エチケットとかマナーには無関心で興味のないご様子。
礼節という言葉など聞いたこともなさそう。
身だしなみは手抜きだらけ。
おまけに批判のひとつもすればたちどころにキレる。
そういう人は、多分社会人になってから
研修というものを受けていない人だろう。
まともな企業や会社であれば、どこでも、
最低3か月間の試用期間や見習い期間がある。
さらに、モチベーションを上げるため、
レベルアップ・スキルアップのため、
コミュニケーション能力向上のためなど、
目的別の研修がいくつも用意されている。
そこには、意識も、能力も違うさまざまな人がいて、
それぞれが研修を受けて、お互いを高め合う訓練や
ディスカッションを行なう。
泊まりがけの研修ならば、食事や飲み会、寝泊まりを共にするから、
参加者たちは、学びながら互いの素の部分を見せ合うことで
自然に親しくなることが可能となる。
私は研修が好きだった。
初めての研修は、アラビア石油で同期の子と2人一組にさせられて新橋まで歩いて通った「サイトアンドサウンド」というタイプ学校での講座だった。私の相棒は、経理に配属されたあっちゃんという若くて面白い子だったから、丸の内から新橋まで往復する間中、笑いが絶えなかった。
速く打てるようになればなるほど楽しかった。
この学校は現在虎の門にあるようだ。
http://www.ssj-key.co.jp/
日本アイ・ビー・エムでは数多くの研修に参加した。最も楽しかったのは1泊2日の湯河原研修旅行だった。
緊張を強いられる会社だったから、社員たちも社内では別の顔を見せていたのかも知れない。
ややつんけんしているように感じられ、苦手と思っていた女性社員と私は同じ部屋だった。
研修では、参加者がひとつの講義を聴き、問題を提起されて一緒に考え、全員でディスカッションをし、まとめの発表をする。
同じ部屋だから、必然的に講義が終わった後もなお、寝起きから食事、入浴をともにし、話しかけたり、かけられたりしなければならなくなる。
その女性は、私に対して、「何でも素早くこなせる秘書さん」という完璧な印象を抱いていたという。私の存在は彼女にかなりの緊張感を与えていたようで、研修旅行でお酒を飲み、冗談をとばす私をみて好印象を持ってくれたのだった。
こういう素敵な出会いもある。
ところが、企業や会社という組織においては、嫌な出会いの方が多い。
まずもって上司は選べないから、セクハラ上司であっても、始業から終業までの約8時間を近くの席で顔と顔をつきあわせていなければならない。
どんなに嫌な相手であっても、ペアを組んで発表をさせられ、
コミュニケーションスキルを試されるような研修もある。
研修において、この講師が嫌いだとか、気に食わないとか、
この相手と同室では嫌だ、疲れたから俺は先に帰る、
息が詰まりそうだ、これならばするが、こっちは止める、とか、
そんな馬鹿げたことを言って中途で逃げ出すような未熟者など
ひとりもいない。
誰かが何かを話し、それを受けてどう学ぶか
正しく理解し、学ぶことができたかどうかを
フィードバックして伝え合い、互いに確認し合う。
全員でディスカッションをして、より良いものを作り上げてゆく。
研修では、こういった過程が最も重視されてきたと思う。
つまり、コツコツと築き上げていくプロセスということ。
研修を通じて私は、プロセスの重要性を実感させられた。
「欠点は短気なところです」と堂々と答えて恥じない者は
当然の如く、根性なしで、何をしても迷いが生じるだろう。
迷いっぱなし、ブレっぱなしの者が大成することはない。
さらに、何でもやりかけては志半ばで放り出すハンパ者は、
その短気さからプロセスを割愛・省略したがる人間が多い。
短気な者は、どんな職に就いてもそれを極めようとしないから、
悪銭と同じで、これといった専門的知識が身につかない。
専門的にどこまでも語れてこそホンモノと思うのだが、
好きな仕事ではないからそれが出来ないのだ。
私は、ひとつの会社には最低3年は居るべきと考えているが、それは、最低3年いなければ、仕事の何たるかを学べず、身につかず、その会社について語るに足りないと思うからである。
ところが、こらえ性のない人間には、研修の3か月が、
石の上にも3年という最低のラインが、
どうにも長過ぎて我慢出来ないようなのだ。
自我を押し通し、我儘勝手な生き方で悦に入っているような人間の履歴を見ると、
仕事を転々としていて2年ともっていないことが往々にしてあることに気づく。
おまけに離婚していることも多い。
偉そうな気のきかない態度で上役からこっぴどく怒られた時に、「あんなに怒るのは、怒る相手の方に問題がある」とケロッと言ってのけ2年で退職した無反省な女もいれば、本業に身を入れず、宝石だの、花屋だの、服飾の展示会だの、パーティだのと裾野ばかり拡げ過ぎて、結局詐欺罪で捕まった口のうまい俳優もいた。
こうした男女が、大勢の社員たちの中に混じり、ワンオブゼムとして研修を受けている真摯な姿など考えられない。
ひとつには、資格などあってないような、口のうまい自称占い師のような人間が跳梁跋扈する現代のあやしい風潮もあろう。
認定証さえ手に入れば、どんなに粗暴な人間であろうと、いかに紛い物の知識であろうと、明日にでも自宅を教室にして「センセイ」と呼ばせることが可能となる。
美しい響きに誘われて「サロネーゼ」なる人種もはびこっている。
暇人を10人集めれば、NPOの責任者となって「長」を名乗れる。
そんなお手軽な世の中なのだ。
かくして、こらえ性もなく、筋も通さず、独学で身に着けたまやかしの知識をひけらかしたいだけの、贋作をホンモノに見せようと躍起になり、もっともらしい論ばかりぶっては人をたらしこむような、あやしげなマルチ人間が堂々とはばをきかせてまかり通ることになる。
必要なプロセスを経て完成したホンモノの知識がない自称センセイは、内心ビクビクしていて自信などない。
基礎工事がきっちり出来ていない建物と同じで脆いからだ。
だから、正当な批判であっても聴く耳を持たず、一切受け付けず、すぐにキレて熱くなるばかりだ。
自分を崇め奉ってくれる信者をかき集めて耳障りの良い意見だけを求め渇望する。
そんな、双方向のコミュニケーションが取れない人間が、実は最もキレやすい。
つまり、唯我独尊で、プロセスを軽視し、
仕事は(恋愛も結婚も)どれも長続きせず、
何でも独学で済ませ、お金も、時間も、手間暇もかけていない。
ひとりよがりの知識で躊躇なく世の中を渡っていき、人様から称賛とお金だけを得ようとする「ご意見無用」と書いた暴走トラックのような人間は最も危ないと思う。
こうした考えから、学生時代の成績とともに、社会人となってからの経歴も重要ではないかと私は主張する。