2012年5月25日 (金)

こんなコメントが3月に届いていました。大変遅くなりましたが掲載いたします。

元日本人 ― 2012/03/13 22:53

タレこみです。裏どり編集の上
長年に渡って夫妻の近くで面倒を見させていただいたものです。ベラさまにメールが送れないので夫妻の悪行の一部をここに書かせていただきます。裏を取っていただければわかるのですが、まずトマスショウエンバーム この男は表向きは大学教授やら何やらいってますが3回の離婚歴があるユダヤ人のCIAです。小泉政権誕生近くに日本に急にやってきてデビッドロックフェラーの代理人として郵政民営化やらなにやら日本国民の資産をアメリカに差し向ける工作を行ってたとんでもない男ですよ。こいつねえ3回悪い女に捕まって離婚してて4回目で今度は日本で在日の女を捕まえるなんてねえ因縁というものですね。しかも結婚式までしてめざましテレビにまで出るとはね。まああの池澤もICU就職課長時代ねえ、まあ水増しして実績をあげましたが無理やりブラック企業に就職させた多くの卒業生は、自殺したり廃人になってるって知ってるの?それが原因でHISに就職させて自殺した元学生の親から訴訟を起こされたほど。こいつの周りには山梨県在住川上姫子、元JAL社員で時計のマルチ商法をしている上原澄江、ノニジュースなど詐欺商法を展開する母を持つ川嶋太一、元プラティエス役員でプラティア音楽院社長の松山章博と詐欺師しかいない。しかも全員なぜか結婚できなかったり家庭不和だったりねえ。池澤直美が吸血鬼のごとく運を吸ってるのではないですか?
まあ長女のアニメは アニメーター大張 正己を不倫略奪し事実婚状態、次女のうざ子は、在日中国人工作員の張とできちゃった婚、どっちみちうざ子の子供なんて血筋が悪すぎてインターナショナルスクールくらいしか行先ないし、そもそもこの子供は血液鑑定すればわかるのですが、張との子供ではなく観月ありさの元カレの上司の投資銀行員との間の子ですがねえ。。。。

2回目の顔合わせ

Nさんは、日吉で会った時と同じ穏やかな声で話し出した。

聞けば、私にお電話をくださる少し前

Nさんの自宅にドスのきいた男の声で

電話がかかって来たそうだ。

「俺はベラ(私の本名)と付き合っている。

お前は手を引け!二度と会うな!連絡したらブッ殺すぞ!」

脅しを最後に、電話は切れたと言う。

「お電話しようと思ってはいましたが、

さすがにお会いした翌日はどうかなって……

でも、いいきっかけができました」

Nさんは笑っていた。

 

 

いきさつを聞いた私は信じられない驚きに包まれていた。

ブタマンが名刺を悪用した?!

原因は私の迂闊さにある。

自分も名刺を作ろうと思って参考にするのかな、

或いは単に名刺を持っている他校の学生が悔しくて

一時的に隠してしまった、そのくらいに思っていたのに……

だが、アホの坂田さんそっくりで、

関西弁丸出しのブタマンに、

ドスのきいた声など出せるはずがない。

いずれにしても悪いのは私だ。

Nさんに謝まると、次の約束を求められた。

断る理由もなく電話を切った。

 

 

翌日、学校でブタマンを見つけた。

私の顔を見ると、いつものように声をかけず

そそくさと逃げ出した。

捕まえて話を聞くと、やっぱりブタマンは

自分で電話をかけたわけではなかった。

そんな度胸あろうはずがないと思っていたが

見立てどおりだった。

慶応のボンボンに腹が立って、

同じクラスの村田くんという男の子におどかしてくれと頼み、

二人揃って電話をかけたのだった。

同級生の浅野くんや水原さんから

蔵六(ぞうろく)と呼ばれていた村田くんは、

北海道からやって来た気の優しい同級生だった。

とても声が低いので、確かに、聞けば

ドスのきいたスジもののように思わせることも可能だろう。

ブタマンは人選がうまいなと妙に感心した。

 

 

新宿の高層ビルで私はお茶を飲みながらNさんと話していた。

大学4年だったNさんは、近々ヨーロッパひとり旅に

出かける予定だった。

「パリに行くのでお土産を買って来ます。香水は好きですか?」

「はい」

「では帰って来てから連絡します。

途中で絵ハガキを出してもいいですか?」

「はい」

「その前に、ご両親に交際を申し込んだ方がいいですか?」

「えっ……」

 

 

お見合いのようにスムーズな流れだった。

上品な男性と広々とした眺望の美しいティールームで

静かにお茶を飲みながら語り合っている私。

ダンスパーティで交際が始まり、

海外から絵ハガキと大好きな香水をもらって、

帰国したら、きっと食事をしたり

映画を観たりもするのだろう。

でも、何かが違った。

好きとはこんな気持ちではない。

好きになるまで付き合って、

それから好きになればいいというのも、

若い私は違うと思った。

嫌いではない。

けれど好きではない。

2回目の顔合わせで私は実感した。

 

 

Nさんから絵ハガキが届いた。

コペンハーゲンやアムステルダムの美しい景色が

手許に増えて行った。

文面によると、N氏はヒッチハイクをしているようで、

ある時の絵ハガキには

パリでたくさんおみやげが買えるよう

食事をパンと水で我慢しています。〇太郎

と書いてあった。

お坊ちゃまは、自己鍛錬のため

ヨーロッパひとり旅に出かけたのか。

今で言う自分探しの旅なのだろうか。

Nさんの出発前に何も質問していなかった自分に気づいた。

その事実は、

Nさんに対する興味の無さと関心の薄さを端的に示していた。

「お土産は要りません。きちんとお食事をしてください」

伝えたくても連絡は取れない。

後の祭りというものであった。

 

 

もやもやした心の迷いを見透かしたように、

またも寮長さんが上手い具合に登場した。

今度は電話だった。

「お嬢さま、どうしていらっしゃいます?」

お嬢さんお入んなさいと縄跳びを回して誘うように、

おどけた、慣れた口調だった。

「お嬢さまなんて」

携帯のないご時世で、

TTさんは寮の共同電話からだった。

日吉寮の中を、後輩たちの行き交う声が

受話器の向こうから聴こえてくる。

挨拶をされる度に、寮長さんは

「おう」と言ったり

軽く手を上げているようだったり。

生活の様子が伝わる電話は楽しかった。

 

 

「来週銀座で食事しましょう!」

「銀座ですか?」

「早慶戦ってあるでしょう?

 あれに勝ったらね、

 慶応は銀座、早稲田は馬場(高田馬場)で

 祝勝会をするんですよ。

 だもんで、銀座には詳しくなっちゃってね」

待ち合わせ場所に指定されたのは、

日比谷公園に近いという

『蔵王』という名の喫茶店だった。

Tg009

個性的な名称が印象に残った。

<つづく>

2012年5月24日 (木)

恋は音楽とともに

「ダンパ」って死語なのだろうか。

ダンスパーティのことだ。

大学1年の時、同じクラスの陽子さんからダンパに誘われた。

踊れないけどいいのかな……好奇心よりも不安が先に立った。

陽子さんは背が高くて大竹しのぶさんに似たおっとりタイプの女性だった。浪人をしているから私より1つ年上で九州から出て来てひとり暮らしをしている。慶応大学には同郷の彼氏がいると聞いた。

したがって、慶応大学日吉キャンパスでのダンパは、陽子さんがその彼氏から誘われたものであった。

上智で経営を学ぶ学生はほとんどが男子で、クラスに女子は私も含めて5人しかいなかった。九州からの子が2人と川崎、立川から通う子、そして私だった。せっかく誘ってくれたのだから行ってみようかな、そう考えていると、陽子さんは彼氏に聞いてくれたようだった。

「踊れなくても大丈夫だって。私も踊れないし」。

 

 

慶応ボーイに憧れる女子大生が集結した会場は、安物の香水やらおませな白粉やらが混ざり合ってたちのぼり、熱気でムンムンしていた。高校時代の延長で、色気もなければ化粧っ気もない私は、お気に入りの紺色のワンピースを着用していた。ダンスなのでくるくる回転するかなとイメージして、プリーツがたっぷり入ったスカートを選んだ。身体が回るたびにスカートのすそが大きく揺れるだろう、それを楽しみたいという単純な理由だった。

今の私なら確実に選ばない一着……そうだ。私は男心にボヤの火すらつけられないような(笑)紺の布きれで出かけたのであった。

 

 

陽子さんの彼氏はすらっとした長身で、少し緊張しているのか固い表情をしていた。背格好から見ても二人はお似合いで、踊る姿は息が合っていた。

すると、垢抜けない姿の私にひとりの男性が近付き、いち早く誘いの手を伸ばした。

学生なのに大人のように紳士で顔立ちの整った、上智では見たこともない上流の匂いを漂わせた男はNSさんという方だった。

その男は学生なのに自分の名刺を携えていて、恭しく私に手渡しした。

そして「踊っていただけませんか」と囁いたのだった。

長身で上品で踊りはソフトだった。

何か部活動とかしていますかと聞かれたので、茶道をしていたので大学でも続けたいと思っているのですがと答えると、

僕の家には茶室がありますよと微笑みながら言った。

ゆるやかな曲に合わせて、私たちはワルツを踊った。

 

 

ほどなく、会場に小さなどよめきが起こった。

「リョーチョーだ」

「リョーチョーだぞ」

「リョーチョーが来た!」

何だろう?リョーチョーって?!

男子生徒たちの言葉が線香花火のようにパチパチと響いて耳にはじけ散った。

声の奥からひとりの男がゆっくりと進んで来て会場に入った。

慶応大生と言うより、学生に会場を貸してパーティを仕切っている

お兄さんのようで、まったくダンパとは無関係な人物に見えた。

N氏の専属パートナーと化した私は、

曲に合わせて単調な動きを繰り返していた。

何か飲み物でもいかがですかとN氏に聞かれた。

取って来てくれるというのでオレンジジュースをお願いした。

飲み物が置いてある場所に目を向けると、そこにはさっきの男がいた。

周りには若い男子生徒たちが集まっていて、挨拶をしていたり、

「リョーチョー、何をお飲みになりますか」と聞いて

ビールを注いでいたりしていた。

紙コップのジュースを飲みながらN氏とひと休みしていると、

いきなり、会場いっぱいに、テンポの速い曲が流れ出した。

浮き浮きして、心が弾んで来るのを感じた。

いいなぁ、こういう音楽は。私は俄然楽しくなってきた。

ところが、N氏はこういう調子の曲が苦手と見えて、

ふにゃふにゃになった空のコップを手にしたまま微笑むだけで、

踊ろうとはしなかった。

ならば曲を楽しもうかと気持ちを切り替えかけたその時であった。

 

 

「踊っていただけますか?」

リョーチョーと呼ばれる男だった。

いつの間に私の前に来たのだろう。

白いシャツに紺のスラックスという何の変哲もない服装で中肉中背。

髪は薄く決してイケメンとはいえないが、

目だけはギラギラと光り口元にはうす笑いを浮かべていた。

「俺に誘われたら断れないよね?!」そう言いた気な表情だった。

 

 

私は恐怖心を感じた。

この怖さ、それは、今にして思えば初めて身近に感じた

『男の色気』という未知のものへの漠たる恐れだったに違いない。

黙っていると「無言は了承のサイン」とばかりに男は私の手を取って

軽快なステップを踏み出した。

手を離されてすぐに回わると、次はその男が自分で回わる。

手を逆につなぎ変えたり、二人で一緒に回わって踊るジルバが

私は楽しかった。

「イパネマの娘」

紺のプリーツスカートが曲に合わせて床の上を拡がったり閉じたりした。

 

 

男は名前をTTと名乗った。

「寮長さんなのですか?」

「寮長って言ったって何も偉くないですよ、

せいぜい後輩に『お茶へれろ』なんて言って出してもらうくらいで」

「お茶『へれろ』?」

「山形出身なんでね、こう言うんですよ」

私は笑った。

TさんもNさんも丁寧な言葉を使って話してくれた。

二人に連絡先をお教えすると、遠路だった私は

早めにその場を引き上げた。

 

 

翌日、四谷キャンパスで陽子さんに会うと、

「モテるなあって言っていたわよ」と彼氏からの感想が伝えられた。

「どうだった?ダンパ?!」同じクラスの男の子たちが

待ちかまえるように聞いて来た。

「慶応の学生ってね、名刺持っているのよ。びっくりしちゃった」

そう言うと、どんな名刺なのか見たいと言う。

リクエストに応えて取り出した1枚のぶ厚い名刺を、

田舎育ちの素朴な同級生たちは、食い入るように黙って見つめていた。

そのうちにブタマンという男の子が名刺を取り上げて、

どこかに走って行ってしまったが、私は咎めもせずそのままにしていた。

拙宅にNさんから電話があったのは、その日の夜のことだった。

<つづく>

2012年5月23日 (水)

フォトギャラリー・-ミスアシダ白いスーツ-可愛い夫婦のランチ-

先日新たに購入したミスアシダの白いスーツ。

お直しが上がって届きました。

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袖口とポケットのレースがとても気に入っています。

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今回も丁寧に書かれた可愛らしいお手紙付きでした。

ご担当者の〇〇さん、いつもありがとうございます。

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主人と気軽な昼食を楽しんでいます。

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食べられない分を主人に手伝ってもらえるのは

 

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大衆食堂ならではの良さ、そして、夫婦ならではの良さでもあります。

2012年5月22日 (火)

煮ても焼いても食えないブログ

ブログを書いている人はよっぽど他にすることがないのだろう、

暇なのだろうと一方的に決めつけられてしまうようだが、

それは少し違う。

私の場合は、まず、文章を書くのが苦にならないということ

次に、文章を書くのが早いということ

そして、書きたいことがたくさんあるということである。

 

 

私のブログを閲覧している方のご自宅は大きいのだろうか。

どんなに広いお部屋がたくさんあるとしても、毎日掃除をするわけではないだろう。

美人過ぎる市議でもない限り、朝の洗顔とおトイレは誰もがほぼ毎日自宅で済ませると思われる。

朝食や身支度、掃除、洗濯、片づけ、新聞や郵便を読む、買い物、

洗濯物たたみ、ゴミの分別、主婦が自宅にいれば、部屋の中でしなければならないことは山ほどある。神経質な体質ならば、人一倍気づくことが多いから、一日中整理整頓、フローリングのホコリ取り、除菌・消臭・清潔を旨に、寝具もまめに交換しなければならない。

やや難解な本を、ノートを取りながら読むという、昔はいくらでも時間を取れた趣味のように楽しい作業なのに、肩や腰、目の奥までが中止を求めて重くなりはかどらない。さすれば、お昼寝も必要となってくる。遠出が多くなった最近は、集中的にブログを読むケースも増えてきた。

 

 

子育てを終え、仕事を辞め、自宅で仕事をせず家にいる人が毎日することに大差はないように思う。

もっと言えば、有閑マダムが広い家でパソコンに向かっていようが、無職のひきこもり君が狭い四畳半の借家で湿った畳の上から携帯を打っていようが、どちらも、家の中ですることは、掃除や食事や身支度や趣味そして睡眠と限られていると思う。

 

 

毎日ブログを書いている人ならわかるだろうが、毎日書けるということは、書くことが好きだということであり、何らかの伝えたい思いを持って生きているということである。

だとすれば、そこに書かれている内容が、時として自分にとって

気に入らないものであったからと言って、他にすることがないのだろうなどと筋違いの屁理屈をもって対抗するのはまさに低劣脳の極みであろう。

私を含めて、人生の盛りを過ぎた50代、60代の人間が、来し方や、先の短い未来についてブログに綴ることは、日々の思いとして書き残す遺言としても意義深いと考えている。

言い換えれば、30代、40代の頃の私ならば、毎日家でブログを書く時間などまったくなかったということだ。

 

 

現代は「ブロガー」という名の御意見番やにわか作家で満ち溢れている。見栄を張って外聞を重視する風潮から、政治評論家、世論批評家、美容研究家、運命鑑定家、自然療法士、社会運動家、慈善事業家、改革活動家、カリスマカウンセラー、ハイパーメディアクリエイターなどという聞こえだけは良さそうな職業を自らつくって謳い、実績があろうがなかろうが、他人に認められていようがいまいが、ブログ道を邁進していく。

ことに鼻につくのは、職業の宣伝を兼ねてブログを開設しているブログ主である。彼ら・彼女らは唯我独尊であることが多い。裸の王様・王女様としてブログという城に君臨し、ネットで一般に公開していながら、口に苦い良薬となり、自分を育ててくれるような他人の反対意見には過敏なアレルギー反応と極端な拒否反応を示す。

たとえ、反対意見がいかに紳士的、淑女的に歩み寄って書かれており、中傷誹謗でない正当な指摘であっても、彼ら・彼女らは微塵も受けつけようとしない。承認制を取っておらず自由な書き込みが許される設定にしてあっても、いざ反対意見が書き込まれるや、ブログ主の走狗である仲間が直ちに駆けつけ、集結して、反対意見を書き込んだ者を徹底的に攻撃(ネットではフルボッコと呼ばれている)し、血祭りに上げる仕組になっているブログもある。

しかも、ブログ主は、反対意見を受け付けず攻撃するばかりではなく、盲目的にブログ主を信奉し、ブログ主に阿諛追従し絶対服従する下僕たちを人一倍求めている。

コメント欄を設けているブログ主は、ブログのコメント欄に寄せられる甘い賛美の言葉だけを待ち構えていると感じられてならない。ブログ主に同意し、尊敬や感謝を伝える意見が届くのをいまかいまかと待っている。「あなたのブログにコメントが入りました」とPCや携帯にメッセージが入れば、小躍りして素早く承認し返信を書く。

ところが、ブログ主の考えに全面的に同意するのではなく、ほんの僅かでも批判するような意見を書いた者への対応はうって変わって冷たく、厳しい書き方をしているように読める。渋々承認はしても、放置したままで返信コメントが書かれていないことすらある。

顔や本名、住所まで一般に公開しているブログなのに、閲覧者に対してまったく公平性を欠いた態度を取るという大人気ない感情的なブログ主が書くブログが取り扱うテーマが、あまりに不遜なもので驚かされることもある。自己の未熟さを棚に上げて、かけ離れた深淵なテーマを論じても、等身大でないうえに、毎日の短いブログにおさまりきるようなテーマでないことは一目瞭然であろう。ブログ主の手腕では到底さばききれないばかりか、中途半端な状態でぶつ切りにされた材料を、生半可な知識で料理した、生煮えの食事を出されたような内容ならば、真剣に読めば読むほど理解に苦しみ無理が生じる。だから、消化不良を起こした読者たちが下痢や嘔吐のような感想をブログ主に向けたとしても仕方がないと思えてならない。

 

 

仲良しクラブの輪の中でしか通用しないような、素人の域を越えない内容を躊躇も責任もなく一方的に発信し、思い込みと決め付けの二重奏で奏でられた、頭でっかちの薀蓄ブログを書いてふんぞり返っている職業人に、向上も発展もない。

類は友を呼ぶの喩どおり、派手好き遊び好きなブログ主には見栄っ張りの信者が、田舎臭いブログ主には洗練されない信者が、偉そうなブログ主には高飛車な信者が、コバンザメのようにくっついている。互いに褒め合って、いい年をした仲良しごっこに興じている様子には鳥肌が立つ。内容を吟味せず根拠も伝えずただ同意するばかりの意見など嘘くさい茶番に過ぎないのだから。

私のように、賛同も理解も同意も得られなくて良いが、寝返りや欺き、暴言のコメントも受けつけないというのなら、公平であり公正であろう。

ことに、職業人として、自社製品や技術をブログで売りこみ、住所まで公開し本名をもブログで一般に公開していながら、実はその製品や自論や自説に自信がなく、悪意の中傷や誹謗とは異なる正当な反対意見やもっともな指摘であっても耳を貸さないようなブログ主には、商品や技術を売る資格はないと言いたい。反対意見や指摘には背を向けるが、甘い汁だけは存分に吸いたいという虫の良さには悪徳商法の匂いがぷんぷんと漂っている。

反対意見に対する過剰反応と遮断ならびに飽くことなき同意意見の渇望ぶりを読むにつけ、そのブログ主がいかに偏った立ち位置で仕事に取り組んでおり、その商売や商品が自己満足に終始したものに過ぎないかを端的に示しているように思えてくる。

 

 

商売をしている以上、礼儀をわきまえた反対意見には誠意を持って対処すべきであり、同意意見にはさらりと礼を伝えてこそプロであろう。四方八方からやって来る顧客に対して、外部と向き合う心の天秤が正しく機能していなければ、正常な対処など出来ない。あらゆる顧客に対して公平・公正を目指し、ガラス張りで、健全な運営が出来ないような店は繁盛しない。

また、ちょっとした反対意見に熱くなるようなオーナーに成功がないことも過去の数々の例から明らかであろう。

反対意見に上手く対処してこそ一流。

私はそう思っている。

2012年5月21日 (月)

まったり・もったり・ありがとうございます!-病院ウォッチング-

通院は、当事者であっても疲れるのだから

同行者はもっと大変だと実感している。

 

 

総合病院だから、採尿の時には別の階に行き

他の科で採血を言い渡されれば、再度その場所へと

エレベーターで往復しなければならない。

その都度、主人は、私が脱いだコートを抱え

荷物を預かって、新たな場所の椅子に座って本を読んでいる。

マスクは着用しているが、健康な主人にとって

最も足を踏み入れたくない場所に違いない。

待ったり

持ったり

こぐちゃん、

いつもいつも嫌な顔ひとつせず、ありがとうございます。

 

 

さて、こと病院の中においてだけ言えば、私はまだ若い方のようだ。

やはり、病院はあらゆる高齢者の坩堝である。

そして、男やもめなのか、生涯独身を通されたのかは不明だが、

独りで病院に来ていらっしゃるお爺さんたちには悲哀が感じられる。

 

 

来るには来たものの、自分が受診する診療科は何科なのかわからないお爺さん、

はてさて、初診はどうすればいいのか

再診ってどこで受け付けてもらえるのか

今日は薬だけもらいたいんだが……

あれ、この病院の診察券、どこにやったっけ

保険証って最初に提示するんだったかな

いざ受診にこぎつけても、採血室や採尿室に行けと言われて

場所の説明を受けても、よくわからずに焦っている困り顔、

会計の仕方がわからなくて変な場所に突っ立っている姿、

薬の受け取り方を知らずにうろうろしている情けない様子

エプロンを着けて立っているボランティアの人に聞くのもおぼつかないようなお爺さんたちが多くて、かわいそう。

見ているだけで気の毒になってしまう。

見かねて、「再診は、あちらで番号札を取らないと、いつまで経っても診てもらえませんよ、まずこちらで再診を申し込む紙に記入なさってからね……」とおせっかいなプチ婆さん(私)が口を出しても

「あ、ああ……」と言いながら、うつろな目で立ち尽くすお爺さん。

「こちらは文書受付ですよ。会計でしたらあちらに並ばないと」と優しく教えたつもりが、注意されたと勘違いしたのか、憮然とした表情で立ち去るお爺さん。

 

 

病院では、お婆さんの方が圧倒的にしっかりしているようだ。

これは、常日頃のデパート歩きやスーパーでの買い物などで培われた人混みに慣れた者が発揮する強みかも知れない。

病院の仕組に慣れず、毎回病院内で途方に暮れては徘徊を繰り返すお爺さんに比して、古女房とは言え、かいがいしくまめまめしいお婆さんと二人連れで病院を訪れるお爺さんは、まことに幸せ者である。

 

 

はっきりカツラと見てとれる異物を頭にのっけたお婆さんが、長年連れ添ったと見えるご主人のステッキを手に取り、しっかりとご主人の身体を抱えて、足をくねらせるように歩きながら急いで診察室に入って行く。

診察を終えて出て来たお爺さんは、正面から見るとかなり弱っている様子が見て取れた。すぐ後ろから出て来たお婆さんは、お爺さんの衣類やら帽子といった大荷物を引っ提げて、肌着を出したままよちよちと歩き出したお爺さんの身支度を整えながら、前のめりで歩いている。

受付前のベンチにお爺さんだけを座らせてお婆さんが会計を済ませて来た。今度は薬をもらわなければならない。たくさんの薬が入った白い袋をリュックに詰めると、それを背負い、お爺さんを連れて帰って行く。

家に帰れば帰ったで、お婆さんのしなければならないことは山ほどあるだろう。あまり疲れ過ぎないでほしいものだと思いながら、老人夫婦を見送った。

 

 

ところで、今日の採血は久し振りだったせいか、終わって立ち上がるとめまいがした。ところが、注射針のところを絆創膏で押さえながら3分間休もうと待合席に行くと、そこはお爺さんたちで一杯だった。

頭が回らず、右腕を押さえながらぼおっと突っ立っていると、

ひとりのお爺さんがすかさず席を譲ってくださった。

そして、ご自分は素早く不安定な丸くて小さい椅子へと移られた。お爺さんは名前を呼ばれて採血に行った。

私は小さな砂時計を逆さにして3分を待った。

時間が経ち、ちょうど席を譲ってくれたお爺さんが片手を押さえながら戻って来られて私の隣に座わられた。

「ありがとうございました」そう伝えることが出来て良かった。

また採血室でお会い出来る日まで(笑)くれぐれもお達者で!

2012年5月20日 (日)

双方向のコミュニケーションが取れない人はキレやすい。

エチケットとかマナーには無関心で興味のないご様子。

礼節という言葉など聞いたこともなさそう。

身だしなみは手抜きだらけ。

おまけに批判のひとつもすればたちどころにキレる。

 

 

そういう人は、多分社会人になってから

研修というものを受けていない人だろう。

まともな企業や会社であれば、どこでも、

最低3か月間の試用期間や見習い期間がある。

さらに、モチベーションを上げるため、

レベルアップ・スキルアップのため、

コミュニケーション能力向上のためなど、

目的別の研修がいくつも用意されている。

 

 

そこには、意識も、能力も違うさまざまな人がいて、

それぞれが研修を受けて、お互いを高め合う訓練や

ディスカッションを行なう。

泊まりがけの研修ならば、食事や飲み会、寝泊まりを共にするから、

参加者たちは、学びながら互いの素の部分を見せ合うことで

自然に親しくなることが可能となる。

 

 

私は研修が好きだった。

初めての研修は、アラビア石油で同期の子と2人一組にさせられて新橋まで歩いて通った「サイトアンドサウンド」というタイプ学校での講座だった。私の相棒は、経理に配属されたあっちゃんという若くて面白い子だったから、丸の内から新橋まで往復する間中、笑いが絶えなかった。

速く打てるようになればなるほど楽しかった。

この学校は現在虎の門にあるようだ。

http://www.ssj-key.co.jp/

 

日本アイ・ビー・エムでは数多くの研修に参加した。最も楽しかったのは1泊2日の湯河原研修旅行だった。

緊張を強いられる会社だったから、社員たちも社内では別の顔を見せていたのかも知れない。

ややつんけんしているように感じられ、苦手と思っていた女性社員と私は同じ部屋だった。

研修では、参加者がひとつの講義を聴き、問題を提起されて一緒に考え、全員でディスカッションをし、まとめの発表をする。

同じ部屋だから、必然的に講義が終わった後もなお、寝起きから食事、入浴をともにし、話しかけたり、かけられたりしなければならなくなる。

 

 

その女性は、私に対して、「何でも素早くこなせる秘書さん」という完璧な印象を抱いていたという。私の存在は彼女にかなりの緊張感を与えていたようで、研修旅行でお酒を飲み、冗談をとばす私をみて好印象を持ってくれたのだった。

こういう素敵な出会いもある。

 

 

ところが、企業や会社という組織においては、嫌な出会いの方が多い。

まずもって上司は選べないから、セクハラ上司であっても、始業から終業までの約8時間を近くの席で顔と顔をつきあわせていなければならない。

どんなに嫌な相手であっても、ペアを組んで発表をさせられ、

コミュニケーションスキルを試されるような研修もある。

研修において、この講師が嫌いだとか、気に食わないとか、

この相手と同室では嫌だ、疲れたから俺は先に帰る、

息が詰まりそうだ、これならばするが、こっちは止める、とか、

そんな馬鹿げたことを言って中途で逃げ出すような未熟者など

ひとりもいない。

 

 

誰かが何かを話し、それを受けてどう学ぶか

正しく理解し、学ぶことができたかどうかを

フィードバックして伝え合い、互いに確認し合う。

全員でディスカッションをして、より良いものを作り上げてゆく。

研修では、こういった過程が最も重視されてきたと思う。

つまり、コツコツと築き上げていくプロセスということ。

研修を通じて私は、プロセスの重要性を実感させられた。

 

 

「欠点は短気なところです」と堂々と答えて恥じない者は

当然の如く、根性なしで、何をしても迷いが生じるだろう。

迷いっぱなし、ブレっぱなしの者が大成することはない。

さらに、何でもやりかけては志半ばで放り出すハンパ者は、

その短気さからプロセスを割愛・省略したがる人間が多い。

短気な者は、どんな職に就いてもそれを極めようとしないから、

悪銭と同じで、これといった専門的知識が身につかない。

専門的にどこまでも語れてこそホンモノと思うのだが、

好きな仕事ではないからそれが出来ないのだ。

私は、ひとつの会社には最低3年は居るべきと考えているが、それは、最低3年いなければ、仕事の何たるかを学べず、身につかず、その会社について語るに足りないと思うからである。

ところが、こらえ性のない人間には、研修の3か月が、

石の上にも3年という最低のラインが、

どうにも長過ぎて我慢出来ないようなのだ。

自我を押し通し、我儘勝手な生き方で悦に入っているような人間の履歴を見ると、

仕事を転々としていて2年ともっていないことが往々にしてあることに気づく。

おまけに離婚していることも多い。

 

 

偉そうな気のきかない態度で上役からこっぴどく怒られた時に、「あんなに怒るのは、怒る相手の方に問題がある」とケロッと言ってのけ2年で退職した無反省な女もいれば、本業に身を入れず、宝石だの、花屋だの、服飾の展示会だの、パーティだのと裾野ばかり拡げ過ぎて、結局詐欺罪で捕まった口のうまい俳優もいた。

こうした男女が、大勢の社員たちの中に混じり、ワンオブゼムとして研修を受けている真摯な姿など考えられない。

ひとつには、資格などあってないような、口のうまい自称占い師のような人間が跳梁跋扈する現代のあやしい風潮もあろう。

認定証さえ手に入れば、どんなに粗暴な人間であろうと、いかに紛い物の知識であろうと、明日にでも自宅を教室にして「センセイ」と呼ばせることが可能となる。

美しい響きに誘われて「サロネーゼ」なる人種もはびこっている。

暇人を10人集めれば、NPOの責任者となって「長」を名乗れる。

そんなお手軽な世の中なのだ。

 

 

かくして、こらえ性もなく、筋も通さず、独学で身に着けたまやかしの知識をひけらかしたいだけの、贋作をホンモノに見せようと躍起になり、もっともらしい論ばかりぶっては人をたらしこむような、あやしげなマルチ人間が堂々とはばをきかせてまかり通ることになる。

必要なプロセスを経て完成したホンモノの知識がない自称センセイは、内心ビクビクしていて自信などない。

基礎工事がきっちり出来ていない建物と同じで脆いからだ。

だから、正当な批判であっても聴く耳を持たず、一切受け付けず、すぐにキレて熱くなるばかりだ。

自分を崇め奉ってくれる信者をかき集めて耳障りの良い意見だけを求め渇望する。

そんな、双方向のコミュニケーションが取れない人間が、実は最もキレやすい。

 

 

つまり、唯我独尊で、プロセスを軽視し、

仕事は(恋愛も結婚も)どれも長続きせず、

何でも独学で済ませ、お金も、時間も、手間暇もかけていない。

ひとりよがりの知識で躊躇なく世の中を渡っていき、人様から称賛とお金だけを得ようとする「ご意見無用」と書いた暴走トラックのような人間は最も危ないと思う。

こうした考えから、学生時代の成績とともに、社会人となってからの経歴も重要ではないかと私は主張する

2012年5月19日 (土)

もっと知りたい東京駅

主人の用事に同行して、遠出をする機会が増えている。

当ブログを読んでいただいていれば、おわかりだろう。

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すると、どこに行くにも東京駅を通過するため、自ずと駅構内を見て歩くことが多くなってきた。

 

軽井沢には行ったきり長く戻って来ないことが多いのだが、

別荘もなく、宿泊もせずという日帰り旅行に慣れて来ると、

朝に出かけ、夕に戻る東京駅が、近しい存在に思えてきた。

 

 

昨日は東京キャラクターストリートに立ち寄った。

「カピバラさん」って知っていましたか?

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誕生してから7年も経っているのに、知らなかった。

だらーとしていて、その口元ったら……困ってしまう。

主人にちょっと似ている(笑)

小さくてカワイイモノ好きという私の心の琴線を見事に

かき乱してくれた。

これは「ファミレス」というミニチュアの組み立て品。

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小学生の時、お人形遊びとおままごとをして毎日遊んだ。

主人にシールを2枚おねだりして買ってもらった。

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4月には「東京おかしランド」が出来て、いつもにぎわっていると聞くが、そちらはまだ行っていない。

森永ダースのフォンダンショコは、ひと口食べてみたい。

http://www.tokyoeki-1bangai.co.jp/feature/okashi_land/

 

さらに10月には「東京ステーションホテル」が新装オープンする。http://www.tokyostationhotel.jp/

レトロな雰囲気を残しながら変身するこのホテルには

ぜひ宿泊したい。

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可愛らしく、甘い。

そして、伝統を残しつつ美しく生まれ変わる。

そんな東京駅とはこれからもっと親しくなれそうだ。

2012年5月18日 (金)

手紙を書いてみませんか?

電話が好きな人もいれば、手紙が好きな人もいる。

私は断然手紙派。

そのせいか私の友人・知人には

筆マメでお手紙好きの方が多い。

 

遡って今週日曜「サンデージャポン」というお笑い番組を観ていた私は、

あにはからんや、大泣きさせられることとなった。

なぜなら、松堂ひとみさんという独身女性が、平滑筋肉腫という病気で余命宣告を

受け、32歳で亡くなる最期の205日が、突如報道されたからだった。

この番組で泣くとは……

ひとみさんは、明るく活動的な岡本夏生さんが好きだった。

そこで、番組は、彼女を岡本さんに引き合わせた。

そして、撮影がない時でも岡本さんは、個人的にひとみさんを

励ましに訪れたのだった。

http://ameblo.jp/okamoto-natsuki/entry-11249700017.html

 

 

「とっとと募金しな!」

「教会でチャリティコンサートやるから来なよ!!」

などと、乱暴に、集客が趣味のように集められるだけ客を集め、

「私はこんなに善い人間なんですのよ……」と、

見せたいだけで、被災地には僅かしかお金を届けなかったり、

チャリティコンサートの壇上でだけ偽物の涙を見せるような

えげつない、俄かボランティアの、まがいもの女たちとは異なり、

見えないところで善行を積む岡本さんをいい女だなと思った。

この報道は、ひとみさんの1通の手紙がきっかけだった。

 

 

いい手紙は、人の心を動かし、人の心を打つ。

いい手紙は、何度でも読み返したくなる。

心まで微笑ませてくれるかわいい手紙は、

私にとって、最高の贈り物だ。

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今週は最も尊敬する90歳を過ぎられた

大学時代の恩師よりご著書を2冊賜った。

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申し訳なくも、もったいなくも、光栄にも感じながら、すぐ御礼状を書いた。手が震えて乱筆になったがそのまま投函した。

 

 

「理論政治学」は、私が大学三年の時に出逢った懐かしく最も大切な、恩師のご著書である。手許の一冊には線やラインマーカーが引いてあるので、頂戴したまっさらな一冊とは新たな気持ちで向き合いたいと身が引き締まる。

もう一冊の「西洋政治理論史」は、軽井沢に

ご一緒させていただく大切な品物となった。

 

 

そして、16日に会食した友人からは、何と、もう御礼状が届いた。

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アロマオイルをいただいたのだから、御礼を述べなければいけないのは私の方なのに、気配り名人の彼女は、年長者への礼を尽くし、誠意を見せてくれたのだろう。

彼女は滅多にメールを使わない。

美しいお花のカードは、私が疲れたのではないかとのお気遣いから始まっていた。

主人が話していた昔のコンピュータのこと、

別荘を訪れるさまざまな動物たちのことなど、

総てのお話が素敵なごちそうでしたと

可愛らしい表現が綴られていた。

 

 

総てにおいて回転の速い彼女のペースに敢えて合わせず、

私は少し経ってからお返事を書くことにした。

その時の気持ちにぴったりしたカードを選ぼう。

伊東屋さんでどれにしようかなと迷いに迷って、

待ってくれている主人に呆れられるだろう。

実は、迷いながら悩んでいる時間も楽しいものなのだが、

そんなこと主人にわかるはずもない。

それはまるで結婚相手を選ぶような気分……なんてね(笑)

2012年5月17日 (木)

レシートは優れモノ

実体験を伴わない架空の日記を書く人がいる。

読んでいると、やはりそこには無理があり、嘘がある。

お昼どきのラーメン屋で、忙しく麺をゆでる大将に、カウンターからしつこく声をかけたうえ、店内で流れたとされているオールディズの曲に合わせて、突然老婆が腰をひねりながら踊り出したり、

表参道の駅で、見ず知らずの人から、いきなり

 「あなたみたいにねえ、恵まれている人とは違うのよ! あなたなんか不幸になればいい!」と恫喝されたとか……

最初に、導き出したい結論ありきで、そこに何らかのエピソードを交えて結論に説得力をもたせなければという思いこみの強さから、陳腐な出来事を盛り込ませるのだろうが、逆効果だと思う。

適切な事例や身近な出来事などなくても意見を書き持論をぶつことはできるだろう。

 

 

但し、実体験と信じさせるには、時に証拠が必要であろう。

一方的に誰と会ったと書いたとしても、ブログの記事が本当かどうかについては、読み手に信じてもらうしかない。

友人と書いていても、単なる仕事仲間であったり、利益共同体であったり、お客様と店主だったりするかも知れない。

写真は証拠になるだろうけれど、自分の写真を友人や知人のブログに載せられることを嫌う恥ずかしがりさんも多いから、やみくもに写真を撮影するわけにもいかない。

 

 

そこで、『レシート』という小さくて薄い1枚は、くだらないブログ内容の立証材料から、重要な犯罪時のアリバイに至るまで、何につけ大きな証拠となってくれる。

誰と会った、何を食べた、何時にそこに着いた、何時にそこを出たなどが一目瞭然ではっきりするから、主人は、いつもレシートをきちんと保存してくれているようだ。

 

 

昨日は当初和食を食べようかと考えて、待ち合わせ場所を本館ロビーにしたのだが、あまり食欲が湧かなかったことや、友人がややラフな服装だったこと、和食の山里さんでは静か過ぎて話の内容が筒抜けになってしまうし、お客さんの人数が少ないため冷房が効き過ぎて寒いことなども手伝って、気軽なカメリアで、おしゃべり中心の会食を楽しむことにした。

 

 

そんな昨日のレシートがこちら。ご参考までに公開しよう。

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この小さな1枚には、気持ちが良いほど正確に、会食の概要が示されている。

生まれて初めて、レシートをしげしげと眺めてみた。

日本茶が600円台、コーヒーが700円台、

紅茶は800円台という3段階の違いに初めて気づいた。

友人がオーダーしたパンと主人のライスは同じ。

これも知らなかった。

鮮魚の方がエビフライよりいいお値段なのね……

何時に入店・出店したか(写真では隠してあります)、

人数は何人だったか(赤の下線が引いてあります)、

レシートは総てお見透しだ。

 

 

無駄がなく、嘘がなく、言葉控え目、クールな表情。

だが、ポイントと事実だけはきっちり押さえている。

小さくて細いレシートのような人っていいなと思う。

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