2017年9月 5日 (火)

池澤夏樹氏の名誉を毀損する表現①②に対する-「ほっつき歩いている風来坊の池澤夏樹を、私が男にしてやったんだ、みたいなね」とのご意見ないしご論評のご表明-

友人と呼ぶにはおこがましい少し年上の知人女性がいる。

 


物知りで頭の回転が速い。


当意即妙の会話が楽しい。

 

話題も語彙も豊富で、ユーモアがあり、面白い。

 


だが私は、友人や知人に、私たち夫婦が直面している


名誉毀損不意打ち超高額ぼったくり訴訟」について


話すことを避けている。

 


友人・知人とは楽しいやりとりを心がけているからだ。

 

デパートに行くと、レターセットの売り場に立ち寄る。

 


つい先日は紅葉のカードが陳列されていたので手に取ると、850円とある。


主人に見せたら目を丸くして「いいお弁当が買えちゃうね」と不満のご様子。


そこで、父が好きだったコスモスのカードを選び、後は主人が選んでくれた。


伊東屋さんまで足を延ばし、リーゾナブルなカードを見つけることができた。

Dsc00004



その時々の記念切手や「おもてなしの花」シリーズの切手を買うのも好き。


好みのカードに文を書き、選んだ切手に、これもまた迷いつつ選んだ可愛らしいシールを並べてアレンジするひとときは、応訴中の、ささやかな気分転換である。

 

レターパックにはかなりの品物が入れられるから、お菓子や通販で購入した美しい花柄のノートやクリアファイル、薄手のマフラーなど入れてお贈りすることもある。

 


友人・知人は笑わせたいし、喜んでもらいたいし、心弾む会話を交わしたい。



だから、醜く、汚い、ウソで固められた訴訟の話は、極力避けている。

 


自分のことで心配をかけ、巻き込むのは本意ではない。

 


だが、冒頭で紹介した年長女性には、少しだけ話した。



そこで、その女性が語った、公開可能な内容を記そう。

 



私がね、あのねー、立派に、男にしてやったんだとか、言ってんのよね。

 

ほっつき歩いている、風来坊の、池澤夏樹を、私が男にしてやったんだ、みたいな、ね。

 



これは、「エッセイスト」と称する、池澤ショーエンバウム直美氏が、池澤ショーエンバウム直美のオフィシャルサイト2005年以降の主な活動履歴・実績における「執筆」「ナオミライクな日々」において、2011年9月19日に公開した「夢は時に多くのことを語り」と題する記事


http://blog.platies.co.jp/article/48028756.html



に公開されている、

 

 

私が将来の当てもない風来坊と結婚すると言い出した時も初めは反対こそすれ、最後にはあきらめていったん許してからは私たちの結婚を受け入れ、喜んでくれました。」との事実と、

 


当時池澤ショーエンバウム直美氏が勤務していた学校法人恵泉女学園・恵泉銀座センターとオフィスパースペクティブ共催の「キャリアカフェ」(池澤ショーエンバウム直美のオフィシャルサイト2005年以降の主な活動履歴・実績「講演・セミナー」・<就職・キャリア関連>)における「
キャリアカフェ」2007年6月9日 ()第12回 プラティエス㈱社長 池澤ショーエンバウム直美さん「プロアクティブな《きっかけ》作りがキャリアを変える」において語った「講義録」

http://career-cafe.cocolog-nifty.com/blog/2007/06/12_c736.html


に公開されている、

 

「もう一つは池澤夏樹と知り合ったことです。今では押しも押されもせぬ大作家になりましたが、当時はもちろん、将来の予測もつかぬ風来坊でした」との事実②を前提事実として、

私がね、あのねー、立派に、男にしてやったんだとか、言ってんのよね

 

ほっつき歩いている、風来坊の、池澤夏樹を、私が男にしてやったんだ、みたいな、ね。

 

との意見ないし論評を表明したものである。

 

ちなみに、風来坊とは、身元が知れず、一つ所にとどまらない人。」

  

なお、前提事実とした①②は、いずれも池澤夏樹氏からの離婚の求めに応じた後、前妻であった池澤ショーエンバウム直美氏が①記載し②語った内容である事実に、特に留意する必要がある。

 


池澤夏樹氏の亡父は、わたくし天野ベラの亡母と従兄妹の関係性にある故福永武彦氏という著名な作家であり、開成中学から、一高に進み、東大仏文科を卒業した仏文学者であり、学習院大学教授でもあった人物である。

 


そうした経歴を有する作家の故福永武彦氏と、詩人の故原條あき子氏との間に誕生したひとり息子が池澤夏樹氏なのである。

 


したがって、作家か、詩人として、大成するだろうとの、将来の当てがあり,押しも押されもせぬ大作家になるかも知れないと、将来の予測もついたからこそ池澤夏樹氏と「結婚すると言い出した」のではないか。

 


私はそう思っている。

2017年8月31日 (木)

ついに出た!第一回口頭弁論期日のすっぽかし!!-弘中絵里弁護士に対して、倨傲な訴訟態度と、訴訟活動に名を借りた個人攻撃の中止を警告する!-

帽子を取るとべっとりとした髪とこめかみから汗がしたたり落ちた。



そんな夏真っ盛りの28日月曜日、午後1時15分の東京地裁803号法廷。



裁判官3名(これも合議審となった)と書記官1名。



原告席の私たち夫婦、本人訴訟の天野コグちゃんと天野ベラの6人は、



被告席に座わる予定だった弘中絵里弁護士の到着を待っていた。



そうだ。私たち夫婦は反撃訴訟を提起している。



DHCからの恫喝訴訟に対する多大な応訴負担を憤っていた老弁護士も、ツイッター訴訟に巻き込まれる形で訴えられ、執筆時間を奪われたと怒りの筆を奮っていたジャーナリストも、どちらも反撃訴訟を考えていることを伝えておく、
損害賠償請求の提訴をすべく準備中であると公言していたが、未だに実行されていないようだ。



勝ち目のない訴訟、お金の取れない訴訟は、提起しないの?

 

それは違うだろう。



私たち夫婦は、池澤ショーエンバウム直美が、訴訟活動に名を借りた攻撃目的で提出した虚偽事実満載の訴状や陳述書に対して、反撃訴訟を提起している。



当初から相手方当事者の名誉を侵害し,又は相手方当事者を侮辱する意図で,ことさら虚偽の事実又は当該事件と何ら関連性のない事実を主張する場合や,あるいはそのような意図がなくとも,相応の根拠もないままに,訴訟追行上の必要性を超えて,著しく不適切な表現で主張し,相手方の名誉を害し,又は相手方当事者を侮辱する場合などは社会的に許容される範囲を逸脱したものとして違法性を阻却されないからだ。



準備書面及び陳述書により相手方当事者の名誉を毀損したとする損害賠償請求が、訴訟上の主張立証に名を借りた個人攻撃であり、違法性阻却事由があるとはいえないとして、認容された事例(判例タイムズ1244 東京地裁平成18年3月20日)はいくつも存在する。

 

主要な動機が訴訟とは別の相手方に対する個人攻撃とみられ、相手方当事者からの中止警告を受けてもなお訴訟における主張立証に名を借りて個人攻撃を続ける場合には、訴訟上の主張立証であることを理由とする違法性阻却は認められない。

 

そして、個人攻撃を行った代理人弁護士についても、「被告丙山(※代理人弁護士)もそのような被告乙原の意思を知りながら少なくとも幇助者となって、民法719条の共同不法行為を行ってしまったものと推認されるのである」との判断が示されて、賠償義務が認められている例が存在する。

  

したがって、私たち夫婦は、虚偽事実の背中を強く押して幇助し、非科学的・非論理的な感情論による個人攻撃の主張を妄りに続けることにより、私たち夫婦を挑発し、精神的損害を与えている弘中絵里弁護士をも被告として訴えることにした。

つまり、弘中絵里弁護士は、被告池澤ショーエンバウム直美の訴訟代理人であるとともに被告でもあるということだ。


被告不在の法廷で、脇博人裁判長裁判官殿が「擬制(陳述)でしょ?」と書記官殿に話しかけると、


書記官殿は、「いいえ、期日を弘中弁護士にお伝えして、期日請書もいただいています」と僅かながら憮然とした表情とお声で答えられた。



陳述擬制をするのであれば、弘中絵里弁護士は、その旨を書記官殿に伝えるとともに、ご都合の良い候補日を事前に伝えておかねばならない。



そうしないことには、法廷において次回期日を決めることができないからだ。



しびれをきらした書記官殿が、「法律事務所ヒロナカ」に小声で電話をかける。



どうやら失念していたようで、「気をつけていらしてください」との配慮あるお言葉が耳に届く。



これからすぐに向かうとのことであったが、到着には15分かかるので、擬制陳述とされ閉廷された。



法廷にやって来る「法律事務所ヒロナカ」の弁護士を、書記官殿が民事書記官室に案内されることとなり、私たち夫婦は一足先に移動して、書記官室に場所を移し、そちらで次回期日を決める手続が取られることとなった。



到着を待っていると、現れたのは大木勇弁護士ひとりであった。



弘中絵里弁護士は常に大木勇弁護士を伴って出廷して来る。



2人一組でペアとなって活動しているのだ。



だからと言って,失念したのは弘中絵里弁護士であろう。



先に書記官室に座わっていた大木勇弁護士に、「今日はどうしたの?」と聞いた。



「色々とありまして……」低姿勢であった。



そこに裁判官2名が入室され、大木勇弁護士が謝罪された。



10月の次回期日も決まり、裁判官2名が退室されたので、「じゃあお先に」と告げて帰ろうとすると、大木勇弁護士が、「今日は申し訳ありませんでした。」と私たち二人にお詫びの言葉を返した。



「いいえ、とんでもない」と言って主人を見ると、主人も微笑んでいた。



人間関係とはこれである。否、こうでなければならない。



相手がけじめをつけて謝ってくれたら、責めることなどできるものではない。



むしろ恐縮して、こちらが悪いことをしたかのように気の毒になってしまう。



普段から倨傲な態度を取って他人を小馬鹿にして厳しく糾弾し、自分に甘い者ほど、必要な反省の弁や謝罪の言葉を述べることを避けて、必要な場に出て来ようとしないものだ。



私たち夫婦は、名も無く、貧しい存在ではあるが、人一倍真面目である。


時間厳守、約束を守る、嘘を許さない、お金にキレイに、自分たちで出来ることは出来るだけ自分たちでする、などを心がけている。


だが、もし約束の時間に遅れることや、仮に間違えて覚えていて、人様にご迷惑をおかけした場合にはすぐに謝るであろうし、むしろ謝らなければ気が済まないだろう。


何であれ、失礼なことをしてしまったとすれば、早いうちに謝るのは当然のことなのである。


ところが、必要な謝罪をするのが嫌だというだけの理由で、謝罪を避けたままの人間がいる。


自己の言動について責任を取るのが嫌だというだけの理由で、他者に責任を押し付けて、自己責任を果たさない人間もいる。


そして、こうした人間たちは、多くの場合女性であるケースが多い。


さらに、こうした女性たちは、仕事が雑で、自立していない。


つまり、気立ての善い他者に依存しながら仕事をしており、甘えと驕りがある。


こんな女性たちが年老いて、記憶が怪しくなっていることにも気づかず、いくつになっても仕事をし続けていることを「私は恵まれている」などと豪語して引退せず、「生涯現役キャリアウーマン」に自己満足しているとすれば、周りはいい迷惑である。



しかも、そうした女性が訴訟の相手にでもなったなら、主張は変遷し、虚偽事実を羅列させた陳述書の提出、即ち


①ボンディの諺「やった者はやったことを忘れるが、やられた者は忘れない」のとおり、してやられた者は忘れずに覚えていて、常に同じことを伝え続けることが可能であるのに対して、ご自分がうまくしてやった側の立場の者は、忘れたいのか、忘れた振りを装っているようで、非科学的・非論理的な感情論によって、相応の理由もなく、「してなどいない」と強く否認するだけであり、


②ご自分が書いて一般に公開した文言でありながら、「ここは決してベラさんが言うような『〇〇〇』などではありませんでした」などと名指しで私に責任をなすりつけたり、


③こちらが言ってもいないことを「ベラさんはこう言っています」等などと、これもまた名指しでのまことしやかな嘘が噴水の如く溢れ出すのだから、そして、真実かどうかの検証もまるでなされないまま、そうした女性のことさら虚偽事実で固められた「陳述書」を何通も提出させる弘中絵里弁護士までが加わった当事者が相手方(原告)になった方としては、どこを切っても金太郎飴状態で嘘の文章ばかりが頁を繰る度に次々と飛び出して来るのだから、たまったものではない。

目に余る。


出鱈目ばかりの虚偽事実の連鎖によって、一方的に着せられた冤罪に、野放図にさらされたままでいなければならない謂れはどこにもない。


そこで、心ならずも限りある貴重な老後の時間、体力と労力、そしてささやかな年金を費やしてまでも反撃訴訟を提起し、訴訟資料の嵐の中に身を任せねばならないこととなった。


だが、反撃訴訟の提訴をすべく準備中と言いながら、長々と実行に移さずにいるような方々よりも、巨悪に立ち向かう気概があるのではないか?! 


私はそう思っている。

2017年8月23日 (水)

「違うだろー!」叫ぶしかない 原判決 -年金で暮らす無名の老夫婦に、『名誉毀損・不意打ち・ぼったくり訴訟』は許されるのか?!

「世界一短い手紙」をご存知だろうか?

 

それは仏作家ヴィクトル・ユーゴーと出版社のやりとりで

 

「?」(ぼくの本は売れていますか?)

「!」(爆発的に売れておりますよ!)

 

という「?」「!」だけの何とも簡単明瞭な傑作だ。

 

原判決に対する私の心情も実にシンプルである。

 

但し、「?」と「!」の使用は前記の例とは逆だ。

 

「!」(600万円の損害賠償を命じる!)495万円+遅延損害金合計で。

「?」(民事訴訟に名を借りた恐喝では?)

 

或いは

 

「!」(600万円を支払え!)

「!」(違うだろー!)

 

「ぼったくり」という品の無い言葉は使いたくないのだが、

 

通知書の一通もなく、寝込みを襲う狼藉者の様に、暴力的に、

 


これもまた「訴状に名を借りた請求書」として、ぶ厚い訴状を

 


いきなり叩きつけてきて、3000万円もの大金を、

 


しかも、後訴も含めれば、6000万円もの大金を、

 


「支払え!」と、「法律事務所ヒロナカ」を通じて請求してきたのだから、

 


これはもう正に「民事訴訟に名を借りた恐喝」以外の何ものでもない。

 


「恐喝」だからこそ穏当な「事前の交渉」は鼻から頭にないのである。

 


したがって、

 


「名誉毀損・不意打ち・お金目当て訴訟」と言うよりも

 


名誉毀損・不意打ち・ぼったくり訴訟」の方がしっくりくる。

 


よって、本件を「名誉毀損不意打ちぼったくり訴訟」と呼ぶ。

 


本日は、控訴審に提出した厖大な証拠の中から、

 


乙第307号証と乙第283号証を公開する。

 


乙第283号証は「妊娠・中絶ぼったくり訴訟」と呼びたい。

 


念のため申し添えれば「控訴人ら」というのは、

私たち天野コグちゃん・ベラ夫婦のことを指す。

 


【乙第307号証】


立証趣旨:



年金で暮らす無名の老夫婦である控訴人らが営利目的でもなく公開したブログ記事に命じられている非マスメディア型名誉毀損事件の損害賠償金の約600万円もの金額が,他のマスメディア型の名誉毀損訴訟の賠償金支払い金と比してあまりに高額に過ぎること

 

証拠:



デヴィ夫人の名誉毀損,小学館に90万円賠償命令。(貴民事部で和解し調整有とのこと)

 

デヴィ夫人への名誉毀損 光文社に110万賠償命令

 



報ステ報道めぐる訴訟,テレ朝に150万円賠償命令

 


「清原氏に組員紹介」におわせた報道ステーションは「名誉毀損」 渡辺二郎氏の訴え認め,テレ朝に150万円賠償命令。

 



【乙第283号証】


合意で性交渉をし、合意で妊娠中絶手術を行った男女間において、男性が女性の身体的、精神的苦痛や経済的負担の不利益を軽減し、解消するための行為をしないことが不法行為に該当するとされた事例 判例・判例時報2108号・同判決書は訴訟記録閲覧制限が認められており、閲覧が出来ないようにされている。損害賠償請求控訴、同附帯控訴事件 東京高裁平成21(ネ)3440号・4523号、平成21・10・15民21部判決、控訴棄却、附帯控訴棄却(確定)。一審東京地裁平成19(ワ)34053号、平成21・5・27判決を提出した。

 

立証趣旨:



被控訴人訴訟代理人弘中絵里弁護士と訴外小町谷育子弁護士(甲39【防犯カメラ撤去等請求訴訟】・判例の原告訴訟代理人)が知り合いであったこと。


本件が,かねてから親しい関係性にあった訴外弘中絵里弁護士と訴外小町谷育子弁護士とによる連携訴訟であり,控訴人らに仕掛けた不当訴訟であること。


本件被控訴人訴訟代理人の弘中絵里弁護士と控訴人らを被告とする防犯カメラ撤去等請求訴訟(甲39)の原告ら訴訟代理人弁護士である小町谷育子弁護士が,妊娠中絶の費用として,条理に基づく義務があるとして約1千万円を相手の男性に請求した堕胎請求訴訟の共同原告訴訟代理人であり,さらにそれぞれの原告らも面識があり親しい関係性にあったこと(甲49・16頁)

 

しかも平成18年末ころから平成19年にかけて,被控訴人は,当時の勤務先であった(学校法人恵泉女学園)恵泉銀座センター」に,控訴人ら近隣住民を集合させて密談を交わしており,閉室前の恵泉銀座センター」を拠点として警視庁やら●●警察やらに足を運んで控訴人らを通報していた事実を陳述書から種明しした事実「ご一緒に警視庁やら●警察に出向きました」(甲49・162乃至3行目)があり,こうした緊密な双方の関係性に照らせば,控訴人らをターゲットとして警察に逮捕させる目的で2チームが共闘していた事実は明らかであり,穏当さを欠いた密航的不意打ち訴訟という形態も同じであることから,陰湿な私怨による連携訴訟と判断されるべきであること。

 

***

 

デヴィ夫人の名誉毀損、小学館に90万円賠償命令

http://www.sanspo.com/geino/news/20170210/sca17021017560003-n1.html

 

小学館 デヴィ夫人への名誉毀損 90万円賠償命令

https://mainichi.jp/articles/20170211/k00/00m/040/034000c

 

デヴィ夫人と小学館和解、記事で名誉毀損めぐり訴訟

https://www.nikkansports.com/entertainment/news/1839150.html

 

デヴィ夫人への名誉毀損 光文社に110万賠償命令

http://www.sankei.com/affairs/news/170331/afr1703310038-n1.html

 

報ステ報道めぐる訴訟、テレ朝に150万円賠償命令

http://www.asahi.com/articles/ASK6Y56B1K6YPTIL017.html

 


「清原氏に組員紹介」におわせた報道ステーションは「名誉毀損」 渡辺二郎氏の訴え認め、テレ朝に150万円賠償命令

http://www.sankei.com/west/news/170629/wst1706290075-n1.html

 

弘中絵里弁護士らが、妊娠及び中絶に伴う責任の事案で、905万9839円もの超高額請求!

 

http://kogchan.asablo.jp/blog/2017/03/26/8422654

 

 

2017年8月13日 (日)

心が冷えきった朝……イギリスに、「おもてなし」の心ってあるの?

昨夜の私は徹夜だった。

 

 

 

いや今朝と言った方が正確だろう。

 

 

 

7時近くまで起きていた。

 

 

 

だが甚大かつ莫大な応訴作業のための徹夜ではない。

 

 

 

「世界陸上」を盛り上げ、何年にも亘り興奮させ、熱狂させてくれたウサイン・ボルト氏の男子400メートルリレー決勝ラスト・ランを、リアルタイムで視るためとご贔屓の日本代表選手たちに声援を送るためであった。

 

 

 

「さあ始まるわよ!」

 

 

 

主人を呼んでソファに座ってもらうと一緒にスタートを待った。

 

 

 

ところが、ガランとしたセットの中に世界のアスリートたち全員を待機させたまま、テレビカメラが無遠慮にボルト氏のアップや出走前調整の様子を撮影するばかりで、一向に選手たちがトラックに向かう気配はない。

 

 

 

私は「これは酷いわ。疲れちゃうじゃない?なんで早くスタートさせないの?」と言った。

 

 

 

コグちゃんは眠い顔で黙っていた。

 

 

 

「ずっとカメラが回っていたら集中も出来ないじゃない。ちょっとおかしいよね?!」

 

 

 

「こんなに待たされたら、コグちゃんだって、『もういいわ。ぼく帰る』って言って、出て来ちゃっているかも知れないわよ、ねっ?」

 

 

 

答えを促すと、

 

 

 

「でも、他に仲間が走るから、ひとりだけ帰るとは言えないよね」困ったように言った。

 

 

 

もうそろそろ限界でしょう?早く走らせてあげてください。お願いしますよ!

 

 

 

と内心しびれを切らした頃、がらんどうの中に立たされたまま待ちぼうけを食わされた選手たちはようやくトラックへと移った。

 

 

 

で……だ。

 

 

 

思いもよらない、「まさか」の結果となった。(下記URLをご参照ください)

 

 

 

主人は私を宥めようとして、

 

 

 

「でも、ボルトが、日本に銅メダルを与えてくれたんだよ。」と何度も言った。

 

 

 

だが、私は主催国の配慮の無さに、納得がいかなかった。

 

 

 

ボクサーなどにはセコンド陣がついて手厚く保護され、直前までガウンを着ていることもあり、暑さ寒さを含む体調管理が選手たちにとって最も重要であることは、誰でも知っているだろう。

 

 

 

ボルト氏を撮影することにかまけて、一流選手たちが我慢強く、誰ひとり何の文句も言わないことに胡坐をかき、長々と、あんな殺風景ながらんどうに、いつまでも集めたまま立たせておくことに、一体何の意味があったのか。

 

 

 

失礼きわまりない。

 

 

 

選手たちも、善い人たちなのはよくわかるが、我慢ばかりしていないで、何か言っても良かったんじゃない?

 

 

 

心が冷え冷えとしてきた。

 

 

 

運も実力のうちとは言うものの、そして、ご贔屓の日本代表選手たちが銅メダルを獲得したとは言うものの、私は手ばなしで結果を喜べなかった。

 

 

 

それは、表舞台で輝く笑顔を見せる者たちの裏側に、配慮の無さによる事故に泣く者の存在を知っているからであった。

 

 

 

誰もが万全の態勢で挑みたいと思って臨む闘いの場所においては、そうした思いをしっかりと受けとめる主催者側の配慮が欠かせない。

 

 

 

待機場所の空調すら整えられないような、そんな場所は、開催地としてふさわしくない。

 

 

 

「イギリスの選手たちに、暑いジャマイカで短距離走をさせてみたいね。」と主人が言ったので、少し笑った。

 

 

 

東京オリンピックまで生きていられることを望み、老後の楽しみのひとつとしているが、選手たちを、単なる見世物として、その姿を追い回すことに集中するばかりでなく、開催地にふさわしく、公約でもある「お・も・て・な・し」の精神を忘れないようにすべきである。

 

 

 

世界各国、暑い国や寒い国から訪れてくれる選手たち全員が、少しでも快適に、持てる力を十分発揮できるような環境づくりなど、細やかな配慮の出来る、優れた、そして心あたたかいスタッフを少しでも多く集めることが肝心であろう。

 

 

 

私はそう思っている。

 

 

 

*****

ボルト棄権の原因は「寒すぎる招集所」 同僚が主催者に怒り「彼は冷え切っていた」8/13() 10:33配信

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20170813-00010002-theanswer-spo

 

 

ボルト、左太もも裏の痙攣 同僚は長すぎた40分待機に疑問「ボトル2本分の水飲んだ」2017.08.13

https://the-ans.jp/news/7942/

 

 

ボルト、ラストラン棄権に世界が衝撃「偉大な終焉を飾れず」「最も悲しいサヨナラ」8/13() 9:28配信

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20170813-00010001-theanswer-spo

2017年8月 5日 (土)

それはセンセイ……

元大臣兼国会議員兼弁護士

元歌手で国会議員

市議会議員

女優さんの担当医

 


いずれもご立派な肩書をお持ちの、センセイだ。

 



上に立ちたい、長が欲しい、センセイと呼ばれたい、といった野心や功名心が、度を超して強い人物がいる。

 



彼らは判で押したようにお金と異性に汚い。

 



「センセイ」と呼ばれる者たちが、蓋を開けてみれば大した人物でもなく、手に入れた肩書に胡坐をかいて本質磨きを怠り、切磋琢磨せず、刻苦勉励もせず、いかにくだらない言動を露にしていることか……

 



これは、肩書や学歴なんぞに欺かれてはならない、




そして、決して権威にだまされるなということだ。

 



サイコパスについて書かれた「良心をもたない人たち」と題する書籍を読んで印象に残ったのは、ドリーンという女性の心理学者についてであった。

 



心理学者として勤務していたドリーンは、実際にはセラピストの資格も、博士課程の修了証も有してはいなかった。

 



ところが、病院に採用された時のドリーンの履歴書には、推薦状が2通添えられていた。

 



そして、そのどちらも、ドリーンから誘惑されて関係を持たされた高名な学者が書いたものであった。

 



そのため、権威からの推薦状によって錯誤させられた病院の採用審議委員会が、履歴書の真偽を確認せず、ドリーンが博士号を取得していると思い込んでしまったのだ。

 



ドリーンは、心理学者らしくふるまえば、ただそれだけでよかったのである。

 



裁判所はセンセイの宝庫だ。

 



東京地裁に足を運べば、書面上は対立している筈のセンセイ同志が、「センセイ」、「センセイ」と呼び合いながら、笑顔で話をする光景がそこかしこで目に入る。

 



法廷でも裁判官が、弁護士を「センセイ」と呼ぶ。

 



対立する相手の弁護士と同じ協会や団体に所属していたりして繋がっていても気づかず、仲間とは知らずに親しい関係性にある弁護士を雇ってしまう愚行を犯していながら気づかない当事者もいるだろう。

 




東京地裁は狭い。

 




弁護士会館はさらに狭く、エレベーター前はことのほか狭苦しい。

 




22歳で弁護士となり、80歳を過ぎても東京で開業しているとすれば、約60年近くも東京地裁や東京地検に足を運び続けられることとなる。

 




転勤もなく、リストラもなく、お仲間の弁護士から攻撃されてやりこめられることもなく、よっぽどのことをしでかさない限り、懲戒処分に付されることもない。

 




国会議員のように、その悪質な仕事ぶりが追及されることもほとんどないのだ。

 




長年の弁護士生活により、センセイ方同志は顔馴染みとなり、関係性は緊密になり、金力や権力をもって狭い法曹界を牛耳ることは容易い。

 




いつも感じることだが、裁判官も含めて、全員が法曹界仲間なのであり、傷を舐め合い、庇い合って、同じ釜のご飯を仲良く分け合う排他的な組織集団であるようにしか私には見えない。

 



事件を担当した対立するセンセイ方は名刺を交換し、携帯電話や電子メールで連絡を取り合うのが常となるから、「知らぬは当事者ばかりなり」と思料されるような場面にも出くわす。

 




不必要な緊張感を緩和したい思いもわからないではないが、高い着手金を支払わされて委任した者からすれば、対立する相手方当事者の弁護士とは、ビジネスライクな関係を保ち、狎れ合いを避けて、出来るだけ効果的な主張や反論を期待したいというのが共通するところであろう。

 



かくの如く、巷にはセンセイと呼ばれる人物が、跳梁跋扈している。

 



果たしてそれらのセンセイ方が、先生と呼ばれるに足りる存在であるかどうか。




それについては、知力と分析力をもって十分に精査・確認することが肝心であろう。

 



さて、本日は夏休みプレゼントとして、蒸し暑い夏こそ不快指数に負けないための強靭な体力づくりのために、下記に膨大な訴訟資料を掲載する。

 



名誉毀損とされ「削除せよ」と判断された記事部分には、黄色のラインマーカーが引かれている。

 



「こんな部分まで削除しなければならないの?」などとお考えいただきながら、

「天野ベラのブログ」、「天野ベラのホームページ」、「kogchan blog」全記事の読破に挑戦していただきたい。

 



それではどうぞ!

 

*****

 

https://litigationwithnaomiikezawa.jimdo.com/黄色のラインマーカー部分の削除を求められている甲1/

 



https://litigationwithnaomiikezawa.jimdo.com/甲2/

 



https://litigationwithnaomiikezawa.jimdo.com/甲3/

 



https://litigationwithnaomiikezawa.jimdo.com/甲4/

 



https://litigationwithnaomiikezawa.jimdo.com/甲5/

 



https://litigationwithnaomiikezawa.jimdo.com/甲6/

 



https://litigationwithnaomiikezawa.jimdo.com/甲7/

 



https://litigationwithnaomiikezawa.jimdo.com/甲8/

 



https://litigationwithnaomiikezawa.jimdo.com/甲9/

 



https://litigationwithnaomiikezawa.jimdo.com/甲10/

 



https://litigationwithnaomiikezawa.jimdo.com/甲11/

 



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2017年8月 2日 (水)

誰もが好きなおやつ……それを食べ過ぎた後に失う物はとてつもなく大きい。

実はテレビが好きだ。

 



パッと点けた時に流れていた画面が、その時の自分に少なからず影響を与えることもあり、テレビ占いのように感じられる時がある。

 



先日は往年の美人女優、星百合子さんの主演されていたドラマ「
緑川警部VS殺人トランプ」の再放送が画面に映し出された。

 



「お母さんはお金としか暮らせない人」との厳しい非難の声とともに、星百合子さんの子供たちが、星さん演じるところの資産家と思しきやり手の人物から、次々と立ち去って行くシーンに変わった。

 



車椅子に座った星さんは、多くの富を抱えながらも、空疎で貧相な役どころを演じていらした。

 



今日も作業の手を休めてリモコンを握りパッとテレビを点けてみた。

 



すると、今日は往年の歌手、橋幸夫さんが何とコメンテイターとしてワイドショーに出演していて意見を求められていたのだった。

 



フリップには、松居一代さんがお金に執着心が強いという話題が提示されていて、橋幸夫さんは、松居さんはお金にこだわり過ぎたから、船越さんが逃げちゃったのではないでしょうか、お金、お金では、男は嫌になりますよ、といった趣旨の発言をされていたようだった。

 



これはかなり前の話になる。

 



主人と私は、就業時間が終わるのを待ちかねて、IBM本社からほど近い溜池のケーキ店に、当時アルバイトをしていた若い女性たち3名を伴って、美味しいスイーツを求めて行った。

 



好物のチョコレートパイを堪能しながら得意の馬鹿話トークを炸裂させて女性たちを笑わせていると、ひとりの女性が手をあげてコーヒーをお代わりした。

 



ああ、コーヒーのお代わり、無料なのねと気づいた。

 



それからもその女性は、さほど長居をした訳でもないのに、5~6杯どころではないお代わり注文を、こまめに繰り返したのだった。

 



帰り道で、いくらタダだからって、ちょっと……いただけないよね。と主人が軽くつぶやいた。

 



お代わりの手を挙げ続ける女性が、いささか不快に映っていたようだった。

 



桜の花の枝を無料配布する仕事に回った人が、「ひとり1本だけですよ」と注意されても聞かず、1回もらった桜の枝をどこかに置いて再度並ぶ者、もっといい枝に代えようとする者などを見ていて、「こういうあさましい連中にだけはなるまいと思った」と強く憤りを伝える記事を読んだことがある。

 



また、他者の家に招かれ、今が旬の貴重な食べ物を提供されて、「1回〇個までにしてください。でないと、お腹をこわします」と言われても聞かずに、食べたいだけ食べた者の記事もあった

 



これは何も本当に食べている人のお腹具合を気にして与えた注意ではないと思われ、もしかすると、そのご家庭やご家族にも少し取っておかれたい、残しておきたいお気持ちもあり、残しておいて欲しくて「お腹をこわしますよ」と注意を呼びかけたのかも、釘を刺したのかも知れない。

 



或いは、いくら美味しいからといって、個以上も頬張ってはレディとしての慎みに欠けますよ、と婉曲にやんわりと伝える大人のメッセージだったのかも知れない。

 



自分の姿にはなかなか気がつかないものだが、桜の花も食べ物も、無料で提供されているからこそ、配布者からの注意や、提供してくださっている家主さんからの注意には素直に応じて、感謝とともにありがたくいただきたいものである。

 



閑話休題。冒頭の松居一代さんの話題に戻ろう。

 



一連の離婚騒動についての報道で、私の目に留まった出来事があった。

 



それは、2010年2月にお妹さんを、7月にお母上様を、船越栄一郎さんが、次々と亡くされたという、無常の風が吹きすさぶが如く酷な出来事であった。

 



船越さんは、一時、顔面神経痛を患ってしまわれたとの報道もあった。

 


ウィキペディアには、同年4月、妻である松居さんは、「愛媛女子短期大学健康スポーツ学科特任教授に就任。「マツイ棒」の作り方や夫の操作術、ピンチ脱出法などを「ライフスタイル研究1」講義で伝授する。」と公表されている。

 



教授に就任したばかりで浮き足立ち、ビジネスに頭と神経を集中させるあまり、船越さんのご心情に寄り添って過ごす時間がどうしても少なくなってしまわれたのではないだろうか。

 



本来は、お掃除が大好きな、明るく賢い奥さん、しかも悪態をつきながらも根本は、船越さんのことが大好きだからこそ過度の焼きもちを焼いていると伝わって来るだけに、おおらかで、聞き上手な、やさしいご主人と何とかもう一度やり直せないものかと、他人事ながら思えてならない。

 



又、これも昔パッと点けたテレビだったが、渡辺篤史さんが聞き手となって、素敵なお宅を訪問して回わり、間取りなどを見せていただくという番組「渡辺篤史の建もの探訪」の中で、お料理上手な奥様が開く料理教室用のとても広くて使いやすそうな快適なキッチンと大きなテーブルが置かれた部屋が眼下に見渡せる小部屋の中からの映像が映し出されていたことがあった。

 


小部屋には小さなガス台が置いてあり、メガネをかけた若いご主人は、料理教室の間はそこでカップラーメンなどを食べて過ごすと言っていた。

 



毎日のことではないにしろ、こうした光景を見るにつけ、どこぞの女性議員ではないが、「違うだろー」と私の心が小さく叫ぶ。

 



一体何が大切なのだろう。

 



大切なものはお金だと言い切る人もいる。

 



だから、お金という誰もが好きなおやつを差し出されると、主人の好きな時代劇でもなく、私の好きな西部劇でもない、今の御時世、おやつを持っていない人物などくるりと背を向けて寝返られ、考えるいとまもなく、いくつでもおやつを差し出してくれる相手方へと躊躇なくつき進んでゆくことを、私は知らされた。

 



だが、調子に乗ってこのおやつを食べ過ぎた者を待っているのは、使い古された台詞だが、金言どおり「お金では買えないもの」を失った時の空しさであろう。

 



お腹はいっぱいで、満たされている筈なのに、心は乾き、愛に飢えている自分の痛みを知った時、はじめて愛を、情を、そして何よりも大切な、人々の心を置き去りにして金と欲に走ってきた自分をいやという程知り、後悔の念に苛まれるのではないか。

 



私はそう思っている。

2017年7月25日 (火)

女性の『本物』は育ちにくい-「かわいい」はたまた「東大出」が通用するのは20代までと心得よ-

「可愛いから許す!」

 



この言葉は、何と、天野ベラこと、この私に対するお言葉である。

 



驚かれているだろうが、人は、誰も婆さんとして産まれるわけではない。

 



婆さんになるのだ。

 



それで、だ、私にも人並みに可愛く見えた時代があって、

 



その時に掛けていただいたお言葉が冒頭のご発言であったのだ。

 



ところが、この一瞬前には「馬鹿もーん!!」との怒声を浴びていた。

 



いきさつを説明しようか……

 



新入社員の私は、朝早く出社して上司や先輩社員の机を拭いていた。

 



すると、隣の部屋から、「馬鹿もーん!!」と大きな声がした。

 



「こんな、明るい日に、電気なんか点けるんじゃなーい!!」

 



他にも出社されていた社員の方がいらしたこと、そして電気を点けたのがいけなかったことに一瞬にして気付かされた22歳の私は、雑巾を置くと直ちに電気を消して、キャビネットで仕切られた隣の部屋に走った。

 



大声の主は高いお席に座していらして、後にその方が大御所であることを知った。

 



広い机の前に立ち、「申し訳ありませんでした。」と頭を下げた私は動かなかった。

 



するとそのご老人はバツが悪そうに「何だ、君だったのか……〇産業のおばさんかと……」と小声で言うが早いか、

 



「可愛いから許す!」とおっしゃったのだ。

 



早朝の出来事であり、この話を知る社員がいたとしても極僅かな筈であり、私に向けて言われた言葉と知る社員はいないと思われるのだが、なぜかこの言葉はこれから先、社内で流行ることとなった。

 



だが「可愛い」で許されるのは20代まで。

 



もっと言えば「はたち」までであり、成人を過ぎたら「かわいい」では済まされないと気を引き締めるべきである。

 



事と次第にも寄ろうが、実際には「可愛いからと言って到底許されるものではない」と訴訟資料の如くキツイ調子で心に刻まなければならない。

 



つい最近知人が、「最近はロクな女性政治家がいないわね。昔は土井たか子さんとか市川房江さんとかいたのに……蓮舫はカッコいいけど、三原じゅん子は嫌いだわ」と言ったので、「でも三原じゅん子さん、キレイじゃない」とつい軽くかわしたところ知人は、

 



「それがいけない」と怒った。

 



確かに女性は、可愛いければ、そして、そんな人から上手に甘えられ、おねだりをされたりすれば、男性に限らず女性でも姉御肌であれば、無下に断れなくなる。

 



そして、「ま、いいか」「仕方がない」「喜んでくれるのだからいいじゃないか」とお茶を濁して大目に見ることとなる。

 



その女性が若かったりすればさらに点数は甘くなり、限りなくワガママな要望や特別扱いを求めても応じられるだろう。

 



かくして「おねだり光線」の威力に安住した可愛い子ちゃんは、実力を磨く時間より美を磨く時間、切る前髪の長さに悩むような時間ばかりを増やすことになりかねない。

 



一方で、東大を出た弁護士で、防衛大臣となった女性政治家、東大を出て、ハーバード大学の大学院を卒業した女性政治家、それぞれの虚言と暴言が話題を集めている状況も見過ごせない。

 



「東大出」であることの立証趣旨は、言うまでもなく「頭脳明晰であること」である筈だが、その実態はと言えば、連日の報道から推して知るべしであろう。

 



「可愛い」も「東大出」も、その外見や経歴に眩惑されることなく、その女性たちの実力と言動という真実の姿、すなわち実際にその女性が何を言い、どんなことをして来たのか、公言して来たことに実行は伴っていたのか、どういう信念を持って人生を歩んでいるのかなども含めて、その女性の包装紙ではなく、その「中身」と「内面」に目を向けるという本質的なことが疎かにされ、後回しにされてはいけないということである。

 



実際の言動に注視し注目して、真の姿を見極めない限り,特に女性は、実力を蓄えた「本物」が育ちにくいのではないかと思う。

 



年になっても、「私は可愛い」

 



だから私の「甘え」「おねだり」の呼びかけは許されると勘違いをし続け、

 



「私は東大出」

 



だから私は「頭がいい」だから「私以外は全員馬鹿」、「私の言うこと以外は総て誤り」との三段論法によって、東大卒というクッションの上に胡坐をかく倨傲な態度が中年になっても抜けていないとすれば、真の実力が育っていない証拠と解すべきであろう。

 



研鑽を積み、懊悩や呻吟の時をも越えて、外見や経歴を突き抜けた力を蓄えない限り、本物には近づけない。

 



ちなみに私が本物と思う女性は2人いて、どちらも故人であり、芸術家である。

 



ひとりは越路吹雪さん。もうひとりは山口洋子さんである。

 



おふたりとも可愛くはないし、一流大学を出ている訳でもない。

 



だが、真の実力者こそが持つ威厳そして選ばれし者が持つ恍惚と不安に満ちたどこか儚げな憂い、つまり私が最も好み重視するところの「ペーソス」を含んだ表現や作風、そして人間性に限りなく魅きつけられるのである。

 



努力して本物に近づき、「あの人なら!」と誰もが納得の出来る形で、輝かしい栄光、相応しい結果など、実力に伴って与えられるご褒美を徐々に増やしながら、着実な地位を築いていくことが望ましいのではないか。

 



私はそう思っている。

2017年7月19日 (水)

池澤春菜さん第48回星雲賞ノンフィクション部門おめでとうございます。

池澤春菜さん第48回星雲賞ノンフィクション部門おめでとうございます。

 

http://www.sf-fan.gr.jp/awards/2017result.html

 


前年の受賞は「サンリオSF文庫総解説 
編集:牧眞司氏、大森望氏」



今年も牧眞司氏、大森望氏が、さらに牧眞司氏が、単独でエントリーしています。

 

 

さて本日は民事訴訟に提出した証拠等が

 盛りだくさんのサイトを紹介いたします。

 

よろしければご高覧ください。


 

https://litigationwithnaomiikezawa.jimdo.com/訴状-声優池澤春菜氏の母親-池澤ショーエンバウム直美こと池澤直美氏からの訴訟/

 



https://litigationwithnaomiikezawa.jimdo.com/new-同左判決/




https://litigationwithnaomiikezawa.jimdo.com/控訴審-上申書/

 



https://litigationwithnaomiikezawa.jimdo.com/法律事務所ヒロナカhp-費用/

 



https://litigationwithnaomiikezawa.jimdo.com/原告の記事-カウンターのすすめ/

 




https://litigationwithnaomiikezawa.jimdo.com/原告の記事-元いた所に立ってごらんよ/

 



https://litigationwithnaomiikezawa.jimdo.com/原告の長女の焼いたタルト台の写真/

 



https://litigationwithnaomiikezawa.jimdo.com/声優-池澤春菜の母親の運転が犯罪レベルな件/

 



https://litigationwithnaomiikezawa.jimdo.com/黄色のラインマーカー部分の削除を求められている甲1/

2017年7月 9日 (日)

安心して叩ける者を叩く言論は無価値である-松居一代氏への集中攻撃に加わるような,誰にでも書ける言論を書くことなかれ-

7月になった。早いね…

 


このところ,芸能人や政治家等安心して叩ける者への集中攻撃が目立っている。

 


この行為は「みんなで叩けばこわくない」という集団リンチの感覚に似ている。

 


「みんな」から叩かれている人を躊躇なく叩く言論は,どれも似たりよったりだ。

 


https://twitter.com/kazuyo_official/status/883388165578309632

 


松居一代氏は,今や可愛さ余って憎さ百倍になってしまったが,もともとは最愛の夫であった船越英一郎氏から裏切られた,船越氏を偽善者と感じているようである。

 


だから,多くの人たちに船越氏の実態を知らしめたいとの強い思いで,同氏の「裏の顔」を暴露する行為に躍起になっているように見える。

 


そんな思いが炸裂した松居氏のブログや動画を批判することは容易い。

 


だが,ツイッターの投稿の中に,少しでも投稿者自身の実体験が盛り込まれていて,そうした体験に基づいた投稿でもあるならば,それは読むに値すると思うが,そうした建設的な意見や斬新な指摘,鋭い批判,何らかの意味のある投稿はほとんど見られない。

 


だったら,「みんな」に叩かれている人をよってたかって叩く,似たり寄ったりの言論など,「みんな」に任せておけばいい。

 


多くの非難が集まっている芸能人や政治家を選んで叩いている限り,名誉毀損として訴えられるリスクは低いだろう。

 


そうした意味においても,「みんな」で松居氏を叩く言論を投稿することは,あまりにも容易い。

 


だが,そんな言論の表明に一体何の価値があり,いかなる意義があるのだろう。

 


ある時,質屋さんが共同で開催しているバーゲンセールがあると,テレビのニュースが知らせていた。

 


画面には,ヴィトン柄の大小さまざまなバッグが山と積まれている会場の一角に多くの女性たちが群がり,手に取っては選び,とっかえ,ひっかえしている姿が映し出されていた。

 


持ちたいのだろうか?



みんなと同じものを?

 


そう感じた。

 


これは、ツイッターで松居氏をバッシングする夥しいコメントに対する感覚に近い。

 


書きたいのだろうか?



みんなと同じことを?

 


との冷めた思いである。

 


私が男性だったら,それも西部劇に登場するクリント・イーストウッドのような男性であったなら,書き込もうとしている者にこう言うだろう。

 


「誰にでも書けるようなことは書くな。そんなこと,他の誰かにやらせておけ。」

 


そして酒場の柱にマッチを擦りつけて煙草に火をつけると,黙って立ち去る。

 


実際に価値ある言論とは、権力批判の言論である。

 


権力者や社会的強者に対する批判であり,そうした者たちによる気づかれていない悪事,悪徳,不正に対する正当な批判であり,世間に知らしめなければならない巧妙な偽善,偽装,虚偽などに対する誠実な糾弾である。

 


叩いても安心な者や弱っている者を選んで叩く言論は、ズルくて小さい,つまらない言論である。

 


しかも,匿名で,袋叩きに安心して乗っかって言論を表明している者は,叩かれている人よりずっとカッコ悪いことを知るべきであろう。

 


さらに,「
『日本に帰ってきてすぐに豊田議員の(報道を)見て大爆笑。その後、松居一代さんで大爆笑!なんか“ババアの熱い夏”みたいな!(って)』と豪快に語った。」と野沢直子氏が発言したと報道されているが,これにも呆れた。

 


片や傷害事件,片や離婚調停から訴訟に及ぶ事件であり,どちらも大爆笑できる問題ではない。

 


そもそも,野沢直子氏も54歳。決して若いとはいえない。

 


https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170707-00000078-dal-ent

 


デイリースポーツは「豪快に語った」と記載するが,この種の発言に「豪快」の表現はそぐわない。

 


「毎年夏休みになると出稼ぎ帰国することが恒例となっている」野沢直子氏が,
叩かれている女性たちの「モノマネを練習中だと明かした」との報道もある。

 


https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170707-01851657-nksports-ent

 


だが,夫婦間にいかなる理由があるにせよ,最愛の夫から離婚の申し出を突き付けられて別居を余儀なくされ,苦悶の渦中にある女性や,傷害罪として被害届まで受理された加害女性を,お笑いの材料にするならば,非常識きわまりない。

 



日本に出稼ぎ帰国して動画で見た人物のモノマネを練習中だとすれば,それは取りも直さず「よしもとエージェンシー」所属のお笑いタレントとして出し物に飢えているということであり,常日頃から芸を磨いていないから,芸の引き出しがないということではなかろうか。

 



私はそう思っている。

2017年6月30日 (金)

人格も容姿も生き方も、総てが美しかった小林真央さん、どうか安らかにお眠りください-豊田真由子議員の暴言は、心を殺す殺心罪!・度を超した野心家の女性は凶暴である-

先週は対照的な30歳代の女性2人の、驚くべき出来事が報道された。

 

ご立派なのは学歴と肩書だけとしか思えない、美から遠くかけ離れた豊田真由子議員のどす黒くも腹黒い暴言事件。

 


そして、そっと散った白い薔薇の花びらのような、小林真央さんの急逝である。

 

このところ名優の方々や才能ある美女が次々に身罷られて落胆させられる。

 


小林真央さんは、若く美しく才能もありながら、自惚れていい気になっているところもなく、調子づいているような浮ついたところもなく、嫌味な発言も全くなく、自然体で誠実な印象を持った。

 


誰もが憧れるニュースキャスターの職に就き、「ニュースZERO」という高視聴率のサブキャスターを任されるようになってもなお背伸びをせず、良くできた可愛らしい、どこか古風なお嬢さんの枠を超えず、悪い噂も聞かず、どこまでも健全かつ純真であり続けた。

 


そのうちに、何と、平成の色男などと呼ばれるあの市川海老蔵氏から求婚されて妻となり、潔く仕事を止めて裏方に回わることを決意し、海老蔵氏を支えるようになった。

 


真央さんの清潔な美貌が単独で視られる回数はほとんど消え、歌舞伎座に青い色無地の和服で向かわれる姿や、海老蔵氏暴行事件における謝罪の姿など、海老蔵氏と伴に生きている姿しか視られないようになった。

 


でも、みんな、実はもっと真央さんの、あの笑顔、作り声ではない自然な声、大きな瞳、長い髪、心がそのまま映し出されたような悪気の微塵もない態度、常に自然体だった姿、

 


そして、巧まざる完璧な可愛らしさと、何よりもその根源になっている澄み切った心の清らかさに触れて、笑顔になり、ずっと活躍を応援していたかったのだろう。

 


そんなみんなに対して、時にあまりにも意地悪で、どこまでも残酷な神様は、こんな形で、真央さんが最後の最期まで可愛らしく、そして勇敢であり強くもあった姿を、応援し、たくさん見る機会を与えられたということだ。

 


闘病中の真央さんを応援せず、真央さんの急逝を悼まない者はいないだろう。

 


これは、日本全国が心をひとつにしたということであり、小林真央さんが、容姿も、人格も、生き様も総て美しかった証であろう。

 

 

真央さんはごく自然に注目され、目立つべくして目立ち、有名になるべくして有名になり、自ずと脚光を浴び、歌舞伎の大スターまでが惹きつけられ、日本国民のほとんど全員から惜しまれつつ亡くなったのである。

 


真央ちゃん、いつも主人とそう話していたから、そう書かせていただきます。

 


これからもずっと忘れません。美しい真央ちゃんのこと。

 


ゆっくりとお休みになってください。

 



さて…真央ちゃんに比べて、豊田真由子議員といったらどうだ。

 


豊田真由子議員の同級生は、下記のように語っている。

 


何か自分が目立ちたい、有名になりたい、カッコよくいたい思いが強い人

 


https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20170627-00010009-jprime-soci&p=3

 


そうだ。

 

 

暴言を吐く者は、目立ちたい、上に立ちたい、長が欲しい、先生と呼ばれたいという欲望と野心の強過ぎる者が多い。

 


支配力、名誉欲の強さで他を圧倒しているという事実があり、真実である。

 


2010年1月17日、中止を求めても暴言を繰り返して止めないという被害を受けた経験が私にはある。

 


「体にも悪いし」「それはもうよくわかったから」と懇願して暴言の中止を求め、「きれいにお別れしましょう」と低姿勢で呼びかけ、和解したうえでの決別を伝えても聞き入れず、「よく何回も言えるね」と私が呆れてもなお、「言えるよ、何回だって!」、「何回でも言うよ」と嫌がらせの暴言を吐き続けたのだ。

 


豊田真由子議員ほどの学歴も地位もないが、この暴言同級生も、目立とう精神だけは桁外れに旺盛で、とにかく偉そうであった。

 


中学になると、誰から推されたわけでもないのに、早速、生徒会の役員に立候補した。

 


何で〇〇〇が出るの?と思うほど同級生から人気はなく、友人もいなかったから、案の定、他のクラスから推されて出馬した同級生が当選し、暴言同級生は大差をつけられて落選した。

 


暴言同級生の父親が、とある学校の教員をしていたせいか、とりわけその学校に関して暴言同級生は偉そうで、より高圧的・好戦的な態度を示し、その学校の文化祭に出かけたおとなしい同級生と、当時私が入っていた手芸料理部の後輩にあたる口下手な下級生をロフトのような作りの角部屋だった中学3Dクラスの教室前の廊下に呼び出して謝らせ、大泣きさせるという信じ難い出来事を発生させたこともある。

 


そんな暴言同級生は、中学の生徒会選挙に落選したとはいえ、中高一貫校という特性から、大々的な選挙活動によって名前が売れていた。

 


つまり、実情については知られていないが、知名度だけはあったというわけだ。

 


そこで、高校において、再度懲りずに生徒会役員に立候補し、既に〇〇がその役員に名乗りを上げて立候補していたにもかかわらず、成績優秀で難のない〇〇ちゃんを担ぎ出して対抗させることによって自分の売り込みに利用したのかどうかは判然としないが、「〇〇ちゃんと〇〇〇をよろしく!」とセット販売の形で名前を連呼しながら上級生のクラスを回って来たと後に親しい先輩から伝えられて驚いたこともあった。

 


その結果、同級生からの人気はなかったものの、下級生や上級生からの票を得て、ようやく長年の夢と希望と憧れであった生徒会役員の座を暴言同級生は3年越しで叶えたのであった。

 


目立とう精神はクラス別の合唱祭においても遺憾なく発揮された。

 


暴言同級生は、当然別クラスの指揮者にも名乗りを上げたという。

 


クールな生徒の多かった別クラスでは、指揮者をやりたがる者は誰もいなかったそうだ。

 


暴言同級生はすんなりと指揮者になれた。そこまでは思い通りだっただろう。

 


だが、ここでもあまりにも意地悪で、どこまでも残酷な神様は、暴言同級生への思いもよらないしっぺ返しを、こともあろうに晴れ舞台の当日与えられたのであった。

 


講堂に置かれた台に上がった暴言同級生は、客席に尻を向け、癖のあるくねくねとした前屈姿勢で手を上げ始めた。

 


すると、その度に、黒く長いスカートの中から、少女らしい可愛らしい花柄やリボンのパ〇〇ではなく、何とも古めかしい、大正生まれであった私の亡母でも履いていないような、長い、ズロースとでも呼べばしっくりするような下穿き(したばき)が、客席に座っていた他のクラスの同級生全員に丸見えになってしまったのだ。

 


「愛のわざ」という合唱曲を観賞するどころか、前世期の遺物といえる何とも言えない代物を観賞させられる羽目となり、客席からは小さな笑い声すら漏れ出す始末で、一度きりの晴れの舞台は、敵ながら思い出すのも気の毒な赤恥の結果に終わったのだった。

 


何につけ、上に立ちたい、目立ちたい、長が欲しいという、支配力の強い暴言同級生は、自分のことを『先生』と呼び、ブログにも自ら『先生』と記載して公開するようになり、最後の電話での通話中に、私が「普通に話せない?」と伝え「落ち着いて」と呼びかけた時も、「昔から『先生』落ち着いてるよ」と語り呆れ果てたものであった。

 


暴言を吐く者の特性として、相手を自分より「格下」と見下して、軽んじていることが挙げられる。

 


だからこそ、この豊田真由子様に向かって、先生と呼ばれるこの私に向かってといった根拠不在のまま、自分の方が上に立っている、自分の方が学歴がいい、自分は議員で先生と呼ばれている、社会的身分が上いう差別意識を全面に押し出して、相手を威圧するのである。

 


相手を格下と見下している者は、相手の意見や立場に耳を傾けよう、相手の言い分も理解し尊重したうえで、和解して気持ち良く袂を分かとうといったスポーツマンシップに近い喧嘩の治め方を知らず、落としどころを計りながらの知的な冷静さを宿した会話を交わそうとせず、平和的解決を目指す心のゆとりもない。

 


単細胞で暴力的に一方的な感情論をぶつけるだけである。

 


暴言を受けた際、もはやこれまでと、電話で縁を切った。

 


ところが、暴言同級生は、縁を切ってもなお私宛に手紙を出し続けたのであった。

 


2010年1月27日に1通。

 


2010年2月 6日に1通。

 


身体に悪いので開封せず、そのまま縁を切った暴言同級生宛に差し戻した。

 


すると、


2010年3月19日には、さらに2通の手紙が届いたのだった。

 


2010年3月19日に届いた2通のうち1通には、封筒の裏に、手紙を受け取れと義務なきことを強要する文言が、暴言同級生の直筆で記載されていた。

 


中学時代から見慣れたこの文字は、私にとって特に恐ろしいものであった。

 


かつてどこの誰からも受けたこともなく、男性からであっても、パワハラ上司からも聞いたことのない、アクの強いドスのきいた声による暴言による通話時の苦痛だけでも想像以上に強く、7年以上が経過した今でも夢にうなされる程の衝撃が残っている。

 


きわめて悪質と感じられる行為は、電話で確実に縁を切る約束を交わしたにもかかわらず、暴言同級生が、その約束を守らず、1月から3月まで4通の不必要な手紙を送り続けて来て、手紙の受取りを拒否したにもかかわらず、最後には封筒の裏にまで受取りを強要する文言を記載して見せたことである。

 


電話で確実に縁を切ったにもかかわらず、さらなる嫌がらせとして4通の手紙まで送りつけられたことで私は体調を崩し、食欲も失くなり、食事が徐々に喉を通らなくなっていった。

 


その結果、2010年8月26日には「虚血性腸炎」で10日間の入院をすることになった。

 


当時の激しい腹痛と下血は、とりもなおさず心が殺された証であり、暴言によって心身が受けた傷の深さをあらわしている。

 


暴言は、確実に、人の心を殺す。

 


暴言は、いつまでもトラウマとなって心に残る、殺人罪ならぬ殺心罪(さつしんざい)である。

 


格下と見る相手に対して弱者の心をブルドーザーで弾き殺すような暴言を吐いて平気でいられる女性は、おしなべて『嚢中の錐』と呼ばれる存在ではない。

 


人気がなく、目立ちたくても目立たず、推されて自然とその立場や地位に就いた訳でもなく、上に立ちたい、長がほしい、先生と呼ばれたいという邪悪な野心ばかりが大きく空回りしひとり歩きをして膨れ上がった結果、何とか先生と呼ばれたとしても、実力、人間性、一般常識が伴っていない。

 


だから、内面の自信の無さ、余裕の無さによって、暴言を吐くのである。

 


偉そうな女性から許せない暴言を吐かれて、心身に深手を負わされたら、迷わず傷害罪で訴えることだ。

 



傷害罪の時効は10年。

 


それにしても、今回「週刊新潮」に元秘書であった男性が暴言による被害を通報するまでには、100人もの秘書が同様の被害を受けて辞めて行っていたというのであるから信じ難い。

 


豊田真由子議員の悪性を知りつつ野放しにして容認し、いい気にさせ続けてきた100人の秘書たちにも、多大な責任があるのではないか。

 

私はそう思っている。

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