2017年3月27日 (月)

弘中絵里弁護士らが、妊娠及び中絶に伴う責任の事案で、905万9839円もの超高額を請求!

コグちゃんが、「弘中絵里弁護士らが、妊娠及び中絶に伴う責任の事案で、905万9839円もの超高額請求!」と題するブログを公開しましたのでご覧ください。


下記にURLを貼りました。


なお、弘中絵里弁護士らが、被告とした男性に損害賠償金として請求した金額905万9839円の内訳は、


ア 中絶の選択経過における精神的苦痛 … 200万円

 

イ 中絶手術に伴う肉体的苦痛 … 200万円

 


ウ 中絶手術に伴う精神的苦痛 … 200万円

 


エ 後遺症による損害 … 300万円

 

  原告は、中絶手術に伴い、心身症の胃炎、不眠症、うつ状態、適応障害等の精神的疾患を発症し、現在も通院中である。

 


オ 診療等による損害その1 … 48万4110円

 

  原告は、妊娠・中絶に係る診療及び上記精神的疾患に係る診療に関し、別紙1「診療費・交通費等一覧表」記載の治療費等を支出した。

 


カ 逸失利益 … 155万4000円

 

  原告は、(省略)おいて(省略)を担当し、(省略)や(省略)を担当したときは、給与のほか月平均約15万7500円の(省略)や(省略)を受領していたが、平成19年3月につわりが始まってから同年12月までの10か月に2万1000円の(省略)しか得ることができず、155万4000円の利益を逸失した。

 


A
 イないしカの合計 … 903万8110円

 


B
 Aの7割 … 632万6677円

 


C
 アとBの合計 … 832万6677円

 

キ 弁護士費用 … 83万2668円

 


D
 Cとキの合計 … 915万9345円

 

ク 原告の既受領額 … ▲30万円

 


E
 D-ク(訴えの変更前の請求額) … 885万9345円

 

ケ 診療等による損害その2 … 20万0494円

 

  原告は、訴訟提起、上記オのほか上記診療に関し、別紙2「診療費・交通費等一覧表」記載の治療費等を支出した。

 

F E+ケ(訴えの変更後の請求額) … 905万9839円

 


だそうです。

 

http://kogchan.asablo.jp/blog/2017/03/26/8422654

2017年3月23日 (木)

☆春の訴訟祭り第五弾!☆-『批判イコール嫉妬』との短絡的かつ自己中心的な方程式をもって,批判・指摘された内容や相手の言い分については一切考えようとせず,「攻撃の開始」と捉えずにいられない心のあり方や思考回路こそ諸悪の根源ではないか?!-

本日は平成28年10月21日に私たち(天野コグ・ベラ)夫婦が提出した「原告ら準備書面」の一部を公開いたします。

 


被告とした者が「幸せそうに見えるその者に対する嫉妬による攻撃の開始」と解釈し判断した、私の手紙の全文を下記に貼り付けました。

 


私が「幸せそうに見えるその者への嫉妬」から手紙を書いた事実はありません。

 


「幸せそうに見えるかどうか」を価値判断の基準にして私が行動をした事実もありません。

 


他人はどうあれ、私は、私の最大の誇りである亡き両親から授かった自分自身をありがたく思い、自分自身に満足しており、大好きな主人とのIBMでの出会いに感謝して暮らしているからです。

 


損なことや疲れることが多くても、激しい腹痛に油汗をかきながらのたうちまわってもなお、気骨と根性のある自分が好きで、誰にも負けない気力によって、常に自分を鼓舞して生きているからです。

 


ですから、その者に「嫉妬」を感じたことは、微塵もありません。

 


まずはこの事実を明確にさせていただいたうえで、文末に記載した天野ベラの論評をご高覧いただければ幸いです。

 


なお、プライバシーに配慮して、被告の名前など一部伏せ字にしてあります。

 


*****

 


平成28年10月21日提出済「原告ら準備書面」

 

 原告天野ベラは,被告××が別件訴訟において裁判所に提出した2006(平成18)年10月25日付けの原告天野ベラの手紙(甲65)つまり最初に被告××に出したこの手紙を,『攻撃の開始』(乙1・25頁)などではなく真摯な気持ちで言葉を選んで時間をかけて書いた事実がある。

  

この,原告天野ベラが最初に書いた手紙には,被告××に対する当時の原告天野ベラのメッセージがこめられており,静かに読めば誰であれ真意が理解できるように,冷静に記載した事実は明らかである。

  
  特に,『私は現在信頼のおける男性と暮らし,ささやかながら家庭に平安と憩を感じております。ですから,貴女様がふたたび良きパートナーとともに,より豊かな第二の人生を進みだされたとの朗報を祝福し,起業という新たな挑戦をなさった勇気と努力に敬意を払えたらどんなに良いかと思います。貴女様を許す機会が与えられ,ご活躍を蔭ながら応援しつつ,静かに馬齢を重ねていくことが私の望みです。』,

 
『亡母(原告天野ベラの母)への非情なまでの非礼を謝罪してくださいますよう,書面をもってお願い申し上げる次第です。』,

  

『長々と私の考えを述べさせていただきました。貴女様が真意を汲み取ってくだされば幸いです』(甲65)と明言しているとおり,別件訴訟で定義づけされたような『攻撃の開始』(乙1・25頁)ではなく,むしろ『平和的解決』を求めて送付した事実は明白であり,被告××から亡母への弔意が示されるとばかり思っていたが,あにはからんや被告××は,お詫びするどころか,別件訴訟の陳述書(甲55)において,原告天野ベラの手紙(甲65)を,

 

ある時,私が再婚をして,家族・友人にも恵まれ,仕事もまずまずうまく行っていることを天野ベラさんは知ることになりました。つまり不幸でいなければいけないはずの私が幸せそうに見えたのでしょう。そこで,突然甲17(引用者注:甲65)の手紙を送ってきたのです。』甲55・15頁4乃至7行目)

 

と断定して陳述した。

  


  しかしながら,この解釈には悪意がありまったくもって事実に反している。

  

被告××は,原告天野ベラの手紙(甲65)を一瞥しただけで,内容の正当性に対して何ら論理的な反論が出来なかったことから,例によって,『幸せそうに見えた被告××に対する原告天野ベラの嫉妬』と断定して視界から追いやったに過ぎず,自画自賛を好む被告××にとって最も都合の良い『幸せそうに見えた被告××への嫉妬による原告天野ベラからの攻撃の開始』という形で乱暴に葬り去り,『嫉妬』として直ちに追い払う以外に何の対抗手段も持ち合わせていなかった証である。

  

いかなる批判をも直ちに『嫉妬による攻撃』として目をそらし,『嫉妬』の二文字に依存するより他に被告××に言い分はなく,『幸せそうに見えた自分への嫉妬』以外に論理的な対抗言論を持たない者が一つ覚えした愚かしい常套句と解すべきである。

  

被告××は,被告××が講師として紹介されていた『(××の)インターナショナルセレブ・レッスン講座」(甲82)の広告・宣伝内容について原告天野ベラが事実に反する虚偽記載であり,景表法違反であるから削除すべきであると直接指摘し警告したことについても,別件訴訟の陳述書(甲55)において,

 

なぜこの講座のホームページがそれほどまで天野ベラさんを刺激したのか。今になって思うのは,ベラさんの執拗な攻撃の裏にあるのはある種の嫉妬ではないかということです(甲55・14頁25行目乃至15頁1行目)

 と陳述している。

  

つまり被告××と被告××の娘らはいついかなる時でも,幸せそうに見える私たち母娘(被告ら母と娘ら)へのある種の嫉妬』との錦の御旗を掲げては,『批判イコール嫉妬』との短絡的かつ自己中心的な方程式をもって,批判・指摘された内容つまり相手の言い分については一切考えようとせず,相手の意見の正当性について確認も吟味もせず,精査検討する気もなく,ただ『攻撃の開始』(乙1・25頁)だ,『嫉妬』(甲55)だと騒いで『被害者』に成りすまし,常に相手を『加害者』として弁護士に民事訴訟を提起させて,いきなりぶ厚い訴状を叩きつけさせるとともに前後訴訟併せて6千万円もの超高額の金員を請求させることで思いきり恫喝させ,口を封じさせると同時に多額の金員をも認めさせて奪取させようとするのである。


 
そして,被告らには批判される点などないと都合良く履き違えた真実に胸を張って平然とやり過ごして行くのである。

 

*****

 

平成29年3月23日現在における「天野ベラの意見・論評」

 


他者から批判や指摘を受けた時、内容を吟味せずに「幸せそうに見える自分への嫉妬」と受けとめる思考は、間違っている。

 


他者からの批判や指摘を、直ちに「幸せそうに見える自分への嫉妬」と見下して無視する態度は、重大な誤謬である。

 


こうした思考や態度は、単に間違いや誤謬であるのみならず、他者の言い分に対しては何につけ「幸せそうに見える自分への嫉妬」と都合良く解釈して見ざる聞かざるを押し通しているもので、きわめて傲慢かつ狡猾な思考であり態度である。

 


なぜなら、幸せそうに見える自分,恵まれている自分に対する「他者からの嫉妬」と解釈することによってあらゆる批判や指摘を追いやれば、自己の内面を照らす行為をせずにすむからだ。

 


「他者からの嫉妬」と思い込み、信じ続ける限り、自分の言動を振り返り、内省する必要もなくなるからだ。

 


他者がその者への真摯な思いを綴った手紙、その者が講師となって一般に公開した講座に記載されていたプロフィールや宣伝文句の内容、その者が代表をかって出て主催した不適切な社会的活動のやり方、その者が一般に公開したブログ記事などに対する批判や指摘について、それらの中身や内容について検討することも吟味することもなく、直ちに『幸せそうに見える自分への嫉妬による不当な攻撃』と受けとめて被害者となり、被害者の立場から、加害者と見做した他者に対する憎悪と怨嗟の念を一方的に募らせて、権力者を動かして何とかしてやれと行動することこそ、逆恨みであり、逆ギレとしか言いようがない。

 


批判や指摘した他者を直ちに「加害者」と設定し、批判や指摘の一切を「攻撃」と認定する心のありように、当事者間での穏当な事前の話し合いを介在させる余地はない。

 


お互いの心の着地点を探るために何らかの努力をしようと考える誠意もなければ、冷静に平和的解決を模索するといった常識的な選択肢などどこにもない。

 


「お金」に換えられる方法以外に解決策などないと考えているようでもある。

 


だからこそ、早くから権力者を雇い入れておいて、敢えて「通知」を避けさせ、「加害者」の住民票や戸籍情報を根こそぎ取得させておいて、不意打ち訴訟を提起し、超高額の金員を請求させて「加害者」と見做した憎むべき他者に「訴状」を叩きつけさせて急襲せずにいられなくなってしまうようだ。

 


重大な誤謬に基づいて、他者を直ちに「加害者」と認定せずにいられない心のありようこそ、諸悪の根源であり紛争の原点ではないか。

 


私はそう思っている。

 

*****


甲第65号証の天野ベラによる手紙

 

×× ×× 様

 

突然お便りを差し上げる失礼をお許しください。


逡巡しながらも、貴女様への意識を確定するための文書をつくろうと本日思い立ちました。

 

単刀直入に申し上げます。貴女様は2006年10月11日付のブログで『自分らしく無理をせず情で生きていきましょう』と公言しておられますが、もしそのお言葉が真実であるなら、情をもって、真っ先に亡母への非礼を詫びて戴きたく、謹んでお願い申し上げます。


1999年の大晦日に母が急死したことは、生前の母を慕って、お電話で悩みを打ち明けられ、何通ものお手紙で相談されていた貴女様には当然お伝えいたしました。亡母も親身になって貴女様のお幸せを願っておりました。しかしながら、貴女様は、この火急の知らせを無視してだんまりをきめこんだのでした。儀礼的な、形ばかりの香典や供花が届かなかったことは言うに及ばず、貴女様からは、お悔やみの葉書一枚すら届くことはありませんでした。


貴女様に最後にお目にかかったのは、亡父を偲ぶ会でした。打ち合わせなしの場当たり的な会ゆえ、段取りが悪く、進行に時間がかかったため、貴女様を含む何名もの方に亡父へのお言葉を用意して頂きながら、マイクをお渡しする時間がなくなってしまったようでした。そのこと以外には貴女様が気分を害して私どもに背を向ける理由は何ら思いあたりません。しかし、その一件とて、亡母の死に接した貴女様が一切の礼を失し、無視し続けたままで許される理由になるとは到底考えられません。


 

父、コロちゃん、母と立て続けにお騒がせしたことは不可抗力とは言え面目なく、特に●●●●●の私にとってこの上ない試練であり痛手でした。××さんもさぞ驚愕しておられることだろう……それで、私に言葉すらかけられないのかもしれない……と忖度したこともあります。


 

かかる考えから、真っ直ぐな男性と結婚したことを通知すれば安心なさって「●●●ちゃん、おめでとう!」と喜んでくださると判断し報告しました。それでも答えは同じ。貴女様はなおも「冷酷なネグレクト」の姿勢を貫き通されたのでした。


 

私は現在信頼のおける男性と暮らし、ささやかながら家庭に平安と憩いを感じております。ですから、貴女様がふたたび良きパートナーとともに、より豊かな第二の人生を進みだされたとの朗報を祝福し、起業という新たな挑戦をなさった勇気と努力に敬意を払えたらどんなに良いかと思います。貴女様を許す機会が与えられ、ご活躍を蔭ながら応援しつつ、静かに馬齢を重ねていくことが私の望みです。


 

しかしながら、大恩ある亡母に背を向けたままという現実のお姿がある限り、ネットに記載された「プロフィール」上の××××氏とのご関係、「インターナショナルセレブ講座」とやらのご演目、2006年10月11日付ブログでの「3000円の贅沢」に書かれた内容など等、総てが白々しい虚飾であり虚偽であり、きれいごとであり、自己欺瞞に満ちた羊頭狗肉の内容との怒りが湧いてまいります。


 

率直に申し上げて、一般公開されているメディアでのご活動を拝見するにつけ、辛辣に評価せざるを得ない感情に溢れ、抑えきるだけの自信がありません。今のままの状態では、貴女様のご活躍を優しい気持ちで見つめることはできません。


たとえ宣伝効果を狙った記載であっても、偽りに満ちた箇所に目をつぶって見過ごすこともできそうにありません。つきましては、速やかに、亡母への非情なまでの非礼を謝罪してくださいますよう、書面をもってお願い申し上げる次第です。


 

長々と私の考えを述べさせていただきました。貴女様が真意を汲み取ってくだされば幸いです。


2006年10月25日

    天野●●

2017年3月19日 (日)

☆春の訴訟祭り第四弾!☆-「ウソ」を糾弾し「真理」を追求する「真実」の表現活動と名誉毀損を明確に区別せよ!-

哲学者のアウグスティヌスは「ウソ」を下記のように定義している。

 

何が真実であるかを知りながらあるいはあることがらが真実であると信じながら虚偽を語ることである。すなわち我々は知や信の対象として真理と関係することなしに嘘をつくことはできない。」

 

つまり、「ウソ」は、「知」や「信」の対象である「真実」や「真理」に対立する概念ということだ。

 


また、「欲」には三種類あると説いており、
三種の欲」と名付けて「肉の欲、目の欲、世間的野心と言われている、諸感覚に属する欲好奇心人から誉められたいという欲のことである。」と定義づけている。

 


我欲、虚栄、保身によってつく「嘘」は正に自己欺瞞・自己矛盾であり、真理や真実から最も遠く離れている。

自分をも騙し欺いて、過去の自分を紛れもない真実の自分自身の姿として丸ごと受け入れられないとすれば、これは内心とても惨めなことであろう。


過去の自分の歴史を受け入れることが出来ず、臭い物であったかの如く蓋をして、その歴史ごと消去させなければと躍起になり、強力な協力者を使って、どこまでもウソの上塗り作業を続けさせる限り、同じ指摘、同種の批判、そして未来永劫に亘る非難や糾弾を免れない。


つまり、ウソをつき続ける限り、ウソに対抗する真実の声、真理の表現が、必ずすっくと立ち上がって来ることは当然と甘受すべきである。


むしろ早いうちに「その場、その時々の気分で物を言う」悪癖を悔い改めて、自らの力で「ウソつき」の名を返上すべく、「虚言」は言わない、書かないと自らに強く言い聞かせて改善すべきであり、「ウソ」は恥ずべき行為なのだと自認して慎むよう心がけねばならない。



テレビに「しくじり先生」という番組がある。


気軽なお笑いの中に学ぶべき点もあって、なるべく視たいと思っている番組だ。


芸能人が過去の自分の失敗を認めて、ありのままの自分の言葉で教壇から講義として伝え、笑いを交え、時に涙をこぼしながら振り返る姿は、誰もが「しくじり先生」であると同時に「サクセス先生」でもあると感じさせてくれる。


素直に真実を語る人々の姿は感動を呼び、感動は、理解と共感、共鳴を呼ぶ。


理解や共感、共鳴が激励や称賛にとって代わることは往々にしてあるものだ。


カッコ悪い過去を笑い飛ばしながら語る現在の姿があってこそ、心に深い皺を刻み熟成した渋い大人の男性であり余裕のあるハーフビターな良い齢の取り方をした女性と言えるのではないか。


私はそう思っている。


さて、本日はつい先日提出したばかりの私たち夫婦の原告準備書面を下記に貼るのでご高覧いただきたい。


なお、プライバシーに配慮して一部伏せ字にしておいた。


*****

なお、被告××が原告ベラ並びにその亡き母に対して、しきりに「家計の苦しさ」を口にして訴えては財政的援助を求めていたとの原告らの主張が真実であることについては、被告らが提出した証拠(乙4の2)によっても明確に立証されている。

 
そのくだりは、「「琥珀」とは、原告(本件被告××)が平成6年ころにアルバイトをしていたスナックである。原告(被告××)は、その当時、×××××大学に勤務していたが、前夫(訴外××××)は自宅を出て××と暮らし、その間、生活費を入れていなかったため、原告(被告××)の家計は苦しかった。そこで、原告(被告××)は、少しでも家計の足しになればと考え、半年間ほど、「琥珀」でアルバイトをしていた」(乙4の2・15頁24行目ないし16頁2行目)であり、被告らが被告××の「家計の苦しさ」を自認して明記しており、本件訴訟に証拠として提出されている事実から、被告ら自身によっても明確に立証されている事実がある。

 

但し、平成6年は、正しくは、平成8年(甲81・2、5頁、甲92、甲176・3、8ないし9頁、甲189・2頁)であり、半年間は、正しくは1年弱(甲92)である。


したがって、「
働いていて自分のお金も十分にありましたから、なおさらこちらからおもてなしする方が気楽でした。」(甲76・13頁13乃至17行目)などと陳述書に真っ赤な虚偽の事実を羅列して居直る被告××のこの陳述もまた、原告ベラら天野一家から多大なお世話になってきた事実を隠蔽する目的で真実を改竄した悪意に満ちた夥しい虚偽事実の摘示の一つであり、被告××が過去の自分自身にとって都合の悪い真実の一切を改竄し隠蔽している事実は明らかであるとともに、このような被告××の意図を知りながらこれを幇助して、虚偽事実適示の背中を強く押し続ける被告■■の主張は到底信用できないと解すのが相当である

*****

2017年3月15日 (水)

防衛大臣の稲田朋美氏も「魚座」だった!-偉そうな者たちの発言こそ記憶しておくべし-

先日うお座の「う」は「ウソツキ」の「ウ」と私は書いた。

 
だが、うお座の「う」は「胡散臭い」の「ウ」でもあったようだ。

魚座の特徴

身を守ろうと、極端な裏工作をしたり、嘘をついたりもできます。

http://www.japan-horoscope.com/astrological-signs/zodiac/pisces.htm

 

稲田朋美氏。1959年2月20日生まれ。魚座。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A8%B2%E7%94%B0%E6%9C%8B%E7%BE%8E

 

 内田茂氏。1939年3月15日生まれ。魚座。元東京都議会議員の樺山卓司氏が自殺し、その1年後に見つかった遺書には、「これは全マスコミに発表して下さい!! 内田、許さない!! 人間性のひとかけらもない内田茂。来世では必ず報復します! 御覚悟!! 自民党の皆さん。旧い自民党を破壊して下さい。」と書かれていたと公開されている。

 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%86%85%E7%94%B0%E8%8C%82

鳥越俊太郎氏。1940年3月13日生まれ。魚座。刊文春による過去の淫行疑惑報道に対して、名誉毀損として刑事告訴し、自身では釈明せず。説明責任も果たさなかった。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%B3%A5%E8%B6%8A%E4%BF%8A%E5%A4%AA%E9%83%8E

 

2月20日うお座の稲田朋美氏には、従前から、その経歴にも役職にもそぐわない妙な違和感を覚えた。

 
重みがないと言うか、教養が感じられないと言うべきか、心が見えないと言うか、感情が伝わってこないと言うのか……何とも名状し難いのだが。

誤った記憶に頼って断定した物言いをする前に、稲田氏は、十分精査・確認をする必要があり、それから答弁すべきであった。


精査・確認を怠り、偉そうに、自分に都合の良い答弁をしたということである。



これは天野ベラの私見だが、嘘つきな者ほど、断定して物を言い、記憶力は悪い。



そして、嘘つきな者ほど、問題とされる発言を忘れてしまったかの如く振る舞い、過去の発言の責任を他人から追及され、指摘され、批判されると、直ちに過剰反応して逆ギレし、居直って開き直り、倍返しの不当な逆襲に打って出る。



正にどなたかのブログに書かれていた『悪党の言ったもん勝ち』との言い得て妙な言葉の実践者であり、言い終わったが勝ちの態度で、発言に伴って発生する責任などどうでもいいと言わんばかりに、過去の発言を振り返ることはない。


さっさと後ろ足で砂をかけて豹変して行くのだから、覚えている方としては、たまったものではない。


その場の気分次第で、いかようにも、そのよく動く口に任せて、春の小川が流れるようにさらさらと虚言を吐き、おめでたい人々を欺く行為が慢性化して中毒になり、もはや宿痾になっている人もいるようだから、よっぽど心地良いのだろう。


指摘され批判されようと物ともせず、何の根拠もなく、断定的な物の言い方をもって、さらなるその場しのぎのウソや、登場人物の言葉を加えて信憑性を演出するなどしたまことしやかな高度なウソを塗布しては切り抜けていく者もいる。


あたかも、ウソをついているのは自分ではない、ウソを指摘し批判している当の相手であると言わんばかりに、不合理に変遷させたウソを重ね、自己矛盾に気づかない振りをして、「記憶に誤りはない」などと豪語して憚らず、涼しい顔をして、最後まで虚言を押し通すのだから、始末が悪いことこの上ない。



稲田氏の場合は、大臣クラスの大物にまで成り上がった結果、野党からの厳しい追及を甘受しなければならなくなったが、中途半端な立場に身を置くウソつきどもは、過去についたウソを次々と忘れて進むことのできる都合の良い記憶力を武器に、誰からもお咎めなしで、出たとこ勝負の場当たり的な生き方を続けていく。



畢竟、記憶力が悪くてウソつきな者たちは、覚えておかれては困る言動を次々と重ねながら生きていくこととなり、自分の失敗や頓挫は他人のせいにして、自らが歩んで来た人生という過去の歴史を振り返る行為を極端に嫌悪する。



だから、履き違えたポジティヴシンキングを掲げて、不自然きわまりない前向きな生き方ばかりを目指さざるを得なくなる。



天性のウソつきどもが懲りずに実行し、繁殖を続けるウソのウィルスによる個人攻撃は、主として、幼少時に人の言動を疑わず天真爛漫に育ったような、信じやすくお人好で、記憶力の良い生真面目人間、どちらかと言えば融通の利かない実直な者たちを選別して襲い掛かるようだ。



ウソという卑劣極まりない言葉の暴力によって、徹底的に人体を破壊され、忘れようとしても忘れられないほどの痛手を受けた人々がいるとすれば、私は敢えてこう言わせていただきたい。



忘れずに、繰り返し、抗議せよと。



なぜなら、ウソつきにとって最も嫌なことは、取りも直さずその者の言動を、いつまでも覚えていられることだからだ。



人生50年を過ぎた私には、許せない「敵」と呼ぶべき者が2名存在する。



そして、その2名が、何と私に対する評価としてまったく同じ発言陳述をしているからだ。



1つ目は「ひと言、ひと言をよく覚えていて、あなたはとっても頭のいい人だと思うよ」というもの。



これは、大人気なく過激で不審な言動を見せた同級生に対して、お互いの言い分を話し合い、理解し合ったうえで、「きれいにお別れしましょう」と提案の電話をした際の通話中の、その者の発言である。



2つ目は「天野ベラさんはある意味,抜きんでた才能を持っています。本人が忘れているぐらいの些細なことまでしっかりと留めておける記憶力…頭がとてもいい方だと思います」というもの。



これは、声優・池澤春菜氏の母親である池澤ショーエンバウム直美氏が陳述書(甲49・18頁)に記載した内容である。



これら2つは、決して私を褒めている内容ではない。


何で覚えているのだとの憎しみに満ちた皮肉である。



だが、恨みは骨髄と感じられる相手への理不尽さを、何年も記憶に留めて、繰り返し書き残しているのは、何も私ばかりではないようだ。



ネットには、10年近くに亘り、過去の訴訟における不当かつ理不尽な判決内容に対して、毎年検証を重ねているジャーナリストの男性がいる。



ブログのカテゴリーに、相手の名前とともに、「死んでも許すことは出来ない」「天罰を」とまで明記して、よっぽど嫌な思いをさせられたと思しき相手への理不尽な思いを切々と公開し続けて苦しんでいらっしゃる女性もいる。


たとえ相手から「未だに執拗に絡んで来る」などと反省なき決まり文句で反撃され、相手が涼しい顔をして、偉そうな発言をしたり顔で語り、口先だけのきれいごとをさえずっているとしても、信念を貫き、決してブレてはならない。

ひるむことなく、何年経とうと変わらぬ思いを主張し続けることだ。



黙って我慢はナンセンスであり、相手の思う壺でしかない。



狡賢い者たちを増長させるだけである。




何の罪もない主人をも巻き込んで襲いかかって来た、一方的で獰猛な謂れの無い、やくざ紛いの数々の暴言。



何の罪もない両親ともども与えられた、度を超した裏切り行為、忘恩、許されない非礼や非道など、忘れようとしても忘れられない、癒えることのない心の深手を負わされた相手に対しては、折に触れ、その理不尽さを書き記し、甦らせなければならない。



人の道を外れた者の言動をいつまでも忘れずに覚えていて指摘し続けること、過去の真赤な大ウソや、他者を利用してばかりの世渡りを続けてきた非道の数々を、正論をもって批判し続けること。



それらは、記憶力が悪いと装って、悔悟もなければ、謝罪もせず、平気で切り抜けて来たような、狡猾で自己中心的な者たちにとって、最も耐え難い苦痛となるに違いない。


私はそう思っている。

天野ベラの最新記事春の訴訟祭り第三弾準備書面(9)の公開!

http://beraamano.cocolog-nifty.com/blog/2017/03/post-1284.html

2017年3月13日 (月)

☆春の訴訟祭り・第三弾!☆-天野コグ・ベラ夫婦の「被告ら準備書面(9)」全文を一挙公開-

・声優の池澤春菜氏の母親池澤ョーエンバウム直美こと池澤直美氏からの訴訟


と題するサイトに全文を貼り付けて公開いたしました。
 


「被告ら準備書面(9)☆NEW☆」をご覧ください。
  


https://litigationwithnaomiikezawa.jimdo.com/被告ら準備書面-9-new/

 


なお、プライバシーに配慮して、一部黒塗り(●)や伏せ字(×)にしました。

2017年3月 9日 (木)

こんなところでも名誉会長!!渦中の安倍昭恵夫人が、2017年3月3日,4日,5日、蔵王で、スキー&ディスコパーティを主催していた!

ご自身の言動が原因で、ご主人が国会質問に窮している最中に、渦中の昭恵夫人は、山形蔵王温泉スキー場でスキー&ディスコイベントを企画・主催していた。



名誉会長ご挨拶


今シーズンも、第3回「私をスキーに連れてかなくても行くわよ」を
 
蔵王温泉スキー場で実施させて頂く運びとなりました。

 
1回、第2回目共に多くの皆様にご参加頂き大盛況、大好評のうちに終了する事ができました。
 

イベントの盛り上がりを通して、あの頃の楽しかったスキー場やアフタースキーでの気持ちの盛り上がりを思い出して頂けたのではないでしょうか。

 
このイベントを通して私たちは、地元の方々と一緒に楽しみながら東北を応援するひとつのかたちを模索してきました。

 
すべて手作りで、地元観光協会の皆さんや青年会議所の皆さん、スポンサーやボランティアの皆さん、そして参加者の皆さんと一緒に作り上げることが出来たのは大きな喜びです。
 

そしてこのイベントが一度きりで終わらずに継続事業となり3回目を迎えられたことが、東北のみなさんとの絆を深め、復興に向けた一つの切っ掛けとなれば、こんなに嬉しい事はありません。

 
80
年代から比べるとスキーは進化しています。
 
マテリアルの向上でずっと楽にターンが出来るようになりました。
 
そして大人のスキーヤーとなった私たちは蔵王自慢の温泉や東北の味覚など地元の魅力をより深く楽しめるようになりました。
 

このようなイベントをきっかけに、ブランクのあった元スキーファンが進化したゲレンデに戻ってくることが、地方活性にもつながることでしょう。

 スキーは自然との対話と動力を使わないスピードが魅力のスポーツです。
 
2回のイベントでは雪不足の影響もあり、予定していた「かまくらバー」が設置出来ずに「スノーバー」となるなどの不測の事態もありましたが、自然を受け入れ、楽しめたのではないでしょうか。
 

パウダースノーや晴れた日のダイアモンドダスト、真冬の樹氷や春先の雪解け水。
 
スキーは豊かな自然の恵みに感謝し、次世代に伝えて行く術を考えるきっかけを与えてくれます。

懐かしい80年代の輝くような思い出を胸に、誰もがタイムスリップできるディスコ、全日本代表を務めた一流のスキー講師陣、東北の美味、蔵王自慢の温泉、雪原を埋め尽くす樹氷、そして地元の皆さんや参加者同士の交流を楽しみに、滑る方も滑らない方も、今年もみなさんのご参加をお待ちしています

署名安倍昭恵



http://ski80s.jp/outline.html


安倍昭恵夫人と行く80年代のスキー復活 東北の観光を応援しよう!


このイベントは今年で3回目だそうだ。


2016年3月に開催されたハイライトシーンを撮影した6分の動画の最初と最後に「名誉会長 安倍昭恵(内閣総理大臣夫人)」と明記されて昭恵夫人が登場する。

イアリングを揺らしながら、輝くような80年代の思い出を胸に?楽しそうに踊る昭恵夫人の姿も動画に見ることが出来る。



スキーが好きでディスコがお好きな昭恵夫人。


もしかして、出好き、派手好き、遊び好き?!


http://ski80s.jp/


音楽好きの私・天野ベラは、DJOSSHY(オッシー)氏こと押阪雅彦氏の、危険な印象がなく不良性の感じられないDJぶり、爽やかな笑顔、会場の雰囲気やダンサーたちをひたすら盛り上げる徹底したサービス精神をTVで見て、好感を持っていた。


それだけに、プロフィールには、やや複雑な気分だ。



安倍首相夫人御用達DJ


http://profile.ameba.jp/osshy/


安倍内閣総理大臣
主催「2016年桜を見る会」招待DJ

 
安倍昭恵
首相夫人主催 東北復興蔵王スキーイベントオフィシャルDJ

 
https://ja.wikipedia.org/wiki/DJ_OSSHY


森友学園にまつわる昭恵夫人の言動が、国会は当然ながら、ニュースでもしきりに報道され、SNSはこの話題でもちきり、今や金正男殺害事件や豊洲土壌汚染問題同様に取り沙汰され、ご主人の安倍総理が毎日の答弁にきりきり舞いして叩かれ、追及され続ける中、よくスキーやノリノリのディスコ・ミュージックを楽しめるものだと、むしろ昭恵夫人の心臓の強さを羨ましく思ったほどである。


DJOSSHY氏は、ご自身のブログから素直な言葉で昭恵夫人に配慮し激励しているようだ。

昭恵さんや、参加者の皆さんから、
 
OSSHYのおかげで本当に元気になれたー!!」と何度も何度もお礼を言われました。

とても嬉しかった。

「人生の使命」として、この仕事を続けてきていますが、

少しはその使命を果たせたかもしれません・・・・・。


とにかく参加者皆さんが一つになった現場でしたが、今回、

「ディスコ・ミュージックで元気と笑顔」 を一番お届け出来た相手は、
 

昭恵さんだったのかもしれません。(^^)/

http://ameblo.jp/osshy/entry-12254543814.html


センスのいい楽曲と軽快なおしゃべりで、昭恵夫人のみならず、多くの老若男女に元気と笑顔を届けて、人生の使命を果たし続けていただきたい。


音楽は、疲れた心と身体をリフレッシュさせてくれる最高のプレゼント。


私はそう思っている。


☆天野ベラ前回ブログ記事☆

http://beraamano.cocolog-nifty.com/blog/2017/03/post-c1ed.html

2017年3月 6日 (月)

うお座の「う」は、ウソつきの「ウ」!-春の訴訟祭り第二弾☆被告ら備書面(9)」の公開☆-

春の訴訟祭り第二弾!

 

本日は平成28年5月6日付けで私たち夫婦が提出した「被告ら準備書面(9)」を何回かに分けて公開するので、ご高覧いただきたい。

 

*****

 

平成25年(ワ)第×××××号損害賠償請求事件

 

原 告  池澤直美

 

被 告  天野コグ,天野ベラ

 

 

 

被告ら準備書面(9)

 

 

 

平成28年 5月 6日

 

東京地方裁判所民事第49部合C係 御 中

 

 

 

 

 

     被告ら訴訟代理人

 

弁護士  山下幸夫

 

 

 

 

 

 被告らは,原告の平成28年1月29日付原告準備書面(5)(以下「原告準備書面(5)」という。)に対して,次のとおり認否・反論する(なお,見出しの通し番号の付け方に一貫性がないが,そのまま認否・反論する)。

 

 

 

第1 はじめに

 

 原告は,被告らが本人訴訟であった時期には主張していなかった被告らの本 件各記事についての事実関係について縷々主張し,そのほとんど全てについて,真実ではないし,真実相当性も認められないと主張しているが,いずれも争う。

 

2 被告らが訴訟代理人に委任して口頭弁論が再開された後になって,本件各記事の事実関係について取り沙汰し,原告にとって都合の悪い内容の全てを否認するようになったものであり,こうした原告の訴訟態度は,民事訴訟における当事者の信義誠実義務に反するものと言わなければならない。

 

3 とりわけ,2006年から公私に亘り被告ベラが一貫して主張してきているところの,原告との電話において,原告が被告ベラの父を偲ぶ会で「私が話をしてあげましょうか」と被告ベラに持ちかけ,「当日は必ず参加します」と宣言した事実,訴外公子氏が原告に手紙を書き,被告ベラの父を偲ぶ会の翌朝その手紙を被告ベラが投函した事実,被告ベラが訴外公子氏の急死を関係者に葉書(乙40)で知らせたのが年明けであった事実などの事実関係について,原告準備書面(5)を提出するまで原告は等閑視してきていた。

 

4 被告ベラが,平成17年(2005年)から公開し,原告自身も平成18年(2006年)11月23日からその存在について知るようになった(甲49・15頁)と陳述する「天野ベラのホームページ」における各記事についての事実関係についても,平成21年の別件訴訟の際など,否認する機会が何度も与えられていたにもかかわらず,原告準備書面(5)を提出するまで,一切否認したことがなかった。

 

  しかるに,被告ベラが公開してから9年以上経過した後になって,突然,事実関係を否認するようになったものである。

 

5 実際には,被告ベラは,原告自身から様々な事実関係を直接聞かされており,それに基づいて事実関係を主張していたところ,原告自身が被告ベラに語った都合の悪い内容や被告ベラに知られた都合の悪い言動の全てを事実無根であるとして,被告ベラが公開してから9年以上経過した後になって否認し始めたものである。

 

6 原告は,原告のブログ「ナオミライクな日々」における平成2年(2011年)10月22日付の「一位じゃなきゃダメなんです。」と題する記事(乙99の369)において,「この3年間のブログはまるで,私という人間を自分で知るための辞書のようにも思えます。」と述べられているところであり,原告のブログには,原告自身を知るための様々な事実が記載されていることを,原告自身も認めているのである。

 

  被告らは,被告ベラが,直接に原告から聞いた事実や,原告が自らのブログ記事で自ら明らかにしている事実を前提として,その記事に対する論評をしてきたものであり,以下に述べるように,その前提事実は真実か,真実と信ずるについて相当な理由がある。

 

 

 

第2 同「1 原告の両親,家族について」について

 

 (1)について

 

(1) 認 否

 

 同第1段落について

 

  認める。

 

 同第2段落について

 

  不知ないし争う。

 

 同第3段落について

 

  否認ないし争う。

 

(2) 被告らの反論

 

  被告らは,原告自身が書いた以下のブログ記事から読み取れる事実を前提事実として,原告が両親の介護をしていないとの論評をしたものであり,その前提事実は真実か,真実と信ずるにつき相当な理由がある。

 

 フジサンケイビジネスアイの原告のブログ「Shall We Afresh?」における平成19年(2007年)3月22日の記事において,旅行中の妹に代わって原告が実家に行き,期間限定で実母の面倒を看た時の内容が記載されていた事実,ほんの短い期間であっても原告が母親に向かって「声を荒げた」と述べており(甲12の14,乙126・別紙2の1甲12の14),原告が実母と一緒に過ごす時間を好んでいなかったと認められる。

 

 原告のブログにおける「パソコンから離れて」と題する記事(乙4の66。その後,全文削除されている。)において,大切な人が心臓発作を起こして今日が山場と言われた原告が,病室を訪れた時のいきさつについて「全てのアポは昨夜のうちにキャンセルしたり,事情を話して他の方々に変わっていただきました。たまっている仕事はあっても病人の枕元でパソコンを叩くわけにはいきません。」,「観念して,手を離すことの許される時間があれば,持って行った本をひたすら読んでいました。」「病人に目を配りながらの落ち着かない読書でしたが」などと述べ,原告が「今日が山場と言われた病人」と述べられた実母よりも,キャンセルした仕事や読書を重視していることが読み取れる(乙120・7頁)。

 

ウ 原告が東京に滞在している時に,できる限り毎週末に実母を訪問していたとすれば,原告は他の記事を書かずに,訪問したグループホームでの出来事や内部の事情について,毎週のように必ず記事を書き,訪問した様子が写真とともにブログに詳細に述べられて掲載され,公開されていたと思われる。

 

  しかるに,実母が住むグループホームを原告が訪問した事実が述べられている記事は,①平成21年(2009年)9月12日付の「優しく不思議な共同生活の場」と題する記事(乙99の232),②平成21年3月10日付の「哀しみ,そして,ありがたさ」と題する記事(乙4の71・その後,一部修正し削除されている。),③同年4月5日付の「桜センチメンタルジャーニー」と題する記事(乙99の299)の僅か3件である。

 

 原告は,長女でありながら,両親どちらの死に目にも遭わなかったことが認められる。

 

  原告のブログ「ナオミライクな日々」における「ルフトハンザつれづれ~ミュンヘン空港にて」と題する記事(乙99の316・乙112の3・資料第224号)において,原告は,「父は,私たちが香港の空港に止まった頃に息を引き取りました。53歳でした。孫に会える日を楽しみにしていた父は,危篤に陥りながらも,私がギリシャから送った娘の写真を手放さなかったといいます。」と述べている。

 

  ギリシャ在住で実父の看病も出来ず死をも看取れなかった事実を原告が実際に後悔していたとすれば,少なくとも実母の死は看取ろうと考えて,努めて東京を離れずに,近くで過ごし,出来る限り訪問し,看病をし,最期を看取るべきであったと考えられるが,実際には,原告はそのような行動はとっていないことが認められる。

 

  原告のブログ「ナオミライクな日々」における「訃報」と題する記事(乙99の107・2009年10月9日付)において,原告は,「そんな美しい秋の日の夜,10月8日午後7時,母が亡くなりました。83歳でした。」と述べている。また,同ブログにおける「満月にいざなわれて~どうぞ皆様,良いお年を!」と題する記事(乙99の134・2009年12月31日付)において,原告は,「長い間,身につけてきた腕時計が2009年10月8日,午後7時になろうとする直前で止まりました。私が祈るような思いで,横浜・横須賀道路をひた走っている時でした。そして,後になってわかったのですが,止まった時計が指し示していたのは,母が逝った時でした。」と述べている。同ブログにおける「ゴチャゴチャの机の上からの思い」と題する記事(乙99の317・2011年7月21日付)において,原告は,「母が逝ってしまった時にも,近くの区民プールの水の中で泣いていました。」と述べている。最近の陳述書において,原告は,「所用で下北沢におり」(甲63・2頁)と述べている。

 

  このように,母親が死亡した時に原告がいた場所について,少なくとも「車中」(乙99の134)と「区民プールの水中」(乙99の317)の2つの説明がされており,判然としない。

 

  原告の陳述書における「私がホームから受けた電話は『すでに亡くなった』という知らせでした。その時,私は所用で下北沢におり,連絡を受けてすぐに横須賀に駆けつけました」(甲63・2頁8行乃至9行目)との陳述は,亡くなったと知ってから横須賀に駆け付けているにもかかわらず,「私が祈るような思いで,横浜・横須賀道路をひた走っている時でした。そして,後になってわかったのですが,止まった時計が指し示していたのは,母が逝った時でした。」(乙99の134)とブログ記事に述べられていた事実とは自己矛盾しており,信用することができない。

 

 実際,原告は,原告の母親が亡くなる直前まで台湾旅行を楽しんでいたことをブログ記事で明らかにしている(乙99の106,同129,同211,100の23乃至同24)。

 

  すなわち,原告のブログ「料理冒険家『池澤ショーエンバウム直美』のグローバルキッチン」における「台湾の朝ごはんは・・最高にヘルシーな豆乳で @ TAIWAN」と題する記事(乙100の24・2009-10-05 08:41:34)において,原告は,「先週1週間は台湾で過ごし,月餅とザボンで中秋節の月を祝い,十六夜は日本でとばかりに,翌朝の昨日(引用者注:2009年10月4日),飛行機で日本に戻ってまいりました。」と述べている。同ブログにおける「ロングフライト後の定番とは・・・@JAPAN」(乙100の23・2009年10月8日09:36)と題する記事に原告が「海外旅行から帰って来た時,皆さんは何が食べたいと思いますか? 『お茶漬けが食べたい』『お寿司が食べたい』『おまんじゅうが食べたい』 友人にこの質問をすると,答えはバラバラ・・・ 韓国やベトナムなんて国は,案外としっかりお野菜を摂る事が出来ますが, 国によっては帰国後に身体が『野菜が食べたいよ~』と訴える時があります」と原告の母親が亡くなる日の朝であっても原告はブログを書いていた事実(甲12の14,乙126・別紙2の1・甲12の14)が認められる。

 

  このように,原告は,意図的に海外で過ごす時間を多く取るようにして,実母の看病や介護ひいては死を看取る行為を自ら避けようとしていたことが認められるのである。

 

 (2)について

 

(1) 認 否

 

ア 同第1段落について

 

   原告を非難しているとの点は否認し,その余は概ね認める

 

 同第2段落について

 

   不知ないし争う。

 

 同第3段落について

 

   否認ないし争う。

 

(2) 被告らの反論

 

  被告らは,原告の夫の病状,渡米・来日した経緯について,原告自身が書いた以下のブログ記事から読み取れる事実を前提事実として論評をしたものであり,その前提事実は真実か,真実と信ずるにつき相当な理由がある。

 

 原告の夫は,原告に従順であり,おつかい(乙112の1・資料第63号,乙100の125,乙99の85,乙100の18)においても,栗剥きにおいても(乙100の130),地下室への蟄居後の出版物に載せるための写真に使った冷えきった食事についても(乙99の25),来客に出したディナーの残り物をあたためるだけの食事についても(乙99の313),ひとりで開ける缶詰の食事についても(乙100の68),何につけ常に原告に言われるがまま従順に従ってきていた事実が原告のブログ記事に多数述べられており,そこから,原告が主導権を握ってきたことが認められる。

 

  そうであるならば,原告の夫が米国への移送を強く希望したとは考えられない。

 

  なお,原告は原告の夫が国際基督教大学に依頼されて夏休みの間にGLSという講義をする予定であったと述べているが(甲63・3頁),そのような事実は原告のブログには一切公開されていない。

 

  仮に,実際にそうした予定があったとすれば,原告の夫は,なおさら日本にとどまり体調の回復を待ったと考えられるであり,教授職を長く続けて来たプロフェッショナルな原告の夫の方から,日本において予定されている講義を前にして米国への移送を強く希望するとは考えられない。

 

 原告は,「原告の夫は手術をせずに済み,回復も早かった。」(原告準備書面(5)2頁14行目以下)と主張しているが,腸閉塞が死に至る重篤な病であり,発症当時の原告の夫の年齢が当時73歳直前(乙104の65・1939年8月15日生れ)であった事実からすれば,退院後も当分の間静養が不可欠であり,体調管理とその日の体調に配慮したうえでの世話や食事づくりが必要であり,その役割を担うべき立場にあったの原告であったことは当然である。

 

  原告は,「原告の夫が,原告に対し,様々な手続き等をしてほしいと依頼した」(同2頁16行目以下)とも主張しているが,様々な手続き等については原告のブログにおいては全く述べられていない。重病で入院していた70歳を過ぎた夫の看病以上にとり急ぎ優先すべき手続が日本にあったとは考えにくいのであり,それを理由に原告が日本に帰国したとは考えられない。

 

 原告の「月の下で花と木に囲まれて,ビールが飲めれば,,,,,」と題するブログ記事において,夫が「人間ドックに入るとなれば,通訳代わりにずっと付き添わねばなりません。」(乙99の93・2011年8月4日付)と述べられており,原告の後夫を東京で入院させると,原告が通訳代わりにずっと付き添わねばならなくなることを恐れた原告が,原告の夫に強く移送を勧めたと考えるのは合理的である。

 

 原告の「インディアナ点描3つのビックリ付き。」と題するブログ記事において,「インフルエンザの予防接種の進め(勧めの誤記と認められる。)です。夫はすぐさま申込み,簡単に個人情報を書き込み,あっと言う間にファーマシーの片隅でこんな具合。しかもメディケアという保険制度と年齢のおかげで無料です。」(乙99の339)と述べている。すなわち,原告の夫がメディケアという保険制度の対象者であり,米国の薬局において,無料で予防接種を受けられること,健康保険USAComにおいて「メディケアとは,高齢者と障害者のための医療保険で,国が運営するプログラムです。65歳になると,メディケア加入資格を得られます。<メディケア受給資格者>65才以上で,アメリカ居住5年以上の人(アメリカ市民権または永住権保持者)メディケアには下記の4つのパートがあります。パートA:入院費用をカバーします。パートAは,ソーシャルセキュリティー受給資格者(10年以上の納税者)か,政府機関で働き,規定のメディケアTAXを支った人などには無料です。」(乙104の235)と述べられていることからすれば,原告の夫が日本で入院すると高額の費用が発生するため,原告が強く勧めて米国に移送したと考えるのが合理的である。

 

 原告は,義理の娘であるセシリア氏に,重病で入院し退院して僅か4日目の夫の世話を任せて(乙100の40),築地での会食や花火大会の鑑賞などの目的で日本に帰国したと認められる。

 

  すなわち,原告は,自らの「If there is no other option~ほかに選択肢がなければ」と題するブログ記事で,「会いたい人たちもいます。」と述べている(乙99の108)。

 

  原告が食関係の打ち合わせと称して築地の鮨店で会食し「料理長は,まるで映画に出てくるようなきりりとしたいい男。職人さん風の厳しい表情が,ちょっとゆるむとまたいい男。男前の料理長が,こんなことを始めました。」と述べて,板長の実名と顔写真を2枚掲載して公開している(乙5の10・「江戸時代のお鮨」〔その後,一部削除し修正されている。〕)。

 

  その翌日も「さてさて『江戸時代』の男前の料理長,Mさんがカウンターの向こう側で,真剣な顔で始めたこととは?興味津々,つい身を乗り出して,,,そんなギャラリーにも,Mさんが丁寧に説明をしながらお仕事を続けます。やっぱり食べたい,M料理長の蟹です。来年はぜひ!」と述べられて,M料理長の顔写真を掲載している(乙5の11・「やっぱりブルークラブよりは日本の蟹が,,,」〔その後,一部削除し修正されている。〕)。

 

  さらに,原告が2年振りに開催された東京湾花火祭を鑑賞するために原告の次女である訴外WMのマンションで開かれた持ち寄りパーティにも参加していることが認められる(乙99の243・「幸せ瞬間首飾り~花火大会の夜」)。

 

 原告が夫を移送するにあたり,「家族ネットワーク」と称して原告の娘らや原告の次女の夫の母親に同行すべきかと相談し,全員から「行くべき」と告げられない限り重病の夫の移送に同行する気もなかったことと認められる(乙99の95)。

 

 被告らは,以上の前提事実から,移送のため渡米したのは,原告の夫の希望ではなく,原告の考えであり,帰国したのは,原告の都合によるものと論評したものであり,その前提事実は真実か,真実と信ずるにつき相当な理由がある。

 

 同「(3) 成城の家について」について

 

(1) 認 否

 

 同第1段落について

 

  被告ベラが夫に成城の家の建築費用を拠出させたと述べたことは認め,その余は否認する。

 

 同第2段落について

 

() 同第1文について

 

  不知ないし争う。

 

() 同第2文について

 

  認める。

 

() 同第3文について

 

  否認ないし争う。

 

 同第3段落について

 

  否認ないし争う。

 

(2) 被告らの反論

 

 原告が被告ベラに対して,「成城の家がなくなってしまったものですから」(甲31)と原告自身が知らせて来たことは事実である。

 

  また,被告らは登記簿謄本を取得し,原告と夫の持分が2分の1ずつである事実を知っており,「家屋は現存しており,土地についても30分の8は貴殿の名義となっております。」と,原告に対してメールで知らせたことがある(甲34・3頁)。

 

  また,原告のブログ「ナオミライクな日々」における「私のスピリチュアルスポット」と題する記事(乙99の78)において,原告は,「オックスフォード大学で教えていた夫が,かの地を気に入って,庭が小川につながった家を買ったのは,私と結婚する前のことでした。彼はここを終の棲家とするつもりだったのでしょう。」,「私たちはこの家にいつか住む夢をあきらめて,家具ごと売りに出すことに決めました。一枚一枚集めた絵,ひとつひとつ吟味した家具や絨毯やランプ。夫には多くの未練があったことと思います。全てを他人の手に委ねる決意をした時に,ひとつだけ,どうしても残しておきたくない物がありました。そして,私は,その物を大事に毛布にくるんで,抱きながら飛行機に乗ったのです。それがブッダ様でした。そして,今の私たちのこの家は,初めからブッダ様の居場所を決めて設計されました。」などと,原告自らがその取得の経緯をブログにおいて公開しており,終の棲家とするつもりでイギリスに家を買っていた原告の夫が「日本に家を持つことを希望していた」とは認められない。

 

  被告らは,これらを前提事実として論評をしているものであり,その前提事実は真実か,真実と信ずるにつき相当な理由がある。

 

 被告ベラが,「金目当て」の打算婚と記載した事実はない。ただ,「夫の肩書目当ての打算婚」(甲8の11〔2012年8月13日〕・記事オ)と述べたことはある。

 

  被告ベラが,そのように述べたのは,原告が原告の夫について「世界の名教授」,「世界的権威」であるとか(甲8の11,甲10の11,乙104の63),「国境なき知性」などと述べていること(甲10の8,乙99の236),原告が,原告の夫の肩書によって海外出張先に同行している事実を述べていること(乙4の51,乙99の267,乙100の10),原告が夫との生活を共同生活と述べており,原告のブログにおいて共同生活における不満がしばしば述べられていること(甲3の15,乙99の2,同27,同29),原告が夫との共同生活において超手抜き,手抜き,インスタント料理を頻繁につくり(乙99の25,同27,同129,同313,同314,乙100の17,同29,同77,同84,同86,同88,同89,同114乃至128,乙112の1・資料第63号),来客に出したディナーの残り物をあたためて出しており,原告の夫が「どうせ今晩もまた残り物でしょう?」と(乙99の313),原告が東京に帰国している時に「おそらく家ではたぶん缶詰を開けて食べているのでございましょう」(乙100の68)などと述べていることをそれぞれ前提事実として,「肩書目当ての打算婚」と論評しているものであり,その前提事実は真実か,真実と信ずるにつき相当な理由がある。

 

 同「4 孫の保育について」について

 

(1) 認 否

 

 同第1段落について

 

  概ね認める。

 

 同第2段落について

 

() 同第1文について

 

  不知ないし争う。

 

() 同第2文について

 

  概ね認める。

 

 同第3段落について

 

  否認ないし争う。なお,「受け付けた」は「植え付けた」の誤記と思われる。

 

(2) 被告らの反論

 

ア 原告の「『オバアチャン』になれた一日」と題する記事(乙99の113。その後,全文削除されている。)において,「肝心な時に居ないことが多くて,ちっとも助けにならないばかりか,孫もなかなかなついてくれない私」と述べられている。

 

イ また,原告の「あと一日! 頑張れザウルス,頑張れザウルスママとパパ」と題する記事(乙99の305)において,「食欲全開,好奇心全開,元気いっぱいのザウルス君(当時11ヶ月〔引用者注:原告の孫息子〕)のママ(引用者注:原告の次女である訴外WM)から,『ザウルス ダウン 熱 下痢 嘔吐』という一昔前の電報のようなメールが届いたのが13日,月曜日の夜のことでした。4月から保育園生活をスタートさせたばかり,日一日と母子ともに新しい生活に慣れ始めた矢先のことでした。続いて,深夜,『熱が39.2度まで上がってきたけど,なんとか寝てる。起こして救急に行くべきか迷っています。』そして翌火曜日早朝,『熱一晩下がらず。やっぱり私(引用者注:原告の次女)がお休みとって病院に連れて行きます。』」と述べられて,原告の次女である訴外WMが,会社を休みたくなかったため,原告に息子を看に来てほしいと黙示的に助けを求めるSOSのメールを送信したが原告が対応しなかったため,結局,訴外WMが休みをとったことが認められる。

 

ウ さらに,原告の次女の息子(原告の孫息子)が平成21年4月に孫が発熱した時,原告に何本ものSOSメールを送信して黙示的に面倒を看に来てほしいと伝えたが,「ママ来て」とは明確に伝えなかったことに藉口して原告が駆け付けなかった事実について,「飛んで行ったらいらぬ気を使わせてしまうでしょう。ふだんから面倒を見ているならともかく,小さな孫だって私の顔を見て,緊張したり,興奮したりしてしまうかもしれません。」と原告にとって都合の良い解釈が述べられている(乙99の305)。

 

エ 平成22年7月に原告の次女の息子(原告の孫息子)が発熱した時,「その後に何通かのメールが行き交い,結局わかったことは,孫息子が昨夜39度の熱を出したこと,保育園には連れていけないため,千葉からKさん(もう一人の祖母)が早朝の電車で急ぎ助っ人にやってきたこと」(乙99の113)と述べて,原告の次女が,原告に助けを求めず,原告の次女の夫の母親である義母のKさんに助けを求めていたことが認められる。

 

オ 以上の前提事実から,原告が肝心な時に面倒を見ていないと論評したものであり,その前提事実は真実であるか,真実であると信ずるにつき相当な理由がある。

 

 同「5 次女の夫のご実家とのおつきあい」について

 

(1) 認 否

 

 同第1段落について

 

  概ね認める。

 

 同第2段落について

 

  否認ないし争う。

 

 同第3段落について

 

  否認ないし争う。

 

(2) 被告らの反論

 

ア 原告が正月に合宿と称してKさん宅に宿泊し「『こちら母=ワタシ』は,『あちら母=娘のお義母さん』に甘えてまる投げです。」「『あちら母』の指揮のもと,かいがいしく働く娘部隊のそばで,役立たずな『こちら母』はただウロウロ。そして時折つまみ食い。続くは『あちら母』手作りの,それはそれはおいしい日本的おせち料理の数々。いいですねえ,,,,,何をかくそう,ワタシ,イタリア料理より好きです。一人で鉢を抱え込んで食べたいぐらい。」(乙100の101)と述べ,原告自らが次女の夫の実家に丸投げしていると述べている。

 

イ もらい物についても,原告は,「みんなKさんが編んでくれたものです。(不器用な私は編み物なんてとてもできません。)」(乙99の285)と述べている(乙120・24頁)。その他にもKさんからのもらい物について述べられている(乙126・別紙1の10甲11の6)。

 

ウ 原告のブログ「料理冒険家『池澤ショーエンバウム直美』のグローバルキッチン」における「女子力でますます素敵な寿司パーティー@TOKYO」と題する記事(乙100の39)において,原告が,原告の次女の義母に「適当に果物をお願いと言ったら,まあ,なんとこんな豪勢な結果となりました。」,「三越デパートの包装紙の大きな箱で,スイカ,メロン,梨,ブドウ,マスカット,巨峰,トウモロコシと枝豆が,寿司パーティの前日に届き」と報告している(乙120・25頁)。

 

エ 原告の次女である訴外WMのブログ「私,ワーキングマザーですが何か?」における「ザウママ実家のお正月☆」と題する記事(乙103の5)において,原告の手作り料理について,「かなりアブノーマルなメニューです」,「こんなかんじでザウママ実家のお正月はちと変わってます」「ザウママ家はいかれぽんち」と述べている。そして,そのコメント欄において,「私がいかれぽんちなのは実家のせいでした~,私の母,和食いまいち」,「私もしょうゆ味の和食,食べたくなることよ~!でも母の和食はイマイチ」,「うちはお雑煮さえもなかったしね。」などと述べている。

 

 被告らは,これらを前提事実として論評をしたものであり,その前提事実は真実であるか,真実と信ずるにつき相当な理由がある。

 

 同「6 前の夫との婚姻生活のこと」について

 

(1) 同「(1) 成城の家や車」について

 

 認 否

 

()  同第1段落について

 

   否認する。

 

()  同第2段落について

 

 不知ないし争う。

 

()  同第3段落について

 

    否認ないし争う。

 

 被告らの反論

 

  原告は,「被告等は,…建てる家の趣味や車の趣味を押しつけた旨記載している。」(原告準備書面(5)4頁),「前夫に趣味を押しつけた」(同4頁10行目)と主張しているが,事実に反している。

 

  被告ベラは,「世田谷の一軒家もベンツもZ(引用者注:池澤夏樹のこと)が好んで選んだものではあるまい」と述べたに過ぎず(甲9の2,甲12の4),原告はこれを曲解している。

 

(2) 同「(2) 食事作り」について

 

 認 否

 

() 同第1段落について

 

 否認する。 

 

() 同第2段落について

 

  不知ないし争う。

 

() 同第3段落について

 

  否認ないし争う。

 

 被告らの反論

 

  被告らが,「原告が料理を前夫に任せていた」と述べた事実はない,被告らは,原告や原告の次女が書いた()以下のブログ記事から読み取れる事実を前提事実として,「家事や夫の世話などひとりで家にいてしなければならない面倒くさいことが嫌い」(甲8の13),「家事を疎かにしている」(甲8の9),「家事が嫌いで遊びが好きな母」(甲8の14),「家事が中途半ぱ」(甲8の19),「毎日三度三度料理をし続けることは無理なのである」(甲8の21),「普通の和食がつくれない」(甲9の5,同9),「料理も面倒くさい。お弁当づくりも面倒くさい。だから,遠足のお弁当と夕食は,当時の夫であった池澤夏樹氏がつくっていたことが,次女のブログに書かれていた。」(甲9の12),「実は料理をするのが好きではない」(甲10の5)との論評をしたものであり,その前提事実は真実か,真実と信ずるにつき相当な理由がある。

 

() 原告の次女である訴外WMのブログ「私,ワーキングマザーですが何か?」における「ザウママ実家のお正月☆」と題する記事(乙103の5)において,原告の手作り料理について,「かなりアブノーマルなメニューです」,「こんなかんじでザウママ実家のお正月はちと変わってます」,「ザウママ家はいかれぽんち」と述べ,そのコメント欄で,「私がいかれぽんちなのは実家のせいでした~,私の母,和食いまいち」,「私もしょうゆ味の和食,食べたくなることよ~!でも母の和食はイマイチ」,「うちはお雑煮さえもなかったしね。」などと述べている。

 

() 「料理冒険家『池澤ショーエンバウム直美』のグローバルキッチン」における「拡大家族の祝宴 @ JAPAN」と題する記事(乙100の101)において,原告は,「『こちら母=ワタシ』は,『あちら母=娘のお義母さん(引用者注:原告の次女である訴外WMの夫の実母である訴外K氏のこと)』に甘えてまる投げです。『あちら母』の指揮のもと,かいがいしく働く娘部隊のそばで,役立たずな『こちら母』はただウロウロ。そして時折つまみ食い。続くは『あちら母』手作りの,それはそれはおいしい日本的おせち料理の数々。美しい仕上がりのお煮しめ。ホクホクとした里芋,味の染みた干し椎茸,こんにゃく,蓮根,鶏肉に花型人参。いいですねえ,,,,,何をかくそう,ワタシ,イタリア料理より好きです。一人で鉢を抱え込んで食べたいぐらい。牛肉と栗の煮込みです。とろけるように柔らかいお肉と,栗の甘さが最高のコンビネーションです。前日に長い時間をかけて煮込んでくれた『あちら母』,ありがとうございます。こちらは蛸のサラダ。と言ったって,私が作るようなオリーブオイルの地中海風とは大違い。蛸とキュウリとクラゲに,実にいい具合に醤油ベースのドレッシングがからまっています。まだまだありますが,ここはいったんお開きにして,,,,,次はいよいよ,『えっ!』と驚くお雑煮が登場いたします。」と述べている。

 

()  同ブログにおける「ハバを利かす贅沢雑煮 @ JAPAN」と題する記事(乙100の43)において,原告は,「お雑煮やっぱりいるかしら?」と,娘に相談したら,『いらない!あちらのお母さん(引用者注:原告の次女の夫の実母のこと)が毎年おいしいお雑煮を作るから,みんなでそれをいただけばいいよ。ママ(引用者注:原告のこと),どうせあんまり得意じゃないでしょ。』と軽く一蹴されました(笑)。」と述べられている。

 

()  同ブログの「初めてのおせち作り★楽しかった-!」と題する記事(乙103の6)において,「実は手作りのお節,食べたことさえありませ~ん」と述べられている。

 

() 同ブログの「やばい!まだお正月ですが何か?」と題する記事(乙103の23)において,「こんな和食,私の実家では出ないわ」と述べられている。

 

() 同ブログの「ティロピタキアで秋空ピクニック!?」と題する記事(乙103の26)において,代々木公園にピクニックに行った際のエピソードとして,「これが旦那の実家の味よ,うらやましいわ~おいしいわ~」,「ソーセージ,から揚げ,エビフライ こういうの,うらやましかったわ~」「小学生の時のお弁当には,ギリシャ料理が詰め込まれてました」「えぇ,ザウママ実家は相変わらずちょっとヘン」「そういえばザウママ実家のお正月もちょっとヘンだって評判(?)だったわ」などと述べられている。

 

()  原告の次女である訴外WMのブログ「私,ワーキングマザーですが何か?」における「初めての遠足で思い出しちゃった・・・」と題する記事(その後,全文削除されている。http://ameblo.jp/pink-boots/entry-11245734534.html#main)において,「小学校のときのお弁当,パパが作ってくれてね~ 」「帰ってパパに謝ったら,大笑いしてまたディナー作ってくれたなぁ  しかもお弁当とまったく同じメニューだったから,涙が出た」(「初めての遠足で思い出しちゃった・・・」と題する記事)と述べられて,原告の次女である訴外WMのお弁当のみならず夕食をも父親である原告の前の夫である訴外池澤夏樹が作っていたことが認められる。

 

()  原告のブログ「ナオミライクな日々」における平成22年(2010年)12月30日付け「山あり 谷あり」と題する記事(乙4の14)において,原告は,「『行きつけ』という場所があるとしたら,祖師ヶ谷大蔵の『宿場・祖師谷店』(乙112の10・資料第462号)です。『行きつけ』になってから,かれこれ20年近く立つかもしれません。これをお読みの皆様の中にも,『ああ,行った,行った』とか,『池澤に連れて行かれた。』という方々もかなりいらっしゃることと思います。」と述べて,原告がICUに勤務を開始した平成元年(1989年)ころ,つまり,前夫である池澤夏樹が沖縄に移住し別居する1993年(平成5年)以前から「一つ隣の駅」にある大衆居酒屋「宿場・祖師谷店」の常連客であったと述べており(乙120・204頁),原告が夜の食事を作らず仕事帰りに飲酒をして帰宅していたと認められる。

 

() 原告が原告の現在の夫と2人で食事をする時の料理において,手抜き,超手抜き,インスタント料理や残り物を提供していることが認められる(乙99の25,同27,同129,同313,同314,乙100の17,同29,同77,同84,同86,同88,同89,同114乃至128,乙112の1・資料第63号)。

 

()  原告が原告の後夫との食生活について,「『一日三回規則的に!』が理想的な食べ方だとしたら,私たちの食生活はひどいものです。『しっかり食べましょう』という朝もコーヒーだけです。食べると太ると単純に信じ込んでいる頑固なパートナーは昼も食べません。」(乙99の68)と述べられているが,事実に反する。

 

原告のブログ記事において,後夫が海外旅行中には常に原告と外食で昼食を摂っている事実が述べられており,日本でお寿司さんを家に呼んで開いたパーティの時や船上パーティでのランチ,出版記念パーティでのランチ,海外でのパーティにおいて原告の夫が昼食を摂っている事実(乙100の2,同14,同15,同29,同33,同39,同102,同103,111)があり,「雪の国からやって来た友とのランチ」と題する記事(乙112の1・資料第45号)においても「僕はそろそろ君たちの邪魔をしないようにひきあげるからね。」と,書斎に向かった夫を見送ったあとで またまた大盛り上がりの元ガールズトーク時間が過ぎていくのでした。」と述べられて,原告が,来客時だけは「昼も食べません」(乙99の68)と述べられていながら,夫の分もついでのように料理をして食事を用意した写真とともに原告の後夫が食べた事実が掲載されている事実,さらにお昼を食べないことにされている原告の後夫が「お昼にバスティーユに行くのはどう?どうせ今晩もまた残り物でしょう?」と述べられて(乙99の313),原告をランチに誘っている事実もある。したがって,原告が料理をするのが面倒くさいという理由で昼食をつくらないことをもって原告の後夫が食べないと都合よく公開しているだけであり,実際には原告の後夫は昼食を食べることを欲していると考えられるから,原告は料理が好きなのではなく,出された料理を食べるのが好きなのである。この事実については,原告のブログ「料理冒険家『池澤ショーエンバウム直美』のグローバルキッチン」における「それでも賑やか朝ごはん」と題する記事(乙100の61)において,「このメンバー,しょっちゅう一緒にあちこちへ行ってますけれどそのたびに思います。夕食も楽しいけれど,一緒に食べる朝食は格別だなあ,って。だってお夕食なら,別にお泊りしなくたって外のレストランでも食べられますものねえ。沖縄もハワイも河口湖も箱根も小田原も御殿場も,,,たくさんの朝ごはんを一緒にしてきました。」と述べて,原告の夫との朝食はコーヒーだけの原告が,旅行先や原告の次女の夫の両親宅に宿泊した際には朝食を食べていることが述べられている事実から明らかであり,原告が,自分でつくらなければならない朝食は原告の後夫が淹れてくれる珈琲で済ませて食べないが,海外旅行中の滞在先や原告の次女の夫の実家や宿泊先のホテルや旅館で提供された朝食は喜んで食べている事実があり,料理をつくるのは嫌いであると判断することが十分可能である。

 

2017年3月 2日 (木)

うお座の「う」は、ウソツキの「ウ」!-春の訴訟祭り第一弾☆民事訴訟を悪用した狡知に長けたイジメには、必ず別訴を提起して、事実無根と主張せよ!☆-

心までかじかみ、しばれるような、厳しい2月は去った。

 

3月は訴訟の季節だ。

 

いきなり膨大な訴状を送りつけて不意打ち訴訟を提起し、訴訟活動の名を借りて、具体的根拠も合理的理由もなく、一方的な冤罪着せ、捏造、虚偽事実、過去の歴史的真実の改竄、現実の悪意による意図的な嫌がらせ等など…


ありとあらゆる悪意を網羅させ、①虚偽事実を満載させた準備書面、②ウソで固めた陳述書、③捏造した書証(証拠)、④架空かつ複数の冤罪を追加した訴状、自作自演のコメント投稿による二次被害の捏造等などを、訴訟記録として次々と裁判所に提出し、超高額の損害賠償金を請求する原告および原告の訴訟代理人弁護士らのやり方に仰天し、唖然とさせられる日々が続いている。

 

ここぞとばかりに溜め込んだ醜悪な負の言葉を訴訟記録にぶつけ、被告とした私たち夫婦つまり対立する当事者らに読むことを強要し、精神的打撃を加えることも、不意打ちで民事訴訟を提起した目的のひとつだろう。

 

被告とした相手方当時者らに甚大な応訴負担を余儀なくさせるのみならず、執拗かつきわめて悪質な、比類なき真赤な嘘の機関銃攻撃で、とことん精神的・身体的・経済的苦痛を与える攻撃目的だ。

 

訴訟が始まれば、さらにウソに次ぐウソの攻撃をもって追い詰め、気が遠くなるほどまでに夥しいウソの大群によって詰まり、ウソの洪水で流れなくなった狭いトイレの中に蟄居させられるように、あまりにも苦しく辛い、拷問に等しい状況が果てしなく続く。

 

感情のおもむくままに記載された『気分次第のウソ』に直面させられ、来る日も来る日も、徹夜でパソコンの前に座り、根拠とともに、論理的に「虚偽の事実である」、「真実ではない」と、一日のほとんどの時間をウソへの反論に費やし、パソコンを打ち続ける日々の繰り返しである。

 

夥しいウソへの反論作業は、心底こみあげてくる激しい怒りを伴い、過労死が頭をよぎるほどまでに過酷で、疲弊し消耗し尽くす。

 

通常は一生に一度なるかならないかの疾患と驚かれながら、入院を要する病である重度の虚血性腸炎で、私は3度も入退院を繰り返している。

 

『応訴』に追われているからこそ、『セカンドブレイン』と呼ばれる『腸』がねじれるほどの激痛に襲われるのであり、両親譲りで至って生真面目な私が、ウソを書かれたまま、脳を働かせてはならない、ストレスになるから考えるな等と言われたところで、それは「もう一度違うご両親から産まれ直していらっしゃい」と言われるに等しい、無理な相談である。

 

かくして『民事訴訟を悪用した残虐な苛め』というのが、今回の訴訟に対する私たち夫婦における『応訴』の定義である。

 

本人訴訟で過去にいくつかの訴訟を体験して来た私だが、ここまで堂々とウソを羅列させた訴訟記録には、かつてお目にかかったことがない。

 

これは、狡知に長けた弁護士を用心棒として雇い入れ、民事訴訟を提起させて、自分の身代わりに法廷で闘わせないことには実行できないのであるから、正に『民事訴訟を攻撃目的で悪用した苛め』と言えよう。


そもそも、私の主人(本当に配偶者であり実際に結婚当初から同居しています。したがって、妄りに戸籍や住民票を無断で取得入手し公開する違法行為を禁じます)であるコグちゃんの「kogchan blog」は、開設した当初からコメント欄を公開している。


したがって、権利侵害であると判断したのであれば、その旨をコメント欄から連絡すれば済むことであろう。

 

訴訟活動に藉口して、虚偽の事実を公開され、ありもしない架空の被害を捏造され、訴状、準備書面、陳述書、書証等訴訟記録に記載され、一方的に冤罪を着せられたまま、何年が経っても、裁判所は、溜め込まれ山と積まれた各記事の表現が名誉毀損であるかどうかを判断するのに膨大な時間と労力を要し、各表現の判断だけで精一杯・手一杯だろうが、裁判所は、虚偽の事実かどうかおよび架空の被害かどうか、捏造された証拠かどうかについても事実認定し、判断すべきだ。

 

私たち夫婦が提起した反訴も、裁判所から取り下げを勧められて、泣く泣く取り下げた経緯もある。


なぜなら、現に池澤直美氏を原告とし、私たち夫婦が被告とされた名誉毀損訴訟は昨年結審していながら、判決が出されるまでに10か月間を要しており、未だに判決が出されていないからだ。


私たち夫婦が、①一度もかけていない無言電話、②一通も出していない英文で書かれた3通の嫌がらせの手紙、③言ってもいない発言、④書いてもいない文章、⑤送信してもいない元日本人とのハンドルネームでのコメント投稿等など、訴訟活動における原告からの気が遠くなる程までに膨大な真赤な嘘の連発攻撃については、本来同じ訴訟の中で、判断されるべきであろう。

 

訴訟活動に仮託した桁外れのウソの個人攻撃による苛めなど決してあってはならないし断じて許せるものではない。


私たち夫婦は、訴訟活動において着せられた冤罪や、訴訟活動において主張され陳述された虚偽事実、あからさまな侮辱、プライバシー権の侵害等などについて、池澤直美氏に対して別訴を提起し、事実無根であり名誉毀損である等として訴訟提起を余儀なくされることとなった。


そこで、「春の訴訟祭り」と題して、順不同で、私たち夫婦が不意打ちで提起された普通ではない訴訟と,それに対する私たち夫婦の反訴代わりの別訴について、時間がないながらも、少しずつ公開していきたい。

 


まずは、最も短くて読みやすいとの考えから私の陳述書(24)を選んでみた。

 


ご高覧いただければ有り難い。

 


ちなみに、私たち夫婦は、27通の陳述書を提出して原告のウソに反論したが、まだまだ反論し足りない。

 


死ぬまで反論しても終わらないだろう。

 


私はそう思っている。


*****

 

陳 述 書(24)

 

平成28年 5月12日

 

東京地方裁判所民事第49部合C係 御 中

 

 

  被告本人  天野ベラ 

 

原告(以下,本訴原告池澤直美を「原告」と述べる。)は,直近においても,重大な虚偽事実を主張しているので,それらについて以下に指摘する。

原告は,被告らに対して,「何も知らないにも拘わらず,一方的に…と記載して」などと同じ表現を執拗に繰り返して攻撃しているが,原告こそ,原告自らが記載し,公開したブログ記事に述べられている内容について,何も知らないか,忘れているか,意図的であるかは判然としないが,原告自身が述べた内容でありながら,被告らが述べたとして攻撃材料にしている事実が多々あり,許し難い。

原告の主張は合理的理由と具体的根拠に欠けるとともに,精査・確認作業を懈怠して,誤った自説を固持して譲らず,強硬に押しつけているに過ぎない。

畢竟,今回の指摘に限らず,原告の主張は,そのほとんど総てが,原告にとって都合の悪い出来事や言動をやみくもに否認するだけの非科学的・非論理的な感情論であり,判断にあたっては,この点について十分に配慮されるべきである。

なお,原告の主張並びに原告のブログ記事を引用した部分の字体をゴシックで表記した。

 

第1 原告が重大な虚偽事実を主張していること

1.「デスクトップ2chなど知らない」(甲13の3)との虚偽主張

(1) 原告は(甲13の3〔「訴状別紙3の1」の原告反論データ〕)においてエについて,原告は被告等が情報源とする『デスクトップ2ch』など知らないし,と主張するが,重大な虚偽であり,大きく事実に反する。

(2) 原告自ら「デスクトップ2ch」を,本訴における証拠として提出した事実がある。甲第54号証の全10頁のヘッダー左には,総て「デスクトップ2ch」と表示されており,フッター左にも「desktop2ch.tv」と表示されている(甲54)事実があるので,確認されるべきである。

このように,原告は,自らが証拠として提出した書証すら「知らない」と虚偽の主張をして憚らない事実が認められる。

(3) したがって,「『デスクトップ2ch』など知らないし(甲13の3〔「訴状別紙3の1」の原告反論データ〕)との原告の主張は虚偽であるとともに,これに限らず,原告の主張は,原告にとって都合の悪い一切の物事をやみくもに否認しているに過ぎない。原告の主張は,そのほとんどが一方的な感情論にとどまり,具体的根拠と合理的理由に欠けるとともに,精査・確認作業は絶無に等しい。

 

2.「山の上」との記載についての虚偽陳述乃至主張(甲63,・甲9の10〔「訴状別紙1の1の8」の原告反論データ〕)

(1) 原告は,原告の実母が最期の時期を過ごしたグループホームについて,「ここは決してベラさんが言うような『山の上』などではありませんでした。」と陳述書の冒頭(甲63・1頁24乃至25行目)において述べ,被告ベラ(本件被告天野ベラ。以下「被告ベラ」と述べる。)が虚偽の事実をブログに書いていると,名指しして,「決して」とまで強く断じているが,重大な虚偽の陳述であり,大きく事実に反する。

さらに,原告は,甲9の10〔「訴状別紙1の1の8」の原告反論データにおいても,その後横須賀市衣笠公園に続く坂の途中にある施設にうつり同所で最期を迎えたが,そこは『山の上』ではなかったしJR衣笠駅から徒歩数分の便利な場所にあった。とあくまで『山の上』との表現に固執して被告ベラを執拗に糾弾するが,重大な虚偽の主張であり,大きく事実に反する。

(2) 実際には,原告のブログ「ナオミライクな日々」における「哀しみ,そして,ありがたさ」と題する記事(乙4の71。その後,一部削除し修正されている。以下,同じ。)において,下記のとおり,原告自身が「山の上のグループホーム」と述べている。

美容院と同様,今日はどうしてもしなければいけないことのために長い時間を使いました。9人で暮す山の上のグループホームのドアをそっと開けて中に入ると,車椅子に乗ったその人の後姿が見えました。この間会った時からまた一回り小さくなってしまったようです。(乙4の71)と述べられている事実がある。

しかも,甲9の10〔「訴状別紙1の1の8」の原告反論データの文中において,被告ベラは,「『9人で暮す山の上のグループホームのドアをそっと開けて中に入ると,車椅子に乗ったその人の後姿が見えました。と書いているように,」と述べており,原告のブログ(乙4の71)を正確に引用して,同記事(甲9の10)にその旨を表示している事実もある。

(3) すなわち原告は,自らがブログに述べた内容についてすら認識しておらず,原告自身が書いていながら,決してベラさんが言うような」と,わざわざ被告ベラを名指しして,「決して」との強い否定語とともに,「山の上などではありませんでした」と一方的に断定して,陳述し,裁判所に証拠として提出していることが認められる。

したがって,原告の主張は,精査・確認を一切怠り,何ら具体的根拠も合理的理由もないまま,いきおい被告ベラが誤った内容を述べていると名指ししたうえで決してベラさんが言うような山の上などではありませんでした」と一方的かつ強く断定し,そこは『山の上』ではなかったし,と執拗に攻撃しているものであり,強硬に虚偽の事実を押し付けて圧力を加える原告の陳述と主張が,被告ベラに対して重大な精神的苦痛と身体的負担とを与えている事実は明らかである。

 

3.孫の保育」についての記載についての虚偽主張(原告準備書面(5))

(1) 原告は,「被告らは,このような育児方針や保育の実態について何も知らないにも拘わらず,一方的に『原告は肝心な時に孫の面倒を見ない』などと記載し,あたかも原告が自分勝手で自己中心的な人間かのような印象を読者に受け付けた。このような被告らの記述に,真実性や真実相当性が認められる余地はない」(原告準備書面(5)・3頁16行目)と述べて,被告ら(本件被告天野コグ並びに被告天野ベラのこと。以下,「被告ら」と述べる)が虚偽の事実をブログに記載していると激しく非難するが,重大な虚偽の主張であり,大きく事実に反する。

(2) 実際には,原告のブログ「ナオミライクな日々」における2010年7月2日付け「『オバアチャン』になれた一日」(乙99の113。その後,全文削除されている。以下,同じ。)において,肝心な時に居ないことが多くて,ちっとも助けにならないばかりか,孫もなかなかなついてくれない私」と原告自身が述べている。

すなわち,肝心な時に居ない,ちっとも助けにならない,孫もなついてくれないと,孫の保育について,原告自身が無い無い尽しで公開した事実がある。

にもかかわらず,原告は,自らが書いたブログ記事(乙99の113)についてすら正確に認識しておらず,一方的に被告らが虚偽の事実を述べていると断定して攻撃しているものである。

(3) したがって,原告がその主張において,精査・確認を怠っていることが認められるとともに,原告が,非論理的な感情論から虚偽の事実を強く押し付けることによって圧力を加えて,被告ベラに対して重大な精神的苦痛と身体的負担とを与えている事実は明らかである。

 

4.「M氏」こと音楽院・訴外「M氏」についての虚偽主張(甲63)

(1) 原告は,「ベラさんは2012年10月25日付けブログで,携帯を忘れた人は『直美氏にとって特別の,あのM氏ではなかったのだろうか。』などと邪推しています。」(甲63・35頁16乃至17行目)と主張して,被告ベラを名指しして,邪推をしていると一方的に断定して,非難しているが,重大な虚偽の陳述であり,大きく事実に反する。

(2) 原告のブログ「ナオミライクな日々」における「時が流れる中で,ああ,みんな生きているんだ!」と題する記事(乙99の268)において,お客様がお帰りになる頃,こちらは大雨になりました。お一方,携帯電話をお忘れになって,雨の中,スカートの裾も足もびしょ濡れのまま駅まで走りました。陶然とするほどに美味しい日本酒や,ギリシャのワインをご一緒に飲み興じていましたので,車を運転することはできなかったのです。と述べられていた事実を前提事実として,被告ベラ原告のブログ(乙99の268)を正確に引用し,同記事(甲10の18)上に表示したうえで,下記の論評を述べた事実がある。

お客様のうちおひとりの方が,直美氏の家に携帯電話を忘れて来てしまわれたそうで,『雨の中,スカートの裾も足もびしょ濡れのまま駅まで走りました』と書かれていた。たった一度,駅まで走ったからといって,びしょ濡れになったからといって,そのことをブログに書けば,ついうっかり悪気もなく,携帯電話を忘れてしまったお客様は,直美氏のブログを読んでどう思われるだろう。」甲10の18)

すなわち,「お客様がお帰りになる頃,こちらは大雨になりました。お一方,携帯電話をお忘れになって,雨の中,スカートの裾も足もびしょ濡れのまま駅まで走りました。(乙99の268)と述べられているだけの「原告宅に携帯電話を忘れたお客様」について,被告ベラが,「M氏」と特定することも,「邪推」をすることもできない事実は,明らかである。

(3) したがって,甲10の18の記事において,被告ベラは「お客様」としか述べていない。さらに被告ベラが「M氏」と述べた事実も一切ない。

にもかかわらず,原告は,「ベラさんは」と名指ししたうえで,何ら具体的根拠もなく合理的理由もなしに精査や確認を怠り,「邪推しています」と一方的に被告ベラが邪推をしていると決めつけて陳述し,証拠として裁判所に提出したものである。

しかるに,原告は,甲7の16(原告のブログ記事20100708フクロウ族の活躍」・乙4の15〔716のアップロード後に全文削除されている。〕)において,被告ベラ最初にこのブログ記事を読んだ時,私はてっきりこの友人は同性であるとばかり思っていた。そのため,隣の駅ならば近いのだから,すぐにタクシーで行ってあげればいいものをと思いながら読んでいたのだが,隣の駅の友人というのは,直美氏にとって特別な存在の,あのM氏ではなかったのだろうか。」との論評において,被告ベラがM氏と述べた一部分のみを切り取り,それを採り上げて,甲10の18の記事と結び合わせて悪用することによって,被告ベラが「邪推」をしていると述べているものであり,原告による巧妙な虚偽事実の陳述は,断じて許されない。

 

5.「こうしたことが,9年以上前から,毎日のように繰り返され」との虚偽主張(原告準備書面(4))

(1) 原告は,「(2)掲載されている記事が膨大な量に上ること」として,「こうしたことが,9年以上前から,毎日のように繰り返され,被告らがインターネット上に掲載している原告に対する誹謗中傷記事は,膨大な量となった。」(原告準備書面(4)(頁4))と主張するが,重大な虚偽の主張であり,大きく事実に反する。

(2) 実際には「天野ベラのホームページ」の記事は,2006年(平成18年)11月20日(甲12の1)から2007年(平成19年)4月7日(甲12の18)までであり,原告が主張する天野ベラのブログは平成24年1月からであり,実際には5年間もの空白期間が存在している

(3) したがって,「9年以上前から,毎日のように繰り返され,被告らがインターネット上に掲載している原告に対する誹謗中傷記事は,膨大な量となった。との原告の主張が,損害を甚大に見せかける目的で成された印象操作であり,具体的根拠と合理的理由もなく,精査・確認を懈怠したまま,強硬に押し付けて,圧力を加えてくる感情論であり,極めて悪質な虚偽の主張である事実は明らかである。

 

.ICUに不正入社したとの記載が「真実ではない」との虚偽主張(甲8の8〔「訴状別紙1の1の7」の原告反論データ〕,甲10の23〔「訴状別紙1の1の9」の原告反論データ〕,甲11の3〔「訴状別紙1の1の10」の原告反論データ〕)

(1) 原告は「原告がコネを使って(ICUに)入社したという事実を摘示するものである。そして,これは真実ではない。原告が(ICUに)裏口入社したという事実を摘示ものである。そしてこれは真実ではない。」(甲8の8,甲10の23,甲11の3)などと具体的根拠も合理的理由も提出せず,強硬な否認を執拗に繰り返しているが,重大な虚偽の主張であり,大きく事実に反する。

(2) キャリアカウンセラーである原告が,オフィスパースペクティブ主催の講義「キャリアカフェ」における「第12回 プラティエス㈱社長 池澤ショーエンバウム直美さん 『プロアクティブな《きっかけ》作りがキャリアを変える」と題する講義録(乙104の11)において述べた事実すなわち原告自身が講義において述べた事実を前提事実とする論評であり,いずれも真実である。

原告がICUに中途採用されるまでの経緯を読めば(講義録・乙73,乙104の11),他の受験者らと等しく,正規の中途採用試験手続を経て,原告が正式に中途採用されたなどと到底いえるものではない事実は明らかである。

何よりも,原告は当時39歳でありながら25歳までとの募集年齢を大幅に無視して,特別扱いを受けて,中途採用試験を受験したことが認められるものであり,第一に受験する資格がない。第二に年齢を詐称して受験に臨んだことが認められるから,即刻不採用とされねばならないことは明らかである。

さらに,同講義録(乙73,乙104の11)からは,面接後原告の「不採用」が決定し,原告にも通知されたことまでが認められる。それでもなお原告の性格からすれば,不採用通知に納得がいかず,承服できなかったと思われ,友人乃至原告の友人の夫であるICU教授を通じて,ICUの副学長にはたらきかけさせて「原告不採用」との決定を覆させ,何の罪もない25歳までの若い人材の足を引っ張って,原告が代わりに中途採用されたのか或いは追加で中途採用されたかについては判然としないが,ダーティかつ理不尽極まりないICUへの中途入社方法の実態があからさまに述べられていることが認められる。

(3) 前述したとおりの原告のICUへの中途入社が不正であることは一目瞭然であり,論を待つまでもない。したがって,被告ベラがこれについて不正中途採用と論評することは,何ら不合理ではない。

原告の「原告の中途入社方法は何ら不正ではない」との主張が認められるとすれば,内部に友人乃至知り合いがいさえすれば,募集要項として提示されている応募資格(年齢制限)をも無視して,誰であれ採用試験を受けることが可能ということになり,さらに,その後の面接で不採用と正式に決定されたところで,内部に友人乃至知り合いがいて,その内部の友人乃至知り合いが強い権力を持っていさえすれば,決定などいかようにも覆せるのだから,多くの権力者を友人・知人に持ち,甘言を弄して擦り寄り,上手に甘えてさえいれば,応募資格を有していなくとも,面接で退けられて,不採用が決定されようとも,強力なコネさえあれば誰でも仕事にありつくことが可能という結論になり,休みなく仕事を続けることも可能になるという秩序を破壊する採用のあり方が法的保護を受け是認されてまかり通ることとなり,言語道断であるとともに,理不尽かつ不合理なこと極まりない。

しかも,同講義において,キャリアカウンセラーを天職として起業したと述べる原告自身が,前述のとおり,「友人・知人のコネさえあれば,応募資格(年齢制限),不採用決定にかかわらず,入社は可能である」と堂々と大衆を前にして呼びかけ広く伝播させているもので,その内容において,原告の職業意識の低さ並びに規範意識と良心の欠如がいかんなく公開されており,講義録(乙104の11)に述べられている中途採用までの経緯を一般の人が普通の読み方をすれば,特別扱いと裏ワザによる強引極まりない不正中途入社としか読み取れない事実は明らかである。

さらに,不正に加担した教授について,講義録には,「ICUの教授をしている旧友」・「友人の教授(乙104の11,乙73)と述べられて,原告の旧友であり友人と述べられているが,原告のブログ「つれづれなるまゝに,JALを思ひて その2」と題する記事(乙99の109)において,「政権が変わったのを潮時に,10年近く在職していた職場を去った時,いちはやく声をかけてくれたのが,JAL時代の親友のご主人の大学教授でした。それが私の大学での仕事のきっかけとなったのです。」と述べられて,JAL時代の親友のご主人の大学教授」(乙99の109)となっており,ICUの教授が原告の親友の夫君なのか原告自身の旧友或いは友人なのかは,判然としない。

しかも,同講義録(乙104の11,乙73)には,「けれどもギリシャの政権が社会主義に転じたのを潮時に,10年間働いた職場から転職をすることに決意しましたアメリカの大手化学会社,アモコが英語で営業が出来る人を探していて,そこに転職することになりました。アモコではポリマーというプラスティックの原料の営業をしましたが,そこで知ったことは,『好きなもの,わかっているもの』しか上手に売ることが出来ないという現実でした。たとえば,多少品質は劣っていても大好きなギリシャの製品でしたら一生懸命に説明し買ってもらうことができました。アモコの製品は品質的には世界最高のものでしたが,いかんせんよく理解できない難しいもので,惚れることもできませんでした。これではいけないと,思い切って退職しました。ジャパンタイムズの広告などで仕事を探す3ヶ月近い失業生活でしたそんな時に,たまたまICUの教授をしている旧友から電話がかかり,大学で人を探していることを聞き,試験を受けてみることになりましたと述べられて,原告が10年近く在籍した在日ギリシャ大使館を退社した後にアモコという外資系化学品会社の営業をしていたが,肌が合わず早期退職した事実,退職後3ケ月近く失業していた事実が述べられており,「10年近く在職していた職場を去った時,いちはやく声をかけてくれたのが,JAL時代の親友のご主人の大学教授でした。それが私の大学での仕事のきっかけとなったのです。(乙99の109)と述べられた記事と自己矛盾している事実が認められる。

就中,39歳の原告が,25歳までの応募者らに交じって,応募資格もないのにICUの中途採用試験を受けさせてもらい,面接後に「不採用」との決定が下されたにもかかわらず,決定を覆させて,強引に中途入社をさせてもらうまでの経緯を語った同議事録(乙104の11,乙73)が,ICUの名誉を著しく毀損している事実は誰の目にも明らかである。

 

以 上

2017年2月13日 (月)

ストーカー被害者の訴えに、差別的取扱いは許されない!-針小棒大に被害を叫び、騒ぎ立てない限り、警察・検察・マスコミは動かないの?!-

平成29年2月8日午前0時。


「三鷹ストーカー殺人事件」の加害者に懲役22年の判決が確定した。


加害者は、一審において
一言の謝罪も口にすることなく、「(遺族が)苦しんでいると想像できるが共感はできない。申し訳ないという気持ちは、抱いていません」と述べたそうだ。


さらに驚愕させられたのは、「『
こんな罪を犯したんだと殺害直後の遺体画像を私に見せ、リベンジポルノという言葉は俺が広めたと自慢げに言っていた」との、加害者の母親による証言であった。

http://www.excite.co.jp/News/society_g/20140730/asahi_20140730_0003.html

被害者の女性は、小学校5年生の時に芸能事務所からスカウトされ、学業成績も優秀であったという。


青春まっただ中の18歳で命を落とした。


まだまだこれからの女子高校生であった。


父親は、「希望が消え、私たち夫婦の将来も消し飛ばされた」と述べている。


残虐な殺害行為による娘の死を受け入れることなど、到底できよう筈がない。


「小金井ストーカー殺傷事件」では、芸能活動をしていた当時20歳の女子大生が被害者となった。


女子大生は、「殺されるかも知れない」と何度も警察に伝えたにもかかわらず、「恐怖心がみられなかった」、「緊迫性は高くない」と判断して、警察は、ストーカー案件を取り扱う「人身安全関連事案総合対策本部」に報告しなかったそうだ。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E9%87%91%E4%BA%95%E5%B8%82%E5%A5%B3%E5%AD%90%E5%A4%A7%E7%94%9F%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%BC%E3%82%AB%E3%83%BC%E5%88%BA%E5%82%B7%E4%BA%8B%E4%BB%B6

直筆で丁寧に書かれた被害者のメッセージには、「事件に遭った日から時が止まってしまったかのように前に進むことが恐くなってしまいました」と書かれている。


http://mainichi.jp/graphs/20161216/hpj/00m/040/005000g/8


被害者とその家族は、事件に遭った日から、事件ばかりが心に重くのしかかり、鋭く深く突き刺さって離れず、その全身全霊を、やり場のない感情にもっていかれたまま寂寞たる日々を繰り返すこととなろう。



18歳、20歳という、将来ある、あまりに若過ぎる女性たちが、警察に切実な被害を訴えていながらも、次々と殺害され殺傷される事件が報道される度に無念やるかたなく、心が固まって立ちすくむような絶望感に襲われるのは、決して私ばかりではないと思う。



これらに対して、同じ被害であっても、警察が迅速に動いて加害者を逮捕し、検察が直ちに起訴して、マスコミが大々的に採り上げた事件もある。



時34歳であった池澤春菜氏の
ストーカー規制法違反と名誉毀損事件は、直接の実害はなかったと公開されており、ファンの男性は当時28歳で、僅か16回に過ぎない書き込み、しかも一見すれば「この程度で逮捕?!」「起訴?!」と首をかしげずにいられないような内容で、警察も、検察も、そしてマスコミまでが動いたのである。


迅速に動いた警察がファンの男性を逮捕し、検察がファンの男性を起訴し、マスコミが大々的に取り上げ、新聞にも華々しく報道されて、一躍、声優・池澤春菜氏の名を世に知らしめた事件であった。


池澤春菜氏のウィキペディアなどには、下記のとおり明記され、公開されている。


20092月頃からWebサイトに名誉を傷つける書き込みをしたり電子メールを何度も送って面会を迫ったとして、ファンを名乗る無職の男性が
ストーカー規制法違反と名誉棄損の疑いで710日に逮捕されている。


池澤自身には直接の実害こそ無かったものの、逮捕された男性は1度深夜にスタジオから出た直後で帰宅途中の池澤を待ち伏せして、意味不明な発言をするといった精神的苦痛などを与えている
[11]



https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B1%A0%E6%BE%A4%E6%98%A5%E8%8F%9C

 テレビアニメなどで活躍する声優・池沢春菜さんのホームページの掲示板に名誉を傷つける書き込みをしたり、面会を迫る電子メールを送ったりしたとして、名誉棄損の罪とストーカー規制法違反に問われた盛岡市、無職X被告(28)の公判が13日、東京地裁立川支部(毛利晴光裁判官)であった。


 検察側は「犯行は悪質」として懲役1年6月を求刑、弁護側は無罪を主張して結審した。


 論告で検察側は、名誉棄損について「不特定多数が閲覧できる電子掲示板に、一見して中傷と分かる書き込みをしている」などと指摘した。


 一方、弁護側は「被害者の証言は信用できないほか、 恋愛関係にあったのでストーカー行為などにあたらない」などと訴えた。


 起訴状では、X被告は昨年2月、掲示板に「俺と結ばれました」「気分で物事を言うほら吹き」などと書き込み、「盛岡まで来てよ、一人で」などと16回にわたって電子メールを送信したとされる。


https://www.logsoku.com/r/2ch.net/poverty/1279071433/


女性声優にストーカー、面会迫るメール


 テレビアニメ「ケロロ軍曹」などの声優として知られる池沢春菜さんのホームページの掲示板に名誉を傷つける書き込みをしたり、面会を迫る電子メールを送ったりしたとして、ファンの男が名誉棄損とストーカー規制法違反の疑いで逮捕、起訴されていたことが、7日わかった。


 
捜査関係者によると、男は盛岡市、無職被告(27)。7月10日に警視庁町田署に逮捕され、同30日に名誉棄損の罪とストーカー規制法違反で起訴された。


 起訴状によると、
被告は2月、池沢さんのホームページの掲示板に、「気分で物事を言うほら吹き」などと書き込んで、名誉を傷つけたとされる。


 また、2月から4月にかけて、携帯電話から「張り裂けそうな気持ちもわかってよ」「新幹線で2時間だから盛岡まで来てよ、一人で」などと16回にわたって電子メールを送信したとして、ストーカー規制法違反に問われている。

98314分配信 読売新聞



同じ被害者でありながら、18歳の女子高校生が殺害され、20歳の女子大生が殺傷された事件では、被害を相談されても、迅速かつ適切に動かなかった警察が、当時34歳の社会人であった池澤春菜氏(今年平成29年で42歳)に対しては、権力(と弁護士の力)によって、迅速過ぎる動きをしたとしか思えない。


あまりにも不公平であり、差別的取扱いと感じるのは、果たして私だけだろうか。


20代の若者であれば、好きな芸能人に、「新幹線で2時間だから一人で来てよ」程度のことは書くのではないだろうか?


張り裂けそうな気持ちもわかってよ」と熱い思いを告げられたところで、一体どうだというのか? 



芸能人ではない素人の私でさえ独身時代には過激なラブレターをもらったことくらいある。


池澤春菜氏のウィキペディアには、「逮捕された男性は1度深夜にスタジオから出た直後で帰宅途中の池澤を待ち伏せして、意味不明な発言をするといった精神的苦痛などを与えている」と明記・公開されているが、出待ちや追っかけは、芸能人に付き物であろう。



そうした際に、用意していたプレゼントを手渡したり、写真撮影に応じてもらったり、サインをもらうことは、ファンにとって最高の喜びだったりするから、待っていたり、次の場所まで追いかけて来たりするファンは、当然いると考えられる。


帰宅時に待ち伏せられたとすれば、それは、出口を工夫して変えるなり、マネージャーを同行させるなり、自宅前までタクシーに乗せるなり、ガードする方法はいくらでも考えられるから、事務所側が考慮すべき問題ではないのか?



三鷹や小金井の事件と比較しても、被害者とされた池澤春菜氏は、2009年7月の時点で既に三十路をゆうに越えた34歳であったのだから、十分に成熟した大人の女性である。


各種報道からは、加害者とされた年下のファンの男性は、当時遠方に住んでいたことが確認できる。


しかも、加害者とされた年下のファンの男性に凶暴性は認められず、傷つけられたり、殺されるほどの緊迫性もなかったようだ。


だからこそ、池澤春菜氏のウィキペディアには「池澤自身には直接の実害こそ無かったものの、」との苦しい一文が継続して明記・公開されているのではないか。


したがって、警告や指導を与えて、しばし様子を見ても良かったのではないかと、今さらのように感じられてならない。


警察も、司法も、権力者にはとことん甘いようだ。


映画の西部劇でもなく、テレビの時代劇でもない限り、権力者に逆ってまで正義を貫くような、義侠心があって気骨ある人物など、悲しいかな、実際には誰ひとりとしていない。


一匹狼のガンマンもいなければ、必殺仕置人もいない、ということだ。


権力者である政治家の森喜朗氏が、学生時代に売春防止法違反で検挙された前歴がある旨の記事を事実無根だとして、発行社に対して名誉毀損訴訟を提起した、口封じと解すべき事案があった。


発行社は、記事の真実性を立証すべく、裁判所に対して、森喜朗氏の前歴につき、警視庁への調査嘱託を申立てたそうだ。


だが、森喜朗氏側はこれに強く反対して、真実立証の妨害をしたという。


倨傲きわまりない訴訟態度であり、断じて許し難い。


だが、一審の裁判所が、こうした森氏側の自己矛盾した主張を認めてしまったのも、不当な行為、不正な行為がまかり通ったのも、森喜朗氏が元首相という権力者だからという理由にほかならない(二審で和解)。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A3%AE%E5%96%9C%E6%9C%97

相手が権力者や社会的強者であれば、警察はいち早く動き、司法がたやすく主張を認め、権利侵害行為をやすやすと許し、悪性や悪事は見て見ぬふりをして、すんなりと、お咎めなしで、流してしまうようにしか見えない。

これに対して、名も無き者や、社会的バックアップを持たざる者に対しては、警察も、司法も、よっぽどのことがない限り、真剣に対峙しようとせず、親身になって話を聞いて真剣に守ろうとしないのではないだろうか。


つい先日の事件を挙げよう。


過去にアイドルとして活躍した松本伊代氏と早見優氏が、
線路に無断で侵入し、その様子を撮影した写真をブログにアップしたことが原因で、これを見た者たちから、批判の声が殺到したようだ。


これを受けた2人は、それぞれが反省して、謝罪のコメントを公表したそうだ。


ところが、反省と謝罪では足りずに、2人は京都府警から鉄道営業法違反(線路内への立ち入り)容疑で書類送検されたのだ。



http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170212-00000055-dal-ent



真摯に反省し謝罪を公開してもなお、容疑者として、書類送検されたのである。



これに対して、娘である池澤春菜氏が、自らのツイートに公開した、母親である池澤ショーエンバウム直美氏による複数の著しい道路交通法違反(
高速の入り口を全速突破,高速道路を全力逆走など)行為であり、これらのツイートを見た者たちから非難の声が殺到した件はどうだっただろう。


声優・池澤春菜の母親の運転が犯罪レベルな件


https://togetter.com/li/23508

 この悪質かつ重大な道路交通法違反の容疑について、一体なぜ、池澤ショーエンバウム直美氏は、容疑者として事情聴取を受けず、書類送検されなかったのであろうか?!

しかも、池澤春菜氏とその母親である池澤ショーエンバウム直美氏は、危険運転とその公開によって多くの人々を騒がせ、多大な非難を受けた事実を知り得ていながら、反省も、謝罪もしていない。



バックに無罪請負人がついているから、反省も、謝罪もしなくていいとでも考えているのだろうか?!


権力者が針小棒大に騒ぎ立てて、声高に叫び訴えた被害は、警察や検察がことさらに採り上げ、事件は迅速な解決をみる。


逆に権力者の罪や与えた損害については等閑視して、注意すら与えようとせず、放置したままやり過ごす。


だとすれば、これらは、あからさまな差別であり、明確な不正である。


権力者を優遇する差別的な対処や不正がはびこって常態化しているとすれば、権力があって、無罪を請負い、勝訴を請け負ってくれるような弁護士を雇い入れられる立場の者にとって幸いであろう。


針小棒大に被害を騒ぎ立てれば、加害者とされた者が早急に逮捕・起訴されるからである。


また、権力者とその家族は、よほど大罪を犯さない限り、たとえどんなに深く他者の身体や心を傷つけても、被害者が切実な被害を訴え出て来ても、弁護士に任せていれば、無罪放免されて、気軽に切り抜けられるからである。


狡猾な権力者らを叩くことの出来る正義の鞭などこの世にはないということなのだろうか。


権力者は堂々と虚偽の事実を押し通してはばからない。


権力者は、いかに他者を踏みにじろうと、1ミリたりとも胸を痛めることなく、枕を高くして、常によく食べ、よく眠り、動き回って、何ごともなかったように、高笑いをしながら、日々を過ごしている。


そうだ。はっきりしているではないか。


いつだって、傷つけられた者たちの心は重く、あまりのことに、信じられないような被害を忘れられず、時が止まったように恐くて前に進めなくなる。


これに対して、他者を傷つけた加害者どもは、早く流してしまえとばかりに、遠くに追いやって、他者の心情に思いを馳せようとせず、他者の痛みなど感じることすらできない、ハムスターより軽い脳味噌のまま、ずんずんと、図太く、がめつく、前に進んでいくのである。


権力のあるなしによる耐え難い差別による無常が、この世の中にはざらにある。


だが、権力のあるなしで、人の命を軽んじたり、重くとらえたりすることだけは、断じて止めてほしい。


私はそう思っている。

2017年2月 1日 (水)

☆お知らせ☆私の主人・コグちゃんが、久々にブログを更新しました。

コグちゃんがブログを更新しました。ご覧ください♪

 

池澤春菜氏が声優になろうと思ったきっかけは、①~⑦のどれが本当!?

 


http://kogchan.asablo.jp/blog/2017/01/31/8343417

 


http://kogchan.asablo.jp/blog/img/2017/01/31/46446a.jpg

 


身長 160センチ? 



趣味 乗馬とスキューバーダイビング?



タイ語を話す?


フグの毒にあたった?


天野ベラの最新記事はこちら


あなたはご両親を「あらゆる意味で素晴らしい人たちでした」と言えますか?-フォトギャラリー「あらゆる意味で、最も素晴らしい、大好きな両親」-


http://beraamano.cocolog-nifty.com/blog/2017/01/post-d5e9.html

«あなたはご両親を「あらゆる意味で素晴らしい人たちでした」と言えますか?-フォトギャラリー「あらゆる意味で、最も素晴らしい、大好きな両親」-

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