出する主張となる「準備書面」、証拠となる「陳述書」など訴訟記録に堂々と、まことしやかに満載されているのだから、私たち夫婦が呆然とするのは当然かつ必然のことなのである。



とりわけ、私たち夫婦が人証を求めたにもかかわらず,本多知成裁判長(当時)が「人証の要なし(本人尋問なし)」との判断を法廷において示され,私たち夫婦からの反対尋問にさらされないことを奇貨とした原告が,裁判長から求められていなかったにもかかわらず提出した「陳述書1」は,どこをどう切り取っても「ウソ」が次々と顔を出す「ウソで練り上げた金太郎飴」と呼ぶべき代物で,これを読んだ私は一瞬にして憤りで身体中に鳥肌が立ち背筋が震え上がって悪寒に襲われたのであった。

 


キャッチフレーズとはいえ、「無罪請負人」であれば、裁判官に真実を訴え情状酌量を求めるのではなく、たとえ
被疑者が真犯人との心証を得たとしても、無罪にするためであれば、あらゆる手段による真実の改竄、例えば相手側の主張する「真実」を「虚偽の事実である」と主張するか、相手側の「真実」の主張を「真実ではない」と改竄するか或いは被疑者の「ウソ」を「真実である」とする「虚偽の事実」を主張するか、被疑者の「真実の姿」を「虚偽の事実である」と改竄するという「不正」をも請け負わねばならないであろう。

 



となれば「無罪請負人」は「不正請負人」と言い換えられるのではあるまいか。

 



「法律事務所ヒロナカ」による高畑祐太氏のスピード釈放と不起訴処分には、水面下に「不正」と「お金」と「権力」が蠢いていると感じている人が大半であろう。

 



私もそう思っている。



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http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160910-00000001-spnannex-ent.view-000

「無罪請負人」弘中弁護士率いる事務所が高畑裕太を担当

スポニチアネックス 910()540分配信

前橋警察署から釈放され迎えの車に向う高畑裕太


http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2016/09/09/kiji/K20160909013324220.html

高畑裕太 顧問弁護士がコメント発表「悪質な事件ではなかった」

91010:00更新

スポニチ


http://www.hochi.co.jp/entertainment/20160904-OHT1T50184.html


上沼恵美子、高畑親子を猛批判…「過保護が服着てしゃべっている」

「芝居がかっている」と会見をバッサリ

2016941814 スポーツ報知


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